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2006年07月20日

キュートな笑顔は観客も勝利もキャッチ/関学大

<ソフトテニス部:屋地春菜>

 コートに響く明るい掛け声。力強いスマッシュと鋭いサーブを次々と決める元気あふれる屋地。誰よりも笑顔が似合うアスリートだ。そんな彼女とソフトテニスとの出会いは、母のひと言だった。もともと幼稚園から水泳を始め、小学校2年生次で全課程を終了したほどの運動神経抜群の彼女。しかし泳ぐことに飽きたという理由で惜しくもやめてしまい、しばらく運動から遠ざかる日々が続いた。体はなまり、反動で徐々に体重は増えていった。そして小学校4年生次のある日、母から「やせるためにも運動しなさい」と言われ、ソフトテニスを習い始めた。最初はなかなかラケットにボールが当たらないほどの初心者だったが、すぐに魅力にとりつかれ、どんどん上達していった。

 中学校に上がると迷わずソフトテニス部に入部。しかし、しっかりとした監督がおらず、練習量も少なかった。その中でも自分なりに練習を積み重ねた結果、3年生次にダブルスで全国2位に輝いた。

 そして名門奈良育英高校へ進学。中学時代と一転して練習漬けの毎日だった。朝練、夜練は当たり前、休みはなく1年のうち360日はテニスをしていたと語る。その上厳しい部則に怖い先輩。辛さに耐え切れず涙する日もあった。だが、それでも続けたのは、「テニスが好きだったから」と当時を振り返る。試合に必ず応援にきてくれた親は、どんなときも力になってくれた。勝った日の晩御飯には大好物を作ってくれた。親の支えと彼女の苦境に屈しない力は、インターハイで2年次に個人ベスト8、翌年の3年次には団体2位、個人3位と素晴らしい成績を収めた。これにより、日本代表ジュニア・ナショナルチームに選出されるなど彼女の活躍の場は一気に広まった。

 大学進学時は輝かしい経歴から、関西の名のある他大学からも推薦をもらったが、学業を優先し関西学院大学を選択。大学へ入り、高校とはレベルの違う、より粘り強さを必要とするテニスに戸惑い勝てない日々が続いた。練習が趣味だと言うほどの努力家である彼女。慣れるためにも練習量を増やし、苦手意識をなくしていった。そして7月初旬に行われたシングルで出場した西日本学生ソフトテニス大会では見事優勝を収める。日頃の鍛錬が花開いた瞬間だった。この夏は国体予選、秋にはリーグ戦も控えている。ソフトテニスを始めたきっかけは偶然であったが、選択したのは自分自身。だが、実力とそれを十分に引き出すセンスを兼ね備えていた彼女にとって、それは必然だったのかもしれない。彼女はまだまだ慢心することなく、次の目標に向けて今日も練習し続ける。

 ◆屋地春菜(やち・はるな)商学部。奈良県出身。87年1月5日生。154センチ。O型。奈良育英高出身。好きな寿司ネタはトロ。趣味はソフトテニスと音楽鑑賞。「Mihimaru GT」がお気に入り。

July 20, 2006 09:26 AM

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