2007年12月
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【馬術部】 実力ナンバー1を証明

 12月2、3日に東京馬事公苑に於いて行われた第42回全日本学生馬術女子選手権大会。エース森田が優勝を遂げた。自身にとって学生最後となる今大会。“有終の美”を飾ると同時に、その名を学生馬術界に刻み込んだ。

 2日間かけて行われた今大会。初日は1回戦、2回戦が行われた。内容は馬場競技で、関東の大学の所持馬を使う「貸与馬」方式。そのため、森田には厳しい状況が強いられる。高い関東レベルに比べてあまり評点されない〝関西〟レベルの森田の馬場。加えて騎乗する馬はくじ運次第。さらに、4人1組のブロックに分けられ、その振り分けもくじで決められる。ブロックのメンバー次第では最悪の展開が選手を待ち受ける。まさに「馬術バトルロワイヤル」。その中で森田はくじ運に恵まれず、関東勢に囲まれる。彼女自身も心なしか不安を口にした。だが、その状況を打破したのは彼女の日本№1の実力。60%近くの得点率をはたき出し1回戦、2回戦を堂々の成績で突破する。2日目に進むには必要不可欠の初日をものにした。

 2日目は準決勝、そして決勝。ここからは馬場と障害の両競技が行われる。入賞は確実なものとなったが、森田は昨年の8位より上位を狙ったという。そして準決勝は馬場で高得点を挙げ、障害でも減点を5に抑える。ついに決勝へと駒を進めた。これを快進撃と呼ばずして何と言おうか。
 このとき彼女に向けられていたのは〝関西〟勢の期待。これまで選手権で周囲の関東レベルに飲まれ、関西勢は勝てずにいた。しかし今回の森田の大躍進。期待せずにはいられない。迎えた決勝の馬場。ここでも森田は高得点を挙げ、自身の得点を814とする。この時点で首位との差は1点。周囲の人間も彼女も可能性があることを悟った。優勝―。すべては決勝の障害にゆだねられた。今大会の障害は減点がそのまま得点に結びつく。障害減点、早着減点が勝負の行方を左右する。決勝の障害にあたって彼女は言った。「ベストを尽くす」。

 だがそこに、この1年、森田を影から見守ってきたある男が彼女に言う。「そうじゃない。勝たねば意味がない」。森田はその性格からか、貪欲さを表に出さない。それ故に、優勝を奪いにいくという姿勢に持っていくことが苦手である。これは、そのことを示唆した男が言い放った〝勝利〟への言葉である。続けて言う。「ここまで来たら勝て。お前にしかできない」。それは〝関西〟勢で唯一、優勝戦線に残った森田に与えられた宿命。彼女がやらねば誰がやる。「勝ってこい」。そう言って男は森田に気合を入れた。

 いま、彼女の学生最後となる障害飛越が始まった。1頭目は減点をわずか6に抑える。首位の選手が大幅に減点をしたため、これで暫定トップに。光は見えた。しかし、まだ分からない。2頭目。これで森田が3落以上しなければ、逆転されることはない。周囲が固唾をのんで見つめる。その中には3位の平原(大体大)、8位の野島(甲南大)の姿があった。関西勢が一つになった応援が森田の背中を押す。そして、彼女は2落に抑えて完走を遂げる。その瞬間、優勝が決まった。沸き上がる歓声。だが森田自身はまだ実感が沸いていない。電光掲示板の故障のため得点が表示されなかったせいか、それとも彼女のアスリートのさがか。けれども、その顔は笑顔という光に満ち溢れていた。

 アウェー、そして貸与馬という状況を乗り越えての快挙。「だからこそ、基本に忠実に」臨んだという。それは彼女の実力を十分に物語っている。また、この結果に一番驚いていたのは、まぎれもなく彼女自身だった。「出来すぎた1年」。その締めくくりが学生王座になるとは誰が予想しただろうか。こうして森田劇場は最高の興奮と感動を伴ってクライマックスを遂げた。

投稿者 kangaku : 2006年12月03日 20:08

最後を全国制覇飾るというのは森田さんならではだと思います。本当におめでとうございます。数々の大会で金字塔を打ちたてその度関学体育会も感動致しました。4年間お疲れ様でした。

Posted by: 秦 賢太郎 : 2006年12月06日 14:02
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