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フィギュアスケートの競技シーズンが盛り上がりをみせる中、11月26日、スケート部フィギュア部門・太田由希奈さん(文2)は16年間の競技生活を経て、周囲に惜しまれながらも現役引退しプロフィギュアスケーターとなることを発表。 現在、2009年2月15日までWhite Sacasで開催されている「The Rink at赤坂サカス」でプロスケーターとなり初めてのアイスショーをファンの前で披露している。 スケートを始めて17年目に入った今年、子どもたちに教えながら氷上に立つ。 |
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―今日は大会と違って、観客の皆さんに楽しんでいただくショーでしたが、 「今日のようなものも良い刺激になります。世界ジュニアで優勝した時の演技がYou Tubeで流れているのですが、海外のコメンテーターが、いい滑りをしていますが顔の表情が全く無くて、『オーディエンスと全く会話をしていない』と言っていました。私も何度かその映像を見て、私ってこんなに無表情で滑っていたのだと思い、小さい子たちにはスケートは見せる競技だから目の力や表情、楽しさも伝えていきたいと思うようになりました。ここでは笑顔で滑っているから、手拍子なども頂いたりしてオーディエンスに楽しんでもらえています」 ―すごく楽しそうに滑っているのが伝わってきました! 「もう最初から『笑顔で』って。みんなで笑顔の練習をしています。『はいどうぞ!』と言ったら、ニコって笑ってなきゃいけないんです(笑)みなさんに楽しんでいただくには私たち自身が楽しくパフォーマンスしなければいけないので」 ―子どもたちに楽しそうに教えているようにも見えましたが。 「教えるの大好きです!教えているというよりもベビーシッターをしている感じですけど(笑)子どもと氷上で遊んでいます」 ―将来指導者となってスケート教室やイベント等を開きたいという気持ちはありませんか? 「こういうイベントのようなスケート教室ならお手伝いしますが、自分が全部プロデュースするのは難しいです。渡部絵美さんは自分のプロダクションをお持ちなので、色んなイベントの際に私をつかってくださいます。 もうしばらくはいろいろなところで滑らせてもらいながら、でも将来につなげていけるようにという思いでシステムなども見て学んでいます。 サカスのリンクは面積で言うと普通のリンクの4分の1なので狭いですがアットホームでいいですよ!ニューヨークの『アイスシアターオブニューヨーク』舞台に氷を張る等して狭いところでパフォーマンスしていました」 ―マダムバタフライ(07−08年SP曲名)を滑ったときですか? 「そうです。すごく小さなところでみんなで練習しました。新鮮でとても楽しかったです」 ―あれはスケートというよりもすごく芸術的な感じがしますが? 「バレエの発表会のような芸術的要素がかなり組み込まれたスケートで素敵でした」 |
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「気分最高です!自分でここはこういう風にしてとかいろいろ考え、この生地はこういう風になびいてきれいだとか、氷と色がマッチするのはブルーの濃いものでとか、手をよく生かせるように長袖にして氷に映えるように考えたデザインです。その衣装について褒めてもらえたりしたのでうれしいですし、お気に入りの衣装を身に着けているのでとてもハッピーな気持ちになれるからすごく気に入ってます!取り外しできるようになっているファーの部分、また全体的に重い印象にならないように肌色の生地を多くしてもらったり等など考え抜きました!ファーを取ったら、スワンレイク(06−07年SP曲名)用に作ってもらっているので、アイスショーで着るかもしれません」 |
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―今回のアイスショーの見どころは? 「小さい子と一緒に『楽しく』をモットーに滑っています。CMをみて、お客さんがリンクに足を運んでくれたり、実際に間近で私たちを見てスケートに興味をもっていただければという思いで滑っています。みんながホント笑顔でスケートします。見どころはそんな可愛い子供たちと冬の氷の楽しいひと時を間近で味わえることだと思います」 ―競技とは違いますか? 「競技とは全然雰囲気が違うと思います」 ―エキシビジョンの方が楽しいですか? 「競技もエキシビションも比べることの出来ない魅力があります。でも競技をやっている時はエキシビジョンは嫌いでした。例えば世界ジュニアで優勝したあとのエキシビジョンはプレッシャーがありました。優勝したからジャンプは簡単なのではすまされないし責任をもってチャンピオンの滑りをしなくてはいけない。自分にプレッシャーをかけすぎていたので楽しむ余裕はなかったように思います。それに比べ、今回のアイスショーは楽しむこと、笑顔で滑ることが一番大事という感じだから全然種類が違います」 ―エキシビジョンの魅力を感じたのですか? 「はい、そうですね。こういうのは関西ではあまり機会がなかったので、しばらくは東京方面で色々な仕事にチャレンジして、たくさん経験をして、将来的には関西にお持ち帰りできたらなと思っています。」 ―関西はたくさんフィギュアの選手がいるので可能なのでは? 「逃げ道もなくて、競技をやるか、やらなかったらやめるという選択肢しかないせいか関西の方が選手が育つ気もします。関東方面のスケーターは、競技引退後も活躍する場所が多いように思います。このように、スケート引退後もあらゆる道があるのが東京で、関西はまだそういうのが数少ないんです。 選手として、アスリートとして育つのは西の方が多いと思います。関東では人前で滑る機会が多いから、魅せるのが上手な選手が多くて、西日本は技術が勝る人が多いように思います」 ―どうしたら競技以外のスケートも広められると思いますか? 「今回のようなイベントを多く開催したりして、多くの人がスケートを身近に感じられたら、もっと広まると思います。 あといろいろな理由で一度スケートを辞めてしまった人や大人になってからスケートに興味を持った人がアイスダンスやシンクロスケーティング等などをとおしてスケートかかわることが出来る環境も必要だと思います。時間はかかると思いますがスケートというスポーツを文化にしていきたいです。競技人口を増やすことも大事ですが、効率の良いリンクのシステムを確立することも重要だと思っています。選手もコーチも頑張って結果を出せばそれなりのリターンがあるようなシステム・・・。カナダやアメリカのリンクのマネジメントを参考にそのような方向からスケート界に貢献したいとも思います。 今まで何かの縁で16年間もフィギュアスケートを続けてきました。奥深いスケート。今後はその魅力をいろいろな人に伝えたいし発見したい。アイスショーでも今回のような楽しいアイスショーやシアター系のアイスショーやプリンスのアイスショーなど様々な形があること、又、選手をしたことで得られるのメリットや就職についてなどについても考えていきたい。 |
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―太田さんは関西生まれですが関東の人の ように魅せるスケーターですよね? 「中学3年生から高校生くらいの間で表現する楽しさを知り、また表現力というものを評価してもらえるようになりました。そして、アメリカへ行ってニューヨークのアイスショーで滑らせてもらううちに、ショーの道に少しずつ興味持つようになりました。でも関西にも素敵なスケーターは多いですよ!」 ―16年間スケートやってきて、滑り続け 「現役をやめてから、ファンの方々や実際スケーターたちが『教えて』『もっと見たい』と直接私に言ってくださるようになり、『私はもっと滑り続けなきゃ』と思いました。小さい子に教えるのが好きなのもあり、教えるのには自分 |
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がやって見せてあげられるのが一番良いと思って教えています。子どもは言葉ですぐ理解するのが難しいんです。スポーツは野球でも上手な選手のフォームの真似からだと思いますし、スケートも真似から始まるので、私が滑り続けれる限り、ずっと続けたいと思います」 ―お手本になるということですか? 「そうです。できるかぎり滑ってみせることのできるコーチでもありたいなと思います」 ―話が変わりますが、来年から同志社大学に進学してどういうことを中心に勉強する予定ですか? 「学部が政策学部なので政治、経済を基盤に、スポーツ政策やマネジメントについて学んでいきたいです」 ―大学1年に戻られてしまいますが… 「若い子に溶け込んでいこうと思います。頭の回転は現役生の方が早いかもしれないけど私は今とても勉強したいという意欲があるから大丈夫!でもとりあえずは座る練習からです(笑)」 |
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| の姿勢、そして曲想をとらえて、指先まで光る所作の表現力などが観客を魅了し、氷上のバレリーナと呼ばれる。来年から同志社大学に復学の予定。 | |