03年4月号掲載
スポ法OBインタビュー 「法大生よ、遊べ!!」 今井雅之登場
芸歴17年を誇る法大出身の実力派俳優・今井雅之。 スポ法OBインタビューに2度目の登場!前回のインタビューでは聞ききれなかった彼の内面に迫った。 その多忙な大学生活と彼独特の視点から見た芸能界と映画界、そして役者論を熱く語ってもらった。
―――なぜ大学に入ったんですか?
まず俺は俳優になりたかったんだけど家族からは反対されていたんだよね。親父と兄貴が自衛官で将来は幹部になることをすすめられていたんだ。中学生の頃から映画が大好きだったんだけど現実もあるしな。親に自衛官を2年やって夢が覚めなければ俳優をやって良いと言われたので、とりあえず自衛隊に入った。でもやっぱり俳優になりたかったから自衛隊は辞めて、少しでも演技の勉強になるかな?って思って大学に入ったんだ。
―――法政を選んだのはなぜだったんですか?
まぁ軽く江川のファンだったていうのもあったよね。青学、法政、日大に合格したんだけど、何か六大学って男の大学!って感じがして憧れてたんだ。青学と迷ったけど、どこかナヨナヨしてる気がしてさ。(笑)でも法大に入ってから青学に行けば良かったと思った。だって法政ってコンパ無いしさ。何より青学生はモテたんだよ!(笑)
―――どんな大学生活を送っていらしたんですか?
俺、走るのが好きだから朝、代々木公園を2周走ってたね。それで市ヶ谷まで自転車で通学。授業から1限から出て…って言っても授業中はずっと寝てたけどね。(笑)昼休みはESS(英語サークル)に参加してた。今もそうだけどハリウッドに憧れてたからさ。それで大学の授業が終わったら六本木にある夜間の演劇学校に行って深夜から早朝5時までバイト。その後、やっと家まで帰って2,3時間寝るっていう生活プラス舞台を2,3掛け持ちしてた。でもノーギャラだからバイトしてたんだ。やっぱり自衛隊にいたからとか関係なく若かったからできたんだと思うよ。彼女がいなかったっていうのもあるかな。俺、全然モテなかったからさ。(笑)
―――法大生としてはどんな生活を送ってらしたんですか?
六大学野球は、よく観戦しに行ったよ!当時の法政は別名「飯田橋体育専門学校」って言われるほどスポーツが有名で強かったからね。もう今では神宮に足を運ぶ事はないけどスポーツ新聞では法政の事を気にしてるよ。
―――好きなスポーツは何かあったりするんですか?
今、注目しているのはプロレスだね!俺はね、格闘技はずっと好きなんだ。あ、後はマラソンかな?今、自分でやってるスポーツはジョギングだけ。
―――アルバイトは何をやってらしたんですか?また就職についても何かありましたら、お聞かせ下さい。
英文科だからバイトや外国人の案内とか色々と応募したんだけど全部落ちちゃったよ。何かコネがあったわけじゃなかったし仕方がないから深夜のバイトをやってたわ。少し大学を出たというプライドはあったんだけど。それで27歳の時に本を書いたんだ。これが「お金がない」につながっていったんだよね。
―――「THE WINDS OF GOD」のこだわりや製作秘話などがあったら教えてください。
どうしても映画に近い脚本が書きたかったんだよね。シンプルな言葉で人を感動させる事がやりたかったんだ。当時はこういうのは少なかったと思うよ。でも映画にするまでに5年もかかったからね。5年だよ!信じられる?やっぱりね、この世界はコネが何もない人には厳しいんだ。「THE WINDS OF GOD」に関しては、この点が一番辛かったね。
―――芸能界に入るまでの苦労話とかあったら教えてください。
自分は本当にゼロから始めた人間。今の自分の周りには自分を利用してやろう!って人間がいない。もし昔の自分にそういうチャンスがあったら24時間くっついていたと思うよ。今はね、自分の若い頃のような人がいない。みんな口だけでさ。自分は大学卒業の頃は本当に死に物狂いだったよ。利用できるものがあったら何でも利用してやる!って感じで利用できるものを常に探してたね。
―――実際に芸能界に入ってからは、どうでしたか?
30歳の時に「シャワーを借りられた事」が一番うれしかったなぁ。後は「飯が食える」って事。「練習終わってから飲みに行ける!」のも嬉しかった。今まではバイトだ何だで、そういう事はできなかったから。芸能界はいざ入ってみると「空手10年やって初めて試合に出た」ような感じ。そしたら周りがみんな弱かったみたいな。(笑)でも俺のような叩き上げで来た奴には、それでも十分うれしかったんだけどね。実は。(笑)
―――事務所を独立されましたよね?そこには何か確信はあったんでしょうか?
35歳で独立したんだけど、やっぱり確信っていうより自信だよね。自分の力以外の
何かに頼らなくても、もう自分の力でやっていけるんじゃないかな?って思って。で
もそれは、それまでに過ごしてきた10年だったりが良かったからなのかもしれない
ね。
―――日本の映画界について何かありますか?
92年位だったかな?その位の時期からアメリカに行くようになったんだけど、日本
に帰ってきたらビックリしちゃったよ。何これ!?ままごと?学芸会?みたいなさ。
(笑)アメリカの全てが良いとは言えないけど、やっぱり先進国の中で演劇や映画に
関して一番遅れているのは日本だと思うね。だってさ、スピルバーグのスタジオとか
無茶苦茶凄いよ!!日本ではロケでやるようなシーンでもスタジオの中にセット作っ
ちゃうもん。そういうハード面の充実が足りないと思う。アメリカや韓国、中国は国
が協力してくれるんだよ?日本じゃ規制が厳しくて、なかなか街中での派手な撮影と
かできないんだよ。日本は戦争に負けて、とにかく経済、経済だったから芸術に関し
てはとても遅れていると思うんだ。
―――「T・R・Y」の中国ロケの感想は何かありますか?
中国も日本より凄い。上海へ行ったけど料理は美味しいし、すごく安いしさ。本当に
安かったなぁ。日本人はお金があるって思われてるし実際に持ってたからすごくモテ
て良かった!(笑)ロケでは待ち時間が長かったりと色々モチベーションを維持する
のが難しい状況もあったけど落ち込まずにテンション高い状態でいられるように努力
してたよ。
―――今井さんが気になる芸能人だったり注目している芸能人ってどなたかいらっ
しゃいますか?
やっぱり芸能人はオーラが無いとダメ。高倉健さんは以前から憧れてはいたんだけ
ど、まさかあれ程とは思わなかったね。色々と想像してはいたものの実際お会いした
ら本当にオーラが凄かったね。憧れの人だよ。他には女性では宮沢りえさんもオーラ
があるよね。日本の女優さんの中では珍しいと思うよ。後は北村一樹かな。まだ彼が
無名の時に1度共演したんだけど「こいつは絶対に売れる!」って思った。何より彼
は眼に力がある。そういう人は売れる。間違いない。俺が目指しているのは「存在感
が恐い」「奥行きのある演技が出来る」俳優。「笑ってても恐い」みたいなね。でも
そういう人はハリウッドに行っても通用する。向こうは本当に違う!演技に対して向
こうはactingになると態度というか意識のレベルが高い。日本人はプライドか
ら入って「こんな演技は出来ない」とか言っちゃう人もいるんだよね。アメリカでは
監督と役者が話合う時間があって、そこでお互いに意見を交換しあえるんだ。だって
さ後で屁理屈こねたり演劇論とか語るやついるけど、そんなの仲間内で語ってないで
監督に言えっつうの!(笑)アメリカ人の舞台に上がってものを創る時の眼は凄いよ
!!
―――今後の活動予定か何かは、もう決めてらっしゃるんですか?
20年舞台をやってたんだけど今年は初めて舞台をやらないんだ。しばらくは休ん
で、でも映画を創っていくんだ。アメリカとやっていきたいね。後半の人生全てを賭
けても良いから同じエネルギーでやり続けたい。映画が出来るまでは色々な番組にも
出て金稼いでさ。(笑)ヤクザ映画とか良いな。年内に上手くいけば1本映画を撮れ
るかもしれない。まぁ、もし今撮れなくても、いつか絶対に撮る!!
―――最後に新入生に向けて一言お願いします。
遊べ。とにかく遊べ。こんな時期は、もう無いから。そりゃ試験に受かりたい人は
勉強すりゃいいんだけど…。でも実験出来る良い時期でしょ?スポ法だってセミプロ
じゃん。やれるんだったら今の内にどんどん挑戦した方がいい。俺は大学とは社会の
予備校だと思ってるよ。だっていきなり社会に出たら辛いと思うよ。今なら職業欄に
学生って書いて何でも出来るじゃん。俺は学生という肩書きがあったからこそ演劇に
打ち込めたんだ。「東大や早慶に入れなかったから…」なんて気持ちとか引きずって
る人は、そういう事で大学生という貴重な時間を無駄にしてはいけない!「俺が法政
を有名にしてやるんだ!」ぐらいの気持ちで頑張って下さい!!
楽屋に入ると、まずその存在感に圧倒された。そしてピンと張り詰めた空気の中、インタビューは始まった。カメラマンとして参加することになった私はそのインタビューの行く末が少し不安になっていた。 しかし話し始めると、この空気は柔らかいものに変わった。質問の意味を汲み取って、思ったことを素直に口にしてくれた今井さん。そんな彼に我々、取材班は好感を抱かずには、いられなかった。 お忙しい中、取材にご協力頂きました今井さん。誠にありがとうございました。我々、スポーツ法政新聞会一同、更なるご活躍を期待しております。
<特別取材班> 聞き手・一宮大輔 書記・しま田愛 カメラ・箕輪成晃
◆今井雅之(いまい・まさゆき) 1961年4月21日・兵庫県生まれ。高校卒業と同時に自衛隊に入隊するが役者への情熱が捨てられず一年半で除隊。その後、82年に法政大学文学部に入学。そして、それと同時に役者生活に入る。86年に大学を卒業後、舞台デビュー、テレビデビューを果たした。この後、順調にドラマ、舞台にと幅広く活躍し代表作には「お金がない」、「味いちもんめ2」、「お見合い結婚」などがある。 なお自身で脚本を書いた「THE WINDS OF GOD」は88年の初演から日本国内のみならずアメリカ公演でも大成功を収めた。小説化にも至った本作はは好評を得る。91年に文化庁主催芸術祭賞で史上初の原作・脚本・演技の三賞で受賞。93年には国際連合作家協会主催の芸術賞を受賞。最新作には織田裕二主演の「T.R.Y」がある。 現在はドラマ・映画・バラエティと、その活躍のフィールドを更に広げ精力的な活動を続ける。本人の希望する映画制作活動を行うために今年に入ってから少し活動を控えているが、その個性豊かな役柄を演じ分けられる高い演技力には定評がある。
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