本田拓也、北京五輪最終予選特集!!


五輪出場権獲得へ、日の丸を背負って戦う我らが本田
 

 北京五輪アジア最終予選。そこは二次予選を通過したアジアの強豪だけが集う真の戦いの場。そして近年の日本サッカーをリードしてきた偉大な先人たちが乗り越え、キャリアアップを果たしてきた登竜門でもある。そんな22歳以下のサッカーをする者すべてが憧れる最高の舞台に本田は立っていた。

 本田は反町JAPAN結成当時からチームの一員として召集され続けてきた。持ち前の激しい当たりに中盤の底から長短のパスで散らすゲームメイク、そしてどんな相手にもひるまない強いハートを武器にJリーグメンバーを中心とする代表チーム内で大学生ながら徐々に頭角を現しだす。そして、3月28日に行われた北京五輪アジア二次予選のシリア戦でついに本田は激しい競争を勝ち、先発の座を勝ち取ったのであった。しかし、本田にとっての五輪予選初戦は順風満帆なデビューとはいかなかった。予選初出場でその独特の雰囲気に飲まれ、いつものプレーが発揮できない。試合後にはサッカー解説者からの容赦ない批判も浴びた。さらに4月18日のシリアとのアウェー戦では体調を崩し、ベンチ入りメンバーから漏れてしまう。本田は次の試合に起用されないのでは。そう考えた者も少なくなかっただろう。しかし、そういったメディアやサッカーファンの予想を覆し、5月16日の香港戦、本田は先発メンバーとしてピッチに立っていた。そこで本田は会心のパフォーマンスを見せる。球際で競り負けない強さや的確なポジショニングで相手の攻撃の芽を潰していく本来のプレーを発揮し、いつもは辛口の批評家たちをもうならした。その試合で代表としての確固たる地位を築いた本田はその後、中盤の底のファーストチョイスとして指揮官から絶大の信頼を寄せられるのであった。「反町さんは僕の恩人なんです。国際舞台で戦う機会を与えてくれました。」と本紙インタビューで語ってくれた通り、本田も自分を起用し続けてくれる監督に感謝の意を表しており、二次予選を通じて両者の間に深い信頼関係が刻まれたのは間違いないだろう。そして、本田の活躍もあり日本は二次予選を6戦全勝で突破。ついに最終予選に駒を進めるのであった。

  中盤の底で球をさばく本田 <アジア最終予選、初戦べトナム戦>  

二次予選でレギュラーを奪取した本田は最終予選でも先発に名を連ねた。8月22日、最終予選初戦のベトナム戦、日本は1−0で勝利した。しかし、勝ち点3は得たものの、格下と見られるベトナム相手に1点しか取れなかった攻撃陣はメディアから批判の雨を浴びた。だが一方、守備に関して目を向けてみると見事な完封。その中心にいたのは他ならぬ本田だった。本田のプレーは目立ちはしないが、確実に相手の攻撃を未然に防いでいた。カウンター攻撃を基本とするベトナムにほとんどチャンスらしいチャンスを与えなかったのは中盤の底で攻守のバランスを取る彼の存在があってこそだ。そしてこの日は守備一辺倒だけでもないところも示せた。機を見てスペースに駆け上がり、攻撃にアクセントを加えた。「攻撃が詰まったら誰かが走っていく、そういうプレーを意識してやっています。」という彼のコメントに攻撃面での成長も伺えた。そんな攻守に貢献し、日本を勝利に導いた本田は試合後にこう語った。「やはり最終予選は二次予選とは違った雰囲気がありました。勝たなくてはいけないという目には見えないプレッシャーがありました。」と普段は緊張とは無縁の彼も、最終予選の異様な雰囲気には違いを感じていたようだ。そして初戦を勝利した日本は次節、最大のライバルと目されるサウジアラビアとの一戦を迎えることとなる。完全アウェーの中の戦い。厳しい一戦になることが予想された。

周囲に指示を出し、代表でも存在感を示す本田 <アジア最終予選、第2戦サウジアラビア戦>  

9月8日、予選突破へ、最大の難関と評されるアウェーでのサウジアラビア戦を迎えた。この試合は勝ち点1でも成功と言える中東での完全アウェーの戦い。スタジアムも異様な雰囲気に包まれ、試合中の気温は夜でも40度近くあり、環境は劣悪だ。そして初戦を落としているサウジアラビアはホームでのこの一戦、是が非でも勝利をもぎ取りたいところであり、猛攻を仕掛けてくることが予想され、ハードな守備の本田の活躍がより一層期待された。そして試合は前半から激しいものとなる。「思いもしない所から足が出てくる」と本田が語ったようにやはりサウジアラビアの個人の能力は高く、個人勝負ではさすがの本田でも対処が難しい場面も見られた。しかし、日本はチームとしての連動した守備で乗り切り、アウェーの戦いを見事に0に抑える。攻撃の面では相手に退場者が出てから攻勢に出て、何とか勝ち点3を得ようとしたが、決めきれず無得点に終わった。試合は0−0のスコアレスドロー。アウェーのサウジアラビアで戦ったことを考えれば妥当な結果だったと思うべき試合だった。そしてこの激戦の後、代表チームはすぐに帰国して12日にカタール戦を迎えることになる。次はホームで絶対に勝たなければならない試合。最終予選不動のボランチである本田のカタール戦での更なる活躍が期待された。

まさかの退場に下を向く本田 <アジア最終予選、第3戦カタール戦>

 9月12日、この時点で首位に立っていたカタールとのホーム直接対決。予選突破へ絶対に勝ち点3をものにしたいところだ。試合が始まると、開始わずか6分に水野のFKを梶山が合わせて先制点をもぎ取る。本田も、守備を基本にし、ボールをさばきながら、時には前線にフリーランニングし、攻撃にもからんでいった。日本は追加点こそ奪えなかったが、終始試合をコントロールしていた。後半が始まるとカタールは反撃を開始する。カタールの勢いに押され出された日本は徐々に相手にペースを握られ始める。すると68分、まさかの事態が発生する。FKの壁に入った本田がわずかに先に動いたとされ、まさかのイエロー。この日二枚目の警告となり、退場処分を受けてしまう。意気消沈する本田。ジャッジに不満を残しながらピッチを後にした。本田がピッチからいなくなった後の日本は防戦一方。幾度となく攻め込まれる。しかし、そこをGK山本のスーパーセーブなど守備陣の頑張りもあり、虎の子の1点を守り切った日本。何とか1−0で逃げ切り、勝ち点7でついに首位に浮上した。最低条件の勝利は手に入れた日本だったが、次の試合に本田は出場停止になってしまった。試合後のインタビューで本田は「みんなに迷惑をかけてしまいました。」と退場処分に対して反省しきりの様子だった。しかし、審判の判定に関しては「納得していないです。練習の時と同じように動いたはずですが…」と審判の微妙な判定にはやはり素直に受け止めることはできなかったようだ。しかし「みんなは気にするなと言ってくれました。まだ試合は残っていますし、出られる試合に向けて気持ちを切り替えていきたいです。」とすでに次なる戦いに目を向けていた。残念ながら次の試合は本田は試合を欠場する。しかし、本田は出場停止の処分が明け、ピッチに戻ってくれば日本国民の期待に沿ったプレーを必ず見せてくれる。そして日本を北京に連れて行ってくれる。そう信じたい。そして自身も目標だと語るの北京五輪本大会出場へ。本田の世界を舞台にした厳しい戦いはこれからも続く。

今後の予選も活躍が期待される本田


◆本田 拓也(ほんだ・たくや)
現代福祉学部4年
1985年4月17日生まれ
桐光学園高校出身
177cm、70kg

●U-22代表出場記録:
2006年 8月7日 日中韓サッカーU-21代表交流戦 対 U-21中国代表
2006年 11月14日 日中韓サッカーU-21代表交流戦 対 U-21韓国代表
2006年 第15回アジア競技大会(2006/ドーハ) 対U-23パキスタン代表 2006年 第15回アジア競技大会(2006/ドーハ) 対U-23シリア代表
2006年 第15回アジア競技大会(2006/ドーハ) 対U-23北朝鮮代表
2007年 北京五輪アジア二次予選 対U-22シリア代表
2007年 北京五輪アジア二次予選 対U-22香港代表
2007年 北京五輪アジア最終予選 対U-22ベトナム代表
2007年 北京五輪アジア最終予選 対U-22サウジアラビア代表
2007年 北京五輪アジア最終予選 対U-22カタール代表





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