2005年05月22日
波木健太郎/信頼
今回は前回コメント頂いた内容から、自分の学生時代について書きたいと思います。基本的にはこのブログはNFLEでの出来事を中心としたものなので、少々話がそれてしまいますがご了承願います。
さて、2003年の準決勝ですが、何から書いていいものか迷ってしまいます。この試合は自分の大学生活最後の試合で、この年、早稲田大学ビッグベアーズは全勝でリーグ戦を突破し2年連続でのプレイオフ進出を決めました。目標は「日本一」。そのためには、甲子園で立命館に勝つまでは、どこにも負けられないという強い意志がありました。対戦相手の東海大学は、これまで2回対戦し、2回とも勝利していたほど愛称の良いチーム。だからと言って、油断や奢りは一切ありませんでした。チーム環境や選手個人個人の能力を見ても、その年の関東の大学の中ではトップクラスと言ってもいいほどの強豪でした。我々も万全の準備をして試合に臨みました。
試合は、お互いの強力オフェンスが持ち味を発揮し、点の取り合いとなりました。前半は早稲田リードで折り返しますが、後半、東海の強力なランアタックによってゲームを支配され逆転を許します。26対34―。そして、試合時間残り59秒、自陣4ydからの早稲田最後の攻撃―。この時の心境は、そこまで記憶にないのですが、おそらく落ち着いてフィールドに入ることは出来ていたのだと思います。なぜなら、2002年の法政戦がそうだったように、どんなに窮地に立たされようとも、あくまで目標は「日本一」。どんなにエンドゾーンまでの距離が遠かろうとも、点差が何点だろうとも、諦めることは出来ない。同時に、今まで自分達が培ってきたことに対して自信と誇りがあり、この状況でも必ず追いつけると信じていたのだと思います。
残り時間1秒、エンドゾーンまで32ydとなった状況でも誰一人として諦めてなかったのだと思います。正直な話、あの場面でタイムアウトをコールして、最後のプレイを考えたのですが、それがしっかりとフィールドの選手達には伝わりませんでした。実際に思い描いたプレイは、足の速いWRをショットガンのRBの位置に置いて、LBとのミスマッチを狙い、プリベントしているDB陣の前に走り込ませてエンドゾーンでキャッチさせるというものでした。しかし、実際にRBの位置についたのは本来RBだった神で、つくはずの尾崎はWRの位置に。
ディレイオブゲームが刻々と迫る中で、私はやむを得ずプレイを開始しました。もちろん始めは、へイルメリーを投げるつもりでしたが、その混乱した状況とパスプロテクションの漏れを感じた私は、自然とスクランブルをしていました。これがスクランブルに出たいきさつです。この時は、もう走り出してしまったのだからTDを奪うしかない。そう思っていました。もともと私は走るQBだったので、スクランブルには自信がありましたが、さすがにプリベントで守っているディフェンス陣を掻い潜ってエンドゾーンに入れるのかは疑問でした。スクリメージを越えてから、左にカットバックします。これがおそらく運命だったと思います。左サイドには、RBの位置からパスコースに出ていた神がいました。WR陣のブロックに守られてエンドゾーンへと進み、最後は神が渾身のブロックをし、道を開いてくれました。私は自然とエンドゾーンに飛び込んでいました。
あとから聞いた話ですが、会場は大盛り上がりだったそうですが、私にはまだやるべきことがあり、早稲田はまだ勝ったわけではありませんでした。あの場面で、あのプレイを心の底から喜べなかったのは残念に思いますが、「日本一」ためには仕方なかったのだとも思います。続くTFPのプレイは、奈良攻撃コーディネーターと私との考えに寸分の狂いもありませんでした。あの場面ではこれしかないというプレイでした。TE安村へのスローバック―。共に早稲田の勝利のために4年間を捧げてきた最高のパートナー、それが安村でした。同じ早稲田のQBとして、良き友として。パスは成功し、同点。奇跡と言ってもいいようなドライブでした。
その後、私はOTでインターセプトを喫し、早稲田は敗れました。
あの4年間を振り返ってみると、私は本当に恵まれた環境の中、大好きなフットボールをすることが出来たのだと思いました。ビッグベアーズというチームが私自身に与えてくれたこと。それは、どんな状況でも諦めず前に向かって進み続けることであり、その過程の中で心から信頼できる良き友たちと出会えたことなのです。現在、我々はお互い違う道を歩んでいます。しかし、ビッグベアーズで過ごした4年間が、我々にとってかけがえのないものだったということは、誰の胸にも刻まれている事実なのだと思います。
これから先、どれだけあのような場面に出会えるかは分かりません。もしかしたら、もう出会うことはないかもしれません。でも、もしもまたあの状況を味わうことが出来るのならと思うと、顔が緩んでしまうのは自分だけでしょうか。
May 22, 2005 05:00 AM
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コメント
コメントありがとうございます、miさん!
そう言って頂けると、プレイしていた身としては本当に嬉しいです。我々スポーツ選手が、観客やファンの皆さんに与えられるものはまさにそのようなことです。一緒に感動を味わってくれたり、一緒に泣いてくれる。これ以上ないことだと思います。これからも、どんな場面に遭遇しようとも、精一杯のプレイをし皆さんに感動や興奮を与えたいと思います。応援よろしくお願いいたします^0^
Kentaro Namiki
投稿者 Namiki Kentaro : 2005年05月29日 03:00
あの試合をスタンドで見ていて、とにかく感動して、涙が自然と流れました。
プレーしていたご本人が何を考え、どう感じていたのか聞いてみたかったので、とても面白く読ませていただきました。
NFLEで苦労なさっていると思いますが、未来のNFLプレーヤーとして期待しています。
がんばってください。
投稿者 mi : 2005年05月27日 16:41
ありがとうございます、総監督さん!
おそらく元々決めていたら、あのようにはならなかったかもしれません。でも、タイミング的は決めてあったドローのように観えていたようですね^0^左にカットバックしたのは癖ですね(笑)あんまり右には切れないカラダらしいので^0^TFPは本当にあれしかないというか・・・2003年のチームを物語っていたような気がします。ヤスがTEにならなかったら、完成しなかったドライブだと思います。
マンデーナイト大敗してしまいました。もうワールドボウルのためには一度も負けられません。頑張ります!
Kentaro Namiki
投稿者 Namiki Kentaro : 2005年05月25日 06:34
コメントありがとうございます、bbobさん!
本当にもう一度甲子園のグランドに立って立命館と試合がしたかったです。でも、一度でも甲子園に出場できたことは終生の誇りとして、心に刻んでおきたいと思います。現在は、場所は違えど大好きなフットボールに打ち込んでいる毎日です。上には上がいると痛感する毎日です。でも、その高いレベルでも自分の持ち味を発揮しいつかは堂々とスターターとしてチームを引っ張れるように頑張りたいと思います。これからも応援よろしくお願いいたします。
Kentaro Namiki
投稿者 Namiki Kentaro : 2005年05月25日 06:21
早速のリクエストにお応え頂き、有難うございます。
スクランブルは最初から自分で決めていたという噂も聞いたんですが、やはり色んな事があったんですねぇ。でもその色んな要因が重なってしまった中で、瞬時の判断であそこまで持っていけるのってやはり凄いです。左サイドへスルスルッと抜けて切れ上がっていったシーンは鮮明に今でも記憶してます。その後の2点トラポンもああいう状況で決められるのも並大抵のことではないと思います。プレイコールもすばらしかったですし。
勝利することも大切ですが、書かれている通り、すばらしい仲間と同じ目標に向かって過ごした経験はほんと何にも替えがたいことだと思います。
今週はNFLE版マンデーナイトですね。頑張ってください!
投稿者 総監督 : 2005年05月23日 18:15
「関東のプレーオフの話なんて」て思う人もいるかもしれない。けど、あのプレーは誇りにして良いと思うし、見ている人を勇気付けてくれた。
もう一度甲子園で波木のプレーを見たかったのはあるけど、国内よりもっと大きな舞台で戦っている今が一番大事なときでしょう。NFL目指して、今の状況で着実に結果を残していってください。
投稿者 bbob : 2005年05月23日 07:29
