2005年11月01日
公道走行:小暮卓史
こんにちは、小暮です。今回は10月20日、フォーミュラ・ニッポンのマシンで栃木県の国道123号線を走った時の事を書こうと思います。
その前にちょっと一言。前回のブログについてですが少々誤解を生んでしまったようですが、犯罪を容認しているわけではありませんよ。ただあまりにもリアルにそして目の前で起きたので。(笑)次は心の準備をしておきます。
さてもうすでに多くの人が走ったものと思われますが、123号線が新しく2~3km延び、これによりツインリンクもてぎへのクルマの移動時間の短縮、そして帰りの渋滞が緩和されると聞きました。そこで開通式にデモ走行としてフォーミュラ・ニッポンマシンを走らせるという事でレースの宣伝(この週末にツインリンクもてぎで開催されましたレースについてのコメントはhttp://www.t-kogure.netでどうぞ)も兼ねて僕が走ることになったのです。
正直、レーシングカーで公道を走るということに関してはドキドキしていました。なぜかわからないがレースカーで公道を思いっきり走らせることが僕の心の中の願望に少なからずあったようです。その昔、自分のクルマでサーキットを思いっきり走るのが夢だったのに今は反対で、レースカーで公道を走らせることに魅力を感じているのだから面白いです。もっと若い頃、僕の知人が買ったばかりのレーシングカートを国道50号線、前橋県庁前で走らせて警察に捕まった人がいます。彼いわく「サーキットで思いっきり走らせるよりも公道を思いっきり走らせたかった」と言っていました。そんな彼の気持ちは何となく分かるような気がします。でもその彼に「一緒に走っちゃおうぜ」と誘われたのですが、僕は走りませんでした。バカみたいな話ですが本当に走らなくて良かったと思ってる。今こうして警察に捕まることなく堂々と仕事として公道を走れるのだから。
当日は晴れで気温は低かった。新しい道路のため、路面が油っぽいのと路面温度が低かったので、ドライのニュータイヤではなく安全を考えてレインタイヤでの走行となりました。僕が聞いたところでは好きなように走ってくれと言われていたので、エンジニアともある程度スピードを出して走ろうと話していました。当日はいろんな人が集まり、なぜか幼稚園児まで何十人かいました。彼らが道の両脇に僕が走るのを見届けようとしていたこともあり、道幅は結構狭く全開で走るには少し緊張しました。フォーミュラ・ニッポンマシンで事故などを起こしてしは最悪の開通式になってしまいます。。。
とりあえずスタートではホイールスピンさせて少しパフォーマンスしてくれとの事だったのでホイールスピンとともにスタート。2速→3速→4速とシフトアップしていくものの3速まで全然ホイールスピンが止まらず結構フラフラしていました。見ていた人は驚いたかもしれません。特に3速で少しカウンターを当てた時に近くで見ていた人は少しヒヤッとしたかもしれません。もちろん公道なので4速止まり。5速6速で全開にしたらクラッシュしてしまうくらい、路面は滑りました。途中、畑を耕しているおじいちゃん、おばあちゃんが視界に入ってきた時に、妙に僕も彼らも場違いな感じがしたのを今でもよく憶えています。
こうしてデモ走行は無事に終わりましたが、やはりレーシングマシンはサーキットで走らせる方がいいなと心から感じた日となりました。
November 1, 2005 01:28 PM
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コメント
公道走行の様子、とてもよくわかりました。
特に幼稚園生が狭い公道の両側に並んで見ていたとは!さぞかし緊張の極みだったでしょうね。
それにしても小暮選手、文章うまいですね。古本屋や漫画喫茶に行っているからでしょうか。小暮選手のこのブログのもうひとつの特徴は、写真がない、ということですね。写真そのものはあったですが、小暮選手が撮ったものがなかった・・・あまり写真撮る方ではないのでしょうか。
このブログ、スーパーGTに参戦しているNSX、スープラ、Zのドライバー各一人づつと、そのチームのスタッフ(NSXは中村監督)の組み合わせ、ということだったと思うのですが、GTのシーズンは終わってしまいました。そろそろこのブログも終わりなんでしょうか。もっとも、始まったのもシーズン開始と同時という訳では特になかったですが、もしシーズンの終わりと共にブログ連載も終わりだとすると、一気に寂しくなりそうです。とはいうものの、まだフォーミュラ・ニッポンの最終戦が残っています。
小暮選手、今年最後のレース、今年の全てを込めて走って下さい!
投稿者 一通 : 2005年11月12日 20:05
>なぜかわからないがレースカーで公道を思いっきり走らせることが僕の
>心の中の願望に少なからずあったようです。
その願望、もしまだ今もあるのなら、将来ルマン24時間レースに挑戦したら思いっきり満たされるかも知れないですね。
投稿者 海の日 : 2005年11月11日 08:09
(前橋県庁前のエピソードを読んで)群馬県の公道はきっとスポーツ走行したくなる道なのでは。秋名をはじめ・・・おそるべし、群馬県の公道!でも、その時公道の魅力に負けないで、無事プロになり、おおっぴらに公道を走る経験ができてよかったっすね。
フォーミュラで公道を走るといえば、マカオも。その時と今回はまたひと味ちがったですか?
投稿者 SPP : 2005年11月03日 14:16
>途中、畑を耕しているおじいちゃん、おばあちゃんが視界に入ってきた時に、
>妙に僕も彼らも場違いな感じがしたのを今でもよく憶えています。
そんな、山奥の畑の中にいきなりサーキット、のような唐突さがもてぎの魅力でもあると思います。
もてぎの最初のビッグレースのFNもてぎの時、優勝者に捧げられた副賞が米俵だったですが、優勝したのがペドロ・デ・ラ・ロサで外国人だったので、なおさらそんな感じがしたのを思い出します。
投稿者 佐藤葉子 : 2005年11月03日 12:05
もてぎへの公道の走りぞめをやった小暮さん。
これからもてぎへ行くたび、僕が走りぞめやったんだ~、
と思って感慨深いかも知れないですね。
大変だったみたいですが、なかなか普通はできない経験で
うらやましいです。
投稿者 海南鶏飯 : 2005年11月03日 10:55
でも、走ってほしい。ル・マンとか。
投稿者 ちど : 2005年11月02日 06:18
