2005年07月29日
波乱万丈の第4戦、Team Honda Racingは…:中村卓哉
みなさんこんにちは。Team Honda Racing 監督の中村卓哉です。今回は波乱万丈だったスーパーGT第4戦・菅生レースでのTeam Honda Racingのトピックをみなさんに報告します。

■プラクティス~予選
ここまでは我々のシナリオ通り。予選1回目で18号車がトップタイムを刻みつつ、迎えた予選スーパーラップ、まず8号車ラルフのアタックが始まりました。ラルフはハンディーキャップウエイト50キロを、ものともせず果敢にアタック、裏ストレート手前のコーナーを縁石を利用しながらクリアーと思いきや、わずかにライン取りにミスが出てしまい縁石の途切れ目にリアタイヤを落としてしまいスピン…。果敢に攻めた結果でありこれもレース、仕方がありません。
その後最終組18号車道上のアタックがはじまった瞬間、ピットとサインガードのテレビ映像の電源が落ちてしまい走行状況は場内放送音声に頼るしかありません。どこかモニターの見れるところはないか探しているとき場内放送で、『道上スピン!!コースアウト!!』まさか…。

詰まるところ今回レースはこれが全てだったのかもしれません。Honda Racingの2台がそろってNo Time。こんなところで仲良くしなくても、と思ったのは私だけではなかったはずです。シナリオでは18号車と8号車が仲良く予選1、2 実際かなり高い確率で可能であったはずなのでとても残念でした。
事前にも菅生でテストを行い、十分なデータを得て準備万端で乗り込んだ今回のレース。マレーシアでの悔しさを胸に「今度こそは!」の思いも強くドライバー、エンジニア、メカニック、サポートスタッフも含めて全員がモチベーショ
ンを高めていただけに、改めて予測のつかないレースの怖さ、奥の深さ、全てが完璧にかみ合う事の難しさを実感した予選でした。

続きの決勝はまた次回ということで。
(タイヤに関するご質問は前回のところに書き込みしました。変なところに張り
付いたみたですが見てくださいね)
July 29, 2005 11:18 AM | コメント (3) | トラックバック (0)
2005年07月26日
僕が普段乗っている車はZではなく…:柳田真孝
こんにちは、柳田真孝です。前回のブログで、皆さんから僕に聞きたい事をコメントに書いてくださいと頼んだところ、いくつか質問があったので、今回はそれに答えていこうと思います。
まず、レース以外の普段の日は何をしているかの質問から。
知っている人もいると思いますが、昨年まで僕はNISMOで働いていました。2001年から昨年まで4年間、レーシングカーに関する知識を深めるため、NISMO技術部の通称「部品庫」というところで、GT500やGT300のパーツを仕分けしたり、管理したりしていました。
今年はGT500にステップアップしたのでNISMO勤務も卒業。4年間同じ屋根の下で働いていたので、今年一緒にサーキットで仕事しているスタッフのみんなをはじめ、NISMOの人達とはコミュニケーションもバッチリ! (だと思う。笑)とても良い経験ができたと思っています。今は、よりレースに集中できる環境になっています。レースがない時は、テスト走行やイベントが増えました。毎日レースのための生活です。でもオフの日は、きちんと休んでいますよ。最近ハマッているのは、ダーツです!! よく本山さんとかと行きます。
次に、どんなトレーニングをしているかの質問について。
1番いいトレーニングは、実際レーシングカーに乗ってトレーニングすることです。でも、現実的に乗れるのはわずかな時間です。そこで、レース中に「疲れた~」とならないように、カートに乗ったり、スポーツジムに行って体力トレーニングをしたりしています。マレーシア戦の前には、ジムに行くと必ずサウナに入って暑さ対策をしていました! 僕自身の特別なトレーニング方法はありませんが、よく寝ることを心がけています。
では、最後に僕が普段乗っている車は何かのという質問。
今は、日産のムラーノ。昨年発売されたSUVの車です。皆さんは、やはりフェアレディZだと思われましたか? Zは昨年まで乗っていました。最近の日産車はどれも、デザインが良いと思います。Zにしてもムラーノにしてもカッコいいと思いませんか? しかも、Zはノーマルの状態でもスポーティな動きをするから乗っていて楽しいし、ムラーノも乗り心地がとても良いです。ZもムラーノもNISMOでチューニングしてもらって乗っているのでスタイルも走りも最高です!
全ての質問に答えられなかったかもしれないですが、今後も僕に聞きたいことがあったら聞いてください! では、また次回!!
July 26, 2005 08:58 AM | コメント (23) | トラックバック (2)
2005年07月22日
感謝の気持ち…:中里治
「エンジン」を通じて、また新しい出会いがありました。
振り返れば振り返るほど、本当に素晴らしいメンバー達と出会うことができたと思う…。でも正直、4ヶ月以上にわたって一緒に仕事をしてきたメンバー達が、バラバラになってしまいまった現実に、少々戸惑いがありました。

収録を重ねるごとにチームワークが強固になっていた矢先だっただけに、とても残念でした。連続ドラマの世界では、それが当たり前なのでしょうが、モータースポーツの世界では、最低でも1シーズン=1年間を一緒に戦っていくもの…。どんな団体スポーツでも、個人の能力が秀でていたからといって、必ずしも勝てるとは限らないですよネ。メンバー同士が信頼関係をはぐくみ、チームが一致団結しなくては、優勝することはできないと思います。だから、最終回オンエア後の打ち上げを境に、気心知れたメンバー達が、それぞれ別の仕事に旅立ってしまったことが、少し驚きでした。昼夜を問わず、呼び出し音が鳴り続けていた携帯電話も、今となっては静かなもんです(-_-;…。
前回のブログで、木村拓哉さんのファンの皆さんから とても心温まるコメントをいただきました。本当にありがとうございましたv(^^)v。このドラマを通じて、少しでも多くの方がモータースポーツに関心を持ってくれたらいいな~と思っていたのですが、そんな折、7月2日-3日に鈴鹿サーキットで行われたF3第6大会に、このブログを見て、わざわざサーキットに足を運んでくれた木村さんのファンの方にお会いすることができました。雨天にもかかわらず、ピットウォーク時にウチのピットにいらしてくれました。あまりお話しする時間はなかったのですが、サーキットに初めていらしたそうです。本当に嬉しかった(^▽^)/。

そういえば、6月21日の富士スピードウェイでのロケに観客役で集まってくださった大勢のファンの方に、本物のレーシングカーの迫力は、どう映ったのかな~。ほとんどの方が初めてサーキットを訪れたと思うのですが、木村さんがモータースポーツに魅せられた理由や、あの独特な空間と雰囲気だとか、何かが伝わりましたか?。あのサウンドと迫力は、TV中継では味わえませんからネ・・・。実際、朝のウォームアップ走行や収録途中で走った模擬レースでは、現役F3ドライバー達が、実戦モードで走ってくれましたから・・・。なかには、勢い余ってコースアウトするマシンもあったくらいです。・・・実は、何を隠そう、ウチのおバカな外人ドライバーなんですけどネ(^_-)-☆。
このドラマを見てくださった視聴者の皆さんにとって、モータースポーツが少し身近になってくれたみたいですネ…。
先日、「エンジン」の公式ホームページの“番組へのメッセージ”を読んでいたら、小学生の息子さんが「レーサーになりたい!と言っている」というコメントを見つけました。以前、一之瀬監督こと泉谷さんとお話をした時に、「オレらが子供の頃は、レーサーは憧れの存在だった。子供にとって憧れっていうのは大切だよネ。たから、このドラマを通じてレーサーになりたいと思ってもらえるように、夢を与えたいネ」と、おっしゃっていたのですが、この気持ちは、充分、伝わったようです。本当に嬉しいことです(^▽^)/。

それにしても番組へ寄せられたメッセージを読むと、とてもたくさんの人に愛された作品だったことを痛感しました。特に普段は、深夜に放映されているレース中継さえ見たことないだろうと思われる10代の小・中学生からの書き込みが、たくさんあって、驚きました。そんな「エンジン」を愛してくれた人達に、何かできることはないか、ず~っと考えていました。。みんなで作り上げた「エンジン」が、そして、次郎が残してくれたものを、今後のモータースポーツに引き継ぐためにも…。
いま、実際に撮影で使ったマシンを、ファンの皆さんに見せてあげられないかと考えています…。
できれば、チームイチノセのピットを再現して、みんなが気軽に見ることができたら…。今シーズン、トムスのF3マシンは、実際のレースでも同じカラーリングで参戦しているのですが、皆さんの僕らのマシンを見る目が違うんです。「あっ、次郎のマシンだ!」という声も聞かれます。だから、前々から街中で展示ができたらいいな~と思っていました。今、関係各社のご協力とご指導を仰ぎながら、実現に向けて少しづつ動いています…。
そして、もうひとつ。このドラマの演出を手がけた西谷監督との対談。今までに、「白い巨塔」や「ラストクリスマス」などの作品を作り上げた、素晴らしい感性の持ち主。ドラマのプロであるとともに、人間的にも、とても魅力のある方なので、もっといろいろなお話しを聞きたかったのですが、収録中は多忙のあまり、なかなか実現できません。きっと、視聴者の皆さんも、この「エンジン」を作り上げる過程で監督が感じたこと、この作品に対する思いや苦労話、ドラマのプロが感じたモータースポーツの世界観など、もっと聞きたいのではないでしょうか…。自分もそんな思いが強かったのですが、8月中に発売するレース専門誌週刊『オートスポーツ』に自分との対談記事が掲載されることが決まりました。今から、どんな裏話を聞かせてもらえるか、とても楽しみです…。いずれも、詳細が決まりましたら、必ず皆さんにご報告しますネ♪。

さて、今日からスーパーGTのシリーズ第4戦が宮城県のスポーツランドSUGOで始まりました。
マレーシアのセパンサーキットから帰ってきたばかりのマシンを、メカニック達がたった1週間でSUGO仕様のマシンに仕上げてくれました。第3戦が終了した時点で、ゼッケン36のトムススープラ(土屋武士/J.コートニー組)が、シリーズランキング2位。ゼッケン37の片岡龍也/山本左近組も、優勝候補に上がっていますので、期待してください。今回は、テレビ東京系列で日曜17時30分~18時00分に放映されている「激走!GT」が、トムス・チームを密着取材してくれます。まだ、放映日は確定していませんが、普段、なかなかお見せすることができない熱い戦いの舞台裏を撮影してくれると思いますので、楽しみにしてください。
そして来週末は、全日本F3選手権の第7大会が山口県のMINEサーキットで開催されます。シリーズも後半戦に突入し、チャンピオン争いとシリーズ上位4名にだけ与えられる“F3世界一決定戦 マカオGP”への出場権をかけて、熾烈な戦いが繰り広げられています。チームイチノセ別班(笑)も次郎に負けない戦いを見せてくれると思いますので、こちらもお見逃しなく…。
それでは、また3週間後に(^-^)/…。
July 22, 2005 09:08 AM | コメント (6) | トラックバック (3)
2005年07月19日
あとはドライバー次第:小暮卓史
みなさんお久しぶりです。
今回は最近の2つのレース、GTとフォーミュラ・ニッポンの出来事を書こうと思います。

初めにGTのセパンでのレース。とにかく暑かった!! うちのチームはクールスーツではなく、氷のベストを着ての走行なんです。クールスーツによくある冷えなくなるというトラブルはありませんが、低温やけどをしやすいのと(スイッチがないため温度のコントロールが出来ない)溶けたら、ただのお湯みたいになってしまうことがデメリットです。

しかしそれ以上に見ている人はわからなかったでしょうけれども、今回僕が一番大変だったのは「音」です。急遽ドライバー交代となったレース中盤、急いでヘルメットをかぶった際、左の耳栓が少しゆるく入っていたことに不安を感じていました。案の定、交代後のアウトラップですぐに耳栓がはずれ、もうそれは脳みそが痛くなるぐらいのすごい爆音に感じたものです。これで残りの周回数を考えた時、「マジでやばい」と思っていました。とにかくミッションからの「ウィーン」という音がでかく、左耳の痛さも尋常じゃありませんでした。結局無事走りきる事ができ、自分自身ほっと一安心。けれども次の日まで耳鳴りは取れませんでしたけど。あえて耳栓の大切さを実感したというところでしょうか。
自分の事ばかり書いてしまいましたが、レース内容はまあ見ての通りです。あえて言うなら、チームはすごく良いクルマを用意し、効率良く動いてくれたと思います。結果が7位というのは残念ですが、次のSUGOに向けてやっと流れが我々のチームに来たと感じる事ができました。
フォーミュラ・ニッポンのほうはこれはもう、悔しいの一言に尽きます。

「どうして抜かれたの?」と聞かれる人が多いため(ラスト2周で抜かれ2位となる)、この場を借りて僕が言えることは、明らかにドライビングに無理があったと言わざる得ません。トップを走行している時点で僕は自分のタイヤ、マシンの状況、そしてバトルしている相手のペースを確実に把握していました。それなのに僕は「抜かれない」という判断ではなく「突き放す」という判断をしてしまったことが1つの原因です。
とことん突き詰めたドライビングをすればペースはあげられると思っていたのですが、実際はそれ以上のペースで走ることは難しく、ただリスクを上げるだけという形になってしまいました。

抜かれていく時の「勝利」が逃げていくあの感覚はなんともいえません。
チームに申し訳ないのと、悔しさとで少しソファーに八つ当たりもしましたが、次なるステップに大きく前進はできました。
GTにおいてもフォーミュラ・ニッポンにおいても、確実に良い流れに乗れてきていることは事実です。両方とも勝利を得るための条件は満たしているので、あとはドライバー次第と言ったところでしょうか?
July 19, 2005 03:11 PM | コメント (4) | トラックバック (1)
2005年07月15日
優勝!!:小河原宏一
みなさん こんにちは ヒゲジニアことニスモの小河原です。勝ちましたー!!セパン。期待されながらもなかなか勝てずに、やきもきされていた皆さんお待たせしました。今年は岡山を落とし。。。(正直言って勝てると思ってたし、かなりの人に責められました。) 富士ではスープラの速さに目を回し。。。(@_@;) こりゃやばいと内心焦ってました。実はセパンで勝たないと色々と問題が起きそうな状態でした。(^^; でもおかげさまで、ということで少し経ちましたがセパン裏ネタというか私の胸の内でも少し披露しましょうか。

行く前はもう少し楽に勝てるかなと考えてたんですよ。そういう時ってあるんですよ。でもね、金曜日に思わぬ伏兵が。。。そうNAのあの車。思ってた以上に速い!やばい、富士の悪夢が。。。しかも金曜、我が車ははまってまして、明日の予選はどうしようかとお悩み状態。(+_+)(添付写真 ここがセパンでの私の仕事場でした) でも本山さんのがんばりで見事に裏のポールポジションである4位獲得。心の中では“しめしめ”でした。

そして決勝。敵は1台、あの車さえと考えていた通りがっぷり4つ。ソフトタイヤは早い内に朽ち果てるだろうと思いきや、あ、あれ?落ちてこない。。。おいおい、どこまで行っちゃうのー?うーむ、ピットで逆転するにはどこで入れようか、予定通りで行くかと、頭の中で色々巡っていると、ん?近づいた。おっ、更に!もうこの時点で作戦決定です。敵の翌周ピットへ入れて、ピットワークで抜き去るぞ!と。そしてものの見事に決まりました。(気持ちいいですよ、あの瞬間)あとはリチャード任せたぞ、と。44周目きれいに抜き去りゴールまでぶっちぎり、とはさすがにできませんでした。まぁ 大丈夫だろうと思ってたんですが、目に入ったのは、あれ 抜かれてる(?_?) 抜かれるはずのない場所で。。。 でもすぐに抜き返し、やったー\(^o^)/勝った!そしてクーリングラップ。ん?無線で水くれって言ってるよ。もしかして?そうリチャードもやばかったんです。クールスーツ効いてませんでした。へろへろでした。でもよくがんばってくれました。あとで分かりましたが本当に残り数周記憶がなかったそうです。ありがとう、素敵なドライバーたち。

そして来週はもう菅生です。ようやく車も帰ってきて整備してます。うちの車は重いけど精一杯がんばるので応援よろしくー。でも僚友の3台がいきますよ。(これは内緒です(笑))
July 15, 2005 08:05 AM | コメント (11) | トラックバック (1)
2005年07月12日
誰もが手軽にカート場へ行けたら:山本左近
どうも、左近です。3週間ぶりですね。その間に、スーパーGT@セパンサーキットと、フォーミュラ・ニッポン@鈴鹿の2レースがありました。セパンでは、金曜日から悪かった車を、うまく調整しきれず我慢のレースとなり、結果を残すことができませんでした。しかし、その翌週の鈴鹿では、日曜日のレースが雨となり、色々とハプニングが起こる中、着実に追い上げ、4位入賞を果たす事ができました。今まで、入賞できそうで遠かったフォーミュラ・ニッポンでの初完走、初入賞をし、チームとともに充実感のある週末が送れました。
さて、今日は、よく聞かれる質問、レース大変? 運転してて疲れるの? っていう疑問にお答えしようと思い、レーシングカーを運転することがどれだけ大変で、どんなトレーニングをどれぐらいしているかってことを、どうまとめようかと考えていたら、どうしても伝えたいことがでてきてしまったので、そちらをメインで書いていきたいと思います。
『今年1月15、16日に幕張メッセで行われた「東京オートサロン2005」へ行ってきた。このイベントは、「チューニングにかける情熱、心揺さぶるカスタマイズを」というテーマから分かると思われるが、自動車用品のアフターマーケットの会社が展示を行うものあった。そこには、各社が色とりどりなブースを用意してあった。巨大なスクリーンにイメージを映し出したり、会社のイメージを演出するための音楽であったり、キャンペーンガールを用意したり、来場者に配るパンフレットを作ったりと提案する側は、とにかく派手に用意してあった。しかし、その派手さに見合うだけの来場者の人数も多かった。とにかく会場内は、人、人、人であって、相当広い面積の会場であったのにもかかわらず通路をまともに歩くこともできなかった。話に聞くと、毎年3日間の開催日程で、25万人ぐらいの人数が来場するという。私の住んでいる豊橋市の人口の約3分の2に当たる人数が訪れると考えると、オートサロンがイベントとしていかに注目され、成功しているのかが、うかがえるだろう。
しかし、ここで私が感じたことは、これだけ多くの人が、「東京オートサロン」には来るのに、なぜサーキットには足を運ばないのだろうかと。極論を言ってしまえば、「東京オートサロン」にあるのは、ただの置いてある車である。確かに色々と改造されたり、チューニングされたりしているのかもしれないが、実際にそれで走れるものばかりではなく、装飾品という意味合いのほうが強いものが多かった。
私はそれらの車に対して、必要以上の興味はわかなかった。私が「東京オートサロン」へ行ったのは、今年のチームとの交渉であったり、レース関係者への挨拶をしたりすることを目的として行っていたためでもあるかもしれない。
そして、何故だか幕張と羽田が近いと勝手に勘違いしていた私は、ホテルを品川に取ってしまい、幕張まで行くのに、電車で片道1時間以上かかってしまった。そのため、正直そこへ行くのが億劫であったが、仕事のため、なんとか頑張って電車に乗った。品川から山手線に乗り、東京駅で、乗り換えが700メートルもある京葉線に乗り、さらに40分ほどかけて、海浜幕張まで行き、さらにそこから15分ぐらい歩いてやっと会場の入り口に着くのである。はっきり言って、雨も降っていたし、興味のない人間には辛い状況であった。しかし、そこに25万人もの人が来たということは、興味を持っている人が少なくとも20万人はいるということである。しかし、レースでは、せいぜいF-1の鈴鹿GPで15万人ぐらいだろう。国内のレースになると人気があるGT選手権でも5、6万人程度である。なんたる格差であろう。車に興味がある人はいるのに、車を使ったレースに興味を持つ人は少ないという結果である。
私がレースをしているため、この結果は非常に残念こととうつる。車は移動するために生まれてきたもの、言い換えれば、走るために生まれたものだから、車本来の魅力は、走っているところにあるのではないだろうか。その走る速さの極限を競うのがレースである。前置きが長くなってしまったが、なぜ走っている車に対して魅力を感じる人が少ないのかを考えていきたいと思う。
まず、レースが文化として認識されているヨーロッパとの比較をしてみよう。私が2年間住んでいた間に感じたことは、どんな人でさえ、レースに関してある程度の知識と興味を持っているということである。
ある時、ドイツ人の友人のバースデーパーティーに呼ばれたときに、その友人の友達と僕がレースをしているという話で盛り上がった。誰しもがドライバーという職業に好意的な印象を持っているわけではないが、誰しもがレースにたいして意見を述べることができていた。彼らは特にレースに携わった仕事をしているのでもなく、日本で言えば、学生やサラリーマンといった職種であった。私はなぜ、彼らと普通にレースの話ができるのだろうと思い、レースをしたことがあるのかとたずねた。出てきた答えに驚いた。そこにいたほとんどのドイツ人が少なくとも1度はカートに乗ったことがあるというものだった。本格的に乗っていた人もいたし、小学生の時に、友達の誕生日会の後に友達とその家族でカートに乗りに行った事があるという答えもあった。つまり、カートを気軽に乗れる環境があり、さらに、それを1つの娯楽としてとらえているのである。つまり、ヨーロッパでカートに乗ることは、日本でバッティングセンターに行く感覚と同じであるということである。友達同士で遊ぶときの選択肢の1つにカートを乗るという選択肢がある、そこから私はヨーロッパのレース文化の奥深さを見て、なぜ誰しもがレースの話を理解してくれるのかということについて納得した。
人間は自分が経験したことがないことを想像することは容易ではない。つまり、レースを見ていて、何が大変で、何が凄いのかというのを、1度もレースをやったことが無い人間に理解してもらおうというのが、そもそも間違いなのではないだろうか。そして、そのレースの原点であるのがカートなのである。
先日、ある方とお話をしている時に、「最近の若い人たちは、車に乗って走って楽しむというよりも、きれいに飾っておいて楽しむといった方が強いのではないだろうか」という話題が出てきた。確かに各社が出す車を見ても、走って楽しむというものよりも、家族でくつろげるワゴン型や、ラグジュアリー感を求めたセダンなどばかりである。そして、ちょっと車をいじったりすると、「走り屋」などというカテゴリーに分類されてしまいがちである。確かに、交通規則を違反して路上を運転することは危険だし、マフラーからでる騒音などで迷惑を受ける人もいるだろうからあまり好ましくないだろう。しかし、走るという魅力に取り付かれた人たちが、気軽にそれを発散できる場所がないというのも現実である。
走る魅力というのは免許を取ってから生まれるものだけではない。それは、遊園地や動物園などいけば、必ずといってもいいほどゴーカートがあり、そしてそれが、人気のあるアトラクションだということは否定しにくい。つまり、私達は小さいころからゴーカートに乗って、走る、運転するという魅力を感じているわけである。だがしかし、残念なところは、それがそこで終わってしまうことである。小学校を過ぎると遊園地などにもだんだん行かなくなるし、ただ決められたレールの上を走るだけのゴーカートでは面白みを感じなくなるのである。
もし、手軽に利用できるインドアカート場などが町の繁華街にあったりとか、郊外にあったりしたら、ゴーカートでは物足りなくなった中学生や高校生、はたまた大人の1つの娯楽として遊びに出向くのではないだろうか。そうなれば、わざわざ一般道で極限まで攻めずとも、許された場所で、存分に車を限界でコントロールして楽しむということができるようになるのではないか。そういった状況ができあがれば、レースで走っている車を見たときに、今までとは違う見方、感じ方ができ、レースの魅力というものを、より理解していただけるのではないだろうかと私は考える』
とまあ、徒然書いてきましたが、何故トレーニングの話からここまで発展したかと言いますと、文中にもありましたが、「人間は自分が経験していないことを想像するのは容易ではない」ということに考えがたどり着いたからです。つまり、レーシングカートを含めたレーシングカーに1度も乗ったことがない人は、レーシングカーを運転することが、どれだけのスピード感やどれだけのGが体にかかるとか、ステアリングがどれだけ重いとか、アクセル、ブレーキ、クラッチペダルがどれだけ重いかってことを分からなくて当然なんですよね。
まあ、今では、ほとんどの車がオートマですし、パワステはついてるし、エアコンはよく効くし、カーステレオでは好きな音楽をかけれるし、「車の運転」イコール「快適そのもの」という構図ができているので、冒頭のような質問が平気で出てきても何らおかしい事ではなく、むしろそちらが普通なんですよね。
まあ、これを読んで納得された方は、ぜひとも、車の輸出入の多い豊橋に、誰もが気軽に娯楽として楽しめるカート場を作るという事を検討してください。(笑)
July 12, 2005 09:03 AM | コメント (9) | トラックバック (0)
2005年07月08日
タイヤ=努力と情熱の結晶:中村卓哉
皆さん、こんにちは。今回はスーパーGTに使っているタイヤについてご質問もあったのでお答えしようと思います。
タイヤ性能は大きく2つの部分で性能が決まります。1つはコンパウンド、いわゆるゴムです。通常は各サーキットにおいてソフト、ミディアム、ハードの3種類を持ち込みます。実際にはこれも非常に細かくてソフトの中にもエキストラソフトがあったりミディアムでもミディアムソフト、ミディアムハードがあったりします。使用レンジも各サーキット、季節により前回ミディアムであったゴムが次のサーキットではソフトポジションであったりします。

もう1つがF1アメリカGPでも問題となったコンストラクション=構造です。主にサイドウオール部とトー面の剛性配分になるのですがこれも非常に重要で事前テストで慎重にテストを行いレース用を決定します。構造によって温まり、グリップ力や持続性が大きく異なるのでハードゴムでも構造によってまるでソフトのようなコーナリングフォースを示すときもあるんですよ。ちなみにほとんどのレースで毎回新コンパウンド、新コンストラクションを使ってますね。ブリヂストンさん、ご苦労さまです。勝利への重要なファクターであり、タイヤメーカーさんの努力の結晶であるレーシングタイヤですから、我々も大切に、細心の注意を払っています。

毎回、走行前だけでなくセッション中もは常にタイヤ担当メカニックが気温と路面温度をこまめに測り、細心の注意をはらってタイヤのチョイスをしています。また、全てのタイヤの空気圧(窒素ガスを入れます)を入念にチェックしまたその内圧が走行までに変わってしまわないように注意しています。
スーパーGTでは、F1のようなタイヤウォーマーの使用が禁止されているため、冷えたニュータイヤを走り出してすぐのパフォーマンスを少しでも良くしようと使用するタイヤを日のあたる場所に置いたりもします。
走行後に交換したタイヤも表面温度を測り、表面の磨耗具合も目視で確認して、選んだタイヤがコースに、マシンに、条件に合っているのかチェックを欠かしません。1度使用して、その後また使用するタイヤは、表面についた石やゴミ、他のクルマのタイヤが落としたタイヤカス等を手作業で取り除きます。そうしないと次に使ったときにフィーリングが変わったり、最悪タイヤの異常磨耗につながってしまう事もあるのです。

みんなの努力と情熱の積み重ねが、黒くて丸いタイヤの中にもいっぱい詰まっている事がお分かりいただけたでしょうか? 前回のマレーシアではドライバー・開発陣・メカニック・その他全てのスタッフが懸命に頑張ったかいあって、ようやくNSXの復活! と言う結果を残せるところまでやってきました。もう少しで勝利に手が届きそうな展開だっただけに、本当に悔しいレースでしたがここからが本当の勝負です。次戦菅生(すごう)のレース、NSXの活躍にご期待ください。
July 8, 2005 02:48 PM | コメント (5) | トラックバック (2)
2005年07月05日
マレーシア戦、6位に入賞しました!:柳田真孝
まだこのブログで肝心のレースについて触れていなかったので、今回は6月26日に行われたSUPER GT第3戦マレーシアについてです。
僕たちニスモの22号車モチュールピットワークZは6位でレースを終える事ができました!応援してくれた皆さん、ありがとうございました!そして、このブログでおなじみのヒゲジニアこと小河原さんの1号車ザナヴィニスモZが見事優勝しました!!僕の先輩である本山哲選手とR・ライアン選手&ニスモのスタッフの、本当にチャンピオンらしい完ぺきな走りとチームワークでした。自分も早くこれ(優勝)ができるようにがんばろうと思いました!

さて、レースの内容は、まず僕が開幕戦以来のスタートを担当しました。開幕戦というと、僕のGT500デビューレース。しかも、前日のスーパーラップ形式(1台ずつ走ってのタイム計測)で行なわれた予選でチームメイトのM・クルム選手が素晴らしい走りで1位を獲得してくれたので、いきなりのPP(ポール・ポジション)スタート。その後の事はあまり思い出したくないですが・・・。スタート直後の2コーナーで後続のマシンとの接触でスピン&コースアウト。2周遅れでレースに復帰しましたが、もう優勝も入賞する権利も無くなってしまいました。それまでは、すごく順調だったのに自分が全てを台無しにしてしまい、チームやファンの皆さんにもガッカリさせてしまう結果となってしまいました。(これ位にします。もっと書くと暗い話になってしまいます。)

そんな事があったので、今回の僕のスタートは、チームや応援してくれるファンの皆さんは心配で心配でたまらなかったと思います。チームも僕にもう一度チャンスを与えてくれたので、今回は絶対に無事に、無傷で帰ってこようと思って走っていました。11位スタートで1つ順位を落としてしまい12位で今回の僕のパートを終えました。レースをしている以上、いつも優勝を狙って最後まで攻めの走りで全力を尽くしていますが、今回はその攻めの走りが守りの走りになってしまいました。意識的に守りになった訳ではないのですが、開幕戦の失敗で、完走する事の重要さをあらためて考えさせられたので、今回はどうしても完走したかった。
クルム選手にドライバーチェンジしてからは、22号車のスタッフの本当に素晴らしいピット作業もあって、順位を6位まで上げました。終盤は、クルム選手が、このブログにも登場している小暮選手の18号車との接戦に勝って、そのままの6位でフィニッシュしました。
今回は、第2戦の富士で2位だったのでハンディウエートを50kg積んで走っていたので苦しい戦いでしたが、5ポイントを獲得できた事と、次回の第4戦SUGOではウエイトを10kgおろす事ができるので良かったと思います。次の課題もできました!次は、完走&攻めの走りです!!

今回のマレーシア戦では、もう一つ重要な事がありました。それは、暑さです。マレーシアは赤道直下の国、その暑さはマシンにもドライバーにも厳しいのです。ドライバーは60℃にもなるマシンの中でレーシングスーツやヘルメットを装備して約1時間走行します。毎年何人かのドライバーが脱水症状や熱中症で倒れてしまう程です。僕はスタート直前にチームが用意してくれたプールに入って体を冷やしたり、こまめに水分補給したり、もちろん走行中もクールスーツで体を冷やして暑さ対策をしました。でも、今年のマレーシア戦は例年に比べとても暑く、スタート前のグリッドでも汗がダラダラ出てきたり、スタートして5周位で頭がボーっとしたりしてしまいました。でもそこでしっかり水分補給をしたので無事に走りきる事ができました!それにニスモでは一番年下なので「暑くて我慢できません!ピットインします!」なんて口が裂けても言えません(笑い)

レースが終わって日本に帰って来たら日本もマレーシアに負けない位の暑さなので、ビックリしました!しかも帰国してからちょっと体調がおかしいです。何か変な物食べたかな?皆さんも季節の変わり目で気温の差が大きく体調を崩しやすいので、気を付けてくださいね!
では、また次回。何か僕に聞きたい事があったらコメントに書いてください。
July 5, 2005 10:44 AM | コメント (16) | トラックバック (10)
2005年07月01日
ドラマ「エンジン」完全燃焼!:中里治
とうとう最終回が終わっちゃいましたネ。長かったような短かったような…。いまは、少々放心状態です(^_^)v。
本当は、先週末のスーパーGTセパン大会のこと…ちなみにトムスは、完璧なチームワークで36号車が3位表彰台でした!(^▽^)/…を書こうと思っていたのですが、きっとこのブログを書いていらっしゃるの皆さんが取り上げると思うので、今回もドラマ「エンジン」のお話をします…。

それにしても、とてもハードな3週間でした(><*)。
覚悟はしていたのですが、Lap10(第10話)とFinal Lap(最終回)の大半がレースの話だったので、連日、打合せとロケが行われました。そして週末はレースと…。梅雨に入り、天気とにらめっこの撮影スタッフたち。タイトなスケジュールの中、すべてを撮りきれないのではないか、不安な日々が続きました。でも、そんな心配をよそに、雨の影響は少なく、無事、オンエアにこぎ着けることができました(^-^)/。。。
☆ちなみにこの3週間のスケジュールはというと・・・
3日(金)~5日(日):F3富士大会
6日(月):都内のイチノセ・ガレージでのロケ
7日(火):AM、収録打合せ⇒午後、ロケ地へ移動
8日(水)~9日(木):サーキット走行シーン撮影
10日(金):最終回打合せ⇒都内にてモーターホームシーンの撮影
11日(土):再び、サーキットシーンの撮影
12日(日):社内でF3岡山大会の準備
13日(月):都内のイチノセ・ガレージでのロケ
14日(火)&15日(水):社内で最終回に必要な備品手配など
16日(木):比呂人マシンのカラーリング変更/最終回打合せ
17日(金)~19日(日):F3岡山大会
20日(月)~23日(木):富士スピードウェイ ロケ
24日(金)~26日(日):スーパーGT マレーシア大会
27日(月):帰国⇒オンエア……
圧巻だったのは、21日(火)に富士スピードウェイで行われたロケでした。19日(日)岡山国際サーキットでのレースを終えたほとんどのF3マシンが富士スピードウェイに集結。数千人におよぶエキストラさんの観客の前で、最終回で重要なシーンの大規模な撮影が行われました。レーススケジュールの関係で、この日しか、全日本選手権に参戦している現役F3マシンを集結させることができなかったのですが、無事、天気に恵まれて、予定されていたシーンを収録することができました。
撮影した内容は、主にエキストラのお客さんをバックに次郎がマシンを押してチェッカーを受けるシーンや、スタートシーン、全車でのレース風景の撮影が行われました。こちらの模様は、最終回放映当日の午後2時からフジテレビでオンエアされた“F2スマイル”や、午後3時から放送された30分間の特別番組“「エンジン」を作った原動力たち”で紹介されましたので、ご覧になった方もいらっしゃると思います。この日も木村さんが実際にステアリングを握り、スピードウェイを走りました。木村さんは、この短期間にF3の運転をほぼマスターしていたので、実戦さながらのスピードで走ってもらいました。この時の車載カメラ映像は、今までで最高の素材だと思います。本当に木村さんは、器用だし、冷静だし、何でもそつなくこなしてしまう・・・。とても頭の良い人だというのが率直な感想です。

そして、別の日に撮影した比呂人と次郎のスピン・シーンは、すごく迫力があったと思います。実際に何度もカメラ位置を変えて何度もスピンを繰り返しました。どうしても脚本上の流れやドラマとしての映像になってしまうため、誇張されたシーンが多くなりましたが、その分、実際のレース映像にはない迫力が伝わったと思います。比呂人と次郎は、いずれもレース中にスピンをしてしまいます。比呂人が止まったマシンを置き去りにしていくのとは対照的に、次郎は、最後まで諦めずに止まったマシンを自力で押してフィニッシュする。このドラマのテーマひとつでもある“最後まで諦めない次郎の姿勢”を象徴したシーンとなりました。本当にF3マシンを200m以上押した木村さんの右足は、パンパン。マシンを押しながら歯を食いしばって発した言葉は、自然にでできてしまった言葉。ゴールと同時にうずくまる姿も、演技ではなくて自然な姿でした・・・。
残念ながら、24日(金)には、GTレースのためにマレーシアに旅立たなくてはならず、24日(金)スピードウェイでの最終ロケと25日(土)のクランクアップに立ち会えなかったことが、とても残念でした。準備期間から約5カ月間。自分が携わったロケは、合計32日間。日の出から深夜まで・・・。特にこの3週間は、ほとんど睡眠をとることができませんでした。しかし、風の丘ホームの撮影もこなしてきた監督をはじめ、出演者はもちろんのこと、助監督、カメラ、美術、照明、音響、編集、衣装、メイクなど、100人近いスタッフにとって、とてつもなくハードな毎日だったことは、ご察しいただけると思います。本当に頭が下がりますネ。
この仕事に携わるまで知らなかったドラマの舞台裏。主人公の木村拓哉さんを中心に、みんなが協力して作り上げたドラマ「エンジン」。我々に感動を与えてくれた“作品”は、大勢のドラマを愛するプロフェッショナルな人々の熱いハートから生まれたことを痛感しました。自分にとって、この作品は感慨深いものであり、「エンジン」を支えてきた人々と交流を深めることができた、とても有意義な5カ月間でした。。。
さて、今週末は、全日本F3選手権シリーズの折り返しとなる鈴鹿大会(第11戦&12戦)です・・・早く頭を切り替えなくては(^^ゞ・・・。7月の中旬には、マレーシアでのレースを終えたトムス スープラと機材が日本に帰ってきます。その翌週の7月23日(土)-24日(日)には、宮城県のスポーツランドSUGOでGT第4戦があります。メカニック達もひと時の休息の後、また、嵐のような日々が待っています。ドラマ「エンジン」は、無事、チェッカーフラッグを受けましたが、我々のレースは、まだまだ続きます。これからも見守ってくださいネ。。。
では、また3週間後に(^-^)/・・・
July 1, 2005 10:12 AM | コメント (10) | トラックバック (11)
