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<title>ちんぱん川喜田のＦ１放浪記</title>
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<title>アロンソの「怨念」がハミルトンを止めた</title>
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<summary type="text/plain">　「レースは最後まで何が起きるかわからない」とは、この世界で昔からよく言われるこ...</summary>
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<![CDATA[<p>　「レースは最後まで何が起きるかわからない」とは、この世界で昔からよく言われることなのだが、最近は残念ながら「何が起きるか分かってしまう」ケースのほうが多い。中国ＧＰも土曜日の予選でハミルトンが見事にポールポジションを獲得し、逆転タイトルを狙うアロンソは「コンマ６秒」の大差で予選４番手……。２人のポイント差は日本ＧＰ終了時点で既に１２点もあり、「ああ、これはチャンピオンはハミルトンで決まりだわ」と思ったのは僕だけではないだろう。</p>]]>
<![CDATA[<p>　しかし、レースはホントに何が起きるか分からない。３１周目、ピットロード入り口でコースを外れ、グラベルに捕まって空しくもがく、カーナンバー２のマクラーレン・メルセデスを見ながら、僕は改めてレースの怖さを思い知った。結局、スタートからトップを快走し続けたハミルトンはチャンピオン決定を目前にしながらリタイアでノーポイントに終わり、一方のアロンソはキミ・ライコネンに続いて２番手でフィニッシュ！　その結果、２００７年のドライバーズチャンピオン争いはトップのハミルトンが１０７ポイント、２位アロンソが１０４ポイント、そして３位ライコネンが１００ポイントとなり、１９８６年のナイジェル・マンセル、アラン・プロスト、ネルソン・ピケ以来、実に２１年ぶりで、３人のドライバーがタイトルをかけて最終戦に臨む「三つ巴」の戦いとなった。</p>

<p>　それにしてもなぜ、ハミルトンは目前のチャンスを失ってしまったのだろう？　台風１５号が上海に接近する中、ウエットコンディションの路面状況で始まった中国ＧＰだが、幸い（？）１週間前の富士のような酷い雨にはならず、路面は少しづつ乾いていく方向にあった。ただし、厄介なのは一旦「止んだ」と思うと、思い出したようにまた雨がパラつくという、何とも先が読みづらい状況。「どの時点でドライタイヤに変えるのか？」「本当にこの先雨は降らないのか？」といった判断を間違えれば、それがレース結果に大きな影響を与えかねないという意味で、チームにとってはかなり難しい状況だったのも事実。<br />
　上海の場合、ラップタイムを参考に考えれば、ウエットタイヤからドライに履き替える“分岐点”は１分４３秒前後だと考えられていたが、一旦、ドライを履いた後に雨が降れば最悪の状況が待っている。実際、今回のレースでも早めにドライタイヤに変えたチームの中には、その後に再び降り始めた雨の影響で大きくポジションを落としたり、アクシデントでリタイアに追い込まれたケースもあり、マクラーレンのチーム関係者もレース後「コンディションの変化が読みにくいレースだったので、天候の状況がハッキリ分かるまでタイヤ交換を待ちたかった……」と語っている。</p>

<p>　しかし、ハミルトンがチャンピオンを決めるための条件は「優勝」ではなかった。それどころか、あの時点で１２ポイントというアロンソとの得点差を考えれば、その後ろでゴールしても十分にタイトルを決められる可能性はあったし、ここでしっかりとポイントを獲得しておけば、最悪、チャンピオンを決められなくても、圧倒的に有利な条件で最終戦、ブラジルＧＰに臨むことができたはずだ。にもかかわらず、マクラーレンはハミルトンのタイヤ交換時期にこだわった。こだわりすぎて最も大切な事を見失ってしまった。ラップタイムが一気に５秒近くも落ちこみはじめ、コーナーというコーナーでコントロールを失いかけているハミルトンのタイヤをピットに呼び戻さず、そのままコース上で走らせ続けた……。あの名門マクラーレンをして、何がこれほど「近視眼的」な判断をさせたのか？その答えはおそらく「アロンソとの決定的な関係悪化」だったのではないだろうか。</p>

<p>　ここ数戦、悪化の一途をたどっているマクラーレンとアロンソの関係は上海の週末に入ってもさらに深刻さの度合いを増しており、特に土曜日の予選でハミルトンがポールポジションを獲得し、一方のアロンソが「コンマ６秒」という大差を付けられて予選４番手に終わった時点でアロンソの不満が爆発！　「予選第２セッションまでハミルトンを完全にリードしてた僕が、全くミスのない完璧なラップをまとめたのに、彼にコンマ６秒もの差を付けられるなんて信じられない、チームは僕のクルマに何か小細工をしたに違いない！」とまで言い出す始末。少なくとも残り２レースをマクラーレンで走らなければならないにも関わらず、チームや代表のロン・デニスに対する批判をメディアに対して遠慮なくブチまけてしまう。こうしたアロンソの批判が真実かどうかはともかくとして、これほどあからさまにチームを誹謗中傷するドライバーをマクラーレンが勝たせたいはずがない。</p>

<p>　あの時、チームがハミルトンのタイヤ交換タイミングに異様なほどこだわったのも、ハミルトンがドライタイヤに交換した後で再び雨が降り始め、その後でアロンソが新しいウエットタイヤに履き替える……というパターンを恐れていたからに違いない。ハミルトン同様、スタート時のウエットタイヤでコース上に残っていたアロンソだが、タイヤそのものコンディションはハミルトンのそれよりも良く、あと数周はコース上で持ちこたえることができる状況。可能性は低いとはいえ、是が非でもアロンソに逆転のカードを握らせたくないというマクラーレンの過剰な意識が彼らの判断を誤らせ、結果的にアロンソのチャンスを大きくしたばかりか、事実上「終戦」と思われていたフェラーリのライコネンにまでタイトルの可能性を与えることになってしまったのだ。言い方を変えれば、これはアロンソの強烈な「怨念」がなせる業だったとも言えるだろう。マクラーレン内で膨らみ続ける緊張と確執がシーズンの最も大事な瞬間に、大きな失敗へと繋がったのである。</p>

<p>　こうして、決戦の舞台は２週間後に行われる今季最終戦、ブラジルＧＰへと移る。文頭でも書いたように、最終戦の段階で３人のドライバーがチャンピオンを争うのは、実に１９８６年以来、２１年ぶり。あの時もランキングトップのマンセルから３位、ピケまでのポイント差は今年と同じ７点だった。「現実的に考えれば、今回のような何かが起きない限り、次のブラジルで逆転するのは難しいと思う。チームには今週の“予選１、２回目までと同じように”２台のマシンを平等に扱ってほしいと思う」と、レース後もなお、マクラーレンの悪口を言い続けるアロンソ。ポイント的にはアロンソを３点差でリードするハミルトンが依然として有利だが、改めて「レースは何が起こるかわからない」ことを思い知った今回の中国ＧＰを教訓に、あえてタイトル争いの行方を予想するのはやめておこう。</p>

<p>　ちなみに、８６年の最終戦アデレイドでは、ランキング首位のマンセルがトップを走りながら残り２０周でタイヤバーストに見舞われてリタイア。チームメイトのピケも予定外のタイヤ交換でリードを失い。マクラーレン・ポルシェに乗るプロストが優勝！　ウイリアムズ・ホンダが優位を誇ったシーズンを逆転で制し、世界チャンピオンに輝いている。</p>]]>
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<title>チャンピオンの孤独、輝き消えたアロンソ</title>
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<modified>2007-09-06T06:38:48Z</modified>
<issued>2007-09-06T06:36:22Z</issued>
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<summary type="text/plain">　アロンソが冴えない、アロンソが強くない、アロンソが速くない……。ハンガリーＧＰ...</summary>
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<![CDATA[<p>　アロンソが冴えない、アロンソが強くない、アロンソが速くない……。ハンガリーＧＰを夏休みで欠席し、約１カ月ぶりに現場復帰したイスタンブールで僕が一番強く感じたのは、マクラーレンでルイス・ハミルトンと激しいタイトル争いを演じているはずの、ダブルチャンピオン、フェルナンド・アロンソの驚くほど色あせた姿だった。</p>]]>
<![CDATA[<p>　ハンガリーＧＰ予選で起きた「事件」の影響で、ピリピリとした緊張感が漂っていたイスタンブールのマクラーレン・メルセデス。開幕前日の木曜日にチーム代表のロン・デニスが２人のドライバーと個別に面談を行い、その後に両者が直接話し合いを行うことで「手打ち」とし、とりあえず形の上では問題解決……というコトにしたようだが、あの一件を通じて２人のあいだに大きなワダカマリが生じたことは間違いなく、その溝はどんなに表面を取り繕っても、次第に深くなっていくことは避けられないだろう。</p>

<p>　だが、そんな局面でも笑顔で「それぞれが自分の非を謝って、理解しあうことができた。僕たちは今でもお互いを尊敬しあっているし、２人の関係には何も問題はない……」と笑顔で優等生発言を貫くハミルトンに対し、アロンソは「僕がチームに加わったことでマクラーレンは大きく進歩できたのに、そのチームは僕に対して十分な敬意を払っていない」……と、相変わらずイジケ気味の愚痴が目立つ。どちらに心理的な余裕があるかとと問われれば、その答えは明らかだ。</p>

<p>　一方、アロンソはいよいよコース上でも予選一発の速さがなく、マッサ、ライコネン、ハミルトンに次ぐ４位が精一杯。日曜日のレースでもスタートでポジションを落とし、何とか４位に上がったとはいえ、その後は前を行くハミルトンにプレッシャーすらかけられない状態だった。トルコでは幸い（？）ハミルトンがタイヤトラブルに見舞われたおかげで３位表彰台に立つことができ、ポイント差を５点まで詰めることができたが、予選、決勝を通じて内容という点でいえば、アロンソの「強さ」を感じられるシーンは正直なところ一回も無かった。</p>

<p>　昨年、一昨年とミハエル・シューマッハーを相手正面からタイトルを争ったあのアロンソの輝き、力強さはいったいどこに消えてしまったのか、僕は別に彼のファンというわけではないのだが、短時間でオーラを失ったその姿を見て、なんだかとても寂しい気持ちになった。アロンソはなぜ、あれほどまで追い詰められているのか？　その理由のひとつに、ハミルトンがイギリス人だということがある気がする。</p>

<p>　圧倒的優位を築いたマクラーレンで世界チャンピオン経験者と驚異の新人がタイトルを争い、チーム内の緊張感が次第に増してゆく……という構図において、現在起きているアロンソ対ハミルトンの確執は往年のセナ・プロスト対立を思い起こさせるが、唯一、大きく異なるのは当事者の一方であるハミルトンが「イギリス人」だということだ。そう考えると、既に２度の世界チャンピオンを経験したアロンソが、自分のチーム内の立場についてかなり神経質になっているのも何となく分かる気がしてくる。なぜなら、少々乱暴かも知れないが、ハッキリ言うとＦ１の世界はしょせん「イギリス人のもの」という雰囲気が、今でも少なからず残っているからである。</p>

<p>　一見、国際色豊かな世界に見えるＦ１だが、モータースポーツというビジネスにおいて、イギリスほど圧倒的な力を持っている国は他にない。Ｆ１でもルノーやホンダを含むほとんどのチームがイギリスに本拠を置き、イタリアのフェラーリだって現在のチーム組織の基礎を作ったのは、主要スタッフと共に旧ベネトン（現在のルノーＦ１）からフェラーリに移籍したイギリスの連中だった。技術面はもちろん、人材、部品供給、マーケティング、そしてメディア……すべての面でイギリスは今でもＦ１を支えている中心であり、イギリス人たちもそれをハッキリと自覚している。声には出さなくとも「Ｆ１はイギリスのもの」と思っている人間は少なくないし、それはかなりの部分で正しいといわざるを得ないのが現実なのだ。Ｆ１に関わるほとんどの非イギリス人は、そんな空気を肌で感じているはずである。</p>

<p>　ただし、そんな「支配層」であるイギリス人が唯一、コンプレックスを感じていたのが「ドライバー」だ。大英帝国の息子と呼ばれ、絶大な人気を誇ったナイジェル・マンセル以降、彼らには本当の意味でのスターが現れなかった。その後、デイモン・ヒルが一度、チャンピオンになっているが、存在感という意味では小粒な印象だったし、マクラーレン時代には何勝かを期待できたデイビッド・クルサードも所詮「永遠のナンバー２」の器でしかなかった。一時期、待ち望んだ新星として英国人の期待を一身に背負ったジェンソン・バトンも、ホンダの低迷と共に今や確実に腐り始めている……。実質的にＦ１を支配しながら、一番求めているヒーローがいない。これがイギリス人のコンプレックスであり、外からみれば彼らの暴走を抑える一種の「抑止力」になっていたようにも思う。</p>

<p>　ところが、そこに超新星、ルイス・ハミルトンが現れた。マクラーレンの復活と時を同じくして、新たなイギリスのスターが華々しいデビューを飾り、その底知れぬポテンシャルに期待は膨らむ一方だ……。メルセデス・ベンツのワークスチームであり、これまでも「イギリス色」を強調しないように気を使ってきた「マクラーレン・インターナショナル」だってやはりイギリスのレーシングチームである、チームオーナーのロン・デニスがそうした問題を心配して、どんなに理性的、合理的に振舞おうとしても、新たなイギリス人スタードライバーを抱える興奮はチーム全体に漂っており、その雰囲気をもっとも敏感に、あるいは神経質に感じ取っているのが他ならぬアロンソなのではないだろうか？</p>

<p>　ちなみに僕はマクラーレンがチームとしてハミルトンに肩入れするようなことは（少なくとも現時点では）絶対に無いと思う。むしろ、そうした雰囲気が生まれることを何とか避けようと、２人のドライバーを可能な限り平等に……、場合によってはアロンソを優遇してでも、両者のあいだの緊張感を抑え、無用な摩擦を回避しようと、ロン・デニスも必死なのだろう。それでもチャンピオンの心の中に生じた、不安や疑念を払拭するのは簡単ではないし、いつも笑顔のハミルトンも得意の「優等生発言」の端々にほんの僅かだけアロンソに対する「棘」や「毒」をチラつかせ、ひと目につかないようにチャンピオンへの挑発を行っている。そう考えると、アロンソが一種の疑心暗鬼に陥り、自分のチーム内での立場や扱いに不満を募らせるのも、なんとなく理解できる気がしてくる。もちろん、そこで彼が心理的に振り回されるようならば、その時点でタイトル争いも「勝負アリ」なのだが……。</p>

<p>　９月９日から開幕するイタリアＧＰを含めて残り５戦。フェルナンド・アロンソがこの厳しい状況をどう乗り切るのかに注目したい。少なくとも現時点ではコース上でも、コース外でも流れは大きくハミルトンに傾き始めている。チャンピオンが今後、チーム内でも「孤立」していくようならば、今シーズンのタイトル争いはもちろんのこと、彼の将来に向けても大きな影を落とすことになりかねない。</p>

<p>　イスタンブールで反撃ののろしをあげたフェラーリが総力を挙げて臨んでくるシーズン後半戦は、マクラーレンの２人にマッサ、ライコネンを加えた４ドライバーによる混戦模様。その中では必ず、あの、ミハエル・シューマッハーを相手に２度のタイトルを勝ち取ったアロンソの経験が活きる局面もあるはずだ。このまま、形のない孤独感に苛まれ、飲み込まれてしまう前に、チャンピオンが再び輝きを取り戻すきっかけを、このモンツァでつかめればいいのだが……。</p>]]>
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<title>「笑顔のサイボーグ」対「人間アロンソ」</title>
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<modified>2007-07-27T01:04:46Z</modified>
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<summary type="text/plain">　ニュルブルクリングのヨーロッパＧＰでモナコ以来、久々の勝利を挙げ、いつにもまし...</summary>
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<![CDATA[<p>　ニュルブルクリングのヨーロッパＧＰでモナコ以来、久々の勝利を挙げ、いつにもまして表彰台で喜びを爆発させるフェルナンド・アロンソを見ながら「うーん、さすがのアロンソもやっぱりキツかったんだなぁ……」と実感した。</p>]]>
<![CDATA[<p>　もちろん、スタート直後とゴール直前、２度の雨が波乱を呼び、一度はフェラーリフェリッペ・マッサの手中に落ちたかと思われたレースを、終盤、鮮やかな逆転劇で奪い取っての勝利だ。アロンソが興奮をあらわにするのも無理はない。しかし、すい星のごとく現れた若きチームメートの活躍はダブルチャンピオンの彼にとっても大きなプレッシャーになっていたのだろう。そのハミルトンは今回、予選での大クラッシュ（原因はホイールナットの緩みだという）で予選１０位となり、レースでもタイヤ交換のタイミングを誤り（これもおそらくはチームの判断ミス）で無得点に終わり、チャンピオンシップポイントでもトップのハミルトン（７０ポイント）に対してアロンソが６８ポイントと２点差に肉薄！　大荒れの展開の中、久々に王者の貫禄を見せ付けたアロンソはゲームをほぼ振り出しに戻すことに成功した。彼のあの表彰台での激しいアクションは、このところ若き新人に注目を独り占めされていた感のある王者があげた反撃の雄叫びなのだろう。</p>

<p>　だが、そんなアロンソの姿以上に印象的だったのは、デビュー以来の連続表彰台記録を９でストップさせ、いくつもの不運に見舞われて無得点に終わった一方のハミルトンが、レース後、驚くほどサバサバとして「明るかった」ことだ。「今回の週末は、これまでの９戦以上に多くのことを勉強できたよ、それにノーポイントでも未だにランキングトップだなんてすごいことだしね！」と笑顔のハミルトン。これを単なる「優等生的発言」や「キレイごとの負け惜しみ」と感じたり、更に「闘志が足りない」などと批判するのは簡単だが、恐ろしいのは、彼の表情を見る限り、ハミルトンが「本気」でそう思っているように感じられることだ。このデビューしたての新人は、多くの不運に見舞われてなお「チキショー！」とか「アイツのせいで」とか心を乱すことなく「うん、コレも勉強、あれも経験、僕は新人だし、チームのみんなも頑張ってくれてるし、誰にでも失敗はあるし、それでもまだポイントリーダーなんてすごいことだし……」とマジで考えているようなのだ。</p>

<p>　そもそも、予選で起きた時速２５０キロオーバーの大クラッシュの後で、まるで何事もなかったかのようにレースを戦えるコト自体が驚異的で、そのレースでもスタート直後の大雨で多くのドライバーが（まるでドタバタ喜劇映画のように）１コーナーのグラベルの餌食となる中、１人だけエンジンをストップさせずに「救出」の可能性を待っていたのがハミルトンだった。コースマーシャルのクレーンがハミルトンの乗ったマクラーレンをそのまま吊り上げた時には「ええっ、そんなのアリだっけ？」と思ったけれど。確かに規則では「危険な状態を回避する目的に限り、マーシャルの助けを借りて再スタートしてもいい」ということになっている。結果的にはノーポイントに終わったとはいえ、ハミルトンがあの時点でリタイアとならず、大雨による赤旗中断後に再スタートできたのも、彼が「救出」という可能性に賭けてエンジンを切らずにいたからであり、その冷静さには、ただただ驚かされるばかりだ。「この１戦で、これまでの９戦よりも多くの事を学んだ」というハミルトンの言葉ではないが、我々もまたこの１戦で、これまで以上にハミルトンのすごさを実感させられたような気がする。</p>

<p>　どこまでも貪欲に、そして精密機械のように勝利への可能性を追いつづけたミハエル・シューマッハーを人はよく「サイボーグ」や「ターミネーター」に例えた。しかし、そこにはしばしば、彼の強さと同時に「非情さ」や「冷酷さ」といったネガティブな「ヒールとしてのイメージも内包されていたように思う。だが、笑顔のハミルトンに、そんなネガティブなイメージはみじんも無い。どこまでも爽やかに、どこまでも謙虚に、笑顔で、そして常にポジティブな姿勢と思考で成長を続ける驚異の新人……。揺らぎや破綻を一切感じさせないその姿は、冷静に考えると逆にそら恐ろしくもあり、その感覚はニュルブルクリングの週末を通じて更に強まった。そう、あえて言えば、彼は「笑顔のサイボーグ」なのだ。にこやかに、爽やかに、ポジティブ思考と超人的なメンタルの強さで更なる成長を続ける驚異の新人……。誰からも愛されるそのキャラクターには「ヒール」のネガティブなイメージがないだけに、敵に回すにはかなり厄介な存在だといえそうだ。</p>

<p>　そんなハミルトンと比べると、表彰台で雄叫びを上げるアロンソが遥かに普通の人間に見えてくる。チャンピオンとしてのプライド、英国のチームで急成長を見せる「英国人ルーキー」をチームメートに持つ不安、それらをはね返そうと、自らを奮い立たせようとする彼の闘志がニュルブルクリングのレースにハッキリと現れ、レース終盤、雨の中で見せた果敢なオーバーテイクや、表彰台でみせた激しいアクションに繋がっていたのだろう。普段、それほど感情を表に出さないアロンソが、久々に素でエキサイトしている姿から、ここ数カ月続いた彼の内なる葛藤と、それを突き破ろうとする気持ちがダイレクトに伝わってきて、現場で見ている僕にはとても印象的だった。</p>

<p>　果たして、転んでも笑顔で立ち上がり、次に転ばないようにキッチリとプログラムを修正して走ってくる「笑顔のターミネーター」ハミルトンは、今後もその強靭なメンタルを意地し続けるのか？　そして、彼の恐ろしさを最も肌で感じているはずのアロンソは、この身近なライバルにどう対峙（たいじ）し、王者のプライドを、そしてチームリーダの座を守るのか？　いずれにせよ、ニュルブルクリングの１戦が今シーズンを更に面白くしたことは間違いない。ハミルトンとアロンソ、マクラーレンを駆る２人の戦いはフェラーリの２台を加えたチャンピオン争いの中で、確実にひとつの軸を形成していくことになるはずだ。</p>]]>
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<title>疑惑広がる「ステップニーゲート事件」</title>
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<modified>2007-07-12T04:22:19Z</modified>
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<summary type="text/plain">　前週のフランスＧＰに続いてフェラーリのライコネンが連勝し、ルイス・ハミルトンの...</summary>
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<![CDATA[<p>　前週のフランスＧＰに続いてフェラーリのライコネンが連勝し、ルイス・ハミルトンの独走にひとまず歯止めが掛かったＦ１イギリスＧＰ。そのハミルトンも日曜日の決勝ではピットストップでミスを犯し、レースペースでも「フェラーリの速さについていけなかった……」と今回は素直に白旗をあげたものの、チームメートのアロンソに次ぐ３位入賞で、開幕以来の連続表彰台記録を９へと更新！　地元、シルバーストンに詰め掛けた多くのイギリス人ファンの声援に応えてみせた。</p>]]>
<![CDATA[<p>　だが、この週末、そのハミルトンと同じぐらい大きな話題となったのが、なんとＦ１を舞台にした産業スパイ事件！　元フェラーリのチームメカニックとマクラーレンのチーフデザイナー宅に当局の家宅捜索が入り、マクラーレン関係者の自宅から、計７８０ページ分にも相当するフェラーリの機密情報が記録されたディスクが発見されたというのである。</p>

<p>　疑惑の渦中にあるのは、フェラーリの元チーフメカニックでシューマッハー全盛時代のレース現場を支えたキーパーソンのひとりでもあったイギリス人のナイジェル・ステップニーと、マクラーレンのマシンデザイン部門を統括する立場のマイク・コフランの２人。シューマッハー引退以来、フェラーリで孤立気味の状況にあったステップニーがチームから機密情報を持ち出し、かつてベネトン（現在のルノーＦ１）時代の同僚でもあったコフランに渡したというのが、「とりあえず」このスパイ事件の基本的な骨格だ。</p>

<p>　イタリアとイギリスの当局にフェラーリがこの２人のスパイ行為を告発し、イギリスＧＰ直前という、これまた絶妙なタイミングでコフラン宅の家宅捜索が行われた結果、一気に表面化することになったこのスパイ疑惑。だが、今シーズンのＦ１でタイトルを争う「２強」であるフェラーリとマクラーレンの、しかも中枢にいる人物が関わる事件だけに、そのインパクトは大きく、特にボーダフォン・マクラーレンにとって、地元イギリスＧＰという重要なイベントを控えたスキャンダルはイメージ的にも大打撃。即刻、コフランを休職処分にしたチーム代表のロン・デニスは木曜日に行われたチームの新たなモーターホーム（と表現するにはあまりにも巨大で豪華。正式名称はボーダフォン・ブランドセンターというらしい）のお披露目で、珍しく目に涙を浮かべ「マクラーレンが他のチームの機密情報を自分たちのマシンに使ったという事実は断じて無い……」と訴えた。</p>

<p>　ちなみにステップニーとフェラーリ上層部の軋轢い関しては、このスパイ疑惑以前から様々な情報が流れており、フェラーリは「チームに対する意図的な妨害工作」があったとして既にステップニーを告発中。一方のステップニーも今季不振にあえぐホンダへの移籍に向けて水面下で動いていると見られていた。果たして、フェラーリ上層部に恨みを持つステップニーがチームの機密情報を盗み出し、それを旧友であるコフランに渡したのか？　コフランはそのデータをマクラーレンのマシンに使ったのか？　ところがイギリスＧＰの金曜日になると、新たな事実が浮上し、スパイ事件はさらに複雑さを増すことになる。　この日、定例のＦＩＡ記者会見に出席したマクラーレンのロン・デニス代表がフェラーリ、マクラーレン以外の「第３のチーム」の関与を示唆。それを受ける形でホンダが渦中の人物であるステップニーとコフランと６月に採用に関する面接を行っていたことを公式声明の中で明らかにしたのだ。</p>

<p>「４月の末にステップニー側からホンダへの移籍に関して打診があり、彼が「もう１人ホンダ入りを望んでいる人物がいる」といって連れてきたのがマクラーレンのコフランで、２度ほど面接をしたのは事実だ」とホンダＦ１のチーム代表を務めるニック・フライ。「ただし、その場でウワサになっているようなフェラーリの機密情報提供をオファーされたことは一切無い。我々にとっては単なる採用面接でしかなかったし、それも結果的には流れてしまったワケだからね……」</p>

<p>　ステップニーとコフランが盗み出したフェラーリの機密情報がホンダへの「手土産」だったという疑惑を全面的に否定したフライを実際、普段はホンダいじめが大好きな？　ＦＩＡの会長、マックス・モズレーも今回に関しては珍しくホンダの立場を擁護。「現時点でホンダがこの一件に与しているという認識はない」としていることから見ても、ホンダは単にこの事件の「トバッチリ」を受けたと見たほうが良さそうだ。</p>

<p>　ちなみに、疑惑の当事者であるステップニーは現在「身の危険を感じて」ヨーロッパ某所に潜伏中。潜伏先からイギリスメディアの取材に応え「すべては内部情報に通じた自分の他チーム入りを防ごうとするフェラーリのでっち上げ、データを盗み出そうにも数ヶ月前からチームに行動を逐一監視されており、現実的にそんな事は不可能だった」とフェラーリの陰謀説を主張。一旦はイタリアに帰国したものの「クルマに発信機を取り付けられ、謎の男たちが乗ったクルマ数台に追跡されて、家族にも危険が迫っていると感じた」と国外逃亡した理由を語る。また、一方のコフランは最新情報によるとフェラーリとの取引に応じ、事実関係を明らかにする意思を示したということだが、複雑怪奇な事件の真相が明らかになるかは、今後の司法当局の捜査を待つしかなさそうだ。</p>

<p>　ジェームズ・ボンドの故郷、イギリスを舞台にスパイ映画さながらの事件が繰り広げられた今回の「ステップニーゲート事件」。この一件が今後もＦ１界に大きな影響を及ぼすことは間違いないだろうが、これが「ペナルティ」といった形でコース上のレースやリザルトに直接的な影響を与えることだけは何としても避けて欲しいと思う。</p>]]>
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<title>ハミルトン２連勝は序章でしかない</title>
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<modified>2007-06-20T14:47:51Z</modified>
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<summary type="text/plain"> 　カナダ、米国の北米２連戦が終わって“予感”は“現実”に変わった。カナダでの初...</summary>
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<![CDATA[<p><img alt="f1-070620.jpg" src="http://blog.nikkansports.com/sports/motor/kawakita/f1-070620.jpg" width="250" height="169" /></p>

<p>　カナダ、米国の北米２連戦が終わって“予感”は“現実”に変わった。カナダでの初優勝に続き、インディアナポリスでも王者アロンソをキッチリと封じ込めての２連勝！　今やルイス・ハミルトンという１人の新人ドライバーが、Ｆ１の歴史に新しい流れを作ろうとしている。</p>]]>
<![CDATA[<p>　ハミルトンが並みのルーキーではないことは、彼のデビュー前から多くのＦ１関係者が分かっていた“つもり”だったと思う。何しろレーシングカートに乗っていた１０代前半の頃から、マクラーレンのロン・デニスが手塩にかけて育ててきた文字通りの秘蔵っ子である。それにその実力はユーロＦ３や昨年のＧＰ２など、厳しい戦いの中でも証明済み。天性のスピードに加えて冷静な判断力、チームの力を自分へと向けさせる人間的な魅力、そして決してブレない目的意識……。Ｆ１で成功するために必要な要素を着実に身に着けながらハミルトンはここまで成長を続けてきた。しかも、長く続いた“ミハエル・シューマッハー時代”が終わり、Ｆ１が新たなエポックを迎えんとするその時に、復活に向けて上昇気流に乗り始めたマクラーレンからのデビューという、まさにこれ以上ないタイミング！　この時点で彼の将来が“ある程度”約束されていると思った人は多かったと思う。</p>

<p>　だが、彼らが（そして僕も）想像していた“ある程度”とは正直「新人ドライバーとしては驚異的な」という範囲であって、ハミルトンがこれほど早く「タイトルコンテンダー」の１人に、しかも、その主役に躍り出るなどとは思っていなかったはずだ。もちろんＦ１初年度をダブル・チャンピオンのアロンソと共にマクラーレンで過ごすというのは、新人のハミルトンにとって多くを学ぶ格好の機会だし、マシンのセッティングや戦略面でもアロンソの経験を身近で吸収することができる。それに新人のハミルトンにはタイトル争いのプレッシャーがないので、逆にノビノビとレースできるから、思わぬ好結果（優勝を含む）につながるかも……という可能性だって考えなかったわけじゃない。だが、それも今になって考えればずいぶんとノンキな予想だったと言わざるを得ないだろう。</p>

<p>　実際にシーズンが開幕し、毎戦、毎戦、表彰台の上に立つハミルトンを見るうちに「もしかしたら自分は大きな“時代の節目”を目にしているのではないか……」という感覚が１レース毎に強まり、それは徐々に予感から確信へと変わり始める。おそらく、モナコＧＰの頃には、もう、誰もがことの重大さに気がついていたと思う。</p>

<p>　だから、モントリオールでの初勝利は「驚き」でも「衝撃」でもなく「来るべきものが来た」という感覚に近かったし、インディアナポリスでの勝利も、その「再確認」に過ぎない感じがした。今やハミルトンは「新人」でも「初の黒人ドライバー」でもなく、１人の、そして有力なチャンピオン候補であり２００７年のＦ１は彼を中心に動き始めている。そして僕は「とんでもなくスゴイヤツ」が出てきたものだ……と、半ばあ然としながら、今はその事実を受け止めるだけで精一杯。いろんなことが消化不良で、アタマは少しクラクラしているが、決して悪い気分ではない。実を言えば、「ハミルトンのスゴさ」を予想しきれなかった不明を恥じるより、予想をはるかに超える状況が「たった１人の人間」によってもたらされたということにあらためてＦ１というスポーツの奥深さ、面白さを再発見させられた気がして、ちょっとうれしかったりもするのだ。</p>

<p>　来週からは再びヨーロッパに戦いの場を移すＦ１、このままハミルトンが破竹の快進撃を続けるのか？　それとも王者アロンソの反撃が待っているのか？　失速気味のフェラーリだってこのままマクラーレンの独走を指をくわえて見ているとは思えない。しかし、この後、どんな展開が待っているとしても、ハミルトンはその中で重要なポジションを占め続けるに違いない。しかもそれは、これから先、何年も続くであろう新たなストーリーの「序章」でしかないのである。何しろ彼は、まだ７戦しか戦ってないのだから……。</p>

<p><strong>※写真は米国ＧＰで２連勝を飾り、喜ぶルイス・ハミルトン（左）とさえない表情のフェルナンド・アロンソ（ＡＰ＝共同）</strong></p>]]>
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<title>ヒロキはどうしてるんだ？</title>
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<modified>2007-06-04T10:16:19Z</modified>
<issued>2007-06-04T10:11:42Z</issued>
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<summary type="text/plain"> 　開幕から５戦連続表彰台というトンでもない記録を打ちたてた、驚異の新人、ルイス...</summary>
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<![CDATA[<p><img alt="photo_yoshimoto3.jpg" src="http://blog.nikkansports.com/sports/motor/kawakita/photo_yoshimoto3.jpg" width="210" height="240" /></p>

<p>　開幕から５戦連続表彰台というトンでもない記録を打ちたてた、驚異の新人、ルイス・ハミルトン。伝統の一戦、モナコでもチャンピオンのフェルナンド・アロンソと緊迫した優勝争いを展開し、共倒れを恐れたマクラーレンがナンバー１ドライバーのアロンソを優先する「チームオーダー」を出したのではないかとレース後には物議をかもすほどに、その存在感は高まる一方だが、彼の活躍で注目度が上がっているのが、昨年、ハミルトンがタイトルを獲得し、それ以外にも、ウイリアムズのニコ・ロズベルグやルノーのヘイキ・コバライネン、トロ・ロッソのスコット・スピードなど、過去２年で多くのＦ１ドライバーを輩出しているＧＰ２シリーズである。</p>]]>
<![CDATA[<p>　Ｆ１と違って全ドライバーが同じ車体、同じエンジンを使用するＧＰ２は、いわゆる「ワンメイクフォーミュラ」ながらその性能はＦ１にかなり近く、マシンの差が出にくいためにドライバーの力量がハッキリと現れる。しかも、それを操るのはＦ１を目指して世界中から集まった才能豊かな野心にあふれた若手ドライバーたち……。当然、コース上の戦いはヒートアップし、厳しい競争のレベルと白熱のバトルに「レースだけ見てればＦ１より面白いかも？」という声すら少なくないほど。</p>

<p>　従来の国際Ｆ３０００に代わる形で２００５年からスタートし、そのほとんどのレースがＦ１のサポートレースとして併催されるＧＰ２は、過去２年の実績と卒業生たちの活躍によって、今やしっかりと「Ｆ１予備校」としての地位を確立したと言っていい。また、今シーズンはこのＧＰ２に昨年、スーパーアグリでＦ１を戦った山本左近とトヨタの若手ドライバー育成プログラム“ＴＤＰ”の支援を受ける中嶋一貴、平手晃平という３人の日本人ドライバーが参戦していることもあり、日本のメディアでも紹介される機会が増えてきているようだ。</p>

<p>　ところで、そのＧＰ２パドックで取材をしていると、ドライバーやチーム関係者、エンジニアなどから毎回のように聞かれるのが「ヒロキはどうしてるんだ？」という質問だ。</p>

<p>　ヒロキとは昨年そして、一昨年に「唯一の日本人ドライバー」としてこのＧＰ２シリーズを戦った吉本大樹のこと。今年から戦いの場を日本に戻し、現在、フォーミュラニッポンに参戦中の吉本だが、今でも多くのＧＰ２関係者が彼のことを気にかけてきて、日本人プレスである僕にその近況を聞きたがるのだ。<br />
　実際、彼らの吉本に対する評価は驚くほど高い。チーム体制や運にも恵まれず、２年間のＧＰ２参戦で表彰台に１回しか上がることができなかった吉本、ただし、それだって国際Ｆ３０００移行、Ｆ１に準ずるフォーミュラで日本人が表彰台に上がったのは野田秀樹に続いて２人目という快挙なのだが、かつてのチームメイトやライバルチームの関係者はそうした表面的な結果だけでなく「内容」で吉本に強い印象を受けたようだ。「どうしてヒロキはＧＰ２に残れなかったんだ？　アイツは絶対に速いし、いい体制で戦えれば優勝争いに食い込めるのに！」とかつて吉本を担当したエンジニア。</p>

<p>　また、ＧＰ２シリーズの広報担当者も「彼は本当にＧＰ２のパドックで愛されていたよ、イイやつだし、アタマも良くて、英語でのコミュニケーション能力もバッチリだ。それに彼が何よりドライバーとして優れていた。それは過去２年のリザルトを見れば明らかだよ、ヒロキは同じチームでコンビを組んでいたティモ・グロックやエルネスト・ヴィソを圧倒していたからね！　今年、チャンピオンの有力候補になっているグロックをだぜ！」</p>

<p>　日本の大手スポンサーや自動車メーカーの支援もなく、たったひとりでヨーロッパのレースに挑んだ吉本は、結果的に２年とも十分な体制で戦うことができず、自分がコンビを組んだドライバーが他チームに移籍するのを、さぞかし悔しい気持ちで眺めていたに違いない。あのルイス・ハミルトンとコース上で激しいバトルを展開したこともあったのに、たった１度のＦ１テストドライブのチャンスも彼のところには巡ってこなかった……。でも、彼とともにＧＰ２を戦った多くの「仲間」たちの記憶には「ヒロキ」の才能とチャーミングな人柄がしっかりと刻み込まれていることを、今でもＧＰ２のパドックを訪れるたびに実感させられ、それは僕にとってもちょっと嬉しいことなのだ。</p>

<p>　もちろん、吉本が本当にＦ１へと進むべきドライバーだったのか？　あるいはそうでないかったのか？　と問われれば、それは正直なところ分からない。様々な事情はあったにせよ、レースとは最終的に「結果」がモノを言う世界であり、体制面や運、不運を含め、様々な要素が「結果」には反映されるからだ。だが、これだけ国際化が進んだ今でも、日本人が世界の舞台で１人の人間として「プロフェッショナル」として認められることは簡単ではなく、そんな欧州の厳しいレースの現場で、しかもたった１人で、しっかりとその存在をアピールできた吉本はさすがだと思う。そして、本当に残念なのは、そんな彼の挑戦に日本の企業や自動車メーカーから多くのサポートが得られなかったことだ。いや、僕だってＦ１を頂点とするモータスポーツの世界が、それほど単純なモノではないことは分かっている。でも、ＧＰ２の連中がそれこそ「単純」に吉本の価値を認め、評価しているのを見るたびに、僕も単純に「もったいない……」と思うのである。<br />
<strong>※写真は大舞台での活躍が待たれる吉本大樹</strong></p>]]>
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<title>本当にＦ１は盛り上がっているのか？</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.nikkansports.com/sports/motor/kawakita/2007/05/post_35.html" />
<modified>2007-05-21T12:03:40Z</modified>
<issued>2007-05-21T12:00:30Z</issued>
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<summary type="text/plain">　更新が大幅に遅れてしまってごめんなさい。スペインＧＰから、もう１週間が経ってし...</summary>
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<![CDATA[<p>　更新が大幅に遅れてしまってごめんなさい。スペインＧＰから、もう１週間が経ってしまいましたもんね……。正直に白状すると、コラムのテーマについてちょっと悩んでしまっていた。「あのレースの後で、いったい何を書いたらいいのか？」と、恥ずかしながらアタマの整理ができずにいたのである。</p>]]>
<![CDATA[<p>　「えーどうしてぇ？」と不思議に思う方もいるだろう。そう、バルセロナではスーパーアグリの佐藤琢磨がチームにとって初のポイント獲得となる８位入賞を果たし、レース後のパドックで喜びを爆発させる琢磨やチームスタッフの様子を眺めながら、僕の胸にもジーンと熱いものがこみあげてきた。もちろん、ルノーのフィジケラが給油機のトラブルに見舞われ、レース終盤に予定外のピットインを強いられたという「幸運」があっての８位入賞ではあるが、あのレースでそうした「幸運」を拾えるポジションに琢磨とスーパーアグリがいたということ自体が、このチームの成り立ちやこれまでの歩みを考ると、手放しで「素晴らしいこと」だと思うし、それを実現するためにどれほどの努力と情熱が必要だった？　想像するだけで琢磨にも、そしてチームスタッフのひとりひとりにも大きな敬意を感じずにはいられなかった。</p>

<p>　ちょっとベタな表現になってしまうが、いろんな意味で「モノ」と「金」が絶対的な影響力を持つ現代のＦ１でもなお「人」や「気持ち」「情熱」といったものが何かを変える力を持っていることを、スペインＧＰでの琢磨とスーパーアグリの８位入賞は証明してくれたと思う。そして、それを自分の目で見ることができたというのが、今のＦ１に対して漠（ばく）然とした不安を感じている僕にとっても大きな救いになった。琢磨だって、チームスタッフのひとりひとりだって、チーム設立から１年半足らずのあいだに何度も「クサって」不思議じゃないほどつらい状況はあったはずだ。将来に夢を抱こうにもＦ１界の「格差問題」はあまりに大きく、彼らが現実的に望めるものだって限られていたはずだ。それでも、自分たちを信じ、わずかな可能性を信じて全力を尽くし続けたからこそ、彼らは今回のように文字通り「千載一遇」のチャンスをつかめたのだと思う。そして、レース後のパドックで抱き合って喜ぶ彼らの姿に、そうしたことが全て凝縮されていたか、見ているこっちもジーンと胸が熱くなったのだ。それでは、どうして僕は悩んでいたのか？　単純に「感動した、良かった！」で済ませられないのか？　なぜなら、これまでこのコラムでも何度か書いてきた「ニッポンのＦ１」対する漠然とした不安が、喜びに沸くパドックの向こう側にチラついてしまうのである。</p>

<p>　例えばスーパーアグリの将来、今回の結果が証明しているように、今シーズンのスーパーアグリは昨年とは比べ物にならないほど高い戦闘力のマシンを手に入れ、１年間の経験を確実に活かすことで、１年目のシーズンより遥かに高いポテンシャルを得ていると言っていい。開幕前に半ば冗談、半ば本気？　で言っていた「スーパーアグリの方がホンダより速かったりして？」が、今や現実となりつつあるのだ。しかし、スーパーアグリのボディーに付いたスポンサーロゴを去年と比較して見てみよう。去年だってお世辞にも潤沢とは言えなかった（むしろその逆だった）スポンサーは少なくともマシンについたロゴの数を見る限り、更に少なくなっている印象を受けるし、実際、チームの台所事情はかなり厳しい状態が続いているという。</p>

<p>　どんなに小規模なチームとはいえ、Ｆ１チームを運営し、１年間シーズンを戦うにはそれ相応の資金が必要だ。もちろん、スーパーアグリがホンダから技術面（あるいは技術的協力を含めた資金面で）で多くのサポートを受けているので、純粋なプライベートチームとは比較できないかも知れないが、少なくとも外部から見る限り、現在のスポンサー状況でどう考えても「自立した」チーム運営が可能だとは思えない。しかし、そうした「資金面」での基礎が確立できなければ、この「夢」が今後も続くことなど絶対に不可能だ。</p>

<p>　このコラムの前半にも書いたように、スーパーアグリは彼らが今持っている条件の中で最大限の成果を出していると思う。だが、これでもチームのスポンサー状況が好転しないのだとしたら、シビアな言い方だがこの「夢」はやがて消えてなくなる運命にある。</p>

<p>　「どうですか？　今年はＦ１盛り上がってます？」こんな仕事をしていると、そんな風に聞かれることがある。スペインの後は「琢磨もポイント取ったらしいし、なんかイイ感じじゃないですか！」みたいな感じで言われることもしばしばだ。正直なところ、僕はその答えに困ってしまう。もちろんスーパーアグリの活躍や琢磨の入賞はポジティブな話題だし、バルセロナの翌日には日本の新聞なども、さまざまな形でその話題を取り上げ、一般メディアでの露出は大きかった。フジテレビは地上波や衛星放送で多くのＦ１関連番組を放送し（世界選手権と名が付くイベントが地上波で全戦中継されているスポーツはＦ１を除くと極めてまれだ）ＣＳではスーパーアグリの情報を紹介する番組だってあるほどなのに、そのチームのスポンサーになろうという企業はさっぱり現れない……。これではどうしても「ホント、今年は盛り上がってるよぉ……」とは言いにくいのだ。</p>

<p>　Ｆ１がマシンという機械に依存するプロスポーツである以上、商業スポンサーの資金なしで成り立たないことは誰だって分かっている。そして商業スポンサーを行う企業は、自分たちの投資するスポーツの注目度や人気が、さまざまな形でその企業のメリットになり得ると判断したときにお金を出すのだ。スーパーアグリにスポンサーが集まらないのは、彼らに、もしくは「Ｆ１」そのものに、それだけの価値がないということなのだろうか？　表面上はそこそこ注目を集めているように思えるのに、企業や社会はそうは考えていないという事なのだろうか？　今回の初入賞で状況が少しでも好転することを祈りつつ、「Ｆ１は本当に盛り上がってるのだろうか？」と僕は自問自答を繰り返してしまうのだ。</p>

<p>　１つだけ確かなのは、仮にこのままの状況が続けばチームの経営はやがて行き詰まり、先週のスペインで垣間見えた「夢の萌芽」もいつか「夢」のまま消えてゆく運命にあるということだ。もちろん、これまで同様に、いやこれまで以上にホンダがさまざまな面でスーパーアグリを支援し続ければ、ある程度の「延命」は可能だろう。だが、本体であるホンダＦ１のワークスチームが最悪の状況にある中で、ホンダにどこまでそれを続ける余力があるものなのか？　こちら側の「ねじれ」も既に限界に近い状況に来ているのではないだろうか？　「スーパーアグリの挑戦」という夢を、その冒険ドラマをこれからも一緒に楽しみたいのならば、もうこれ以上「タダ見」は許されない。日本の企業が、それを取り巻く社会が今、動かなければ、冒険はいつか「幻」と消えてしまう……。</p>]]>
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<title>開幕３戦で見えてきたぞ2007年序盤戦</title>
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<modified>2007-04-20T07:21:02Z</modified>
<issued>2007-04-20T07:18:20Z</issued>
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<summary type="text/plain">　数年前までは「番狂わせ」も多かったけれど、最近は各チームの実力がキッチリと反映...</summary>
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<![CDATA[<p>　数年前までは「番狂わせ」も多かったけれど、最近は各チームの実力がキッチリと反映されることが多くなってきたシーズン序盤戦。特にメルボルンから始った今年の開幕３戦は２００７年シーズンのアウトラインが比較的分かりやすい形で見える内容だった気がする。次のバルセロナまでは１カ月弱ほどあるので、ヨーロッパラウンドからは新たな展開があるかもしれないが、とりあえず現時点で見えてきたものを確認してみると…。</p>]]>
<![CDATA[<p><strong>１・タイトル争いの軸はフェラーリとマクラーレン</strong><br />
　開幕前の予想通り、今シーズンはフェラーリとマクラーレンが２強を形成。冬のテストではフェラーリの圧倒的な優位を危惧する声もあり、ライコネンが圧勝した開幕戦のメルボルンではそれが証明されたようにも見えたが、その後の２戦、マレーシアとバーレーンを見る限り、マクラーレンもかなりの戦闘力を秘めており、序盤からフェラーリ独走という状況ではないようだ。</p>

<p>　また、ドライバーズタイトル争いに関してもライコネン対アロンソが軸であることは間違いないものの、マクラーレンからデビューした驚異の新人、ルイス・ハミルトンが開幕から３戦連続の表彰台（新人として史上初）。マレーシアの失態でミソがついたマッサも、バーレーンでは完璧なレースで優勝を飾って名誉挽回を果たしており。当面はこの２チーム、４人を中心にシーズンが展開しそうな雰囲気。</p>

<p><strong>２・ホンモノだったぞ、ハミルトン</strong><br />
　ゴーカートに乗っていた１０歳のときにマクラーレンのロン・デニスに見初められ、１２歳でマクラーレンと契約。フォーミュラ・ルノー、Ｆ３、そして去年のチャンピオンとなったＧＰ２シリーズとトントン拍子にフォーミュラの階段を駆け上ってきたルイス・ハミルトンが満を持してのＦ１デビュー。その内容は上の項にもあるように文句ナシ、期待以上の出来だった。天性のスピード、集中力、冷静さ、思い切りの良さ…レーシングドライバーとしての資質の高さはわずか３戦のレース内容にもハッキリと現れており「デビューイヤーでの優勝」への期待はもちろん、今季のチャンピオン候補の１人に挙げる声も少なくない。「Ｆ１界のタイガーウッズ」登場に注目と期待は高まるばかりだ。</p>

<p><strong>３・王者ルノーの失速、ＢＭＷ急上昇中</strong><br />
　昨年、一昨年と２年連続でタイトルを獲得した王者ルノーが明らかに失速し、表彰台にも届かない…。今年はベテランのフィジケラと新人、ヘイキ・コバライネンのコンビで戦うルノーだが、昨年までのエース、フェルナンド・アロンソの移籍がダメージとして効いているのか？　それともルノーの失速を事前に予感したアロンソが移籍したのか？　ハミルトンと共に注目の大きかったフィンランドの新人、ヘイキ・コバライネンも、今のところはや期待はずれの内容に終わっている。一方、そのルノーに代わって急上昇中なのが２年目を迎えたＢＭＷザウバー、手堅いマシンづくりながら、２強以外ではスピード、安定感ともに飛びぬけており、バーレーンではニック・ハイドフェルドがコース上でアロンソを追い抜くシーンも！　２年目のロベルト・クビサも着実に成長し、前半戦のダークホース的存在に！</p>

<p><strong>４・ピンチから明暗分けたトヨタとホンダ</strong><br />
　開幕前のテストでは共に「苦戦」が報じられたトヨタとホンダ。しかし、実際にシーズンが始ってみると、両日本メーカーの状況はハッキリと明暗を分けた。トヨタが開幕からの３戦連続で予選トップ１０に進出し、レースでも着実にポイントを獲得したのに対して、一方のホンダは第３期Ｆ１活動が始って以来「最悪」といってもいい悲惨な状況。ジェンソン・バトン、ルーベンス・バリチェロの両ドライバーも入賞はおろか、予選第１セッション通過すらおぼつかないＧＰもあり、チームはブレーキング時の安定性に致命的な問題を抱えたニューマシン、ＲＡ１０７の大幅な改良を迫られている。ただし、ホンダがあまりに「真っ黒」な状況なので、それと比較して「明」に見えるトヨタも、予選トップ１０から８位、７位入賞という現在の状況が「目いっぱい」で、そこから上を目指す勢いが現時点では感じられないというのも事実。ホンダは当面、大幅改良したマシンが出てくるカナダＧＰあたりまで、大幅な改善は期待薄？</p>

<p><strong>５・スーパーアグリが見せた大変身と課題</strong><br />
　メルボルンでは佐藤琢磨が予選トップ１０に進出！　去年、最下位争いの常連だっだスーパーアグリＦ１が、たった１年で見せた大きな進歩は開幕戦のパドックでも大きな注目を集めたが、その後の２戦でも今年のスーパーアグリが「そこそこ戦える」パッケージを持っていることが証明されたと言えるだろう。昨年のハンガリーＧＰで優勝したホンダＦ１（ＲＡ１０６）をベースに開発されたと言われるニューマシンのＳＡ０７が、本家であるワークスホンダのマシンを上回るスピードを見せることも多く、佐藤琢磨、アンソニー・デービッドソンのコンビが昨年とは全く異なる「まともにレースできる状況」で戦う環境が整ったと言えそうだ。ただし、期待された大手スポンサーの獲得もなく、技術面を含めて多くをホンダに依存するスーパーアグリの現状は、一部チームが問題視している「カスタマーカー問題」との絡みも含めて潜在的な不安要素となっており、ここから将来に向けていかに安定したチームの基盤を作れるかが、今シーズンの大きな課題に。</p>

<p>　…この他、ウイリアムズのテストドライバーとして開幕２戦で金曜日フリー走行に出場、チームから高い評価を受けた中嶋悟の長男、中嶋一貴の快走や、思いのほか振るわない、巨匠、エイドリアン・ニューイのデザインによるレッドブル＆トロ・ロッソ、今後もひと悶着ありそうな「カスタマーカー」問題など、様々な話題があった開幕３戦だが、ヨーロッパからの長距離遠征となる序盤の一幕目はこれでとりあえず一区切り、バルセロナ、モナコと続くヨーロッパラウンドでは、一体どんな展開が待っているのだろう？　少なくとも、新時代の幕開けに相応しい変化に富んだ今シーズンのＦ１が僕たちを退屈させることはなさそうだ。</p>]]>
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<title>今、改めて問う！　ホンダはＦ１で何がしたいのか？</title>
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<modified>2007-04-10T03:34:59Z</modified>
<issued>2007-04-10T03:31:57Z</issued>
<id>tag:blog.nikkansports.com,2007:/sports/motor/kawakita//70.36375</id>
<created>2007-04-10T03:31:57Z</created>
<summary type="text/plain">＜Ｆ１：マレーシアＧＰ＞◇決勝◇８日◇セパン・サーキット◇１周５・５４３キロ×５...</summary>
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<![CDATA[<p>＜Ｆ１：マレーシアＧＰ＞◇決勝◇８日◇セパン・サーキット◇１周５・５４３キロ×５６周</p>

<p>　第３期Ｆ１活動でホンダは何をしたいのか？　ウェブサイトに載せるコラムにしては、かなり長くなりそうだが、今回はこの８年間ずーっと抱いてきた疑問と怒りについて、ここで考え直してみたい。今シーズンのホンダの悲惨な状況を云々する以前に、最も大切な「何のためにＦ１を戦うのか」という部分があまりにも曖昧に思えてならないからだ。</p>]]>
<![CDATA[<p>　今回のマレーシアでもまた惨めな成績に終わったホンダＦ１チーム。予選ではメルボルンに続いてバリチェロが第１ステージで脱落し、辛うじて第２ステージに進んだバトンも１５番手が精一杯。決勝レースではバリチェロ１１位、バトン１２位と、順位だけならまだマシに見えるが、上位陣との差は余りにも大きく、直接のライバルはホンダ自身が支援する「弟分」であるはずのスーパーアグリ……という状況。もちろん、昨年のチャンピオンチームであるルノーですら、ちょっと油断すると今年のように苦戦することもあるのが厳しいＦ１ＧＰの現実だし、今年のマシンがある意味「失敗作」であることは、開幕戦の時点である程度判っていたのだから、それがたった３週間で大きく改善されるとは思えないのだが、いわゆるメーカー系「ワークスチーム」の中で今年のホンダが際立ってダメなチームであることは紛れも無い事実であり、これはもう一種の非常事態。ちなみにホンダは現在、大幅な改造を加えたマシンを準備中で、これが６月のカナダＧＰ前後には投入されるようだが、少なくともそれまでは多くを期待しないほうがいいだろう。</p>

<p>　ここで、誤解しないで欲しいのだが、僕は今年のホンダの「惨状」そのものに怒りや不満を感じているわけではない。いや、もちろん、個人的にもすごくガッカリはしているし、見るに耐えないほど酷い内容だという点にも異論はない。しかし、開幕前のテストの時点から厳しいシーズンになることはある程度分かっていたので、気持ちでは受け入れがたくても、アタマの中では「想定内」ギリギリの状況（正直に言うと、それより酷いが……）だと言えなくも無いのである。さらに踏み込んだ言い方をすれば「ダメでも当然で、厳しくても通るべき道を通っているだけ」とすら考えている。なぜなら、僕は今年こそがホンダ第３期Ｆ１活動の「本当の意味での１年目」だと思っているからだ。</p>

<p>　９９年にＢＡＲホンダとして参戦を開始して以来、今年で８年目を迎えるホンダ第３期Ｆ１だが、最初に掲げた「車体とエンジンの両方をホンダが手がける形で頂点を狙う」という目標とは裏腹に、新たな挑戦の中核であるべきＦ１の車体開発については、なかなかホンダ側が主体的に開発をリードする体制が作り上げられずに中途半端な状態が続いてきた。その根本的な原因としては、ホンダが当初の「１００％ホンダによるワークスチームでの参戦」という計画を変更し、ＢＡＲという経験も実績も無い新興チームとの共同開発という曖昧かつ中途半端な形で参戦したことが何よりも大きいが。それ以外にも第２期Ｆ１でエンジンサプライヤーとして数々のタイトルを獲得したホンダの、自分たちの力に対する「過信」や「おごり」、時代の流れから取り残されていたエンジン開発技術や、Ｆ１車体開発に関する明らかな経験や認識の不足が、状況を更に難しくしていたことも事実だ。</p>

<p>　もっと率直に言えばホンダはＦ１をナメていたのであり、自分たちの力不足を認識するのにすら少なからぬ時間を要したので、何かといえば「パートナー」であるはずのＢＡＲを批判し、そんなホンダに対してＢＡＲ側も不満を募らせていた。当然、こうした状況では「共同開発」など順調に進むはずもなく、ＢＡＲホンダから現在に至る歩みは、そんな「不幸な生まれ」によって生じた、それこそ数え切れないほどの問題を少しづつ修正してきた道程あり、その結果、ようやくたどり着いたのが、「ホンダがホンダのやり方でＦ１マシンを開発して戦う」という現在の体制なのだと僕は思っている。だからこそ、今年のマシンであるＲＡ１０７は元ウイリアムズのテクニカル・ディレクター、ジェフ・ウィリス主導で進んできた過去数年間の流れから大きく踏み出し「失敗を恐れずにチャレンジする」ホンダスピリットを前面に押し出した攻めデザインを採用したのだ……と。</p>

<p>　残念ながら、こうして「失敗を恐れずに攻めた」マシンであるＲＡ１０７は結果的に失敗作だったと言わざるを得ないだろう。しかもジェフ・ウィリスがデザインした昨年型のマシン、ホンダＲＡ１０６の流れをくむ（というより、ほとんど“そのもの”に近い）スーパーアグリＳＡ０７が予選でワークスホンダを上回る速さを見せて、その「失敗」を更に目立たせてしまうという皮肉な事態となっている。だが、僕はこうして言い訳の聞かない状況で手痛い失敗を経験することが、今のホンダにとっては何よりも大切であり、だかこそがこれは「本来通るべき道」なのだと考えているのだ。シビアな言い方だが、これだけダメだということは、少なくとも現時点でホンダには「実力が無い」ということであり、その厳しい現実を誰かのせいにするのではなく、まずはホンダ全体が正面から受け止めない限り、絶対に次のステップには進めないだろう。そして、これだけ惨めな姿を晒しながらも、そこから泥臭く這い上がろうと全力を尽くすのが、本当の意味での「ホンダスピリット」なのだと信じている。</p>

<p>　しかし、そんな僕が心配を通り越して「怒り」すら感じるのは、肝心のホンダがそうした挑戦の意味を理解しているのか大いに疑わしく、何よりもホンダ自体に一貫したＦ１挑戦への姿勢が感じられないことだ。分かりやすく言うなら、冒頭に挙げた「何のためにＦ１を戦うのか」という根本的な部分がホンダ自身の中ですら明確になっていない気がするのだ。　実際のところ、僕のように「Ｆ１参戦の形」や「意味」「目的」なんかを気にしているのは日本のＦ１ファンの中でもごく一部に過ぎないのだろう。多くのファンはそんな細かい事よりも「日本人ドライバー」や「日本のチーム」（その実体がどうであれ）がＦ１で活躍してくれさえすれば、それで満足なのであって、まずは「ニッポン・チャチャチャ」の一体感と「結果」が命。その意味で結果がいまひとつ盛り上がらない現状は当然、「不満」以外のナニモノでもなく、何よりも「結果を出して欲しい」すなわち「ともかく勝ってくれ！」いうのが本音なのだ。では、ホンダ自身が今回の第３期Ｆ１に求めるものは何なのか？　それが多くのファンと同じように単なる「結果」なのだとしたら、今のアプローチは明らかに間違っていると言わざるを得ない。</p>

<p>　フェラーリやマクラーレンと同じように年間５００億円近い予算を投じるのなら「ホンダの技術」「ホンダのやり方」などにこだわらず、フェラーリからロス・ブラウンでも引き抜き、他チームからも経験豊富なＦ１スペシャリストをかき集めればいい。Ｆ１界の裏も表も知り尽くした人物をチームのボスに据えて、人、金、モノをキチンと揃えれば、それこそが成功への最短距離。国際化、無国籍化が進む中での総力戦が現代Ｆ１の姿なのだから、むしろこのほうがチームとしては自然な姿だし「日本人主体のチーム運営」とか「ホンダ独自のやり方で……」などという考え方自体がむしろアナクロ的だと言えるぐらいだ。</p>

<p>　第２戦のマレーシアＧＰが終わった翌日には早くもイギリスのウエブサイトで「ホンダが休職中のロス・ブラウンに接触か？」というウワサが報じられていたが、その真偽はともかくとして「参戦の形」や「意味」よりも結果を重要視するのならば、それは自然な流れであり、むしろチームとしてやらなければならない事なのだと思う。</p>

<p>　だが、本当にそれでいいのか？　第３期ホンダＦ１が目指したものは単なる結果だけなのか？　今や少数派なのかもしれないが、少なくとも僕はそうではなかったと信じている。なぜなら僕は、基本的にヨーロッパ人の文化であるＦ１に、日本のメーカーであるホンダが自分たちの技術で正面から立ち向かい、結果として頂点に立つ事でその力を証明する姿が見たいと思い続けてきたからだ。マクラーレンやウイリアムズで活躍した第２期ホンダＦ１で、エンジンサプライヤーとして文字通り「Ｆ１を席巻した」ホンダだが、今でも「日本人にＦ１の車体は作れないだろう！」というのがヨーロッパ人たちの本音であり、そうした空気は長年、Ｆ１の取材をしていても身をもって感じることができる。</p>

<p>　だからこそ、たとえアナクロと言われようと、僕は日本のメーカーが自分たちの技術と力で、自らイニシアチブを取った形でＦ１マシンを造り上げ、戦い、勝利する日を夢見てきたのだし、６０年代の第１期Ｆ１でも、そしてエンジンサプライヤーとして参戦した第２期のＦ１でも、そうした「ホンダ独自のアプローチ」で無謀ともいえる挑戦をしてきた。そしてヨーロッパという「アウエー」での戦いででニッポンの力を証明してきたからこそ、ホンダというメーカーはこの世界で尊敬を集め、僕たちに感動と夢を与えてくれたのではなかったか？</p>

<p>　残念なことに、そうやって我々に夢を与えてくれた「ホンダスピリット」は今やホンダ自身の中でも絶滅寸前の危機にあるようだ。悲しい事だが、第３期Ｆ１活動が始まってからこれまで、いろいろな場面で、それを実感せずにはいられなかった。明確な目的や戦略を持たないまま、場当たり的な対応を繰り返したり、問題の責任を押し付けあったり、くだらない派閥間の争いやメンツにこだわり続け、本当に「やらなければならないこと」を放置するホンダの人たちを数多く見てきた。ホンダスピリットを口にしながら、やっていることは正反対の「サラリーマン思考」だったり、素人目に見ても重要な課題がそのまま置き去りになっていたりして、正直、その実情に幻滅したことも少なくない。</p>

<p>　そしてそのたびに僕は「ホンダは一体Ｆ１で何がしたいんだろう？」と疑問に思ってきた。もちろん、そんな状況の中でも多くのエンジニアたちは全力で努力を続けてきたことは疑いようがないが、他ならぬホンダ自身が「Ｆ１で何をしたいのか」「そのために何をしなければならないのか？」という根本的な部分で明確な方向性を持っていなければ、そうしたひとりひとちの努力も実を結ぶことなく、浪費されてしまうだけだ……。</p>

<p>　ホンダ第３期Ｆ１活動でも過去最悪ともいえる、悲惨なシーズン序盤戦を戦う今だからこそ、改めてホンダに問いたい。「ホンダは何のためにＦ１を戦っているのか？」と。なりふり構わず純粋に「結果」だけを求めるのならば、今のアプローチとは他にやり方があるはずだ。一方、それよりも「ホンダのやり方」という「過程」に拘るのなら、たとえどんなに惨めな姿を晒しても、泥臭く、ここから這い上がる道を求めて全力を尽くすしかない。</p>

<p>　また、単に日本人ドライバーの人気にあやかりたいなら、バリチェロなどすぐにクビにして琢磨をもういちどホンダに乗せればいいし、いっそのことワークスホンダでの参戦をやめて、スーパーアグリの支援に専念したほうが「一般ウケ」という意味ではイイかもしれない。マジメに地球環境の問題に取り組みたいのなら、今すぐＦ１から撤退して、その予算を別の研究につぎ込むべきだ。そもそも「本家」のホンダワークスがこの有り様なのに、スーパーアグリの支援をする余裕があるのが不思議ではないか？　やっていることにあまりに一貫性が無く、しまいには「スーパーアグリは将来のホンダＦ１撤退に向けたカクレミノか？」という、かなり“うがった見方”すらしたくなってくる。</p>

<p><br />
　多分、同じような問いはホンダだけでなく、我々メディアに関わる人間や「ファン」に向けても向けられているのだと思う。あなたはホンダＦ１に、いや、もっと大きな意味で「日本のＦ１」に何を期待し、何が見たくて声援を送るのか？　良くも悪くも無批判な「ニッポン・チャチャチャ」が、Ｆ１を見る本当の楽しさなのか？　初めて鈴鹿で日本ＧＰが行われてから２０年過ぎた今、我々ももう見つめなおす時期が来ている気がするのだ。もちろん、最悪の序盤戦を戦うホンダに対する評価も、ホンダに何を求めるかによって大きく変わってくるだろう。<br />
　ある人にとっては許しがたい「ゼロ以下」かもしれないし、一方でこれを「避けられない試練」と受け止める人もいるかもしれない。僕自身はと問われれば、この惨めな状況から自分の力で、必死に這い上がるホンダを見たいと、今でも思っている。この挑戦を通じてもう一度日本人としてのプライドや誇りを僕たちに呼び起こして欲しいと。もちろん、他ならぬホンダ自身にその覚悟があれば……のハナシだが。</p>]]>
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<title>ワクワクしながらむなしさを感じる理由</title>
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<modified>2007-03-21T12:35:32Z</modified>
<issued>2007-03-21T12:29:15Z</issued>
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<summary type="text/plain">　「うれしいけれど、微妙な気持ち……」開幕戦オーストラリアＧＰでスーパーアグリが...</summary>
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<![CDATA[<p>　「うれしいけれど、微妙な気持ち……」開幕戦オーストラリアＧＰでスーパーアグリが見せた文字通り「予想を遥かに超えた」活躍にワクワクしながら、その反面、何だか複雑な、ちょっと居心地の悪い気分を感じているのは、果たして僕だけだろうか？</p>]]>
<![CDATA[<p>　誤解しないで欲しいのだが、この僕だって当然、琢磨とスーパーアグリの活躍を期待しているひとりだし、土曜日の予選で琢磨が上位１０台の最終ステージに進んだときには、「やったぁ、スゲー！」とモニターを見ながら思わず声を挙げてしまうぐらい嬉しかった。ほんの１年前まで「開幕戦にマシンが間に合うだけでも奇跡」と呼ばれ、昨シーズンは最後尾グループの常連で、規模でも経験でも、そして資金面でも「弱小チーム」の象徴だったあのスーパーアグリが、２００７年の開幕戦でいきなり予選トップ１０に食い込むことなんて、一体誰が想像していただろう？</p>

<p>　ハイレベルの競争が続く現代のＦ１では、もはや“マグレ”なんてあり得ない。チームメイトのアンソニー・デイビッドソンも予選１１番手に付けているし、翌日のレースでも琢磨は入賞こそできなかったものの、トヨタやレッドブルに遜色ないペースで走りきり１２位完走。このマシンが混戦状態の中段グループで十分に戦える力があることを証明して見せたと思う。</p>

<p>　それじゃぁ何が問題なのさ？　「今や日本のＦ１人気を支えているのは佐藤琢磨とスーパーアグリなんだから、それってこれ以上ない、最高の展開じゃない？」と思う人も多いだろう。確かに去年は弱小チームだったスーパーアグリがこれだけ大幅な戦力アップに成功すれば、テレビを見ている日本のファンが去年とは比べ物にならいほど、ワクワクしながらＦ１中継を見ることができるのは間違いない。メルボルンのレースを見る限り、今のスーパーアグリの実力はフェラーリ、マクラーレン、ＢＭＷ、ルノーの順で構成されるトップグループから少し離れた混戦の第２集団、すなわちウイリアムズ、トヨタ、ホンダ、レッドブルからなる集団の、しかもかなり前の方にいるように見えた。</p>

<p>　もちろん、資金力やチームの規模を考えれば、シーズン中のマシンの進化という意味で大きいチームには敵わないし、上位４チームで構成されるトップグループとの差は大きいから、この位置にいても８位内入賞＝ポイント獲得というのは並大抵のことではないが、長いシーズンの、特に不確定要素が多い序盤戦はメルボルンで見せたように十分なチャンスがある。予選１０番手からスタートし、ピットストップでのタイムロスで１２位完走となった琢磨が、完走を喜ぶどころか“凄く悔しそう”な顔をしていたのを見て「ああ、これでまた、本来の貪欲な佐藤琢磨が帰ってきたな！」と嬉しい気持ちになった。去年は黙々と苦境に耐える姿で僕たちを感動させた彼が、今年は再び、貪欲に戦う姿を見せてくれるだけで、世界は１８０度変わって見えるに違いない。</p>

<p>　……にもかかわらず、僕が複雑な気持ちを感じているのは、開幕戦オーストラリアで表面化した、本家、ホンダワークスとの明暗があまりにもに大きかったためだ。今シーズン、スーパーアグリが使用しているニューマシン、ＳＡ０７がホンダ栃木研究所の全面的な協力の下、昨年のホンダＦ１、ＲＡ０６をベースに開発されたマシンであることはもはや公然の秘密と言っていい。もちろん、２台のマシンは車体の土台となるモノコックも別物だし「コンストラクターはすべて独自に開発したマシンで参戦しなければならない」というルールに適合するため、スーパーアグリとホンダのあいだに技術系コンサルタント会社を介して技術支援を行うなど、ＦＩＡのレギュレーションや各チーム間の取り決めである「コンコルド協定」に違反しないための配慮がなされていて、形の上では「スーパーアグリ独自のマシン」ということになっているのだが、エンジン、ギヤボックスというパワーとレインはもちろん、他の部分でも０６年型ホンダからの流用パーツに近いものは多く、このマシンがホンダの全面的な協力無しにはあり得なかったことは事実だろう。</p>

<p>　ところが、そうしてスーパーアグリを支えたホンダのワークスチームが、あろうことか予選でスーパーアグリに惨敗を喫し、レースでも辛うじてバリチェロが１１で琢磨を上回ったものの、メルボルンの週末を通じて「悲惨」と言ってもいいほどの戦闘力不足を露呈する結果となってしまった。当然、ワークスホンダとスーパーアグリではマシン開発のアプローチも違うし、たった１戦で大騒ぎするのはどうかとは思うけれど、チームの予算も規模も、経験だって比べ物にならないほど小さなスーパーアグリがワークスホンダを「食ってしまう」なんてコトは今のＦ１では普通、どう考えたってあり得ないことなのだ。</p>

<p>　「ホンダの援助でなんとか成り立っている」はずのチームに、全社を挙げて取り組んでいる参戦８年目のワークスホンダが負けてしまうという、ひどくネジれた現状に、何だかとても「空（むな）しい」気持ちがしてしまうのだ。</p>

<p>　今シーズンのホンダは開発のアプローチを大きく変えて「失敗を恐れずにリスクを負ってでもチャレンジする姿勢」でデザインを大きく変更。つまり「攻めの姿勢」に転じてニューマシンのＲＡ０７を造り上げた。冬のテストからここまでを見る限り、今はその攻めの姿勢が裏目に出て、「リスク」の部分だけが表面化してしまっているが、それも覚悟の上であえてチャレンジしたのだから、当然不本意ではあるだろうが、今の苦境はある意味「想定の範囲内」だと言えるかもしれない。当初は自信満々でＦ１に復帰したものの、これまでの７年で過去の栄光がすっかり霞んでしまうほどプライドがボロボロになったホンダが、それでも泥臭く、ホンダ流を貫いてもう一度トップグループに帰ってこれるなら、僕は多少時間がかかっても、個人的にはそれを見てみたいとも思う。</p>

<p>　だが、大多数の人たちは、そんな理屈っぽい、込み入った事情や背景などは関係なく、もっとシビアに「結果」や「見た目」からモノゴトを判断するわけで、誰もそれを批判できないし、広い意味で考えれば、ここまでの８年間も、そして現在の苦しい状況もすべてはホンダ自身が招いたものだというのも事実だ。だから、開幕戦のオーストラリアＧＰを観た人が素直に「なーんだホンダは情けないなぁ、これならスーパーアグリのほうがいいじゃん！」と思うのは当然だし、半ば自分たちが生み出したスーパーアグリというチームの存在によって、ホンダＦ１苦しい現状が惨めなほど浮き彫りになるという、何とも皮肉な状況を招いてしまっているのである。</p>

<p>　あーあ……、今から８年前、僕たちが期待に胸膨らませてスタートしたホンダの第３期Ｆ１活動が、どうしてこんなにオカシナことになってしまったのだろう。古くからのホンダファンなら多少なりとも、この空しい気持ちを理解しれくれるはずだ。単なるマシンの出来、不出来という問題じゃない。ビジョンも戦略も一貫性も欠く「レーシング」とは言えないこれまでのホンダの姿勢が、今の不思議なゆがみを生み出していることを、彼らは本当に理解しているのだろうか？</p>]]>
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<title>グランド・フィナーレ！</title>
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<modified>2006-11-02T04:05:49Z</modified>
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<summary type="text/plain">＜Ｆ１：ブラジルＧＰ＞◇決勝◇２２日（日本時間２３日）◇インテルラゴス・サーキッ...</summary>
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<![CDATA[<p>＜Ｆ１：ブラジルＧＰ＞◇決勝◇２２日（日本時間２３日）◇インテルラゴス・サーキット（１周４・３０９キロ×７１周）</p>

<p>　グランド・フィナーレって言葉はまさにこういうのを指すんだろうなぁ…と思った。Ｆ１今季最終戦、ブラジルＧＰ。決勝レースを終えたインテルラゴスサーキットには本当に様々な「いい顔」が溢れていた。</p>]]>
<![CDATA[<p>　ブラジル人ドライバーとしては、セナ以来実に「１３年ぶり」で地元インテルラゴスのレースを制したフェラーリのフェリッペ・マッサ！　ウイニングラップでブラジル国旗を誇らしげに掲げるその姿に超満員の観衆が歓声で応える。マッサがこの週末のため特別に用意した「ブラジルカラー」のレーシングスーツは正直、ちょっとダサかったけれど、フェラーリドライバーとして故国ブラジルで祝福を受けるマッサの幸せは想像に余りある。そしてそれはエマーソン・フィッティパルディ（１９７２、７４年）、ネルソン・ピケ（１９８１、８３、８７年）アイルトン・セナ（１９８８、９０、９１年）という偉大なチャンピオンを生み出してきたブラジルのファンにとっても本当に長い間待ち望んだ瞬間だったに違いない。</p>

<p>　一方、１５年間のＦ１生活にこのレースで終止符を打つミハエル・シューマッハーは鈴鹿の日本ＧＰに続いて、ブラジルでもツキに見放されていた。ポールポジション獲得は確実かと思われた予選最終ステージでは突然の燃圧低下トラブルでタイムアタックできず、不本意な１０番手グリッドからのスタート。そこから猛然と追い上げをはじめた矢先に、今度は左リヤタイヤがパンクして、３輪状態でピットへ…。だが、そうした多くの不運に見舞われてもなお、生涯最後のレースが惨めなものにならなかったのは、デビュー以来彼が貫き通した「決して諦めない」という姿勢が、コース復帰後の走りに満ち満ちていたからだろう。自動車を操るという行為によって「自分を表現する」という事が可能なのだということを、あの日のシューマッハーは僕たちにハッキリと感じさせてくれた。逆転タイトルも表彰台フィニッシュもなかったけれど、それはＦ１の記録を全て塗り替えた、偉大なチャンピオンに相応しい、心動かされる走りだった。</p>

<p>　心動かされる走りという意味では、最終戦インテルラゴスのスーパーアグリもまた、期待をはるかに上回る走りで、ワクワクとした気持ちを感じさせてくれた。琢磨がトップ１０圏内の１０位で完走という「リザルト」だけでも十分に価値があるが、レースの内容は正直、それ以上のものだったと思う。「あのスーパーアグリ」が上位陣と全く、そん色のないラップタイムでライバルたちと「レース」をして、本当に実力でトップ１０に食い込むことがどれだけ凄いことか？　「神がかり的な速さだったね、本当に信じられない、開幕戦のバーレーンを考えたら夢のようだよね！」とチーム代表の鈴木亜久里自身が言うのも無理はない。</p>

<p>　琢磨だけじゃない、給油のトラブルで終盤、予定外のピットストップを強いられて順位を落としたチームメイトの山本左近も、最後に全体で６位となるベストラップを叩き出し、セクター２の区間タイムではシューマッハーに次いで２番手の好タイムをマーク。最終戦で自分の力をアピールできた悦びが、レース後の左近からハッキリと伝わってきた。「この１年をひとことで例えるなら大冒険」と語る琢磨。大きなリスクを犯して、苦しい状況に耐えながら、必死に前をむいて進み続けた日々が、その晴れやかな笑顔の向こうに見えた。琢磨だけじゃない、亜久里代表も、左近も、チームスタッフ全員の誇らしげな表情になんだかこっちまで嬉しい気持ちになってくる。</p>

<p>　ミハエル・シューマッハーの引退でひとつの時代が終わり、シューマッハーとの直接対決を制したアロンソが２年連続の王座獲得で新時代の幕開けを宣言した。来季はそのアロンソがマクラーレンへと移籍し、シューマッハーの抜けたフェラーリのシートにはキミ・ライコネンが座ってフェリッペ・マッサと共に王座奪還に挑む。シーズン序盤のつまづきから必死に建て直し、何とか上がり調子で終盤戦を迎えたホンダとトヨタが、この流れをいかに来年につなげるか？　２年目のスーパーアグリ、そして急激な進歩を示すＢＭＷの今後は？　新たな変化の時代を迎える２００７年シーズンのＦ１グランプリに向けて、僕たちに大きな期待を感じさせてくれる最終戦、ブラジルＧＰだった。<br />
</p>]]>
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<title>「戦うシューマッハー」最後の光景</title>
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<modified>2006-10-25T02:49:06Z</modified>
<issued>2006-10-12T05:53:10Z</issued>
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<summary type="text/plain">＜Ｆ１：日本ＧＰ＞◇決勝◇８日◇三重・鈴鹿サーキット（１周５・８０７キロ×５３周...</summary>
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<![CDATA[<p>＜Ｆ１：日本ＧＰ＞◇決勝◇８日◇三重・鈴鹿サーキット（１周５・８０７キロ×５３周）<br />
　ミハエル・シューマッハーとフェルナンド・アロンソ、新旧王者のプライドを賭けた鈴鹿決戦は３７周目、トップを快走していたシューマッハーのマシンがデグナーカーブの先で白煙と共にストップするという予想もしなかった形で「ほぼ」決着した。このリタイアでそれまで２位に着けていたフェルナンド・アロンソが優勝を果たし、鈴鹿前の時点で１１６ポイントの同点で並んでいたふたりの得点差は最終戦、ブラジルＧＰを残して一気に１０ポイントに拡大。次のサンパウロでシューマッハーが優勝し、しかもアロンソが無得点に終わらない限り、シューマッハーの逆転王座はあり得ない。</p>]]>
<![CDATA[<p>　ちなみに抜群の信頼性を誇るフェラーリがエンジントラブルでリタイアするのは、２００１年アメリカＧＰのバリチェロ以来、シューマッハー自身のエンジントラブルということでいうと、更に遡って２０００年のフランスＧＰ以来ということになるらしい…。今シーズンだけでも「何回エンジンブローしたのかすぐに思い出せない」チームもあるというのに、何という違いだろう？　その極めて稀なトラブルがこの大一番で出てしまったというのも皮肉な気がするが、フェラーリというチームがいかに信頼性を重視した上で、マシンの高い戦闘力を実現してきたかを改めて実感させられる。</p>

<p>　レース後「これでチャンピオン争いは終わった。僕はアロンソのリタイアを期待してまでタイトルを欲しいとは思わない…」と事実上の「敗北宣言」をするシューマッハー。これまで１５年間のあいだ、常に「最後まで諦めない」という姿勢で戦い続け、Ｆ１の歴史と記録をすべて塗り替えてきたシューマッハーだけに、コンマ１％でも逆転の可能性があれば最後までチャンピオンを狙うのでは……と思っていたので、この「敗北宣言」は少々意外だった気もするが、鈴鹿での優勝で前人未到、８度目のタイトル獲得に大きく近づこうとしていた矢先の「予想外」のトラブルで、彼の中の「闘志」が「ポキン」と音を立てて折れてしまったのかも知れない。コースサイドにマシンを止めて、フェラーリのピットへと戻ったシューマッハーはチームスタッフのひとりひとりと握手を交わしながら、彼らに対する感謝の気持ちを表し、「フェラーリは本当に最高のチーム、カナダＧＰの時点で２５ポイントもあったアロンソとの差をここまで詰めてタイトル争いができたのも、彼らチームスタッフ全員が全力で支えてくれたから。勝利がチーム全員でつかむものならば、負けるときもみんな一緒だ」とコメントした。史上最多、７回の世界チャンピオンを経験したこの偉大なドライバーを評して「ライバルにとっては悪魔のように手強く、共に戦うチームスタッフにとっては聖人のような人格者であり、最高のリーダー」という人がいるが、リタイア後の彼が見せた顔は、まさにその後者の姿だったと思う。</p>

<p>　数百人規模のチームが巨額の資金と技術の粋を尽くして戦う「現代Ｆ１」は文字通りの総力戦だ。その中心となって戦う今のＦ１ドライバーには、その大きな組織の気持ちをひとつに束ねる求心力と、彼らのやる気を最大限に引き出せるリーダーシップが求められる。今改めて振り返ってみると、ミハエル・シューマッハーこそはその事実を誰よりも深く理解し、誰よりも努力し、徹底した形で実践してきたドライバーだと思う。この１５年、天性のドライビングセンスという意味で言えば、彼の才能にひけをとらないドライバーも何人かはいたはずだが、きょうのＦ１ではそれだけで王座をつかむことは不可能だ。現代のＦ１ドライバーに求められる求心力、リーダーシップという意味で言えば、シューマッハーは今なお突出した存在であり、フェルナンド・アロンソやキミ・ライコネンといった新世代のスターたちも、まだまだ彼のレベルには程遠いと言わざるを得ないだろう。</p>

<p>　ただし、シューマッハーのようなアプローチで戦い続けるためには、それこそ人生のすべてをＦ１に捧げ、巨大なエネルギーを注ぎ続ける必要がある。最終戦にわずかな逆転のチャンスを残しながら、彼が敢えて「敗北宣言」をしたのは、張り詰めていた緊張の糸があの日、あの瞬間にプツンと切れてしまったからではないだろうか？　確かにあのエンジントラブルで失ったものは大きかったけれど、彼はその失望を露にしてチーム全体を悲しみに暮れさせるのはなく、フェラーリでの１０年間で築き上げてきた「仲間」という貴重な財産に感謝し、それを大切にしたかったように思う。そう考えると最後の鈴鹿で僕たちが見たのは、最後の「戦うシューマッハー」の姿だったのかもしれない。<br />
</p>]]>
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<title>「ふたつの時代」激突の幸運</title>
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<modified>2006-10-25T02:49:03Z</modified>
<issued>2006-10-04T01:45:10Z</issued>
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<created>2006-10-04T01:45:10Z</created>
<summary type="text/plain">＜Ｆ１：中国ＧＰ＞◇決勝◇１０月１日◇上海インターナショナル・サーキット（１周５...</summary>
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<![CDATA[<p>＜Ｆ１：中国ＧＰ＞◇決勝◇１０月１日◇上海インターナショナル・サーキット（１周５・４５１キロ×５６周）<br />
　ミハエル・シューマッハーとフェルナンド・アロンソ、今シーズンも残すところあと２戦となった今、なぜ、このふたりだけがタイトルを争っていられるのか？　彼らの何が「特別」なのか？　その理由を僕たちにまざまざと見せつけてくれた中国ＧＰだった。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>　完全なウエットからドライへと変化してゆく路面コンディション、ルノーが珍しく犯したタイヤ選択の間違いとピットインでのトラブル…。予選結果を大きく左右した土曜日の雨も含めて、この週末も多くの「外的要因」がシューマッハーとアロンソに降りかかったことは間違いない。わずか２ポイント差で迎えた大切な一戦、本来なら相手より「少しでもいい条件」で戦いたいはずなのに、突如として目の前に現れる障害…。だが、そした障害を乗り越える姿に彼らの「一流」が証明されていた。</p>

<p>　予選６番手という不本意なポジションからスタートし、前を走るバリチェロ、バトンのホンダ勢に行く手を阻まれながらも果敢にポジションを上げていったレース序盤のシューマッハー、フロントタイヤ２本の交換という「誤った判断」でマシンのバランスが悪化し、２度目のピットインではタイヤ交換のトラブルで大幅なタイムロス！　本来なら余裕で勝てるはずだったレースがこうして一気に暗転したときも、アロンソは平常心を失うどころか、むしろ驚異的な集中力でこれを跳ね返し、トップを行くシューマッハーを時に１周２秒近いハイペースで追い続けた。２０秒近いタイム差と残り集回数を考えれば計算上は不可能に近い勝利へのチャレンジだが、それでもアロンソはルノーのマシンにムチを入れ続け、それに呼応するようにシューマッハーのペースを上げる、タイミングモニターの上でこのふたりだけが「異次元」の戦いを繰り広げている。スクリーンに浮かぶラップタイムを見るだけで鳥肌が立つような興奮を僕は久しぶりに味わった。それはモータースポーツファンにとってこれ以上ない“幸せな時間”だ。</p>

<p>　ドライビングテクニック、集中力、体力、そして気迫、その全てに関してシューマッハーとアロンソのふたりは今のＦ１で突出している。しかもフェラーリとルノーのマシン、ブリヂストンとミシュランのタイヤがそれぞれ、非常に高いレベルで戦闘力の拮抗した条件を実現し、ふたりが全力でぶつかり合える状況を造りだしている。鈴鹿、ブラジルの２戦を残してシューマッハーとアロンソがトータル１１６の同ポイントで並ぶという、いささか「出来すぎ」にすら感じるタイトル争いの展開も、いくつかの偶然に加えて、ドライバー、マシン、タイヤという３つの要素すべてがコンペティティブな状態でバランスした今だからこそ起き得たことであり、シューマッハーとアロンソという「ふたつの時代」の激突を最高の状態で、しかも鈴鹿で見ることのできる幸運を、今、日本の多くのモータースポーツファンが噛み締めているに違いない。こんなバトルは滅多に見られるもんじゃない！★<br />
</p>]]>
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<title>カレンダーから消えた「鈴鹿」</title>
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<modified>2006-10-25T02:48:53Z</modified>
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<summary type="text/plain">　やっぱり鈴鹿はなかった…。トルコＧＰ翌週に発表された２００７年のＦ１暫定カレン...</summary>
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<![CDATA[<p>　やっぱり鈴鹿はなかった…。トルコＧＰ翌週に発表された２００７年のＦ１暫定カレンダー。来季からその舞台を富士スピードウェイに変えることが決まっている日本ＧＰは第１６戦の１０月７日、注目された富士、鈴鹿での日本２開催は実現せず、現時点ではあくまで「暫定カレンダー」ではあるものの、８６年以来続いた鈴鹿でのＦ１が今年で最後になる可能性が限りなく高まった。</p>]]>
<![CDATA[<p>　今回発表された来シーズンの日程を見るとサンマリノＧＰ（実際にはイタリアのイモラが舞台）、欧州ＧＰ（こちらもドイツでの２戦目としてニュルブルクリングで行われていた）も姿を消しており、そうした流れの中で日本だけ「１国２開催」というのはなかなか難しいのだろう。</p>

<p>　しかし、多くのドライバーが「世界で最も挑戦しがいのあるサーキットのひとつ」に挙げ、鈴鹿＝日本ＧＰという風に、日本におけるＦ１の象徴として、これまで多くのドラマが繰り広げられてきた舞台だけに、こうしてカレンダーから消えるというのはやはり寂しいものだ。</p>

<p>　５０年を超えるＦ１の歴史の中で考えれば、鈴鹿での２０年というのは決して長くないのかも知れないけれど、それは日本のＦ１ファンにとってかけがえのないモノだったし、その間に育まれ日本ＧＰの雰囲気は、他のクラシックイベントに決してひけを取らない、独特の熱気をはらんでいたと思う。そんな鈴鹿の日本ＧＰが「今年で最後」という現実を受け入れるのはそれほど簡単なことじゃない…。</p>

<p>　誤解しないでほしいのだが、僕は別に「日本ＧＰが富士に行くのがイヤだ！」と言っているわけじゃない。まだ小学５年生だった頃、日本で初めてのＦ１開催となった富士スピードウェイの「Ｆ１インジャパン」をテレビで見て、モータースポーツに目覚めた僕にとってはむしろ「富士にＦ１が帰ってきた！」という思いすらある。トヨタによってリニューアルされたコースは以前の富士のイメージを巧みに残しながら、関連施設が大幅に近代化され、ここ数年のＦ１サーキットとしてのスタンダードをクリアした現代的なサーキットに生まれ変わっている。</p>

<p>　先日、フジテレビがＦ１中継２０周年を記念して作った２人乗りフォーミュラカー「ＧＰ２０」に試乗して、富士のコースを２周するチャンスに恵まれたのだが、コース図を見た時にはやや違和感があった終盤の低速セクションも、実際にコックピットからの景色を眺めてみると各コーナーの配置がうまく計算されていて、リズミカルでおもしろい構成だということが身をもって実感できた。天候にさえ恵まれれば雄大な富士山を背景に頂くロケーションも素晴らしく、ここから新たな「日本ＧＰ」の歴史が刻まれていくのだろう…。</p>

<p>　ただ、この時期になるといつも感じるのだが、イタリアのイモラやベルギーのスパ・フランコルシャンなど、長い歴史と伝統に彩られたサーキットが新規開催のＧＰに押されて、毎年のように「存続の危機」を囁かれるのはあまりにも寂しいし、Ｆ１にとって大きな損失なのではないだろうか？　こうしたクラシックイベントにもは長い歴史の中で育まれてきた独特の雰囲気と熱気があり、そうした「伝統」がモータースポーツ中でＦ１を特別なものにしている大きな理由のひとつだと思うからだ。鈴鹿サーキットの２０年も、確実にそうした「伝統」を育んできた。本当に今年で最後なのかなぁ…。なんだかまだ、実感が沸かないんだよなぁ…。<br />
</p>]]>
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<title>涙の後に考え直した第３期ホンダ初Ｖの意味</title>
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<summary type="text/plain">＜Ｆ１：ハンガリーＧＰ＞◇決勝◇６日◇ハンガロリンク（１周４・３８１キロ×７０周...</summary>
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<![CDATA[<p>＜Ｆ１：ハンガリーＧＰ＞◇決勝◇６日◇ハンガロリンク（１周４・３８１キロ×７０周）</p>

<p>　ホンダＦ１、カムバックから１１５戦目の初優勝！　という歴史的な出来事があったというのに、更新が遅れてごめんなさい…。いや、ハンガロリンクの表彰式で君が代を聞いた時には僕自身、長かったこれまでの道のりを思い出しながら、そして最高に晴れやかな表情でポディウムを見上げて、歓声を上げるホンダのひとたちの姿を見ながら、思わずボロボロと泣いてしまったし、その瞬間に立ち会えたことを心から感謝したわけなのだが、その後、いろんな原稿を書いたり、読んだりしながら数日を過ごすうちに、ちょっと考え込んでしまったのだ…。２０００年のホンダＦ１復帰以来、いや、その準備段階からいわゆる“第３期Ｆ１活動”を追いかけてきたひとりとして、この「１勝」を自分はどう受け止めるべきなのか？　「良かった良かった！」とはしゃいでいるだけでいいのか…と。他の多くのＦ１関係者と同様、今回のハンガリーＧＰでのホンダ優勝は僕自身にとって「嬉しい誤算」だった。もっと正直に言えば、今シーズのホンダの戦いぶりを見て、僕は「本当にホンダがＦ１で勝つ日は来るのだろうか…？」と半ば絶望的な気持ちになりかけていたほどだったのだ。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>　誤解しないでほしいのだが、僕は別にハンガリーＧＰでの優勝が「単なる幸運のめぐり合わせ」や「偶然の産物」だったと言っているワケではない。もちろん、普通、この季節では考えられないような低い路面温度と雨、さらに予選で起きたアロンソ、シューマッハーのペナルティ騒動や決勝レースで上位陣が次々とリタイアに追い込まれたことなど、今回のレースが予想外の状況やいくつかの幸運に恵まれたことも否定しないが、バトンもまたエンジン交換で１４番手からのスタートだったこと、そしてレース後に刻んだ、彼のラップタイムや切れ味のいいオーバーテイク、更に「完璧」と言ってもいいであろうピットワークやレース戦略の決断など、あの週末のホンダとバトンは間違いなく「勝者」に相応しいパフォーマンスを見せていたと思う。レースとは何が起きるか分からない「生き物」のようなものだ。大切なのはこうして訪れた「チャンス」をどれだけ確実にモノにできるかということであり、今回のホンダはそれをガッチリち掴み、自分たちのもとに手繰り寄せてみせたのだ。以前も何度かそうした「チャンス」にめぐり合いながらも、それをみすみす逃していたこれまでのホンダと比べれば、その違いは明らかであり。そうした部分に、このチームの大きな成長を感じ取ることができる。</p>

<p>　ただし、この喜びに水を差すつもりはないが、中本修平シニア・テクニカル・ディレクターも言っていたように、本来の目標である「コンスタントに実力で勝ちにいけるレベル」にホンダが到達したのかといえば、その答えは残念ながら「ＮＯ」だろう。現実問題として、ハードウエアとしてのマシンの戦闘力ではルノー、フェラーリ、マクラーレンというトップチームと比べてまだまだ足りない部分が多いし、今回もバトンがエンジン交換を強いられたように、エンジンの信頼性に関しては残念ながら、現在Ｆ１に参戦している自動車メーカーの中でもトヨタと共に「最も低い」部類に挙げざるを得ないというのが現状だ。もちろん、そうした信頼性の問題も「開発の部分で攻めているからこそ…」という考え方はできるかもしれないが、「２レース１エンジン制度」がすっかり定着した現在のＦ１で予定外のエンジン交換を行い、予選１０番手降格のペナルティを受けることは、多くの場合、目の前のチャンスを自ら棒に振ることを意味している。それでもハンガロリンクではバトンが優勝できたのだから「結果オーライ」ということになるのかも知れないが、マシンの基本的な戦闘力でもトップチームからやや後れを取り、フランス、ドイツ、ハンガリーと連続でトラブルに見舞われている深刻なエンジンの信頼性不足を考えれば、僕が「ホントにホンダが勝つ日は来るのだろうか？」とかなり悲観的な気持ちでいた理由もちょっとは分かってもらえるだろう…。</p>

<p>　もちろん、僕だって第３期ホンダの初優勝は本当に嬉しいのだ！　レース雑誌の編集者を辞めてフリーになってから８年の間、僕はホンダの第３期Ｆ１活動を追っかけてきたんだし、いつかこの日が来るのを待ち望んでいた。本当に長く感じた、その年月を思い出しながら、僕の目にも自然と涙があふれてきたのだと思う。でも、そうしてずっと、彼らの歩みを見つめ続けてきたからこそ、今、僕自身も「１勝」の意味を読み違えてはいけないのだと改めて自分に言い聞かせようとしている。ホンダが本当の意味でチャンピオンシップを争える「Ｆ１のトップチーム」となるには、まだまだ厳しく長い道のりが続いているし、率直に言えば、その道のりの全貌すら見えてはいない段階だということを。車体開発への関与、そしてレースチームの運営のすべてにホンダが責任を取る「ワークスチーム」での勝利を目指す今回の第３期Ｆ１活動には、まだまだ多くの課題やゆがみ、構造的な問題が残っており、ホンダとしての明確な「勝利へのビジョン」が欠けているということを。「この勝利を通じて、これまで優勝を経験したことのない若いスタッフが“勝つこと”の意味や難しさを少しでも分かってくれればいいと思います」と中本シニア・テクニカルディレクター。その言葉が象徴するように、今最も大切なのは、この優勝の喜びを今後の厳しい戦いのための「糧」として正しく活かすことであり、ホンダ自身がこの１勝の意味を厳しく問い直し、自らを律してゆくことだと思う。長く苦しい戦いを続けてきたホンダにとって「１勝」の壁を越えたことは大きな意味を持っているが、見方を変えて彼らの本当の目標を考えれば、これは本当に「小さな一歩」でしかないのだ…と。<br />
</p>]]>
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