2007年09月06日
アロンソが冴えない、アロンソが強くない、アロンソが速くない……。ハンガリーGPを夏休みで欠席し、約1カ月ぶりに現場復帰したイスタンブールで僕が一番強く感じたのは、マクラーレンでルイス・ハミルトンと激しいタイトル争いを演じているはずの、ダブルチャンピオン、フェルナンド・アロンソの驚くほど色あせた姿だった。
ハンガリーGP予選で起きた「事件」の影響で、ピリピリとした緊張感が漂っていたイスタンブールのマクラーレン・メルセデス。開幕前日の木曜日にチーム代表のロン・デニスが2人のドライバーと個別に面談を行い、その後に両者が直接話し合いを行うことで「手打ち」とし、とりあえず形の上では問題解決……というコトにしたようだが、あの一件を通じて2人のあいだに大きなワダカマリが生じたことは間違いなく、その溝はどんなに表面を取り繕っても、次第に深くなっていくことは避けられないだろう。
だが、そんな局面でも笑顔で「それぞれが自分の非を謝って、理解しあうことができた。僕たちは今でもお互いを尊敬しあっているし、2人の関係には何も問題はない……」と笑顔で優等生発言を貫くハミルトンに対し、アロンソは「僕がチームに加わったことでマクラーレンは大きく進歩できたのに、そのチームは僕に対して十分な敬意を払っていない」……と、相変わらずイジケ気味の愚痴が目立つ。どちらに心理的な余裕があるかとと問われれば、その答えは明らかだ。
一方、アロンソはいよいよコース上でも予選一発の速さがなく、マッサ、ライコネン、ハミルトンに次ぐ4位が精一杯。日曜日のレースでもスタートでポジションを落とし、何とか4位に上がったとはいえ、その後は前を行くハミルトンにプレッシャーすらかけられない状態だった。トルコでは幸い(?)ハミルトンがタイヤトラブルに見舞われたおかげで3位表彰台に立つことができ、ポイント差を5点まで詰めることができたが、予選、決勝を通じて内容という点でいえば、アロンソの「強さ」を感じられるシーンは正直なところ一回も無かった。
昨年、一昨年とミハエル・シューマッハーを相手正面からタイトルを争ったあのアロンソの輝き、力強さはいったいどこに消えてしまったのか、僕は別に彼のファンというわけではないのだが、短時間でオーラを失ったその姿を見て、なんだかとても寂しい気持ちになった。アロンソはなぜ、あれほどまで追い詰められているのか? その理由のひとつに、ハミルトンがイギリス人だということがある気がする。
圧倒的優位を築いたマクラーレンで世界チャンピオン経験者と驚異の新人がタイトルを争い、チーム内の緊張感が次第に増してゆく……という構図において、現在起きているアロンソ対ハミルトンの確執は往年のセナ・プロスト対立を思い起こさせるが、唯一、大きく異なるのは当事者の一方であるハミルトンが「イギリス人」だということだ。そう考えると、既に2度の世界チャンピオンを経験したアロンソが、自分のチーム内の立場についてかなり神経質になっているのも何となく分かる気がしてくる。なぜなら、少々乱暴かも知れないが、ハッキリ言うとF1の世界はしょせん「イギリス人のもの」という雰囲気が、今でも少なからず残っているからである。
一見、国際色豊かな世界に見えるF1だが、モータースポーツというビジネスにおいて、イギリスほど圧倒的な力を持っている国は他にない。F1でもルノーやホンダを含むほとんどのチームがイギリスに本拠を置き、イタリアのフェラーリだって現在のチーム組織の基礎を作ったのは、主要スタッフと共に旧ベネトン(現在のルノーF1)からフェラーリに移籍したイギリスの連中だった。技術面はもちろん、人材、部品供給、マーケティング、そしてメディア……すべての面でイギリスは今でもF1を支えている中心であり、イギリス人たちもそれをハッキリと自覚している。声には出さなくとも「F1はイギリスのもの」と思っている人間は少なくないし、それはかなりの部分で正しいといわざるを得ないのが現実なのだ。F1に関わるほとんどの非イギリス人は、そんな空気を肌で感じているはずである。
ただし、そんな「支配層」であるイギリス人が唯一、コンプレックスを感じていたのが「ドライバー」だ。大英帝国の息子と呼ばれ、絶大な人気を誇ったナイジェル・マンセル以降、彼らには本当の意味でのスターが現れなかった。その後、デイモン・ヒルが一度、チャンピオンになっているが、存在感という意味では小粒な印象だったし、マクラーレン時代には何勝かを期待できたデイビッド・クルサードも所詮「永遠のナンバー2」の器でしかなかった。一時期、待ち望んだ新星として英国人の期待を一身に背負ったジェンソン・バトンも、ホンダの低迷と共に今や確実に腐り始めている……。実質的にF1を支配しながら、一番求めているヒーローがいない。これがイギリス人のコンプレックスであり、外からみれば彼らの暴走を抑える一種の「抑止力」になっていたようにも思う。
ところが、そこに超新星、ルイス・ハミルトンが現れた。マクラーレンの復活と時を同じくして、新たなイギリスのスターが華々しいデビューを飾り、その底知れぬポテンシャルに期待は膨らむ一方だ……。メルセデス・ベンツのワークスチームであり、これまでも「イギリス色」を強調しないように気を使ってきた「マクラーレン・インターナショナル」だってやはりイギリスのレーシングチームである、チームオーナーのロン・デニスがそうした問題を心配して、どんなに理性的、合理的に振舞おうとしても、新たなイギリス人スタードライバーを抱える興奮はチーム全体に漂っており、その雰囲気をもっとも敏感に、あるいは神経質に感じ取っているのが他ならぬアロンソなのではないだろうか?
ちなみに僕はマクラーレンがチームとしてハミルトンに肩入れするようなことは(少なくとも現時点では)絶対に無いと思う。むしろ、そうした雰囲気が生まれることを何とか避けようと、2人のドライバーを可能な限り平等に……、場合によってはアロンソを優遇してでも、両者のあいだの緊張感を抑え、無用な摩擦を回避しようと、ロン・デニスも必死なのだろう。それでもチャンピオンの心の中に生じた、不安や疑念を払拭するのは簡単ではないし、いつも笑顔のハミルトンも得意の「優等生発言」の端々にほんの僅かだけアロンソに対する「棘」や「毒」をチラつかせ、ひと目につかないようにチャンピオンへの挑発を行っている。そう考えると、アロンソが一種の疑心暗鬼に陥り、自分のチーム内での立場や扱いに不満を募らせるのも、なんとなく理解できる気がしてくる。もちろん、そこで彼が心理的に振り回されるようならば、その時点でタイトル争いも「勝負アリ」なのだが……。
9月9日から開幕するイタリアGPを含めて残り5戦。フェルナンド・アロンソがこの厳しい状況をどう乗り切るのかに注目したい。少なくとも現時点ではコース上でも、コース外でも流れは大きくハミルトンに傾き始めている。チャンピオンが今後、チーム内でも「孤立」していくようならば、今シーズンのタイトル争いはもちろんのこと、彼の将来に向けても大きな影を落とすことになりかねない。
イスタンブールで反撃ののろしをあげたフェラーリが総力を挙げて臨んでくるシーズン後半戦は、マクラーレンの2人にマッサ、ライコネンを加えた4ドライバーによる混戦模様。その中では必ず、あの、ミハエル・シューマッハーを相手に2度のタイトルを勝ち取ったアロンソの経験が活きる局面もあるはずだ。このまま、形のない孤独感に苛まれ、飲み込まれてしまう前に、チャンピオンが再び輝きを取り戻すきっかけを、このモンツァでつかめればいいのだが……。
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