2006年07月21日
<F1:第11戦フランスGP>◇決勝◇16日◇マニクール・サーキット(1周4・411キロ×70周)
F1の進むべき道はどっちなのか? 08年以降のエンジンレギュレーションを巡るFIAと自動車メーカーの駆け引きが、なんだかもうグチャグチャの状態になりつつある。そもそものきっかけはFIAのマックス・モズレー会長が示した「08年からのエンジン開発凍結案」。議論がかなり入り組んでいるので、思い切って単純に説明するならば、「F1の効率的なコストカットを実現するには巨額の資金が必要なエンジンの開発をストップするのが一番! 今のエンジンは「モータースポーツの頂点」を標榜するF1に相応しく、十分に高性能で信頼性もあるのだから、08年以降はエンジンの開発を基本的に禁止し、開発コストを一気にカットすることで自動車メーカー系以外のプライベートチームにも安価なエンジンを供給できるようにすべし……」とまぁ、こんなアイディアだ。
で、これに強行に反対したのがF1を「走る実験室」や「自社技術を世界にアピールするショーケース」と位置づけているホンダやBMW、メルセデス、トヨタといった主な自動車メーカーたち。彼らは今のF1がコスト削減を必要としていることは認めながらも「F1ハイレベルな技術的な競争の場」であるべきだと主張。当初は唯一、FIA寄りの姿勢を見せるフェラーリ(フィアット)を除く全5メーカーが結成したGPMAという団体を通じて、FIAのエンジン開発凍結案に徹底抗戦する構えを見せていたのだが、「それではどうやってエンジン開発の維持とコストカットの妥協点を見つけるのか?」という部分になると、それぞれの立場の違いからなかなか合意に至らない状況に陥ってしまった。
しかも、そうこうするうちにルノーが態度を一変させ、FIAのエンジン凍結案受け入れを主張するなど、当初一枚岩に見えたメーカー間の足並みが乱れ始める。「コストカッター」として知られるカルロス・ゴーン氏のルノーCEO就任は当然のことならがら同社のF1活動にも影響を与え始め、どうやらルノーが今後もF1参戦を継続する条件として大幅なコスト削減が求められたようなのだ。ちなみに現在の規定ではエンジンのレギュレーションを途中で変更するために「全チームの合意」が必要だということになっており、フェラーリ、ルノーはもちろん、自動車メーカーの直接的な支援を受けていない独立系のチームも含めた「包括的な合意」がなければモノゴトは前に進まない。
あくまでも完全凍結を主張するFIAとエンジン開発の部分的な継続を主張するメーカー、更には全11チーム間の複雑な駆け引きが数カ月間も続き、マラネロ案、モナコ案…など、いくつかの妥協案が議論される中「6月中」を期限に設定していたFIAは一方的に議論の打ち切りとエンジン凍結案の採用を宣言したが、これを何とか阻止したいGPMA側はアメリカGPの決勝レースが行われた日曜日の午前中、エンジン規定変更を来年からと1年間前倒しにし、その代わり部分的な開発の余地を残した通称「インディアナポリスオプション」と呼ばれる新たな案で全チームの基本的な合意を得ることに成功。これにより長かった議論にもようやく幕が下ろされるかと思われたのだが……。
その2週間後、フランスGPのパドックを訪れると、話はまたゴチャゴチャになっていた。GPMA主導の「インディアナポリス案」を何とかつぶしたいFIAのモズレー会長はレッドブルやMF1、更には08年から参戦予定のプロドライブを炊きつけ「部分的にもエンジン開発が維持されるなら、コスワースのような規模の小さい、非メーカー系エンジン会社の参戦が難しくなるため、こうしたエンジン会社の開発費を自動車メーカーが分担して援助するべきだ!」という新たな主張を展開。この新たな問題を巡って、一旦はまとまりかけた自動車メーカーやチーム間の足並みが再び大きく乱れることになる。
喧々諤々の議論の末、フランスGPの日曜朝にはGPMA名で「全ての自動車メーカーと9チーム(MF1とプロドライブ以外)は自動車メーカー側が4年間で4000万ドルのエンジン開発費を独立系エンジン会社(つまりコスワース)に支払うことで合意した」と発表。しかもその直後の今度はFIA側がリリースを発表し「GPMA側からこのエンジン開発費の補助額に関して年間1900万ドルに引き上げる」という提案があったことを明らかにする。さらに、その数十分後、今度はルノーが文書を通じて「GPMAの案についてルノーは一切合意していない」とこれまた異例の発表を行ったものだから、現場は大混乱! もはや誰の言葉を信じていいのやら、ともかくグチャグチャな状態なのだ。
F1の未来はどうあるべきなのか? 際限のない参戦コストの増大が行き着く先に重大な危機が待っているというのはこの場にいる全員の誰もが感じていることであり、そうである以上、何か有効な手立てを打たなければならないのは当然だ。だが、その現実的な手段を具体的に議論しようとすると、プレーヤーの誰もが本来の目的とは別にそれぞれのエゴを丸出しにしながら、この危機を利用して自らの立場をより有利なものにしようとし、状況は前に進まなくなる…。これって地球温暖化を議論する京都会議とか、国際的な紛争処理の時にもよく見られる構造だ。でもなぁ、F1は曲がりなりにも「スポーツ」だということになっているんだから、もう少しヘルシーな議論ができないものだろうか? とつくづく思う。ここ数カ月、いや数年、パドックで繰り広げられる手練手管や政治的なやり取りは傍目に余りにも醜くて、見ているものを心底、ゲンナリとさせるのだ。
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