2006年06月14日
ホンダ、トヨタ、スーパーアグリの日本勢が散々な結果に終わったイギリスGPの直後に、今度はサッカー日本代表の悲惨な敗戦を見て陰うつとした気分になり、柄にもなく「愛国心」などというたいそうなテーマについて、ふと考え込んでしまった。
その前に一応、イギリスGPについて簡単に振り返っておこう。シーズン開幕前の威勢のいい雰囲気はどこへやら、このところどうにも冴えないホンダとトヨタだが、今回は両チームとも予選から大きくつまづき、トヨタのヤルノ・トゥルーリは第1セッション開始早々にエンジンブローを起こして予選ノータイムで最下位。イングランド国旗バージョンの特製ヘルメットを用意して地元のレースに臨んだホンダのエース、ジェンソン・バトンも1回目のアタックでまったくタイムが出せず、2回目のアタックは「運悪く」ランダムに行われる車検の重量計測でピットに呼び戻されて時間切れ、予選22台中19位という「不本意」なポジションからレースを強いられることになる。ちなみにこれ、決して「不運」では片付けられない「失敗」だ。たった15分しかない予選第1セッションでは、いつ、どこで事故が起きて「赤旗」が出るか分からない訳で、そうしたリスクを見越して、まずは早い段階で確実に第2セッションに進めるタイムを出しておく必要がある。車検の重量計測だって「イジワルで狙い撃ちされた」と考えたくなるかも知れないが、たまたま計測に呼び戻される可能性はゼロではないわけで、1回だけ、タイムアタックのチャンスを逸したとしても、それで22台中(しかもそのうち2台はとてつもなく遅いスーパーアグリ!)19位になる理由なんてどこにもないはずだ。
しかも、日曜日の決勝レースではそのバトンのマシンがオイル漏れを起こしてしまい、わずか9周でストップ! トヨタのラルフ・シューマッハーはスタート直後のアクシデントでゼロ周リタイア! 予選6番手と「まずまずの好位置」につけていたホンダのバリチェロは、ズルズルと順位を下げてポイント圏外の10位、最後尾からスタートしたトゥルーリも周回遅れの11位が精一杯…。ちなみに「日本期待」のスーパーアグリは今回、佐藤琢磨とフランク・モンタニーのふたりが「2台そろって完走」となり、これが日本勢で唯一の「明るい話題」となったわけだが、その実態は「2台そろってトップから3周遅れの完走」であり、当面のライバルと言われているミッドランドF1のアルバースからですら2周遅れ、同じくモンテイロから1周遅れという結果が物語るのは、スーパーアグリの「桁はずれの遅さ」以外の何ものでもない。
そんな状況の中で戦っている琢磨やモンタニーは本当に辛いだろうし、彼らの表情が冴えないのはむしろ当然のことだろう。今のチームにとって「2台完走」という結果が望みうる最高のものであることは分かっているし、皮肉な言い方をすれば、このレースの完走率5割だったホンダ、トヨタに比べれば「マシ」とも言えるが(イギリスGPのリタイアはたった4台)この結果に本気で喜んでいる人がいるとはとても思えない。実際のところ、レースを重ねるごとに「厳しい現実」を突きつけられているのが、今のスーパーアグリなのだ。
もちろん、僕にだって「愛国心」はある。もしかしたら人一倍それは強いかもしれない。だからこそ、これまでもF1での日本系チームや日本人ドライバーの戦いを追い続けてきたし、今もこうして大きな失望感にかられているんだと思う。だが、ワールドカップ緒戦の最悪な試合内容を見て、誰もが心底ガッカリしているにも関わらず、「頑張れニッポン」や「まだ1戦だけですから」を連呼し続けるテレビの前にいて、どうしようもなく空しい気持ちになってきた、もしかして自分もF1で彼らと同じようなことをしてないかと、なんだかとても恥ずかしくなってきたのである。
もちろん、これでもF1ジャーナリストの端くれとして、モノゴトをできるだけ冷静に理解しようと努力してきたという自負はあるし、トヨタやホンダ、スーパーアグリの抱える問題点も可能な限り、読者に伝えようとしてきたつもりだ。だが、自分自身が「日本勢の活躍」を期待するがゆえに、状況を敢えてポジティブな方向で理解しようとしたり、悪い部分に目をつぶって「無理やり盛り上げようとした」部分が本当に無かったか? と問われれば、残念ながら否定できない。そうした意味で、自分が「大本営発表」の一翼を担っていたかもしれないという考えが、僕の気持ちを沈ませる。
一般的にテレビも雑誌も新聞も、あらゆるメディアは商売としてイベントへの興味が「盛り上がる」ことを期待しているし、その点では誰もが運命共同体であるがゆえ、実際にはハッキリと見えている問題点にも目をつぶりがちだ。しかし、現実を直視せずに「がんばれニッポン」と日の丸を振り続けることが、果たして本当の「愛国心」なのか? 本当にこの国を愛しているのなら、むしろその問題点を厳しく指摘し続けることが必要なのではないか? ホンダもトヨタもスーパーアグリも、ここまで「ダメ」なのはそこにハッキリとした理由があるからであり、日本代表があんな負け方をするのも「ピッチに魔物が住んでいる」からとか「まさかの悲劇」ではなくて、誰もが指摘していた大きな問題点が放置され続けてきたからに他ならない。それを「運」や他人のせいにして「頑張れニッポン」を叫び続けても、そこに待っているのは、次の失望だけだ。
少々大げさに聞こえるかもしれないけれど、無批判でむやみに「頑張れニッポン」という「愛国心」が結果としてこの国にどんなに大きな「不幸」をもたらすのか、僕たち日本人は戦争でイヤというほど思い知ったはずではなかったか? 。本当の「愛国心」は自分の国を愛するがゆえ、この国のダメな部分をハッキリと直視でき、権力や周囲を恐れずにそれを指摘する勇気であって、政治家に押し付けられたり、学校で通信簿で評価されたり、メディアに、あおられたりするモノじゃないのである。
※ニュースの日記を書く方法はこちらで紹介しています。
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