2006年06月01日
<F1:モナコGP決勝>◇28日◇モンテカルロ市街地コース(1周3・340キロ×78周)
ミハエル・シューマッハーという偉大なチャンピオンの不幸は、彼がどんなに勝利を重ね、全ての記録を塗り替えて見せても、決して「愛されるチャンピオン」にはなれないということだろう。50年以上に及ぶF1の歴史の中で孤高の地位を獲得した今でも、彼にこびり付いた「ヒール」(悪役)としてのイメージは決して消えることがなく、何か「コト」が起きれば、それが一気に噴出することになる。だが、彼がもっと不幸なのは、そうしたヒールとしてのイメージを振り払おうと彼が必死に戦い続け、更なる「勝利」へのこだわりを求めるあまり、かえって「愛される存在」から遠ざかってしまうことだ。
モナコGP公式予選で「事件」は起きた。予選終了直前、その時点で既にトップタイムをマークしていたシューマッハーが最後のタイムアタックを慣行するが、第2セクターで僅かにタイムロス、その後方からはライバルであるルノーのアロンソが第1、第2セクターで共にベストタイムを更新しながら迫ってきていた。ところが、最終コーナー手前の低速コーナー「ラスカス」進入でシューマッハーがブレーキングに失敗して直進、幸い、アウト側のウォールに突っ込む「僅か手前」でマシンと止めたものの、結果的にコースを塞ぐ形になってしまった。
もちろん、壁にぶつかりはしなかったのでマシンにダメージはなく、そのまま再スタートも可能なように見えたのだが、シューマッハーのフェラーリはそのまま動こうとせず、やがてエンジンが停止。当然、アロンソを初めとして最後のアタックに賭けていた他のドライバーの周回はコース上に止まってしまったフェラーリのせいで台無しになってしまう。その瞬間、プレスルームのそこかしこから「ああ、やりやがった!」の声が挙がった。テレビモニターの画面にも「怒りをあらわにするルノーのチーム代表、フラビオ・ブリアトーレの姿が映し出される。そう、このとき多くの人がこう考えたのだ「シューマッハーはわざとコースを塞ぎ、アロンソのタイムアタックを邪魔したのだ」と、その時点で確たる証拠があったワケではないが、誰もが反射的にそう考えたのである……。
予選後のパドックは「騒然」とした雰囲気になった。あれは「故意」か「偶然」なのか? 大勢はやはり「故意」と見るものだった。記者会見では彼を厳しく非難する調子の質問が次々と繰り出され、それを否定するシューマッハーの表情はみるみるとこわばってゆく、他のドライバーの多くも、またジャッキー・スチュワートやニキ・ラウダ、ケケ・ロズベルグといった元世界チャンピオンやベテランのジャーナリストの間でもシューマッハーの行為が「故意」であるという見方が大勢を占めていた。セッション終了後、一向に発表されない公式予選結果……。競技委員の真偽は実に7時間半に及び、その日の夜11時前、シューマッハーに対して「予選結果取り消し」という重いペナルティーが決まった。
競技委員の判断はこうだ。「チームから提出されたデータを見る限り、問題のラスカスコーナーでシューマッハーは明らかに不自然で極端なブレーキングを行っており、故意にマシンを止めようとする以外にそうしたブレーキングを行う理由が見当たらない、つまり、シューマッハーはわざとブレーキをロックさせてコーナーを直進、コースを塞ぐ形でマシンを止めて後続のドライバーのタイムアタックを妨害したと見なされる」。現行のレギュレーションでは予選で故意に他のドライバーのアタックを妨害した場合、競技委員は任意に当該ドライバーのラップタイムを削除して良いことになっており、チームはこの裁定について抗議することはできないと定められている。こうして、シューマッハーの予選タイムは全面的に取り消され、最後尾からのスタートが決定。違反行為が公式に認定されたチャンピオンへの非難がいっそう高まったことは言うまでもない。
果たして、シューマッハーの行為は本当に「故意」だったのか? 彼自身やチームは今でもそれを強く否定しているし、実際のところ真相は彼以外の誰にも分からない。前述したブレーキングのデータも客観的な証拠として違反行為を断じるにはいささか貧弱だし、シューマッハーにしたところで、後方から追突されるリスクを犯してまでポールポジションにこだわる必要があったのか? 故意にライバルを妨害して、このように非難される可能性を考えなかったのか……という疑問は依然として残っている。多くの関係者が確たる根拠もなく「アレはわざとだ!」と断言したのと同様、シューマッハーの「過去」やそれに伴う彼の「ヒール」としてのイメージが今回の裁定に大きな影響を与えている可能性は決して否定できないと思う。かく言う筆者もまたあれは「故意」であったと感じているひとりだ。具体的な根拠もなく「彼ならやりかねない」と思っているだけなのに……。
ここ数年「偉大なチャンピオン」として余裕のある振る舞いを心がけていた感のあるシューマッハーだが、彼の本質はやはり泥臭いまでの勝利へのこだわり、他に類を見ないハングリーさにあると言っていいと思う。勝つために、チャンピオンになるためには「手段を選ばない」というシューマッハーの姿をこれまで我々は何度も目にしてきた。自分とタイトル争いを演じていたデイモン・ヒルを94年のアレデイドでコースから弾き飛ばし、97年のヘレスでビルヌーブに同様の行為を行おうとして全ポイント剥奪処分を受けたこともあった。ナンバー2ドライバーのアーバインやバリチェロを道具のように使い、極端なチームオーダーで彼らの優勝を「献上」させたシーンではフェラーリチームと共に非難の矢面に立つことになったが、それでも彼らは勝利へのこだわりを優先し続けてきたのだ。
繰り返しになるが、今回の一件が本当に「故意」であったとは断言できないと思う。ただ、シューマッハーやフェラーリの歩んできた道を見れば、誰も彼らを弁護しないという今回の状況を生んだ責任は彼ら自身にあるし、それはある意味仕方のないコトでないかとも思う。むしろ本当に「故意」にコースを塞いだのだとするのならば、その悪質さ、危険さは重大で、予選ラップタイム取り消しなどというペナルティではなく数戦の「出場停止処分」が適当で、今回の裁定は甘すぎるという言い方すらできるかもしれない。ただでさえ、「フェラーリには甘い」という批判が絶えないFIAだ、同じことをホンダのバトンがやっていたら裁定がもっと厳しいものになっていた可能性は否定できないだろう。
ただし、仮に僕はこの一件が「故意」だったとしても、シューマッハーを厳しく非難したり「F1の権威が汚された」とかキレイ事を並べるつもりは毛頭ない。シューマッハーの「悪役」キャラは別に今に始まったことではないし、そういう「エゲツナサ」すら内包した強烈なハングリーさがシューマッハーの強さの本質であり、だからこそココまでのし上がって来れたのだと考えているからだ。むしろ、一時は引退すら考えていたに違いないシューマッハーがそこまで「本気」になっているということが、正直言うと嬉しかったりするのである。どんなに人格者ぶってみても、シューマッハーは戦い、相手を粉砕することに快感を覚える天性の肉食獣であり、勝利を前にするとその貪欲さを隠せない「悪魔性」こそが彼の力の根源だと思っている。ここ数戦で見せたアロンソとの対決でその本性をむき出しにした彼が、最後の青い炎をメラメラと燃やしているのである。
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