挑戦!鈴鹿8耐

2009年07月26日

児玉&津田組7位!ヨシムラV:

 第32回鈴鹿8時間耐久ロードレースは7月26日(日)決勝が行われ、児玉勇太/津田一磨組の「ウイダーD.D.BOYS with A-STYLE」は7位で完走しました。



 酒井大作/徳留和樹/青木宣篤組の「ヨシムラスズキwithJOMO」が2年ぶり4度目の優勝を果たしました。ポールポジションから好発進した秋吉耕佑/伊藤真一/手島雄介組の「F.C.C. TSR Honda」は、秋吉選手が2周目のS字コーナーで転倒したことで最後尾まで落ち込みましたが、マシン修復後に鬼神の追い上げを見せて9位でフィニッシュしました。

     ☆     ☆     ☆

 若手ペアながら事前テストにてマシンのセットアップを着々と進めてきた児玉&津田の両選手。このレースウイークから、トップチームが使用するタイヤが支給されることになりました。しかし、タイヤの特性をうまく引き出すことが難しく、23日(木)のスポーツ走行、24日(金)の2回の計時予選は、新たなセットアップや乗り方をつかむことに時間を費やしてしまいました。目標としていたトップ10トライアル進出に向けたタイムアタックには至らず、児玉選手が2分11秒763、津田選手が2分12秒892のベストタイムで予選15位となりました。

 予選結果は芳しくなかったものの、走行ごとにセットアップは確実に進み、その後の夜間走行では10番手、25日(土)のフリー走行ではウェットコンディションの中、10番手をキープしました。

 26日(日)朝のウオームアップは9番手で終了。ウェット路面においても手応えのあるセッティングを見つけ、決勝レースへ好感触を得ました。





 決勝スタート前。コース上から東の空を見ると快晴。しかし、西の空は雨雲が立ち込めていました。



 11時30分、決勝レースの火蓋が切って落とされました。スタートライダーは第1ライダーの児玉選手。しかし、マシンの失火で大きく出遅れました。1周目の順位は25位。

 序盤から上位チームに波乱が起きました。ポールポジションから首位を快走していたF.C.C. TSR Hondaの秋吉選手が、2周目でまさかの転倒。ピットに戻ってヘルメットを脱いだその表情は、悔しさに満ちていました。



 児玉選手はその後、19位、15位、14位、10位と徐々にポジションを上げ、1回目の通常ピットイン時には、8位で第2ライダーの津田選手へバトンタッチしました。

 津田選手も8~10位の順位をキープし、順調に2回目の通常ピットインを迎えました。



 13時過ぎには心配されていた雨が降り始めました。



 ドライとウェットの路面コンディションが混在する中、児玉選手がスリックタイヤで堅実に走り切り、7位にポジションを上げました。

 3回目の通常ピットイン時には雨も激しくなり、津田選手はレインタイヤでコースインしました。


 他チームより早いタイミングで雨タイヤに履き替えた津田選手は、さらに順位を上げる好機でしたが、雨が激しすぎたためセーフティーカーがコースイン。レース再開後は、乾きつつある路面状態の中をレインタイヤで粘り、7位をキープしました。

 津田選手が予定周回より多くレインタイヤで粘ったおかげで、児玉選手はスリックタイヤで挑める状況でコースインしました。



 ウェットパッチが残る中、児玉選手は2分14秒台までタイムを回復させ7位をキープしながら周回を重ねます。しかし、コースインして12ラップ目のヘアピン手前110Rコーナーで、リアタイヤに他車が接触、リアタイヤが大きく裂けてしまいました。児玉選手はメインストレート通過時にリアタイヤを指差し、2ラップ後に緊急ピットイン。メカニックもあらゆる事態を想定し準備を整えていたので、すぐにタイヤを交換。順位を1つ落とし8位にはなりましたが、最低限のロスでコースに復帰しました。

 一度は止んだ雨がまた降り始め、大雨になってきました。児玉選手も再度ピットイン。タイヤをレインへ替え、ライダーを津田選手へと代えました。

 その後、雨はますます激しくなり、セーフティーカーがコースインしました。一旦は再開したものの、転倒者が続出して再度セーフティーカーがコースイン。津田選手はこの走行で3度のセーフティーカー導入を経験することになりました。



 そして18時34分、最後の通常ピットインを迎えました。雨は小降りになったものの、コースはウェットコンディション。児玉選手はレインタイヤでコースインし、チェッカーを目指します。



 しかし、同一周回にゼッケン73番TEAM PLUS ONE & TSRの岩田選手がいて、背後からは転倒から怒とうの追い上げを見せるゼッケン1番F.C.C. TSR Hondaの伊藤選手が迫ってきます。岩田選手との間隔はすでになく、8時間の終盤に来て抜きつ抜かれつの7位争いを夜間のウェットコンディションで繰り広げました。息詰まる熱戦は、最終ラップまで続きました。そしてチェッカーフラッグが待つ最後のシケインで児玉選手が仕掛け、見事岩田選手をパス! 0.2秒差で児玉選手が7位争いを制し、8時間のドラマはこの上なく劇的な結末で幕を閉じたのでした。



     ☆     ☆     ☆

 昨年までは、どことなく不安げな感じが抜けなかった児玉選手ですが、今年は表情も立ち居振る舞いも堂々としていて、第1ライダーにふさわしい風格を身につけていました。昨年からコツコツとマシンづくりを進め、今年大きな実りを得た児玉選手は「ウイダーD.D.BOYSのライダーとして3年目の8耐となり、結果を残すために自分が何をしなければならないか、自分なりに考えた上で鈴鹿に入りました。レースウイークでは、決勝で結果を残すことを最優先に考えセッションをこなしました。決勝レースではスタートで大きく遅れて焦りましたが、自分の中で気持ちを落ち着かせ、コンスタントにラップを重ねるよう乗り方も対応しました。最終ラップのバトルは同年代の意地もあり、絶対に負けたくありませんでした。今年の8耐は本当に総合力が問われるレースでした。最高のコンディションで送り出してもらったウイダートレーニングラボのスタッフのみなさん、A-STYLEさん、チームスタッフの皆のバックアップで結果を得ることができました。感謝しています」と、充実した09年の大舞台を振り返った。

 世界を覆う不況の暗雲は、モータースポーツ界にも暗い影を落としています。様々なカテゴリーでワークスの撤退やエントラントの減少が相次いでいます。D.D.BOYSにおいても、活動予算が大幅に減り、テスト機会が少なくなったり、全日本ロードレース選手権の参戦もスポットになったりと、マシンセットアップやライダーの習熟に必要な走行機会が十分に得られませんでした。

 こうした状況下では、やはり経験豊富なベテランライダーが有利となります。しかし、そうした「定説」を覆したヤングコンビのウイダーD.D.BOYS with A-STYLE。津田選手は大会前の街頭イベントで、ベテラン強しの現況に風穴を開けたいと語っていました。

 その津田選手はレースを振り返り「今年の8耐は、まず監督、チームスタッフのみなさん、ウイダーのみなさん、A-STYLEさん、各社のみなさんに感謝したいです。ありがとうございました。レースでは、天候が変わるコース状況に、慌てることなく冷静に的確な判断でコースに送り出してもらって本当に素晴らしいチームワークでした。7位という結果に終わって、表彰台には届かず悔しいですが、この気持ちをバネに来年の8耐に向け頑張りたいと思います。体の面でも、ウイダートレーニングラボから最高のトレーナーさん、栄養士さんに対応いただいて、最後まで良いコンディションのまま集中して走ることができました。雨の中、最後まで応援してくださったみなさん本当にありがとうございました」と、若手コンビを支えたチーム力に感謝し、さらなる飛躍を誓っていました。

July 26, 2009 11:25 PM

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://blog.nikkansports.com/mt/mt-tb.cgi/23186


コメント

コメントしてください



保存しますか?

(書式を変更するような一部のHTMLタグを使うことができます)