2008年03月21日
V5で消えた現役の未練:ハンマー投げ~アジアの鉄人 室伏重信
【ハンマー投げ~アジアの鉄人 室伏重信(5)】
86年正月。40歳になっていた鉄人の「最後の挑戦」が始まった。84年8月のロサンゼルス五輪を区切りに一線を退いていたが、日本陸連の要請で再びハンマーを握った。「言われて困ったが、断れなかった」。目標は同9月のソウルアジア大会。5連覇がかかっていた。
March 21, 2008 12:00 AM
2008年03月20日
「引退」で伸ばした記録:ハンマー投げ~アジアの鉄人 室伏重信
【ハンマー投げ~アジアの鉄人 室伏重信(4)】
40歳で現役生活にピリオドを打つまでの間に、重信は2度「引退と復帰」を繰り返した。ともすればそのまま現役を退き、のちに「鉄人」と呼ばれることもなかったかもしれない。だが偶然か必然か、2度とも重信はフィールドに舞い戻った。
March 20, 2008 12:00 AM
2008年03月19日
ケガ、テロ克服 世界8位:ハンマー投げ~アジアの鉄人 室伏重信
【ハンマー投げ~アジアの鉄人 室伏重信(3)】
「室伏さんっ、危ない!」。72年2月、母校の日大で練習をしていた重信の耳に叫び声が飛び込んできた。次の瞬間、右のでん部に強烈な衝撃を受け、体重90キロの体は4~5メートル吹っ飛ばされた。直撃したのは後輩の投げた重さ7キロを超えるハンマーだった。自力で立ち上がることすらできず、救急車で病院へ運ばれた。
March 19, 2008 12:00 AM
2008年03月18日
科学が救った引退危機:ハンマー投げ~アジアの鉄人 室伏重信
【ハンマー投げ~アジアの鉄人 室伏重信(2)】
のちに40歳まで第一人者で輝きを放った重信だが、22歳の1968年(昭43)に早くも最初の引退危機を迎えていた。
すべては順調のはずだった。東京五輪が行われた64年、インターハイ2連覇の実績を引っ提げて日大へ入学した。当時の日大はOBで日本記録保持者だった菅原武男ら、日本屈指の選手が練習するハンマー投げのメッカ。偉大な先輩を手本に、重信は順調に成長。大学3年の66年春には64メートルまで記録を伸ばし、世界のトップ50に仲間入り。「世界というものが近づいてきた」。68年のメキシコ五輪出場も現実味を帯びてきていた。
March 18, 2008 12:00 AM
2008年03月17日
角界入り心に決めていた:ハンマー投げ~アジアの鉄人 室伏重信
【ハンマー投げ~アジアの鉄人 室伏重信(1)】
来月には62歳を迎える「アジアの鉄人」室伏重信は、観客席で報道陣に囲まれていた。2日まで行われていた陸上の大阪世界選手権。8月27日の男子ハンマー投げ決勝で6位に終わった息子をねぎらっていた。「広治は、現状ではよくやったと思う」。
March 17, 2008 12:00 AM
