2008年01月18日
指導者とボクシング馬鹿:世紀の一戦 薬師寺VS辰吉
【世紀の一戦 薬師寺VS辰吉(10)】
死闘を制した薬師寺保栄は「辰吉を倒した男」として脚光を浴びた。翌95年4月にクアテモク・ゴメス(メキシコ)を下して4度目の防衛に成功。ウエイン・マッカラー(アイルランド)とのV5戦は、辰吉丈一郎戦と同じく興行権を入札で争った。95年7月に名古屋で開催された試合は1-2の判定で惜敗し、王座を失った。モチベーションの低下が主な原因だった。
January 18, 2008 12:00 AM
2008年01月17日
和解の抱擁 耳元でゴメン:世紀の一戦 薬師寺VS辰吉
【世紀の一戦 薬師寺VS辰吉(9)】
名古屋レインボーホール(現日本ガイシホール)に登場した「2人の世界王者」を、9800人の大歓声が包んだ。青コーナーで暫定王者の辰吉丈一郎が、リングアナウンサーにコールされる間。その間に正規王者の薬師寺保栄は相棒のトレーナーのマック・クリハラ・がささやいた。
January 17, 2008 12:00 AM
2008年01月16日
当時珍しかった挑発合戦:世紀の一戦 薬師寺VS辰吉
【世紀の一戦 薬師寺VS辰吉(8)】
薬師寺保栄は2度目の防衛戦となった前王者・辺丁一(韓国)との再戦に5度のダウンを奪って圧勝した。暫定王者・辰吉丈一郎との王座統一戦が決まると、両者の間で舌戦が始まった。直接の対面は試合3日前の予備検診までお預けとなったが、マスコミを通じての激しいやりとりはエスカレートしていった。
January 16, 2008 12:00 AM
2008年01月15日
クリハラ式トレで進化:世紀の一戦 薬師寺VS辰吉
【世紀の一戦 薬師寺VS辰吉(7)】
最良のパートナーとの出会いが、薬師寺保栄の眠っていた才能を進化させた。日本王座を手にし、世界を視野に入れた薬師寺は専属トレーナーを探した。選んだのが米ロサンゼルス在住の日系2世、マック・クリハラだった。のちに世界2階級制覇を果たす戸高秀樹をはじめ、今では日本人も多数指導することになるが、当時はまだ彼のことを知る人は多くなかった。松田ジム会長の松田鉱二が国際的マッチメーカーのジョー小泉氏から存在を聞き、2人はロスに飛んだ。
January 15, 2008 12:00 AM
2008年01月14日
人生変えた「番狂わせ」:世紀の一戦 薬師寺VS辰吉
【世紀の一戦 薬師寺VS辰吉(6)】
薬師寺保栄VS辰吉丈一郎。この「世紀の一戦」は興行権争いで折り合いがつかず、94年9月1日にメキシコ市のWBC本部での入札に持ち込まれた。参加したのは薬師寺側がジム会長の松田鉱二と中部日本放送(CBC)関係者。辰吉陣営は世界的プロモーターでもある帝拳ジム会長の本田明彦、大阪帝拳マネジャーの吉井寛(現会長)だった。ここで1つの「サプライズ」が発生する。
January 14, 2008 12:00 AM
2008年01月11日
シ烈興行権争い!入札へ:世紀の一戦 薬師寺VS辰吉
【世紀の一戦 薬師寺VS辰吉(5)】
ボクシングも他の競技と同じように、地元で戦うことの優位性は大きい。慣れた土地であることはもちろん、採点にも微妙な影響を及ぼすと考えるからだ。だから世界タイトルを狙える有望選手を抱える各ジムは、海外の世界王者に挑戦する際、ファイトマネーに大金を積んでまで日本に呼ぼうと躍起になる。
January 11, 2008 12:08 AM
2008年01月10日
特例復帰「負けたら引退」:世紀の一戦 薬師寺VS辰吉
【世紀の一戦 薬師寺VS辰吉(4)】
薬師寺保栄が日本バンタム王座を獲得したのは、対戦相手の死亡事故から1年が過ぎた91年6月30日だった。尾崎恵一(オサム)を9回TKOで撃破。先輩の畑中清詞がWBC世界スーパーバンダム級王座を失ってから、わずか16日後のことだった。
January 10, 2008 12:06 AM
2008年01月09日
愚行、悲劇…引退も考えた:世紀の一戦 薬師寺VS辰吉
【世紀の一戦 薬師寺VS辰吉(3)】
プロ3戦目から連敗するなど、4試合を終えて2勝2敗。デビューから1年がたった薬師寺保栄の戦績は、いたって平凡でしかない。原因は明白だった。
January 9, 2008 12:04 AM
2008年01月08日
エリートとチキンハート:世紀の一戦 薬師寺VS辰吉
【世紀の一戦 薬師寺VS辰吉(2)】
薬師寺保栄と辰吉丈一郎の決戦。戦前の予想は、圧倒的に「辰吉有利」だった。大阪・読売テレビのスポーツ部ディレクターとして辰吉の密着取材を続けていた萩原大(現プロデューサー)は、当時をこう振り返る。
January 8, 2008 12:03 AM
2008年01月07日
忘れられぬ初スパーの拳:世紀の一戦 薬師寺VS辰吉
【世紀の一戦 薬師寺VS辰吉(1)】
2人の王者が数奇な運命に導かれ、同じリングにたどり着いた。1994年(平6)12月4日、名古屋市総合体育館レインボーホール。現在は日本ガイシホールという名称になっている会場は、超満員の9800人観衆で埋まった。聞こえるのは叫び、歓声、拍手…。すべてが混ざった異様な雰囲気。まもなく、日本人同士による初めてのボクシング世界王座統一戦が行われようとしていた。
January 7, 2008 12:00 AM
