大河連載「伝説」

2008年03月28日

そして弱者は美酒に酔った:プレーオフ元年 南海-阪急の1973年

【プレーオフ元年 南海-阪急の1973年(5)】

 「ノムやんと反目? 若い頃から杉やん(杉浦忠=故人)と3人で毎晩飲み歩いた仲やで。南海の3悪人と呼ばれたもんや。反目なんてことはない」。広瀬叔功氏(71)は一笑に付す。俊足、好打。南海黄金時代の担い手は、今ならイチロー級の選手だったろう。野村監督は昔、よくこう口にした。「オレは野球の天才を2人しか知らない。長嶋(茂雄)と広瀬や。何も考えないでも、あの2人は打ちよった。オレには真似できない」。いささか屈折した賛辞だった。

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March 28, 2008 12:00 AM

2008年03月27日

5戦目9回…山田が泣いた2発:プレーオフ元年 南海-阪急の1973年

【プレーオフ元年 南海-阪急の1973年(4)】

 西本幸雄監督率いる阪急のチームワークに微妙なヒビが入っていたのに引き換え、南海が野村克也兼任監督を中心に一丸になっていた…というわけでもなかった。

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March 27, 2008 12:00 AM

2008年03月26日

無敵阪急に微妙なヒビ…:プレーオフ元年 南海-阪急の1973年

【プレーオフ元年 南海-阪急の1973年(3)】

 阪急ブレーブスは歴戦の勇者たちだった。日本シリーズではV9巨人をあと1歩まで追い詰めながら、なぜか勝てない。だがパ・リーグでは向かうところ敵なし。67年から3連覇、1年挟んで71、72年とまた連覇。63年に就任した西本幸雄監督(87)に鍛え抜かれた選手たちは自信に満ち溢れていた。

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March 26, 2008 12:00 AM

2008年03月25日

負ける度に「死んだふり」:プレーオフ元年 南海-阪急の1973年

【プレーオフ元年 南海-阪急の1973年(2)】

 開幕からトップスピードで走った。2シーズン制なら5月にいきなり天王山がやって来る。大阪球場で行われた南海-ロッテ3連戦は3日間で10万人を超える観客を集めた。

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March 25, 2008 12:00 AM

2008年03月24日

酔客の難くせが始まりだった:プレーオフ元年 南海-阪急の1973年

【プレーオフ元年 南海-阪急の1973年(1)】

 07年はセ・パともにプレーオフが開催された。松坂、井川ら日本球界の大黒柱がポスティング・システムによって大リーグへ去った07年は、球界に「弱者の時代」の訪れを明確に告げる。にもかかわらず新設された「クライマックス」は、決して皮肉なネーミングではなかろう。弱者が強者を倒すこともあり得るプレーオフは、これから先、日本球界が生き延びる道を暗示しているのかもしれないのだ。今から34年前、1973年、瀕死のパ・リーグは2シーズン制を導入してプレーオフを実施した。勝ち残ったのは黄金時代の阪急ブレーブスではなく弱者・南海ホークスだった。

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March 24, 2008 12:00 AM