Hangin' Around The NBA Wit Kaoru

2005年07月13日

スター・ポン吉

プレーヤーを取材をするときの方法は、それはもう、その記者それぞれだ。ペンとノートを持って、恐ろしい速さでミミズのような文字を書きなぐっていく人、テレコやMDや、はたまた我が友人のようにi-podなどの最新機器を使い録音する人、かと思いきや、何も使わずそっくり頭にインプットできる記憶力自慢は、腕を組み、目を閉じ、集中して聞き入るだけだったりするし・・・。私の場合は、時と場合によってはメモを取る時もあるが、たいていは音質の良いMDで録音しておく。これが、なかなか面白いのだ。声やしゃべり方には、本当にその人の性格が出るから、聞いているといろいろなことが発見できる。

kaoru0713.jpg録音したものを聞き返すとき、「ぷっ。」といつも、微笑ましい気持ちになって吹き出してしまうのが、我がNYニックスのスタープレーヤー、ステフォン・マーブリー(写真)。キリッとした眉の不敵な面構え(「ねえ、眉毛、揃えてる・・・よね?」っていつか聞いてみたいと10年間思っているが、恐くていまだ実現していない)、NY魂あふれるタフなアティテュードとは正反対の、鼻にかかった、甘えん坊バレバレのしゃべり方。チームメートのだれもが、「現ニックスで一番ママっ子なのは、ステフ」と認めるくらいの、甘えっ子なのである。

そんなステフの、真田の勝手なカジュアル・ジャパニーズ・ニックネームは、

<ポン吉>

以下、ポン吉でよろしく。だってほんとに、そんな感じなんだから。彼に日本語が分かるなら、このニュアンスを教えてあげたいくらいだ。

ニックスというのは、さすが伝統の大都市チームなだけあって、Bling Blingな華やかさを誇るLAレーカーズに対し、こちらは洗練されたプロフェッショナル・スタイリッシュ・チームであらん、とする方針。プレーヤーたちの出勤!? は、基本的にバリッとキマったスーツでなければならないし、メディアへの受け答えも、プロフェッショナルらしく冷静で上品でなければならないし、ロッカールームもきちんと整とんされているはず、なのである。

ところがそんな中、ポン吉だけは、スーツは着てくるものの、なで肩なのでいつも七五三風、メディアへの対応も機嫌が悪ければその通りムス、としているし、ひどいときにはわがままを言い出すし(プレーオフ中に記者会見場に行かなければならなかったとき、ゲームに負けて不機嫌だった彼は、呼びに来たPRに、「いやだ! 俺は、行かない! 今日はここで、しゃべる!」とわれわれの目の前でゴネたこともあった。私がひそかに<シンジ>と呼ぶ谷村新司似の熟練アメリカ人記者に、「もう、おめえには、しゃべんねえぞぅ!!」と、大ゲンカをふっかけていたこともあった、etcetc)。そしてガニ股のポンちゃんのパンツだけはいつも、そのまま脱いだ通りに、ガニ股の形通りに、でやっ!! というカンジで豪快に、吊るされているのだった。

しかし、そんなポン吉は、日本ではまだあまりメジャーでないらしいが、真田も含めNYの人々、特に野郎どもの間では、絶大な人気を誇るのだ。

NYはブルックリンの果て、コニーアイランドで技を磨き、その名をNY中にとどろかせ、NBA入り。そして今も、プレースタイル、スピリット、面構え!? アティテュード、すべてがあまりにも<NYらしい>男、ポン吉。ニューヨーカーは、このNYという大都市生まれであること、独特のスピリットについて、とてつもない誇りを持っている。

ソフト(軟弱)なヤツはダメ! 売られたケンカを買えないような弱虫はダメ! ときにはイヤなやつとも思えるくらいの強い態度とはったりと負けん気、それがなければ、この厳しいびっぐ・あぽーではサバイブできないのだ! と思っているニューヨーカーには、ポン吉こそ、NY魂を具現するボーラー。れぺぜん・NY! っちゅうことで、もう大変な、ヒーローなのである。

そんなポン吉は、コニーアイランドのプロジェクト(低所得者用住宅)に生まれた。裕福ではなかったが、シングル・マザーの家庭が多い中、ポン吉たちにはパパがちゃんと同居していたし、3人のお兄ちゃん、双子のお姉ちゃんに囲まれて、愛情豊かに育てられたようだ。このすぐ上のお姉ちゃんの1人はステファニーというが、彼女は弟に自分の名前にちなんだネームを与える権利と引き換えに、彼の面倒を見ること、と言いつけられた。それで、ポン吉は主にこのお姉ちゃんに世話されて育った。ママ、そしてこのお姉ちゃん、ポン吉の甘えん坊さんはこうして助長!? されていった。

3人のお兄ちゃん、エリック、ドニー、ノーマンは、いずれもバスケットボール・エリートだった。しかし、誰一人NBA入りすることはかなわなかった。そこで兄弟は、1番下の弟に期待をかけた。それぞれの得意なことを伝授しようと、やっきになった。ポン吉は、2歳のときにドリブルを始めていたという。ポン吉一家の住んでいたプロジェクトの人々は今も、当時を振り返って言う。「ステフォンのつくドリブルの音がうるさくってね(笑)。だってあの子は、朝から始めて本当に深夜まで、ずーっとバスケットボールの練習をしているんだもの。注意したかったけれど、そんなに懸命なあの子を見てるとつい、応援してやらなきゃ、って気持ちになってね」。

ポン吉は、14階建てのビルを駆け上がり、駆け下り、足腰を鍛えた。そのうち、近所のプレーグラウンド、その名も<The Garden>、遠いマンハッタンにあるあこがれのマジソン・スクエア・ガーデンにちなんでそう呼ばれたコートで、いつかニックスでプレーすることを夢見、プレーに励むことになった。

13歳までには既に、彼の噂は広まっていた。ハイスクールのキャンプに参加することも許された。エリックから授けられた、<NYボーラー>には必須のタフネスとはったり、ドニーのシューティング・スキル、ノーマンのボールハンドリング、すべてを見につけたポン吉は向かうところ敵なしで、末っ子で甘やかされて育ったところに周囲からちやほやされることも加わり、かなり増長していた。相手チームのコーチに向かっても、平気で暴言を吐いた。「ヘイ、俺をガードできるヤツを、よこせよ!!」。

高校を選ぶ時点ですっかり注目の的だったポン吉は、リンカーン・ハイスクールに進む。彼が入学して1年目、リンカーン・ハイは、ほとんどの相手チームをブロウアウトで破った。鼻は、さらに高くなっていく。既にNYの伝説的PGであった。

しかしこの年の終わり、ポン吉を目覚めさせる、大きな出来事があったのだ。<Harper’s Magazine>という有名雑誌上で、

「横柄でマナーが悪く、しかもナルシスト。このままでは彼は、自滅の恐れがあるだろう」

と、こてんぱんに批判される。そしてこのライター、Darcy Freyがのちに<The Last Shot>を書いてもう1度批判したとき、ポン吉は決意した。180度、変わってみせる。謙虚にならねば、そして勉強もして、バスケットボールのことをもっと長い目で見つめなければ、と。

このことは、ポン吉を大きく成長させたわけだが、しかしジョージア工科大に入学してからも、<NY的プレースタイル>を変えるのは、そう簡単ではなかった。「もっとパスを出すように」とコーチからもさんざん言われたが、彼は構わず自分でスコアリングを狙い、そして多くの場合成功した。3人の兄たちも「それが実は、NBA入りできるための秘訣だ」と助言したためもあったという。

<スターブリー>は、こうしてティンバーウルブスに入り、KG(ケビン・ガーネット)とチームメートになった。そして、ご存知のとおり、ネッツ、サンズを経て、念願のニックス入りを果たし、今に至る。

初めてニックスのユニホームに袖を通したとき、彼の目は潤んでいた。

「この青と、オレンジが、着たかった」

もう本当にうれしそうで、こんなにここでのプレーを望んでいた人を、どうしてもっと早く獲得できなかったものかと、仕事仲間同士で話したのを覚えている。コニーアイランドの<The Garden>時代から夢見続けていたニックス入りは、実に20年経って、実現した。

ニックスはさえない成績を続けていて、ちまたではポン吉のせいだとも言われている。ポン吉が出たチームはその後、成績が良くなるので真価に疑問も出てもいる。今季は、

「俺ぁ、リーグNo.1のPGだ」

発言をして、ほんとーうかい!? とさんざん笑われ、たたかれた。NYメディアって、ほんとに厳しいしイジワルだ。でも、アイザイア(・トーマス)がいいこと言っていたっけ。「ここはNY。そして、彼が所属するのはNBA。ここでは、自分こそがNo.1だと思うくらいの自信と負けん気がなければ、やっていけないよ。真実がそうかそうでないか、ということは、関係ないと思う。彼がそれを口にして、何が悪いんだい?」と。私は思わず、さっすがアイザイア、全くその通り! と大きくうなずいたものだ。少しでも、ポン吉らが育ってきたような、厳しいNYの環境、そして、タフなB-Ballストリート・シーンを知ってる者にとっては、そんなはったりが必須であること、分かってるんだい! 実力が全然ない者だって、「俺さまが一番だ」くらいのセリフは平気で口にする。ポン吉が言って、何が悪いのだ!? と、私も言いたかった。

夏の間のポン吉の過ごし方は、
1.ラッカーパークのEBCで、ラッパーのFat Joeチームでプレーすること
2.そのFat Joeや、仲良しのFabolousなどのミュージック・ビデオに出演すること(どれもこれも、アスリートらしい大根ぶりで、愛らしい)
3.大好きなキッズのためのイベントを主催すること、の3つがメーンだ。

ニックスのメンバーが、ポン吉について口を揃えて言う。「ロッカールームでも移動の飛行機でも、いつも1番騒がしいのは、ステフ。イタズラ好きで、彼がいると明るくなる」。そんなポン吉は、キッズと精神年齢が合うのか!? 非常に子供好き。キッズのためのキャンプを開いたり、キッズを自宅に集めてパーティしてあげたり。そういえば今季行ったニックスのイベントでは、騒ぐのをやめないキッズに向かってポン吉が説教を始め、またそれが堂に入っているので、おかしかった。

「俺が子供のとき、やっぱりNBAプレーヤーのキャンプに参加した。すごく楽しかった。感動した。こんなに楽しくうれしいことが、世の中にあるのか、って、思った。俺みたいな、あまり裕福でない家の子供にとって、そんな機会は本当に夢のように思えたものだよ。そのときから俺は、思ってた。いつかNBA入りを果たすことができたら、自分も絶対に、俺と同じような境遇の子供たちにそれを返してやるんだ、って」。

この夏のキャンプでは、1人の子供の母親が、目に涙を溜めていたそうだ。「うちの子は、周りの同年齢の子供たちに比べて体がとても大きいことで、いつもからかわれていたの。そのせいで、とても内気でシャイで、自分に自信のない子だった。キャンプに参加しても、最初のうちは、ミスター・マーブリーに近づいてもいけないで、隅っこでもじもじしていた。でも、ミスター・マーブリーはそんなうちの子を見つけて、向こうから来てくれたの。そしてうちの子に話しかけ、ボールを使って彼の周りを動き回って遊んでくれ、うちの子がリラックスしてなじめるように、とても気を使ってくれた。そのときからうちの子、変わったの。明るく、自信が持てる子に。とても感謝しています」。

ポン吉はこれに対し、こう答えている。

「誰か1人の子の人生を、ちょっとでもいい方向に変えることができたのなら、それでもう大成功なんだ。キッズにとっては、そういうことが本当に大きな転機になり得るし、自分がそのヘルプになれたなんて、大きな感動なんだ」。

人は見かけによる、場合もあるが、よらない場合もある。ポン吉は、コワモテとは正反対の、愛情深い、お茶目な、甘えん坊さん。

「あなたはずっと、NYスタイルのPGだと思う?」と以前、ポン吉に聞いたことがある。「うん。だって俺、それしか知らねーもん」と。

ポン吉は今でも<俺さまスターブリー>に変わりはないが、しかしプレーについては、ニックスに来てから相当努力していると思う。セルフィッシュなプレーが減っているのは、アシスト数を見てもらうだけでも分かる。あとは、ここぞ! というときに、つい自分でスコアリングを狙ってしまうクセ!? をなんとかできればいいけど、それが<NYボーラー>の使命だからなぁ…サポートキャストを充実させる方が、早道であると思う。ニックスはまだコーチを探しているが、ポン吉がこのような<猛獣>である以上、ラリー(・ブラウン)さんが来てくれるのが一番なんだがなぁ・・・しかし、無理そうだし・・・なんだか最近、ポン吉をフィリー(76ers)にやってしまうといううわさまで飛び、アイザイアが思いっきりそれを否定していたが、私個人としては、そりゃーないぜ、べいべー、という感じ。ポン吉はNYでプレーせねばならないし、彼でなくてだれがNYニックスにふさわしいのだ、と思う。それに、MSGの廊下で後ろから私を「うりゃー!!」と驚かす人がいなくなると、とても寂しいよ。

写真は、04年アテネ五輪から(AP=共同)

July 13, 2005 11:31 AM

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コメント

 いつもかおるちゃんならではの視点で見るNBAや選手のコラムを微笑ましく見てるよ。このコラムで登場した選手達は愛らしくて好きにならざるをえないよ。これからも頑張っちねー(^^)

投稿者 こーちん : 2005年07月13日 17:42

Kaoruさん、はじめまして!毎週、それはもう楽しみに読ませていただいています。
実は私もNY在住なので、今回の記事はとっても嬉しかった!
ポン吉(この名前には大受け。でも納得)には、ぜひ眉毛の謎を聞いてきて欲しいです!私もずーっと気になっているので・・・(笑)
そして、Kaoruさんは私が「この選手の事がもっと知りたいなー・・・」と思っている人をズバリ書いてくれるので、毎回驚きです!心の中を読まれているような気さえしちゃいます。
今までに、MSGの前とかで、何回もすれ違っているかもしれませんね。来シーズンのチケット発売日には、毎年恒例(?)会社休んで並びますので、怪しい日本人女がいたら私だと思ってください。
これからも楽しみにしています。頑張ってください!

投稿者 Noriko : 2005年07月14日 03:58

NBAでいろいろ検索していたら、おもしろくて、一気にBacknumberまで、読んでしまいました。「HOOP」は愛読してますが、なかなか伝わってこない選手の人柄が、かおるさん(ちゃん?)の愛情と思い入れたっぷりで、楽しく拝見しました。
これからも、毎週チェックしますね。

ところで、このコーナーには、かおるさんは登場しないのですか?

投稿者 BEN : 2005年07月14日 16:20

やっぱNYの1番はマーブリーしかいないです。ポートランドのセバスチャンとの従兄弟マッチアップは燃えましたね。

投稿者 what's up?? : 2005年07月14日 19:12

Kaoruさん、はじめまして。いつも素敵なコラムをありがとうございます。
NBAと言えば華やかなプレーが印象的ですが、それとは裏腹ににじみ出るようなNBA選手の人としての生々しさが自分は大好きです。
プレーももちろん好きですが、同じ人間として共感できる部分を持ってる選手がNBAにはたくさんいるような気がします。身近な感じがするんですね、、。
飾らないことの潔さとカッコよさを凄く感じたりすることがあります。かなり稼いでいるはずなのに、、彼らは(笑)
やはり、選手達の持つバックボーンの影響があるからでしょうか。
NBAの派手なプレーはこんなに人間味のある連中から生まれるというところに注目すると、されるようになるとNBAをもっと楽しく見れるようになりますよね。NBA大好き人間としては、そうなってほしいと願ってます。
これからも、『人としてのNBA選手』にスポットをあてたコラムを楽しみにしてます。頑張ってください!!

追伸:今回のマブ(ポン吉!?)のコラムも最高でした。少し泣けてしまいました(苦笑)

投稿者 ペニー : 2005年07月14日 22:02

 ポン吉・・・。因みにワタシは「づてぽん」と呼んでおります。夏のNYC、Rucker辺りを流してると絶対いますよね、この子。それが何ともフツーな「起きぬけ」のカッコ(ワタシが目撃した時は白のランニングシャツに黄色いショートパンツをぶかぶかはいてそこからタオルぶら下げてました)なんかしてたりして。
 余談ですがステファンにはザックという弟がいます。WOGは「ザックん」と呼んでおりましたが、大学はロードアイランドで、その後はどこでプレイしているのか、でも夏のNike Pro Cityのチームのどっかには必ずいる、みたいな子です。頭の後ろのカーブがステファンとそっくりなので、是非見比べて見てくださいませ。

投稿者 WOG : 2005年07月16日 21:50

お久しぶりです。いやあやっぱり薫さんのコラムは読者を魅了しますね。特に眉毛、昔はゼブラみたいにしてましたね???シマウマみたいにシマシマ模様に。・・・最近ステフの事に関したはあんまりいい話題を聞きません。チームも改革中なので仕方ない部分もありますが、世間ではプレーが自己中心的だとか言われている、彼を知っている限りではかなりの苦労人であるとか。ニュウヨークでもかなり貧しい地域に生まれた彼は家族の期待を一身に受けてコニーアイランドでスキルを磨いていたらしいです。そこで生き抜いていくにはかなりの傲慢さがないと勝ち抜いてはいけなかったって考えたら比較的彼を評価してない人でも考えが変わると思うんですが(・<>・)

投稿者 ちび : 2005年07月18日 00:07

はじめまして。L・Brown解雇による傷心を癒そうと彷徨っていて、こちらに辿りつきました。1ヶ月前のバックナンバーから拝読し、このエントリーに行き着きまして・・・
もうステフが『ポン吉』にしか見えません。イメージがピッタリ(^^)どこから読んでも読者心をワシヅカミするコラムに、すっかり薫さんのファンになりました。そして同じ?日本人のはずなのに、ニューヨーカーの魂を持つ薫さんを羨ましく感じつつ・・・。
私はNY出身のプレイヤーというとM・JacksonやS・Perkins、C・Mullinなどが好きでずっと見てきました。もうNBAのコートで見られなくなって久しいですが、みな味のある良い選手でした。ポン吉にも大先輩のような味のある人間に育ってほしいです(もう充分?)。
薫さん、ますます暑さ厳しくなるNYでしょうけれど、お身体お大事になさってください。またお邪魔します(^^)

投稿者 saki : 2005年07月23日 00:21

いつも楽しく拝見してます。
で、ラリーブラウンが再びニックスのヘッドコーチに!
アレンも「タコス20個食って練習出来なかった」悪童から変わった
ように、マーブリーも「オレがオレが」節がおさまるかなぁ。
何年か前の、オールスターゲームでのアレンとマーブリーの活躍は
今でも目に焼きついてます。
古豪ニックス復活なるか?!

投稿者 ぶぅ : 2005年07月28日 09:16