2006年05月23日

シンシナティ留学:その4

ロブ・ロウ主演の「栄光のエンブレム(原題:Youngblood)」というホッケーを主題にした映画がある。

この映画では、北米ホッケーにおける「ルーキーイニシエーション」が描かれている場面が出てくる。ロブ・ロウが演じるジュニア選手が、ルーキーとして新しいチームに合流する。そこで、ルーキーに対する洗礼として、彼は先輩たちに取り押さえられて全裸にされ、剃毛されてしまうというのが、問題のシーンである。

近年、北米ジュニアホッケー界においてこうした「ルーキーイニシエーション」は忌むべき行為として取り上げられ、現在はかなりの収束を見せてはいる。その代わりに、プロのレベルでは「ルーキーディナー」という習慣が根付いている。往々にしてチーム内では低年俸のルーキー選手たちが、高級レストランで先輩選手たちをもてなすというこの習慣には、賛否両論分かれるところではあるが、イジメ同然の「ルーキーイニシエーション」と比べれば、ルーキーたちを取り巻く状況は以前よりはずっと改善されているといっていい。

また北米スポーツにおいては、「プラクティカルジョーク」と呼ばれるイタズラもつきものだ。ホッケーの世界においては、そのイタズラの標的となる選手のスケート靴の中にシェービングクリームをたんまり塗りたくったり、誕生日の選手の顔にパイをぶつけたり、というのは、これまたよくある話ではある。こちらの場合は、「ルーキーイニシエーション」とは異なり、チームメート同士の親愛の情を示すバロメータでもあると言える。

ただし、時に「ルーキーイニシエーション」と「プラクティカルジョーク」においての線引きが微妙な場合もありうる。福藤豊がECHLシンシナティ・サイクロンズに合流して間もない頃、彼の防具一式がシャワールームで水浸しにされるという一件があった。自分の防具をびしょ濡れにされて呆然とする豊を見て、チームメートたちからは笑いが起こる。チームメートたちがこれによって豊に親愛の情を示したのか、はたまた日本から来たルーキーに対するイジメだったのか? いずれにしても、当時の豊にとっては「プラクティカルジョーク」「ルーキーイニシエーション」なる習慣すら、知る由もなかった。こうした生活を続けるうちにストレスを溜め込んだせいか、漆黒の豊の髪には、いつしか白髪が目立つようにもなっていたという。

シンシナティを訪れた際に、豊のシンシナティ時代のルームメートであり、チームのベテランDFウエス・ブレヴィンズにも話を聞く機会があった。ウエスは、日本から来たルームメートに対し「熱烈歓迎」というわけじゃないが、過保護にならない程度にうまくやっているという、素振りを見せていた。

「ユタカは、徐々にこちらの暮らしに馴染んできているよ。英語も文章で話せるようになってきたし、チームメートたちも彼の存在を喜んでる。最初にこちらに着いた頃はシャイだったし、ホームシックだったかも知れないが今はかなりうまく溶け込んできてきている」
「彼はよく『イエス』を連発するんだ。ただ、内容はきっと理解してないんだろうな・・と思うことがある。そんな時はゆっくり話して説明するようにしてる。でも辞書を片手に毎晩英語勉強してる。スラングはまだ知らないようだけど、僕たちが教えてやってるんだ。でも、なんとかウチのアパートではうまくコミュニケーションが図れてるよ」
「僕の料理も喜んで食べてるしね。日本料理、中国料理の店にも連れていってるし。ここでの生活を気に入ってくれてると思うよ。料理は僕が毎日担当しているんだ。買い出しにでかけて費用は折半し、僕が作る。彼の料理はイマイチなんだ。でも掃除はユタカがよくやってくれてるね」

ただしいくら現地で気のいいルームメートに恵まれたとはいえ、シンシナティでは車もなければ国際免許もない。チームがロード遠征した際、豊はチームの選手たちが住まいとするアパートで、ひとり留守番という生活を送っていた。自転車で行ける距離に陸上でのトレーニング施設はあったが、スケートリンクは離れた場所にあったため、チームが遠征してしまうと氷に乗ることすらできなかった。

試合出場はおろか、練習もままならぬ状況。しかしながら、当時のサイクロンズのヘッドコーチ、マルコム・キャメロンの言葉の中には、豊にとって一筋の光もあった。

「ユタカには、年明け以降に試合出場の可能性が出てくる。それには、まずは体力をアップする必要があるし、あと2ヶ月はこっちのシューターに慣れる必要がある。そうすれば彼の自信にも繋がるはずだ」

サイクロンズ広報担当のグレッグは、2月にキールクッキが空軍での兵役義務のため、チームを一時抜けるという可能性を示唆していた。そうすればロースター枠に空きが出て、ユタカが正式に選手登録され、ベンチ入りに至るというわけだ。

さらにこのシーズン開幕前に、ヨーロッパツアーを成功させたサイクロンズでは、それに気を良くしたオーナー陣から、翌年のプレシーズンを日本で過ごそうかとの案も浮上していた。これが実現するのであれば、豊の存在価値は、ぐっとクローズアップされて来るはずだ。

練習終了後、着替えを済ませて出て来た豊は、そうした一連の情報に瞳を輝かせた。そういった詳細は、まだ一切聞かされていなかったのだ。

May 23, 2006 10:33 AM