2006年05月16日

シンシナティ留学:その3

以前にも少し触れたが、当時のECHLシンシナティ・サイクロンズのオーナー陣には、華々しいメンバーが揃っていた。

NHLの往年の名選手として鳴らし、引退後はホッケー殿堂入り。さらに日本人オーナーを誘致してNHLエクスパンションチームのタンパベイ・ライトニング設立に貢献したフィル・エスポジトと、その右腕的存在のデヴィッド・ルフィーバー。元ECHL会長のリック・アダムズ、元NYレンジャーズGMニール・スミス、ABCとESPNのキャスターを務めるジョン・サンダーズ。さらにはトム・クルーズ主演の映画「ザ・エージェント」でフットボール選手役を演じ、「Show me the money!」との台詞を流行らせた俳優キューバ・グッディングJrも、オーナー陣に名前を連ねていた。

福藤豊がシンシナティに留学した2002−03年シーズンからは、NHL提携先がサンノゼ・シャークスに代わったが、それまでは地理的にも遠くないカロライナ・ハリケーンズとも提携していた。そういった事情から、エリック・コール(現カロライナ)、ヤロスラフ・スヴォボダ(元カロライナ、現ダラス)、デヴィッド・タナベ(元カロライナ、現ボストン)といった、現在NHLで活躍する選手たちも、サイクロンズでプレーして巣立っていったという経緯がある。また、サイクロンズ創設2年目の1991−92年には、芋生ダスティ(現・王子製紙)も9試合プレーしたという記録が残っている。

このサイクロンズのヘッドコーチを務めることになったのが、マルコム・キャメロン(現ECHLロングビーチ・ヘッドコーチ)である。キャメロンは、ECHLを含めマイナーリーグでのキャリアを終えた後、カナダの大学やECHLよりも下部にあたる独立リーグでアシスタントコーチとして修行を積みながら、33歳でシンシナティでの仕事にありついていた。豊によれば、現役時代はFWとしてプレーしていたそうだ。

このキャメロンコーチに、練習後に話を聞いた。ECHLヘッドコーチ1年目とあって、はにかむ笑顔からは若さがはち切れている。そのキャメロンコーチは豊について聞かれると、まずはひと通りの社交辞令的コメントを発した。

「ユタカは素晴らしい若者です。運動神経も優れているし、非常に将来性があると思いますよ。彼にとって一番の課題は、北米スタイルのホッケーに慣れることですが、毎日の練習でどんどんうまくなっています。彼のその真摯な姿勢も評価しています」

「7月に彼がウチに合流すると聞いた時には、正直どうなるか予想がつかなかったのです。日本のホッケー事情もよく知りませんでしたからね。ただヨーロッパで実際に試合に出場させてみて、彼の潜在能力、運動能力が強く印象に残りました。あとはこちらの競争環境に慣れれば、きっと成功できるでしょう。チームメートたちが彼のことを気に入ったようですし、彼も楽しくやってますよ」

だが、キャメロンコーチの言葉尻には「ECHLのレベルは日本よりもずっと高いんだ」、との一言が常にぶらさがっていた。実際に日本のホッケーを全く目にしていないコーチに、日本のホッケーのレベルをさもありなんと語られるのは、正直気持ちのいいものではなかった。それに鈴木貴人がECHLシャーロットで出場した試合を見る限りでは、確かにサイズやタフさという面ではECHLに軍配が上がることは確かだが、スキルやスピードといった面では日本よりむしろ劣るのではないかというのが、筆者の印象であったのだ。それは、のちに2003−04年ヤング日本代表が北米遠征で、ECHLチームと練習試合を互角に戦ったことで証明されている。

ただ、キャメロンコーチの言葉の奥には「ホッケー後進国からきた若いゴーリーをあっさり試合に出場させるほど、ウチは舐められてない」との真意がはっきり込められていた。

「今季はまず練習環境で北米ホッケーにまず慣れることです。北米でならではの、多くのシュートの種類を浴びることが大切なんです」
「プレーでの課題としては、まずはパックハンドリングでしょうか。ECHLともなると、ゴーリーは第3のDFとしての役割ができるほど、、パックハンドリングがうまくないといけません。なのでゴールの外に出て、パックをハンドリングし、パスにつなげる技術を現在は練習させています。それから体力アップのためのトレーニング。上背はありますが、ゴールを塞ぐためにウエイトを付けることが必要です」

サイクロンズの練習中、シャークスのチームカラーに彩られたマスクとパッドを身に着けた大柄な空軍ゴーリー、マーク・キールクッキは、我がもの顔でゴールに居座っていた。太平洋の軽やかなアクアブルーをイメージしたというシャークスカラーのレガースやグラブは、黒、黄色、赤を基調とするサイクロンズのユニフォームにはあまりにもミスマッチであるどころか、浮ついた彼の態度をも反映しているように見えた。

サイクロンズはシャークスと提携チームとは言っても、実際にシャークス傘下選手はほんの一握り。それ以外の選手は、NHLとは縁もゆかりもない一介のマイナーリーガーである。週給400ドル、明日の保証もないそうした選手たちに対し、キールクッキのようなNHLチームと契約を交わした選手は、シーズン年俸制。同チーム内で「勝ち組」「負け組」の濃淡が明らかな環境でもあるのだ。

しかも、そのキールクッキのセービングスタイルだが、数分見ていれば素人目にもそれほどの敏捷性もスキルもないことが分かる。北米ホッケーの世界はなにかと「サイズ重視」であり、身長193cmのキールクッキがシャークスと契約に至ったことに何の不思議はない。

ただその空軍ゴーリーは、豊が「日本から来た」と知り、豊の面前で大爆笑して見せたという。当時、シンシナティで受けていた差別的発言や、チームメートからのイジメなどの具体的な内容について、豊はあまり自分から語ろうとしなかったのだが、この一件だけは口をついて出ていた。それだけ屈辱的な言葉だと、豊は受け止めていたのであろう。

それでも、チームの1番手ゴーリーとしての地位を確立していたグレッグ・ヒューイットとは、豊はいい関係を築きつつあるようだった。少なくとも彼にとってヒューイットは、自分が敬意を抱ける相手であったのだ。キールクッキと同年齢で、サイズこそ限られているが、確固としたスキルを有し、敏捷な動きを見せるヒューイット。ゴーリー同士だからお互い分かり合えるものもある。ヒューイットも、豊の素質とホッケーに対する姿勢を認めていた。全体練習終了後も、豊の課題であったゴール外のパックハンドリングの練習に付き合ってもいた。

「ユタカは性格がいいし、練習も真面目。毎日懸命に練習しているし、動きも素早い。高い潜在能力を持っているね。まだ彼の英語が十分ではないから、僕としては世話人として彼とできるだけ話をしたいんだ。彼が質問がある時には、いつも答えるようにしてるし、いい関係を保てていると思うよ」

そして時を隔てて2005−06年。ヒューイットはECHLロングビーチに所属、キャメロンコーチ指揮の下で依然活躍していた。一方、キールクッキのスタッツは、2002−03年ECHLシンシナティをもって、ぶっつり途絶えている。この世界で生き延びるためには、何が必要かを考えさせられる2人のキャリアでもある。

May 16, 2006 09:00 AM


コメント

その昔、フィルエスポジトが現役だった頃、カナダのモントリオールでホッケーをして育ちました。なので、今日本人がNHLを目指していることを大変うれしく思っております。ただ、日本ではあまり情報がなく、なかなか彼のがんばりを知ることができなかったのですが、このブログをみてびっくり!本場カナダでのプレーは大変だと思いますが、福藤選手にはゲームを楽しんでベストを尽くしてもらいたいと思います。

投稿者 bobbyorr : 2006年05月17日 21:46