2006年06月19日

福藤豊に一問一答

 やっとNHLではスタンレーカップチャンピオンが決定するという時期だが、多くのホッケー選手はすっかりオフモードの現在。福藤豊も日本に戻り、故郷釧路に帰省したりとオフを満喫していたが、すでに6月19日から氷上練習を始めるなど、来季に向けて始動している。
 スタンレーカップファイナルの日本でのライブ放送に、ゲストとして出演した豊に、今季「In the crease」の締めくくりとして、「一問一答」という形で質問を投げかけてみた。

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June 19, 2006 10:15 PM

2006年06月12日

シンシナティ留学:その7

イアン・クラークという師に出会ったことが、豊にとってはひとつの転機になった。また、自分の置かれた状況に腐らず、自分からチームの一員であることを積極的に訴えるような行動を始めたことで、他の選手たちが彼に対する認識を少しずつ変え始めていったのも、ちょうどこの頃だった。

近場のアウェイゲームには、マイナーリーグの場合はたいていバスで日帰り移動をする。それまでロードはもっぱら留守番だった豊であったが、この頃から試合出場予定はなくともチームバスに強行乗り込みする、という態度に出た。チームメートには積極的に自分から話しかけ、コミュニケーションを取るように努めた。チーム練習では相変わらず豊に与えられた練習時間は限られていたが、チームメート数人をつかまえて居残り練習をすることで、練習不足を補っていた。彼がそうして自分から働きかけることで、チームメートとの関係はみるみる改善されていった。

豊は当時、こう語っていた。

「自分なりに考えた結果、自分の居場所は自分で確保しなければいけないなと思ったんです。当たり前のことなんですが、その当たり前のことができていなかった。なぜか知らないうちに、僕が皆を避けてしまってたんですね」

シンシナティで、豊を含めサイクロンズのGK3人をクラークが指導したのは、たった2回である。だが、クラークから教えられた内容を、何度も復習していたのは豊だけであった。1番手GKヒューイットは、すでに自分のスタイルを築いていて、ある程度自信を持っていたため、アドバイスを受け入れて自分のスタイルまで変えようとはしなかった。控えの空軍出身GKキールクッキについては、クラークの指導に対して全く聞く耳をもっていなかったばかりか、テクニック不足かつ性格にも問題があり、チームメートたちからは嫌がられる存在となっていた。そんな状況も手伝って、黙々と練習に励む豊の姿を、チームメートたちは徐々に注目することになった。

「前は声もかけてくれなかった選手達が、『なぜお前が試合にでれないんだ? 』とか『俺はお前のプレーが一番好きだ』とか、声をかけてくれるようになったんですよ。小さいことですが、僕の中では大きな進歩。そしてとても励みになる言葉でした」

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June 12, 2006 09:54 PM | コメント (1)

2006年06月05日

シンシナティ留学:その6

日本にいれば、予定試合数は少ないかも知れないが、練習なら十分すぎるほどできる環境にある。食事だって、コクドの合宿所にいれば、栄養の整った食べ物で上げ膳据え膳だ。

シンシナティでこんな状況が続いていたら、彼のためにはならないのでは・・・とまで正直思えた。だが、彼は一度も「日本に戻りたい」とは、口にしなかった。納得いかない状況に多くの屈辱を受けたはずだが、自分にとって避けては通れない道と受け止め、乗り越えることに決めたのだ。

現状については耐え忍びながら、まずは自分ができることをコツコツと積み重ねようと、豊は努めた。

手始めに考えたのは、ビルドアップについてだった。以前は「身体が細くても、反射神経で補えるはず」と思っていた豊だったが、シンシナティでチームメートからのシュートを受けるにつれ、ビルドアップの必要性を肌で感じるようになって来たのだ。

日本ではうまく反射神経でさばくことができていたのが、パワーのあるチームメートが放ったシュートには、ちゃんと反応して身体に当てたとしても、そのままパックがゴールに収まってしまうこともしばしば。また、リストの強さからリリースの速いシュートを打たれて、それがスルリと脇を抜けることもちょくちょくあった。まず、豊はポジションの取り方など、他の方法を試すことで順応を図ったが、結局そうした失点を防ぐためには、身体をビルドアップすべきであるという結論に至った。とはいえ、焦って身体を作りすぎては、肝心の反射神経に支障が出る。とにかく焦らず、じっくり身体作りをしていかなければという必要性に目覚めたのがこの頃だったのだ。

練習時間が限られていることもあって、TVでのNHL放送はできるだけ観るようにも心掛けた。速いリリースからのローショットに対応するためのスタイルを、豊はちょうど模索中でもあった。当時、注目していたNHLゴーリーは、ジョセリン・ティボー(当時NHLシカゴ)。身体は大きくないが、低い構えからバタフライセーブを繰り出すタイプの選手である。

その後、豊はビザの切り替えのために、いったんアメリカ国外に出ることになった。ビザ申請に行かせるということは、サイクロンズが豊のことを戦力として認め始めたという現れでもある。豊にとっては、喜ぶべき出来事でもあった。

アメリカからほど近い国外というと、必然的にカナダになる。豊は元コクド監督でもあり、トロントのホテルで支配人を務める若林仁氏の元で、ビザ申請の間を世話になった。若林氏の勤務するホテルには、近所でも評判の高級日本料理店がある。久々の日本食ということもあって、豊はその料理店の電気ジャーにあったご飯をすっからかんに平らげて、若林氏を驚かせた。ホッケーの本場、カナダ・オンタリオ州生まれで、アメリカ・ミシガン大学でホッケーキャリアを積んだ日系2世の若林氏は、ホッケー選手についてもかなりの鑑識眼を持っているはず。また若手選手については、滅多に誉めることがない厳しい目を持つ若林氏でもあるのだが、豊については後日こう語っている。

「彼はなかなかいいじゃないですか? 若いのにしっかりしてるし、とにかくよく食べるのがいいね」

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June 5, 2006 10:00 PM

2006年05月30日

シンシナティ留学:その5

TV用のインタビューを収録後、昼食を取りながら話を聞くことにした。しかし、リンクの周囲は物寂しい雰囲気で、近くにレストランがあるのかどうかも分からない。いつもは豊と一緒に車でリンクまでやってくるルームメートのウエスも、先にリンクを後にしてしまったようで全く手がかりがない。とりあえず近くでレストランらしきものを探そうと歩き出すと、サイクロンズの2人の選手とはち合わせた。

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「おい、お前どこ行くんだ?」
「近くのレストランに」
「帰りのアパートまでの足はどうするんだよ?」
「大丈夫、タクシーに乗るから」
「タクシーって、こんなところにタクシーなんて来てくれないぞ」

チームメートであれば当たり前の他愛のない会話。そんなごく普通のコミュニケーションすら、チーム合流当初は成立していなかったという。これは、他の選手が彼に心を徐々に開きつつある証拠でもあった。英語の言葉を繰り出すのは苦しそうな豊ではあったが、相手の言う内容はかなり理解できるようにもなっていた。

なんとか近所にチャイニーズレストランを見つけ、帰りの足は、サイクロンズ広報のグレッグに依頼して確保することで、事なきを得た。そこで豊は、合流してから今までの自分の状況について語り出した。

「なんでお前はここにいるんだ? という目で、最初はみんなに見られていたんです。プレシーズンのヨーロッパ遠征で試合に出て、まずまずの仕事をして、それである程度周囲から認めてもらえると思ったんだけど、実はそうじゃなかった。
でも考えてみたら、当然ですよね。他のみんなはそれぞれにこっちで実績を積んだり、トライアウトに合格したりしてチームに残ったのに、僕だけそういうのもないまま、遅れてチームに合流したんですから」

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May 30, 2006 11:15 AM | コメント (2)

2006年05月23日

シンシナティ留学:その4

ロブ・ロウ主演の「栄光のエンブレム(原題:Youngblood)」というホッケーを主題にした映画がある。

この映画では、北米ホッケーにおける「ルーキーイニシエーション」が描かれている場面が出てくる。ロブ・ロウが演じるジュニア選手が、ルーキーとして新しいチームに合流する。そこで、ルーキーに対する洗礼として、彼は先輩たちに取り押さえられて全裸にされ、剃毛されてしまうというのが、問題のシーンである。

近年、北米ジュニアホッケー界においてこうした「ルーキーイニシエーション」は忌むべき行為として取り上げられ、現在はかなりの収束を見せてはいる。その代わりに、プロのレベルでは「ルーキーディナー」という習慣が根付いている。往々にしてチーム内では低年俸のルーキー選手たちが、高級レストランで先輩選手たちをもてなすというこの習慣には、賛否両論分かれるところではあるが、イジメ同然の「ルーキーイニシエーション」と比べれば、ルーキーたちを取り巻く状況は以前よりはずっと改善されているといっていい。

また北米スポーツにおいては、「プラクティカルジョーク」と呼ばれるイタズラもつきものだ。ホッケーの世界においては、そのイタズラの標的となる選手のスケート靴の中にシェービングクリームをたんまり塗りたくったり、誕生日の選手の顔にパイをぶつけたり、というのは、これまたよくある話ではある。こちらの場合は、「ルーキーイニシエーション」とは異なり、チームメート同士の親愛の情を示すバロメータでもあると言える。

ただし、時に「ルーキーイニシエーション」と「プラクティカルジョーク」においての線引きが微妙な場合もありうる。福藤豊がECHLシンシナティ・サイクロンズに合流して間もない頃、彼の防具一式がシャワールームで水浸しにされるという一件があった。自分の防具をびしょ濡れにされて呆然とする豊を見て、チームメートたちからは笑いが起こる。チームメートたちがこれによって豊に親愛の情を示したのか、はたまた日本から来たルーキーに対するイジメだったのか? いずれにしても、当時の豊にとっては「プラクティカルジョーク」「ルーキーイニシエーション」なる習慣すら、知る由もなかった。こうした生活を続けるうちにストレスを溜め込んだせいか、漆黒の豊の髪には、いつしか白髪が目立つようにもなっていたという。

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May 23, 2006 10:33 AM

2006年05月18日

帰国報告記者会見

 5月18日、都内ホテルで福藤豊の帰国報告会見が行われた。
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Q:先シーズンを振り返っていかがでしたか?

「ルーキーキャンプから始まって、自分自身調子は良かったんですが、NHLのキャンプで残れずに、AHLのキャンプに行くことに。そこでも調子はよかったんですが、ECHLからのスタートになりました。でもAHLからECHLに落とされる時に、モチベーションが下がったわけでもない。シーズン最初からいいプレーができていました。

 AHLでは2試合しか出場できなかったけど、納得できるプレーもできたし、次の年に繋がるプレーができたと思う。ケガが多く、調子がいいときにケガをしてしまったのが残念。波に乗れなかったが、自分のできる限りのプレーはしたつもりです。

 AHLの試合出場も果たしたし、今年これからすべきことははっきりしている。契約最後の年で勝負になるが、出来る限り一生懸命やりたい。今は身体をゆっくり休めて次のシーズンに備えたいです」

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May 18, 2006 09:37 PM | コメント (2)

2006年05月16日

シンシナティ留学:その3

以前にも少し触れたが、当時のECHLシンシナティ・サイクロンズのオーナー陣には、華々しいメンバーが揃っていた。

NHLの往年の名選手として鳴らし、引退後はホッケー殿堂入り。さらに日本人オーナーを誘致してNHLエクスパンションチームのタンパベイ・ライトニング設立に貢献したフィル・エスポジトと、その右腕的存在のデヴィッド・ルフィーバー。元ECHL会長のリック・アダムズ、元NYレンジャーズGMニール・スミス、ABCとESPNのキャスターを務めるジョン・サンダーズ。さらにはトム・クルーズ主演の映画「ザ・エージェント」でフットボール選手役を演じ、「Show me the money!」との台詞を流行らせた俳優キューバ・グッディングJrも、オーナー陣に名前を連ねていた。

福藤豊がシンシナティに留学した2002−03年シーズンからは、NHL提携先がサンノゼ・シャークスに代わったが、それまでは地理的にも遠くないカロライナ・ハリケーンズとも提携していた。そういった事情から、エリック・コール(現カロライナ)、ヤロスラフ・スヴォボダ(元カロライナ、現ダラス)、デヴィッド・タナベ(元カロライナ、現ボストン)といった、現在NHLで活躍する選手たちも、サイクロンズでプレーして巣立っていったという経緯がある。また、サイクロンズ創設2年目の1991−92年には、芋生ダスティ(現・王子製紙)も9試合プレーしたという記録が残っている。

このサイクロンズのヘッドコーチを務めることになったのが、マルコム・キャメロン(現ECHLロングビーチ・ヘッドコーチ)である。キャメロンは、ECHLを含めマイナーリーグでのキャリアを終えた後、カナダの大学やECHLよりも下部にあたる独立リーグでアシスタントコーチとして修行を積みながら、33歳でシンシナティでの仕事にありついていた。豊によれば、現役時代はFWとしてプレーしていたそうだ。

このキャメロンコーチに、練習後に話を聞いた。ECHLヘッドコーチ1年目とあって、はにかむ笑顔からは若さがはち切れている。そのキャメロンコーチは豊について聞かれると、まずはひと通りの社交辞令的コメントを発した。

「ユタカは素晴らしい若者です。運動神経も優れているし、非常に将来性があると思いますよ。彼にとって一番の課題は、北米スタイルのホッケーに慣れることですが、毎日の練習でどんどんうまくなっています。彼のその真摯な姿勢も評価しています」

「7月に彼がウチに合流すると聞いた時には、正直どうなるか予想がつかなかったのです。日本のホッケー事情もよく知りませんでしたからね。ただヨーロッパで実際に試合に出場させてみて、彼の潜在能力、運動能力が強く印象に残りました。あとはこちらの競争環境に慣れれば、きっと成功できるでしょう。チームメートたちが彼のことを気に入ったようですし、彼も楽しくやってますよ」

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May 16, 2006 09:00 AM | コメント (1)

Profile

 愛知県出身。早大卒業後、企業内通訳などを経てスポーツライターに転身。現在は主にアイスホッケーを取材。NHLは毎年、オールスター、スタンレー杯を中心に現地取材を重ねている。自称「ホッケーを食し、ホッケーを飲み、ホッケーを呼吸する女」。本人のブログはこちら