セルジオ越後 ちゃんとサッカーしなさい

プロフィル

 1945年(昭和20年)7月28日、ブラジル・サンパウロ市生まれ、日系2世。18歳でサンパウロの名門クラブ「コリンチャンス」とプロ契約。右ウイングとして活躍し、ブラジル代表候補にも選ばれる。1972年来日。藤和サッカー部(現:湘南ベルマーレ)ではゲームメーカーとして貢献。辛辣で辛口な内容とユニークな話しぶりにファンも多く、各地の講演活動も好評。

※関連ホームページ
(株)パスインターナショナル「セルジオ越後」ページ

2008年01月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

バックナンバー

エントリー

RSSフィード

Powered by
Movable Type 3.34


2007年08月23日

今までと同じ、セットプレーだけ

<国際親善試合・キリンチャレンジ杯:日本2-0カメルーン>◇22日◇九石ドーム

 勝ったことは評価したいが、真剣勝負ではないからな。カメルーンにしても、メンバーはそろえてきたが、暑さやコンディションを考えると、本当に勝つ意欲があったのか分からないよ。2点取ったが、あくまでも親善試合に勝ったというのにすぎない。W杯やコンフェデ杯で戦ったら、逆の結果になるだろう。1対1ではほとんど勝てなかったんだからな。コンフェデ杯に出られず、世界との真剣勝負がないのは大きな痛手というのをあらためて感じたんじゃないか。

 闘莉王が戻って、守りと攻めでは使えることが確認できたが、それ以外は、アジア杯とあまり変わっていない。最後の最後にセットプレーから新しいメンバーの山瀬のミドルシュートが決まった点はプラス材料になるが、次もゴールがあるかどうかは分からない。攻めに関しては、相変わらず決定的なチャンスをつくることはできなかった。セットプレーで得点はできたが、流れの中でのゴールがなかったのは残念だ。

 オシム監督にしてみれば、千葉の選手を外して勝ったことは、これまでの選手起用が間違っていたことを証明したことになるのかな?(日刊スポーツ評論家)

August 23, 2007 12:22 PM

2007年08月01日

オシム監督更迭せず…川淵会長責任逃れ

 アジア杯で3連覇できなかった日本代表の戦いぶりは、残念ながら情けなかった。パスをきれいに回して相手を崩すエレガントなサッカーを目指していたが、パスは回せても、相手が少なくても、得点できずに、勝てなかった。シュートは打たず、クロスの精度は悪く、行き詰まった状況を打開する工夫もなかった。選手もそうだが、監督もコーチも全くの無策だった。

 トルシエ監督もジーコ監督も、何だかんだ言われながらも、苦しみながらもアジア杯は勝った。コンフェデ杯に出て、日本の実力を確認できた。だが今回のオシム監督は、コンフェデ杯出場権獲得に失敗した。内容的にも失望を感じた人は多かったのではないか? 結果を出すのが代表監督として最も重要なはずだが、結果はゼロだった。「やり方は間違っていなかった。後は個人の問題」と話しているようだが、自分が選んだ選手の責任にしているようじゃ、最低の監督と言われても仕方ないだろう。

 サッカー協会はどうするのかな? 責任は誰が、どのように取るのか? 通常なら監督自ら辞任するか、協会が更迭に踏み切るのが常識的な見解だろうが、川淵さんはそこまでできるかな? それとも会長自ら責任を取るのか?

 オシム監督誕生時の負い目もあるのかもしれないが、首は切らずに、負けた分析も徹底的にやらずに、自らの責任逃れのためにオシム体制でW杯予選に突入するんだろうな。4位という結果を多方面からしっかり分析した上で、オシム監督でなければW杯予選を勝ち抜けない-と万人が納得できる根拠ある説明が必要だろう。

 コンフェデ杯には出られず、次回アジア杯のシード権も失い、オシム監督を更迭する絶好の機会だったが、それすらやらないワンマン会長は、選挙に負けても辞めずに「改革するのが自分の責任」と言っている、どこかの国のトップと同じ。ケジメの取り方を知らない人間にはなりたくないね。徹底的にウミを出して次に進んで行かない限り、何年たっても同じような結果しか生まれてこないだろう。五輪代表も負けたら日本サッカー界は、どん底に転がり落ちてしまう。(日刊スポーツ評論家)

August 1, 2007 12:21 PM