セルジオ越後 ちゃんとサッカーしなさい

プロフィル

 1945年(昭和20年)7月28日、ブラジル・サンパウロ市生まれ、日系2世。18歳でサンパウロの名門クラブ「コリンチャンス」とプロ契約。右ウイングとして活躍し、ブラジル代表候補にも選ばれる。1972年来日。藤和サッカー部(現:湘南ベルマーレ)ではゲームメーカーとして貢献。辛辣で辛口な内容とユニークな話しぶりにファンも多く、各地の講演活動も好評。

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2007年01月09日

質が毎年落ちている、日本の将来が心配だ

<高校サッカー:盛岡商2-1作陽>◇決勝◇8日◇東京・国立競技場

 両校ともに何回も優勝できるようなチームではないため、どうしても「勝ちたいけど、負けたくない」という気持ちが強かった。1点失ってから盛岡商が動いたが、PK失敗で作陽が逆に心の中で緩んだのかもしれない。行くしかない盛岡商が鮮やかに逆転に結び付けた。

 岩手勢が初の優勝で、全国的に分散化したという評価もあるが、本当にそうなのか? 一時の帝京、国見みたいな横綱チームがなくなっての戦国時代だ。低いレベルでの平均化では、高校サッカーとして盛り上がってもな。質的には確実に毎年落ちている。

 印象に残る、名前がすぐ出てくる選手はいなかった。Jリーグで即戦力になる選手が何人いるのか? 将来、世界に通用する選手に育つ素材はいたのか? 世界ではこの年代の選手でもトップレベルで活躍していることを、忘れてはいけない。Jリーグを押し上げ、日本代表の座を狙っていくには寂しい年代といえる。谷間がよけいに深くなっていくようで、2010年以降の日本サッカーが心配になってきたよ。(日刊スポーツ評論家)

January 9, 2007 11:20 AM

2007年01月03日

1点取りに行ったかどうかの差

<天皇杯:浦和1-0G大阪>◇決勝◇1日◇国立

 ゲーム状況を的確に読み、動いた監督の判断の差が出た。浦和のブッフバルト監督は、ケガの小野に代え長谷部、縦ヘ速い岡野でカウンター一発を狙う分かりやすい形を取った。G大阪の西野監督は、終始攻め続けていたためか、延長を意識したのか、メンバーを代えなかった。1点取らなければ勝てないのだから、攻めの選手を積極的に投入するべきだったな。その差が勝敗を分けた。

 浦和の勝利は積極的な攻めのチームづくりが実った。プロなんだから、経済力をバックに優秀な選手を集め、環境も整え、日本のチェルシーともいえるチームにした。次はアジア制覇を狙わなくてはダメだ。今後はリーグの中でそびえ立つような巨大なチームになってほしい。優勝をノルマにするチームになれば、他のチームも打倒浦和へ、目を覚ますはず。高いレベルでのリーグ改革が始まり、世界へ追い付くためのJリーグの厳しい争いが見たい。(日刊スポーツ評論家)

January 3, 2007 08:57 AM

2007年01月01日

有能指導者の後釜不足

<全国高校選手権>◇12月31日◇駒場ほか

 作陽と久留米の試合は、先制した作陽が選手層の厚さと積極的な選手交代で何とか逃げ切った。久留米は学校の統廃合で3年生だけのチーム。ケガ人も出場させなくてはいけない状況だったようで、最後には足が動かなかった。これで3年連続で東京代表が2チームともに1回戦敗退という結果。日本勢が出ない世界クラブ選手権のようで、地元勢が早々に姿を消してしまうのは寂しい限りだ。2チーム出せるのに勝てないのは、大都会の少子化の影響もあるんだろうが、一時代を築き上げた良い指導者が少なくなってきたのも事実だろう。

 小嶺監督が熱烈指導していたころの常勝・国見も負け、城監督が退いた四日市中央工も負け、古沼監督が指導していた名門・帝京は選手権にも出られない状況だ。一握りの熱心な指導者の後を継ぐ人材が、あまり見当たらないように思う。名門チームが消えて行くのは残念だ。人に集まる高校サッカー界の将来は、決して前途洋々とはいえない。今大会の目玉選手、次世代のスター候補伊藤翔のいる中京大中京も、伊藤翔自身もゴールも奪えずチームも勝ち上がれなかった。新たな年で熱い戦い、ヒーローの出現を待ちたい。 (日刊スポーツ評論家)

January 1, 2007 03:01 PM