2007年04月03日
久永が生まれた日のニュース:佐藤千晶
福岡MF久永と、ニッカンの共通点は?
答えは1977年、九州生まれ。久永には地元で活躍するJ選手として、4月1日付の西部日刊スポーツ創刊30周年特集紙面に登場してもらった。
インタビューの日、4枚の新聞コピーを雁の巣クラブハウスに持参した。久永の誕生日である77年12月23日付の1面、翌12月24日付の1面、96年1月9日付の2、3面。すべて九州、山口で発行した日刊スポーツ西部版だ。誕生日の新聞は、記念の複写を持っている人も多いだろう。新聞は前日の情報を掲載するもの。誕生日のニュースを読むため、翌日付の1面もコピーした。96年のコピーは、久永が鹿児島実3年で全国高校選手権初優勝を果たしたときの記事だ。
会社の資料棚から過去の新聞を取り出し、コピーしていて2度、驚いた。まず「鹿実、初V」という九州のビッグニュースが1面ではなかったこと。96年1月9日付の1面は、バレーボール界の内紛だった。2、3面でワイド展開した高校選手権決勝の紙面コピーを「懐かしいなあ」と読んでいた久永。もう一つの驚きを伝えると「えっ、そうなの?」と、記者と同じように、びっくりした。
久永の生まれた日、その翌日とも、日刊スポーツには1行もサッカーの記事が載っていなかったのだ。
77年12月23、24日付とも、1面は福岡が本拠地だったプロ野球ライオンズ。根本監督の新体制が主なニュースだった。2、3面も野球の記事で、4面にそのほかのスポーツという構成だ。時期的には、サッカー界が全く動いていないとは考えづらいが「サ」の字もなかった。
久永が産声を上げた日にはゼロ行だったサッカーの記事は、4月1日付では特集を含めれば4ページにも及んでいる。野球は倍の8ページ。30年後、九州のニッカンが還暦を迎えられれば、サッカーの記事量や紙面構成は、どう変わっているだろうか?
April 3, 2007 04:31 PM 投稿者:佐藤千晶
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