2007年07月24日

ファウルで記事がかけるスーパースターはいづこに?:村田義治

 高校野球の甲子園予選もいよいよ大詰め。体にムチを打って這いずり回った夏も、ゴールが見えてきました。福岡大会などが一斉に開幕した7日以降、休みが取れたのが台風がやってきた14日の1日だけ。今年も多くの感動のドラマに立ち会いました。

 そんな中、ちょっぴり気になっていることが1つ。00年から8年目を迎えた高校野球取材で今夏、異変に気がつきました。00年から毎年とじ込みを欠かさない高校野球のスクラップノートを、この時期によく見返します。当時の新聞の見出しには大きく「1試合2発」とか「2戦連発」とかの文字が躍ってますが、今年はそういった「事象」の見出しが例年に比べて少なかったような気がします。今、思い浮かべても本塁打を量産した選手として記憶に残っているのが、4戦4発をマークした福岡一の橋本駿介選手(3年)ぐらい。投手ではノーヒッターが何人も出て、紙面で「プロも注目」と歌った選手もいますが、やっぱり例年以上に寂しさを感じます。

 高校野球取材2年目の01年夏は、日南学園・寺原(現横浜)の取材に明け暮れました。東福岡・吉村(横浜)柳ケ浦・山口(横浜)福岡一・陽(日本ハム)ら、高校卒業後にプロの世界に飛び込んだ選手の場合、チームが勝った、負けたという視点でなく、その選手が打った、打ち取られた、投げた、打たれた、という視点だけでも原稿になります。現に、現マリナーズの城島が別府大付(現明豊)3年のとき、日刊スポーツは「130メートルファウル」という現象だけで、超高校球児の凄さを読者に伝えたこともあります。寺原が高校最速の157キロを出したときはもちろん1面。山口は初戦敗退だったのにもかかわらず、センバツ最速の151キロが原稿のテーマでした。

 今夏、取材先でプロのスカウトに話を聞いたとき、こんな言葉が返ってきました。「今の高校生が野球を始めたころは、Jリーグが華々しく開幕した時期なんだよ」。Jリーグ開幕は93年。今の高校3年生が4歳ころで、何かスポーツを始めさせようと親が考え始める小学校入学の頃は、W杯初出場を目指してサッカーが盛り上がっていた時期に重なるという。

 サッカーが人気になる前には、運動神経が一番いい子供たちが選ぶのは、文句なしに野球だったが、サッカーが盛り上がり、運動神経のいい子供たちがサッカーを選ぶようになったという。先のU-20W杯(カナダ)の一次予選を無敗で突破したU-20(20歳以下)代表の活躍や、それ以下のカテゴリーの強さにも関係がありそうな見解だ。

 だが、このまま運動能力の高い子供がサッカー界に流れ続けるとは限らない。カズ(現横浜FC)らサッカーのスターの次に現れたのは、イチロー(マリナーズ)松井(ヤンキース)。メジャーリーグという新たな夢を子供たちに与えてくれた。いつになっても、どの競技でも、子供たちは「スパースター」の存在に胸を躍らす。

 高校野球予選が終わると、高校総体の季節だ。そして夏の甲子園、国体をへて、国立を目指すサッカー、花園で戦うラグビー、都大路を走る駅伝ら高校生の晴れ舞台が続く。ハンカチ王子、ハニカミ王子に続く新ヒーローが、どの競技から生まれるのか、楽しみに待ちたい。

July 24, 2007 10:31 PM 投稿者:村田義治

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