2007年04月09日
ある鳥栖の元選手のスピリッツは今…:村田義治
懐かしい顔に出会った。7日、大阪・長居陸上競技場で行われたJ2のC大阪-鳥栖戦。04年シーズンを最後に鳥栖を退団した矢部次郎元選手と再会した。
00年シーズン途中に名古屋から移籍した矢部選手は、すぐにダブルボランチのレギュラーに定着。5年間で通算136試合に出場し、J2の下位に低迷していた鳥栖を支え続けた。05年にJFLのチームに所属した後、現役生活にピリオドを打っていた。
現在は、生まれ故郷の奈良に戻り、少年サッカーの指導を行っているという。「鳥栖の最後のころから、股関節を痛めてました。今も少年の指導ができますが、大人のサッカーはちょっと…」。それでも、子供たちへの指導を通じて、サッカーへの思いを再確認した。「できれば、県リーグでもいいんです。もう1度サッカーをやってみたい」。元Jリーガーというプライドはなく、1人のサッカー選手として、1日でも長くサッカーを楽しみたいという思いを募らせている毎日だ。
在籍していた当時の鳥栖は、経営難のまっただ中。チームも、とにかく弱かった。それでも、自らボランティアで積極的に小学校を訪問する姿勢と献身的なプレーで、サポーターの人気を集めた記憶に残る選手だった。
矢部元選手が観戦したこの日、鳥栖はC大阪に惨敗。守備のミスで失った開始30秒の先制点で完全に浮き足立った。松本GMは「柱になるリーダーがいないし、元気がない」と嘆き、長年、鳥栖の戦いを見守るフリーライターの1人も「勝てなかった時期も、矢部選手のようにチームを支えるリーダー的な選手が1人はいた」と振り返った。低迷期の苦境の中でいつも戦っていた矢部元選手のような頼りがいのある選手は見当たらなかった。
開幕で大きくつまづいた岸野鳥栖。1つの失敗をズルズル引きずってしまう選手のメンタル面の弱さが気になる。「すべては導けない私の責任」。岸野監督はそう語るが、選手1人1人の責任感はどこにいったのか。今よりも厳しいクラブ運営、練習環境にも負けずに戦ってきたOBが歴史をつないだからこそ、経営難を乗り切った鳥栖は今シーズンもJリーグを戦えている。大きく若返った鳥栖イレブンには、結果を恐れず、どんなときも100%の力でぶつかる姿勢を取り戻してほしい。
April 9, 2007 11:33 PM 投稿者:村田義治
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