2007年12月18日

天国へ旅立った人たちへ:前田泰子

 もう10年以上も取材活動をしているが、今年ほどたくさんの別れがあった1年はなかった。「死」が確実にあることを感じた1年だった。

 昨年のことになるが、昨年10月、レジャー取材でお世話になった、ばってん荒川さんが亡くなった。荒川さんには週1回、コラムのコーナーを持っていただき、私は担当として荒川さんの話をまとめた。お米ばあさんの顔とは違い、素顔は饒舌(じょうぜつ)とはほど遠かった。方言を交えてポツポツと語る姿には味があった。

 今年5月には高校野球取材でお世話になった沖縄水産の栽弘義前監督が亡くなった。栽さんには記者2年目で初めて沖縄を訪れたときからかわいがっていただいた。九州大会の前に必ず開かれる九州監督会に呼んでいただいたり、九州のスポーツ紙としては初めての女性記者だった私を、さまざまな形で引き立てくださったのだと思う。2月に沖縄に行ったとき、時間がなくてお会いできなかったのが悔やまれる。「またいらっしゃい」。最後に交わした言葉だ。

 11月には日刊スポーツ評論家の稲尾和久さんが亡くなった。プロ野球担当ではなかった私は直接の接点は数えるほどしかなかったが「神様、仏様」のイメージと違う気さくな人柄にびっくりしたものだ。

 そして、もう1人。若い命が早すぎる旅立ちをした。東福岡ラグビー部の広木選手。大学進学も決まり、花園で初優勝を目指して練習していた高校生ラガーが、列車事故で命を落とした。直接取材をしたことはなかったが、昨年から取材してきた東福岡のラグビー部員の死は、取材記者にもショックを与えた。まして、同じボールを追ってきた仲間との突然の別れは10代の高校生にとってどれほどつらい試練だろう。大会は2週間後に迫っている。「元気を出して、彼のために優勝を」なんて軽々しく言うべきではないだろう。選手が自分で乗り越えなければならないことだ。

 私事ではあるが、取材仲間が1人旅立った。一緒に仕事をしてきた仲間だった。「つらくても、悲しくても、それでも前へ進んで行かなきゃいかんとです」。彼の死に直面したとき、誰かが言った言葉だ。

 生きている限り、人は前へ進まなくてはいけない。それが、残されたものの務め。来年もしっかり足を踏みしめて前へ進まなければ。どこかで見ているあの人に笑われないように。

December 18, 2007 07:56 PM 投稿者:前田泰子

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