2007年08月29日

佐賀北の優勝に色はいらない:前田泰子

 高校野球も終わり、7月の予選からの長い夏が終わった。現在、少し気抜け状態だ。佐賀北のミラクル逆転優勝で甲子園は幕を閉じた。開幕勝利が目標だった佐賀北が、強豪校を破って勝ち進み、決勝ではグランドスラムで逆転。13年前の佐賀商の再現を見ているようで、小説でもないような終わり方だった。

 さて、その後の佐賀商はエースが2年生だったこともあり翌年まで大フィーバーだった。秋の県大会は初戦から球場がいっぱいになり、当時の選手は電車通学も出来ずに家から車で送り迎えをしてもらっていたという。佐賀北ナインが学校に凱旋(がいせん)したときも、同じ予感がした。老若男女が学校に集い、われ先にとナインを写真に収めようと押し合いへし合い。全国制覇という偉業を誇らしく思うのはわかるが彼らは「普通の高校生」なのだし、そっとしてあげたいなあ、と「がばいフィーバー」を見て思う。

 この優勝のキーワードは「普通の高校生」だ。西武の裏金問題から端を発した問題は、高校野球の特待生制度にまで及んだ。高校野球の闇の部分が明るみ出たが、この佐賀北の優勝でかき消された気がする。特待生を取らない公立校のいわば「象徴」として佐賀北が位置づけられてしまった感じがしてならない。「特待生を取らない公立校でも優勝できるんだぞ」というようなメッセージが、本人たちが望むとも望まないともかかわらず発され、社会現象を起こした優勝だった。

 準々決勝の帝京戦では球場全体のムードが圧倒的に佐賀北寄りだった。「特待生のいる強い都会の私学」に対して「特待生のいない田舎の公立校」が戦いを挑み、勝った。小兵力士が横綱を倒す。それは判官びいきの日本人の感情に合った戦いでもあった。その雰囲気は決勝まで続いた。甲子園は圧倒的な佐賀北ムードに流され、相手チームは完全アウエー状態。もちろん、審判が意図的に佐賀北びいきなどできるわけなどないが、あの球場のムードが佐賀北の優勝を後押したのは間違いない。

 しかし、特待生を取る私学=悪なのか。今回、甲子園で取材した中にも県外の私学へあえて進学した選手はいっぱいいた。ある選手は、母親が亡くなり父親が自分の世話で仕事の妨げになってはいけないと県外の学校を選んだのだと話してくれた。また「大学に行きたいけど、うちは母子家庭なので苦しいかもしれない」と話していた選手もいた。野球をする高校生は両親がそろい裕福な家庭の子ばかりではない。野球を続けるのが困難な状況の中で、一生懸命に道を模索して野球に打ち込む選手もいる。佐賀北の百崎監督も「特待制度が悪いとは思わない。親元を離れ一生懸命野球をする生徒が悪いわけではない」ときっぱり言っていた。

 「特待制度がなくても勝てるじゃないか」と今回の佐賀北の優勝で短絡的に結論づけるのは間違いだろう。佐賀北ナインも私学の特待生も同じ野球の情熱を傾ける高校生だ。ひたむきに勝利を目指す高校球児に善玉も悪玉もない。大人の計算や思惑で今回の優勝に色をつけてはならないと思う。

August 29, 2007 07:31 PM 投稿者:前田泰子

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