2007年08月13日

ベンチに元主将のグラブと帽子:前田泰子

 勝利の瞬間、彼はアルプススタンドの金網にぴったりとくっついていた。指をかけて全身全霊で勝利を感じようとしていた。金網で隔てられたチームメートに少しでも近づこうとしているようにも感じた。

 鹿児島代表の神村学園は甲子園出場決定直後に主将の暴力事件が発覚し、部長と主将が交代した。主将が下級生を平手でビンタしたということだった。鹿児島大会でその主将は負傷で試合に出られなかった。「甲子園に行けばアイツのけがも治って出られようになる。みんなで連れてって出させてあげよう」を合言葉にナインは甲子園を目指してきたのだという。しかし、目標は達成できなかった。本人にとっても、一生懸命頑張ってきたナインにとっても残念な結論が下された。

 アルプスで見た彼の姿は「暴力事件を起こした問題のある選手」ではなかった。先輩たちと抱き合って勝利を喜び「ありがとう、ありがとう」と先輩が彼に握手を求めてきた。ユニホームを着た部員が姿を見つけて駆け寄ってくる。選手の親も「○○くんが来てるよ」と集まってきて彼を囲んで話をしていた。その光景から主将として1年間、一生懸命頑張ってきた姿を垣間見たような気がした。

 私も昨秋の九州大会で少しだけ彼と話をしたことがある。九州大会直前に当時の監督の暴力事件が発覚し、その監督は謹慎処分を受けた。監督不在のベンチでサインを出していたのは彼だった。ナインは指導者不在の中で練習をし九州大会を迎えた。チームを引っ張る主将としてよほど神経が張り詰めていたんだろう。試合の後は緊張の糸が切れたように1人でワンワン泣いていた姿が印象に残っている。

 陰湿ないじめのような暴力や、理由のない暴力は許してはいけない。だが、彼の今の姿を見ると、彼が理由もなく下級生に暴力をふるっていたとは思えないのだ。愛情を持ってたたく時に、痛みを感じるのはたたかれた方だけではない。たたいた方も手や、何より心が痛む。もしかしたらその方がたたかれた方よりも何倍も痛いかもしれない。監督が選手に、先生が生徒に、親が子に、そして上級生が下級生に注ぐ愛情は優しいものばかりではない。時として双方に痛みを伴うこともある。元主将がむやみに暴力を振るう人間なら、あれほど彼を慕って人が集まってこないだろう。

 高校野球が選手のためにあるのならば、今回の処分は誰のための処分なのか。何を守るための処分なのか。彼を守るべき人物はいなかったのか。本当なら仲間と立てるはずだった甲子園。ベンチには仲間が彼のグラブと帽子を持ち込んでいた。無念な気持ちをこらえて笑顔で下級生や保護者たちと話す彼の姿を見て、やりきれない気持ちになった。

August 13, 2007 09:47 PM 投稿者:前田泰子

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