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<title>スポ−ツ担当日記</title>
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<title>再び九州の地から世界へ</title>
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<summary type="text/plain">　懐かしい顔が九州に戻ってくる。元ニコニコドーの岡田正裕監督が４月から九電工の監...</summary>
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<![CDATA[<p>　懐かしい顔が九州に戻ってくる。元ニコニコドーの岡田正裕監督が４月から九電工の監督に就任し、現在の亜大から再び活動の場を九州に移す。松野明美をソウル五輪代表など世界で活躍する選手に育て上げた。「松野と出会って、右も左もわからないまま世界を経験させてもらった。もう１度、世界の舞台に選手を送り出したい」と就任会見で話した岡田監督の情熱は６０歳を過ぎても衰えることはない。</p>]]>
<![CDATA[<p>　実は、岡田監督と松野明美は私にとって忘れられない人たちだ。私が記者になり立てのころ、松野明美がバルセロナ五輪マラソン代表をめぐって開いた記者会見を取材した。「私を選んでください。私を選んでもらえれば必ず結果を出します」。松野は記者を集めて宣言した。前代未聞の「選んで下さい」会見が日刊スポーツの１面となった。私はことの重大さがよくわからず、ただ「ありのままを原稿を書け」というデスクの命に従ってコツコツと原稿を書いた覚えがある。もちろん、私の原稿は原型をとどめていなかったが。</p>

<p>　「松野さんの時はお世話になりました」。私が名刺を出してあいさつすると「またお世話になります」と岡田監督は笑みを見せてくれた。ニコニコドー陸上部休部で亜大の監督となり、「なんで東京へ行くんだ」と地元では批判も受けたという。東京へ移っても九州へ帰る希望は、ずっと持ち続けていたという。「５４歳で九州を出るとき、もう１度６０になったら九州で指導できる場をもらえるよう頑張ろうと思っていました」。６２歳で念願がかなった。１度箱根駅伝の総合優勝を果たした亜大では「監督を退いてもバックアップをしてほしい」という話もあったが「退路を断つつもりで」と大学の籍はきっぱりと抜いて九電工の強化に全力を注ぐ。</p>

<p>　ニコニコドーで岡田監督が頑張っていたときは、旭化成、沖電気など九州の実業団の女子選手が世界で活躍していた。「私がニコニコドーにいたときに比べ今はチーム数も減ってますしね」と、今の九州の女子陸上界のことを聞かれると少し寂しそうに話していた。今は男子の陸上でも名門旭化成でも本拠地の延岡市ではなく、同時に東京に拠点を置いてチームと離れて練習する選手もいる。東京に拠点を移してしまったチームもある。地方での成功が難しくなっているこの時代、再び九州から世界を目指して夢を追いかける。岡田監督の挑戦を楽しみに見守りたい。</p>]]>
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<title>Ｊ昇格へ盛り上がってキタ！</title>
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<modified>2008-02-20T07:06:23Z</modified>
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<summary type="text/plain">　今季ＪＦＬに初参戦するニューウェーブ北九州が１９日、次のステップとなるＪリーグ...</summary>
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<![CDATA[<p>　今季ＪＦＬに初参戦するニューウェーブ北九州が１９日、次のステップとなるＪリーグ昇格へ１歩前進した。今年１月に申請していたＪ準加盟を、この日行われたＪリーグ理事会が承認。今シーズン年間４位以内に入れば、Ｊ２昇格の資格を得られることになった。</p>]]>
<![CDATA[<p>　２年連続の“昇格”へ、夢が広がった。理事会ではニューウェーブ北九州とともにカターレ富山の準加盟も認められたが、トルシエ元日本代表監督が総監督に就任したＦＣ琉球の承認は見送りとなった。九州・沖縄勢の２チームで明暗を分けた格好となったが、ニューウェーブ北九州の承認の決め手となったのが、行政の「本気度」だったようだ。</p>

<p>　ニューウェーブ北九州の原ＧＭは、今回の承認をこう振り返った。運営会社の設立予定が７月のため「まだ、時期が早いとも思ったが、市にきちんと対応していただいたのがよかった」。２月２、３日に前もってＪリーグから視察を受けたが、北橋北九州市長など、行政のトップが駆けつけ、Ｊリーグの関係者にＪリーグ昇格に向けた支援策などを直接、伝えたという。</p>

<p>　北橋市長はこれまでも、ＪＦＬ昇格祝賀会など公の席で、今後もチームを支援することを約束。承認見送りのＦＣ琉球とともに、Ｊに見合うスタジアムを持たない点についても、新スタジアム建設構想をすでにスタートさせている。</p>

<p>　現在、政令指定の１７都市でＪクラブを持たないのが、浜松市と堺市と北九州市の３都市だけ。浜松の近隣には磐田、大阪南部にはＣ大阪があるが、北九州市はアビスパ福岡が本拠地を置く福岡市と約７０キロ離れている。プロ野球もない北九州市にとって、プロチームの誕生は大きな夢だ。</p>

<p>　クラブの親会社や大スポンサーを持たないニューウェーブ北九州にとっても、北九州市の支援が無ければＪ昇格の実現は厳しくなる。クラブと行政が手を取り合ってＪクラブ誕生を目指している北九州市が、ＪＦＬ開幕とともに一段と盛り上がっていきそうだ。</p>]]>
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<title>数少ない母校出身の監督</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.nikkansports.com/soccer/kyusyu/maeda/20080213.html" />
<modified>2008-02-13T07:40:45Z</modified>
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<summary type="text/plain">　私事だが、私の母校は地方私立大だ。東京６大学のように知名度があるわけでもなく、...</summary>
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<![CDATA[<p>　私事だが、私の母校は地方私立大だ。東京６大学のように知名度があるわけでもなく、国公立大のように頭が良いわけでもない。地方の普通の大学だ。そして、スポーツはからっきし弱い。</p>]]>
<![CDATA[<p>　取材活動を始めて、のべ１０年ぐらいだが同じ大学出身の指導者にはほとんどお目にかかったことはない。大学数が今ほど多くなかったころは野球なども強かったそうだが、体育学部があるわけでもなく、スポーツ推薦制度もないので、今は野球もサッカーもリーグでは下位をさまよっている。新聞社にはスポーツ強豪校出身も多い。母校の活躍を喜ぶＯＢ記者を横目に、肩身の狭い思いもしてきた。</p>

<p>　ところが最近、高校野球の取材をしていて母校の「先輩」に出会った。私が覚えている限りで高校野球の監督では２人目の「先輩」だ。「私も同じ大学出身です」と告げると、喜んでくれて「そうですか。うちの大学の出身の監督は少ないでしょ」と言っていた。指導者の世界もタテ社会でバリバリの体育会系だ。出身大学のつながりが大きくモノを言う世界で、少数派として頑張って来られたんだろうなあ、と勝手に推察してしまった。監督は自校の強化ももちろんだが、母校の方もなんとか強くならないかとも考えていると話してくれた。「有望な選手がいっぱい入学してくれればんいいんですけどね」と夢を語ってくれた。</p>

<p>　高校野球の練習試合解禁日には、母校のＯＢが指導しているチームが何チームか集まって練習試合をするのだという。そして、夜は監督同士で酒などくみかわしながら、選手の指導やチーム強化について話に花を咲かせるのだそうだ。少数派は少数派なりに団結して頑張っているのだと思うと、話を聞いている私までうれしくなった。</p>

<p>　全国で活躍するチームも、プロで活躍する選手もいないが、スポーツの世界で一生懸命頑張っているＯＢがいる。それを知って、これまでの「肩身の狭い思い」はなくなりそうだ。</p>]]>
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<title>大分にロッキー現る！</title>
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<modified>2008-02-04T08:44:02Z</modified>
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<summary type="text/plain">　大分イレブンが「ロッキー」になる！？　今季、サントス（マノエルから登録名変更予...</summary>
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<![CDATA[<p><img alt="“大分のロッキー”サントス新フィジカルコーチ（左）は選手にゲキを飛ばす " src="http://blog.nikkansports.com/soccer/kyusyu/photo/sc-080204-1jpg.jpg" width="220" height="160" />　大分イレブンが「ロッキー」になる！？　今季、サントス（マノエルから登録名変更予定）新フィジカルコーチ（４０）が就任した大分のフィジカルトレーニングメニューが、一変した。これまでは、決められた回数を自らのペースで行う方法が主だったが、サントスコーチの指示は、決められた時間内を１００％の力でやり続けるというもの。全体練習５日目の２月４日も、４人対４人でのパス回し３分間を、１～１分半の休憩を挟みながら１０本連続でやり続けるハードな内容。選手は悲鳴を上げながらも、そのメニューをこなした。</p>]]>
<![CDATA[<p>　勝利にこだわる姿勢が伝わってくる新フィジカルコーチだ。横浜フリューゲルスに在籍経験のあるサントスコーチは「カツタメニ、イマ、ヤラナイト！」「サイゴマデ、アキラメナイ！」と、激しい口調の日本語を選手に浴び続ける。「勝ち組に入るため、選手が１００％の状態で（シーズンに）臨めるようにしてやるのがプロとしての私の役目だ」とサントスコーチ。その理論は、アメリカの学会で報告されたこともあるという。ＤＦ森重も「勝負にこだわる人だということがよく分かった」と新コーチを評する。</p>

<p>　ストップウオッチを左手に、ピッチで大きな声を張り上げるサントスコーチだが、サングラスをかけたその風ぼうに、クラブ関係者も「シルベスター・スタローンだね」と、映画「ロッキー」のテーマを口ずさむ。主演俳優に例えられたサントスコーチも「銀行の口座額は似ていないが、でも音楽を使うトレーニングにはロッキーのテーマを使うときもあるよ」と、スタローンとの接点を明かした。身ぶり手ぶりも使ってゲキを飛ばす姿に応えるように、闘志をむき出しにしてメニューをこなす選手に、シャムスカ監督も「いい雰囲気でやれている」と満足げ。リングとピッチの違いはあるが「プロとしてチャンピオンを目指したい」とサントスコーチ。「大分のロッキー」が、チームを戦う集団へと変身させている。</p>]]>
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<title>福岡に戻ってきた中払の決意</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.nikkansports.com/soccer/kyusyu/maeda/20080129.html" />
<modified>2008-01-29T11:24:11Z</modified>
<issued>2008-01-29T11:21:39Z</issued>
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<summary type="text/plain">　福岡はとても温かい場所でね。「東京で成功してやるぞ」って出て行く人は喜んで送り...</summary>
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<![CDATA[<p>　福岡はとても温かい場所でね。「東京で成功してやるぞ」って出て行く人は喜んで送り出す。だけど、帰ってくることに対しても寛容なんですよ。成功した人も成功しなかった人も帰ってきたら「よう帰ったね」って温かく受け入れてくれる。「１度出て行ったら、成功するまで絶対に帰ってくるな」っていう風土じゃないんですね。</p>]]>
<![CDATA[<p>　福岡市出身の武田鉄矢がこんな話をしていたのを以前、聞いた事がある。約１０年ぶりにアビスパ福岡のキャンプ取材に行って、ふと思い出した。</p>

<p>　「岩田屋が新しくなったとか、ロフトができたとか街はいろいろ変わっているけど、人のあったかさとかは変わってないですね」と懐かしそうに言うのはＭＦ中払だ。１０年前に私が福岡の担当をしていたころは２０歳を過ぎたばかりの若手で、学生の延長のような雰囲気だった。６年ぶりに福岡に戻ってきた中払は人なつこい笑顔は昔のままだが、中身はずいぶんと大人になっていた。「自分が育ったクラブに戻って来れたのは幸せだけど、結果を残さなければいけないと思っています」と責任感をにじませた顔はすっかりベテランの表情になっていた。</p>

<p>　見回すと中払の同期のＭＦ久永や、ＭＦ久藤も「帰ってきた組」だ。ＦＷ黒部も福岡大出身だから大枠では「帰ってきた組」に入る。</p>

<p>「どうしてみんな福岡に帰ってくるんでしょうね」。</p>

<p>　中払に聞いてみた。</p>

<p>　「うーん、やっぱり福岡の人があったかいからじゃないかなあ。忘れられない土地ですよね」という答えが返ってきた。</p>

<p>　だが、武田鉄矢が続けなかったその先の言葉がある。福岡で生まれ育った私に言わせれば、確かに福岡の人は誰でも受け入れる温さはある。だけど、熱い愛情を抱く持つ反面、だらしないプレーをすればさっさと離れてしまう性格も持ち合わせている。最後まで見守ってやろうという辛抱強さはあまり持っていない。中払だって変なプレーを見せれば「ダメやん。何しに帰ってきたとや」と容赦ない言葉がかけられるだろう。</p>

<p>　６年間も福岡でプレーした中払だ。そこらへんの気質も十分承知だろう。それであえて「昇格」というプレッシャーのかかる環境に帰ってきた。「自分のモチベーションを保つためには昇格とか残留とかそういうのを目指すチームが良かったんです」とあえて厳しい環境を選んだのだという。</p>

<p>　３０歳を過ぎ、ベテランの域に達した選手のチャレンジ。レベスタでの中払のプレーに注目したい。</p>]]>
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<title>２年目へ“レディースＧＯ！”</title>
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<modified>2008-01-21T13:59:51Z</modified>
<issued>2008-01-21T13:49:56Z</issued>
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<summary type="text/plain">　わずか１シーズン。立ち上げからチームを築き上げてきた武藤克宏監督（３４）が、大...</summary>
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<![CDATA[<p>　わずか１シーズン。立ち上げからチームを築き上げてきた武藤克宏監督（３４）が、大分トリニータレディースの監督を去った。自らセレクションで初代メンバーを選び、昨年４月に誕生。初挑戦の県リーグで初出場初優勝を果たしただけでなく、今月行われた九州各県女子リーグ決勝大会でもチームを優勝に導いた。「１年目の最大の目標であった九州リーグ昇格ができたことをうれしく思います。今まで以上に切磋琢磨（せっさたくま）してレベルアップできるように頑張ります」。そうコメントした武藤監督だが、複雑な心境だっただろう。</p>]]>
<![CDATA[<p>　この決勝大会前に、レディースの監督を退任することが決定。選手にもそのことが伝えられ、大会に臨んだ。「勝って、みんなで恩返ししよう」。合言葉を胸に戦った選手は、初戦から危なげなく勝ち上がり、武藤監督の花道を飾った。</p>

<p>　だが、喜びに沸くチームの中で、武藤監督が浮かべた寂しそうな表情が印象的だった。優勝コメントを口にした後、静かに語った。「（準決勝で九州リーグ昇格を決めた）昨日の夜、次はこうしたい、こうしなければならない、とかを考えることが、もうできない。そのことが寂しかったですね」。自ら先頭に立って、なでしこリーグ昇格という目標にスタートを切ったばかりだったが、志半ばでチームを去らなければならない心の葛藤が、自然と口からこぼれた。</p>

<p>　武藤監督は新しいポジションで、新たな目標に向かってすでにスタートを切った。レディースのメンバーにも、トップチームと同じように契約更新の有無が伝えられ、新チームの編成作業が進められている。「高い意志を持ってやっていってほしい」。初代監督が残した言葉を胸に、大分トリニータレディースが、２年目のシーズンを迎える。</p>]]>
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<title>選手をつなぐ「手書き」</title>
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<modified>2008-01-14T12:04:51Z</modified>
<issued>2008-01-14T12:03:33Z</issued>
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<summary type="text/plain">　手紙を書いてみませんか。 　年末年始にかけての取材でいくつか手紙にまつわる話が...</summary>
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<![CDATA[<p>　手紙を書いてみませんか。</p>

<p>　年末年始にかけての取材でいくつか手紙にまつわる話がありました。まず、年末の全国高校駅伝での話です。女子で準優勝した千原台。江藤佑香子主将はレース当日の朝、出場メンバー１人１人に手紙を渡しました。レース前夜、宿舎でこっそりチームメートに１人ずつ思いをつづった手紙を書いたそうです。「自分が勝手に書いただけです。こういうの好きなんですよ」と江藤主将は笑っていましたが、アンカーで区間賞を取った１年生の池田絵里香は「勇気づけてもらいました。先輩の走りを無駄にしちゃいけないと思いました」と手紙が活躍の原動力になったようです。</p>]]>
<![CDATA[<p>　同じ高校駅伝で、北九州市立にも手紙の話がありました。２区は主将の友枝美里主将、そして４区は友枝主将の妹の１年生の那奈美。友枝姉妹は実は３姉妹で一番上にお姉さんがいるのです。そのお姉さんも高校時代は陸上をしていたそうで、あこがれの都大路で主将としてチームを率いる妹と、１年生で初めての大舞台を踏む妹に手紙を書いてくれたそうです。残念ながら北九州市立は１０位に終わりましたが、姉妹の絆（きずな）は強まったに違いありません。</p>

<p>　そして、初の全国制覇を果たした東福岡ラグビー部も手紙でつながれていました。副主将でＢＫリーダーを務めていたＦＢ竹下祥平が教えてくれました。「僕ら３年生はメンバーもそうでない人もみんなすごく仲がいいんです。決勝の前にメンバー外の選手が手紙をくれたんですよ」とうれしそうに言っていました。</p>

<p>　携帯電話を巧みに操り、メールで愛の告白までしてしまうという今の高校生。だけど、チーム内や家族間でも大事なことを伝えるのはやっぱり手紙なんですね。現在はパソコンで送信する新聞原稿も、かつては手書きで送られていました。（私は手書きの経験はありませんけど）昔を知る先輩は言います。「原稿の字を見れば、その記者の心理状態がわかったもんだよ。急いでるとか、原稿に自信があるとかないとかね。今は活字で出るからいい原稿かそうでないか、わからなくなっちゃったけどね」。文章の上手下手よりも自分の手で書いた文字こそが、何よりその人の本当の心を伝えるのかもしれません。</p>

<p>　あなたも、手紙を書いてみませんか。うれしい気持ち、悲しい気持ち、感謝の気持ち、怒りの気持ち。普段は簡単にメールですませていることも文字で書くと案外、新しいことに気づくかもしれませんよ。</p>]]>
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<title>国立のピッチが訴えたもの</title>
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<modified>2008-01-09T14:27:23Z</modified>
<issued>2008-01-09T14:23:43Z</issued>
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<summary type="text/plain">　多々良学園の伝統が、高川学園にバトンタッチされる“瞬間”に遭遇した。全国高校サ...</summary>
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<![CDATA[<p>　多々良学園の伝統が、高川学園にバトンタッチされる“瞬間”に遭遇した。全国高校サッカー選手権準決勝。２大会ぶりに国立に進出した山口・高川学園のベンチに、校長も務める学校法人の高川晶理事長夫妻の姿があった。試合前に白井三津雄監督らスタッフ、選手とともにベンチ入りした夫妻は、選手らが控え室に戻ったハーフタイムもベンチを立たず、試合終了後まで座り続けていた。</p>]]>
<![CDATA[<p>　旧多々良学園から経営を引き継いだタカガワグループは、四国で進学塾などを経営している。多々良学園から０６年９月に高川学園に校名変更し、０７年４月には中等部を新設。学園を中高一貫教育の進学校に育て上げるのが目的だ。現在、中等部の１期生は３０人強だが、授業は７時限。「部活動禁止という規則は特にない」（学校関係者）というが、中等部の生徒が部活動に取り組むのは物理的に厳しい環境になっている。</p>

<p>　中等部から高等部に生徒が進学するようになれば、高等部で部活動に取り組む生徒の減少は避けられない。そうなれば高校のサッカー部の存続問題にも発展しかねない。白井監督も危機感があったのだろう。「（経営破綻でサッカー部が）バラバラになりかけてくれたのを救ってくれた恩人への感謝の気持ち」。理事長のベンチ入りの理由をそう説明した指揮官だが、国立のピッチをひたむきに走り回る選手の姿で、部活動を通しての教育の大切さ、あり方を訴えたかったのではないだろうか。</p>

<p>　試合後、高川理事長はこう口を開いた。「選手は最後までボールに食らいついて、闘争心を見せてくれた。大会中に力をつけた。それがすばらしかった。感謝している。これからもサッカー部を学校の特色にしていきたい」。進学校のみならず、サッカー部の活動の支援を約束した。高校生のサッカー選手があこがれる国立のピッチは、わずか８０分で理事長の心を大きく揺れ動かしたようだ。</p>]]>
</content>
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<title>「引きが強い」運をばらまいてます</title>
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<modified>2008-01-04T09:35:27Z</modified>
<issued>2008-01-04T09:34:32Z</issued>
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<summary type="text/plain">　明けましておめでとうございます。...</summary>
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<![CDATA[<p>　明けましておめでとうございます。</p>]]>
<![CDATA[<p>　アマチュアスポーツ担当は今年も東京と大阪で年を越しました。村田、佐藤両記者は高校サッカーの取材で東京へ、私は大阪で高校ラグビーの取材中です。</p>

<p>　花園では「強いですね～、九州」と他地区の担当記者によく声をかけられます。そういえば、昨年もよくこの言葉、耳にしました。昨年も花園取材で年を越し、東福岡は準優勝を果たしました。そして、春のセンバツでは熊本工が４９年ぶりの準決勝進出。さらにさらに、夏の甲子園では九州代表がベスト８に３校、ベスト４に２校入りました。佐賀北が初優勝するなんて、大会開幕前に誰が予想したでしょうか？</p>

<p>　そうそう、年末の全国高校駅伝では熊本代表の女子の千原台が準優勝しましたね。</p>

<p>　そして、今年の花園です。東福岡は昨年同様に強く、準々決勝まで「爆勝」を重ねています。東福岡ばかりを気にしていたら、ノーシードの長崎北陽台もあれよあれよと勝ち上がり、４強まで来たではありませんか。九州の代表がダブルで４強入りするのは５５大会ぶりのことだそうで。歴史的瞬間を見届けられるのは非常に光栄？です。</p>

<p>　昨年の花園以降、取材している高校生の全国大会で私はもれなく準決勝以上まで取材をしていることになります。担当チームが強いことを記者仲間では「引きが強い」なんてことを言いますが、今の私は確かに引きが強いんです。宝くじで３０００円以上の当たりくじを引き当てたことのない私はどうやら、運は人のために使ってしまっているようです。今年もバラバラと自分の運をばらまいて取材したいと思っています。</p>

<p>　実は九州の高校スポーツが強いのは、ひとえに熱心な指導者の方々がいるからです。野球や駅伝、サッカーなど、自分の県や学校だけではなく九州全体のレベルを上げようと、結束して合宿や試合を積極的に行っているスポーツが多いんです。</p>

<p>　今年もセンバツや夏の甲子園と九州勢がどんなに頑張ることでしょうか。ン十年ぶりという歴史的な瞬間を何度見届けることになるんでしょうか。ちょっと楽しみです。</p>

<p>　けれど、高校生ばかりじゃなくて、大学生や九州のプロスポーツの方も頑張ってほしいですよね。今年は北京五輪の年。九州に縁のある選手がたくさん活躍してくれることを願っています。</p>]]>
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<title>１期生の再チャレンジに幸あれ</title>
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<modified>2007-12-25T05:42:31Z</modified>
<issued>2007-12-25T05:41:10Z</issued>
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<summary type="text/plain">　現場復帰を目指す元Ｊリーガーがいる。元日本代表監督のトルシエ氏が総監督に就任し...</summary>
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<![CDATA[<p>　現場復帰を目指す元Ｊリーガーがいる。元日本代表監督のトルシエ氏が総監督に就任したＪＦＬ・ＦＣ琉球の、チーム創設時からの主力メンバーだったＭＦ望月隆司（２９）だ。今年１１月、ＦＣ琉球から戦力外通告を受けた１期生は、２３日に行われた「トルシエ琉球」のセレクションに挑戦。１１人の１次合格者に名前を連ねた。</p>]]>
<![CDATA[<p>　０３年に誕生したＦＣ琉球は、その前年にチームの方向性の違いから沖縄かりゆしを集団退団したメンバーを中心に結成された。東京Ｖ退団後に沖縄に移り住み、当時から主将としてチームを取りまとめた。沖縄県リーグ、九州リーグ、ＪＦＬ昇格へステップアップしてきたチームとともに歩んできたクラブの象徴ともいえる選手だ。</p>

<p>　望月の他にも、創設メンバー３人が解雇されたことを受け、今月上旬にはサポーター有志が４人の再契約を求める「公開要求書」を提出する事態も起こった。だが、クラブは公式ＨＰで「彼らがＦＣ琉球に対して特別な愛情を持っていてくれていることも、何もない中から汗と泥にまみれてつくってきたんだ、という気持ちを持っていることも当然理解しているが、上を目指すクラブである以上、正当な評価を平等にしなければ決して良いチームワークは生まれない」との理由を掲げ、解雇通告の撤回を拒否していた。</p>

<p>　今回、３７選手が参加したトライアウトには、望月とともにもう１人、解雇された創設メンバーが参加したが、１次テストで落選。復帰の道をつないだのは望月だけとなった。来年１月、チーム練習に加わって最終テストに臨む。解雇された前所属チームへの復帰を強く臨む１期生の挑戦を、心から応援したい。</p>]]>
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<title>天国へ旅立った人たちへ</title>
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<modified>2007-12-18T14:26:12Z</modified>
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<summary type="text/plain">　もう１０年以上も取材活動をしているが、今年ほどたくさんの別れがあった１年はなか...</summary>
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<![CDATA[<p>　もう１０年以上も取材活動をしているが、今年ほどたくさんの別れがあった１年はなかった。「死」が確実にあることを感じた１年だった。</p>]]>
<![CDATA[<p>　昨年のことになるが、昨年１０月、レジャー取材でお世話になった、ばってん荒川さんが亡くなった。荒川さんには週１回、コラムのコーナーを持っていただき、私は担当として荒川さんの話をまとめた。お米ばあさんの顔とは違い、素顔は饒舌（じょうぜつ）とはほど遠かった。方言を交えてポツポツと語る姿には味があった。</p>

<p>　今年５月には高校野球取材でお世話になった沖縄水産の栽弘義前監督が亡くなった。栽さんには記者２年目で初めて沖縄を訪れたときからかわいがっていただいた。九州大会の前に必ず開かれる九州監督会に呼んでいただいたり、九州のスポーツ紙としては初めての女性記者だった私を、さまざまな形で引き立てくださったのだと思う。２月に沖縄に行ったとき、時間がなくてお会いできなかったのが悔やまれる。「またいらっしゃい」。最後に交わした言葉だ。</p>

<p>　１１月には日刊スポーツ評論家の稲尾和久さんが亡くなった。プロ野球担当ではなかった私は直接の接点は数えるほどしかなかったが「神様、仏様」のイメージと違う気さくな人柄にびっくりしたものだ。</p>

<p>　そして、もう１人。若い命が早すぎる旅立ちをした。東福岡ラグビー部の広木選手。大学進学も決まり、花園で初優勝を目指して練習していた高校生ラガーが、列車事故で命を落とした。直接取材をしたことはなかったが、昨年から取材してきた東福岡のラグビー部員の死は、取材記者にもショックを与えた。まして、同じボールを追ってきた仲間との突然の別れは１０代の高校生にとってどれほどつらい試練だろう。大会は２週間後に迫っている。「元気を出して、彼のために優勝を」なんて軽々しく言うべきではないだろう。選手が自分で乗り越えなければならないことだ。</p>

<p>　私事ではあるが、取材仲間が１人旅立った。一緒に仕事をしてきた仲間だった。「つらくても、悲しくても、それでも前へ進んで行かなきゃいかんとです」。彼の死に直面したとき、誰かが言った言葉だ。</p>

<p>　生きている限り、人は前へ進まなくてはいけない。それが、残されたものの務め。来年もしっかり足を踏みしめて前へ進まなければ。どこかで見ているあの人に笑われないように。</p>]]>
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<title>モリあがった元全日本対決</title>
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<modified>2007-12-11T05:48:12Z</modified>
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<summary type="text/plain">　ＪＦＬ昇格をかけた今年のサッカー全国地域リーグ決勝大会は、おもしろかった。２日...</summary>
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<![CDATA[<p>　ＪＦＬ昇格をかけた今年のサッカー全国地域リーグ決勝大会は、おもしろかった。２日目まで２敗（１ＰＫ負けの勝ち点１）で、４チーム中、最下位だった九州（Ｋｙｕ）リーグ王者のニューウェーブ北九州は、最終日にバンディオンセ神戸に２－０で快勝。今大会初勝利（勝ち点３）で勝ち点４とし、ワンチャンスをものにして、得失点差で逆転し２位を確保、ＪＦＬ自動昇格を果たした。</p>]]>
<![CDATA[<p>　２日目までＰＫ勝ち２つだったバンディオンセ神戸は、今大会１敗ながら得失点差で最下位に転落。２敗のニューウェーブ北九州が自動昇格で、１敗のバンディオンセ神戸が４チームで唯一、ＪＦＬ昇格に失敗するという、なんとも不思議な結果だが、それだけ実力伯仲の大会だったということだ。</p>

<p>　もう１つ、この大会を盛り上げた話題があった。ニューウェーブ北九州の与那城ジョージ監督（５７）、ファジアーノ岡山の手塚聡監督（４９）、ＦＣ－Ｍｉ－ＯびわこＫｕｓａｔｓｕの戸塚哲二監督（４６）、バンディオンンセ神戸の田中真二監督（４７）は、８５年のメキシコＷ杯予選を一緒に戦うなど、８０年代に日本代表（当時は全日本と呼称）に顔を連ねたメンバーだった。</p>

<p>　「特別な意識はなかったが、森（孝慈）全日本のＯＢ会みたいだなと思っていた」と手塚監督。システムはいずれも４－４－２。初日の第１試合から３試合連続でＰＫ戦に突入するなど、接戦が続いた要因の１つに、お互いの性格まで知り尽くした監督同士の存在もあった。</p>

<p>　大会終了後、初日から何度も顔を合わせていた与那城監督と手塚監督が、互いに手土産を交換する場に遭遇した。「個人的に好きな人たちばかりだったけど、大会中はしゃべりすぎないようにしていた」と、与那城監督は笑った。かつてのチームメートとの再会を喜ぶあまりに、戦術面で口を滑らせないよう、お互いに接触するのをできるだけ避けていたのだ。</p>

<p>　すべての結果が出た後で、４人の監督はようやく仲間との“再会”を果たすことができた。「これからもいい戦いをして、お互いが伸びていければいい」と与那城監督。森ジャパンの教え子たちが、来年はＪＦＬの舞台をもっとモリあげてくれるはずだ。</p>]]>
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<title>三者三様のＪ２の九州３チーム</title>
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<modified>2007-12-03T15:22:33Z</modified>
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<summary type="text/plain">　サッカー担当ではない私だが、ここ数日、立て続けにＪ２の取材に行った。２日は福岡...</summary>
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<![CDATA[<p>　サッカー担当ではない私だが、ここ数日、立て続けにＪ２の取材に行った。２日は福岡対鳥栖の九州ダービー、３日はロッソ熊本のＪ２昇格決定の取材だった。</p>]]>
<![CDATA[<p>　３チームは三様の顔を見せた。最終戦で九州ダービーを制して締めくくった鳥栖は、選手と監督、コーチ、フロントが一体となった印象を受けた。若手を生かすチームづくりのために、３０代の選手は戦力外となった。最終戦の試合前に、そんなベテラン勢のために若手選手は涙を流していた。「みんなで辞める選手のために頑張ろうと、力を出そうと話したんですよ」。試合後そう話した岸野監督の目も涙で潤んでいた。「みんなが僕に点を取ってほしいと念じてくれた」。鳥栖リーグ最終戦でゴールを決めたＭＦ吉田はチームに感謝の言葉を贈った。最終戦を終えた選手をサポーターは拍手で迎えた。スタンドからはサポーターが、観戦に来ていた井川社長に声をかけた。「社長、やりましたね」。社長は笑顔で応えた。</p>

<p>　対する福岡。前日１６人の退団者を出し、試合前からムードは険悪だった。戦力外が告げられたある選手は最終戦でスタメンの予定だったが「試合に出る心理状態ではない」と直訴し、急きょスタメンが変更になったのだという。試合後、選手全員と社長がサポーターにあいさつしたが、スタンドからは容赦ないブーイングが浴びせられた。都筑社長には「辞めろ」コールが起こり、リトバルスキー監督にさえブーイングが向けられた。選手、フロント、サポーターの一体感は感じられなかった。</p>

<p>　Ｊリーグ参戦を果たしたときの福岡は希望に燃えていた。当時、派手な補強と、著名な監督の招へいで話題を集めた。だが、フロントと現場の一体感はそのころからなかったように思われる。鳥栖は１度、チームがつぶれた。サガン鳥栖として生まれ変わってからも何度も経営危機に見舞われたが、今では松本ＧＭを中心にしっかりとした方針を持って着実にチームづくりを進めている。</p>

<p>　来季からＪ２参入を果たすロッソはどうなるだろうか。強くなるには今のチームから大きく様変わりする。昇格を決めた選手たちも強くなるにしたがって、大多数がチームを去ることになるだろう。これまでとレベルの違うＪ２で思うような戦いが出ないとき、必ず出てくる不満や不信をどう解決していくのか。急激な変化のなかでサポーターに愛されるチームをつくれるか。</p>

<p>　福岡、鳥栖、熊本。九州に根を下ろすＪ２の３チームの来季の戦いぶりに注目したい。</p>]]>
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<title>ホンダロックの挑戦は終わらない</title>
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<modified>2007-11-27T07:35:50Z</modified>
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<summary type="text/plain">　ＪＦＬ復帰を目指したホンダロックサッカー部の０７年シーズンは、終わった。サッカ...</summary>
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<![CDATA[<p>　ＪＦＬ復帰を目指したホンダロックサッカー部の０７年シーズンは、終わった。サッカーの全国地域リーグ決勝大会１次ラウンド最終戦で、Ｊ準加盟のファジアーノ岡山に敗退。決勝ラウンド進出を逃した選手、スタッフは涙を流した。</p>]]>
<![CDATA[<p>　ＪＦＬで２シーズン戦った後、昨年入れ替え戦でＦＣ岐阜に敗れ、九州リーグに陥落。チームは１年でのＪＦＬ復帰を目指し汗を流してきた。最終的に２位となった九州リーグでは、ニューウェーブ北九州やＶ・ファーレン長崎といったＪ昇格を狙うクラブを相手にシーズン終盤まで首位を快走。元Ｊリーガーを擁しテクニックに勝る相手を、激しいプレスとスピーディーな攻撃で苦しめた。</p>

<p>　元Ｊリーガーのように目を見張るような高い技術の選手はいない。「全選手が９０分以上走り続ける」サッカーを目標に掲げ、フィジカルとメンタル面を強化。両サイドを効果的に使ったスピーディーな攻撃は、１度は壁にぶちあたったＪＦＬで勝ち抜くために身に着けたものだったが、その効果を確かめるのは０９年シーズン以降に持ち越しとなった。</p>

<p>　ホンダロックのある宮崎の県木はフェニックス。チームエンブレムにも、不死鳥（フェニックス）が描かれている。「企業チームでもやれることを証明したい」と南光太主将（２８）。「アマチュア企業スポーツ日本一」を狙うホンダロックサッカー部の挑戦は終わらることはない。</p>]]>
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<title>白仁田、松山の対決の続きはプロで</title>
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<summary type="text/plain">　１９日の大学・社会人ドラフトで九州６大学野球の２人の選手がドラフト指名された。...</summary>
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<![CDATA[<p>　１９日の大学・社会人ドラフトで九州６大学野球の２人の選手がドラフト指名された。福岡大の白仁田寛和投手（２２）と九州国際大の松山竜平外野手（２２）だ。白仁田は１巡目で阪神に指名され、松山は４巡目で広島に指名された。</p>]]>
<![CDATA[<p>　リーグを代表する２人の選手。今春のリーグ戦での２人の勝負は印象的だった。リーグ優勝の行方を決める２校の直接対決。初戦の先発は白仁田だった。最速１４７キロの速球で６回まで無安打に抑えていた白仁田の球を松山は打った。失策で出た走者がいたため、決勝タイムリーとなり、白仁田はシーズン初黒星を喫した。「失投ではなかった。打った相手が上」と白仁田は言っていた。完ぺきに投げた直球を松山が捕らえた。この敗戦からリーグ優勝の流れは九国大へ向かうことになる。</p>

<p>　２人はお互いに認め合うライバルだ。「松山にはまっすぐを投げたくなるんですよね。打たれても次こそは抑えてやるって思うんです」。白仁田は松山に対しては特別闘志を燃やしていたという。対する松山も「自分のことをまっすぐで抑えたいと思って勝負してくれるのがうれしかった」と白仁田に一目置いていた。そして２人とも「対戦して自分を高めることができました」と言っていた。直球にめっぽう強い打者に大して変化球で逃げずに直球で挑む投手と、相手の最高の球を狙っていた打者。２人の勝負は見ごたえがあった。</p>

<p>　ドラフト前に取材したとき「実は今度一緒にご飯食べに行くんですよ」と松山が教えてくれた。試合ではライバル校同士。ポジションも違うので接点はほとんどなかった。「友達になりたいと思ってるんです。白仁田っていいヤツだと思うんですよ」と松山は言っていた。マウンドと打席で白球を通して他人にはわからない２人のつながりが出来ているのかもしれない。同じ年に良いライバルに恵まれた２人はラッキーだったんじゃないかな。松山の話を聞いて思った。</p>

<p>　２人の勝負はプロで第２ラウンドを迎える。「プロでは抑えます」と白仁田はリベンジを誓うと「プロでもお互いが成長し合ってやっていけたらいいですね。そしたらもっといい選手になっていくと思います」と松山も対戦を楽しみしていた。</p>

<p>　甲子園で、広島市民球場で、２人の対戦が見られる日は遠くないかもしれない。プロの世界でもライバルとして友達として、２人がともに活躍してくれたらいいと思う。</p>]]>
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