2008年02月25日

再び九州の地から世界へ:前田泰子

 懐かしい顔が九州に戻ってくる。元ニコニコドーの岡田正裕監督が4月から九電工の監督に就任し、現在の亜大から再び活動の場を九州に移す。松野明美をソウル五輪代表など世界で活躍する選手に育て上げた。「松野と出会って、右も左もわからないまま世界を経験させてもらった。もう1度、世界の舞台に選手を送り出したい」と就任会見で話した岡田監督の情熱は60歳を過ぎても衰えることはない。

 実は、岡田監督と松野明美は私にとって忘れられない人たちだ。私が記者になり立てのころ、松野明美がバルセロナ五輪マラソン代表をめぐって開いた記者会見を取材した。「私を選んでください。私を選んでもらえれば必ず結果を出します」。松野は記者を集めて宣言した。前代未聞の「選んで下さい」会見が日刊スポーツの1面となった。私はことの重大さがよくわからず、ただ「ありのままを原稿を書け」というデスクの命に従ってコツコツと原稿を書いた覚えがある。もちろん、私の原稿は原型をとどめていなかったが。

 「松野さんの時はお世話になりました」。私が名刺を出してあいさつすると「またお世話になります」と岡田監督は笑みを見せてくれた。ニコニコドー陸上部休部で亜大の監督となり、「なんで東京へ行くんだ」と地元では批判も受けたという。東京へ移っても九州へ帰る希望は、ずっと持ち続けていたという。「54歳で九州を出るとき、もう1度60になったら九州で指導できる場をもらえるよう頑張ろうと思っていました」。62歳で念願がかなった。1度箱根駅伝の総合優勝を果たした亜大では「監督を退いてもバックアップをしてほしい」という話もあったが「退路を断つつもりで」と大学の籍はきっぱりと抜いて九電工の強化に全力を注ぐ。

 ニコニコドーで岡田監督が頑張っていたときは、旭化成、沖電気など九州の実業団の女子選手が世界で活躍していた。「私がニコニコドーにいたときに比べ今はチーム数も減ってますしね」と、今の九州の女子陸上界のことを聞かれると少し寂しそうに話していた。今は男子の陸上でも名門旭化成でも本拠地の延岡市ではなく、同時に東京に拠点を置いてチームと離れて練習する選手もいる。東京に拠点を移してしまったチームもある。地方での成功が難しくなっているこの時代、再び九州から世界を目指して夢を追いかける。岡田監督の挑戦を楽しみに見守りたい。

February 25, 2008 11:00 PM 投稿者:前田泰子 | トラックバック (0)

2008年02月20日

J昇格へ盛り上がってキタ!:村田義治

 今季JFLに初参戦するニューウェーブ北九州が19日、次のステップとなるJリーグ昇格へ1歩前進した。今年1月に申請していたJ準加盟を、この日行われたJリーグ理事会が承認。今シーズン年間4位以内に入れば、J2昇格の資格を得られることになった。

 2年連続の“昇格”へ、夢が広がった。理事会ではニューウェーブ北九州とともにカターレ富山の準加盟も認められたが、トルシエ元日本代表監督が総監督に就任したFC琉球の承認は見送りとなった。九州・沖縄勢の2チームで明暗を分けた格好となったが、ニューウェーブ北九州の承認の決め手となったのが、行政の「本気度」だったようだ。

 ニューウェーブ北九州の原GMは、今回の承認をこう振り返った。運営会社の設立予定が7月のため「まだ、時期が早いとも思ったが、市にきちんと対応していただいたのがよかった」。2月2、3日に前もってJリーグから視察を受けたが、北橋北九州市長など、行政のトップが駆けつけ、Jリーグの関係者にJリーグ昇格に向けた支援策などを直接、伝えたという。

 北橋市長はこれまでも、JFL昇格祝賀会など公の席で、今後もチームを支援することを約束。承認見送りのFC琉球とともに、Jに見合うスタジアムを持たない点についても、新スタジアム建設構想をすでにスタートさせている。

 現在、政令指定の17都市でJクラブを持たないのが、浜松市と堺市と北九州市の3都市だけ。浜松の近隣には磐田、大阪南部にはC大阪があるが、北九州市はアビスパ福岡が本拠地を置く福岡市と約70キロ離れている。プロ野球もない北九州市にとって、プロチームの誕生は大きな夢だ。

 クラブの親会社や大スポンサーを持たないニューウェーブ北九州にとっても、北九州市の支援が無ければJ昇格の実現は厳しくなる。クラブと行政が手を取り合ってJクラブ誕生を目指している北九州市が、JFL開幕とともに一段と盛り上がっていきそうだ。

February 20, 2008 04:03 PM 投稿者:村田義治 | トラックバック (1)

2008年02月13日

数少ない母校出身の監督:前田泰子

 私事だが、私の母校は地方私立大だ。東京6大学のように知名度があるわけでもなく、国公立大のように頭が良いわけでもない。地方の普通の大学だ。そして、スポーツはからっきし弱い。

 取材活動を始めて、のべ10年ぐらいだが同じ大学出身の指導者にはほとんどお目にかかったことはない。大学数が今ほど多くなかったころは野球なども強かったそうだが、体育学部があるわけでもなく、スポーツ推薦制度もないので、今は野球もサッカーもリーグでは下位をさまよっている。新聞社にはスポーツ強豪校出身も多い。母校の活躍を喜ぶOB記者を横目に、肩身の狭い思いもしてきた。

 ところが最近、高校野球の取材をしていて母校の「先輩」に出会った。私が覚えている限りで高校野球の監督では2人目の「先輩」だ。「私も同じ大学出身です」と告げると、喜んでくれて「そうですか。うちの大学の出身の監督は少ないでしょ」と言っていた。指導者の世界もタテ社会でバリバリの体育会系だ。出身大学のつながりが大きくモノを言う世界で、少数派として頑張って来られたんだろうなあ、と勝手に推察してしまった。監督は自校の強化ももちろんだが、母校の方もなんとか強くならないかとも考えていると話してくれた。「有望な選手がいっぱい入学してくれればんいいんですけどね」と夢を語ってくれた。

 高校野球の練習試合解禁日には、母校のOBが指導しているチームが何チームか集まって練習試合をするのだという。そして、夜は監督同士で酒などくみかわしながら、選手の指導やチーム強化について話に花を咲かせるのだそうだ。少数派は少数派なりに団結して頑張っているのだと思うと、話を聞いている私までうれしくなった。

 全国で活躍するチームも、プロで活躍する選手もいないが、スポーツの世界で一生懸命頑張っているOBがいる。それを知って、これまでの「肩身の狭い思い」はなくなりそうだ。

February 13, 2008 04:40 PM 投稿者:前田泰子 | トラックバック (0)

2008年02月04日

大分にロッキー現る!:村田義治

“大分のロッキー”サントス新フィジカルコーチ(左)は選手にゲキを飛ばす  大分イレブンが「ロッキー」になる!? 今季、サントス(マノエルから登録名変更予定)新フィジカルコーチ(40)が就任した大分のフィジカルトレーニングメニューが、一変した。これまでは、決められた回数を自らのペースで行う方法が主だったが、サントスコーチの指示は、決められた時間内を100%の力でやり続けるというもの。全体練習5日目の2月4日も、4人対4人でのパス回し3分間を、1~1分半の休憩を挟みながら10本連続でやり続けるハードな内容。選手は悲鳴を上げながらも、そのメニューをこなした。

 勝利にこだわる姿勢が伝わってくる新フィジカルコーチだ。横浜フリューゲルスに在籍経験のあるサントスコーチは「カツタメニ、イマ、ヤラナイト!」「サイゴマデ、アキラメナイ!」と、激しい口調の日本語を選手に浴び続ける。「勝ち組に入るため、選手が100%の状態で(シーズンに)臨めるようにしてやるのがプロとしての私の役目だ」とサントスコーチ。その理論は、アメリカの学会で報告されたこともあるという。DF森重も「勝負にこだわる人だということがよく分かった」と新コーチを評する。

 ストップウオッチを左手に、ピッチで大きな声を張り上げるサントスコーチだが、サングラスをかけたその風ぼうに、クラブ関係者も「シルベスター・スタローンだね」と、映画「ロッキー」のテーマを口ずさむ。主演俳優に例えられたサントスコーチも「銀行の口座額は似ていないが、でも音楽を使うトレーニングにはロッキーのテーマを使うときもあるよ」と、スタローンとの接点を明かした。身ぶり手ぶりも使ってゲキを飛ばす姿に応えるように、闘志をむき出しにしてメニューをこなす選手に、シャムスカ監督も「いい雰囲気でやれている」と満足げ。リングとピッチの違いはあるが「プロとしてチャンピオンを目指したい」とサントスコーチ。「大分のロッキー」が、チームを戦う集団へと変身させている。

February 4, 2008 05:29 PM 投稿者:村田義治 | トラックバック (1)