2007年09月25日
ゴルフ界の華々しさの裏には現実が:前田泰子
プロの世界は本当に厳しいものだと感じた。今月はは九州オープン、湯布院オープンと2つのゴルフ大会を取材した。
出場していたプロゴルファーは、ほとんどがツアー出場権を持たない選手たち。試合に出られなければ賞金は稼げない。九州オープンで3位になった伊東長明はゴルフ場に勤務し、勤務後に練習する毎日。プロゴルファーだからといって特別扱いはない。「この試合も公休もらって来ているんですよ」と笑っていた。湯布院オープンで2位になった日置豊一も「レッスンもしているので、試合に出るのも難しいです」と話す。試合に出場するには仕事を休まなくてはならない。そして、試合に出場するには参加費や交通費、宿泊費がかかる。収入は減るが出費はかさむ。優勝しない限り、試合に出れば出るほど赤字になるという皮肉な現実がそこにはある。
宮里藍や横峰さくらの出現で大人気となった女子ゴルフ。女子に押されがちだった男子ゴルフも「ハニカミ王子」こと石川遼の活躍でグンと注目度が上がった。だが、華々しく活躍するのは、ほんの一握りに過ぎない。ほとんどが、厳しい現実を抱えながら夢を追う選手たちだ。ジュニア時代に活躍していた選手もプロでは芽が出ず苦労している選手もたくさんいる。
ある高校の指導者が言っていた言葉が思い出された。「最近はプロになりたいといって、進学せずに研修生を希望する生徒が増えているんですよ」。10代から活躍してバンバン賞金を稼ぐのを見て「自分もそうなれるのではないか」と思う学生が増えている。そして「進学してほしい」という親や先生の説得にも耳を貸さなくなってしまうのだという。
宮里や石川ら10代から活躍する選手がクローズアップされればされるほど、苦しい現実はますます見えなくなってくる。各競技の主催者は勢いのある若い選手を押し出して競技人気を高めようとする。だが、一方で成功する人とは対照的に、厳しい現実があるということもちゃんと伝えなければならないのではないか。今回、ツアー出場を目指している選手たちを見て、そう思った。
September 25, 2007 10:13 PM 投稿者:前田泰子 | トラックバック (0)
2007年09月18日
大分MF西山が「300」に込めた思い:村田義治
94年に平塚(現湘南)でスタートしたJリーガー生活も14年目を迎えた大分MF西山が15日、途中出場した川崎F戦でJ通算300試合出場を達成。試合は無念の引き分けに終わったが、自らの節目を飾る今季初ゴールを決め、存在感を示した。

「特別、意識するものじゃない」。達成目前にそう口にしていた西山だが、その言葉とは裏腹に、節目の一戦に向けて進めてきたプランがあった。300試合出場記念Tシャツを作成し、その売上金を、福祉やサッカー発展に役立てようというものだ。「まだ、どういうふうに寄付するとかは決まっていないが、育成とか、恵まれない子供たちのために生かしたいと思っている」。03年から翌年にかけ、全治6カ月と診断された右足骨折の大けがを乗り越えて実現した300試合出場。サッカーができる喜びを込めた行動だった。
300枚を用意したTシャツだが、追加生産が可能な体制をとっている。「いっぱい(Tシャツを)着てもらったら、それだけたくさん寄付ができる」。西山選手にお祝いを! と思われている方々。ぜひ、西山選手の思いのこもった記念Tシャツをどうぞ。
写真=300試合記念Tシャツを披露する大分MF西山
September 18, 2007 02:09 PM 投稿者:村田義治 | トラックバック (0)
2007年09月12日
2年生たちの成長が楽しみ:前田泰子
ついこの間、夏の甲子園が終わったと思ったら、もう来春のセンバツに向けて高校球児たちは新たなスタートを切っている。福岡大会は南部、北部とも九州大会予選が始まっているし、他県もぼちぼち組み合わせが決まってきた。やはり、気になるのはこの夏取材した2年生たち。東福岡は9人のうち7人が2年生だったし、日南学園はダブルエースが2人とも2年生。佐賀北もレギュラーのうち3人が2年生だった。右翼手の江頭は「僕たちの代でも変な成績は出せないから責任重大です」と優勝の重みをヒシヒシと感じていた。
今年はセンバツ、夏の甲子園と取材させてもらったが、九州のチームではないが1人、気になっていた選手がいた。センバツで敗れたときに取材をした選手だったが「この試合の経験を今後にどう生かしたいか」という記者の質問に対して、彼はこう言った。「負け試合で今後に生かせるものはありません。負けは負けでしかないですから」。いかにも負けん気の強い選手らしいコメントだけど、ちょっと心にひっかかった。負けを教訓としてそれを今後に生かさなければ、何のための負けなのか。本当に強くなれるのは負けを乗り越えた選手だと思う。負けた悔しさにフタをしてしまっても、何も進歩はないだろうになあ、とそのとき思った。
さて、その選手はどういうふうに成長して夏を迎えるのだろうか。ずっと興味を持って見ていた。結局、春はエースだった彼は、控えの番号を背負って夏の甲子園に戻ってきた。
甲子園で1勝を挙げたが、それぞれ悔しい負け方をして甲子園を去った東福岡、日南学園の2年生たちは、甲子園の経験をどのように自分の糧にしただろうか? あと1歩で甲子園というところで敗れた浦添商のエースはどのように成長しただろう? そして、甲子園で偉業を成し遂げた先輩の功績を受けつぐ佐賀北の2年生たちは? それぞれ、夏より少し大人びた顔になっているだろうか。
来月下旬の九州大会ではどんな顔ぶれがそろうだろうか。ちょっと気が早いけれど、今から楽しみでもある。
September 12, 2007 01:19 PM 投稿者:前田泰子 | トラックバック (0)
2007年09月03日
地球の裏側へ響かせた勝利のホイッスル:村田義治
今季最多の4ゴールで、大分が鮮やかな逆転勝ちを収めた2日の甲府戦。勝利を祈ってピッチを見つめる人がいた。大分の松村アレハンドロ通訳と、弟の松村クラウジオ強化担当。シャムスカ監督らブラジル人首脳陣、選手とチームを橋渡しする日系ブラジル人兄弟だ。
甲府戦前のことだった。ブラジル・サンパウロで、がんの闘病生活を送っている2人の実母博子さんの病状が悪化。チームに帯同していた2人にも伝えられた。監督ら首脳陣と私生活でも付き合いが多いブラジル人MFエジミウソン、ホベルトには知らされたが、残留を激しく争う甲府戦を控えた日本人選手には、試合前には伝えられていなかった。
試合2日前の夜。博子さんとも面識があるエジミウソンは突然の知らせに涙を流し、2人とともに悲しんだという。甲府戦を落とせば、チームは降格圏に逆戻り。次節まで試合間隔が2週間空くとはいえ、苦しい状況のままでは、チームを離れることができない。「勝って、ブラジルに戻ることができれば」(クラウジオ強化担当)。そんな2人の気持ちが痛いほど伝わってきたのだろう。エジミウソンは前半19分には、右コーナー付近のルーズボールを目掛け、ハーフライン付近から果敢にダッシュした。いつも以上に激しく、しつこくボールを追いまわす姿があった。
エジミウソンの気迫が、チームメートにも伝わったのか。チームは怒涛(どとう)の4ゴールで逆転勝ち。松村兄弟の弟は目頭はうるませ、兄は「アリガトウ」と口を開いた。戦う気持ちを取り戻した選手が響かした残留争いから1歩抜け出すホイッスルは、きっと、地球の裏側で病と闘う2人の母の耳にも届いたはずだ。
September 3, 2007 08:04 PM 投稿者:村田義治 | トラックバック (2)
