2007年01月28日

毎日がリティ講座:佐藤千晶

 最良の結果を得るには、目の前の課題を1つずつ片付けるしかない。当たり前だけれど、なかなか実行できない真理を、福岡リトバルスキー監督から教わっている。

 担当記者になって10日余り、雁の巣球技場に通って練習取材をしている。朝9時すぎから始まる練習は、昼の休憩を挟んで夕方6時を回ることもある。サッカーの練習を初めて見たので、これが普通かと思っていたら、Jクラブでは異例の長さだそうだ。日が暮れると「今日も、たくさん練習したなあ」と思うが、それまでは不思議と時間の長さを感じない。合計7時間を超える練習メニューが毎日、必ず順番や組み合わせを変えて行われるからだろう。

 村岡誠フィジカルコーチによると、リトバルスキー監督は綿密なプランを練るが、当日の練習内容は直前まで選手に伝えないという。理由を監督に尋ねると「ランニングの次にボールを使う、と言ったら、選手の気持ちはボールにいってしまう。ランニングに集中しないと、走る意味がない。今、やっていることだけ考えてほしいから言わない」と説明してくれた。

 練習を長く感じない理由は、もう1つある。監督の声を聞いているだけで、サッカーの勉強ができるのだ。選手への指示は基本的に日本語。初めてのメニューや、込み入った指示になると英語を使うが、それも比較的簡単な表現だ。外国人監督ならではのシンプルな日本語で、練習の意図がピッチの外まで届く。入社以来13年、サッカーと縁遠かった私にとって、監督の明確な指示は何よりも分かりやすく、勉強になる。担当替えが決まって、あわてて専門書を買い込んだのだが、当面は本よりも「リトバルスキー・サッカー講座」に集中することにした。

 就任直後、監督は選手に「公の場では常に、自分がサッカー選手だということを忘れないように」と話した。おそらく、同じような話をする指導者は多いだろう。取材すると「当たり前」「やるべきこと」という言葉を、よく口にする。失礼ながら、そのまま字にすると退屈なくらい、普通の言葉で話す人だ。ただ、自分の言ったことに対する徹底ぶりは、普通ではない。練習の合間の外出でも必ずスーツにネクタイを締め、報道陣の質問には立ち止まり目を見て答える。自分に課したことを確実にやり遂げる姿に、取材対象というよりも人間として興味がわいてきた。これから1年、監督が宣言した「1年でJ1復帰」へのアプローチを見続けたい。

January 28, 2007 04:51 PM 投稿者:佐藤千晶 | トラックバック (5)

2007年01月22日

大分シャムスカ監督のプチ自慢:押谷謙爾

 大分シャムスカ監督は今シーズンから「未知」の領域に足を踏み入れる。ブラジルでは10を超えるクラブで指揮を執ったが、最長で1年4カ月。大分での在任期間は、それとちょうど同じになった。1月下旬の再来日後、新たに3年契約を結び、自身初の長期政権へと突入する。

 その監督がプチ自慢するのが「在任期間」の短さだ。ブラジル・アラゴア州のCRBの監督に就任した直後、クラブの主力スポンサーが別の人物を監督に連れてきたという。「お前は総監督をやれと言われてね。現場が好きだから『イヤ』と言ったらクビになった」。チームを指揮したのは2日間だけ。契約書のサインが乾かないうちの解任劇。「ブラジルじゃ素晴らしい監督と言われても、1週間後には最低と言われますから」。この手の話は母国では日常茶飯事だとか。

 「CRBでの初日に選手やコーチによろしくとあいさつして、2日間練習して、3日目の朝は選手たちにお別れのあいさつだった。仕方ないよ」とシャムスカ監督は笑って振り返る。悔しい思いをしたのはクラブの幹部連中だった。この後、監督はCRBと同じマセイオ市にあるCSAと契約。就任6カ月でアラゴアス州チャンピオンに輝いている。「クビになったから新しい契約があった。だから優勝できたのですよ」。

 逆境を楽しみ、いつも前を向く姿勢はすがすがしい。希望を抱いてやって来た大分でも、練習環境が理想どおりだったわけでなく、ストレスを感じることもあった。でも愚痴はこぼさない。昨シーズンのある日、ポルトガル語の直筆メッセージを記したグッズを選手に配った。リストバントには「幸せは君の手の中に」、そして携帯電話のストラップには「夢はかなえるもの」とあった。目標を追い、ポジティブであり続ける。

 今年はどんな挑戦を続けるのだろうか。まもなくチームは始動する。

January 22, 2007 12:00 AM 投稿者:押谷謙爾 | トラックバック (0)

2007年01月16日

リティ福岡の船出:村田義治

 これが、昨年苦しみ抜いた福岡の姿なのだろうか。思わず自分の目を疑った。リトバルスキー監督を迎えた福岡の今シーズンの戦いが楽しみになる「リティ福岡」の船出だった。

 15日の全体練習初日。得意の指笛を鳴らしながら指示を与えるリトバルスキー監督は、細かいプレーにも自ら動きを実戦し、選手にアドバイスを送った。「チームのことを早く分かるには、どんどん声を出していかないといけない。見本を見せながら一緒にやっていく」とリトバルスキー監督。大宮から復帰したMF久永は「子供のころのスーパースター。今までにない(タイプの)監督」と、子供のように目を輝かせた。

 初日の練習は、選手から思わず悲鳴が上がる超ハードの内容だったが、寒いスタンドからサポーターも固唾(かたず)をのんで練習を見守っていた。結果を出すためには、やるべきことをやらなければならない-。リトバルスキー監督と選手からはそんな気迫が伝わってきた。

 約3時間の昼休みがあったとはいえ、朝8時の集合から午後7時の解散まで、選手はサッカー詰めの1日となった。それでもFW田中は「終わったあとに、長かったと思ったが、練習中は時間のことが気にならなかった。集中して練習できていたということでしょう」と振り返った。

 5時間超の練習を途方もなく長く感じた選手もいるかもしれないが、46歳のリトバルスキー監督は立ちっぱなしだった。軽快なボールタッチも見せ、ところせましと動き回る姿に「本当にサッカーをやれることがうれしいのだろう」と感じずにはいられなかった。

 J1復帰には厳しい練習を課さなければならないだろう。だが、それだけではいつか、肉体的にも、精神的にパンクする。FW田中のように、きつい練習を、あっという間のことに思えるリトバルスキー監督の練習方法こそ、今の福岡にピッタリ当てはまるように思える。世界レベルでサッカーの楽しさと厳しさを知る指揮官の「アメとムチ」が、1年でのJ1復帰を実現してくれるはずだ。

January 16, 2007 04:30 PM 投稿者:村田義治 | トラックバック (0)

2007年01月10日

精神的にタフだった神村学園:村田義治

 年末から全国高校サッカーの取材に出掛けた。福岡MF中村、東京FW平山らを擁した国見高(長崎)が優勝した03年度大会以来、ちょうど3年ぶり。中村の成長を福岡で見守ってきた記者にとっても、3年間での高校サッカーの様変わりに驚かされたものだ。

 今年度の九州からは、九州国際大付(福岡)と神村学園(鹿児島)の初出場2校が出場。そろって初戦を突破したが、対照的に21年連続出場の国見は初の初戦敗退。「指導者の後継者不足」という活字が新聞紙上に躍った。大会は盛岡商(岩手)が初優勝。新時代突入を予感させる結果となった。だが、初出場でベスト4まで勝ち上がった神村学園の快進撃には、九州高校サッカー界の先駆者たちの「教え」にも支えられていた。

 神村学園の竹元真樹監督(34)は鹿児島実OB。松沢隆司・鹿児島実総監督(66)や小嶺忠敏・国見前総監督(61)同様、創部時からバス遠征を繰り返した。それは、初の全国大会だった今大会も例外ではなかった。鹿児島を出発し、福岡では、なんとカプセルホテルに一泊。翌日、一気に横浜市までバスで東上した。

 選手は「先生からうちは予算がないから、と言われるんです」と口をそろえたが、竹元監督は精神面の鍛錬を強調した。普段と変わらぬ姿勢で臨んだ大会では、初出場のプレッシャーをみじんも感じさせなかった。精神面でのたくましさを見せつけた。

 九州サッカー界は、これまで運動力で相手を圧倒してきたといわれる。だが、竹元監督は鹿児島実の強さの秘訣を「精神的な強さ」と指摘した。運動力はもちろん、どんな相手でも自分たちの力を発揮できるメンタルの強さが最大な武器だったといえる。

 近年、Jリーグの開幕に合わせ、高校生のサッカー技術も向上した。だが、今大会の結果を見ると、全国的にテクニックを思う存分に試合で発揮できるメンタルの強さが、選手に伴っていなかったように思える。神村学園以外は成績不振に終わったが、名指導者の流れを汲む新世代の指導者が登場してきた九州勢が、たくましく復活ののろしを上げる日は遠くないはずだ。【村田義治】

January 10, 2007 08:13 PM 投稿者:村田義治 | トラックバック (1)