2006年12月25日
シャムスカ監督、強盗にも大胆采配?:押谷謙爾
今ごろ地球の裏側でクリスマスパーティーを楽しんでいるのだろうか。大分のシャムスカ監督らスタッフがブラジルへ帰国した。1月下旬まで1カ月以上、自宅や別荘でのんびりと体を休める。
「料理はうまいし、景色もきれい。女性もきれい。1度、遊びに来なさい。私の家にいれば、休みながら記事を書けるだろう」。シャムスカ監督はパラダイスのような国へ気軽に誘ってくれる。デスクの許可があれば半月ほど出かけたい。でも、ブラジルって治安どうなの? 気になって監督に聞いてみると「私も強盗に遭ったよ」と笑いながら言うので驚いた。
大分の監督就任直前のこと。別荘を借りて1カ月間のバカンスを楽しんでいたある日、3人組の強盗が押し入ったという。家族でサッカーのゴール特集をDVDで楽しんでいた最中だった。「相手はピストルを持っているし、どうしようもないから『好きに持っていってくれ』と言った。彼らがお金を盗んでいる間、ソファに座って、そのまま家族でDVDを見続けていたよ。ハハハ」。大胆というか、落ち着いているというか。この辺の感覚はよく分からない。
さらに途中、物色に夢中になった強盗の1人がピストルを机の上に置いているのに気づき、反撃を検討したという。仲間の位置や攻撃に出るタイミングなど「戦術」を練ったが、やはり数的不利の状況から断念した。「冷静に頭の中で考えたけど、無理だった」。さすが、名将。命に別状がなかったおかげで、今の大分があるわけで…。
そんな魅力いっぱい? のブラジルで、シャムスカ監督は故郷サルバトーレを推薦する。私が行ってみたいのは、そこにある教会。よく願い事がかなうのだとか。06年シーズン前、その教会を訪れた監督は、トリニータのチームカラーである青のミサンガを右手首に巻きつけた。そして、3つの結び目に3つの願い事を込めた。「願い事は人に言うと効果がなくなるから」と内容は秘密のままだったが、1つは大分の優勝だったと信じている。
07年シーズンからクラブは「3年以内の優勝」を命題に掲げる。シャムスカ監督は新たに3年契約で合意した。来年の1月、充電を終え、どんな決意を持って再来日するのか。新しいミサンガが巻かれているかも、しっかり取材しようと思う。
今年も皆さん、いろいろとお世話になりました。よいお年を。
December 25, 2006 12:01 AM 投稿者:押谷謙爾 | トラックバック (5)
2006年12月19日
福岡の生え抜きFWが来季のカギ:村田義治
福岡再生のカギを握る男かもしれない。12月13日。午前中にチームの練習は終わった。静けさが戻った午後の練習場に、1人の選手がやってきた。小雨が降り、冷たい北風が顔を刺す。それでも、1人で黙々と走り込む姿があった。「(チームと)一緒に練習したら、と声をかけてもらったけど、なんか、みんなに顔を会わせづらくて」。なつかしい顔は、そう遠慮がちに口を開いた。
今年10月。苦しい残留争いを続けるチームを離れ、九州リーグのV・ファーレン長崎に期限付き移籍で移った。JFL昇格の使命を背負った全国地域リーグ決勝大会に5試合出場。だが、JFL昇格にチームを導くことはなかった。そして、長崎から福岡に向かう車の中で福岡のJ2降格を知った。今年ユニホームに袖を通した2チームとも、目標をクリアすることができなかった。2つのチームメートに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「自分が、その場(入れ替え戦)にいることすらできなかったのが悔しい」。プロ生活を過ごしてきた福岡の選手として、チームに必要とされなかった悔しさをにじませる。その一方で「長崎を(JFLに)上げられなかった。来年も長崎のためにやりたいという気持ちもある」。責任の重みも背負った。
来季、福岡への復帰が決まった。「これが最後のつもり」。自らも勝負の1年に位置づける。「1点の重みを思い知らされた。長崎の経験を、福岡で生かしたい」。
07年、プロ6年目を迎えるFW林祐征(23)。精神的にも一回りタフになった生え抜きFWの再生が、決定力不足に泣き続ける福岡再生への一番の近道のように思える。
December 19, 2006 03:37 PM 投稿者:村田義治 | トラックバック (0)
2006年12月12日
情熱がほしかった:押谷謙爾
やるせない気持ちだ。福岡がたった1シーズンでJ2に落ちた。
昨年、J1昇格を決めた際、松田監督と強化責任者の中村チーム統括グループ長(当時)を二者択一する必要があった。2人の関係がうまくいっていなかったからだ。シーズン中、不仲を知らなかった経営陣は松田監督を選択し、新しく長谷川チーム統括グループ長が就任した。06年が開幕。成績不振を理由に松田監督を解任、長谷川氏が川勝監督を招聘(しょうへい)した。シーズンが終了し、降格の責任を負う形で両者は事実上、解任された。「そして、何も残らなかったね」。在京クラブの幹部は福岡の迷走ぶりにため息をついた。
今年5月に就任した現社長を中心に来季の準備を進めているが、検証や分析は十分にやったのだろうか。心配だ。時間的な余裕がないのは事実。さらに人材とノウハウに乏しい現体制で、やれることは限られる。サッカークラブでの実績のない経営陣が出資企業からやってきて、2~3年でコロコロと変わる。積み上げたものをうまく引き継げばいいが「早く3年経って辞めたい」というモチベーションの低い人が多くては、事は簡単に進まない。そんな経営者の下では社員の情熱が薄れていくのも自然だろう。残念ながら、クラブにあまり一体感が感じられない。
福岡市や出資企業からの出向者で構成される経営体制が悪いわけではない。行政とのつながりで、有形無形の支援を受けているし、デメリットばかりではない。ただ、彼らに情熱がほしいのだ。
残留争いの正念場で右ひざをけがしたMF中村北斗は入れ替え戦の日、私服姿でウォーミングアップ場の隅にいた。コーチの声に合わせ、ダッシュしたり、飛んだり、跳ねたりする仲間に、大きな声をかけて盛り上げた。全治6カ月の体は動かせない。だが、中村は仲間と同じリズムで体を揺さぶっていた。その姿を見た川勝監督は「あいつ、気持ちを一緒にして戦ってたんだ。泣きそうになった」と漏らした。こんな話を聞くと胸が痛くなる。一方で、試合後のセレモニーであらかじめ用意した原稿を棒読みする社長には頭が痛くなる。最後までクラブは一枚岩でなかった。本当に残念でならない。
December 12, 2006 05:45 PM 投稿者:押谷謙爾 | トラックバック (1)
2006年12月05日
1面の左端に写る2選手:村田義治
今月3日付の本紙1面。みなさん見ていただけましたか。今年初めて福岡を取り上げた1面を目にした瞬間、記事を書いた私も、ジワリと目にくるものがありました。2日のリーグ最終節甲府戦。起死回生の同点ゴールで、入れ替え戦出場を手繰り寄せた佐伯選手と千代反田選手が抱き合う瞬間の写真が、バーンとメーンを飾ってました。佐伯選手、いい表情してましてね。しかし、それ以上に目を引いたのが、後方から2人に抱きつく薮田選手と吉村選手の2人でした。
この試合の2日前。2人はクラブから戦力外通告を受けました。今季移籍加入した2人は、ともに30歳。薮田選手はグラウシオ、田中選手が故障で離脱した開幕直後から、FW、そして中盤両サイドでチームを救ったチーム得点王。吉村選手もシーズン終盤、不動の右サイドバックとしてチームの巻き返しを支えてきました。選手会とクラブの申し合わせにより決まっていたとはいえ、レギュラー格としてまだ試合を残しているシーズン終了前の通知には、首をかしげました。
突然の戦力外通告にも、2人は「プロの世界では仕方ない」と口にし、入れ替え戦出場をかけて最終節に臨みました。古賀選手の出場回避でスタメン出場が回った薮田選手は、先制点を与える痛恨のパスミスを冒しました。「このまま終われば、これが福岡で最後の試合になる」。そんな思いもよぎっていたんでしょう。新聞の左端に写る薮田選手の表情は、今にも泣き出しそうな顔でした。翌日、新聞を目にした川勝監督も「俺も泣きそうになった」とこぼしたほどでした。
福岡で1試合でも長く試合をしたい-。2人の思いが天に通じたのか、福岡は逆転で入れ替え戦切符を手にしました。「福岡にきて、いい仲間と出会えた。この仲間との残り2試合を楽しみたい」。そう薮田選手は入れ替え戦への抱負を口にしました。本来なら、クラブにうらみ、つらみの言葉をぶつけたいところでしょうけど…。それでも、来年、自分が所属することがないチームのために、最後まで2人が頑張ってます。チームが勝つために、自分にできることはすべてやり尽くす。2人の背中が「これがプロサッカー選手」と語っているように見えます。とにかく苦しかったJ1復帰元年。ともに戦ってきた2選手への感謝の意を込めて残り2試合、2人の勇姿をしっかり目に焼き付けたいと思う。
December 5, 2006 10:35 PM 投稿者:村田義治 | トラックバック (0)
