2007年01月01日

柳下監督との3年間:長島一浩

 柳下監督の3年間が終わりを告げた。札幌の担当となって1年半。12月29日の天皇杯準決勝敗退の監督記者会見で発言した言葉が、一番印象に残った。「正直なところ、ここ(ベスト4)が限界でした」。在任の3年間、前向きな発言が多かったが、公の場で初めて弱音を聞いた気がした。

 私の知る監督は、とても怖い人だった。監督のちょうど半分の23歳。父親のように選手と同じく、何度も怒鳴られた。「記者に向いていない」とまで言われたこともあった。進退問題など厳しいことも質問した。嫌われることも書いた。1対1で人事にかかわる質問をすると「どうしてさっき(記者会見で)言わない」と突き放されたこともあった。いろいろなことがあった。

 だが、札幌ラストゲームとなった日は違った。決して弱音を吐かない強い人だと感じていただけに、心の中の本音を聞いた気がした。別れる前に握手した。「じゃあ、また」。それが素なのだろう。笑っていた。

 天皇杯前の福島、神奈川合宿中も、吹っ切れたような笑顔があった。報道陣が「誕生日の1月1日はケーキを用意しますよ」と言うと「ホント?」と子どものように笑った。ピリピリムードはない。選手のミニゲームから20~30メートル離れた場所で腕を組みながら、ほほえんでいた。もう、すべてやり尽くした。あとは試合を迎えるだけ-。そんな思いだったのだろう。

 3年間のリーグ戦で結果を残せなかった。退任が決まってから迎えた天皇杯。J1勢との試合に、プレッシャーが小さかったのかもしれない。伸び伸びと指揮を執っていたように感じた。

January 1, 2007 10:00 AM 投稿者:長島一浩