2006年09月01日

★セットプレーの重要性
9月に入るといよいよアジア杯予選の中東シリーズである。またほとんど練習時間なく試合に臨むことになるが、この環境下で何が出来るかを考えてみたい。
最も重要なのはセットプレーのバリエーションを増やすことであろう。セットプレーのキックの精度を上げるのは代表レベルの練習ではないが、チームとしてアイデアを持ち寄ってセットプレーの時のバリエーションを増やしておいたり、連係の練習をしたりするのは意味があるように思う。理由は2つである。
最初の理由は、サウジアラビアはともかくイエメンは再び引き気味の戦いを仕掛けてくる可能性が高く、流れの中のゴール以外のオプションの確度を上げておく必要があるからである。トリニダード・トバゴ戦にしても、前のイエメン戦にしても、セットプレーからの得点が入っているのは言うまでもない。スペースを消し合う現代のサッカーにおいて、セットプレーは、流れの中のゴールと比べて格好は悪いが有力な得点源であり続けている。
また、個々のプレーを見ても、トリニダード・トバゴ戦の1点目は、三都主のFKからのゴールだったが、このシーンを思い出してほしい。テレビの解説は、ボールをプレースしている時に、闘莉王がここに蹴れと場所を示していたのではないかと話していたが、僕が注目したのは、そこではなくて我那覇のポジションである。我那覇は、ボールをプレースしている時には守備陣の壁に混ざっていて、蹴った瞬間に壁を離れてゴールに向かって走った。もちろん、蹴った瞬間に敵守備陣の壁はジャンプしているのだが、我那覇がいたスペースだけ壁にぽっかりとすき間ができて、三都主の蹴ったボールは、このすき間をかすめてゴールに飛び込んでいる。つまり我那覇が「壁に穴を開けた」のである。
これが打ち合わせてあったプレーかどうかは分からないし、それほど珍しい作戦でもないが、この時は見事にはまっている。日本人フリーキッカーの高い技術と、それほど戦術的洗練度が高くない相手という条件がそろえば、こういう割とプリミティブなトリックプレーが有効な場合は今後もあるだろう。イエメン戦は、いく度となくセットプレーの機会があったが、わりと工夫なく放り込んだり、シュートの精度を欠いたりで、単調な攻撃が続いた。結果的にセットプレーから2点を奪ったが、より強い相手とやっている時のワンチャンスの打率を上げるという観点でも、もっと工夫したプレーがあっていいように思われる。
★アウエーの難しさとは
2つ目の理由は、すごくシンプルで、サウジアラビア戦の舞台であるジッダは北緯21度に位置する灼熱(しゃくねつ)の都市であり、イエメン戦の舞台、サナアは海抜2300メートルの高地と、走り回るには極めて条件が悪く、効率の良いセットプレーへの依存度が高まることが予想されることである。ジッダの天気予報を「インフォシーク天気」で見ると、試合の行われる9月3日は何と最高気温予想が40度(!)とのこと。キックオフは現地時間20時30分で、乾燥帯は日が落ちると急速に温度が下がるが、それでも30度はあると見た方が良いだろう。また、紅海沿いということもあり、雨は少ない地域だが湿度は高い。
サッカーをするには良い条件ではないが、幸いなことに日本も暑い国であり、ジッダの暑さの方は何とかなるかも知れない。しかし、もう1つのサナアのエレベーションはより難しい課題だ。標高2300メートルというのは富士山の河口湖口新5合目とほとんど同じ高さである。人が高山病を発病する危険性が出る高度が大体2400~2500メートルといわれるから、高山病発病の限界に近い高度で戦わねばならない。アウエーの難しさというのは敵サポーターからのプレッシャーもあるが、それ以前の気象や地理といった所与の条件からもたらされるものも大きいのである。
高地でのサッカーと言えば、エクアドルやボリビアといった標高3000メートル近い高度に首都を置く国が、W杯予選のホームゲームで無類の強さを誇ったことはよく知られている。エクアドルの南米予選での成績は極めて面白い。ホームの7勝2分に対して、アウエーが1勝2分6敗と好対照なのである。ブラジルもアルゼンチンもエクアドルのホームでは敗れているのである。南米地区予選はそもそもホームアドバンテージが大きい傾向はあるが、それにしても彼らが首都キトの2800メートルというエレベーションをよく利用していたのが判る数字である。また、ボリビアの首都ラパスは、標高3300メートルと世界で最も高い位置にある首都というトリビアを持つが、ボリビアチームも南米予選ではホームでいい成績を収めていた。ただし、同類のエクアドルにはこのマジックも通じなかったようで、ボリビアvsエクアドルの世界の首都高度1位2位国の対決は、エクアドルの2勝に終わっている。
ただ、エクアドルチームを1つだけ擁護しておくと、ドイツW杯ではA組をドイツに続いて突破して決勝トーナメントに出て、トーナメントでイングランドに惜敗している。ゆえ、エレベーションのマジックのみならず、低地でも実力があるチームなのは間違いない。
日本代表は、キトほどではないが、キトまであと500メートルという相当の高地で戦わないといけない。僕がラパスに行った時、高山病云々の前に空気が薄くて走るどころか歩くのもしんどいくらいであった。日本では山の手などと称される高台にお金持ちが住み、下町と呼ばれる低地に庶民が住むのが一般的だが、ラパスでは空気の濃い盆地の底にお金持ちが住み、空気の薄い盆地の縁の高地がスラムと、価値観が逆転しているくらい、高地においては酸素は死活問題なのである。
サナアでの戦いも、時間が過ぎるにつれて、完全に足が止まってしまう可能性も考えられる。それを考えると、チャンスを確実に仕留める意味でも、足が止まった後でもセットプレーなら何とかプレーできるという観点でも、セットプレーの確度を上げておくというのは、合理的な選択のように思う。
★動き出しのタイミング
セットプレーに加えて、あと1つポイントとして考えられるのは、ボールを持っていない選手の動き出しのタイミングを意識的に速くすることである。前のイエメン戦では、サイドや前線にボールが収まった後からサポートの選手が動き出しているケースがどうにも目立った。これでは、容易にパスの出し所を押さえられてしまう。速いダイレクトプレーをするには、パスの出し手が速く出すかどうかよりも、パスの受け手が適切な位置にいるかの方が要素として大きい。代表のみならず、ここ数節Jリーグの試合を見ていて、この点はまだまだ欧州の列強と比べると差があるなと感じた。日本のサッカーのリズムがゆっくりしていると言われるのは、ここに大きな要因がある様に思う。動き出しが遅いから、ダイレクトパスが出せない。出せないがゆえにボールを持ってしまう、ということである。
★リベルタドーレス杯を終えて
さて、日本代表の話題は以上である。最後に、少しだけ年末のFIFA世界クラブ選手権についてふれておきたい。つい2週間前にリベルタドーレス杯が終わり、南米代表がブラジルのインテルナシオナルに決まった。前回の世界王者であるサンパウロFCを破っての栄冠である。決勝もホーム&アウエー方式で行われたが、なかなか南米らしいスペクタクルな試合で面白かった。集中力が切れてくるとプレーヤーがボールに集まってきて軽いダンゴ状態になるなど、戦術的な洗練度では欧州に大きく劣るが、それとエンターテイメントとしての面白さはあまり相関しない。ブラジル人選手の特徴は、とにかく誰でも一定レベル以上の足技を持つということだと思うが、そのテクニックを存分に楽しめる試合だった。
特に目立ったのは、インテルナシオナルの11番、ブラジルU-21代表であるラファエル・ソービスである。アモローゾとルイゾンが抜けて良かれ悪しかれ派手さがなくなったサンパウロFCのFW陣と比べて、この11番の若者はとても目立っていた。
速いし、ドリブルも上手いし、シュート力もある。タイプで言えば、ポルトガル代表のC・ロナウドに近い。ブラジル代表は、重戦車の様なFWと中盤の人材は豊富な一方、良いウイングプレーヤーを近年輩出していないのが弱点だと思っていたが、あっさり優秀な若手が出てくるものである。ロナウジーニョはバルセロナでのポジション通り、ウィングの仕事も出来るから、南アフリカW杯では、左からロナウジーニョ、アドリアーノ、ラファエル・ソービスという3トップのブラジル代表という珍しいものが見られるかも知れない。
早速ACミランに移籍という話があるようだが、こういうボールを持ってエゴイスティックにプレーできるタイプの選手は、強豪クラブよりも中堅どころのエースで4番みたいな地位がよく似合う。この選手が移籍せずに12月に日本にやってくるかはわからないが、ぜひ見てみたい選手の1人である。
※写真はトリニダード・トバゴ戦での我那覇(撮影・鹿野芳博)
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