2005年10月17日
赤の軍団バーレーン、乗り越えた「埼玉の悲劇」
海島 健(バーレーン大学講師)
W杯アジア最終予選の5位決定戦、バーレーンがウズベキスタンにアウエーゴールの差で際どく勝ち上がった翌日の10月13日、アラビア語紙「アルワサット」は「幸福の夜-花火が彩るスタジアム」とのタイトルで報じた。「赤の軍団(=バーレーン)は勝つチャンスこそ逃したが、大陸間プレーオフ(対トリニダード・トバゴ)にこぎつけた。大きな夢にまた1歩近づいた」。
バーレーンのテレビはもとより、アルジャジーラ・スポーツ(カタール)、アブダビ・スポーツチャンネル、ドバイ・スポーツ(ともにUAE)といった湾岸近隣諸国のテレビ局も祝福してくれ、サウジアラビア、チュニジアに続いて3つ目のアラブの国がW杯本大会に行けるように、とのメッセージを出した。
主審の誤審のため再試合となったタシケントでの第1戦(10月8日)は押され気味だったが、センターバックのモハメッドアドナンの好守やGKアリハッサンの好セーブなどでしぶとく守り、1-1の引き分けに持ち込んだ。
4日後(10月12日)のホームでの一戦は、0-0のスコアレスドローでもアウエーゴールのルールからバーレーンの勝ち抜けという有利な状況で迎えたが、実際にそうなった。中盤や両サイドからのパスが面白いくらい前線につながり、FWのタラルユスフとフセインアリがシュートを放つ場面が再三見られた。決められなかったもののゴールの“匂い”が濃厚な試合だった。後半40分にはスタジアムからアラーフバイルコールが起こり、それに応えるかのようにアラーフバイルがピッチに姿を現した。けががいえたばかりでスピードはまだまだだったが、テクニックだけで相手のDFを混乱させファンを沸かせた。
一方、0-0だと敗退が決まるウズベキスタンは、得点源のエースFWシャツキフが風邪をひいて試合に出られなかったのが響いたようだ。
深夜12時近くに試合が0-0で終わった後、ラマダン(断食)中の夜空に花火が打ち上げられ、繁華街での大騒ぎは未明まで続いた。
サルミーンのオウンゴールで敗れた「埼玉の悲劇」(3月30日)からずっと負け続け、試合のパフォーマンスも低下する一方だったが、初戦0-1で敗れた試合が主審の誤審と認定されて再試合となるという“神風”に押され復活してきた。この1カ月の間にどこでもこなせる万能型プレーヤーのフセインババ(今回はボランチとして大活躍)とスーパーストライカーのアラーフバイルが戻ってきて、ほぼ役者がそろった。今年に入って1番内容の良かったゲームだったと言っていいだろう。今回、間に合わなかったFWナセルが戻ればもう完ぺきである。
世論も「ほぼ出場絶望」から「かなりの確率でいける」とがらりと変わり、筆者に対しても「ドイツでは日本をやってやるからな!!」といきまくファンもでてきた。何かと日本がらみだったこの予選。結末はいかに。
October 17, 2005 10:18 AM
