2005年09月26日

終わらない万博

池田奈月(フリーアナウンサー)

友人「万博、いっぱいらしいね」
私「あぁ、もう、すんごい人なんよ!」
友人「10日前にはチケット売り切れてたんやて」
私「へぇ~っ。“売り切れ”なんてあるんだぁ」
友人「私、1人で行こうかと思っててんけど」
私「え~っ!?1人で?でも行ってたら大変やったよ、きっと。8時間待ちのところもあったって」
友人「は、8時間!? 入るのに?」
私「そう、長蛇の列でね。多分【○*▼+☆(企業名)】辺りと思うわ。人気あるもん」
友人「【○*▼+☆】辺り???」
私「明日で終わりやし」
友人「なっちゃん・・・それ、もしかして愛・地球博の話? 私が言ってんのは、ガンバ!!」
私「や~ん!!!」

という冗談のような本当の話があった24日。「万博」こと大阪・万博記念競技場では、これまでで最多の2万2884人の観客を迎えて、首位攻防戦・G大阪-鹿島戦が行われました。奇しくも5年前と同じく、G大阪が優勝に近付くかどうかの大切な試合を鹿島相手にホームで戦う。いやがおうにも盛り上がるって話です!

なのに私ってば・・・。

さっ、気を取り直して♪


…震えましたね。

90分間、ずっと選手はトップギアが入っていました。見応え十分、試合内容としては代表のホンジュラス戦以上でした。終盤勝ち越しただけに、G大阪にはもったいなかったですが、逆に鹿島のしたたかさはさすが。最終節後、G大阪が勝って「虎に続いた」とか、敗れて「経験の差出た」とか安売りしないで欲しいなあ。この試合がすべて。そんな一戦でした。

後半ロスタイムの攻防は、ポイントになるプレーの連続。特にG大阪の勝ち越しシーン。(1)G大阪二川がファーサイドへ正確なのクロス。(2)大黒がタメた。このカカ張りのタメは自信の裏返しでしょうか。(3)切り返して上げた大黒のクロスに相手DF岩政が当たり、方向が変わりました。(4)冷静にアラウージョが左足を合わせました。

図で表すならたった4本の矢印です。でもこの美しい連係、こんな局面でなかなかつながりませんよ。動きに無駄がなくプレーに流れと張りがありました。西野監督は拳を天に突き上げました。大一番を制しVロードが頭をよぎったG大阪ファンも多かったのでは。「勝ったと思ってしまったのか。脱力感が出始めてしまったのか」(MF橋本)渦中の選手でさえ、余韻に浸ったのでしょうか。直後に心の隙を突かれました。

一方の鹿島は勝ち越された直後、岩政の縦パスを起点にフェルナンド→鈴木→アレックス・ミネイロで追いつきました。一瞬でした。GK藤ヶ谷も飛び出せない絶妙な縦パス。そして、おとりとなったフェルナンド。一連の速い連係こそ鹿島の強さでしょう。そして前半の2点を決めた小笠原という不動の司令塔もいます。

G大阪イレブンは力なくピッチにへたれこみました。その直後に再び、鹿島の縦パスから強襲を受けました。シュートが枠外を越えていきました。ホイッスルが鳴り響きました。土壇場で勝ち越し、そして追いつかれたG大阪ですが、最後は、よく再逆転を許さなかったなと…ホッとしました。

G大阪の戦力はと鹿島と互角かそれ以上かもしれないですが、大きな壁を見たのは私だけではなかったと思います。「経験の差」という言葉は嫌いなのですが、確かに横たわっているような気がします。

ただし試合後、鹿島DF新井場選手はG大阪に対して「これだけ守備で疲れる試合はなかった」とした上で、「優勝を狙えるチームと確信した」。古巣を評価する言葉は単純に余裕の裏返しではないようです。その表情は厳しいもので、「オレがいたころのガンバとは違う」と経験を踏まえての発言です。両チームを知る彼の言葉が有力な物差しだとして、両者の戦力は拮抗。その意味でこの試合がドロー決着だったのは当然の結果かもしれません。

まだ今季が終わったわけではないのです。残り9節を取りこぼさなければ、勝ち点1リードするG大阪は本命でしょう。関西から王者が生まれて欲しい。思い切り関西人の本音ですが。シジクレイと遠藤を出場停止で欠く次節・清水戦などアウエー3連戦を踏ん張って、ホームに帰ってきてくれるのを待っています。

愛知万博は終わりましたが、大阪の万博は、まだまだこれからが熱いのです。

September 26, 2005 02:57 PM

2005年09月19日

バーレーン竜に神風? 敗戦が無効試合に

海島 健(バーレーン大学講師)

 W杯アジア予選5位決定戦(9月3日、タシケント)でウズベキスタンに0-1と敗れたバーレーンだが、第2戦を翌日に控えた同6日、日本人審判の誤審を理由に「バーレーン-ウズベキスタン戦は仕切り直しとFIFAが正式決定」の報が伝えられ、バーレーンは大騒ぎになった。

 この決定はまさに「神風」だった。何より、敗戦がなくなってしまったし、仕切り直しの10月8日の試合を前にタシケントでのアウエーを経験することができたのも小さくない(第2戦は10月12日にホーム)。

 「4連敗(3月30日の日本戦以来のW杯アジア最終予選のこと)のことは忘れて」と、新監督ロカに率いられて乗り込んだタシケントでの試合だが、内容はひどかった。相手キーマンのカシモフに自由にスペースを与え、軽々と先制された11分のシーンを見て「今日もだめだ」と感じたバーレーン人は多かったはずだ。得意の速攻は全く見られず、パスワークも機能せず、敗れるべくして敗れた試合だった。

 この1年、新戦力の発掘は全くと言っていいほどなく、選手層の薄さが敗戦につながったと言える。スピードのあるFWが不在で、決定力がないのは致命的だ。

 だが、今回の仕切り直しで、試合は1カ月後となったため、本来なら出場できなかったであろうスピード豊かなFW2人が、出場できるかもしれない。確実視されるのはスーパーサブのドアジ・ナセル。そして微妙だが、国民的英雄のスーパーストライカー、アラー・フバイルも故障による長期離脱から復帰する可能性が出てきた。もし、そうなれば、まさにバーレーンにとって仕切り直しは神風と言えよう。

 バーレーン人の中にはイランがW杯を決めたから、もうそれで満足している人もいる(ペルシャ系バーレーン人やシーア派住民に多い)。日本やイランと戦っていたころの熱気は、今は感じられない。W杯アジア最終予選で3月30日の日本戦から9月3日のウズベキスタン戦まで5連敗では、それも仕方がないだろう。

 だが、「神風」がそんな流れを変えてくれるのではないか。バーレーンを愛する者として、そう信じているのだが…。

September 19, 2005 10:09 AM

2005年09月13日

「ナオコもやる ☆(=^:^=)☆ そして今」

川上直子(日テレ・ベレーザ所属)

 わたし川上直子の原点は兵庫県明石市立高丘西小学校サッカークラブです。兄のやっていることをなんでも一緒にやりたくて親の反対を押し切って始めたサッカー。ボールをけってみて楽しかったからとかでは全くありません!! 何もわからずに「なおこもやる☆(=^:^=)☆」と言って始めたサッカー。

 「一度始めたら簡単にやめるんじゃない!」という親の教育方針の中で、やめるという選択肢を与えてもらえずに続けた結果=現在の川上直子があります。男の子に混じってやっていた小学時代、体格面、体力面での差はなく対等にプレーしていましたが、当時は女の子がサッカーをやってるコトがまだめずらしい時代で、「女がいるぞー( ̄□ ̄!)」なんてよく言われもしました。

 しかし、その「女が・・・」って言葉に、当時の少女川上直子(その頃は顔黒に髪はポニーテール♪)は過敏に反応し、「男なんかに負けるかぁ!!!」って気持ちをいつも持ってたような気がします。ですから今サッカー選手としてわたしが存在できているのは、親のおかげと、わたしをある意味女として見てくれた男の子たちのおかげかもしれません(*^0^*)☆感謝☆

 でも実際には、指導者やチームメイト、その他ホントに多くの方の支えがあったからこそ、27歳になった今もサッカーを続けてられてるわけです。。。自分のためにやってるサッカーですが、これからも感謝の気持ちを忘れずに、自分らしく続けていきたいと思っています。

 最後に1つ、今は「男になんか!」的な気持ちはないですよ。男性あっての現在のわたしですので・・・。気の強い女だなぁぁぁなんて思わないでくださいね♪♪♪

September 13, 2005 05:29 PM