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<title>記者コラム</title>
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<title>高桑健</title>
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<![CDATA[<p>男子２００メートル個人メドレーで３位、銅メダルを手にする高桑健（共同）</p>]]>

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<title>読者の反響で再発見</title>
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<modified>2007-01-01T02:49:10Z</modified>
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<summary type="text/plain">　０３年１１月１７日に始まった「見た聞いた思った」は、今日の担当デスク、記者の座...</summary>
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<![CDATA[<p>　０３年１１月１７日に始まった「見た聞いた思った」は、今日の担当デスク、記者の座談会をもって終了することになりました。最初は９人、後に１０人の記者がローテーションで担当し、現場で見て聞いて感じたことを伝えてきました。３年余りの間に登場した記者は延べ３７人。読者の皆さんからはメールや手紙でたくさんのご意見を寄せていただきました。ありがとうございました。</p>

<p>　◇　　　◇　　　◇</p>

<p>　南沢「普段は、取材現場で記者が感じたことや主張よりも、事実関係を優先して書くことが多いけれど、そこでそぎ落としている“感じた”こと、主張を入れた長文のコラムをやってみようとなった。『見た聞いた』は『取材』の総称で、そこに主張や感情も込めた『思った』を入れて、専門分野以外も含めてフリーのテーマで行こうと。５０行じゃなく１００行という長さにもトライしたかった」。</p>

<p>　田「いわゆる社説でなく『記者の顔が見えるコラム』としてスタートした。顔写真と略歴を付け、読者との“キャッチボール”の窓口として、反応を受け入れるメールアドレスもつけたのは今までにはなかった。特定の記者には必ず返事をくれる読者もいた。読者が書き手を近く感じる。それは狙いの１つで成功だった」。</p>

<p>　南沢「メールはリアクションが速い分、熱く、感情がダイレクトで厳しい指摘も届いた。かわりに褒めてくれる意見はうれしく、メールを開くたび一喜一憂した。それは新鮮だった」。</p>

<p>　田「このコラムだけでなく他の記事の感想が届けられたりして、こちらが読者の顔ものぞけるような気もした。批判的な意見が多かったが、いろいろな読み方をしている人がいるんだと参考になった」。</p>

<p>　南沢「書き手としては、ほかの分野にも意識してトライした？」。</p>

<p>　井上「４０歳を過ぎて、ふと思うことは、担当の相撲やプロレスより、子供のことだったり、時事ネタだったりする。一番印象に残っていることを書こうと思った。『何でよく知らないのに書くの』と言われたけど、例えば北朝鮮が核持ったことに何も感じませんか。オレは感じますよ。撃ち込まれたら、どうなっちゃうんだとか。それを書いた」。</p>

<p>　南沢「実際には、ほかの分野を専門的に取材するのは難しい。だから、大きな意味での『取材』、例えば日ごろの体験や自分で調べたことなどの範囲を含んで、専門分野以外にトライしてみようと思った。テレビを見ただけの感想と思ったときには記者と話した。何らかの『取材』が必要だと思う。読者からも記事を書く姿勢についての厳しい指摘もあった」。</p>

<p>　鹿野「自分はカメラマンなので、スポーツだけでなく事件事故でも、現場に一番近いところに突進することが多く、そんな目の前で見たものを写真ではなく、言葉でいかに伝えようかと思ってやってきた。読者の反応が直接届くという貴重な経験ができ、とても勉強になった」。</p>

<p>　田「記者にもそれぞれ、いろんなトライのしかたがあった」。</p>

<p>　盧「僕は韓国人のため、日韓関係をテーマにしたコラムが多かったと思う。いろんな反応があった。『日韓友好』にプラスになればとまでは思っていなかったが、一番の収穫は『反日嫌韓』ムードが以前より減ってきたことです」。</p>

<p>　栗原「印象深かったのが、自分自身が骨折して救急車で運ばれたことを書いた時。消防庁が救急車の有料化を検討していることを取り上げ、医療関係者からは現場の苦しみなど多くの意見が寄せられた。当時、プロ野球担当で、そういった声に触れたのは新鮮だったし、考えさせられた」。</p>

<p>　井上「自分で書くようになり、日刊スポーツにはいろいろな記者がいるんですよ、というのを読んでくれる人に感じてほしいなと思った。句読点なしで１００行書いた記者もいた。アイディアとしては面白いと思った」。</p>

<p>　田「各記者が１０日に１度、長いコラムを書くことで取材のフィールド、視野を広げる狙いもあった。普段のニュース素材ではない部分で、感性を発揮して欲しかった。読者の胸にどう響くかと」。</p>

<p>　栗田「取材現場（当時は競輪場）での反響はものすごかった。１面などにあまり取り上げられないレースの紙面でも、いかに読まれているか。厳しい意見に、ショックが何カ月も残ったが、真剣な読者メールも印象に残った」。</p>

<p>　南沢「スポーツ新聞社で何年か勤務した段階で、読者の意見をリアルタイムで聞きながらコラムを書いたことは『現時点の私たち』の再確認にもなった。その気持ちを未来に生かしていきたい」。</p>

<p>　◆参加者（所属は当時）<br />
　デスク　文化社会部・南沢哲也、野球部・田誠<br />
　記者　スポーツ部・井上真、盧載鎭、野球部・栗原弘明、レース部・栗田文人、写真部・鹿野芳博</p>]]>

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<title>ワクワクさせてくれ</title>
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<modified>2006-12-31T03:07:31Z</modified>
<issued>2006-12-31T03:04:08Z</issued>
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<summary type="text/plain">　私が子どものころ、遊びといえば野球が一番だった。サッカーもはやっていなかったし...</summary>
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<dc:subject>松井清員</dc:subject>
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<![CDATA[<p>　私が子どものころ、遊びといえば野球が一番だった。サッカーもはやっていなかったし、テレビゲームもない。学校帰り、近所の空き地に集まって、ボールが見えなくなるまで野球をしている時間が、とにかく楽しかった。「将来の夢はプロ野球選手」。小学校の卒業文集には堂々とそう書いたし、野球帽をかぶった友達がほとんどだった。</p>

<p>　野球に興味を持ち、面白さを教えてくれたきっかけは王さんのホームランだった。ベーブ・ルースを抜き、ハンク・アーロンを抜き、世界の王になったことは、子供心に衝撃的だった。右利きだから右打席だったが、１本足打法はしょっちゅうまねた。大阪から１度だけ神宮球場に観戦に行った時、目の前で王さんが本当に右足を上げた姿には心底感激したものだ。</p>

<p>　実際、プロになった選手たちも少年時代はそんなカリスマ選手にあこがれ、夢を抱いて志し、スタープレーヤーになっていったことだろう。野球を観戦する楽しみ。それは見ているファンを「ワクワクさせてくれること」。これが原点だと思う。</p>

<p>　残念ながら、今の日本球界に「ワクワク感」は減ってきた。先発松坂・井川、抑え大塚・斎藤、捕手城島、二塁井口、三塁岩村、遊撃松井稼、左翼松井秀、中堅田口、右翼イチロー。野茂や大家もいる。あと一塁手がいれば、メジャー移籍組で“日本代表”と言えるドリームチームができるほど、スター選手の海外流出はとどまるところをしらない。ただでさえ人気が低迷する中で、来季は松坂と新庄が抜ける。個性的な選手が減り続ける現在、ファンも誰を応援していいか分からなくなってきているのではないだろうか。</p>

<p>　かつてプロ野球が高い人気を誇れたのは、ファンが好きな選手、チームに感情移入しながら観戦できたからだろう。あるいは自分の人生を重ね合わせていたかもしれない。ファンはひいきの選手、チームを応援しながら「自分物語」に酔うことができた。だが、スター不在だけでなく、巨人のように何でもかんでも補強では、Ｇ党ですら「勝って当たり前、負けたら情けない」と拒否反応を起こし、結局どっちつかずになっている。感情移入したくても、できないプロ野球になってきているように思う。</p>

<p>　「すべては歓声のために」。今年のプロ野球のキャッチフレーズだ。だが、果たして、球団も選手も「歓声のために」ベストを尽くしたと言えようか。試合、ファンサービス、ＦＡ、ポスティング、ドラフト、プロアマ問題…。自分たちの権利ばかり主張して、ファンを置き去りにしていないだろうか。球団は経営努力して魅力あるチーム、球場をつくり、選手はプレーだけでなく、ファンをひき込むショーマンシップを持って戦ってきたのだろうか。</p>

<p>　オリックスの清原は自戒を込めて言っていた。「勝てばいいだけの時代は終わった。球団も選手も危機感を持って、もっとファンを意識して“また見たいな”って思わせるボールパークをつくっていかんと」。プロ野球は今後ますます、厳しい状況に置かれるだろう。だが今こそみんなでエゴを捨て、もう１度原点に返って、少年たちが心からあこがれることのできる場所にして欲しいと思う。活気あふれる野球界への発展を願って「見た聞いた思った」の最後の提言としたい。</p>]]>

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<title>ＰＣの副産物　変換ミス</title>
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<modified>2006-12-30T03:06:34Z</modified>
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<summary type="text/plain">　年賀状を書いていて、書きたい漢字がとっさに出てこない。こんな経験はないでしょう...</summary>
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<dc:subject>村上秀明</dc:subject>
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<![CDATA[<p>　年賀状を書いていて、書きたい漢字がとっさに出てこない。こんな経験はないでしょうか。あて名や裏面の基本デザインはパソコンで印刷するにしても、たった一言書き添えたい文章の漢字が出てこなかった。昔は簡単に書けたはずなのに…。いかにパソコンの「変換機能」に頼っているかを痛感している。</p>

<p>　パソコンを使うと確かに早く、きれいに文章が仕上がる。書きたい漢字もキーボードを使い変換していけば、いくつかのパターンから「これっぽい」「これだろう」と、ほとんどは正解にたどり着ける。この選択できてしまう形式が、個人的には漢字能力（特に書く力）の低下につながっているのだろうと思う。</p>

<p>　先日、興味深い新聞記事を目にした。財団法人の日本漢字能力検定協会（京都市）が「漢検“変漢ミス”コンテスト」の結果を発表したというものだ。一般から応募された「変換ミス」の文章を、インターネットのオンライン投票で順位付けをする年間コンテストだ。２０７９作品が集まったという。</p>

<p>　最優秀賞の「年間変漢賞」には「遅れてすいません。回答案です」を変換ミスした「遅れてすいません。怪盗アンデス」が選ばれた。会社員の男性が、終電間際に会議の資料を仕上げ、確認せずに焦ってメールを送信したときのミスで、同僚から「怪盗が遅刻しちゃだめだろう」「腰の低い怪盗だな」と大笑いされたという。</p>

<p>　他のエントリー作品も「正しい変換」→「変換ミス」の形で紹介する。</p>

<p>　「ラフにハマってしまって…」→「裸婦にハマってしまって…」</p>

<p>　「花屋で献花買って行くね」→「花屋で喧嘩勝って行くね」</p>

<p>　「阿寒湖の毬藻」→「アカンこの毬藻」</p>

<p>　「運転席側に置きっぱなしだけどよろしくね」→「運転席がワニ置きっぱなしだけどよろしくね」</p>

<p>　どれもこれも、状況を想像すると笑えるが、エントリーリストをずっと見ていたら徐々に笑えなくなった。常にパソコンを使って言葉を変換し、記事を書く仕事をしていると、新聞上の変換ミスは笑って済まされないからだ。変換ミスは誤字、脱字などを含め「赤字」と呼ばれる。完ぺきに対処しなければいけないが、恥ずかしながら、永遠のテーマでもある。</p>

<p>　「“変漢ミス”コンテスト」の作品は極端な例だが、個人的に「変換」でミスするのは、おっちょこちょいもあるだろうが、漢字の能力に自信がない証拠だと自覚している。今年は、漢字学習のゲームソフトが発売２カ月で想定売り上げの１０倍を上回る５５万個を突破したという。パソコンが必需品のようになり、漢字を手で書く機会が少なくなったといえる時代だからこそ、分かる気がする。</p>

<p>　読めるけど書けないという現状を打破し、「変換」だけに頼らない漢字の知識を身に付けなければ、と感じている。記事を書いている立場で情けない限りだが、漢字を書き間違えて無駄になった数枚の年賀状を見ていたら、何かやらなきゃと思った。</p>]]>

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<title>’０６から情熱を考える</title>
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<modified>2006-12-29T03:44:46Z</modified>
<issued>2006-12-29T03:32:27Z</issued>
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<created>2006-12-29T03:32:27Z</created>
<summary type="text/plain">　０６年もあとわずか。０７年の新しい灯（あか）りが待ち構える中、各メディアで今年...</summary>
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<dc:subject>浜崎孝宏</dc:subject>
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<![CDATA[<p>　０６年もあとわずか。０７年の新しい灯（あか）りが待ち構える中、各メディアで今年の１０大ニュースなどが報じられ、１年間を振り返っている。スポーツ界でもいろんな出来事が起こった。</p>

<p>　個人的に言えば、ドイツＷ杯を最後にユニホームを脱いだ中田英、日本ハムの日本一に貢献した新庄がバットを置いたこと、ソフトバンク王監督が胃がんの摘出手術のため、シーズン中に戦列を離れたことが脳裏に浮かぶ。</p>

<p>　中田英と新庄は、その世界ではファンから圧倒的な人気を誇り、中田英が２９歳、新庄が３４歳での現役引退。単純に年齢だけを見れば、円熟味を増したプレーが期待できたのではという思いもある。スタープレーヤーの大きな火が、また１つ、消えるような寂しさを覚えた。</p>

<p>　新庄は足の肉離れなど納得いくプレーがファンに見せられなくなったことが引退理由の１つだという。中田英については分からない。ただ、Ｗ杯１次リーグ敗退のブラジル戦後、ピッチで大の字に寝転がり、泣いていた。クールなイメージがあっただけに印象的だった。</p>

<p>　２選手とも、絶頂期のうちに選手生活に幕を閉じた格好となったが、記憶の中には、スレンダーボディーから醸し出す強じんな精神力、プレーは現役当時そのままに、熱くファンに語り継がれることだろう。</p>

<p>　一方、サッカー界のキングこと「カズ」は３９歳にして現役、血気盛んだ。球界でも３８歳の桑田が、さらなる活躍の場を求めて、米メジャーに挑戦する。王監督も病気から少しずつ復調している様子で、Ｖ奪回へ向けて、来季も指揮を執るハートに衰えはない。</p>

<p>　５人は、いずれもカリスマ性のあるスターだが、生きざまが対照的に見える。カズと桑田に関して言えば、心のどこかに不完全燃焼の感があり、活躍のステージがある限り、理想のプレースタイルを追求していくのだろう。王監督が口癖のように話す「グラウンドで死ねたら本望」というコメントは、その究極だろう。</p>

<p>　ユニホームを脱ぐか否かは、いずれにせよ本人が決めることで、それが早いか、遅いかに正解はないと思う。ただ、その決断を下す重要なファクターとは何なのだろう。答えは多分、情熱じゃないかと思う。情熱という言葉を辞書で引くと、燃え上がるような激しい感情とある。</p>

<p>　家庭的環境や、金銭面の問題など情熱を仕事に存分に注げない状況の人も、世の中にはたくさんいると思うが、この感情を捨てては人生面白くない。プロ５人の生きざまをあれこれ、考えていると自分の情熱とは何なのか、という思いにたどり着いた。ふと思い出したのは「五輪に取材記者で行きたい」と記した１４年前の入社願書だ。残念ながら、思いは達成されていないが、こればっかりは、誰でも取材でスポーツの祭典を味わえるわけでなく、周りの後押し、運、タイミング、実力などさまざまなものが必要なことは理解している。今となっては、入社当時の話を口に出す方がちょっぴり恥ずかしい気分になるが、そんな初志が、今の自分を支えてきたのかも知れない。</p>]]>

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<title>佑ちゃんに聞きたい</title>
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<modified>2006-12-28T04:44:38Z</modified>
<issued>2006-12-28T04:41:01Z</issued>
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<created>2006-12-28T04:41:01Z</created>
<summary type="text/plain">　年末年始になると今年１年、活躍した選手のスペシャルインタビューが多くなる。デス...</summary>
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<dc:subject>鳥谷越直子</dc:subject>
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<![CDATA[<p>　年末年始になると今年１年、活躍した選手のスペシャルインタビューが多くなる。デスクからは当然のように「早実・斎藤佑樹のインタビュー記事」を要求される。こちらも斎藤の「今」を取材したいのだが、早実からの返事は「ＮＯ」。「テレビ、新聞など多くのメディアから取材が殺到していて、すべて受けられないためスポーツ雑誌を除いて断っている状態」だという。</p>

<p>　残念でならない。この夏、社会現象を巻き起こし、日本流行語大賞にもノミネートされた「ハンカチ王子」。１０月の国体でもフィーバーが冷めなかったことを思うと、いまだに興味を持っている読者は多いはずだ。個別対応が難しいなら共同取材でもいいだろう。</p>

<p>　斎藤自身にとってもプラスになるとは思えない。マスコミの習性として、隠されると知りたくなり、逃げられると追いたくなる。本人の姿や声がないことで、写真週刊誌に追い回される弊害も生まれている。</p>

<p>　来春、進学予定の早大では取材日を設けるなど、斎藤対策に今から頭を悩ませている。だが、テレビ、新聞、ラジオなど２０数社による「囲み取材」で、斎藤は果たして本音を話すのだろうか。早大関係者は「競争の激化を避けるため１社によるスクープをさせない」としている。</p>

<p>　取材規制には断固反対だ。斎藤のプライバシーの保護も大事だろうし、日ごろの練習や東京６大学リーグの運営をスムーズに進めることも早大にとっては重要だろう。だが、それらを重視するあまり、国民の関心に十分に応えようとしない姿勢に危機感を覚える。第２、第３のハンカチ王子が現れた時、必ずそれが前例となるからだ。</p>

<p>　取材規制が横行するスポーツ界を想像すると、ただ単に記者泣かせなだけでなく、読者にとっても、大いなる喪失が生まれる。個人情報保護法の施行により、高額納税者の公示制度が廃止されたり、事故犠牲者の名前が公表されなかったりと、報道の自由が少しずつ浸食される危険な世の中になりつつある中、「たかがスポーツ選手の報道」と軽んじて眺めていていいのだろうか。</p>

<p>　斎藤は現在、来春の東京６大学リーグを目指して自主トレ中という。厳戒な取材包囲網が敷かれており、一部雑誌を除いて接触できない状態が続いている。もちろんアマチュアの選手だから、ファンサービスの義務はない。だが、マスコミ各社に不満がたまってきていることを学校関係者は理解すべきだ。それほど我々は非常識ではないし、斎藤のことも学校のことも十分に配慮する。もっとスポーツマスコミを信用してほしい。</p>

<p>　選手の本音や苦労話、泥臭いライバル心や時には身内のエピソードなどを織り込めない表面的なスポーツ報道は味気ない。選手と１対１、あるいは複数の記者で囲んでもリラックスした時にそんな話題は出るものだ。その話を聞き、読者に届けるために記者がいるといっても過言ではない。緊張したコメントと試合内容だけの詰まらない斎藤の原稿を、私は書きたくない。</p>]]>

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<title>不快？不便？車内携帯</title>
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<modified>2006-12-27T02:06:34Z</modified>
<issued>2006-12-27T02:05:50Z</issued>
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<created>2006-12-27T02:05:50Z</created>
<summary type="text/plain">　よく行く酒場で常連のオヤジとこんな話になった。「なんで携帯電話は電車内で使っち...</summary>
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<dc:subject>寺沢卓</dc:subject>
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<![CDATA[<p>　よく行く酒場で常連のオヤジとこんな話になった。「なんで携帯電話は電車内で使っちゃいけないのかな」。</p>

<p>　そんなの簡単……と思ったが、本質的な理由が見当たらないことに気付いた。ペースメーカー利用者に影響が出るため、生命にかかわることなのでダメ。これは分かるのだが、車両端の電源を切るエリア以外で通話はできないのだろうか？</p>

<p>　社会的にいけない行為だろう！　説得力に欠ける。ならば、大声で酔っぱらいが上司の悪口をグチグチとぶつけ合っている方が、よっぽど醜悪。即座に下車してもらいたい。</p>

<p>　電話での会話は許されない行為なのに、携帯電話でのメール通信、パソコンでの作業、携帯型ゲーム機を使用することは容認されている。これだって電波を発するだろう。通話と同じ弊害があって当然でしょ？</p>

<p>　何が違うのか。あるとするならばそれは耳に聞こえる音である。会話の全体像を理解できるかどうか、それが重要ポイント。酔っぱらいのたわごとにしても、同じ話ばかり繰り返すおばちゃんらも、ズボンを下げてやる気のなさそうなしゃべり方をする２０代も、会話が成立していて、どんなことをしゃべっているか認識できることが最小限の安心感をもたらすのだと思う。</p>

<p>　対して、携帯電話での会話は相手が目の前にいないため、電車内で会話の全容を知りうるのは、車内で会話している本人しかいない。よって、何をしゃべっているのか分からないことがストレスになる可能性は否定できない。実際に、通常の会話より迷惑に感じるという調査結果も米国にはあるようだ。理解不能な会話の垂れ流しが不快の原因の１つといえそうだ。</p>

<p>　また、うがった見方かもしれないが、車内での通信環境を保てないがゆえに、電鉄会社側が車内通話を悪にしてるようにも思える。つくばエクスプレスは別として、移動中の電車内で電波を維持することは至難の業だ。新幹線などはトンネルに突入するたびに回線が切れる。ちょっとした愚痴になるが、車内から記事を送れず、途中下車したことは数知れない。電車内で電波が切れることなく通話できるようにする設備投資を惜しんでいる金銭的な事情もある？</p>

<p>　電車に乗っている最中に重要な電話がかかってくる。でも、現状では会話することはできずに周囲に気を使いながら「今、電車なのでスミマセン」。効率が悪すぎる。</p>

<p>　ここで提案したい。痴漢行為防止の女性専用車両があるのだから、通話可能な車両を期間限定で運行してみてはどうか。ＪＲ東日本本社広報室に聞いたが「そのようなことを企画する予定は残念ながらありません」とのこと。もうちょっと車内サービスを考えてもいいんじゃないですか？</p>

<p>　酒場に戻る。常連のオヤジは真っ赤な顔でさらにいう。「タバコ好きにとっては居心地の悪い世の中なのよ。灰皿だらけの喫煙車両もつくるべ。肺がんで死んでもいいし、いすもいらないからさ」。まあ、それもいいのかな。</p>]]>

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<title>父と語るクリスマス</title>
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<modified>2006-12-26T00:47:32Z</modified>
<issued>2006-12-26T00:46:09Z</issued>
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<created>2006-12-26T00:46:09Z</created>
<summary type="text/plain">　父親から何かを教わったことはありますか？ 　自分は迷いなく映写と答える。 　成...</summary>
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<dc:subject>藤中栄二</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://blog.nikkansports.com/nikkansports/writer/">
<![CDATA[<p>　父親から何かを教わったことはありますか？</p>

<p>　自分は迷いなく映写と答える。</p>

<p>　成人するころまで、実家は映画館を経営していた。３階が映写室。子供心に入室することが楽しみだった。映画の内容以上に映写の方法に興味津々。自分の手でスクリーンに映し出した映画をお客さんが観賞する－。想像するだけでワクワク感があふれた。</p>

<p>　１４歳の時、初めて映写を教わった。当時、９年ぶりに映画「ゴジラ」が復活。８４年に公開された１６作目は７５年の「メカゴジラの逆襲」以来の作品だった。物心ついた時から映画館に通い、「－逆襲」まで愛着を持って楽しんでいた。その強い願いを知った父が映写の指導をしてくれた。</p>

<p>　覚えることだらけの難しい作業だった。映写機には約３０カ所もフィルムを固定する部分があった。破損の防止のため、フィルムに「遊び」を持たせる部分も…。１つでもミスすれば機械は動かない。フィルムを巻き戻す専用機械さえも１つ間違えればフィルムが破損…。１４歳の自分にとっては脂汗が噴き出る緊張の連続だった。</p>

<p>　５０分以上ある映画はフィルムが数本に分割される。２台の映写機で１本ずつ順番通りに取り付ける。スクリーンの左上に出る「●」のマークが映写機を切り替えるタイミング。ドンピシャで切り替えボタンを押せた時は最高の気分になれた。ゴジラは正月映画。今となっては時効だが、クリスマスに自分の「腕」を見込んだ父から臨時の映写技師を頼まれた。従業員を休ませるためだったが、年末年始に１４歳の自分が映写室を任されたことは何ものにも替え難い贈り物だった。</p>

<p>　父は昨年末に他界。晩年は映画館の思い出話ばかりだった。１５年も前に閉館したはずだったが、父と自分の唯一の共通の話題でもあった。思えば記者となってから父の教えを受け、世界を目指した何人ものアスリートを取材してきた。父から精神論を学んだ柔道の谷亮子、柔道の手ほどきを受けた井上康生、レスリング指導を受ける浜口京子、ボクシング技術を習う亀田興毅…。世界を目指す厳しい練習に耐えられるのは、父から学び、父と同じ目線で語り合えるからだと思う。</p>

<p>　父子で盛り上がることができる話題はありますか？</p>

<p>　野球、サッカー、ほかのスポーツでもいい。携帯ゲーム、テレビゲーム、将棋、インターネット、釣り、飼育するペットのことでも問題ない。自分たちの世代が幼少時にくぎ付けになったウルトラマンは生誕４０周年、仮面ライダーは生誕３５周年、ゴレンジャーなどの戦隊シリーズは３０作品目を迎えるほど次世代に受け継がれている。父子２代で「はまる」話題は探す意識があれば、いくらでも発見できそうだ。</p>

<p>　今日２５日はクリスマス。父と子で共通の話題を探してみてはどうだろう。お互いがコミュニケーションのパスを出し合うことができれば、それが最高のプレゼント交換になると思う。クリスマスが「Ｘｍａｓ」と書くように、１２月２５日は父子がクロス（Ｘ）する日でもいい。メリークリスマスは、恋人たちだけのものではない。</p>]]>

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<title>形容できない最強馬</title>
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<modified>2006-12-25T00:23:01Z</modified>
<issued>2006-12-25T00:17:29Z</issued>
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<summary type="text/plain">　残念に思うことがある。ディープインパクトには最後まで適当なニックネームが付かな...</summary>
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<dc:subject>岡山俊明</dc:subject>
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<![CDATA[<p>　残念に思うことがある。ディープインパクトには最後まで適当なニックネームが付かなかったことだ。市川厩務員は「おぼっちゃま」と呼び、武豊騎手は「英雄」をリクエストした。しかし、圧倒的な強さと、過去のどの名馬にもなかった高速の末脚を、的確に表現する形容詞は見つかっていない。</p>

<p>　「ミスター」長嶋茂雄、「牛若丸」吉田義男、「鉄人」衣笠祥雄、「８時半の男」宮田征典、「若大将」原辰徳、「ジャンボ」尾崎将司、「燃える闘魂」アントニオ猪木、「キング」カズ。スターや名脇役には必ずカッコイイ愛称がある。それはアスリートのポテンシャルから性格まで如実に表す。</p>

<p>　競馬に興味を持ち始めた小学生のころ、スポーツ新聞や競馬雑誌に「走る労働者」とか「走る精密機械」といった見出しが躍っていた。それらが、この秋に日刊スポーツを定年退職した山岡孝安元レース部長が競馬記者時代に考案したものだと、恥ずかしながらつい最近知った。</p>

<p>　大井競馬から中央入りしてエリートをなぎ倒したハイセイコーは「怪物」と名付けられた。岩のような筋肉を蓄えた黒い巨体から連想したという。</p>

<p>　７冠馬シンボリルドルフは「皇帝」。オーストリアのハプスブルク王朝の祖、ルドルフ１世が由来。<br />
　「走る労働者」イナボレスは連闘や中１週もいとわず走り続け、２歳から７歳まで７７戦した。高度成長期の日本人を象徴する馬でもあった。</p>

<p>　トーヨーアサヒの「走る精密機械」は幼心に傑作と感じた。７３年ダイヤモンドＳは２ハロン目からのラップが１２秒６－１２秒２－１２秒５－１２秒９－１２秒８－１２秒６－１２秒５－１２秒９－１２秒５－１２秒４－１２秒３－１２秒４－１２秒４－１２秒１－１２秒９。見事に１２秒台の連続で逃げ切り、伝説となった。小島太騎手の好騎乗がなければ生まれなかった。</p>

<p>　端正な顔立ちからテンポイントには「貴公子」、ライバルのトウショウボーイは地を飛ぶ走法から「天馬」。どちらもＪＲＡのポスターのコピーにも用いられた。</p>

<p>　「当時は競馬に対する理解も進んでいなかったから、勝ち負けだけでなく話題づくりも考えていた。とっつきやすいイメージがないと、そのスポーツは発展しない。記録だけでなく記憶に残したかった」と大先輩は動機を明かしてくれた。確かに「女子サッカー」では敬遠されるかもしれないが「なでしこジャパン」なら親しみやすい。</p>

<p>　振り返れば最近の有馬記念を勝ったグラスワンダーもテイエムオペラオーもシンボリクリスエスも、これといった愛称がなかった。あのナリタブライアンでさえ。う～ん。これは競馬マスコミの怠慢なのか。自らの才能の無さも痛感する。</p>

<p>　今日２４日はディープインパクトのラストラン。「飛行少年」ってどうだろう。やんちゃなしぐさは少年そのもの。武豊騎手は「飛ぶ」って表現しているし。やっぱりセンスないかなあ？</p>]]>

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<title>２連戦ならではの妙</title>
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<modified>2006-12-24T03:19:29Z</modified>
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<summary type="text/plain">　タイトルは思い出せないが（情けない…）、高校時代に現代文の授業で「清岡卓行」の...</summary>
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<dc:subject>沢畠功二</dc:subject>
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<![CDATA[<p>　タイトルは思い出せないが（情けない…）、高校時代に現代文の授業で「清岡卓行」の作品が教材として登場した。知る人ぞ知る「猛打賞」（１試合３安打以上）の発案者。今年６月、享年８３にして亡くなったが、プロ野球公式戦の日程の礎を築いたことは、意外と知られていない。日程編成に携わるベテラン球界関係者が教えてくれた。</p>

<p>　某関係者　プロ野球ってのは、３連戦でうまく回るようにできている。確か１９５１年ぐらい…ちょうど２リーグ制になったころかな。当時セ・リーグに勤務していた清岡さんが３連戦を定着させたんだよ。大リーグの日程を研究したら、１カード３連戦を基本としていることに気付いたらしくてね。よくできたシステムだと思うよ。ファンだって１勝１敗だったら、勝ち越しを期待して見に来るだろうし、２連敗なら一矢報いるシーンを見たいじゃない。でも来年の交流戦は２連戦でしょう。調子良いチームと悪いチームの差が出ちゃうだろうね。</p>

<p>　公式戦は３連戦、また２連戦を軸に組まれている。連敗の可能性がある２連戦に慎重となる首脳陣は多い。３連戦なら、２連敗しても、３戦目さえ落とさなければいい。だが２連戦は、そうはいかない。仮に首位との直接対決で連敗したら、一気に２ゲーム開いてしまうからだ。</p>

<p>　どうして２連戦になったのか。巨人、阪神戦を増やしたいセ、手放したくないパによる利益の奪い合い。セは今季の半減の１８試合、パは現状維持の３６試合を主張したが折り合わず、落としどころは中間の２４試合だった。ホーム２試合、ビジター２試合を１２カード繰り返していく。そこに落とし穴が待っている。昨年は中日、今年は巨人と失速したが、来季はもっと顕著になるだろう。０５、０６年のセ、パ全カードの勝敗を記録部に調べてもらうと、以下のデータが浮き彫りとなった。</p>

<p>　【３連戦での３勝０敗】<br />
▼０５年　６２回（２１７カード）<br />
▼０６年　５０回（２０６カード）</p>

<p>　【３連戦での２勝１敗】<br />
▼０５年　１４３回<br />
▼０６年　１４５回</p>

<p>　【２連戦での２勝０敗】<br />
▼０５年　４４回（８９カード）<br />
▼０６年　４２回（９５カード）</p>

<p>　【２連戦での１勝１敗】<br />
▼０５年　４０回<br />
▼０６年　４７回</p>

<p>　２連戦だと半分近くは連勝、連敗となってしまう。この数字をもとに、現場の選手、コーチ数人にどんな意識を持っているのかを聞いてみた。</p>

<p>　Ａコーチ　確かに２連戦の頭はとりたいね。もちろん力のある投手を分散できればベスト。３連戦なら火曜日、金曜日に主力投手を先発させたけど、この日程ではそうはいかないね。</p>

<p>　Ｂ投手　２連戦でも３連戦でも初戦が大事なのは一緒。そんなに変わらないと思いますよ。</p>

<p>　総じて選手より慎重なのは首脳陣だった。いかに初戦をモノにできるかで精神的に違ってくるはずだ。３年目にして縮小された交流戦。どこが笑い、どこが泣くのか。２連戦ならではの妙が、シーズンを左右する気がしてならない。</p>]]>

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<title>亀田が再戦で得た物</title>
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<modified>2006-12-23T01:36:54Z</modified>
<issued>2006-12-23T01:35:03Z</issued>
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<summary type="text/plain">　亀田興毅はランダエタと拳を交えていたが、同時に世の中とも闘っていたと感じた。２...</summary>
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<dc:subject>井上真</dc:subject>
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<![CDATA[<p>　亀田興毅はランダエタと拳を交えていたが、同時に世の中とも闘っていたと感じた。２０日のボクシングＷＢＡ世界ライトフライ級タイトル戦。負ければ、王者・亀田の敗北では済まず、父史郎さんを含めた亀田家の負けになっていただろう。</p>

<p>　今回は、倒せないが絶対に負けないボクシングだったと思う。８月、亀田はＫＯする可能性が高いパワー任せのファイトで、本人いわく「不細工な試合」をした。そして初防衛戦では、ファンがＫＯを期待する中、敢えてＫＯできないアウトボクシングに徹した。</p>

<p>　評価は試合が終わってから始まる。「つまらない」「物足りない」「よく頑張った」。いろいろだ。正解は見た人の心にそれぞれあって、万人に共通する模範解答を見つける必要はない。ただ、強く感じたのは、親子のきずなの強さだった。また、亀田は泣いた。リング上で、父史郎さんがバッシングの盾になってくれたことに感謝し涙を流した。次の瞬間、史郎さんは亀田のマイクを奪い「これから興毅を応援したってや」と叫んでいた。</p>

<p>　有明コロシアムの観客席で聞いた。鳥肌ものの絶妙な間だった。ベテランの役者が演じてもあの空気は醸し出せない。それは演技ではなく、本物の人生だったからだ。亀田の負けを楽しみにしていた人も大勢いただろう。現に、こうして書いている自分も、負けた亀田がどうなるのか、父史郎さんがどういう言動を取るのか、見たい衝動はあった。</p>

<p>　敵であるランダエタの活躍を応援するというよりも、亀田のぶざまな負けを期待する意味合いが濃い空気の中で闘うのは、非常にレアケースだ。ファンもアンチも、すべてを引き付ける動機が必要だった。負けて亀田親子に反省がなければ、バッシング側が勝ち誇っただろう。勝ったとしても勝ち方に“疑念”が残れば、それはそれで禍根を残しただろう。ＫＯか、大差での判定勝利しか許されない状況で、亀田は結果を出した。これはスポーツマンの勝者亀田興毅をたたえるべきだ。</p>

<p>　前回８月に応援しながら、今回は応援に来なかった著名人がたくさんいた。理由はそれぞれにあるだろうが、バッシングの標的になっていた亀田を応援する自分のイメージを心配する打算はあったと感じた。同じニオイをかいだボクシングファンもいたはずだ。亀田を応援するということは、その人の価値観まで試される、それほどの影響力があったということだろう。</p>

<p>　今年、日本サッカーはＷ杯ドイツ大会で惨敗した。五輪などの世界大会の度に、日本人には決定力がない、本番に弱い、精神面が未熟だと叫ばれてきた。その「日本人の限界」に、極限状態の中で亀田は挑み、ひ弱＝日本人の殻を破った。<br />
　ケチはいくらでもつけられるだそう。でも、探して見つけるケチは小さい。亀田一家の愚直さが勝ったのだ。あの、いかにもありがちな風景にこそ、よくよく考えなくてはいけない子育てや、親子のきずなが詰まっていたと強く思う。</p>]]>

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<title>柱１本で変わる組織</title>
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<modified>2006-12-22T03:19:29Z</modified>
<issued>2006-12-22T03:18:36Z</issued>
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<summary type="text/plain">　阪神の金本知憲。来年開幕早々には３９歳になる。まだ契約更改を終えていないが、来...</summary>
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<dc:subject>村上久美子</dc:subject>
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<![CDATA[<p>　阪神の金本知憲。来年開幕早々には３９歳になる。まだ契約更改を終えていないが、来季年俸は５億円以上が確実とされている。日本球界最高年俸（外国人選手除く）は、横浜佐々木の６億５０００万円。５億円以上でさえ過去６人しかおらず、金本も頂点に迫る勢いだ。</p>

<p>　高いか、安いか、妥当か－。記者は、長年の阪神ファンのひがみ根性を払しょくした男への謝礼の意味も込めて、妥当と思う。</p>

<p>　０２年オフ、広島からＦＡ移籍。２億４０００万～２億９０００万円の４年契約だった。年俸ほぼ据え置きの中、ＭＶＰ（０５年）打点王（０４年）を獲得。２度の優勝に導いた。連続フルイニング出場１０２４試合の世界記録を更新している。</p>

<p>　数字だけではない。記者（３８）が、３５歳までに見た阪神Ｖは１回だけ。その間、最下位は…数えたくもない。いつも首の皮１枚、とか、踏ん張り時、とか、猛虎魂なんて絵空事のように、瀬戸際に弱かった。ダメ虎を金本が変えた。</p>

<p>　楽天野村監督は「自分で決めて、自分を殺せる理想の４番」と評したが、記者は、フルカウント率の高さに感心した。初球から振るタイプで追い込まれるのも早いが、そこからが真骨頂。ボール球を見極め、ファウルで粘り、高確率でカウント２－３まで持っていく。１打席、１打席の粘りの積み重ねが、起死回生の逆転弾、ケガを乗り越える強さにつながると思う。</p>

<p>　今季序盤、若手投手も台頭し、首位を快走していた巨人の原監督は「投手、打線の軸、バランスもとれた。ただ１つ、残念なのはジャイアンツに金本がいないことだ」とコメントしたことがあった。案の定、長丁場のペナント、歯車１つ狂うと失速。２年連続Ｂクラスに終わった。</p>

<p>　「阪神ファンで悪いかっ」と開き直らざるを得なかった苦汁の時代から、胸を張って「阪神ファンです」と言える今。金本の年俸には、阪神ファンの謝礼額も含まれていいと思う。</p>

<p>　組織を変えた大黒柱に感謝しつつ、同じようなことを、今年７月、吉本新喜劇のロス公演で見たことを思い出した。今田耕司、東野幸治、レイザーラモンＨＧら、タレントの比重が高い面々に、ベテラン池乃めだからを加えたメンバー。収拾のつかない構成を締めたのは、内場勝則だった。</p>

<p>　派手な立ち回りや目立つセリフ回しはないが、ストーリーの流れに乗った笑いのツボは外さない。役者魂を持った座長が、内場という男。ダウンタウンらと同じＮＳＣ１期生だったが、卒業２年後に新喜劇入り。横山エンタツの二男で、名物座長だった花紀京に師事した。岡八郎、間寛平らキャラクター路線とは一線を画し、あくまでも芝居の進行で笑わせたのが花紀で、ロスの内場には、その花紀が一瞬、重なって見えた。</p>

<p>　新喜劇のけいこといえば、短期集中型。当日の朝にけいこして本番というケースもある。その分、緊張感は相当なものがあるが、ロス公演前日のけいこも、息苦しい緊迫感があった。その空気の主は、やっぱり内場で、出番を待つＨＧが所在なげに、いすに座ることさえ遠慮して、けいこ場のすみにひざを抱えて座っていたのが印象的だった。</p>

<p>　見る者の背筋さえ伸ばす緊迫感。柱１本が組織を変える。逆に、腐ったみかん１つで、すべて腐ることもある。そんな原点を胸に抱きつつ、０６年を締め、新しい０７年を迎えたい。</p>]]>

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<title>球界のバブルも崩壊</title>
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<modified>2006-12-21T05:47:04Z</modified>
<issued>2006-12-21T05:46:12Z</issued>
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<summary type="text/plain">　ノリことオリックスの中村紀洋内野手（３３）が、来季の契約交渉で厳しい数字を突き...</summary>
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<dc:subject>松井清員</dc:subject>
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<![CDATA[<p>　ノリことオリックスの中村紀洋内野手（３３）が、来季の契約交渉で厳しい数字を突きつけられている。下交渉での球団提示額は１億２０００万円減の８０００万円。「年俸１億円以上は４０％以内」と定められた野球協約の減額制限を大幅に超えた６０％のダウンに「ショックで声にならないです」とうつむいた。</p>

<p>　８５試合の出場で打率２割３分２厘、１２本塁打、４５打点。数字は物足りないが、両手首痛を耐えながら１年間戦ったことを思えば、ちょっと気の毒なダウン額だ。球界の慣例では故障で１年を棒に振ってもここまで下がることも珍しい。だが懐寂しい思いをしているのはノリだけではなかった。</p>

<p>　ヤクルト古田６０００万円（２億４０００万円から１億８０００万円減、７５％ダウン）</p>

<p>　巨人谷１億５０００万円（２億８０００万円から１億３０００万円減、４６％ダウン）</p>

<p>　横浜鈴木９０００万円（２億２０００万円から１億３０００万円減、５９％ダウン）</p>

<p>　それぞれパターンは違うが、１億円以上のダウン更改自体、９５年オフのダイエー（現ソフトバンク）石毛が２億円から１億円にダウンして以来、１１年ぶりのことだった。それが今年は保留中のノリも含めて４人もいる。１億円以下でも横浜仁志が９０００万円減、巨人清水と横浜佐伯が８０００万円減と、１年に１人いるかいないかだった８０００万円以上の大減俸が、今年は７選手もいる。</p>

<p>　野球界に何が起こっているのか。ある球団首脳は「プロ野球にも本当の意味での能力給の時代が来たのではないか」と分析した。過去の更改を振り返った時、倍増、３倍増はあっても、これほど大きなダウン額はあまりなかった。プロ野球の年俸は「能力給」といわれるが、実態は上がりやすく、下がりにくい性質。シーズン成績に加えて、選手が積み重ねてきた「実績」が加味され、どちらかといえば選手に温かく有利な契約システムと言えた。</p>

<p>　一般社会のバブルは９０年代初頭にはじけた。だがプロ野球界のバブルはその後も膨らみ続け、１億円が当たり前という年俸高騰時代がやってきた。「実績＋能力」を兼ね備えた億万長者が急増し、０６年度でも１億円以上が７４人（外国人選手除く）もいる。だがここへきてプロ野球人気は頭打ち。収入源となる観客動員は伸び悩み、巨人戦の視聴率の低迷でセ・リーグ球団を中心に放送権収入も減っている。一方で外国人補強やＦＡ選手の獲得・引き留め資金やドラフトに費用がかかり、球団経営は厳しい状況に追い込まれ、何かを切り詰めなければやっていけない非常事態に陥っている。</p>

<p>　選手サイドに立てばノリのように、昔ならあり得なかった大減俸を宣告された“ギャップ”を理解できず、のみ込めないのも当然だろう。それでも経営に必死の球団は過去の「実績」を顧みず、あくまで今季成績に表れた「能力」でビジネスライクに電卓をはじいているように映る。他球団でも今回の前例にならい、大減俸の選手は一層増えることになるだろう。とうとうプロ野球界のバブルも崩壊してしまったのか。実績ある７選手の大減俸が、その象徴に思えてならない。（金額は推定）</p>]]>

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<title>ばんえい競馬はナマ</title>
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<modified>2006-12-20T02:28:48Z</modified>
<issued>2006-12-20T02:27:35Z</issued>
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<summary type="text/plain">　「怪獣みたい」。率直な第一印象だ。その主役たちの荒々しい息遣い、「ガシャン、ガ...</summary>
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<dc:subject>村上秀明</dc:subject>
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<![CDATA[<p>　「怪獣みたい」。率直な第一印象だ。その主役たちの荒々しい息遣い、「ガシャン、ガシャン」と激しく鉄がぶつかり合う音が響き、想像をはるかに上回る迫力があった。何げなく足を運んだが、とにかく興奮したことを覚えている。</p>

<p>　ばんえい競馬を初めて生で観戦したのは、１０年前の入社間もないころだった。北海道・岩見沢競馬場で、サラブレッドの２倍近くの８００キロ以上もあるばん馬を見た。鉄そりを引く姿は、新聞の写真やテレビの映像より大迫力。レースは、独走状態だった馬がゴール直前で力尽きてばったり止まるケースもあった。その馬の馬券を買っていた人にはたまったもんではないが、ハラハラドキドキ感は十分あった。</p>

<p>　そのばんえい競馬が存廃問題に揺れていたが、民間委託での来季の存続が正式に決まった。これまでは、北海道の４市（旭川、岩見沢、帯広、北見）で構成する市営競馬組合で運営し、昨年度まで約３１億円の累積赤字を抱えて浮上した存廃問題は、帯広市の１市単独開催で決着した。具体的な開催案はこれからだろうが、活路が開かれたことには違いない。</p>

<p>　各地で行われた署名活動など関係者やファンの熱意が形となって表れた。世界唯一の競馬を守ろうと「救世主」に名乗りを上げたのが、ソフトバンク関連企業だった。新会社を設立し、馬券販売や払い戻し、入場料徴収などの業務を請け負うことになる。さらに、インターネット技術を活用した新たな販売戦略を推し進めるという。</p>

<p>　確かに当面の存続で決着したが、あくまでも運営支援のソフトバンク・プレイヤーズとは単年度契約。０８年度以降の保証はどこにもないのが現状だ。ある調教師が漏らした「民間会社はもうけがなければすぐに手を引くだろう」という不安も分かる。携わる企業も、決してボランティア団体ではないからだ。単年契約はプロスポーツ界でいうとベテラン選手に多い。先を見ながらでも、とにかく目の前の１年が勝負だ。</p>

<p>　今回決まった民間委託によって、今までになかった発想、販売戦略が可能になるケースが増加することは十分期待できる。関係者は特に、ソフトバンクの知名度とインターネット技術に期待する部分も大きい。楽観視はできないが、赤字体質から脱出するための売り上げ増の起爆剤になるのか注目したい。</p>

<p>　馬券販売額のアップと並行し、生で見る魅力の発信も不可欠に思う。北海道民でも、なかなか生観戦したという経験者が少ないように感じる。地元だけではなく、道外や海外向けにツアーを提案するのもいいだろう。９６年に岩見沢競馬場で行った現役馬とインドゾウの競走が話題を集めたように、競馬場にファンを集める意外性のあるアイデアがほしい。</p>

<p>　関係者には不本意な形だろうが、今、ばんえい競馬は注目を集めている。永久的な存続が不透明でピンチともいえる今こそ、逆に足を運んでもらうチャンスのはずだ。「１度見に行こうか」。売り上げ増も大事だが、そう思わせる取り組みに期待したい。１０年前、初めて見たばんえい競馬は今でも鮮明な記憶に残っているからこそ、強く思う。</p>]]>

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<title>体罰は×愛のムチ〇</title>
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<modified>2006-12-19T01:39:23Z</modified>
<issued>2006-12-19T01:32:53Z</issued>
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<summary type="text/plain">　先日、残念な記事を読んだ。九州高野連理事長も務める鹿児島県高野連理事長が、元高...</summary>
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<dc:subject>浜崎孝宏</dc:subject>
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<![CDATA[<p>　先日、残念な記事を読んだ。九州高野連理事長も務める鹿児島県高野連理事長が、元高校野球部員への体罰で同職を辞任したという話である。残念だったのは、「また、体罰か」といったものではなく、鹿児島県の高校野球界の顔だった人だけに、体罰といえないほどの「愛のムチ」で、要職を辞任せざるを得ない状況となったことだ。</p>

<p>　同理事長は県立校の保健体育教諭でもあるが辞任のきっかけとなった体罰は、グラウンドで３年の元野球部員２８人を集め、このうち、まゆをそっていた７人の額を１回ずつたたいた、生徒にけがはなかったという。</p>

<p>　日本高野連側に、たたかれた親から匿名が寄せられ発覚したそうだが、読者にも問いたい。私が、同じ立場だったら、まゆをそった生徒の額を「ばかやろう」と言って、間違いなく「パチン」とたたいていた。「でも、たたくのは、行き過ぎでは…」と思う人もいるだろうが、子供を持つ親は少し立ち止まって考えてほしい。自分の子供がそういう行為をしたとすれば、あなたは親としてどう対応していたのか。話して言うことを聞く相手なら「まゆそり事件」は発生していないだろう。</p>

<p>　日本高野連も「こういう匿名が来たが、指導に当たると判断するので不問」ととは言えないのだろうか。以前このコラムで、高校野球の不祥事について書いた際、個人的な考えとして、感情に任せた体罰ではなく、教育するための愛のムチは必要だと思い、「『怒る』はアウトだが『しかる』はセーフ」と述べた。同理事長の行為は、体罰ではなく指導だったと思う。体罰がいけないことは分かるが、ある意味、歯止めをかけるお目付け役がいるからこそ、高校野球界をはじめ、世の中の秩序が保たれるのだ。</p>

<p>　“体罰”でも角界は教育がしっかりしている。関脇雅山が、出席予定のパーティーに１時間３０分遅刻し、武蔵川親方（元横綱三重ノ海）は会場で、周囲の目を気にせず、雅山の左側頭部を「ゴツン」とやったそうだ。会場の空気は凍り付いたそうだが、親方の取った指導は、さすがのひと言だ。私の中では、この理事長の指導と武蔵川親方の指導に何ら変わりはない、と思う。ただ、結果として前者は体罰、後者は愛のムチと解釈されたのだ。</p>

<p>　鹿児島県高野連の発展に尽力した理事長だった。硬式、軟式野球のスコア表などを新聞各社にマメに送ってくれた。夏の県大会が始まる前に電話を入れると何か鹿児島の話題を提供しようと今年限りで廃部になる学校など、奮闘する野球部を紹介してくれた。今夏は母親を病気で亡くす不幸もあっただけに本人の胸中を察するにしのびない。５７歳。「定年まであと３年だし、もう１度、監督をしてみたい」。そんな話を先日、聞いたばかりだった。<br />
　体罰などの判断は事件発覚後、学校側の調査書をみて、日本高野連が決めるが今回の一件は情状酌量の余地があるのではないか。私が心配するのは、そんなことで指導者を含め高野連の仕事に協力を惜しまない優秀な人材を失ってしまうことだ。</p>]]>

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