記者コラム「見た 聞いた 思った」

2006年11月22日

あったかい歌、言葉:村上久美子

 ヒットドラマ「3年B組金八先生」シリーズなどの主題歌、挿入歌43曲を集めたCD「桜中学音楽大全集」が来月13日に発売される。その中に、01年4月16日に亡くなった河島英五さん(享年48)の「てんびんばかり」も収録されていた。

 世間は平等で、てんびんばかりにのせてみれば、みんな同じように傾くはずなのに、なぜ、そうはいかないんだろうか-。世の不条理を客観的に見て、怒るでもなく、憤るでもなく、ただ「自分だけはそうならないようにしよう」と歌う彼らしい楽曲だった。

 亡くなったのは、49歳の誕生日を1週間後に控えていた矢先のことだった。彼はたった数週間前に、長女でタレント河島あみるの結婚式に出席していた。その年の初めから、体調を崩していて、あみるの結婚式で会った彼は、確かにやせていたけど、目が溶けるような笑顔は健在だった。

 それだけに、桑名正博のマネジャーから訃報(ふほう)の真偽を確かめる電話を受けた時、確実に5秒は沈黙してしまった。

 彼は、不器用とか、男くさい、とか、代表曲の1つ「時代おくれ」のイメージで語られるけど、素顔は永遠の無邪気な少年だった。

 阪神大震災後、義援ライブとして復興の詩を10年続けると誓っていた。「おれらはその時だけで忘れてまうけど、そこで暮らしてる人たちは永遠に復興せなあかんねん。続けることに意味がある」。きれい事のように聞こえるかもしれないが、彼は、マスコミや世間が注目しなくなった3年後も4年後も5年後も、ライブへの集客のため、街角でギター1本、弾き語り、陣頭に立って歌った。

 場所は「若者が集まるから」と、大阪城ホール周辺だった。当時、シャ乱Qらを生み出した通称「城天(しろてん)」と呼ばれた同ホール周辺は、路上ライブのメッカだった。アマチュアたちが歌い、若者たちが群がっていた。そのすぐ近くで、テレビに出ればギャラをもらって歌う彼が、普段着のまま歌っていた。若者たちが素通りしても、お構いなしだった。

 記者も何度も、歌を聴きに行った。通行人が足を止めると、その人の目を見て歌う。チラシをもらってくれると、心からうれしそうに「ありがとう」と言う。分け隔てないあったかさは、今も心に残る。

 そんな彼だから、あみるの結婚式の時、実は立っていることさえつらい状況だったのに、歩いて表へ出てきた。スタッフが体調を配慮して、極力、取材という形のものは避けていたのに…。数分、立ち話をしていると、彼は「ごめん。座ってええか」と言った。あの声の響き、恥ずかしそうな表情はいまだ消えない。

 「桜中学音楽大全集」を見て、いろんな彼を思い出した。亡くなる数日前にライブ会場で歌ってたな~、とか、経営のライブハウスに飛び込みで訪ねたある新聞社の広告マンの意気を買い、自腹切ったこともあったな~、とか…。まだまだ学びたいことはたくさんある人だった。そういえば、初対面だった12年ほど前、彼は「君、貿易風だね~」と言った。意味を尋ねると「アホ、貿易風いうたら、貿易風や」と、いたずらっ子のように笑った。あれからまだ、貿易風の意味の答えは出ていない。

November 22, 2006 10:51 AM