記者コラム「見た 聞いた 思った」

2006年02月08日

名馬見いだす名人芸:岡山俊明

 相馬眼という言葉がある。そうまがんと読む。馬の形相を見て、その善しあしを見極める目のことだ。競馬に携わる者には必要不可欠だが、神様は努力した者にしか授けない。その特殊技能を持つ者は限られる。昔の調教師はいい馬を探し出すために何百、何千頭の子馬を見て歩き、1頭1頭を脳裏に焼き付けて相馬眼を磨いた。将来のダービー馬を見逃していないか。天皇賞を勝つ馬かもしれない。そんな思いを抱きながら、調教師たちは競走馬生産のメッカである日高を巡った。誰が見てもいい馬はすぐに売れてしまうし、値段も高い。血統のいい馬もしかり。だから本当に目の利く調教師は、安くて走る馬を発掘した。

 今は引退して九州の育成場で第2の人生を送っている二分久男元調教師は、相馬の名人だった。取材の合間、師と雑談するひとときは本当に楽しく勉強になった。「馬は目を見るんや。そして元気が良くないといかん。血統は二の次や」。牧場でめぼしい馬を見つけた後で、血統を尋ねる。たとえ活躍馬が出ていない血統と分かっても、買うことをためらったりはしない。95年から足掛け7年にわたって二分厩舎で活躍した黒鹿毛馬は、師の確かな目を裏付けた。

 その馬の父親セクレファスターはマイナー種牡馬。生産した富岡牧場では、いわゆる自家用車(売らずに牧場名義で走らせる)として使う予定だったから、なじみの客にも披露していなかった。ところが「まだ見せてもらっていない馬はいる?」と訪ねてきた二分師は、放牧地で跳ね回る子馬に興奮気味に駆け寄った。「いい馬だ。トモ(後ろ脚)がカムイオーにそっくりだ」。馬を見ただけで血統が分かるものではない。しかし驚くことに、その馬の祖父(母の父)はハギノカムイオー。相馬の達人は見事に言い当てた。「どうしても欲しい」。二分師の熱意にほだされ、同行していた竹園オーナーが早速売買交渉し、300万円前後の廉価で手に入れた。

 テイエムオオアラシと名付けられた馬は、カブトヤマ記念、福島記念、小倉記念と3つの重賞を制覇。2億5000万円を超える賞金を稼ぎ出した。また、同時期に二分厩舎で活躍したシンカイウンもやはりマイナー血統なのに、2重賞、1億9000万円以上を稼いだ。

 産駒が次々にG1レースをさらっていくお化け種牡馬サンデーサイレンスの出現以降、日本の競馬はガラリと変わった。他の種牡馬とは生まれつき能力が違うサンデーサイレンス産駒を確保することが、調教師に求められる最大の技量の1つになった。日高を歩かなくても、腕の立つ調教師にはいい馬が回ってくる時代。でも1億円馬が必ず走るとは限らないのが競馬の不思議なところで、二分師のような名人芸が生きる余地は失っていない。

 昨年の最優秀2歳牝馬に輝いたテイエムプリキュアはたった250万円。二分師と一緒に馬産地を回り、相馬眼を養った竹園オーナーに見いだされた。

 シンデレラストーリーの自慢話なら、何度聞かされてもいい。

February 8, 2006 01:39 PM