2005年11月19日
がんと向き合う
【第38回】ギターがショックを振り払う
寺内タケシさんの選択(2)
音楽が縁で始まった寺内タケシさんの年1回の人間ドック。そこで見つかった大腸ポリープが、がんと分かったのは、01年12月のことだ。このとき、寺内さんは「動揺はしたけれど、思ったほどのショックはなかった」と振り返る。なぜか。ここでも、やはりギターが寺内さんを支えるのである。
5歳のときから兄のギターを隠れて弾き、三味線の家元だった母の三味線の音にギターの音がかき消されるのが悔しくて、エレキギターを作った寺内さんである。何でもギターになぞらえて考えるクセがついていた。「ギターだって、音が狂ったら0・3ミリの単位で調整するからね。人間の体だって、精密機械みたいなものだから、病気になったら治せばいい」。クヨクヨするより、そういう思いの方が大きかった。
そして、信頼すべき主治医がいた。音楽を通じて知り合い、今では人間ドックの名医となったその医師を寺内さんは心から信頼し、互いに尊敬していた。「彼が病気の治癒を一番に考えて計画してくれることが、自分に悪いはずがない。あとは、信じて任せるだけだと驚くほど素直に思えた」と語っている。
が、それで済まないのが寺内さんだ。手術は翌年2月、大学病院で行われることになった。手術前日、医師と看護師総勢10人からなるチームを前に、手術の説明を受けた。腹腔(ふくくう)鏡下手術といって腹部に3カ所穴をあけ、がんのできた大腸を15センチほど切除する。
白衣に囲まれ、重々しい雰囲気の中で話を聞くうちに、寺内さんは耐え難く重苦しい気持ちになっていく。それが爆発したのは、全身麻酔の注射をすると聞いたときだった。小学生のとき、盲腸の麻酔で痛い思いをして以来、寺内さんは大の注射嫌い。「注射をするなら帰る」と言い出したのである。こうなるとだだっ子。白けた雰囲気の中で、「では、マスクの麻酔にしましょう」と教授が助け舟を出した。これで退路も絶たれたのである。実は意識が失われたところで注射は行われたらしいが…。
【医療ジャーナリスト祢津加奈子】
November 19, 2005 10:09 AM
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