2008年05月18日

会社の話:東洋経済新報社(1)

会社にはエトスがある。
しばらくその会社と付き合っていると、
おのずとこちらの皮膚感覚で、
閉鎖型かオープン型の社風かなどが伝わってくる。

私は常々「会社」という組織は、自然人の集合というよりは、
一つの社会的法的フィクションだと考えるようにしている。
しかし、実際にはそこで働く人が話す言葉によって動いているわけで、
会社のエトスは、当然、社員のエトスでもあると言えよう。

このエトスは、会社の歴史を通して残っていることもあるし、
もうすでに消え去って、まるで別会社のエトスが支配しているケースもある。

では、老舗と言われる「東洋経済新報社」は、閉鎖型かオープン型か。

この会社は、日本最古の週刊誌「東洋経済」というビジネス専門誌や
「会社四季報」という季刊の会社情報誌を発行している。

★自由のエトス――★

週刊「東洋経済」の歴代の主幹は、
三浦銕太郎、石橋湛山、高橋亀吉などが担当し、
戦前の日本の軍国主義を批判した。

とりわけ戦後首相を務めた石橋湛山(いしばしたんざん)が、
岩波文化に沿った理念の下、編集長を務めていたことで、
ブランド信奉者には、

   リベラリズムのエトスが会社内に浸透している

と、理想的なものに思い込んでいる人たちが多い。

週刊「東洋経済」の人的歴史の流れで、
70年以上の伝統を持つ四季報の記者に対しても、

   あ、東洋経済の方ですかあ、

と、即通じる便利さはある一方で、
実際、記者自身は、リベラリズムの伝統に関して無反応だったり、
「タンザンって、何なんすか?」
「うーん、時代が違うでしょう」
「いや~、どうなんでしょうねえ」と反応が弱い。

すでに湛山先生の空気は、昭和の彼方に消え去り、
自由なエトスどころか、社内は硬直化傾向にあり、
はなはだ古い体質を引きずり、息苦しくさえ感じてしまう。

たとえば、部署ごとの問題発生は、処理を上へ上げ、
取締役間の協議の後、下へ降りてくるというプロセスをとられるから、
極端に言えば、本一冊手に入れることも困難になり、
問題解決のスピードは非常に遅くなってしまう。

「会社四季報プロ500」のある編集兼記者は、

   「これが会社というものなのです」

と自嘲気味に発言する。

また現場レベルで消化しづらいことは、総務部に丸投げ。
よって問題解決能力にも不安がある。
「問題解決」の書籍を4冊ほど発行しているのに、
発行元が問題解決できないのは、皮肉を通り越して、
実践に役立たない書であることを、
自分たちが一番感じているに違いない。

大方の「会社」にありがちな学閥意識は更に強く弊害となっている。
転職率が高い、よって必然的に中途採用者が多く、
生え抜きの非学閥が何とか間隙を縫って昇進できているように感じる。

このような窮屈で複雑、風通しが悪い労働環境で、
記者は仕事をしなければならないのだ。

★鵜飼の鵜(う)――★

記者は大学で経済学や経営、あるいは商学を専攻したものばかりではない。
歴史を学んだり、文学書に親しんできた社員も混じっている。
ビジネス関連書籍を出したくて入社した人や、
営業をソツなくこなしている社員が恐れるのは、
「会社四季報」関連部署に配転されることだ。

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第一編集局局次長兼証券編集局部長の田北浩章氏は、
次のように明言している。

   「長良川の鵜飼いを思い浮かべてみて下さい。
   船の上の鵜匠が編集者、鵜が記者です。
   鵜匠が魚がいると思われるポイントに船を出し、
   鵜はより活きの良い魚を取ってくる。これが第一編集局です」

人を「鵜」(右写真)にたとえて平然としている感覚は、
一体何から生まれ、どのように培われたのか。
このちょっと傲慢な言葉からわかるように、
記者としての日常は、かなり束縛性が高いことが想像できる。

「四季報」記事は記事的には代替性が強く、単調な上、
数字のわずらわしさが強くつきまとい、
神経を使って注意を払わねばならない割に、実際は面白くない。

競馬記者が予想記事を書いて実際に馬券を買えるようには、
四季報記者は株を買うことができないという強い制約が
さらに気持ちの制約に拍車をかけ、
記事の広がりや伸びを止める結果となっていることは、
記事を読めばわかるはずだ。

この季刊誌はすでに記事スタイルのノウハウが確立しているから、
記者にとって型を学ぶことが至上命令。
この型の重要性は、優秀な校正マンや校正ウーマンによって、
記事の隅々にまで反映されており、
彼ら・彼女たちを抜きにしてはこの雑誌の今日はあり得ない。

「古米」のような社風がはびこっているのでは、
新風を吹き込むことなど望めないばかりか、
権威に弱く、トレンドに遅れをとることに結果する。

また模倣しがちといったマイナス面が目立ち、
相場が冷えると、部数が落ち込み、相場が熱を帯びると、
部数を上げていくという、まるで循環相場のように、
同じ状況が周期的に訪れるだけの刺戟(しげき)の無さを
味わうことから逃げられないのだ。

(次回つづく)

May 18, 2008 12:46 AM

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コメント

「会社四季報」についてはなるほどそういうこともあるんだろうな、と思いながら読みました。同じ会社ですが、いま売っている週刊東洋経済は力の入った出来で、これは必読だと思っています。週明けには入れ替わってしまうので、買う人は今のうちにどうぞ。

投稿者 ご隠居 : 2008年05月18日 02:43

「会社四季報」は時刻表の様なもの。ああいうものでしょ。
 何を求める気?

 記者にだって異動はあるのでしょうから、
いやな部署では我慢をする。勤め人の宿命です。

 

投稿者 山奥 : 2008年05月18日 23:29

東洋経済日報社もあります。名前が似ていて紛らしいことこの上ない。東洋経済誌が資料室の書庫にあり、大して仕事の役に立たないのになぜ購読しているのか不思議でした。資料担当が在日朝鮮人でその人の一存で購読を決めたようで、その人が首になってからは見かけなくなりました。2~3年後偶然、東洋経済が韓国系であることを知り、納得しました。そして今又、東洋経済新報社という日系の出版社の存在を知り、頭が二転三転してます。

このような紛らわしいネーミングがなぜまかり通っているのでしょうか?そういえば朝鮮日報・朝鮮新報もありますね。

会社四季報にはお世話になりました。確かに記者の方には面白みに欠けるでしょう。

投稿者 MM : 2008年05月19日 01:56

人間を鵜に例えて平然としていられる神経、恐ろしいですね…

社員も自由に株買えるようにした方が建設的だと思います。
続きにもちろん期待です

投稿者 夫名無しですが : 2008年05月20日 02:41

「 相手は、名うての、硬派 の、出版社ですよ。ミイラ取り が ミイラ に ならなければ、良いのですが… 下手をすると、私のように、”土牢 ” に幽閉 って ことも、有 り かもね 」  黒田官兵衛

「 イマドキ、敢然 と、単騎で、天下の巨城 に戦 いを挑む ツワモノ もいるんだね 」  石川丈山

「 まさか、”甘咬み” じゃー ゴザンセンヨネ 」  柄井川柳

「 口先や筆先では、毀誉褒貶に超然 としているらしく 見せかけていても、文壇人は、俳優や音楽家 と同様、人気 を気にするのが普通である 」  正宗白鳥・旧友追憶

「 ミラーマン とかに、関わったのは、痛恨の極み?」  影の声

投稿者 エセ廊下トンビ : 2008年05月21日 03:53

(そのうち書きます)

投稿者 たにしんいち : 2008年06月01日 23:54

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