2008年05月13日

害コメント

あるレストラン物語」に、正論さんから、
次のようなコメント(投稿日時:2008-05-12 09:59:54)が届きました。

・・・・・・・引用始め・・・・・・・

   >>通常の神経をしていたら、「人を表現するのに『害』はないだろう」
   >>と思うはずだから、私もこれからは「障がい者」という表現を使ってみたい。

   これはおかしいですね。はっきりいってただの「言葉狩り」。

   人そのものに周りに対して「害」があるというニュアンスではなく、
   あくまでその何かするときに「できない」という意味であり、
   「公害」などとは異なります。

   漢字の勉強をしてからものを言いましょうね^^

   あなたの思っている「通常の神経」は残念ながら一般的ではありませんよ。

・・・・・・・引用終り・・・・・・・

正論さんの主張ポイントは4点ある。

①『害』の漢字を使わず、障害者を『障がい者』と書くのは「言葉狩り」だ。

『障害者』は1947年に公布された「当用漢字表」で、
使用漢字が1850字に制限され、
『障碍者』を使えなくなった結果生まれた、強引な当て字と言われる。
この『障碍者』の前は『障礙者』と書いた。
『碍』の正字は『礙』、つまり『碍』は俗字である。

となると、私の『障害者』を『障がい者』に変える提案を
「言葉狩り」と称して反対する正論さんは、
『障礙者』を『障碍者』に、そして『障碍』を『障害』へと
一種の「言葉狩り」をしてきた歴史に目をつむっている。
たぶん、知らなかったのだろう。
知っていたら、このようなコメントを書くはずもない。

また「障害者」を「障がい者」と表示することが、
「言葉狩り」だとはとても思えない。

②『害』は「あくまでその何かするときに『できない』という意味だ。

『害』は「あくまでその何かするときに『できない』という意味」か?
答えは「ノー」だ。
『礙』と『碍』には「妨げる」「防ぐ」という意味がある一方、
『害』は、「妨げる」「傷つける」「わざわい」などを意味する。
ここには、正論さんが言うような単なる「できない」という意味はない。

「できない」という意味があるなら、
分数ができない人は「分数障害者」、
料理のできない人は「料理障害者」、
そして子供を産めない人は「出産障害者」と呼ぶのか。

さらに単なる語義だけでなく、
『害』を仏教用語に広げて意味を探ると、
仏教が教えるところによれば、「煩悩」の一つで、

   他者へ思いやりを欠いた心の状態

を意味する。つまり、慈悲の心もない無残さを言う。

③正論さんの漢字の知識でもってすれば、社主に
「漢字の勉強をしてからものを言いましょうね^^」と言える。

「漢字の勉強をしてからものを言いましょうね^^」と言えるかどうか。
上記のポイント①②の説明を読めば、
答えはおのずと明らかだ。

④社主の考える「通常の神経」は一般的ではなく、正論さんの神経が一般的だ。

『害』が含まれる熟語を探すと、
「有害」「害毒」「災害」「害虫」などと、好ましい意味を持つものはない。
『障害』と書き換えた人は「他人に害を及ぼす」ものだとでも、
言いたかったのだろう。
こうした印象、ニュアンスを持つ『害』という字に置き換えたことを
もし正論さんのように「一般的」であると思う人が多く、
それが社会通念ならば、決して健全な社会とは言えないと思う。

・・・・・・・

(追加)
ロッテ唐川「新勝寺」
「世界一」が期待した通り、ロッテ唐川投手、無傷の3連勝です。
おめでとう!
(午後9時51分更新)

May 13, 2008 06:42 PM

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コメント

まさに社主様の言っているとおりだと思います。
人格を持つひとりの人間に対して「害」という言葉を使うことの
慈悲の心もない無残さ、残酷さをよく分かってらっしゃると感じました。

それで。
このエントリのタイトル「害コメント」というのは社主様的にどうなんでしょうか。
相手のレベルに合わせた、とかは言わないですよね。
残酷な言葉を使うことでどれだけ相手を傷つけるかは、きっと社主様も理解しているはず。
言葉を大事にする職業の方ですものね。

投稿者 フリーター31才 : 2008年05月13日 22:52

私には「障害者」・「障がい者」どちらも五十歩百歩のような印象・ニュアンスのような気がしますが・・・
「害」はあまり良い意味は無い。これは社主様の説明を聞いて十分理解できます。では、「障害」で考えてみてもこちらも「妨げ」「邪魔」等の意味を持ち良い意味・ニュアンスは無い。ではでは、社主様のおっしゃる「障がい」こちらはどのような意味なのでしょうか?「害」という漢字を使っていなければ良い意味・ニュアンスの言葉になるのでしょうか?
私としては「障害を患ってしまった人(者)」と社主様は表現されれば良いのではと思うのですが。それでは表現が回りくどいという感じがあれば、もっと端的に最適な表現を社主様に考えて頂ければとも思うのですが。

投稿者 あまり学無し : 2008年05月13日 22:56

言葉の裏には「ことだま」が宿るともいわれますが、言葉そのものが意味・意義を担っている、一人歩きをする懸念もあるためか、用語の適切さ、英語でいうPolitical Correct であるか否かがよく議論されます。

正論さんの議論と社主の主張をあわせ読むと、正論さんは言葉の表現方法の正邪に重きをおき、社主は、ハンディキャップをもって生活するひとびとへの思いやり(慈悲)を大事にしていることが感じられます。

米国では障がい者を、person who needs special care (一般にくらべて特別な配慮を必要とする人)というように表記する流れがあるようです。その底流には、さまざまな助けを必要とするかもしれないが、人=person としては皆等しく生まれているはずだという考え方が大事にされている、と理解したい。

その感受性に優れたジャーナリスト、社主のコラムだからこそ、私は愛読しています。

+++++

唐川クン、すごいですね。3勝目、どんどんガンバレヨ!

投稿者 エディ : 2008年05月13日 23:03

正論さん、知ったかぶりは恥のもとですよ!
勉強のし直しだね!
頑張って、そしてまた元気に戻っておいで!

いつまでも君のことを待っているから、、、、

投稿者 まさ : 2008年05月13日 23:06

今回のエントリーの意味は何なのでしょう?
このエントリーを立てた事でいくらかでも障害者の方への差別がなくなるんでしょうか?

私が正しい、あんたは間違っている。という主張をするだけならば、それこそ言葉遊びに踊らされている。障害者への差別が云々に対する本質を完全に見失ってますよね?

少々、情報(発信)リテラシーが不足しているのではないかとすら思えます。

時に非常に良い記事を書かれる――例えば最近では須藤甚一郎氏の記事などは大変興味深く読ませていただきました――からこそ、今回のエントリーのような記事は非常に残念に思います。

・・・・・・・

ベビーコメ

ご愛読ありがとうございます。

>このエントリーを立てた事でいくらかでも障害者の方への差別がなくなるんでしょうか?

「害」の意味の議論でした。
いかにすれば、差別がなくなるのか、という議論は別ものです。

>私が正しい、あんたは間違っている。

相手が間違っているので、間違っていると言うのは、
いけないのですか。

>少々、情報(発信)リテラシーが不足しているのではないかとすら思えます。

ここがちょっと説明不足だと思えますが。

2008-5-14 22:00

投稿者 Leaf : 2008年05月13日 23:26

「しょうがい」の言葉自体には問題が無く、社主様の表記する"障がい"の"がい"は"碍"であると言うことですか?

ならば単純に障碍者と表記すれば済む話ではないのですか。

現に、『世界一小さい新聞』には常用漢字表にない漢字が多数使われています。

「障がい者」と交ぜ書きにすることで、読み手に何らかの啓蒙的な影響を与えようとしているのでしょうか。

むしろ、障がい者と交ぜ書きにすることで、「害の文字を言葉狩りした」との誤解を与えてしまう危険性を感じます。あるいは、障がい者の"がい"は"害"であるという錯誤が世間にに蔓延する可能性もあります。

なんら啓蒙的な意味はなく、単に不適切と思うから交ぜ書きにしているというのならそれでも構わないですが。

ら致、あっ旋、破たん等の交ぜ書き表記についての社主様の見解に興味があります。

・・・・・・

ベビーコメ

ご愛読ありがとうございます。

進歩は常に葛藤から生まれると日頃から思っています。

「障がい者」と書いて、「害」を読者に意識してもらいたい、
という意図がありましたから、そうしたわけで、
「拉致」を「ら致」、「斡旋」を「あっ旋」、「破綻」を「破たん」と
私が書いて、「ら」「あっ」「たん」に読者の注目させようとする意味は
ありません。

おそらく愛読者Xさんは、「当用漢字を使えない」という観点でのみ、
「碍」「拉」「斡」「綻」を同列で並べられておられるようですね。

2008-5-14 22:00

投稿者 愛読者X : 2008年05月14日 00:08

calm down mate!

投稿者 しんたろ : 2008年05月14日 01:47

こんにちは。
障害というのは、その人自身に(向けられた)とってのものだと思ってます。
障害を持った方という表現がありますし。
なんだかお話が他者(健常者)から見た感じになっていたので、違和感がありました。

どんな環境であれ、人はソレを受け入れていかなくては生きていけないのですから、本人的には、もうそれは日常では普通の事になっている。
もちろん、根本的な悩み苦しみはあるでしょうが。

まさかとは思いますが、自分と同じで無いという意味で受け取ったなら、ちと悲しい事です。

お話がずれてしまいました。すみません。


・・・・・・

ベビーコメ

ご愛読ありがとうございます

>まさかとは思いますが、自分と同じで無いという意味で受け取ったなら、ちと悲しい事です。

「自分と同じで無い」場合、盲人と盲人でない人は、
視力の点で、双方とも「自分と同じで無い」と互いに思うでしょう。
しかし、人間としての尊厳の観点では、
「自分と同じでは無い」とは思わないでしょう。

なお「障碍者」を「障害者」と表現したのは行政ですね。
「碍」を「害」に変えたのも、行政の都合です。

2008-5-14 22:00

投稿者 titti : 2008年05月14日 09:03

そんな語源の歴史があったのですか。
とても勉強になりました。
僕も障害者という言葉は感覚的に好きではなく、
いつも、「障害を被っている人」とか「障害にさらされている人」という表現をしています。
本来障害は環境と対象者との間に存在するものなのに、
障害者という言葉は、障害を対象者個人に押しつけているようで嫌いです。
無知な人々の何気ない言葉が、時に社会行動の規範となり、それそのものが大きな障害となりうることをもっと我々は自覚しなければいけませんね。

投稿者 まこと : 2008年05月14日 09:59

スイマセン、よく読んだのですが、旧字体の話は今回関係ないと思いますし、どうして「害」の字を使わない方が良いのか、イマイチまだ納得がいきません。
投稿欄での議論を見守りたいと思います。

・・・・・・

ベビーコメ

ご愛読ありがとうございます。

一般に使われている「害」を含む熟語は、
害毒、害虫、有害、危害、殺害など好ましい意味には
使われていません。

ある人たちの特性を表現する場合、
そうした字を使用するのは、どうかなという疑義があり、
私はとりあえずの解決として「障がい者」という表現はどうか、
と意見を言ったのです。

2008-5-14 22:00

投稿者 たにしんいち : 2008年05月14日 11:47

>>通常の神経をしていたら、「人を表現するのに『害』はないだろう」
と思うはずだから、私もこれからは「障がい者」という表現を使ってみたい。
>これはおかしいですね。はっきりいってただの「言葉狩り」。

 社主さまが「人を表現するのに『害』はないだろう」と主張されるのは、「障害者」という言葉をどのように捉えてのことなんだろうと、大いなる疑問を感じます。「障害者」という言葉自体は「体などの機能に(著しい)障害を有する」人を意味し、もともと他人に何らかの障害を与えているという意味合いは全く無いものと考えるからです。しかしながら、世の中には「害」という漢字そのものを捉えて、次のように主張される方もいます。
>「害」とはものごとを「傷つける」という他動詞的な漢字であり、他に対して危害を与えることであります。従って、この漢字を含む単語は、「害虫」「災害」「有害」等、あまり好ましい意味にはなりません。この書き換えを定着させた人々は、「障碍」が他者に害を及ぼすものであるとでもいいたかったのでしょうか。
>「障害」は「障碍」(「障礙」)と表記すべきである
http://www.rehab.go.jp/rehanews/japanese/No226/5_story.html
 
 このような主張をされる方はどうやら「障害物」が(人の物の行動に)障害(を与える)物の意であるのと同様に「障害者」という言葉を「何らかの障害を与える人」とご自分が捉えているとしか考えられません。日本語としての常識を備えた人が「障害者」という言葉を「障害を与える人」などと捉えるはずがないと思うからです。例えば、「障害年金」の障害等級などで「両上肢の機能に著しい障害を有するもの」とされているが、このような場合にも「障害」という表現は妥当性を欠くという主張なのでしょうか?どのような言葉であれ、使い方如何で「差別的」な意味合いが生まれます。そのような視点からすれば、小生は、むしろ「健常者」という言葉に差別的な意味合いを強く感じます・・・何故に「健常者」などという言葉を作ったのだろう?と・・・まぁ、社主さまが「障害者」ではなく、「障がい者」という表現を使うことにしたで済ませるなら、それはそれで一つの考え方でしょうが、マスコミに籍を置く社主さまが「障害者」という表現を使うことは「通常の神経をしていたら」できないはずだと主張されることは「言葉狩り」と指摘されても仕方のないことだと思います。「日本障害者協議会」、「日本障害者スポーツ協会」など「障害者」の自立・支援を目的にする団体を「(体などの機能に)障害(を有する)者(のための)」各種団体として活動していると捉えるなら、いま改めて「障害者」を「障がい者」と置き換えることで解決されるもの、得られるものが一体何なのかが思いつきません。

・・・・・・・

ベビーコメ

ご愛読ありがとうございます。

>「何らかの障害を与える人」とご自分が捉えているとしか考えられません。


「何らかの障害を与える人」は、どういう意味でしょうか。

私は語義、語感から「障害者」という官製用語は正しくないと思います。
高齢者から「後期高齢者」という用語に批判が集まりましたが、
それ以上にふさわしくない用語が「障害者」でしょう。

人々は、疑問にも思わず、「慣れ」で使っていると思います。

2008-5-14 22:00

投稿者 ハヤブサ : 2008年05月14日 14:44

私も「障がい者」と書くのは言葉狩りでしかないと思う。
一個人を指した言葉でない「総称」を変えてもそれは行き過ぎた行為を生むだけです。
例えば「差別」も「別」は不快だ「差べつ」と表記しろ!「差」も駄目だ「さべつ」だ!。「外人」は「がい人」と書け!
意味の悪い漢字(害、傷、邪…など)や人によって不快、嫌だと思う漢字などを平仮名にしても本来の意味を替えることは出来ません。
結局「障害者」も「障がい者」~「しょうがい者」~「しょうがいしゃ」と為って行くような形だけで
障害者についての本質的な議論に見て見ぬふりだけに感じます。

・・・・・・

ベビーコメ

ご愛読ありがとうございます。

まず、「ゆえ」さんは、私が言っていることと、ご自分が言っていることが、
ヒステリックに混ざってしまい混乱していることに、気付いてください。

「障がい者」:これは私が使いました。

「差べつ」「がい人」:「ゆえ」さん使用。
「しょうがい者」「しょうがいしゃ」:「ゆえ」さん使用。

私は「障碍者」ならまだしも、「障害者」の「害」の使用を
やめたいと考えているのです。

「差別」を「さ別」と書けとは言っていません。言ってないのに、
あたかも言ったように、いちゃもんを、つけないで。

「外人」については、この言葉は使うべきではないと思います。
「ゆえ」さんの言う「外人」という言葉が、
外国人が日本人から一番言われたくない単語のーつですから。

コミュニティに溶け込みたいのに、いつも「外の人」で、
内に入っていけないと言われているようで、
彼らはとても不愉快に感じています。

>障害者についての本質的な議論に見て見ぬふりだけに感じます。

「本質的な議論」って何ですか?
見て見ぬふりは私ではなく、大方の日本人の得意技でしょう。

2008-5-14 22:00

投稿者 ゆえ : 2008年05月14日 18:45

コメント欄などで十分な議論が行なわれた議題だと思いますが、むしりかえすようなコメント、そしてそれに対するレスとして新しいエントリーを立てるのにも疑問を感じざるを得ません。

障害を持った人が自分が持った障害をどう捉えるかは、個々によっても違います。「障害者」を「障がい者」と言い換えるように"軽々しく「障害」を扱って欲しくない"と考え、不快感を覚える人もいるでしょう。やはり、ルビつきで障碍者と表記するのが一番正解に近いと思います。「障がい者」という表記を見たら、障害の害の字が本来、碍と表記した事を知らない人が書いたのだなと僕は思います。

 「害」の字を避けて「障がい者」と表記する発想には、基本的に反対です。「患」の文字を嫌って「かん者」(さらに「かん者様」)などと書いたらどう思いますか?

--------------------------
以下蛇足ですが。。。

 システム障害、運行障害などの熟語からも明らかなように、障害という言葉は第三者に害を与えるといった含意はありません。(言語学っぽく解析すると、語形成として熟語の中にY項(目的語)を含まないのだと思います。反証は随時募集中です。)そして、「障害」は(医学の分野では)しばしば「(正常な)~~ができない(あるいはしにくい)」という意味で使われています。「適応障害」「読字障害」「書字障害」「算数障害」「睡眠障害」「認知障害」「摂食障害」「排泄障害」「歩行障害」「発話障害」…挙げればキリがない。こうした言葉に~者をつけるのは僕は不自然と感じるのですが、ネット上にはままあるようです。料理だけが出来なくなる「料理障害」は考えづらいですが、「書/読字障害」の中には漢字や仮名が選択的に書けない、読めないという症例があるので、「算数障害」のなかに「分数障害」というのは本当にあるかもしれません。(もしそういう概念が確立すれば「料理障害者」も言えるかもしれません。)

・・・・・・・

ベビーコメ

ご愛読ありがとうございます。

「障がい者」については、まとめのコメントを「愛読者X」さんのところに乗せています。
また私の見解はすでに書いています。

>「患」の文字を嫌って「かん者」(さらに「かん者様」)などと書いたらどう思いますか?

「患者」という表記は問題ないと思います。

2008-5-15 22:30

投稿者 じゃっく : 2008年05月14日 22:42

社主さまに賛成!
子供の出来ない夫婦に「タネが悪いのか、畑が悪いのかどっちかだな」とか、「アイツはタネ無しだ」とか心ないこと言う人いるが言われた人の気持ち考えると、本当に止めて欲しい。

投稿者 夫名無しですが : 2008年05月15日 01:16

>『害』は、「妨げる」「傷つける」「わざわい」などを意味する。

では、害のつく熟語を勉強してみましょう。と言ったとき、

「有害」「害毒」「災害」「害虫」「障害者」

と並んで書かれるのは、少なからず気分を害します。

投稿者 ぷん : 2008年05月15日 02:43

戦後の当用漢字制限によって「障碍」が「障害」に置き換えられ,従って「障碍者」ではなく「障害者」となったのは社主殿の記事にあるとおりですが,一方で「障害者」という言葉が世間一般に普及していったのも戦後になってからだ思います。

今では差別用語として忌避されている諸々の言葉に代わって「視覚障害者」「聴覚障害者」「知的障害者」といった言葉が戦後広く使われるようになったのは,当時のマスコミ・社会がこれを「より適切な表現」として受け入れたからではないでしょうか。

もう半世紀以上経過し,「害」という漢字が不適当だと着目されてこれに代わる表現になっていくのもアリだとは思いますが,差別用語の代替として普及した言葉が「不適当」という評価に変わっていく現象自体が,実態としての障害者差別が根深く残っている証左のように感じます。

米国でpolitical correctnessのお題目の下で表現を変えていってるのは,相当に好意的に見れば「まずは言葉から直そう」という発想ですが,個人的な印象ではやっぱり「とりあえず上辺だけは取り繕っておけ」という偽善ですよね。特にマスコミや政治家にとっては,定期的に言葉を置き換えるだけで「差別根絶に注力しています」とアピールできる本当に楽な対策でしょう(これは社主のことを指しているわけではありません。念の為)。

投稿者 たぶろう : 2008年05月15日 03:12

(IP不明なため不掲載とします)

投稿者 低レベルすぎて : 2008年05月15日 11:45

>ベビーコメ
>>「何らかの障害を与える人」とご自分が捉えているとしか考えられません。
>「何らかの障害を与える人」は、どういう意味でしょうか。

 「障害者」を「何らかの障害を与える人」なり、「何らかの障害になっている人」とご自分が捉えているのでは?という趣旨です。つまり、日本語としての常識的な理解力を踏まえるならば、少なくとも「障害者」という言葉は「身体的、或いは精神的な何らかの機能に(著しい)障害を有する人」を表現していると捉えられるのですが、どうやら「障害者」の語義を「障害物」と同様に捉えているのではないか?ということです。

>私は語義、語感から「障害者」という官製用語は正しくないと思います。

 一般的に「語義」とは「ことばの意味」でしょうから、社主さまは「障害者」という日本語の「語義」をどのように捉えているのかを明らかにすることが必要かと思います。どちらかと言えば、社主さまが「障がい者」という表現を使ってみたいとするのは、どうやら「語感」、つまり「ことばからうける感じ、ことばのもつ感じ」からの主張のようですね・・しかも、その「語感」は聴覚上ではなく、視覚上のものだと思いますが、それで一体何が得られるのか、解決されるのかがいまいち理解できません。
 社主さまは「人を表現するのに『害』はないだろう」と主張されるのですが、事件などの「被害者」、「加害者」の場合は問題なしでしょうから、そうであるのなら、むしろ、「障がい者」もやめて「健常者」、「非健常者」でいけばよろしいのではと思います。

ところで、本文中に
>②『害』は「あくまでその何かするときに『できない』という意味だ。

『害』は「あくまでその何かするときに『できない』という意味」か?
答えは「ノー」だ。

とありますが、これは正論さんのコメンとをあまりにも曲解していると思いますが・・・正論さんのコメントは
>>人そのものに周りに対して「害」があるというニュアンスではなく、
   あくまでその何かするときに「できない」という意味であり、
   「公害」などとは異なります。

となっているように、あくまで「障害者」の語意、語感を述べたものだと理解しますが・・・

投稿者 ハヤブサ : 2008年05月15日 12:28

>「障がい者」と書いて、「害」を読者に意識してもらいたい、
>という意図がありましたから、そうしたわけで、

なるほど意図は理解できました、が同意はできません。

>「当用漢字を使えない」という観点でのみ、

と小生の論旨を受け取られた様ですので補足致します。

「障がい者」では一部の読者には全く意味がなありません。
点字、補助音声、読唇、指文字などでは、障碍者も、障害者も、障がい者も、全部同じ「しょうがいしゃ」なのです。
視覚上の表記にこだわるのは結構ですが、もっとも配慮すべき対象に真意が伝わりません。

「ら致」「あっ旋」は、健常者以外にも文意がそのまま通じますが、「障がい」はそういうわけにはいきません。

「障がい者」と交ぜ書きするのは、文字を認識できない方への配慮が欠落した、(視覚上の)健常者同士の自己満足の遊戯にすぎないのです。

「障がい者」の交ぜ書き表記は、言葉狩りではありません。しかし言葉狩り以下の偽善であると考えます。

おそらく社主様は、「目で読む」という観点でのみ、
「読者」を規定されておられるようですね。

・・・・・・・

ベビーコメ

愛読者Xさんが、ご存知ないだけで、

「障がい者」という表記はすでに一般的です。

「害」という一字に抵抗を覚えている感受性の豊かな人が多いのでしょう。
福岡県篠栗町のHPは一例にすぎません。。
http://www.town.sasaguri.fukuoka.jp/
インデックスの「健康と福祉」の項目に「障がい者」と明記。
「愛読者X」さんによれば、
言葉狩り以下の偽善の町、自己満足の遊戯の町ということで、
どうぞ町長に抗議してください。
http://www.oita-syotaikyo.org/

大分県障がい者体育協会 http://www.oita-syotaikyo.org/
財団法人 福島県障がい者スポーツ協会 http://www3.jeynet.ne.jp/~letssports/
野村證券障がい者採用情報 http://www.nomura.co.jp/recruit/hc/

など他にもいっぱいあります。

採用情報では、ほとんどが「障がい者」と表現しています。
そりゃそうね・・普通の神経をしていたら人様に「害」など、使えない。

ところで「愛読者X」さんは、愛読者なのですか?

2008-5-15 22:30

投稿者 愛読者X : 2008年05月15日 18:13

愛読者ですよ(笑)
2年前からブックマークに入れて毎日読んでます。日刊スポーツを読まない日はあっても世界一小さな新聞を読まない日はありません。(これ本当)
そして社主様の主張には8割方共感してます。

少し挑発的なコメントになったのは社主様の毒に対するささやかなお返しです(笑)

念のためですが、愛読者だけど「信者」ではありません。

>愛読者Xさんが、ご存知ないだけで、

社主様ほどの知性の論客がどうしてこのような根拠の無い決めつけをされるのか不思議です。

3年前から知ってます。行政で使い始めましたから。その時から違和感を持ってました。

「害」という一字に抵抗を覚えるのほど豊かな感受性の方が、文字を認識できない方への配慮が欠落した「しょうがいしゃ」という音感には平気であるというのが不思議なのです。

「すでに一般的でみんな使ってますよ」これが最終的なコメントなら少しガッカリです。

横並び主義はどちらかというと社主様の嫌う概念だとばかりおもっていましたから。

なお、福岡県篠栗町の町長には抗議しません。障がい者表記に違和感を覚える意見に対して、人を見下すような毒を吐いたりしてませんから。また、偽善は抗議の対象ではありませんから。

社主様が「害」という一字に抵抗を覚えるのは豊かな感受性だとおっしゃるように、小生も「障がい者」という表記に偽善性を覚える感受性を持っています。(それが他者よりも豊かであるという傲慢さは持ち合わせておりませんが)

これでこのエントリーへの最終コメントとさせて頂きます。

なお、これからも日々愛読させて頂きます。信者じゃないけどファンですから。

・・・・・・・

ベビーコメ

ご愛読ありがとうございます。

>なお、福岡県篠栗町の町長には抗議しません。

なぜ?

あれだけ私におっしゃったのだから、
抗議されるべきでしょう。

一文を書いて、CCをつけて、メールを100ぐらい送っても、
さほど時間はかかりませんよ。

世界ーに書いて来るだけの時間を使えば、
もっと効果的な社会運動と言えるでしょう。

2009-5-19 22:00


投稿者 愛読者X : 2008年05月16日 08:32

害という漢字からできることばを想像してみよう、「障害」「公害」「害虫」「薬害」、、、
このスレで、「障害者ということばはノープロブレムだ」と言い張る人たちは、害という言葉のイメージが分からないらしい。
「愛読者x」さんは、ご自分の子どもに「害人(がいと)」とか「害子」とか「害蔵(がいぞう)」とか「害恵(がいえ)」とか名前をつけてみてください。

同様に、私の考えでは「獄」「殺」という字もよくないと思うので、「地ごく」「さつ人」「自さつ」などの表記が望ましいと思われます。

追・社主さまへ 今年の2・20の記事「健常者には負けていません」には「障害者」の表記が数箇所見られました。社主さまが「これからは障がい者という表記でいきます」と発表なさった前のことですからノープロブレムかと思いますが、もしかしたらお役に立てるかとも思い指摘させていただきます。
ご気分を悪くなされましたら謝ります、申し訳ありませんでした。


・・・・・・

ベビーコメ

ご愛読ありがとうございます。

「障害者」の表記にはずっと抵抗を感じていたのですが、
「あるレストラン物語」で「がい」とひらがな表記をしてみました。

2008-5-19 22:00

投稿者 三浦 : 2008年05月16日 14:25

障碍を持っている人が、何の不自由もなく暮らせる世の中になれば、「障碍者」も「傷害者」も「しょうがい者」もいらなくなる。

各地で起こっている言葉の表記の問題が、世の中のあらゆるものを見直すきっかけになったらいいと強く思う。
どうしたら一緒に支えあえるか、どうやって差別のない社会のシステムを作っていけるかを考える事が大事。

それにはまず、事実を知ること。理解する為の努力をいとわないこと。教育を根本から見直すこと。知らないと言う事は偏見や差別を生みやすいと思うし、大人になってから急いでそれをやろうとしても、腫れ物に触る的な態度でしかなく真の優しさは生まれない。

健常者(この言い方も好きじゃない)の眼差しに害がるという言葉。これは障害を抱えた人の目から見た世の中一般なわけだが、残念ながら今の日本の現状はまさにこれなのではないか。
自閉症の人もダウン症の人も、太っている人や痩せている人みたいにその人の個性、特徴として捕らえる事が自然にみんなができたらどんなにいいかなと思う。

投稿者 14番目の月 : 2008年05月16日 15:24

5年ほど前まで福祉の仕事をしていました。

当時は障害者という言葉は法律用語としてとらえ
現場では「身障者」と略して言うことにしていました。
新聞の表記などで「障がい」となったのも最近のことだと思いますが、
「害」にはやっぱり抵抗がありました。

「碍」は当用漢字にないから同音の「害」の字を当てていると聞きましたが、
「障碍者」にしても、戦後の厚生官僚の造語でしょう。
精神薄弱などの言葉と同様、消え去るべきと思います。

投稿者 山奥 : 2008年05月16日 23:18

私は「障害者」を「障がい者」と書き改めても意味がないと思っています。ひらがなで書いたところで、多くの一般の方は、結局のところ頭の中で前者(漢字)を連想していると思うからです。
マイナス(害)のイメージを一旦消し去るには、「しょうがいしゃ」の音集合とは全く異なる名称に変えてしまった方がよいのではないでしょうか。例えば「精神分裂病」を「統合失調症」と改めたように。

投稿者 YOU : 2008年05月17日 01:54

(「決め付け」と言われてからまれるし、たくちゃんさんではなく他の読者に返事を返しているのを読んで当のご本人ではなく、
たくちゃんさんから「言い方が失礼だ」とか言われ、まったくご自分の失礼さ加減を棚にあげる態度に対して非常に不愉快に感じましたので、仕方なく不掲載とします)

投稿者 たくちゃん : 2008年05月17日 20:58

「障る」と言う字もあまり良い意味で使われませんし、
一部がひらがなでも、全てひらがなにしてみても、かえって漢字を想像してしまい、上辺だけのように感じます。

何か違う言葉を当てはめることが出来ればスッキリするんですけどね。

投稿者 なるほど : 2008年05月18日 01:08

> となると、私の『障害者』を『障がい者』に変える提案を
> 「言葉狩り」と称して反対する正論さんは、
> 『障礙者』を『障碍者』に、そして『障碍』を『障害』へと
> 一種の「言葉狩り」をしてきた歴史に目をつむっている。
> たぶん、知らなかったのだろう。
> 知っていたら、このようなコメントを書くはずもない。

当用漢字から礙や碍の字が消えて変わりに害の字が充てられたのは、言葉狩りの結果とは言わないだろう。
そこには、複雑な漢字を減らして当用漢字の数を減らそうという意図しかないからだ。
しかし、障害という単語を”他人に害をなす”という意味が汲み取れるとして害という字を”がい”としたならば、それは言葉狩りと言っても差し支えないと個人的には思う。
他の人もコメントしているが障害という単語には他人に害をなすという意味が含まれないからだ。

> 『害』は「あくまでその何かするときに『できない』という意味」か?
> 答えは「ノー」だ。
> 『礙』と『碍』には「妨げる」「防ぐ」という意味がある一方、
> 『害』は、「妨げる」「傷つける」「わざわい」などを意味する。
> ここには、正論さんが言うような単なる「できない」という意味はない。

正論さんはそんなことは言っていないと思いますが、
『害』だけを切り出して考えるのは、意図的な操作ではないでしょうか?
『障害』でも『障害者』でも他人を傷つける意味で捉える人はごく少数だとおもいますが。

そんなことない、とおっしゃるのであれば、今後は、
被害者も”被がい者”と書いたほうがよいのではないですか?


・・・・・・

ベビーコメ

>正論さんはそんなことは言っていないと思いますが、

「害」に「できない」という意味がある、とおっしゃったのです。

>『障害』でも『障害者』でも他人を傷つける意味で捉える人はごく少数だとおもいますが。

何度言えば理解出来るのでしょうか。
私は、「障害者」に「害」という字が付けられているその点を指摘したのです。
ハンディキャップを持った人たちが「他人を傷つける」意味を持つとはまったく言っていない。

>被害者

これはOKでしょう。「害を被った人たち」なんですから。

2008-5-19 22:00

投稿者 ed : 2008年05月18日 03:40

障害者って、「身体的に障害のある状態に置かれている人」という意味だと理解していましたが。そういう使い方は間違いなんでしょうか。「被害者」とかもそうですよね。「被」の字がありますので、害を被っている人のことを指しているのは明らかですが、同じような使い方のような気がします。病人とか、患者とかも同じかと。
こう書いていて、言葉の遊びをしているだけのような気がしてきました。
しかし、「害」という文字を使って深いに思う人がいることは事実なので、一考には値することだと思います。

投稿者 不明 : 2008年05月18日 13:29

 私は視覚障害者(2級・視野障害)です。
 何年か前、私の住む市に弁護士出身の市民派を名乗る
市長さんが誕生しました。その人は障害者にやさしい街
づくりとかの第一歩として「障害から障がい」の言いか
えを宣言し、法令で定められたもの(書類等)以外の表
記をすべて「がい」に改めました。市役所の担当部局名
からパンフレットまで、当然HPの表記もです。けっこ
うなお金がかかったことでしょう。
 その後、わが市では何が起こったか? 例えば、重度
障害者への医療補助が削減されました。障害者へのいろ
んな支援(交通費助成など)が拡充されるどころか削減、
廃止の方向で検討されています。
(あと、ネット社会特有の現象として、障がいと言い換
 えられると、検索するときに障害ではヒットしなくな
 り、福祉の制度を調べるときに困ることもある)

 「障害を障がいに言い換えよう」という方々の理由や
理念、考え方というのは、私も十分理解しているつもり
です。それはそれで、決して間違っていることだとか、
意味のない議論だとは思いません。が、今一度考えてい
ただきたいのです。現実の障害者にとっては、害の表記
よりも重要なことがもっともっとたくさんあることを。

 最後にあえてきつい言い方をすれば、皆さん言葉遊び
をしている暇があるなら、もう少し別な形で(各自がで
きる範囲のことでいいので)障害者のことを気にかけて
いただけるととてもうれしいです。自転車は決められた
ところ以外には置かないとか、歩道をふさぐ片足駐車は
しないとか。

・・・・・・・

ベビーコメ

ご愛読ありがとうございます。

>皆さん言葉遊びをしている暇があるなら、

この言い方は、議論している人たちに少し暴言だし失礼じゃないですか。
自分以外の人を社会の中であるカテゴリー付けのためにどのように呼ぶかは、
非常に大事な問題だと思います。

そういう限定された議論を「言葉遊び」「暇」という言うのは、
ちょっと過ぎた言葉だと思いませんか。

2008-5-19 22:00

投稿者 私は視覚障害者 : 2008年05月18日 18:09

>進歩は常に葛藤から生まれると日頃から思っています。
そのとおりだと思います。
コメントをされている方々の多くも<障がい者>という表記には違和感を覚えつつ、しかし<障害者>という言葉自体には必ずしも同調していないようです。
<障害者>という言葉が一般的に使われるようになって約50年、社会のありようも変わったことだし、それに変わる新しい言葉が必要とされているということですね。これだけ毎年新しい外来語が輸入され、それにともなう造語が行われている現在、これからの社会に即した日本語をいくつか創る、あるいは改良する事は決して不可能なことではありません。
それを喚起するための<障がい者>という表記であるならば私はそれに賛成しますし、このコメントの多さを見ても<障害者>という言葉に対する立派なアンチテーゼとしての役割を果たしうると思います。

投稿者 ビスマルク : 2008年05月19日 00:38

山奥さんに賛成です。私も「害」の字は使うべきではないと考えます。

「愛読者X」さんは篠栗町に抗議すべきでしょうね。
私が「愛読者X」さんなら1000は抗議メールしますよ。
「私は視覚障害者」さんは、結局のところお金が欲しいだけだとしたら、失礼ですが志が低いと思います。

投稿者 夫名無しですが : 2008年05月19日 05:45

「私は視覚障害者さん」の住んでいらっしゃる所の、市長さん並びに市の職員の方達は、残念ながら「害」と「がい」の表記の問題の
本質を理解されていないようです。中身が変わらなければ箱だけ見栄え良くしたところでなんの意味もありません。
それこそ、事件は会議室で起こっている訳ではなく、
現場で起きているわけですから。

それから、社主さまへ・・・。
「私は視覚障害者さん」へのコメントのなかで、

>自分以外の人を社会の中であるカテゴリー付けのためにどのように呼ぶかは非常に大事な問題だと思います。

このこと自体は正論だと思うのですが、
カテゴリー付けという言葉が心の中にスーと入っていかない。(私だけかも?)
今までのエントリーの中で社主さまが言い続けてこられた、
人に「害」という言葉を使うことそのことが問題なんだという、
熱い思いとちょっとずれがある様に感じました。

本筋からずれてしまってすみません。

・・・・・・・

ベビーコメ

ご愛読ありがとうございます。

>カテゴリー

この用語の使用は至極一般的で、
次のURLでも使われていますよ。

http://ja.wikipedia.org/wiki/Category:%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E8%80%85

2008-5-27 23:00

投稿者 14番目の月 : 2008年05月19日 17:22

私は、健常者です。
今、聴覚障がいをもった方と一緒に仕事しています。


障がいを持ったこどもたちの活動の場を広げようと
地域で受け入れられる環境を作っています。

偏見がまったくないと言えませんし、
障がいに対して理解があるとも言えません、

ただ、
こどもたちが思い切り活動できる場ができたら
それだけで充分だと考えています。


あまり、難しいこと考えると
動けなくなるので。


私は視覚障害者(HNをそのまま使っています)さん、
過去色々な不都合があったことだと思います。
それで、そのようなコメントになっただろうと
推測していますが、
そのような言葉を使うことで
自ら壁を作ってしまっているような気がします。


とても残念ですね。

投稿者 oumo : 2008年05月21日 01:05

障る、の「障」の字もいかがなものですかね。

「しょうがい者」が最適切という気がします。

投稿者 吉田世界一 : 2008年05月25日 11:54

「害」...そのものの存立を危うくするような悪い△結果(影響)。
と辞書にありました。

障害の症状には人によって差がありますが、少なくともその人にとって存立つまり独立して一人で何かをしようとするには何ら妨げになるような影響があると言うことではありませんか?

今回の件に関してのみの感想ですが、やはり言葉をいじっただけでは福祉の向上にはならないんじゃありませんかね?

・・・・・・・

ベビーコメ

ご愛読ありがとうございます。

>高校生の母

高校生のお子さんはどんな意見なんでしょうか。

2008-5-28 21:00

投稿者 高校生の母 : 2008年05月28日 01:05

>高校生のお子さんはどんな意見なんでしょうか。

これも社主様の言葉いじりですか?
まじめに高校生の子供に聞いた話を直訳して代筆いたします。

子供は某チームワークのいるスポーツ部に所属しております。
そのチームに片耳のご不自由なお子さんがいます。レギュラーを目指して頑張っていらっしゃいますが、そのお子さんいわく、「走っていて急に方向転換をする時、平衡感覚が失われたりする、試合最中にコーチの指示が聞こえない時がある」

この辺、やはりプロを目指したり、記録を伸ばしたりする時、誰でも弱いところはありますが、本人にとっては「害」つまり「ハンディ」となる場合が多いんじゃないか、だから「害」なんだと思う。
以上です。

・・・・・・・

ベビーコメ

ご愛読ありがとうございます。

>>高校生のお子さんはどんな意見なんでしょうか。

私がただ質問をしただけで、

>これも社主様の言葉いじりですか?

なぜこういうお返事になるのですか?
アメリカでは、質問をしたら、「言葉いじり」にされるのですか?

>まじめに高校生の子供に聞いた話を直訳して代筆いたします。

これもちょっと意味不明ですけど。

2008-5-31 1:30

投稿者 高校生の母 : 2008年05月30日 01:10

>これも社主様の言葉いじりですか?

ユーモアがわかっていただけなくて残念です。
このように掲示板だけで意見をかわすのは難しいですね。

ですから、私の高校生の子に質問だったわけでしょう?ですが、子供が直接この掲示板に書いたのではなく、私が質問したことを外国語で子供が答え、私が日本語に訳し、ここに返事を書いたわけです。

子供が真摯に質問に答えたことには全く触れず、こんな返事しか返ってこないのなら、高校生のお子さんへなんて質問されない方がよろしかったのではありませんか?
これで終わりにしたいと思います。

・・・・・・・

ベビーコメ

ご愛読ありがとうございます。

>ユーモアがわかっていただけなくて残念です。

だとしたら、場違いですね。
笑うエントリーじゃないですよ。

>子供が真摯に質問に答えたことには全く触れず、こんな返事しか返ってこないのなら、高校生のお子さんへなんて質問されない方がよろしかったのではありませんか?

こちらの時間も考えていただけませんか。
読んで掲載した以上に何を要求されるのですか。
ここで私に意見のキャッチボールを期待するのは無理ですよ。

私が個人的に興味を持つから質問するのではなく、
大方の場合、読者に代わって質問をしているわけで、
読者がその答えに興味を持てば話も広がりますが、
面白く感じなければ、それまでの話です。

2008-6-1 23:45

投稿者 高校生の母 : 2008年05月31日 05:50

「高校生の母」さまへ。
申し訳ないのですが、あなたのおっしゃりたい意図がよくわかりません。
あなたの言葉は空虚で抽象的で、社主さまへの皮肉のために脱線が多すぎて分りづらくなってしまっており、僕のハートには響かないのです。
あなたの意図は社主さまにチクリと皮肉を言うことだったのでは、と邪推すらしてしまうほどでした。
せっかく高校生の息子さんの声も聞きたかったのに僕としては残念でした。
障がいのあるという息子さんもこれでは浮かばれませんではありませんか。
また出直してください。三浦

投稿者 三浦 : 2008年06月02日 14:30

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