2008年04月29日
「耳」は捨てられた!:
先日打ち合わせがお昼時だったので、カフェで珈琲と野菜サンドを頼んだ。
相手のY君はハムとタマゴとツナのミックスサンドを頼んだ。
テーブルに届いたサンドイッチは、
柔らかい白いパンで、きれいに耳を切り落とされていた。
どうして日本はこの「耳」を捨てるのか、
いつも「もったいない」と思う。
サンドイッチの国では、白い食パンもブラウンブレッドもあるけど、
当たり前に耳はついている。
パン自体も、日本のふわふわパンではなく、
歯ごたえがあって、ちょっとごわごわ状態。
日本のサンドイッチは、お子様向けかオヤツ風感覚で、
ちょっとつまむ程度の虫押さえにしかならない。
カツサンドに限っては、まあ、男性でもなんとか腹持ちがする。
サンドイッチの国なら、ちゃんとした一食にすべく、
耳がつき、パンの内側両面にはべったりとバターが塗られている。
ちなみに、スーパーで売られていた「コロッケ&サラダ」
サンドイッチのカロリーを見ると(右写真)、
380kcalで、まさに軽食。
欧米なら800や900kcalのサンドがざらにある。
内容物がベーコン、ハム、チーズ、マヨネーズなど
高脂肪の材料を使っているからだ。
だから西洋人の大きな体にも、サンドは立派な食事と言える。
ところで、日本のサンドイッチはなぜ耳が捨てられるのか。
その理由を調べてみたがわからなかった。
食べる側はこの耳なしをどう見ているのだろうか。
Y君 軟食好みの時代と関係あるのかな?
ふわふわパンを求めるだけじゃなくて、
均一な噛み心地を追求する余り、
舌触りがごわごわする耳の部分を避けたがる傾向にあるのではないか。
私 「軟食の時代」と言っても、この「耳なし」はかなり前からだろ?
柔らかな舌触りとしっかり噛まないといけない部分があるというのは、
なんとなく、口の中でバランスが悪いので、
避けられるかも知れないね。
でも、それは理由じゃないと思う。
Y君 そうかなあ・・・。
私 ほら、今の見た目意識と同じで、
白いパンの「白」を好む日本人の美意識からして、
あの額縁の茶色い耳は要らないのではないか。
現に最初から「耳」がない「サンドイッチ用」が売られているじゃないか。
Y君 ボクなんか、小さい時からずっと、
耳無しのサンドイッチを食べていたから、
耳つきの食パンを食べることなど考えられないなあ。
私 サンドイッチの食パンは耳がついていないもの、
トーストの食パンは耳がついているもの、という風に、
長い習慣から思い込んでいるだけだよ。
もちろん、耳つき派の人たちも大勢いるけど。
Y君 習慣という意味で、ボクは保守的かも。
食の習慣や好みって、なかなか自分で変えられないからね。
ところで、調理する側から見てどうだろう?
私 耳を落とすとね、サンドイッチの中身が識別しやすい。
ハムとかツナが断面っていう風に見えるよ。
また、パックしやすくしたいんじゃないの?
耳なしなら、ちゃんと長方体を形づくれるけど、
もし耳をつけるとなると、どうも見た目に幾何学的に見えず、
しっくりこないのじゃないかな。
Y君 耳はコンパクトにパックする際にジャマになるわけか・・・。
英国は三角サンドの容器が主流だよね。
私 サンドには普通耳ついているし、耳つきはいいよ。
あの部分はおいしく、耳がついていると、
持つ時その耳がしっかりしているので
中身がこぼれないという利便性はあるかも。
それに、日本では、業者がサンドイッチを作る時、
落とした耳を後で別の材料として使えるという利点もある。
Y君 スープのクルトンってやつですね。
でも、よくパン屋に「耳」だけって袋が
50円とか100円で売っているのはみかけますよ。
私 他にも理由はあるだろう?
耳なしサンドイッチの方が上品に見える、というのはどうか。
大皿にいくつかのクラスターに分けて、
サンドイッチを盛りつける立食パーティなんかを想像してみてよ。
ピクルス、ラディッシュ、パセリでオシャレに彩りして、
ピックで止めてあるよ。
耳をつけたままの食パンを使うと、美的ではなくなる。
二人は、耳なし美的サンドイッチを頬ばりながら、そんな風に会話を続けた。
・・・・・・・
一昨年昨日の記事「3億円ドアが開いた理由」
一昨年今日の記事「清原選手の筏(いかだ)」
一昨年明日の記事「転職したいなあ」
April 29, 2008 08:31 PM | コメント (14) | トラックバック (0)
2008年04月28日
地下室の監禁パパ:
時々理解不能に陥る事件が起きる。
オーストリアで明らかになった、
実父が24年間、自分の娘を地下室に監禁した上、
7人の子供を生ませてしまった事件を聞いて
絶句した人は多いはず。
73歳になるこの監禁パパは、
娘が11歳の時から関係を持った。
そして18歳の時に自宅の地下室に誘い込み、
クスリを飲ませ、手錠をかけ監禁を開始。
以来レイプを続け、鬼畜に変貌してしまった。
娘は監禁パパとの間に7人の子供をもうけている。
双子の一人は生後すぐに死亡した(遺体はオーブンで焼却)ほかは、
3人が監禁パパとその妻に、養子として自宅で育てられ、
近所の人たちも、今回の事件が信じられないほど、
普通に学校に通う子供たちだとの認識しかなかった。
あとの3人は、娘と一緒に地下室に監禁されたままだった。
娘は一度も地上に上がっておらず、電球の下で暮らしてきた。
地下室には窓はなく、
調理用スペースや洗面台・トイレはあった。
ただこの「地下牢」に入るには、
ガレージの壁際に置いてある戸棚の背後のドアを
パスワードを入れて開けねばならない。
(写真:デイリーメール紙のウエッブ版から)
信じられないけど、この鬼畜の妻は、
地下で娘たちが監禁されていることを知らなかった、
と警察に証言している。
今回の事件が明らかになったのは、
監禁されていた19歳の長女の健康が重篤な状態になり
病院に搬送されたからだ。
記者たちが一斉に、近隣の住民を取材しているが、
秘密の地下牢があったことや、監禁や出産があったことを
気づいた人は誰もいなかった。
さらに、鬼畜の住まいは、大きな家なので、
何人か他人をステイさせていたが、
その誰もが事件性を感じていなかった。
地下室は、天井のもっとも高いところが1メートル70センチしかないから、
終日ここにいる者にとって、上からの圧迫感は相当なものだろう。
地下室はいくつか間切りにしてあり、それぞれにベッドが置かれていたが、
密室性から「住人」にはかなりのストレスが蓄積していたことが想像できよう。
洗面台の横にぶら下がっている湯たんぽ兼水枕が印象的だ。
警察が踏み込んだ時、すでに42歳になっていた娘は、
青白い肌をしており、髪には白髪が出ていた。
鬼畜パパにとって、自分の子と同時に孫に当たる
6人のうち3人を養子にしているのは、
自分で育てられない旨が書かれた娘の直筆手紙とともに、
赤ちゃんが自宅玄関前に置かれていたので、
鬼畜パパとその妻がこの3人を引き取る形にしたのだ。
二人は、彼らを学校に通わせた。
娘が18歳で行方不明になったのに、なぜ
警察が捜索しなかったのか、
という疑問を覚えてしまうが、これは、
最初、警察が動き出したにもかかわらず、
鬼畜が娘に自分で家出したことを告白する手紙を書かせ、
それを警察に見せたところ、警察は手を引いてしまったという経緯がある。
オーストリアでは、これで三度目の監禁スキャンダルとなる。
06年8月ウィーンで発覚した事件で、
ナターシャというティーンエイジャーが
地下室で8年間の監禁から逃れたことがある。
それに、去年2月女弁護士が7年間にもわたって、
3人の実の娘を監禁していた事件だ。
April 28, 2008 10:18 PM | コメント (10) | トラックバック (0)
2008年04月27日
ロッテ唐川「新勝寺」:
ロッテ唐川侑己(からかわゆうき)投手。
昨土曜日、ソフバン相手に、
初登板
初勝利
そして、
初の平成っ子勝利投手
神仏のご利益が一気に叶ったのか、
本日の日刊スポーツ(東京版)の一面を飾っていた。
同紙は、
底知れないポテンシャルを秘めたニューヒーロー
と表現、唐川投手の門出のお祝い記述をしている。
このまま順当に勝って、勝ち星を重ね出すと、
唐川投手は、ダルビッシュらと足並みを揃えて、
最近ジリ貧気味のセよりも観客動員が10%も増えたといわれる
パの人気を後押しするに違いない。
先取りしてそのイメージを表すと、ずばり、
縁起のいい投手
と言えないか。
●唐川ファミリー
仲のいい5人+1匹家族。
唐川家の家族構成は、
祖母・春江さん(79) 父・義明さんの母
父・義明さん(52) 成田山新勝寺・本堂課勤務
母・澄枝さん(50) 元・銀行員(千葉銀行)
姉・明子さん(20) 小学校講師
本人
妹・依子さん(14) 中学三年生
犬・拉々 シーズー犬(オス)
義明さんは、高校を卒業後、成田山新勝寺に勤続35年。
僧職ではなく、賽銭集計や祭事の事務仕事を務め、
亡くなった父・忠義さんも成田山で働いていたというから、
親子二代にわたり、成田山で参拝客の幸せと安全を願ってきた。
父方の祖父は亡く、祖母は健在。
父は祖父の仕事を受け継ぎ、また母は堅実な銀行勤めを経験しており、
唐川投手は、伝統的な家庭でトラッドな生き方を学び、
姉と妹に挟まれた形で、長男はバランスの取れた人格を培ったようだ。
日本ハムの中田翔くんの小遣いが30万だとの情報が流れた時、
唐川の小遣いも(植松と)同様に10万円。
「貯金をするということを知らないんですかね。
僕が欲しいものは寮の部屋の家具ぐらい」と語り、
同学年の中田の金銭感覚に驚きの笑みを浮かべた。
(今年1月17日付、日刊スポーツ紙)
と唐川投手は、記事に登場している。
なるほど「家族の品格」が、発言に「らしさ」を出している。
父・義明さんは、小学校1年から唐川くんに空手をやらせた。
これは「礼儀」を学ばせるためだ。
そして、小3から地元の少年野球チームに。
才能を見込まれただけでなく、チームプレーから学ばせたいものが
両親には大きかったそうだ。
名前の一字「侑」には「助ける」という意味があることが印象的だ。
●24画愛
勝負と縁起はつきものだから、
唐川投手が勝ち星を重ねると、義明さんが勤める成田山新勝寺が
連れて脚光を浴びるに違いない。
参道沿いのみやげ物屋には、唐川投手にちなんだ縁起物が売られることだろう。
縁起と言えば、唐川家は姓名判断にこだわりを持っている。
義明さんは、子供三人の名前の字画を共通して、8画と3画に。
唐川の苗字の合計(天格)13画をあわせた総格が、
24画になるように、漢字の組み合わせを選んだ。
総画24画は、「努力による大器晩成」「家族の調和」を意味するそうだ。
子供三人によい運に恵まれた将来を、平等に・・・
ということで、名前を同じ8画、3画に決めた親心。
私はこういうところが好きで、妙に感動を覚えてしまう。
もちろん愛犬にも。
家族関係の希薄化を早める平成時代に、
唐川投手一家が、家族像のモデルを提供してくれそうだ。
次の登板は5月3日西武戦(千葉マリン)と予想されている。
24画の家族や霊験あらたかな成田山に見守られて、
彼がどんな活躍を見せてくれるか、楽しみだ。
・・・・・・・
去年の昨日「人体実験に挑戦!」
去年の今日「プロの接客を体験!」
去年の明日「慰安婦問題、7人目の謝罪」
April 27, 2008 04:45 PM | コメント (9) | トラックバック (0)
2008年04月24日
ナンパに年齢制限なし?:
ある日曜日の夕方、東京・新宿から私鉄の各駅停車に乗った。
急行の混雑度は、日曜日でもウイーク・デーと大差がないし、
その日は朝早くから出かけていたので、
敢えて各駅停車でゆっくり帰りたかった。
幸い車内は、どこでも好きな席が選べるほど空いていた。
私と妻は、向かい側に老夫婦(70歳過ぎ)と思われる二人がいる席にすわった。
私の左は空席、右に妻、妻のさらに右に30代の女性が座り、
彼女は画集を眺めていた。
「後何十年かしたら、あんなふうになるのかな~」
と妻が、私の耳元で言った。
明らかに、向かいの「老夫婦」を意識した言葉だった。
「うん、まあな。多分なるだろうな」
そんな風に、私は答えた。
奥さんは、クリーム色のブラウスにベージュのカーデガンで、
黒のパンツにウォーキング・シューズ。
肩から大きめのポシェットをかけていて、
手には某デパートのお買い物バッグとビニール・バッグ。
夫は、白いYシャツにループ・タイ、茶色のジャケット、
薄茶のパンツをはいている。
少し足が不自由なのか、杖を傍らに立てかけ、
もう一方の手には、スーパーバッグがある。
私と妻は、この時点で、
「あまり会話のない夫婦だな~」
と、気づいた。
まあ、あの年まで夫婦をしていたら、
今更、電車の中で話すこともないし、
日曜日のデパートで疲れて、二人とも、言葉が途切れているのか、
あるいは、日本のお父さんの典型「メシ、風呂、寝る」の人種か。
とも想像していた。
やがて電車は新宿を発車した。
窓外の木々と桜の光景が流れ、
緑色の軽い風が入り、サラサラと気持ちが良かった。
二駅目ぐらいで、私たちは、自分たちの間違いを認めることになる。
二人がこんな風に会話を始めたからだ。
老男:今日はおでかけですか。
老女:ええ、ちょっと新宿のデパートまで行ってね、
今、その帰りなんです。
老男:ああーデパートね。
老女:ええデパート、先週から△△県フェアをしていて、
私行きたくてね。でも雨だったでしょ?
今日は、お天気もいいし、出かけてみたらほんと良かった。
なんだか嬉しくて、一杯買っちゃったの。
ほら、こんなに・・・。
(と言って、かみ袋の口を広げて見せている)
老男:ああー、本当だ。一杯買っちゃたのね。
お嫁さんとかお孫さんの分だね。
老女:ああ、いやだ~あ、そんなんじゃありませんよ~。
私、一人・・・。
老男:ああー、一人で楽しむのね、まあ、それも悪くないね。
何でもかんでも、嫁や孫じゃ、気の使いぱなしだもの。
老女:違う、違いますよ~、私ね、一人なの。ひとり・く・ら・しなの。
こんなの買って帰っても、誰も待ってる人なんかいないの。
(沈黙するお爺さんに更に畳かけるように話し続ける老女)
老女:私のことじゃなくて、どちらへお出かけ?
老男:いや、私はね、今日息子のとこへちょっと、
ホラ、日曜日だしさ、孫もせがれも休みで、家にいてさ。
たまには、嫁の顔も見たいじゃない。
それに、今日は、家内が実家の法事でさ、
実家っていったって、もうこの年だから集まるのは年寄りばっかりよ。
私も行かなきゃって言ったんだけど、
家内が私の足が疲れちゃいけないからと心配してね・・・。
老女:あら? 奥さんいらしたの。
(と言ったきり、プイと横を向いてしまった。
どうやらおじさんのことを
自分に似た寂しい境遇にいる人だと思い込んでいたようだ。
奥さんがいちゃマズイのか・・・)
老男:それでさ、家内は新幹線で静岡までいっちゃったから、
今日は、夜遅く帰るのよ。
老女:ああ静岡ね(乗り気のない返事)。
老男:そう、静岡。行かれたことある?
老女:ええまあ、静岡でしょう? 私、今○○に住んでるの。
(そこに住んでいようが、何の関係があるねん?)
老男:じゃ、××で乗り換えかな?
老女:そうそう。××で乗り換えて、また電車、それで二つ目。
これが、新宿から一本でつながってると便利なんだけどね~。
駅降りてから、15分ぐらい歩くのよ。
若いころは平気だったけど、今は大変。
だから、雨なんかだと、もうどこへも出かけられなくって、
一人家にいるのよね。
この瞬間、思わず私と妻は、
このおばさん、何を考えてるのか、
どうしてこんなに、一人暮らしを強調するのだろうか、
と、その無防備の会話にヒヤヒヤしていた。
妻の右に座っている30代の女性は、
やたらと舌打ちを繰り返し、小声で「黙れよ」と呟いていた。
それ程、この老カップルの話し声は、
電車の走る音に打ち消されず、よく聞こえてくる。
多分、耳が遠いか、お互い高齢者だと言う無意識の思いがあって、
声が自然と大きくなっているのだろう。
お爺さんは、時々スーパーバッグからボトル茶を出して飲んでいる。
老男:医者がね、水分取れって、うるさいのよ。
血圧が高いもんだから、水だ、水だってさ。
だから、家内に水持たされちゃって、どこへ行くのにもコレよ。
(とボトルを見せる)
老女:まあね、医者の言うことは聞かなくちゃね。
だったら、薬なんかも?
老男:飲んでるよ、あれだ・コレだって訳わかんなくなっちゃうね。
途中止まる駅で、おばさんは、「あら、ここどこ?」と
慌ててプラットホームの方を見る。
老男:まだ△△駅じゃないよ、
ここで、急行待ちだから・・・。
これは各駅停車だから、乗り過ごす心配はないよ。
老女:そう、そうね、私、何か変? イヤだわ~。
話しててわかんなくなっちゃって・・・。
えーと、ケイタイ、どこに入れちゃったのかな~。
(と言いながらポシェットの中からケイタイを取り出して、
メールチェックを始める)
そしておじさんの方を見ながら、
ため息をついて「あ~、何もなかった」と言った。
次の駅で、隣の30代の女性が立ち上がり、
ドアー口で「うるせんだよ~」と、
思い切りかまして降りたのにはびっくりした。
さらに次の駅で、私たちも降りた。
あの老女はやっぱり寂しくて、お爺さんを誘っていたのだろうか。
繰り返して使っていた「一人」「一人暮らし」という言葉は、
含みがありすぎて、どうも落ち着かない気分が残った。
April 24, 2008 09:22 PM | コメント (14) | トラックバック (0)
2008年04月23日
日本人の名前は無限?:
「「イチローさん」続きですよ」から続く。
■ 名前に関連した社会には、二つの類型があって、それは、「閉鎖的社会」と「開放的社会」だと私は述べてみた。「閉鎖的社会」とは、名前に発展性がなく、繰り返しストックから選ばれて使われる社会。中国の姓に、2字の例外があるものの大方が一字ずつ漢字を使うという(名は1字もしくは2字)強い制限がある点に注目して、あえて私は「閉鎖的社会」の分類に中国を入れてみた。
■ 他方、日本社会に見る名前の「開放的社会」とは何なのか。これは、名前の種類や数も極めて多く、家族の中に、次々と新しい個人名が創作され、名前の流行が激しい社会だ。使われる字体からして、漢字・平仮名・カタカナと多彩で、英語読みで漢字を当てることも自在。
■ この社会では、名前はその個人特有のものであって、高い個人的機能を有する。名前の基本的特性は、創造される点にある。ちょっと大げさに言ってしまえば、私は、明治以降、近代日本が発展してきたのは、日本政府が「開放的社会」を発展させる政策をとってきたからだ、とさえ考えている。
■ これは、どういうことか。明治期まで日本人は苗字をもつことが制限されていたけど、明治維新によってすっかり変わってしまったのだ。明治政府の名前政策は、「名前の単純化」「命名の自由確立」「一人一名主義」「原則改名禁止」といったものに要約できる。

■ こうした名前に関する近代化政策は、名前の個人的機能の向上を基本原理として、徴兵・徴税・教育の円滑化をめざしたと言える。このようにして日本では名前が極端に増殖していったわけだ。今現在、日本に存在する苗字は、推定14万といわれる。名前は、次々に新しいものが創作され、その数は無限大となりえる。∞なのだ! このように、社会・政治の変化は、新しい仕事を生み出し、それは新しいアイデンティティと名前を人々に与えたとも言える。
(写真:私が14歳の時に作ったヘタクソな「篆刻」。蔵書の裏にペタペタ押したものだ)
■ 日本のような「開放的社会」では、名前は強く人格の象徴となり、「閉鎖的社会」の中国よりも、名前に重きが置かれる。まるで名前をデザインする感覚と言えばよいか。こうすることである程度満足感が得られているのか、英語名まで届かず日本名で満足できているようだ。
■ むしろ中国では、文化や風習で固定されていた名前への反発というか、ある種の閉塞感があって、英語という新しい「名前文化」を吸収することで、精神的開放感を味わえるのかも知れない。むろん、中国、とりわけ香港が持つ歴史的成り立ち理由、つまり植民地として宗主国英国の言語に支配されて、中国人の名前に「遺物」として残っているという解釈もあり得る。姓も名も漢字一字というのは、なんとも重く、英語名のハーモニーを帯びた軽い響きに憧れを抱くのはうなずける。
■ 精神的開放感や歴史的抵抗感のなさが、中国人をして、あまりこだわりなく英語名を使える理由の一つであるかも知れない。ただだからと言って、外国名を自分に溶け込ませる抵抗感のなさにオンブし、彼らに「谷口さん」「片岡さん」と自称させて良しとするには、人格をないがしろにして泣きを見る危険は拭えないだろう。
April 23, 2008 08:49 PM | コメント (11) | トラックバック (0)
2008年04月22日
「イチローさん」続きですよ:
コメンテーターのIchiroさんから、「名前」について質問が届きましたので、
少し議論を続けてみたいと思います。
Ichiroさんは次のように話しておられます。
中華思想で育った誇り高い中国人のこと、
プライドを捨てて本位でない名前を使っているとは考えにくく、
単に名前に対するこだわりがないのかなと感じてました。
命名に対する歴史的、文化的な背景の違いが
関連しているのかもしれません。
興味深いですね。
私はそっちの方面はからきし駄目なのですが、
よしだまさゆき様、何かご存じないでしょうか?
(2008年04月21日 16:00)
20日(日曜日)の私のエントリーは――。
日本人が、中国人農民に日本名を名乗らせ、
日本人にとって難しい中国名を発音したり覚えたりする手間を省くことは、
一種の人格権侵害に当たり、
日中友好の観点からも、敬意を表してできるだけ
相手の名前を覚え、それを使ってあげるのが、
大切ではないか、という考えを私は述べてみた。
ところが、中国人は中国名の他に英語の名前を持っている人がいる。
またアメリカに移住すると、そこで自分を呼ばせる時に、
英語名を好んで使い、そのことにこだわっていない、という
意見が多数寄せられた。
まず、中国人が日本へ働きに来て、日本名を名乗る点に注目したいと思う。
研修の送り出し側期間が、日本人に配慮して、
受け入れ先の日本人農家のために、日本語名を中国人につけたと言っても、
研修を終えて、本国へ帰った時に、
もし先日あった栃木県のいちご生産農家と研修生間の支払い
トラブルのような事件が起きたら、
中国人は日本人のことを「日本名を私たちにつけて、侮辱をした」
と言って、非難する材料に使われることは、十分あり得る。
韓国人の例を引くが、制度的に「創氏改名」は韓国人も納得して、
行われたとされるにもかかわらず、
未だに、日本側の強制によって行われた、と主張され、
名前は人格にかかわる以上、政治的に利用されることにまで発展してしまう。
英語圏で中国人が自分のことを「ジョン」「チャーリー」などと
呼ばせて喜ぶのとはわけが違うことを認識すべきだろうと思う。
まず上記の点は押さえておきたい。
次に考えたいのは、
なぜ中国の人は、あまりこだわらなくて、英語名を使えるのか。
これについては、いくつか理由が考えられるだろう。
まず、その国が「名前に関して開放的社会であるかどうか」だ。
中国と日本を比べると、中国は「閉鎖的社会」、
日本は「開放的社会」と言える。
私は二つの社会類型を設定しようとしているのだけど、
「閉鎖的社会」とは、名前の種類と数が限定され、
一定の名前のストックが存在し、新生児の名前は、
その子供の出産状況や社会的地位に従って、
そのストックの中から選択されて命名される社会だ。
名前のストックは特定個人の生死にかかわらず存在して、存続する。
この社会には、同姓同名者が多く、
名前の特定機能は低い。
この社会の典型が、イヌエット社会といわれる。
イヌエット社会には個人に先んじて、人名の体系が存在し、
子供には用意された名前のリストから、
子供の心理的特性や身体的特性に応じて選択し、
死者の名前を命名するのが一般的だ。
新たな名前が創作されない社会と言える。
一昨年の9月、秋篠宮家に悠仁親王のご誕生をみた時に
エントリーした「「悠仁」という名に願いを込めて」で、
中国の命名システムに25個の「輩字」(バイツゥ)というものがある
と話した。
各親族集団ごとに配列が決められたもので、
各世代ごとに共通する個人名の最初の一字のことで、
遠く祖先信仰を含意する大規模のせぢ序列を示す機能を果たしている。
だから、中国の命名システムでは、
姓は、単系親族組織、個人名に含まれる輩字は、
その組織内での世代を表示することになる。
また中国人の姓はたいてい漢字一字だから、
漢字リストから漢字を拾う。
そうすると、人口の割に姓が少なすぎる事態が現実にある。
だから、実際、政府では「複合姓」の検討が始まっているそうだ。
名前に関しては、イヌエット社会に見るレベルの「閉鎖的社会」ではないけど、
中国も非常に少ない名前から選択され、
広がりに乏しいところから、また「輩字」の存在から見て、
「閉鎖的社会」とみなしてよいと思う。
他方、日本社会に見る名前の「開放的社会」とは何なのか。
(次号に続く)
●関連記事
April 22, 2008 10:55 PM | コメント (6) | トラックバック (0)
2008年04月20日
中国人に日本名をつけるな!:
長野県に川上村という高原レタス生産量日本一を誇る村落がある。
村民人口約4800名、この4月より、
中国東北部・吉林省から若い農民が、
百名単位で農業研修生として来ている。
今月下旬までに、合計615名が到着すると、今朝の朝日新聞が報じた。
彼らはこれから11月まで、レタスや白菜を育てる。
研修生の手当ては、月に85000円。
中国との収入格差(中国では年収約15万円)を考えると、
かなり美味しい仕事に見える。
受け入れ農家に、渡航費、光熱費、コメ代も負担してもらうから、
85000円の手当てはそっくり本国に持ち帰る胸算用ということか。
写真で見る限り、「働き者」の若い農民たちは、笑顔を見せている。
日本が食の自給率をアップさせるためなら、
結局、研修制度などをいじって、
海外からの労働力に頼らないと立ち行かないことを
記者は、別のページで漁業のきびしい実情ルポと合わせて訴えていた。
川上村の記事を読んで、私は、あるセンテンスのところで、
「これはどういうことなのか」
と、疑問をぬぐえなかった。
記事によると、バスで村に到着した中国農民たちは、
口々に日本語で声をかけている。
「お母さん、おはようございます」
レタス農家の62歳の女性に「お母さん」と呼びかけ、
丁寧な挨拶をすれば、日本人の心理をうまくつかめる。
(写真:野菜売り場のレタス)
楊光さん(23)と王凰竜さん(21)さんも挨拶の時、
こんな風に言ったそうだ。
楊さん「片岡と呼んでください」
王さん「私は佐藤です」
ほかにも、曲さんは「谷口」、宋さんは「新美」と名乗った。
なぜ彼らが中国名ではなく、日本名を名乗ったかというと、
中国の送り出し機関が、日本人が中国名を覚えづらい・言いづらいと判断して、
今年から研修生一人一人に日本名をあてがったからだ。
私はここで考え込んでしまった。
確かに、日本人が中国人名を発音するのは難しいから、
日本人名を代用するというのは、
効率性を考えた一つのアイディアかも知れない。
中国の送り出し機関が自ら配慮して日本名の変名をつけたのか、
あるいは、日本の受け入れ側機関が頼んだのかはわからないが、
私だったら、すんなりと変名使用に従えただろうか。
月に85000円もらえても、ためらうのではないか。
今回は、中国農民のリクルートであって、
文化の国際交流ではないとは言っても、
人的交流であることには変わりない。
中国人に日本名をつけるのは、
常識的に考えても、日本側の不遜に聞こえる。
中国側がもし気を効かせてそうしたのだとしても、
やはり、そういうアイデンティティに関する礼儀はずれのことは
辞退するべきだと思う。
中国名といっても、別に正確に発音する必要はなく、
王さんは「おうさん」と呼べばいいし、
楊さんは「ようさん」と呼んでいいだろう。
(名札をつけるという方法もあるのに・・・)
仮に韓国から農民をリクルートすることになっても、
同じようなことが果たして行われるか、
という問題も考えた方がよいかも知れない。
戦前、日本の植民地であった韓国で、
日本は「創氏改名」によって、伝統的な門中制度を廃止し、
日本の家父長制を導入しようとして、
韓国人に日本名に変えるようにしたといわれている。
強制的かどうかには、議論の余地がある。
名前は、自分が自分であるがために、もっとも大事な社会的人格だ。
それを変えねばならなくなった朝鮮人は、
日本に「人権侵害だ」と言って、怒りたくなる気持ちはわかる。
今回の吉林省から来た若い中国人研修生たちは、
「佐藤で~す」「谷口で~す」と自己紹介し、
「佐藤さ~ん」「谷口く~ん」と日常呼ばれても、
たいして気にも止めないとは、とても考えられない。
戦後すぐ駐留してきたアメリカ兵から「トム」とか
「スージー」と日本人が呼ばれたら、
それは使用人やメイドの扱いと見た方がよかった。
相手が月85000円をもらって、
だからそれでいいや、という問題でもないだろう。
頭の隅っこに、こういうやり方は、やはりどこか間違っており、
相手への配慮があるならば、少なくとも、
漢字文化を共有する彼らは、漢字が読めるのだから、
日本語風に音読みする工夫をすればよい。
互いに、ファースト・ネームかフルネームで呼び合ってこそ、
日中友好のスタートだと思うが、どうか。
●関連記事
April 20, 2008 10:08 PM | コメント (51) | トラックバック (0)
2008年04月19日
いっぱい増殖する不倫菌:
岡山選挙区の民主党・姫井由美子参院議員。
去年7月の当選から9ヶ月過ぎたけど、
その間、いろいろプライベートな話題ばかりが目立ち、
国会議員としての活動は皆目伝わってこない。
去年暮れ、告白本「姫の告白」(双葉社刊)が出たものの、
人々はすぐに、「この手の本は立ち読みで充分だ」と決めてしまった。
わざわざ「姫」のロゴ入りTシャツまで準備して、
東京・丸の内の書店「丸善」で発売サイン会をしたのに、
行列に並んだ客の一部が動員客だったなんていう臭い話で、
一部の週刊誌が騒いでいた。
どうせ不倫を別の話にすり替え、無理やり自分を正当化する本では、
とても人々に購入してもらうこともできず、
インクとパルプの無駄遣いで、コケてしまった。

不倫については、
のエントリーで、私が書いている通り。
以来、姫井議員に対して、きびしい視線で観察している。
(写真:「不倫の歴史」カバー、本文と関係ありません))
この4月12日、懲りることなく、
姫井議員は、格闘技「GENOME4」にヒマネタを提供してくれた。
アントニオ猪木氏に、リング上でぶってぶってのおねだり営業。
姫は、猛烈な闘魂ビンタを受けて、「恍惚表情」を浮かべたという。
もはや泡沫話題しか提供できない成り下がりだ。
これで、不倫の事実を消したり、
自分の履歴をリセットできるとでも思っているのだろうか。
「世界一」の大方の読者なら気づいてもらっているように思うけど、
私は不倫に対して断固反対の態度を常に示している。
その理由は、社会が不倫行為に対して厳しい態度をとらず、
「今時、不倫ぐらいで騒ぐな」「プライベートでよくある話だ」
と言って終わらせ、許してひまう態度をとり、
「干渉しない方がよい」などと言っているうちに、
だんだん「不倫菌」が、じわじわ家庭や組織を腐食させていくと思うからだ。
ある調査によれば、今や不倫率は30%。
姫井議員の不倫が報道された時、
民主党の鳩山由紀夫幹事長が、好ましくはないが、
党をやめさせられない理由として、
議員になる前のこと
プライバシーであること
を挙げていたが、本当に苦し紛れの言い訳に過ぎなかった。
そう言えば、菅直人代表代行の時も、
ワキが甘いの一言で終わらせてしまった前歴がある。
他の民主党の幹部も同様に甘い発言であり、
私は、
この辺り、社会がストップをかける限界かな、
と感じた。
しかし、「不倫」は家庭や組織の中にあって、
決してあなどれるものではなく、
家庭や組織のメンバーを相当に傷つけるだけでなく、
最悪の場合には、破たんに至る。
姫井議員は、その典型のようだ。
不倫の果てに、モラルを喪失してしまった。
適切な言葉を探せば、
恥さらし
と言えるかも知れない。
加えて、有印私文書偽造、同行使の犯罪容疑で、
岡山県警岡山西署によって、書類送検をされた。
姫井議員は2年前に岡山市内で飲食店を経営するために、
不倫相手である元教師とその母親に無断で、
母親名義の営業許可申請書を作成して、岡山市に提出したのだ。
この事件は去年の9月に、不倫相手から告訴・告発されたものだった。
これに対して姫井議員の事務所は「弁護士に対応は任せている」と
よくあるタレント事務所発の発言で済ませている。
これなど、全く国民をバカにした発言で、本人は出てこない。
国会議員が弁護士に任せることはアリだとしても、
不倫の延長線上で起きた事件なだけに、
国民の間で、怒りの声があがって当然だ。
姫井議員は、同じ愛人らから、
契約違反で6000万円の支払いを求められ、
岡山地裁に提訴されている。
これも、不倫の不始末の流れとなっている。
芸能人・研ナオコの不倫に関するエントリーを入れた後で、
今日はまたこうして国会議員の不倫を取り上げねばならない。
もし姫井議員が不倫に関係ないところで生きていたら、
地味な地方出のおばさん議員として、
そこそこの仕事も出来ただろう。
第一、議員の仕事をすることが彼女の目的だったはず。
しかし、それが出来なかった最大の理由は、やはり「不倫」だろう。
不倫行為は、それほど本人たちだけでなく、
家族、社会を狂わせていく大きな負のエネルギーを秘めている。
当事者にすれば、不倫はこの上なく快感だから、
それをする人たちが後を絶たないとも言えるが、
人生の恥部だったと気づいた時には、すでに遅い。
まったく「はた迷惑」なやつらだ。
April 19, 2008 07:23 PM | コメント (16) | トラックバック (0)
2008年04月17日
「妖怪」呼ばわりされた芸能人:
今やバラエティ系歌手の研ナオコが、
今週号の週刊新潮で、ストーカー呼ばわりされた。
電車の中吊り広告の見出しを見ると、
どんな記事かおよそ見当はつく。
ホストを「脅迫」したストーカー「研ナオコ」
いつものように週刊新潮の得意技、カッコ付きの見出し。
今回カッコがついているのが研ナオコの名前だから、
研ナオコはカッコ括りの人生を歩めと宣言されたようなものだ。
名前にキズを付けられたに違いない。
つまり犯罪学でいう一種のラベリングをされてしまった。
この意味で私は、研ナオコさんに同情をしてあげたい気持ちになった。
(写真:週刊新潮の目次の一部)
とは言っても、押さえるべきところは押さえておきたい。
記事を強引にまとめてしまうと、
研ナオコが家庭がある身で、ナンバーワンホストに「貢ぎ愛」の挙句、
そのホストにストーカーしちゃって、脅迫まがいの言動をやってしまった、
ということになる。
この失敗は、研ナオコにとっては、いいクスリになっただろうし、
第一、側近マネージャーは研のかわりに弁明も追加説明もせず、
過去の出来事にしてしまっている。
研ナオコがホストに貢いだ金はブランド買いに消えている。
例の板倉教授は研の行為を「脅迫罪に当たることは間違いない」と認め、
犯罪の太鼓判を押しているが、ホストが客から貰い受けた金品の額を考えたら、
ここまでしたのに「応えてあげない」としたら、客が怒るのももっともだと思う。
板倉先生も、六法全書を開くだけでなく、
ちょっとは客の身になってほしい。
先生もちょっと遊んでみたらわかる。
私は、研ナオコの欺瞞性や二面性について別に驚かないし、
尋常を逸して、ホストに夢中になるのも、芸のこやしにしつつ、
今や歌手として賞味期限を過ぎつつ、
うまくいい役者さんになってほしいとさえ思う。
ただ、今回の「研ナオコ」記事を読んで、
一点だけ、どうにも不快感を感じた箇所があって、強調したいのは、
研ナオコが入れあげたホストが、陰に回って、周囲のホスト仲間に、
あんなカリガリで妖怪みたいな女、
気持ち悪くてしょうがないよ。
と話していたということだ。
これは、プロのホストとして、つまり女性を楽しくステキな気分にさせてあげるのが
目的とする職業であれば、ダメなやつではないだろうか。
金銭の授受をともないつつも、額に汗して「肉体労働」をしないのが、
もしホストの手練手管の真骨頂と言うのであれば、
相手の女性を怒らせて、ついに脅迫まがいの行為までさせてしまったのは、
明らかにホスト自身のまずいやり方に起因しているからだ。
それを言うに事欠いて、
上得意客の芸能人を「妖怪呼ばわり」するなんて・・・。
せめて、「俺のタイプじゃない」ぐらいに止めておけよ。
いくらなんでも「妖怪」は水木しげるさんに任せておけばよい。
ホストなら、遊んで、気持ちよく客に帰ってもらえよ。
いいところ取りをしたら、男がすたるし、
こんなやり口で手に入れた、ナンバーワンホストの座と言えるだろう。
そんな風にシンプルに考えておきたい。
(追加)
元ホストの演歌歌手がいる。
一条聖矢くん。
ちなみに、彼の歌の先生・朝月廣臣さんは、都はるみさんの元夫だ。
05年リリースの「聞き分け上手」が悪くない。
08年2月にリリースされたジェロくんの「海雪」を彷彿させるけど、
なんせ、16ビートではない! 残念だなあ・・・時代に乗ることの難しさ!
4級小型船舶、大型特殊、配管工、機械船舶の資格をもつ堅実型だ。
目標は、紅白歌合戦出場だという。
ジェロは紅白確実視されているもん。
今からでも遅くはない。
紅白に滑り込めるかも・・・。
「聞き分け上手」は16ビートを忘れるなっつーの!
関連記事
「「演歌歌手輸入時代」に突入」
April 17, 2008 10:43 PM | コメント (15) | トラックバック (0)
2008年04月16日
日本にはなかった縛り足:
英国中部の町に中国関連の博物館があった。
ある週末、私と妻が館内を見て回っていたら、
私たちを日本人と思った英国人の女性が声をかけてきた。
声をかけられた場所は、たまたま「纏足」(てんそく)に関する写真と
靴の実物が展示されているセクションだったので、
日本では、纏足という風習があるんですね。
そう聞かれた。
私は自分でも驚くほどすばやく、しかも語気を強めて、
ノー! と答えたことを覚えている。

どうやら、その女性は、日本と中国の区別ができず、
日本と中国は陸続きで、文化的に近いものがあると
誤解しているようだった。
ここは中国の展示ですよ。
と示唆してあげると、彼女は、自分の無知を恥じるように、
照れ笑いをしていた。
(写真:痛々しい纏足のサンプル)
私が語気を強めたのは、日本は中国と違って、
纏足の風習をついに採用しなかった国であることに
いささかな誇りを持っている一人なのだ。
こんな残酷な風習を広めた中国と同列に日本を見ないでほしかった。
世界にはいろんな悪習があるが、
私は、この纏足という悪習はその中でも「特級」だと思っている。
幼児の足を布でぐるぐる巻きにして、
無理やり足が成長しないようにする。
成人でも9センチぐらいの足の大きさのままで、
まともに歩行さえ可能ではない。
災害から逃げ遅れたこともある。
25センチのサイズがざらにいる現代女性に魅力があると思わないにしても、
小足に価値を見出すのは、残酷までの男社会の視線に違いない。
この風習は古く唐時代に始まり、20世紀初頭まで続いた。
もう一つ私が毛嫌いする悪習が宦官制度だ。
後宮を支配する去勢された官吏のことで、
これは朝鮮にも伝わっていたが、日本はついに、採用しなかった。
西洋では、去勢に関しては、「カストラート」というのがある。
これは、中世ヨーロッパに普及した去勢された男性歌手のことで、
オペラなどで支配階層が、求める音域を歌える男性歌手を
去勢によって作り出そうとしたのだ。
狩猟民族と農耕民族の違い、大陸との身体観の違い・・・などと、
学者は日本にこうした悪習が広がらなかった理由を探そうとするが、
少なくとも世界に喧伝(けんでん)されるほど、
日本民族は残酷であるとは、思えない。
では、戦国時代、キリシタンの弾圧などはどうだ?
と反論でつっこまれそうだけど、あくまで相対的な比較だ。
もう一つ忘れずに言えば、平安時代、日本には300年ほど、
死刑が執行されなかった静かな時代があった。
歴史の教科書で、こうした史実もちゃんと教えてほしい。
April 16, 2008 10:43 PM | コメント (22) | トラックバック (0)
2008年04月15日
「め」と「ぬ」の区別:
日曜日のエントリーで紹介した映画「つぐない」の主演女優
キーラ・ナイトレイが、少女時代に「ディスレクシア」に苦しみ悩んでいたことは、
意外に知られていない。
ディスレクシア(Dyslexia)
学習障害(LD)の一種で、「失読症」「識字障害」などと呼ばれるが、
名称自体かならずしも正確ではない。
例えば「失読症」は「失」を使っているが、
「失」ではなく「難」を使う方が症状としては正確なものもある。
アルファベットを使う人たちの15%ぐらいが、
なんらかこのLDに苦しむ・苦しんだとみられている。
アルファベットの文字を読めるが、意味が理解できない。
あるいは書かれた文字さえも読めない。
一定の文字の違いがわからない。
文字や単語の理解までかなりの時間がかかる。
たとえば、MとN、KとY、WとV、EとFなど、
言われてみれば、ややこしい人にはややこしい。
このディスレクシアは使う言語によっても、
症状の現れ方が異なり、かな・漢字を使う日本人の場合、
ディスレクシアの発生率はアルファベットを使う人たちより低い。
キーラ・ナイトレイは、1985年3月26日、
ロンドン郊外のテディングトンに生まれた。
劇作家の父と女優の母を持ち、
6歳から子役をスタートさせたが、意外にも
深刻な問題があり、それがディスレクシアとの戦いだった。
いくら教えられても台本のライン(セリフ)がさっぱり読めない。
間違わないでなんとかセリフを読めるまで、5年を費やした。
8歳の時にオーディションを受けたの。
でもその経験はまったくきつくて、だって、
セリフが読めなかったんだもの。
役を演じたいのは、もう衝動みたいなもので、
何人かの素晴らしい教師が私を助けてくれて、
もちろん、父も母も私が読めるようにするために、
賢明に力を貸してくれたわ。
11歳のころにようやくセリフをちゃんと読めるようになった。
今ではほとんどかつての自分がそうであったとは思えないほどね。
彼女はある雑誌のインタビューにそう答えていた。
ディスレクシアと言えば、映画俳優のトム・クルーズもそうだ。
この病気の経験から、映画「レインマン」を作り、
またこの障害を啓蒙するための映画「デイズ・オブ・サンダー」を製作主演した。
03年夏には、「ラスト サムライ」の宣伝のために来日。
首相官邸に小泉純一郎首相を表敬訪問して、
日本の同じ障害をもつ子供たちのためにと、
首相に「学び方がわかる本」を手渡した。
小泉さん、ちゃんとしてくれたのだろうか。
April 15, 2008 09:53 PM | コメント (3) | トラックバック (0)
2008年04月13日
平成日本「つぐない」は死語:
久しぶりにいい映画を見た。
この土曜日からロードショーされているイギリス映画「つぐない」。
原作は、ブッカー賞作家イアン・マキューアンのベストセラー小説だ。
「つぐない」は「償い」と書く。
「賠償する」ということ。
その語義は「犯した罪過の埋め合わせを財貨や労働などでする」ことだ。
主人公は若い二人の男女。
高級官僚の娘セシーリア役は、
「プライドと偏見」で成り上がり貴族の娘役を見事に演じた、
旬の女優キーラ・ナイトレイ。
今回も、まさに「はまり役」だった。

男は、使用人の息子ロビー。
この役は、「ラストキング・オブ・スコットランド」で、
あのウガンダの独裁者アミンの側近を演じたジェームズ・マカヴォイだ。
彼は、ちょっと泥臭さが残るクセある青年役をうまく表現していた。
(写真:配られたプリントアウトより)
「プライドと偏見」と「ラストキング・オブ・スコットランド」の
両主人公を引っ張ってくると、
なるほどこういう作品ができるのか
と感心してしまった。
しかしこの二人だけでは、映画にならない。
予期せぬことをやる汚れ役がどうしても必要だ。
それが、セシーリアの妹ブライオニー。
13歳で、小説家志望のオマセだ。
この年齢で姉に嫉妬して、ロビーに心を寄せている。
淡い恋心から一気に本格的な愛に飛び越えたい彼女は、
ある夜、邪(よこしま)な心を抑えられず、
ロビーに冤罪を仕掛けてしまう。
ロビーは、何年も刑務所で過ごした後、
対ナチスの激戦地へ送られ、欧州大陸をさまようことになる。
一方、ブライオニーは、自分の犯した罪を激しく後悔し、
その罪をなんとか償おうとする。
このブライオニーは、役を少女期、結婚適齢期、晩年という風に
それぞれ異なった女優が演じているけれど、
なかなかどうして、まるで一人の女の一生のように、
生き写しに見えた。
少女期の彼女をシアーシャ・ローナンが、
娘時代をロモーラ・ガライが、そして大作家となった晩年を
ヴァネッサ・レッドグレイヴが見事に演じている。
このような細かい役柄への配慮は、
イギリスの芝居にこだわる層の厚さだとつくづく思う。
この映画の大きな見所の一つだろう。
あともう二点だけ書いておこう。
まず一つ目。
重要なストーリーの流れに、
数回ほど、二つの流れ、つまり事実の流れと
恐らく小説家ブライオニーの空想の流れが前後して、
観客にわかりづらくなっているので、注意してほしい。
監督のジョー・ライトは意識的にこうしたテクニックを
使ったのだろうけど、
あまり成功をしているとは思えない。
そして、残る一つ。
ブライオニーは償いをしようと、戦時下で看護婦をしたり、
小説家としてそれを果たそうとした。
しかし、結果的には、姉とロビーは不幸のまま命を落とす。
自分もまるで罰が当たったように、病魔に苦しむ。
償おうとして、結局償い切れないのが人生なら、
罪を犯して償おうとさえしない人々には、
神はどのような罰を与えるのだろうか。
現在の日本は、
こういう良心を欠いて平気な人たちで溢れている
ということを否定する人は少ないだろう。
この意味でも、日本の映画館で、
「つぐない」という死語を冠にしたタイトルの作品を見せるのは、
なんとも白々しくあり、皮肉ではないかと思えてくる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
つぐない
監督:ジョー・ライト
原作:イアン・マキューアン「贖罪」新潮社刊
出演:ジェームズ・マカヴォイ、キーラ・ナイトレイら
2007年イギリス映画、配給:東宝東和
4月12日(土)からロードショー中
●関連記事
「過ぎた火遊びのアカデミー賞」
去年の昨日「時代逆行だ、給食費連帯保証」
去年の今日「「がばい本」はタレントじゃない」
去年の明日「転居案内状は語る」
April 13, 2008 09:30 PM | コメント (7) | トラックバック (0)
2008年04月11日
丸川珠代議員の目ぢから勝負:
人と会って、最初に見るのは、相手の顔であり、特に目だろう。
相手のファッションや他の部位、たとえば手などよりも、
やはり目を最初に見てしまう。
相手だって、こちらの目を見るのが自然だ。
目を見ないと、相手がわからない。
友達から恋人に移行する時も、
目は強力な武器となる。
なぜなら、口ではなんとかごまかしがきくけれど、
目はごまかしがきかない部位だからだ。
元テレビ朝日アナから参院議員に転身した丸川珠代さん(37)が
参院選前に撮影した当時首相の安倍さんを見つめる写真を見たが、
丸川さんが安倍さんに送る光線の目ぢからは、
首相の協力を得る十分なエネルギーを秘めていた。
Nさんという芸能記者がいて、
彼の「取材」はちょっと変っている。
セレブの夫婦関係が壊れそうというウワサが出るとする。
それを否定するように、ご本人が否定の記者会見を開く。
一方、芸能記者はセレブの身辺を「嗅ぎまわり」裏取りする。
でも、Nさんは余りそういうことをしない。
彼が真剣勝負に臨むのは、公式の記者会見においてだ。
たとえば、女優さんだとしよう。
Nさんは、会見場で女優さんの表情を熱心に見る。
特に、目をしっかりと見ることにしている。
ハンカチで押さえている目でも、サイドから見えるという。
回り込んで、斜めから見るわけだ。
こうすると、隠れた目に、ウソの色が出ることがあるという。
Nさんはこんな風に言う。
どんなに否定しようが、目が教えてくれるんですよ。
ふっと虚ろな眼差しが出現したり、
肯定して顔は笑っていても、目が笑っていない。
目って、正直ですから・・・。
この話を聞いて以来、写真を見る際に意識することを忘れない。
去年9月22日、皇太子ご一家が東京・両国で
大相撲秋場所を観戦された。
翌日、その時の写真が配布された。
私も何枚か見た。
その中の一枚が印象的だったのは、
皇太子の眼差しに一家が苦悩される色が歴然と出たからだ。
Nさんのいう「目が笑っていなかった」パターンだ。
和気藹々とした雰囲気の写真も写されていたのとは違い、
思いがけないショットで、図らずも皇太子のお心が写し出されてしまった。
つくづく、写真ってビビルなあ、
と思う。
昨日、丸川珠代さんの祝福ニュースが飛び出した。
この6月に、同じ自民党の大塚拓衆院議員(34)と結婚するというのだ。
丸川さんと言えば、去年夏参院戦出馬前に老舗メーカーのK社長との
交際を認める発言をし、当選後もしばらく仲良く同棲生活を送っていた。
それなのに、K社長との関係は暮まで。
その後、すぐに大塚議員と交際を始めたらしい。
すでに30をだいぶ過ぎた大人にあれこれ言うのはヤボで、
ジューンブライドを狙うあたり、
さすが女子アナ出身のにくい演出のつもりか。
実は、芸能記者のNさんは、
このまますんなりとジューンブライドになれるのか、
不安が残ると言っている。
ほら、ワインの川島なお美さんもね、
なんだか、薄氷の上を歩いているみたいな、
危なっかしさがあったよね。
案の定、バティシェ鎧塚さんに、
10年来の女性が出てきちゃったけど、
ああ~、やっぱりねえ、って変に納得できましたよね。
Nさんは、それは彼女の表情に出ていた、特に目に表れていたというのだ。
しかしこんなことを言われても、
まだまだ私にはケムにまかれている意識がある。
しかし、破局を迎えている人がどんなに取り繕って話しても
目が物語っているという観点は非常に面白い。
ところで・・・
目の下のふくらみを観相学では「男女宮」という。
ここは、健康と精力、とりわけセックスの強さを示すと伝えられている。
目の下が豊かに盛り上がっている人は、人一倍の精力を持ち、
それは男女に言えるそうだ。
なるほどなあ・・・
と、「チルドレン議員」カップルの写真を見ながら、ふと思った。
April 11, 2008 07:23 PM | コメント (6) | トラックバック (0)
2008年04月10日
甘えすぎる保護者:
「孤独なボランティア」から続く。
病院理事長の井上毅一先生が、毎朝通学する学童や通勤者を
自転車などの事故から守るために行ったことは、
まず「馬」を出すことだった。
「馬」とは交通規制のため車両の進入を防ぐ路上標識のことだ。
しかし、「馬出し」の時間帯が問題だった。

先生が立ち番をするまでの近年、
「区立すみれば公園」付近のスクールゾーン道路は、
午前7時40分、路上に「馬」を出し、
午前8時15分に引き上げていたらしく、
また時々「馬」がまったく出されていない状態が続いていた。
(写真:雪の日も「立ち番」する井上博士)
「馬出し」は、近くの区立小学校のPTAの人々が交替で行っていた。
ところが、「馬出し」の時間は、
午前7時30分から午前8時30分であると、
東京都公安委員会と警視庁で決められていたので、
その時間にしてもらおうとしたところ、
学校側にPTAから苦情が寄せられることになった。
そして学校もすでにPTAサイドの言い分に従っていた。
学校は、
「馬だし」は午前7時40分から8時15分の35分間で十分だ、
午前7時30分ごろに、校区の生徒がうろうろしているはずがない
と説明したが、実際に井上先生が、「立ち番」をしたところ、
実際に午前7時15分頃に生徒が集まり出して、
7人のグループで登校する姿が判明した。
PTAサイドがなぜ午前7時40分から8時15分の時間帯に
こだわるのかというと、
各家庭は、朝の家事、送り出しなどに多忙で、
警察が決めた時間に従う必要は無いというものだった。
井上先生は、単独で「馬出し」を始めたが、
すぐに世田谷警察署の協力を仰ぐことができた。
去年の9月から今年の2月下旬まで、
延べ50名の警察官が先生の立ち番を応援・協力し、
交通規則の遵守や朝の挨拶の励行とともに、
この校区に集中する交通事故の予防に努めてくれたのだ。
井上先生には、救急患者受け入れや交通事故への対応などで
消防署や警察署に常に協力、尽力されているため、
たびたび感謝状が贈られたという実績があった。
それだけでなく、旺盛なボランティア精神に満ちる
井上先生の気持ちが通じた結果だ、と私は思っている。
警官1名が毎日交替で加わり、先生と二人で立ち番。
実に異例のことで、世田谷警察署の交通事故予防への意気込み熱意に頭が下がる思いになる。
また、先生の病院の事務方も連日「馬出し」に協力したという。
さて、学校側の対応だ。
「馬出し」と「家庭の都合」の事情を踏まえて、
井上先生は学校と何度か話し合いを試みた。
しかし、結局、時間帯での折り合いがつかず、
PTA保護者ができるようになるまで、
井上先生が一人で「馬出し」をする形になってしまった。
逆に学校側から「井上先生の方で、馬出しを確実にできますか」と
筋違いかつ厚かましい念を押された。
「時間帯で折り合いがつかないならやむを得ない」と、
先生は答える羽目になった。
私には、どうにも奇妙に思える。
ボランティアのはずが、「確実にせよ」と言われたからだ。
しかも「医師」に対して・・・。
このようにして、井上先生が、
土・日曜・祝祭日を除き毎週月曜日から金曜日までずっと、
雨の日も雪の日も、「すみれば公園」付近の交差点に立ち、
子供たちの交通事故防止に、「無償の愛」を発揮された。
このボランティア行動がいったい、どのような変化をもたらしたのか。
1 環状8号線は、各警察署の複雑な管轄になっており、
「進入禁止」、「子どもとび出しに注意」「左折徐行」などの
看板ひとつ出すのにも極めて面倒な手続きを要することがわかった。
交通問題に取り組み地元世田谷区議会議員の樋内優子さんに働きかけ、
行政との懇談会を開き、視察後、学区の道路に必要な「自転車・自動車・
通行人」に対する注意喚起の看板が、なんと一気に40本ほど立てることができた。
2 自転車、歩行者の交通マナーが劇的によくなった。両手を放して自転車に乗る人、
携帯をかけながらとか、パンを食べながら乗る高校生もいなくなった。
3 男女高校生、小中学生、校区でない生徒の9割近くが
井上先生の姿を見つけると、元気いっぱい挨拶するようになった。
子供たちに警官を交えて交通規制の必要性や事故情報を話すことで、
理解が高まった。
4 明らかに態度で「不登校」に近づく子供たちも、
先生や警官とのコミュニケーションの成果として、
にこにこ笑い、挨拶を交わしながら登校するように変った。
「立ち番」は「すみれば公園」脇の側道の交差点で先生の姿が見受けられたが、
それだけでなく、他の側道にも、世田谷井上病院の職員が「馬出し」した。
交通だけでなく、ボランティアとしては、
環状8号線の歩道を、近隣の、たとえば葬儀ホール会社や、
自動車メーカーの社員が清掃に勤める姿が見受けられる。
この3月19日をもって、井上先生は、問題改善の成果をみて、
とりあえず「立ち番」にピリオドを打った。
しかし、問題は完全になくなったわけではない。

たとえば、歩道に出される朝のごみの山が
通行を妨げて交通事故を誘発する危険が依然残っている。
(右図参照)
また、未だに看板を無視して、強引にスクールゾーンに進入してくる
自動車やオートバイがあり、目撃されている。
先生らのボランティア活動はとりあえず効果を見たが、
学校側の対応の遅さや、事情については、
私自身、取材してみて、非常に不満を感じた。
事情はともあれ、一体誰を守ろうとしたのか、
という根本的なことへの配慮がないという点は無視できない。
子供の親が自分の子供を守ろうとせず、
直接関係のない他人が守ろうとする。
先生のボランティア精神が、人々の何を動かしたのか、
その価値も含めて、今一度考えてみたいものだ。
April 10, 2008 09:58 PM | コメント (9) | トラックバック (0)
2008年04月09日
孤独なボランティア:
人はどんな時にボランティアをしたくなるのか。
テレビや雑誌のコメンテーターでおなじみ、
本ブログでも健康関連のお話をしていただいた東京・世田谷井上病院理事長井上毅一先生。
井上先生は、理事長でお忙しい中、
去年の7月から今年の3月31日まで、病院の近くで
ボランティア活動をされていた。
動機として、先生自身が大きな交通事故に10回ほど遭遇した経験が大きい。
その中には、両方の肺を挫傷してしまい、
トラック運転手とともに、なんと自分の病院に救急搬送され、
1ヶ月入院となってしまったとんでも事故もあった。
世田谷井上病院は、世田谷区桜丘4丁目の環状8号線通り沿いにある。
長く第二次救急指定病院として、24時間体制で診療に従事。
常に患者収容を拒否せず、先生自身、病院内居住を続け、陣頭指揮をとってきた。
ところが、平成18年3月に救急指定を返上、「療養型病院に転換したことで、
先生は、徒歩10分ほどの自宅から毎朝病院に通うことになる。
そんなある日――。
先生は、見逃せない道路事情を目撃した。
スクールゾーンの狭い歩道を暴走する自転車や、
自転車に乗せてわが子を送るママたちの自転車が
他の自転車や自動車に接触しそうになっている危ない光景だった。
先生は、これを放置できなかった。
見るにみかねて・・・というのが、ボランティアの動機と言える。
図を見て、まず桜丘4丁目の「すみれば公園」の位置を確認したい。
この画像で確認
(図提供:世田谷井上病院)
先生は、朝、この「すみれば公園」脇の交差点に立つことが日課となった。
暴走自動二輪車や自転車などから、
通学途中の子供たちや通行人を守り、注意を喚起するために、
去年7月から単独で「立ち番」を開始したのだ。

この先生のボランティア精神が、
地域でどのように受け止められたか、
そして、地域にもたらしたものは・・・?
次回話してみたい。
(写真:ボランティアで「立ち番」をする井上理事長)
●関連記事
「賀正・Dr井上オセチ料理を叱る」
「賀正・デブるの簡単ヤセるの苦労」
April 9, 2008 09:01 PM | コメント (2) | トラックバック (0)
2008年04月07日
森進一、和解の道が消えた:
友人から電話がかかってきた。
「後味が悪いよなぁ」
開口一番、彼はそう言った。
作詞家の川内康範さんが、昨日早朝、88歳で亡くなった。
ご自分が作曲した「おふくろさん」を森進一さん側が
原曲にない歌詞を加えたことで、激怒した事件があった。
記事「おふくろさんにキレた月光仮面」
あれ以来、森さんは「おふくろさん」を歌えない。
お詫びに出かけた、手紙を書いた、先生好物のヨーカンも置いてきた(送り返された)、
それでも、面会はかなわないまま・・・。
結局、話し合いはなく、生涯絶縁のまま、亡くなられてしまった。
(写真:本文とは関係はありません)
友人はこうした結果に終わったことを「後味が悪い」と表現したのだ。
私も、非常に後味の悪い結果になっていると思う。
森さんに「おふくろさん」の名曲を作った芸術家として、
また人生の先達として、
川内さんには、心の広さを見せてほしかった。
口さがない世間は、「罰が当たった」というかも知れない。
川内さんと森さんが直接会って話さないことで何が生まれたのか。
何もよいことがないどころか、
こんな風に、当事者の一方が亡くなってしまった。
私は、この川内さんと森さんの確執を
閉塞した日本社会の一つの象徴じゃないかと見てきた。
だから、二人の和解へ向けての話し合い開始を待っていた。
生前の川内さんの頑な態度を見るにつけ、
ご自分の力の強さ、権力を誇示したかったのではないか、
と件の友人は電話口で自説を展開していたが、
あのスティックを振り回す老人の姿を思い出すと、
そういう受け取り方もあり得るかな、と思ってしまう。
川内さんが亡くなったので、後は法律の手続きを経て、
相続人に著作権などが移っていくことになる。
その相続人はたぶん森さん側に改変版の歌詞の利用を許可するだろう。
遺族は余計な紛争を継続したくないと考えられるからだ。
こうした予想を踏まえても、川内さんには、
生前にこの問題を解決しておいてほしかった。
人間は誰でも老いる。
高齢者がさらに年を重ねていくと、
どんな風に自分の周りのこと、死後のことを考えて
処理をするのが望ましい姿なのだろう。
ある有名な女優は、今、一つ一つ自分の持ち物を
来るべき日のために、整理しつつあると言う。
死後、知らない人が来て、
愛着あるものを単なるモノとして処分してほしくないからだ。
川内さんの著作権だけでなく、
高齢者社会に生きる人たちの生き方スキルを問われる問題に思える。
April 7, 2008 08:10 PM | コメント (30) | トラックバック (0)
2008年04月05日
風呂にも作法がございます:
人によってはそんなに気にならない話と言えなくもないけど、
本人にとっては深刻な話と言えるかも知れないな、
と、ピーターの話を聞きながら思った。
まさか衛生観念の初歩をアメリカ人から指摘されるとは思わなかった。
ピーターは、シアトル出身の40男で、東京でテクニカル翻訳業をしている。
奥さんは日本人で、子供は小学生の男子が一人。
家族3人でマンション住まいをしていたが、
去年それを売却し、奥さんの実家に引っ越した。
奥さんの両親も高齢になるので、
両親から一緒に住まないかという提案があって、
引っ越したわけだ。
ところが数ヵ月後、考えもしていなかったストレスの中にいる。
ピーターの話によると、今の家から引っ越してしまいたい、ということだ。
聞いてみると、どうやら理由は家庭風呂だった。
この家は、いわゆる日本家屋だから、当たり前に風呂は一つ。
まずすでに定年退職している義父が最初に風呂を使う。
これが、家の不文律となっているらしい。
その後にピーターが男の子と入る。
自宅で仕事をしているので、義父の後、夕食前に入ることが多い。
ピーターは、顔を少し歪めながら、
義父の後に風呂を使いたくないのだ、
とため息をついた。

ある日、義父が孫の男の子と風呂に入ったそうだ。
その時、ちょっと掛け湯をしただけで、
そのままドボンと湯船に入ってしまったことを子供から聞いた。
ピーターにしてみれば、マジ?って感じだった。
日本人は風呂の湯を共有する以上、こうした不衛生なことが
あり得ることを想像さえしていなかった。
アメリカ式に1回ずつ湯を換えたいところだが、
それは贅沢な注文だというのは納得しているから、
せめてちょっと気を使ってほしいのだ。
しかし、年配者の中には、こうした行動を平気でとる人たちがいる。
以来、彼は、義父の後、湯船に入ることがなくなった。
シャワーを使って済ますようになり、
できれば、息子にも、妻にも湯船は使ってほしくない。
いったんそういう思いになると、
義父の存在自体がうっとうしくなり、
今では、その家から立ち去りたい気持ちになるそうだ。
オヤジさんに改めてもらったら?
私がそう提案すると、彼は、
自分の親でも、家でもないから、言いづらい
と、答えた。
米国人はずけずけとモノを言うと一般に思われているけど、
そうでないおとなしい人も多い。
彼もアグレッシブというより、物静かなタイプだ。
そして、私は自分の体験から、彼の気持ちがよく理解できた。
何年前だったか。
宮城県の作並温泉に出かけたときのこと。
その旅館は露天風呂が有名で、
私は満足して浸かっていた時、
いきなり現れた泊り客が、前を洗いもしないで、そのままドボン!
非常に不愉快な思いをしたことがある。
以来、私は、衛生意識から、
露天風呂や公衆浴場の類いに入らないようにしている。
さて、ピーターは、引越し以外の方法で、
また風呂の増改築という金のかかる方法ではなく、
このストレスから解放される日が来るのだろうか。
私なりに解決を考えて提案しておいた。
ピーターや奥さんがお父さんに伝えるのではなく、
孫の男の子がそれとなく言う。
たとえば、「おじいちゃん、洗わないのダメだよ」とか・・・。
April 5, 2008 09:57 PM | コメント (22) | トラックバック (0)
2008年04月03日
ゴジラ、プライバシーを話す。:
昨日のエントリー「未公開! ゴジラ妻」で、
結婚したヤンキースの松井選手が、記者会見で新妻の写真をマスコミに紹介せず、
ヘタクソな似顔絵で済ました行動を見て、
私は、いささか不可解に感じたところを述べた。
簡単に言えば、「義理が悪い人」だな、と思ったわけね。
【語義】義理が悪い→義理を怠ったことで社交上具合が悪い。
ところが届いたコメントを読むと、
世界一が「松井選手を嫌い」だとか、
松井選手の新妻に対する配慮に欠くという反論が寄せられていた。
断っておくけど、私は好き嫌いの感情からトピックを取り上げることはほとんどなく、
外部にある「規範的な基準」で日頃から物事を判断したいと考える人なんだ。
ところで、本日週刊「文春」に、昨日の今日という感じで、
皮肉にも、松井選手の記事が掲載されていた。
記事を読んでみると、余りにもハイテンションの松井選手にびっくり。
タイトルは:
「松井連載」の小誌だけに明かした
「25歳新妻」の素顔
「きれいとかわいい」の真ん中です!
小見出しっぽく、タイトル脇に次のようにいくつかのエピソードが打たれている。
・ 「初デート」はキャデラックで横浜ドライブ
・ 観戦試合全勝「勝利の女神」
・ 宇多田ヒカルファン、趣味は読書
・ 極秘挙式「実況中継」
写真すら見せなかったくだんの新妻について、
国際電話で、松井選手は、文春の取材記者に対して、
饒舌(じょうぜつ)ぶりを発揮している。

松井選手は、まるで若い女性が女性週刊誌にキャピキャピ話すように、
かなり詳細に、一種躁状態で語っているので、私も驚いてしまった。
ゴジラの口から、
去年の11月に指輪をNYの5番街のティファニーで
購入した
ということまで、女性週刊誌ネタで告白されるとは思わなかった。
正直言って、こういう話は、二人だけが知っていればよいことじゃないか。
新妻のプライバシーに配慮するならば、
ティファニーで購入した指輪の話も不要だろう。
デートでドライブをしたこと、新妻の趣味、
すでに新妻と一緒に住んでいる新居にもどったのは、
深夜の3時で、すぐ朝から練習に出たこと。
そんな含みをもたせる話さえしていた。
私がどうもにも不可解だったのが、
なぜ松井選手が、スポーツ新聞の記者が望む松井情報を、
週刊誌に売るようなことをしたのか、
この一点だった。
松井選手は高校時代から、スポーツ紙に取り上げてもらい、
スターに育ててもらっている。
そうした持ちつ持たれつの関係を築いてきたはず。
現在、松井選手に張り付いている記者もいる。
ゴジラパパも香西かおりとレコードをだして、
その都度、スポーツ紙のお世話になっている。
扱いは「ゴジラ」の冠をつけた「ゴジラパパ」だっただろう。
にもかかわらず、週刊誌記者に、べらべらしゃべり、
今週号の売りに協力している。
これって、かなり義理が悪いと思う。
それとも、単なる気まぐれ屋ってことか。
松井選手の次の不可解行動に期待したい。
April 3, 2008 09:59 PM | コメント (36) | トラックバック (0)
2008年04月02日
未公開! ゴジラ妻:
未だに解せないことがある。
現地時間1日無安打だけど決勝点を挙げたゴジラこと
大リーグ・ヤンキース松井
