2008年02月26日
置いてきぼりにされた鯨肉
鯨肉が日本の食卓の文化と言われているのなら、
実際に鯨肉を試してみなければいけない。
先日赤身をソテーにして食べてみた。
商業捕鯨が禁止され、調査捕鯨が始まった20年前には、
1100トンほどだった供給量は、近年は4~5倍も増えている。
供給量が増えるものの、どうも人気がいまひとつと聞く。
卸値を下げると確かに販売量は増えるのだけど、
他の肉に比べて、購買力が弱い。
人気にもっとも影響を与えている理由が、
肉から鯨肉独特の「ドリップ」と呼ばれる血が混じった体液が出てくることで、
この扱いが非常に難しいらしい。
そりゃ仕入れた鯨肉から血が出てきたら、
まったく誰だって興ざめしてしまうし、
料理人は頭を抱えてしまうに違いない。
なので、この血が出ないようにいろいろ工夫されている。
しかし、私の脳裏には、いつかドキュメント映画で観た、
どうもにも捕鯨の際にモリを打ち込まれた鯨の無残な姿と
あふれ出る血で真っ赤に染まった海面の光景が甦る。
(写真:私が気に入っている捕鯨絵図柄のシャツ)
こうした食欲へと結びつかない可哀想な鯨への思いは別にして、
鯨肉文化を味わおうとソテーにしたものの、
珍しい味、という程度の印象だった。
さらに、少し肉がぱさぱさしており、まあこんなものか。
もう一度、と聞かれたら、遠慮したい。
リアルな味覚で消費がアップしない理由が理解できる。
値段の高い鯨料理店だと、もっと美味しく味わえるのだろうか。
関西では、「コロ」と呼ばれる脂身の部分と
シャキっとした水菜の炊き合わせに「はりはり鍋」というのがある。
昔、祖母の「おばんざい」のレパートリーで、美味しかった記憶がある。
でも、食文化の違いからか、
なぜか関東では「コロ」を手に入れるのが難しいし、
手に入れたとしても、破格の値段だ。
ところで、ヤフーの意識調査で、
「あなたは商業捕鯨に賛成? 反対?」という質問があった。
21,221票のうち、
賛成 90% 19,001票
反対 11% 2,220票
賛成するのはいいとしても、
もし商業捕鯨が解禁になって、どんどん供給量が増えても、
消費量がまったく伴わなければ、どうするのだろうか。
「鯨肉の需要は全く存在しない」という反捕鯨のグリンピースの主張は、
極端だとしても、鯨を食べることを文化と認める日本人が、
鯨肉の人気が低迷し、食するに及び腰では、
商業捕鯨解禁の意味はないと言えないか。
実際日本と同じ捕鯨国のアイスランドでは、
あまりの鯨肉の需要のなさに、在庫をかかえ、
鯨をむやみに殺すことをやめようとしているそうだ。
子供たちが喜ぶ鯨のウオッチングの方が
国として収益があがるし、欧州で非難されることもないというのも
捕鯨をやめようという大きな理由に結びついている。
食文化は、自分が率先して食べてこその文化だと思う。
日本文化である伝統的な食生活がすでに絶滅に瀕しているものが多い今の時代に、
それでもなぜ鯨にこだわりたいのか、正直よくわからない。
February 26, 2008 11:07 PM
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コメント
どこで読んだか忘れましたが(ニュースサイトだったと思います)、鯨肉が「全国民的食材」だったのは昭和20年代から40年代にかけてのわずか20年あまり、しかもあくまで安価な「肉の代用品」扱いであったそうです。確かに昭和30年代生まれの私なども、鯨を「ごちそう」と思って食べていた記憶はありません。大和煮の缶詰だけは、甘くて大好きでしたが。
投稿者 いどえもん : 2008年02月26日 23:42
昔ニュースステーションで久米宏さんがグリンピースの奴らに、
何故?豚や鳥や牛は食べても良のにクジラだけはダメなのか質問したところ、
まともな答が返ってきてないと言ってました。
単なる日本バッシングなのでは?
鯨は増えすぎているので捕るべきです。
韓国人は犬を食べる文化があるのと同じで日本人に鯨を食べる文化に文句を言われたくないです。
>鯨肉文化を味わおうとソテーにしたものの
鯨の竜田揚げは美味しいですよ。
小学校や中学校の給食でよく食べました。
年が上の人に話を聞くと昔は安くて鯨のベーコンも美味しかった話を聞きいて食べてみたくなり探しましたが高いので買いませんでした。
小学校や中学校の給食で子供達に食べさせて普及させる方法もあります。
努力して鯨の食文化普及させて取り戻しましょう。
日本人「非国民の輩」でグリンピースの活動されてる方は土手に生えてる雑草だけ食べて生きていってください。
タバコ吸ってる事が環境破壊です。
酒も牛乳もお茶も飲まないでください。
下水道の水だけを飲んでください。
綺麗事を言う生き物は嫌いなんで。
グリンピースの活動してる他の国の輩も。
投稿者 日本魂 : 2008年02月27日 00:30
小学生の頃 学校の給食で鯨の肉がよく出ていました。
おっしゃるようにそのまま焼くとぱさぱさなのでその当時は工夫がありました。
食べやすいようにさいの目に切った佃煮で甘しょっぱく食べやすくなっていました。
これはクラスの半分以上が大好きといっていたので問題はなかったように記憶しています。
それをを食パンで挟み 問題の脱脂粉乳を一気に飲み干します。
これは殆どが大嫌いだったので飲み干した後 すぐお茶を入れて2杯目の防御にはいりました。
その頃は好きだの嫌いだの問答無用。
食べなければ 5時間目、6時間目まで机の上でにらめっこ。
みんな泣きながら口に詰め込んでいました。
あー なつかしや。
その頃はまだ米飯給食もなく 先割れスプーンもなく 悪名高きアルマイト食器。
だけどおいしかったなぁー。
投稿者 ななこおねえさん : 2008年02月27日 00:50
>そりゃ仕入れた鯨肉から血が出てきたら、
>まったく誰だって興ざめしてしまうし、
>料理人は頭を抱えてしまうに違いない。
牛でも豚でも鶏でも切ったり茹でたりすると血が出ますよ。
もしかして自分で包丁握って料理した経験ないのですか?
>どうもにも捕鯨の際にモリを打ち込まれた鯨の無残な姿と
>あふれ出る血で真っ赤に染まった海面の光景が甦る。
(中略)
>こうした食欲へと結びつかない可哀想な鯨への思いは別にして、
牛でも豚でも鶏でも屠殺場ではあふれ出る血で真っ赤に染まった光景が繰り広げられています。
見た経験がないと言うのなら別ですが、
見た経験があるのなら鯨は可哀相で牛・豚・鶏は問題無というのは変ですね。
>鯨肉文化を味わおうとソテーにしたものの、
>珍しい味、という程度の印象だった。
鯨の刺身は美味しいですよ。
>食文化は、自分が率先して食べてこその文化だと思う。
安価で供給されるのなら自分は食べますね。
ちょっと脱線しますが、日本文化の一つに和服がありますね。
自分は男なので振袖・留袖は着ませんし、いいとこホテルの浴衣を着るぐらい。
肝心の女性陣にしても高値であるが故に成人式や結婚式でしか着る機会もありませんが
だからと言って需要がないから和服文化をなくすべきとは思いません。
捕鯨・鯨食文化が筆者にとって必要性を感じないとして
保護するべきでないと言うのは、正直よくわかりません。
・・・・・・・
ベビーコメ
ご愛読ありがとうございます。
鯨のドロップ(血)の問題は、実際に料理をする段階で
料理人が困っている深刻な問題なんです。
屠る現場の光景と一緒にされると困ります。
捕鯨・鯨食文化ですが、私は、写真で伝統的な捕鯨絵図のシャツを提示しました。
この文化を評価する立場にいると思っています。
しかし、鯨食という割りに、消費が伸びないのなら、
過去の文化であると認めた上で、欧米と譲歩して、
食用の家畜感ではなく、人間に近い存在とみなして、
鯨ウオッチングあたりにフォーカスしてはどうでしょう?
という感想的な見解を述べました。
2008-2-27 16:00
投稿者 名無し : 2008年02月27日 01:40
論点がズレてると思います。
食べるかどうかは別として、他国の食文化を野蛮として
テロ行為まがいの事をするのは許されない。
これを許したら今後も何をされるか分かったものじゃない。
そういう危機感から捕鯨賛成なんですよ。
カンガルー食うな!!とオーストラリア船に無理やり乗り込んだら
普通に射殺されるし国際問題でしょう。
乗り込んだ側の問題として。
この問題はおかしな方に捻じ曲げられてる。
・・・・・・・
ベビーコメ
ご愛読ありがとうございます。
>これを許したら今後も何をされるか分かったものじゃない。
そういう危機感から捕鯨賛成なんですよ。
これを許したら、今後何をされるんですか?
>カンガルー食うな!!とオーストラリア船に無理やり乗り込んだら
普通に射殺されるし国際問題でしょう。
乗り込んだ側の問題として。
射殺などしないのでは?
2008-2-27 16:00
投稿者 Kata : 2008年02月27日 03:29
私は、捕鯨に関しては90%反対である。
一つは、日本の伝統的な食文化というが、実際には太平洋沿岸地域の漁村が、目の前の海で鯨を捕っていたに過ぎなくて、日本全国が鯨を食する伝統があったとは言えない。また、戦前戦後と外洋捕鯨が活発な時期もあったようだが、これは日本国内に容易く手に入れることのできる動物肉でなったからで、現在のような他の食肉が多く存在する時代では、外洋に出かけてまで鯨を捕る必要はないと思う。ただ、夏場に食べていた鯨の脂身は辛醤油で食すると大変美味しい。
南極海などの外洋ではなく、日本領域内海域限定で捕れば良いと思う。
ただ、捕鯨が動物虐待に相当して、感情的に反対する人は、牛肉や鶏肉は食べないのだろうか?牛も鶏も同じ動物である。
人間が飼育している動物はOKで、自然界の動物はダメなのだろうか?
投稿者 はじめちゃん : 2008年02月27日 05:30
面白いブログですね。新参者ですがよろしく。
日本が真面目に調査捕鯨を続けてデータ収集していることは、食文化を残すこと以上に資源管理の上からも重要なことだと思います。このままモラトリアムを継続することで鯨の数が増加し、餌とされる魚が減少していくことになれば、やはり鯨を間引く必要が出て来るでしょう。捕鯨技術の継承も必要になります。適当な数の鯨を人間の手で管理する、ということです。
商業捕鯨が禁止になる前は、鯨の赤身肉をスーパーで売っていましたし(かなり安かったと記憶しています)、給食の竜田揚げは定番でした。ただ、あまり美味しいとは言えませんでした。鉄分やn-3系脂肪酸が多い、など栄養的にはかなり良い素材なんですが。宣伝すれば結構売れるかも知れませんよ。
それから、ドリップが赤いのは捕獲時に上手く脱血ができないからでしょう。これも味を落としている原因ですね。
投稿者 たま : 2008年02月27日 07:33
ドキュメント映画は確かに残酷な印象を与えますが
食肉のために飼育されている家畜
家畜が工場で処理されている光景
それと比較すると社主様はどうお考えか興味があります。
・・・・・・・
ベビーコメ
ご愛読ありがとうございます。
私、消極的な肉食なんです。ほとんど
焼き肉は食べないですし、フライドチキンや
ハンバーガーも食べません。
家畜が処理されている姿に心が痛みますし、
食肉のために飼育されている運命にある家畜を見ると、
ため息が出ますね。
他に血が出たり、痛がらないものがあるわけですから、
そちらへ関心が向きます。
ちなみに今日の私の食事:
朝 コーンと3色野菜サラダに卵、リンゴ。ごはん、納豆
昼 ブルーベリーのベーグル、五穀ブレッド
桜もち、カフェオーレにオレンジ。
夜 シーフードと野菜のパスタと、湯葉の予定。
2008-2-27 16:00
投稿者 独身男 : 2008年02月27日 09:10
私が子供のころは、確かによく食べました。鯨肉のカツなんかもありましたし、給食にもでましたし家庭でも普通に食べていました。でも、これは鯨肉が安かったからなんですね。子供心にも「牛肉のほうがおいしいのになぁ。」と思っていましたが、そんなに裕福ではなかったので肉と言えば鯨肉のようになったいたのかもしれませんね。今は酒の肴に鯨のベーコンや、尾の身の刺身、おでんのコロや、サエズリ等を食べたいと思いながら、高くなりすぎたのでめったに食べることはありません。以前のように安くなれば、たまには食べてみたいと思っています。
投稿者 おっさん : 2008年02月27日 09:39
根本的には自由の問題だと思うのです。
確かに食料としての需要は減ったし、欧米からの批判は大きい、割に合わないのはその通り。
しかし、他国の圧力によって自国の文化を変容させていいということにはならない。
むしろそれは国家の独立や自由という部分で簡単に譲歩する国家と言う印象を他国に与えかねない。
実際に捕鯨という文化を守るという姿勢は、国家の自由権の確保と直結しています。どうかそのことをご理解いただきたい。
・・・・・・・
ベビーコメ
ご愛読ありがとうございます。
>簡単に譲歩する国家と言う印象を他国に与えかねない。
とても強情な国家という印象があるのでは?
今、仮に譲歩しても、「ああ、やっと譲歩したか!」という
印象しかないように思いますが。
2008-2-27 16:00
投稿者 ぱすきゅら : 2008年02月27日 09:46
まず、個人的に鯨は好きです。
①鯨ベーコン
②鯨竜田揚げ(小学校の給食で大好物でした)
③鯨大和煮のかんづめ
つぎに食文化としての鯨食について:
記事の情報だけでは、読み手に十分な評価材料を提供しきっていないのではないでしょうか。
供給側の宣伝っぽいが(全漁連HP)、以下のURLで鯨食についてのエッセイがあり、私はよだれをたらしながら読みました。
http://www.zengyoren.or.jp/sea_fish/furusato/pdf/gyosyoku_101.pdf
また、鯨食はかつては日本人にとっての貴重な蛋白源でした。現代においても、世界的にみて、小麦やとうもろこしなど飼料を大量に必要とする獣肉(牛・豚、鶏)に比べ、資源コントロールによって、相応の蛋白源を自らの餌採取能力で提供してくれる鯨はまだまだ、重要な存在だと思います。一部欧米系人の感情的な議論には、丁寧に説明するしかありません。
さらに、鯨食文化とその経済効果に依存している地域も未だ健在(?)のように思います。
このあたり総合的に判断すると、私は食のための捕鯨は当分止めないほうに賛同します。
投稿者 EJ : 2008年02月27日 10:02
すでに50歳を超えているものですが、昔NHKの“特派員報告”というアメリカの精肉工場をルポしている番組がありましたが、生きている牛が何頭もベルトコンベアで次から次へと運ばれ、出てくるときには“缶詰”となってました。
この番組を見たときにアメリカ人は怖いと思いましたが、グリーンピースやその他の環境団体は、食すための動物を殺すことには抵抗がなく、自然の摂理で、生きるために自然界の動物を殺すことはよくないと言うのかと、非常に反発したくなります。
ただ、“鯨”は昔よく食べましたが、今は食べ物ではないと思っています。
正直、鯨のない生活は普通の感覚だと思います。
投稿者 もっこす : 2008年02月27日 10:35
>食文化は、自分が率先して食べてこその文化だと思う。
まったくその通り。
我が家では、鯨の刺身やベーコンは、食卓に並べば瞬間蒸発する程の大人気商品。
それでも100gあたり1,000円もする値段を考えると、しょっちゅう食べられる代物ではない。
商業捕鯨が再開され鯨肉の値段が牛肉並みに下がれば、
少なくとも我が家では、鯨肉を食す頻度が牛肉より多くなるかも知れない。
現在の鯨の高値は、需要が供給を明らかに上回っているからこその値段であり、
「鯨肉の人気が低迷・・・」という社主の心配は杞憂に終わると思う。
大体、パサパサで美味しくないと感じる人達に食べられたら、鯨がかわいそうだ。
日本人は鯨一頭捕ったら、余すことなくすべて利用できる民族。
鯨油だけ搾り取って捨てていた欧米人にゴチャゴチャ言われる道理はない。
>捕鯨の際にモリを打ち込まれた鯨の無残な姿と
>あふれ出る血で真っ赤に染まった海面の光景が甦る。
情緒に訴えるこのような表現を使って、欧米人の主張の片棒を担ぐのは止めて欲しい。
牛や豚の屠殺シーンをテレビで映せますか?そっちの方がよっぽどグロいでしょ。
捕鯨反対の理由が「残酷だから」という主張がいかに無意味か、
社主も重々承知しているはずですけど。
投稿者 tkbanker : 2008年02月27日 10:41
鯨を増やしすぎると、鯨が餌とする多くの水産資源が減ってしまい、逆に、鯨が生き抜く環境が悪化する統計があります。
投稿者 親父 : 2008年02月27日 11:01
スーパーなどで山積みされた食肉なんか、
人間の胃袋で消費されるのは一体どれくらいの割合なんだろう?
いくら深夜の割引きセールをしても売れ残りがでるだろうに・・・
まぁ残った分はペットフードやレトルト食品の材料に使われるんだろうけど、
それでも消費期限があるわけで・・・
そういう面からいえば取りすぎなんだろうなぁ!
投稿者 浪速の射漏士(有資格者) : 2008年02月27日 13:19
確かに。私もそう思います。
当局は意地になっているのでしょうか。
私は、どうしても環境をメシの種にしている団体は好きになれません。正義を声高に叫ぶ奴は信用できないというか。
ナホトカ号重油流出事故の時、多くのボランティアが回収作業に参加した(死人まで出た)のに、鯨についてはあれほど積極的な環境団体が一切知らん振りだったのは不思議だ、と渡部昇一氏が皮肉っていたのを覚えています。
個人的には捕鯨は中止した方が良いと思っています。
捕鯨を中止されて一番困るのは環境団体ではないでしょうか。
投稿者 不思議 : 2008年02月27日 14:10
幼少の頃は、良食べたものでしたが、昨今是非食べてみたいとは思わない。それに変わる食材が安く手に入る。
この歳になると、懐かしいけど珍しくはない。たとえ安くなっても買って食べようとは思わない。一度離れたイメージは、
草々には受け入れないようだ。
投稿者 定年間近 : 2008年02月27日 16:01
今回の記事に賛成です。
鯨の肉を食べなくても生きていけるのなら、
無理に食べる必要はないと思います。
「日本固有の食文化に干渉されるいわれはない」と
いうのが捕鯨賛成派の論理ですが、反対派の直接行動と
同じくらいヒステリックで無意味だと思うのです。
需要がそれほどないのにもかかわらず、他国の反対を
無視してまで捕鯨にこだわる必要がどこにあるのでしょうか?
正直、国益を損ねているとさえ思います。
日本が捕鯨に固執して、その影響で他国、例えば中国とかが、
「日本人が食べるなら中国人も食べるぞ」と言って
バンバン獲り始めたらどうなるか。それこそ鯨は絶滅してしまうでしょう。
捕鯨反対を唱える人々にとっては、
鯨とイルカは人間に近い「知性」を備えた存在という認識があります。
水族館のイルカショーで見せるイルカの高度な芸を
見ると、その主張もあながち嘘とはいえないと思います。
ただ、牛や豚なら鯨やイルカほどの知性がないから
構わない、という論理は矛盾していると思います。
人間は肉を毎日のように食べなくても生きていけるし、
菜食を多くしたほうが健康にいいことも周知の事実です。
なのになぜ肉食にこだわるのでしょうか?
昨今の環境破壊が肉食からくることを考えると
(牛が食べる餌の穀物や牧草のために森林破壊が行われている)
過剰な肉食そのものを考えなおす時期がいずれ来ると思います。
日本は捕鯨にこだわるより、むしろ肉食そのものを少なくして、
ヘルシーな菜食文化(日本伝統の精進料理など)を世界に広めることで
肉食に毒され環境破壊を行っている国々を啓蒙して、
世界のお手本になる道をめざすほうが良いのではないでしょうか。
投稿者 L : 2008年02月27日 16:17
いつも楽しく拝見させていただいています。
35歳の私は、鯨肉を食した経験は2~3回しかありません。
印象は、「こんな感じか・・・」でした。
くせにはなりませんでした。
しかし、田舎の祖父は生前、鯨肉を「うまい」と好んで食べていました。
「育ち」の違いなんでしょうか・・・
今の日本の一般家庭に、鯨を食す文化はありません。
需要が無いのはあたりまえだと思います。
商業捕鯨が解禁となって、一般家庭や学校給食に安く鯨肉が入るようになれば、その味で育った子供たちは鯨を好んで食べる大人になるかも知れませんね。
投稿者 Do : 2008年02月27日 16:22
初めて書き込みさせて頂きます。
いつも楽しく読ませて頂いています。
今回は少し社主様と考えが違うので投稿させて頂きました。
鯨肉はおいしくないというご意見ですが、それは他の方も書かれていますが、調理方法に問題があるのではないでしょうか?
近年、牛・豚・鶏・羊などの肉は流通が活発になり、またグルメブームや料理研究家などが出現しました。
それににより、多種多様の調理方法が一般にも知られることになり、一般家庭においてもそれらの肉に対する知識は豊富です。
それに対し、商業捕鯨が禁止されてから、鯨肉が家庭の食卓に出回る事はほとんどなくなりました。
食べる人も機会も激減した為、鯨肉の調理方法の研究もされず、今日まで来ています。
そう考えると、確かに日本の鯨の食文化は絶滅してしまったのかもしれません。
でも、もし鯨肉が安価で手に入るようになれば、状況は変わってくるのではないでしょうか?
最近ではダチョウなど新しい食材も出回り始めています。
鯨も古いものではなく、新しい食材として認識し、研究されだせば、きっとおいしく食べられるはずです。
投稿者 さぼ : 2008年02月27日 16:39
鯨にも鯨肉にも特別な思い入れはありませんが、
「たま」さんや「親父」さんがおっしゃるように、
水産資源の管理の点から考えると、間引く必要があるんじゃないでしょうか?
鯨が増えたせいかどうかわかりませんが、鯵や鰯が不漁で高値になっています。
そもそも人間は、食べなければ生きていけませんから、鯨だろうと家畜だろうと、
ましてやベジタリアンの方でさえ生命をいただくことに変わりはありません。
ですから、日本では、食事の前に手を合わせて
「いただきます」
食事の後に
「ごちそうさまでした」
と言うのではないでしょうか。
投稿者 shinjin : 2008年02月27日 17:36
これは捕鯨とひとくくりにしてしまうとちょっと問題が難しくなる
アイスランドなどは日本などよりも歴史が古くバイキングの跋扈していた時代からの文化です
日本もそうですがアイスランドや捕鯨を許可している国は独自に種類別に頭数を把握しています
この中で問題があるのが
「種類によっては確かに絶滅の危惧がある」
「種類によっては多すぎて生態系に既に悪影響がでている」
こういうことが含まれています
そのため数年サイクルで捕鯨する種類を変えたり頭数の制限を設けています
逆に多すぎる種類についても食べるかどうかに関わらず調整のために捕鯨すらされています
現状ではこうやって人間が関わってやらないと鯨そのものの生態系だけでなく
全体としての生態系が狂ってしまう
わたしは食肉にはまったく心は痛まないし美味しく頂く
食べるために殺すことは生物としての本能だから
個人的にはスポーツフィッシングや趣味としての狩猟のほうがおかしいと思うのだが・・
キャッチアンドリリースとか言っても実際にはリリースされた魚の多くはそのまま死んでしまう
食べないのに生物をおもちゃにしてるようにしか見えない
趣味の狩猟も同様に感じる
投稿者 humu : 2008年02月27日 18:17
サメやイルカは食べても良いけど鯨は食べてはいけないというのはおかしいですし、
アフリカではワニもダチョウも食べますしね。
日本人が鯨を食べるのは食物連鎖です。
投稿者 鯨は食べ物です : 2008年02月27日 19:02
血が出なかったり痛がらないものの方をお好みとの事ですね。気分的な問題はわかりますが、野菜なども痛がることや血を流すことはなくても同じ一つの命には代わりがないのですが。農場などに行ってもため息が出ますか?
安定した需要が生じるには安定した供給が保障される必要があると思います。安定した供給を止めておいて(別にまさゆきさんが止めたわけではありませんが)需要が減った今、需要がないからという理由で及び腰になるのはおかしい気がします。
投稿者 M : 2008年02月27日 19:59
豪州に在住している日本人です。この問題ほどこちらと日本の温度差が激しい事柄もないので、こちらの事情も含めて書かせていただきます。
この話題ははっきり言って我々日本人の口から出すことはタブーとなっております。捕鯨反対ならまだしも、日本の歴史的背景も含めて捕鯨の意義を論理立てて説明しても、結局日本(人)は鯨を殺していると総スカンを食って、豪州人の友人をほとんど失い村八分になるのが落ちでしょうか。
こちらのTV(特にChannel 9)も連日捕鯨反対を唱える(称える!?)ニュースを流しております。(それとこれは恣意的な見方かもしれませんが、最近こちらで宮里藍や横峯さくららが出場した欧州女子ゴルフツアーがTV生中継されましたが、韓国人選手は映されるのに日本人選手は上位に来てもほとんど映りませんでした...)
こうなると最早、宗教戦争に近い感じがしてきて、鯨を殺す(食べる)者は悪魔のように扱われ始めているのではと危惧しております。そのうち日本人は豪州入国時に、鯨を食べない、殺さないと踏み絵を踏まされるのではというのも単なるジョークではすまない気もしてきます。
ここまでこの国が先鋭的になってきたのは、先日総選挙で労働党が第一党となったことと関連があります。これまで第一党だった自由党は経済的な発展を優先してきたのに対し、労働党は(表向き?)人や環境に優しい政策を取る事を優先しているので、(ロックバンド「ミッドナイト・オイル」のボーカリストの)ピーター・ギャレット環境・水産資源相も捕鯨反対を声高に叫んで、世論を煽ってその活動を積極的に支援しております。
私は豪州人が「わざわざ」日本まで行って、漁業の妨害をするイルカの駆除(殺戮?)作業を妨害するのはやりすぎだと感じます。ただし、逆に日本人が「わざわざ」豪州近海まで来て、調査捕鯨(という詭弁?)を行うのも、そろそろ考え直していただきたいとも思っております。
こちらは自然のイルカに触ったり、ホエール・ウォッチングすることは大きな観光資源にもなっておりますので、それを殺すとは何だ!となるのも無理からぬところであります。
お互いに農業や鉱業資源、観光サービスや工業製品などで大いなる利益をあげている友好な国同士の関係が、ある種の哺乳動物の扱いだけで簡単に崩れるとは思ってはおりませんが、こちらと日本の鯨関連のニュースの差を見るにつけ、何となくナショナリズムの高まりまで感じてしまい、にわかに心穏やかでない日々が続いております。
・・・・・・・
ベビーコメ
ご愛読ありがとうございます。
現代日本人のほとんどが鯨肉を食べていないのにもかかわらず、
攻撃されるのは不本意じゃないですね。
2008-2-27 22:30
投稿者 オージーWatcher : 2008年02月27日 21:14
エントリーからも各コメントからも分かるように、捕鯨に関しては推進するにも禁止するにも積極的な理由がないようです。捕鯨自体を禁止するかどうかではなくて、捕獲頭数をどう調整するかという議論をすべきで、その結果0頭に調整すべきという結論に至れば、そうすべきでしょう。
捕鯨が残酷な行為かどうかという観点での議論はどう転んでも宗教的な枠組みを脱却することができません。インドに牛を食うなと、パキスタンに豚を食うなと言われるのと同じ次元の話です。
PS.日本が折れたら一番困るのは、欧米の政府関連かもしれません。一部の過激なテロリストたちの目が別の方を向くことになりますので。実はそっちの方が「空気読めない奴」て思われるかもね。
投稿者 じゃっく : 2008年02月27日 21:41
鯨の肉って固くて美味しくない。欧米諸国の印象を損ねてまで食べる代物とは思えません。
鯨ウォッチングは楽しいですよね。
投稿者 夫名無しですが : 2008年02月27日 22:05
血が出るので、凍ったままのお刺身を食べたりしていました。冷たいのも手伝って、まずいという記憶はありません。食卓にあったら食べます。ないならないでも構わないです。
生き物は生き物を食べて生活していくもの。生き物としてクジラが特別扱いされる理由が分からない。魚は?植物も立派な生き物ですし、卵だってその力を持っている。同じ生き物として、クジラと比べて差別、区別される理由はありません。だとしたら、人間の一声で動物を救う、なんて、人間は何様でしょうか、そちらの方が傲慢で偽善。海水と土しか食べていないというなら、引き下がりますけど(そこにも生き物はたくさんいるんですけどねw)。
食べる人がいるなら、捕鯨はやめる必要ないと私は思いますし、いくつかの書き込みにもありますが、クジラの補食はえげつないほど一網打尽です。人間とクジラで同じ事をやっていては、あっという間に魚はいなくなります。水産資源の枯渇で泣かされるのは人間ですし、刺身などの人気上昇により、日本以外での水産資源の消費はあがっていく一方です。尚更、クジラを減らさなければならない状況にしているのは、魚の消費量を増やしている国々。そういう人たちが総じて魚がいなくなっても仕方ないという風に言うなら、クジラの捕獲は禁止にしても良いと思います。そうなったら、キャビアやトリュフよりも高価なイワシの一切れ、の時代がくるのでしょうかね。
投稿者 ぷん : 2008年02月27日 22:05
いやー、鯨を食べたいと思わない方達に無理に食べて頂かなくても結構なんですが。
野菜でも牛馬でも、好きなものをどうぞお食べになってください。
商業捕鯨が再開され鯨肉値段が劇的に低下すれば、
どんなにか良いだろうと思う人間は確実に存在します。
多くの方達が鯨肉なんてイラネ!と思う世の中であっても、
食べたいと考える人間もまた大勢いるということです。
なぜ鯨(だけ)を食べちゃいけないの?
この素朴な疑問に対して、グリーンピースなどの圧力団体や欧米諸国は真摯な回答を示していない。
強情な国家だと思われようが何だろうが、
鯨を特殊な存在として看做さないという、日本の主張は正論でしょ?
日本人は、その正当性を主張し続けるべきだと思う。
日本では天然記念物にもなる『カブトガニ』、中国や東南アジアでは食べられちゃう。
だからと言って、それを非難したところで詮方ないし、非難する気にもならない。
無茶苦茶にエサを与えた挙句に肥大化した肝臓を食べるフォアグラとかね。どれだけ残酷なんでしょ?
でも日本人は、フランスへ抗議とかしませんよね。
ガチョウがかわいそうとかね・・・ 言っても無駄でしょ?
一国の食文化に対して他国が非難をして良い場合とは、
人類共通の利益に対して害を与える場合に限定されるべきだ。
捕鯨に反対する日本人は、
『かわいそう』だとか『まずい』だとか言うばかりでなく、
『鯨は美味しい~!』と言う人間を納得させるだけの理屈を提示しろー!と言いたい。
投稿者 tkbanker : 2008年02月27日 23:16
いつも興味深く拝見しております。
物事に対する見方は人それぞれ、とはいえ今回の内容については感心しませんでした。
鯨肉をソテー・・・そりゃ固くなっておいしくなくなりますよ。鯨肉を食べる機会が無く、鯨肉を食べる文化が廃れた果ての適当な調理法ですね。竜田揚げのほうがはるかにおいしいですよ。
もうひとつ。
「他に血が出たり、痛がらないものがあるわけですから、
そちらへ関心が向きます。」というコメントの後に
「夜 シーフードと野菜の・・・」。
血が出ない、痛がらないシーフードですか?海苔とかですかね。まさか、海老とかイカとかホタテとかではないはず。
鯨肉にかぎらず、獣肉へ食指が伸びない方だから鯨肉の魅力はわからないのでしょう。でも、その鯨肉が好きで食べたい人間もいます。そのうちの一人である私からみれば、鯨肉のおいしさがわからないあなたは不幸だ、と映ります。
・・・・・・・
ベビーコメ
ご愛読ありがとうございます。
そのシーフードパスタにホタテは入っていました。
ところで、鯨肉を愛する人がいてもいっこうにかまいませんが、
私が言っているのは、私が見た限り、鯨食は人気がなくなりつつあるということです。
ある食べ物を美味しく感じないのは、不幸なんですか?
ちょっと大げさです。
例えば日本食を食べない国の人が日本食の美味しさを知らないのを
不幸とは思いませんけど。
2008-2-28 23:45
投稿者 hiro : 2008年02月27日 23:48
殺戮を目的にせず商業捕鯨(食用捕鯨)が解禁になったら、
ただ消費量とコストに見合った量だけ捕獲することになるでしょう。
絶滅の危機に瀕しないように、くらいは必要に応じて規制が必要とは思います。
捕鯨賛成派だって鯨を絶滅させたいわけじゃないはず。
●
捕鯨に賛成している人は大きく三種類じゃないかと思います。
①純粋に鯨肉が好きな方
②捕鯨を職業にしている方
③理不尽にしか聞こえない理由での捕鯨禁止の押し付けに反対、という方
だと思います。ネットの場では③の方々が多いですが。。。
商業捕鯨に賛成している人を納得させられる理由をもっているのか、
という点で、商業捕鯨に反対する人や団体の論調は弱いです。
牛、豚、鶏、羊、、、人間がよく食べる他の動物と鯨がどう違うのか
いくら考えてもよく分からないです。
鯨は可愛いから? 例えば豪州やNZの方は羊って可愛くないんですかね?
宗教によっては動物を神聖化したり不浄だと蔑んだりしているのだから、
捕鯨も、鯨を敬いつつ捕って食す宗教、と思ってくれれば、
納得できないまでも一目おいて見るのでは、と考えます。
それで済めば宗教戦争もないわけですが。。。
●
ところで、人間が下手に関与や操作をしないほうがバランスが取れる、
と思うのは無知なんでしょうかねぇ。
投稿者 カズヲ : 2008年02月27日 23:58
私の理解では、『調査捕鯨』という名目が主題であり、食肉として流通させている、
食文化として日本で受け入れられているというのは言い訳だったと思うのですが。
クジラの生態にはまだ分からない事が多く、
また、クジラの生息数の増加に反比例して漁獲量が
減る可能性があるという指摘もなされています。
国際社会において、捕鯨の是非を問う議論があっても良いと思うのですが
片やテロまがいの行為で捕鯨の邪魔をし
片や言い訳がましく浸透していない食文化を言い訳に捕鯨を続ける。
この現状はどうにかして頂きたいですね。
捕鯨関連のニュースを見る度に、摩り替わっていく論点に憤りを感じます。
豚や牛や鶏といった家畜と比べるのも、ネット上で流布されている極端な論調に流されるのも
まったく意味が無いですね。
私は、クジラの生態調査や、漁獲量への影響が結論づくまで調査捕鯨は続けるべきだと考えます。
しかし、捕鯨の正当性を『食文化』と嘘っぱちを言って誤魔化す事はやめて頂きたいですね。
恥ずかしいですよ、そんなバレバレの嘘つくのは。
だって食べてないですもん。私の家ではよく食べてますが。
勿論、プロパガンダに使うのも、悪ノリしてテロまがいの行動をするのもやめて頂きたいです。
個人的に、グリンピースだか狐(?)だかの活動家達は嫌いです。
毎回テレビに向かって、鬼の首取ったように捕鯨の邪魔してるでしょ。
私、ああいう人嫌いなんですよ。
投稿者 hi : 2008年02月28日 03:23
こんにちは。捕鯨問題は生命観、宗教観、文化間の隔たり、国家間の力関係、それに食感(?)まで、いろいろな琴線が張りめぐらされている、一筋縄ではいかない問題ですね。
私も基本的に社主に同感です。特に捕鯨団を組んで遠洋まで繰り出す捕鯨を「日本文化」というには、少し浅すぎるように思えますし、文化として主張するなら沿岸のみに限って捕鯨を行えばいいように思えます。わざわざ日本の食糧を作っている国の神経を刺激するほどの課題ではないでしょう。
…でも、あまり野蛮人扱い(非難であれ、啓蒙しようという姿勢であれ)されると、逆に「クジラ食いの野蛮人で結構!」という気持ちも湧いてくるので厄介なところです。絶滅の危機に瀕している野生生物をすすんで食う気はないのですが、もしも問題がないのなら、ね。
投稿者 アニリン : 2008年02月28日 09:57
鯨の竜田揚げは給食の人気メニュー(勿論カレーが一番人気)。鯨の大和煮の缶詰も酒盛りの定番。残ったタレをホカホカご飯にかける、あるいはお湯を注いでご馳走スープ。獣肉のようでいて魚肉のような不思議な食感。戦後一時期我々の食卓を支えてくれたのは歴史的事実。
その後牛肉輸入自由化で、分厚い米国産ビフテキを食べた中学生は、「あ~、アメリカ人はこんな旨いもの食べていたのか」と愕然。高度経済成長でビフテキが食べられるようになり人気凋落、捕鯨もままならず、需要も供給も落ちるところまで落ちた。それを無理やり復活させる必要性は私には見つけられない。そもそも、今は熟成ビーフのステークを健康のため食べ残す贅沢な食生活。豪州ではカンガルーもワニも鮫もエミューも駱駝も食べた。
ただし、ヒステリックに捕鯨全面禁止と叫び、鯨肉食う奴は野蛮人と決め付けるような人たちがいる。絶滅に瀕しない限り、限られた量を食べる分には鯨食は固有の食文化で十分理解できる範囲内だ。そこまで無理やりやめさせると言うのは余計なお世話で過剰干渉だ。鯨が食いたくてしかたない、鯨を食わないと生活できない訳ではないが、こんな過剰干渉に対して戦う意義は十分ある。でもそれは奴らの思う壺なんだよなぁ。
鯨は私を育ててくれました。記憶には美味しいと残っていますが、美味しいものが多い今の世の中で食べたら、きっとそれほど美味しくなく、無理に食べる必要のないもの。ハリハリ鍋なんか知らないが、ただし、大和煮が食べたくなったら食べられるぐらいの自由だけは手放したくない。喰うか喰わないかは自分で決めるから、喰うなとか人に強制するんじゃない。肉食人種から野蛮人などと言われる筋合いは微塵もなく、片腹痛い。
長年料理してこなかったのだから料理法が分からなくて、さらにドリップが問題なら切り身の冷蔵流通などせずに、鯨の大和煮缶詰復活を願う。それをB級C級グルメと呼ばれることには痛痒を感じない。
投稿者 夫どっこい : 2008年02月28日 10:35
虎やライオン、ヒョウだって食べれるし豹柄の毛皮で売ったら買う人もいるし一石二鳥だし、
猫も食べれるし三味線にもなるし猿も食べる民族もいるし我々日本人鯨を食べて何悪い。
パンダだって食べたら美味しいでしょうしね。
”鯨ウォッチング”こそ人間のエゴです(怒)
人間は地球上で一番残酷な酷い生き物くせに綺麗事言うんでしょうね。
鯨を養殖出来れば良いのですがまあ難しいでしょうねいくら技術が進歩しても。
投稿者 生き物はすべて食べ物 : 2008年02月28日 12:12
鯨を食べてはいけないのなら鯨ウォッチングも当然禁止にしなければ筋が通らないですね。
豚・牛・鳥・羊・鹿・熊・鯨などは人間に食べられるために存在してるのです。
投稿者 狩 : 2008年02月28日 18:25
食べる人がいるから商売が成り立つ。
商売が成り立つから捕鯨する。
誰も食べなくなれば捕鯨も無くなる。
だからほっとけば良いのでは?
日本の文化だとか、過去の文化で今は鯨を食べる人は
いないって議論するより、絶滅しないよう監視は
必要だけどそれ以外は静観で良いのでは。
複雑な話ではないような気がします。
投稿者 HIYO : 2008年02月28日 19:27
20代後半の立場で言うと、給食にも子供の頃の食卓にも出てなかったので、国民食のように言われてもピンとはこないですね。
しかし、食料自給率が低く、国土も小さく、海にだけ恵まれた日本で、自分達で獲る動物性たんぱく質という先人の文化を捨てるのはどうかなぁと若輩者ながら思います。
仮に牛や豚は日本に入れない、海外に輸送する程の余裕が無いと諸外国に万が一の問題が生じた場合、鯨を獲る文化を忘れた日本人はすぐに適応できるものなんでしょうか…。
投稿者 べ : 2008年02月28日 19:44
捕鯨禁止を訴えてる国の輩どもは元々は鯨を大量に獲っていたいてくせに、
自分達が鯨をいらなくなったら捕鯨禁止を訴えるなんて都合がよすぎます。
豪州人どもは入国禁止にしなといけません!
投稿者 鯨の竜田揚げ : 2008年02月28日 20:13
日本捕鯨協会
http://www.whaling.jp/taiou.html
「(IWC:加盟78カ国)では、35カ国以上の国が日本とともに鯨類資源の持続的利用を支持しています。」
国際捕鯨委員会の維持費に一番金を出してるのは日本です。
文句をいうならもっと日本以上に金を出してから文句を言ってもらいたい。
海外に住んでる日本人で他の国の味方する奴は許せないね(怒)
日本のおかげで今の存在が成り立っているのにね。
何かあっても日本国や日本国民に頼らないで下さい。
投稿者 国内から : 2008年02月28日 21:09
グリンピースのような過激な団体は言わずもがなだが、動物保護団体は気に入らない
差別主義者の団体に過ぎないからだ
牛や豚は良いけど鯨やイルカはだめ
なぜ?
絶滅の危機云々は言い訳に過ぎず、結局は頭が良いから、友達だからという本音が出てくる
有色人種を差別してきた論理と一緒ではないか
投稿者 偽イチロー : 2008年02月28日 21:39
商業捕鯨大賛成!
早い次期商業捕鯨大復活しないとダメです!
投稿者 正しい日本国民! : 2008年02月28日 22:11
オーストラリアの人はおかしいですよね。
ディンゴやカンガルーは殺し放題じゃないですか。
白豪主義オーストラリア
http://jp.youtube.com/watch?v=qg9CY4y4yDk
なぜクジラは駄目なのか?
知能があるから?
どんな生き物にも知能はあります。
ワニなんて社会性の高い生き物です。
生き物は他の生き物を食べて生きる。
人間も同じ。
それよりオージーは人間だってまともに扱っていなかったでしょ。
アボリジニーはどうだったでしょうか。
残酷な ”ハクジンの作り方”、猫ならぬ新生児を壁にぶつけて殺す国、先住民の告白 (オーストラリア)
http://www.asyura2.com/0601/social3/msg/428.html
オージーこれでも見ろ。
①「テキサス親父 グリンピースに宣戦布告」
http://www.youtube.com/watch?v=Gy9PkuzmIWU
②「テキサス親父 シーシェパードに宣戦布告」
http://jp.youtube.com/watch?v=ETaHPEjSYQA&feature=related
③「テキサス親父 ありがとう日本!」
http://www.youtube.com/watch?v=j5vayLd6BTc&feature=related
投稿者 12 o'clock high : 2008年02月28日 23:29
社主様の仰るとおりです。
この捕鯨問題を見ていて感じたことは、従軍慰安婦や南京大虐殺と同じだということ。
ほとんどの日本人は基本的に日本側の過失を認めて、諸外国と仲良くしていたいと思っているのに、一部の国粋主義者やネット右翼が国益を考えずに対立を煽っているのと同じ構図。
現実の社会と異なり、ネットでの「声が大きい」=「発言数の多さ」であり、実際は少数の引き籠もりやニートなどのネット右翼が持て余している時間でひたすらに書き込み、さも主流であるかのような錯覚を引き起こし、ネット世論を誤った方向へ誘導してしまっています。
このままでは日本は世界中から嫌われて孤立してしまいます。
そして、それはいつか来た道へ進んでしまうことです。
捕鯨は今すぐに止めるべきです。日本は世界の国々と仲良くしないといけないのです。
投稿者 松毬 : 2008年02月28日 23:48
松毬さんへ
> この捕鯨問題を見ていて感じたことは、従軍慰安婦や南京大虐殺と同じだということ。
同じじゃないでしょう。
別に捕鯨は「過失」じゃないですし。
少ないが需要のある食材の捕獲をやめさせらる権利はないはず。
本当に絶滅しそうならまだしもそうではないですし。
ちなみに北海道では(函館のほうだけか?)くじら汁という料理があって結構好きです。
投稿者 ろっこ : 2008年02月29日 01:01
日本捕鯨協会とか財団法人日本鯨類研究所というのは、どこからお金が出ているのでしょうね。おそらく税金からでしょう。その税金を確保するために調査捕鯨を推進している天下りの方々が見え隠れします。国際捕鯨協会に納める金が日本が一番多いというのもあまり威張れた話ではありません。鯨の調査のために使う金があったら、食の安全確保のほうに回して欲しいですね。
投稿者 迎芙蓉 : 2008年02月29日 03:20
一部の極論など本来は無視すればいいのです。
需要供給とも「数」の問題に限定すべきなのです。
公式に反対姿勢を崩さない国(政府)があるなら、
その近海以外での可能性も考えればよいのです。
「数」の問題を踏まえ上で。
現状では、日本近海限定の捕鯨が可能であれば、
満足すべきことではないでしょうか。
妥協の産物なのかもしれませんが、
「調査捕鯨」という表現には違和感があります。
投稿者 KI : 2008年02月29日 10:00
「鯨肉を食する」ことが日本の食文化なんでしょうか?
現実にはほとんどの日本人は現在鯨肉を食べていないと思います。
この問題を日本の主権に関することと捉えるとややこしいことになります。
ましてや反捕鯨運動を反日行為などと捉えると収まることも収まりません。
どうしてあそこまで反対を押し切り「調査捕鯨」をする理由がわかりません。
鯨は日本の為にだけあるわけでもないし、まして日本の文化を守る為にあるわけでもありません。
日本の食文化を守る為と言う論法は止めて欲しいと思います。
投稿者 トモサン : 2008年02月29日 12:43
捕鯨問題は,建前で本音を隠すのが非常に上手な白人達が珍しく情緒的になり本音を垣間見せるトピックなので興味深いですが,欧米人との付き合いが長いように思われる社主が,捕鯨問題で譲歩を提案するとは意外でした。
社主の仰る「譲歩」がどの程度までを想定されているのか読み取れないのですが,豪・NZ・英・米の主張する「絶滅の危機の有無に関わらず捕鯨は将来に渡り禁止」に合意すべきということなら,ここまでの譲歩はすべきでないでしょう。
戦後に鯨肉が貢献してくれたことを考えれば,現時点でおいしい牛・豚・鶏が安価で手に入り鯨肉が不人気だとしても,捕鯨の権利を未来永劫放棄するのは得策ではないように思います。将来,病気等の原因で肉が入手困難・超高級品化するリスクはさほど少なくありません。そんな時にもせめて子供・若者に多少の肉を食べさせられる程度の量を確保する手段は国として保存しておくべきでしょう。
現時点では直ちに商業捕鯨が必要という差し迫った事情もないので,白人たちの情緒的対応に冷静に対処しつつ,譲歩もせず調査捕鯨を継続して技術を継承し,将来の商業捕鯨再開への道を閉ざさないように交渉を継続するのがよさそうです。捕鯨禁止になったら次は何を標的にするか分からないエキセントリックな環境活動家たちを捕鯨問題に専念させておく意味も含めて,ですが...
投稿者 たぶろう : 2008年02月29日 12:52
たぶろうさんのコメントの意見に大賛成です。
私も、今後の安全保障のためにも、自給できる鯨肉という選択肢を残しておくべきだと思います。
松毬さん
>この捕鯨問題を見ていて感じたことは、
>従軍慰安婦や南京大虐殺と同じだということ。
>ほとんどの日本人は基本的に日本側の過失を認めて、
>諸外国と仲良くしていたいと思っているのに
是非、松毬さんには、ゴーマニズム宣言の戦争論を全巻読んで、その感想をお聞きしたいです。
いわゆる従軍慰安婦、いわゆる南京大虐殺、中国のプロパガンダ・洗脳についても書かれてありますので、是非読んでみて下さい。
>現実の社会と異なり、
>ネットでの「声が大きい」=「発言数の多さ」であり、
>実際は少数の引き籠もりやニートなどの
>ネット右翼が持て余している時間でひたすらに書き込み、
>さも主流であるかのような錯覚を引き起こし、
>ネット世論を誤った方向へ誘導してしまっています。
これって、
現実の社会では
反日マスコミの「声が大きい」=「発言数の多さ」であり、
実際は少数の日の丸・君が代反対者などの
反日左翼が持てあましている反日感情を、ひたすらに垂れ流し、
世論を謝った方向へ誘導しています。
と言った方が良いのでは?w
投稿者 茂原 : 2008年03月01日 01:54
我が家にもグリーンピースがやってきた。私を中国人と思ったのか、いきなり「日本人はイルカを殴り殺して食べている」とアルバムを開きマナ写真を見せ説明する。
「この写真は君が撮ったのか?」
「仲間が撮った」
「この映像はテレビでみたことがあるが、今の説明とは違っていた。私は犬を食べないが、犬を食べる国もあるし、イルカを食べる人もいる。」
すると、変わり身早く、今度は別のアルバムを出して、酸性雨の説明を始めたので、正体見たりと即お引取り願った。その後どんな説明をするか全部聞けば良かったと今にして思えば残念だが、他ではつかみの「イルカ撲殺」で即多額の寄付するようだ。
とはいえ、こんなに美味しい金づるを断ち切ろうとすれば、徹底抗戦してくるだろうから、たぶろうさんが簡潔にまとめてくださった大人の対応が一番良いだろう。
ぱさぱさになってしまうステーキではなく、竜田揚げとか佃煮とか大和煮とかはりはり鍋とかベーコンとか、いろいろな美味しい食べ方が存在しているということ自体、日本には鯨食文化があるという証明だと思う。長年の捕鯨禁止で廃れかけている「鯨食文化」を大復活させる必要もないし、皆が食べだしたらたちまち供給不足になるだろうから、日本の一食文化に息の根を止めるような必要も無い。供給があっても需要がなくなればそれは日本人が自らの決断で捨てたことになるから、残念だが仕方ない。
投稿者 夫どっこい : 2008年03月01日 02:06
食べないんじゃなくて、高いから食べられない私です。
鯨ベーコンも竜田揚げも、焼肉だって刺身だって美味しいですよ。
牛より美味しい。
イルカの煮付けも好きだけど、これって非国民なんですかね?
投稿者 : 2008年03月01日 08:09
韓国のクジラ料理、12種の味わい
http://www.chosunonline.com/article/20080114000016
クジラ密漁天国 韓国 クジラ・イルカ殺し放題 何故かグリンピース黙殺 ...
http://d.hatena.ne.jp/warabidani/20080115/p1
実際に市場に出回っている鯨肉から類推すると200~400頭レベルで
密漁が行われている可能性がある。
また、韓国ではクジラとイルカを区別する習慣がない。
イルカに至ってはどれだけ密漁されているのか明確なデータはない。
グリンピースは、日本大使館にクジラの死体を投げ入れるなど嫌がらせをしているが、
捕鯨国のロシア・中国・韓国には表だった抗議をしていない。オーストラリアもそうだが、
露骨に日本をターゲットに絞っているようだ。
くじらの調理法
http://www.rakuten.co.jp/kuziran/704057/704064/
クジラの刺身 クジラのステーキ クジラのハリハリ鍋 クジラの竜田揚げ
おいしいクジラ料理教室~
http://www.e-kujira.or.jp/topic/edu/06/0216/index.html
“クジラの竜田揚げ” “鯨汁” “鯨の刺身盛り”
>供給があっても需要がなくなればそれは日本人が自らの決断で捨てたことになるから、残念だが仕方ない。
デパートやスーパーの店頭に安く並べば我々は食べます。
高いし品薄ではしょうがないでしょう。
我々は捨てたわけではない。
食にしても国の方針がアメリカよりが問題の原因のひとつですし、
農家や漁師を継ぐ人がいないという問題も含めて。
政治家が子供や孫が地盤を引き継ぐのは大反対ですけどね。
投稿者 正しい日本国民! : 2008年03月02日 00:06
正しい日本国民さま
>我々は捨てたわけではない。
「供給があっても需要がなくなればそれは日本人が自らの決断で捨てたことになるから、残念だが仕方ない」というのは現状ではなく、将来のことを仮定法で述べたつもりですが、確かに現状のことを言っているようにも読めるかもしれません。「商業捕鯨が再開され供給が増えても、もし今後需要がなくなれば・・・」と書けば意味が特定できました。勉強になりました。ありがとうございます。
私の基本的な考えは以前に書いたように「(絶滅しない範囲内で)喰うか喰わないかは自分が決める。他人に強制されることではない。」ということです。私そして鯨を食べて育った世代は鯨食から遠ざかってはいるが、決して積極的に食べる習慣を捨てたわけではない。しかし、子供の頃から野蛮野蛮とインプリントされ、しかも食べた経験のない世代は積極的に捨てるかもしれません。
特定の絶滅種保護を逸脱した捕鯨全面禁止は生態系を乱す愚挙と思います。捕鯨全面禁止になれば、鯨が魚を食べまくり、水産資源の枯渇は看破できす、当然間引きが行われ、原料表示の必要ないレストラン用のハンバーグなどに鯨が使われるという未来が想像できます。
考えてみれば地球上の食物連鎖の頂点に昔は恐竜(笑)がいて、今は人間がいるわけですが、捕鯨全面禁止になると鯨がひとつの食物連鎖の頂点にたつとも考えられます。自力ではなく、他力(人間の思いやり)でそうなるということは愛玩動物と同じ構図で、これには犬公方もビックリでしょうね。
投稿者 夫どっこい : 2008年03月02日 04:08
資源効率の観点、健康の観点から肉食自体を減らそうという考え方は未来志向で良い考えかただと思います。しかし、もし肉食を野蛮と非難する菜食主義者がいたら、次の狂歌を進呈します。
植物の生き血すするや青汁で
植物からすれば青汁を飲む人間は吸血ドラキュラなのかもしれません。人間は他の命を取り込むことでしか生きてはいけません。わざわざ残酷な方法で命を貰う必要はありませんが、菜食主義者も他の命を貰っていることは肉食の人と同じです。もし野蛮とか言う非難が出てくるとこういう話にもなりますが、わざわざこんなことを言わないで済むように組み立てられているのが食文化というものだと思います。
投稿者 夫どっこい : 2008年03月02日 06:10
>>鯨のドロップ(血)の問題は、実際に料理をする段階で
料理人が困っている深刻な問題なんです。
実際に、鯨を食材として扱う方に聞いたら、大変なんてもんじゃない、臭いし、そもそも肉だっておいしくないしこんな作業やってられない、とこぼしていました。
鯨の肉は不味いですよ、捕鯨賛成派の人たちは何をムキになってクロをシロと言っているのか、、、、
南京大虐殺と同じで、事実は事実として認めていかなければ、日本人はいつまでたっても欧米人からバカにされ続けるでしょう。いくらムキになっても鯨の肉が不味いのが急に美味しくなるわけではないですよ。
投稿者 三浦 : 2008年03月02日 17:55
朝鮮日報に面白い記事がでてたよ。
クジラは本当に絶滅の危機にあるのか
http://www.chosunonline.com/article/20080302000021
投稿者 けん : 2008年03月02日 21:35
>夫どっこいさま
理解いたしました。
あと鯨を食べてはいけないと言い鯨、イルカウォッチングで鯨とイルカを利用して生活してるオーストラリア人は、
許せませんね。
路頭に迷っちまえ!
環境団体のバカどもも飛行機にも車にも乗るなと言いたいですね。
夏はクーラー冬は暖房使うこれこそ環境破壊、原始人の生活レベルに戻ってから言え!と言いたい。
投稿者 正しい日本国民! : 2008年03月02日 23:12
>私、消極的な肉食なんです。ほとんど
>焼き肉は食べないですし、フライドチキンや
>ハンバーガーも食べません。
>家畜が処理されている姿に心が痛みますし、
>食肉のために飼育されている運命にある家畜を見ると、
>ため息が出ますね。
”仁”ですね。僕は食いしん坊なので実践には乏しいのですが、それでも出来るだけそう在りたいと思ってやっています。
僕のような bistecca や arrosto を大食いしてしまう者は威張っては言えませんが、それでも、イルカや犬、況してや馬の如く賢くて人のコンパニオンと為り得る動物を無差別に食べることは、”不仁”であると断言します。クジラもその賢い動物の一種と思います。
”鯨食文化”という言葉は、捕鯨反対の外圧に対抗して創られた言葉と思いますが、今や、その外圧に対して日本の在り方を堂々と押し出すと云う考え方自体が時代遅れでしょう。特に食生活に於いては、むしろ日本食が他国への”外圧”となっているのが実状です。世界でも物の分かっている人なら、日本食を楽しんでいるではありませんか! 勿論、大抵は健康的で上品な影響ですから、他国としても日本食の流入は好ましいものでしょう。その世界の人々が真似する日本食に於いて、その本家が鯨食文化とか言って食べていたら、その内、グローバルに鯨肉を有り難がって食べ出すでしょう。そうなれば、クジラの種の絶滅は時間の問題となるでしょう。
>さらに、少し肉がぱさぱさしており、まあこんなものか。
>もう一度、と聞かれたら、遠慮したい。
>リアルな味覚で消費がアップしない理由が理解できる。
今のところ消費が増えていないのは不幸中の幸いでしょうが、楽観はできないと思います。何故なら、今時の商業主義にとっては、クジラにおいてフカのヒレや熊の掌のような部位を、それもクジラが大きいだけに幾つも見つけて来て、それらを実しやかに喧伝する事ぐらい朝飯前の事だと思うからです。熊掌のために、子熊を檻の中で、いや檻と言っても、子熊が身動きできないほど圧迫された中で飼育されていますが、あれに至っては、”不仁”というより”非人”です。
じゃあ、bistecca や arrosto を大食いしているお前はどうなんだ、それも”非人”に近いじゃないかと言われれば、そうにも思います。ですから、僕はなるたけ避けるように努力しています。
>植物の生き血すするや青汁で
しかし、夫どっこい先輩、物には度合いが在りますよ。僕だって観念で決めつける事は嫌いですが、それでも、その度合いの中で、曖昧なりにも線を引く事は可能だし、また望ましい事と思います。
投稿者 綾木誠之進 : 2008年03月04日 17:29
捕鯨調査船への妨害 町村官房長官「許し難い」
http://sankei.jp.msn.com/life/environment/080303/env0803031230001-n1.htm
町村信孝官房長官は3日午前の記者会見で、南極海で活動している調査捕鯨母船「日新丸」に、
反捕鯨を掲げる米環境保護団体シー・シェパードが強い臭気のある液体入りの瓶などを投げ込み、
日新丸の乗組員4人がけがをしたことに対し「許し難い行為だ。
日本政府として強く非難する」と述べた。
また、町村氏は同団体の船舶が直前に寄港していたオーストラリア政府に遺憾の意を表すとともに、
船舶の旗国であるオランダ政府に対し、国内法に基づく処罰を行うよう申し入れる考えを明らかにした。
調査捕鯨妨害で 海保が初の捜査 シー・シェパード立件へ
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/080303/crm0803032330047-n1.htm
海保によると日新丸は、抗議船から約1時間にわたって
異臭を発する酪酸入りの瓶や白い粉が入った袋計100個以上を投げ込まれる妨害を受けた。
その際、酪酸の飛沫(ひまつ)が、乗船していた海保の保安官2人と、
乗組員1人の目に入るなどして軽いけがをした。白い粉の成分は不明。
シー・シェパードは3日、公式サイトで声明を出し、
ポール・ワトソン船長は「これは人を傷つけない化学兵器を使った戦いだ」と抗弁。
日新丸に投げつけた薬品入りのビンや粉については、
「違法捕鯨に抗議し、邪魔をするために、毒性のない有機物質を使ったにすぎない」としている。
奴らこそ「白人達」が野蛮人です。
投稿者 正しい日本国民! : 2008年03月04日 21:11
綾木さま
>”鯨食文化”という言葉は、捕鯨反対の外圧に対抗して創られた言葉
いえいえ、本格的な捕鯨技術が確立した江戸時代以降においては、
各藩の重要な産業(鯨食~工芸品まで)だったようですし、
”いさなとり”が万葉歌の枕詞として登場するのだったら、
鯨を極めて美味なる食材と捉える野蛮なtkbankerが、
「鯨食は日本古来の固有文化だ~!」と暴言を吐いたところで、
どんな場面におかれても思慮深き綾木さまのこと、
きっとお許しいただけるのでは?と考えております。
おそらくニューヨークのすし店でくじらの握りを出したら、ヘルシー食品として大人気!
米国からの捕鯨批判はなくなると確信しますが、いかがですか?
しばらく経つと、食物連鎖上位ゆえの汚染物質蓄積が問題に!とかね。
今から予想できて笑っちゃいます。
それはそうと、「シーシェパード」なる環境団体を標榜するテロ集団。
どうやら行きつくところまで行ってしまったようで・・・
日本の船員に負傷を負わせたのだから、日本の裁判所で裁きましょう。
投稿者 tkbanker : 2008年03月04日 21:46
白人も日本人も競馬やりますし乗馬もやる。
馬で金賭けて儲けていらなくなって馬を馬肉や馬刺しで食べるのですから、
鯨よりこちらこそ野蛮人だと世界中に動物愛護団体は言ってほいですね。
馬のお尻にムチをうって走らせ乗馬ではムリいうことを聞かせること事態、
食べることより野蛮でしょう。
動物愛護団体の中にも内緒で競馬をやるバカもいるでしょう。
人間も動物も植物もすべて食物連鎖の中で生きてるのですから綺麗事を言ってはいけないでしょう。
投稿者 正しい日本国民! : 2008年03月04日 23:17
「シーシェパード」ですか?随分血の気が多い人たちですね。人に怪我させる前に、まず献血してくださいな。獣肉の食べすぎによる高脂血でないことを祈ります。
綾木さま
>もし肉食を野蛮と非難する菜食主義者がいたら
という限定付きでの私の極論ですが、あえて私の限定を無視されたのでしょうか?「肉食は野蛮と非難する、なぜなら私は菜食主義で野蛮ではないから」という考えの方々に対するメッセージです。他の命を貰って生きていることを忘れちゃったのでしょうかね。
さらに極論します。資源効率という点を考えると、牛にトウモロコシ食べさせるより人間がトウモロコシ食べた方が良い(ここまでは同意)。これを推し進めると家畜はやめる(家畜と生きる選択しかない人たちにとっては都会人のエゴ?)。動物の死骸はすべて有効利用し、ペットも人間の死体も資源として利用するとアウシュビッツ並みの極端さまで行き着き、当然反対です。論理だけで進める怖さですね。元は素晴らしい考えから出発したはずなのにおかしな結果に繋がる。しかし、その途中のどこかで現実的解決が見つかるはずで、人間にはそれができるの知恵があると思います。
「無益な殺生はしない」「分け隔てなく命をいつくしむ」という素晴らしい気持ちから出発したはずなのに「鯨を殺すような人間は殺しても良い」という極端に走っている現実ではないかと大変危惧しています。
「野蛮人」と言う言葉は、「自分は野蛮人でないから野蛮人を退治してもよい」という文脈で使われがちなので、どうしても好きになれない言葉です。
投稿者 夫どっこい : 2008年03月05日 02:21
調査捕鯨妨害 まるで海賊行為ではないか(3月5日付・読売社説)
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20080304-OYT1T00728.htm
シー・シェパードは環境保護団体「グリーンピース」から分離した。
アイスランドの捕鯨船を爆破するなど、過激な行動で「エコ・テロリスト」の異名を持つ。
3年前から、南極海の日本の調査捕鯨船団を標的にするようになった。
スクリューを壊すため海にロープを投げ入れ、捕鯨船に体当たりすることもある。
抗議の域を超えた暴力だ。まるで海賊行為ではないか。
船にはテレビ局のカメラマンが同乗し、妨害行為が全世界に配信された。
シー・シェパードはこうした“実績”をPRして、多額の寄付金を集めているという。
暴力で寄付を得るなど言語道断だ。
調査捕鯨「日新丸」妨害、抗議船甲板に瓶の発射装置
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20080304-OYT1T00376.htm?from=navr
野蛮なエコ・テロリストどもですね。
サメは人を襲うから食べても良いがイルカは人を襲わないから、
食べてはいけないと言う線引きの基準がわかりませんね。
キャビアもイクラもタラコもカズノコも白子もカニも海老もウサギも、
カエルもイナゴの佃煮もカタツムリも食べるのにクジラは何故ダメなのか?
箱根の芦ノ湖の食べ物屋では悪しき外来魚ブラックバスのフライが食べれますが。
投稿者 正しい日本国民! : 2008年03月05日 20:52
>いさなとり
正直、語彙が増えました。 tkbanker様、有難うございます。宝の持ち腐れになっていた”万葉集”を書棚から引っ張り出して来て、実際に”いさなとり”の語が遣われている詩を読んでもみました。柿本人麻呂が石見で詠んだ詩です。古文が億劫な僕には難解ではありましたが、人麻呂の妻を想う切なさを掬して、嬉しく感じました。同時に、こう言う感情を素直に表現できる“日本文化”の伝統を誇りに思いました。いや、”文化”なんて言う胡散臭い陳腐なカテゴリーで片付けるには、”万葉集”は余りに高貴な伝統です。”文化”という言葉に、僕なんぞは文化の日に学校が休みで悪友達とお好み焼き屋か何かに行った事を連想してしまいます。
捕鯨、鯨食の歴史的事実は僕だって認めます。確かに、例えば山口の長門市辺りでも、捕鯨をやっていたと聞きます。しかし、鯨食+文化で出来る”捕鯨文化”の語は矢張り近年の創作でしょう。”文化”と云う言葉自体、多分、独語か英語からの翻訳です。恐らくは明治に輸入した言葉でしょう。英語の "culture" にしても、例えば、日本文化とかドイツ文化とか言う時の意味では、19世紀になってからとの用法と言います。政治や経済に対抗させる目的で、この "culture"の概念は創られたものでしょうが、その由縁に何にでも”文化”と付けて言う時に臭う陳腐さが在ります。その理由を申せば、例えば、極端な例ですが、防衛において、護るべきは、国の政治であって、決して”文化”ではありません。国の政治を護る為であれば、”文化”なんてものは、寧ろ自由に取捨選択ほど優れていると言えます。それを、日本のナントカ文化を護るとか言って感激すると、文化の日にお好み焼き屋に行くようなもので、陳腐な事になるのでしょう。
鯨食文化を捨てて、社主殿が提案される”子供たちが喜ぶ鯨のウオッチング”を楽しむ新しいクジラ文化に切り換える事は、国の政治を護る意味でメリットが有ります。優しさを表現するこの種の文化を率先してやる事で得られる信念とイメージに依って、例えば、昔プロイセンの学者か何かが言ったとかいう”政治の延長”において、果断に、しかも、より幅広い手段を以て国を護る事ができるようになるでしょう。
>もし肉食を野蛮と非難する菜食主義者がいたら
僕は肉食を、それも量的に無慈悲なほど致しますが、時折(実際、無頓着な性なので滅多に有りませんが)、呵責なような気持ちを覚えます。自己嫌悪に陥るほど繊細には出来てはおりませんが、それでも、自ら野蛮だなあと思う時だって有ります。そりゃ野菜も生物ですから、それを食べる事も生を奪っている事実には相違ありませんが、しかし、例えばステークを戴く時、ともすれば牛の姿を想うでしょう。牛の頭には、人間同様、二つの目が有れば、両耳も付いています。牛と野菜を比べたら、ヒトとのジェネティックな近接度の差で、覚える呵責もまた違うでしょう。もっと言えば、僕なんか知り合いの女に牛みたいなのが沢山いますから、尚更、忍びない気持ちになる事が有るのだと思います。
>サメは人を襲うから食べても良いがイルカは人を襲わないから、
食べてはいけないと言う線引きの基準がわかりませんね
では、別に暫定的な線引きをやってみます。イルカやクジラは、それらを眺めたり或いは共に遊泳したりして、これらの動物に恰も友愛の如き感情を覚えた経験を持つ人が在ります。イルカやクジラが食用にされているのを聞けば、そう言う人は心を傷めるでしょう。人が心を傷めるのを知りながら、それをおおっぴらにやるのは無神経です。いや、無神経どころか、”不仁”と言えるでしょう。”仁”の字を見れば分かります。
投稿者 綾木誠之進 : 2008年03月06日 17:28
学生時代山口県の青海島に行きくじらのお墓を見学しました(同じ時にふとみた町内の掲示板に差別問題を発見してビックリ)。また、CWニコルの「勇魚」がヒットした時に読みはしなかったが、イギリス人の著者が命がけで捕鯨する日本の鯨取りをリスペクトしたものと人づてに聞いた。その後和歌山県出身の鯨取りの息子さん(気性は荒いがさっぱりした人柄)に知遇を得た。ことほどさように鯨は私にとってちょっと身近に感じるものなんです。モンキーマイアではイルカに直接触れ、イルカウォッチングや鯨ウォッチングをしたこともあります。
だから絶滅させてまで積極的には食べる気などさらさらないけれど、腹が減ったら食べます。その代わり食べたら感謝します。それだけのことです。無駄に殺すことも、残酷に殺すことも、無駄に捨てることも当然反対です。でも、食べます。青海島の鯨のお墓も供養する心があってのことです。鯨の髭を有効利用して文楽に使っているのも資源にたいするリスペクトではないでしょうか。
肉を食うことに罪悪感を感じるその感性は大事なものですし、それを無くさないように注意することは大賛成です。でも、その罪悪感が強すぎて植物も含めて食べるのを辞めたら生きていけないです。だから、そこら辺をあいまいにして生活や文化はなりたっています。牛は神が食べてよいと決められたという理由付けで牛を食べ続けるのも文化ですし、食べ続けるが供養し感謝するというのも別の文化です。どっちも人間の勝手な理由付けですが、俺の文化は正しく、お前の文化は間違っているという押し付けは受け入れられません(例外は食人習慣をやめさせたことです)。
イルカも可愛いが、牛だって相当臭いけど可愛いものですよ。ドナドナという歌を思い出してください。でも、それを忘れて食べる時は食べます。牛はOK,イルカは駄目という理屈があることは理解しますが、全然得心できません。自分でイルカを食べない、牛を食べないと実践されることは結構、どうぞお好き。でも人にそれを強制するな。そして、強制する際に野蛮などと言う言葉を使うな。それが一番言いたいことです。
捕鯨反対で漁船員を襲うことではなく、自らの命を賭して断食するような方がいたら、私も心が動くかもしれません。そこまで捕鯨全面禁止に真剣な人はいますかね?日本バッシングや宗教戦争という側面に加え、肉食の罪悪感による免罪符的な心理をついているとしたら、ああいう団体は心底恐ろしく、今にして思えば我が家の所在地と名前を知る○リーン○ースを追い返したことは無謀だったのかもしれません。
野蛮人という言葉は好きになれませんが、動物駆除や食糧確保のためでなく楽しみで狩猟をする人たちにはためらいなく野蛮人と非難します。
投稿者 夫どっこい : 2008年03月07日 06:45
警告弾発砲について、豪州で
もうテレビのニュースは打った、当たったと大騒ぎですよ。
道を歩くと石を投げられそう。ジャップと罵倒され(てます)そう。
人というものはやったことは忘れても、やられたことは絶対に忘れない。
はるか昔、小学校の講堂(体育館)で捕鯨の映画を見せられて、
鯨(あの時代だから親子だったかも)のひめいに涙をこらえた思い出があります。
心の中で怒りまくりました。あれだけ子供たちがいて、そんなことを考えているのは私だけなのか、
教師たちはそんな映画?を子供に見せ、どう思っていたんだろうと記憶がよみがえります。
転校生だったので話し合う友人もまだいなかったのです。
給食のくじらはおいしくなかったです。
あの頃は、給食を作る所が予算を横領していた区もあると赤旗で知った友人が言ってました。
女性の医師として北方船団や捕鯨船団に始めて乗り込んだ、たしか「きょう子先生?」の本を読んだことがあります。
あの時点、あと2年ぐらいで捕鯨は禁止になるとか言われていたと思います。
日本の皆さんは海外の捕鯨の報道のされ方をもっと知らされるべきです。
あの捕鯨の映画は鯨の猟を誇らしげに語っていました。
投稿者 肩身が狭い : 2008年03月07日 23:20
日本がついに警告弾。やっと普通の国っぽい対応になった。警告弾は音だけと日本側の主張に防弾チョッキに当たって軽症と反論。日本側が嘘をついたらもうおしまいだから嘘はないと思う。相手は嘘でも何でもありで、喧嘩のやり方を良く知っている連中だ。防弾チョッキ着たって、最初から撃ち合いする準備済みじゃん。
投稿者 JP妄言 : 2008年03月08日 08:51
港町で鯨が水揚げされていたせいか子どもの時から、刺身、ベーコン、味噌を絡めての網焼き・・・などをよく食べていました。豚肉や牛肉と同じように、今でも大好きです。鯨を食べるというのは日本の文化です。調査捕鯨などといわずに、商業捕鯨をやるべきです。
豪の対応には、日本に対し圧力をかけてなんらかの代償を得ようという魂胆、あるいは白人優越主義という大いなる錯覚に基づいた傲慢さが感じられます。日本をなめるなよ、牛、豚、鳥はどうなんだという思いで、捕鯨を応援します。
投稿者 オッサン : 2008年03月11日 00:51
私自身は都会生まれの都会暮らしだが、子供の頃祖母の実家にいくと鶏を絞めて歓迎大御馳走。そりゃさっきまで走り回っていた鶏が食卓に出るのは正直複雑な気分だったが、命あるものを食べていると実感する場面から遠ざかると、そして工業製品のように加工食品ばかり食べていると、生き物の命をいただいている現実を忘れてしまうのではないか。毎回毎回流れた血を思い起こす必要はないが、そうやって感謝することを習慣付けることが文化というものではないか?そういう意味で一部の行き過ぎた動物愛護には都会人のエゴを感じ悲しくなる。
「今食べたビーフカレーの牛も尊い命でしかも可愛い生き物だったんだよ。でも、それを食べないと人間は生きていけない。牛を食べなけりゃ鶏、鶏でなければ夏野菜。いずれにせよ命を頂くからには残さず食べて感謝しなさい」と子供たちに伝えたい。今面倒くさいのは「食べきれなければ残しなさい」という現実だが、それは最初から食べられる量だけとって残り物は翌日食べる。残飯で捨てるより、この方がすぐ出来て効果的な自然保護行動だろうと思う。
最初に戻って、今は鶏を絞めて歓迎してくれるおばあちゃんに向かって、
「鶏を虐殺する野蛮人!おばあちゃん大嫌い!」
と糾弾、あるいは泣く、怯える子供が多いのだろうか?もしそんな場面で親が黙っていたら、命の尊さや食べ物に関する感謝を教える、そして食事の前に頂きますと手を合わせる意味を教える絶好の機会をわざわざ捨ているようなものだと残念に思う。
投稿者 夫どっこい : 2008年03月12日 06:51
韓国はミンククジラをしっかりと捕って食べていたんですよね?
日本人ばっかり責められているように感じるのですが その話は世界的に流れているの?
投稿者 みくりん : 2008年03月20日 22:58
>今食べたビーフカレーの牛も尊い命でしかも可愛い生き物だったんだよ。でも、それを食べないと人間は生きていけない。
僕は牛肉を食べ過ぎている方ですが、食べなくても”生きていけない”事はないと思います。実際、牛肉を食べたがために頭が悪くなったようにも感じていたのですが、同様の考察をしていた人物がイギリスにも在りました:
"I am a great eater of beef, and I believe that does harm to my wit." (Sir Andrew Aguecheek, in Shakespeare's "Twelfth Night")
投稿者 綾木誠之進 : 2008年03月25日 15:01
>"I am a great eater of beef, and I believe that does harm to my wit." (Sir Andrew Aguecheek, in Shakespeare's "Twelfth Night")
牛肉食ってこれだけのことが言えるなら、牛肉を食い続けるべきでしょうね。というかシェークスピアが何を食っていたか気になります。
きわめて即物的にいえば、排泄物や臭いは食い物で大きく変わります。豪州で現地人と同じような物ばかり食べていたら、トイレの臭いが現地人と同じになりました。
投稿者 夫どっこい : 2008年03月27日 04:57
>シェークスピアが何を食っていたか気になります。
彼は言うなればロンドンに単身赴任していた訳ですから、やはりファスト・フードの店は多用した筈です。この事実に、夫どっこい先輩の非凡なpun感覚を加味すれば、シェークスピアの作品名から彼が何を食っていたか推測できると思います。例えば、”マクベス”から推して、マクドナルドを馴染みにしていたものと思われます。多分、MacBass と言うバスをフライにした魚のサンドイッチが好物だったのでしょう。また、“ハムレット”から、ハムのオムレットに目が無かった事も推測できます。
ところで、ハンバーガーは、僕のように消費者として買うだけなら安い物ですが、それとは別に悲惨な外部コストが在る事を指摘している人が有ります。これを僕は Freaconomics のブログで見て知ったのですが、次のリンクです: http://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=1016401
牛肉処理の屠殺場に働く人々の中に、PTSDを含む心理的ダメージを被っている人が比較的多く見られるそうです。更に驚くべきは、屠殺行為の余波が犯罪へつながる事も示唆していることです。もし事実ならば、単に君子を気取って”庖廚を遠ざくる”と言うだけでは済まなくなります。
捕鯨にしても、その非難の一部には、捕鯨の手法が余りに残酷である事を指摘する人が在ります。事実そうならば、その残酷行為が何か悲惨な外部性を産んでいる可能性も有ります。
投稿者 綾木誠之進 : 2008年04月04日 18:02
シドニーで生簀から生きたロブスターを網で掬い取り、客に見せてから調理するので有名なBというレストランがあった。刺身をワサビ醤油で食べさせ、刺身を取った殻についた身を殻ごと焼いて「バリバリ」と称し食べさせるのが有名な人気店だが、刺身の活きが良すぎて皿の上でピクリと動いたのをみて白人女性客が卒倒。その後「刺身の活け作りは動物虐待ではないか」とシドニー大学で研究。一定時間冷凍した上でアイスピックで延髄一撃ならロブスターの感じる痛みは最小化できるとして、レストランではそのように調理しなければならなくなりました。
カジキマグロもそうですが、鯨も漁師は命がけですから、延髄一撃が出来れば一番ですが、現実的に不可能。何を以って捕鯨が残酷というのか未だに良く分からない。あれだけ大きい体ですから流れる血の量がはんぱでないことは事実です。残酷残酷という言葉の裏に、加工食品や調理済みの食べ物しか知らず、食べ物をあたかも工業製品のようにしか認識できず、生き物の命を貰って自分の命を永らえていることを忘れてしまった都会人のエゴが感じられて、悲しくてなりません。あなたが昨日食べた肉を処理するというきつくて汚れる仕事をしてくれる誰かがいるから、ステークやハンバーグやソーセージにベーコン、カレーやトンカツ、トンコツラーメン、豚のしょうが焼きやレバニラ定食が食べられる。命を与えてくれた動物にも、そういう仕事をしてくれている人にも感謝する気持ちは大切だと思います。
私にしてみれば、駆除や食糧確保以外の目的で狩猟を楽しむ人間。キャッチ・アンド・リリースやスポーツフィッシングという美名のもと楽しみのために魚を傷つけたり命を奪う人間こそが心底残酷で野蛮な人たちです。釣ったら食べて成仏させてあげてください(駆除が目的なら結構ですが)。
食べ物を捨てるという行為も、積極的ではないにせよ命を無駄にする、出来るだけ避けたい行為です。
投稿者 夫どっこい : 2008年04月08日 04:03
