2007年11月30日
サンタの兄は落ちこぼれ:
明日12月1日土曜日封切りの、ワーナー・ブラザース映画提供
「ブラザー・サンタ」(原題:Fred Claus)を楽しんだ。
この物語は、一口に言えば、兄弟の葛藤(かっとう)物語だろう。
兄弟だけど、これが普通の兄弟ではない。
サンタクロース一族のお話で、弟のニコラスがサンタクロース、
兄のフレッドが落ちこぼれという設定になっている。
弟のサンタクロースは、幼い頃から出来が良い。
一方、兄は、弟の出来の良さを比較され、屈折して生きてしまう。
二人は離れ離れに生活してきたが、
サンタの国(北極)で、再会を果たす。
兄弟は依然ソリが合わず、いがみ合う。
しかし、そこは物語、やがて協力し合って、
サンタ最大の危機を脱出するという、結局悪い人はいない、
みんな仲良し、めでたしめでたしのお伽話に仕上げてある。
人々がクリスマス映画になれているせいか、英語圏での評価は、
まあまあだったけど、私は、これはかなりのお勧め映画だと思う。
弟のサンタを演じるのは、ポール・ジアマッティ、
兄が、コメディアンのビンス・ボーン。
映画の冒頭でのボーンの早口おしゃべりが次から次へと続いて、
ちょっとわずらわしさを感じたのだけど、
やがてノリノリ感が出てくると、なかなか話術が巧みだと受け取れる。
ストーリーが始まるにつれて、ビックリしたのは、
私が去年にエントリーし、常連コメンテーターさんの
たにしんいちさんたち多数から絶賛を浴びた
「サンタさんが日本へ来ない!」をパクったのではないか、
と思えるほど、似たところや、視点があったことだ。
だから、人々の共通したサンタへの感想は、
毎年繰り返すサンタ物語をなんとか打破したい、
今流サンタ物語を狙いたい
というものではないだろうか。
時代も変わり、人々の暮らしも変わってしまったのに、
サンタだけが変わらないのは不満なのかも知れない。
映像的には、クリスマスギフト工場で働くエルフ(小妖精)たちが、
とても可愛い上にうまく作られていて驚く。
定番のクリスマスソングに飽き足らないフレッドのリードに、
いきなりディスコソングで、
あのマハラジャを彷彿させるエルフたちの踊りは実に楽しい。
兄弟の葛藤は有史以来の興味ネタ。
しかし、たぶん、一人っ子が増えていく少子化日本では、
こうした葛藤もやがて生じなくなるだろう。
弟のいない観客と、弟のいる観客とは、
それぞれどんな風に違ってこの映画を見るのだろうか、
この疑問の方も、生まれてからずっと弟でしかなかった私には興味深い。
・・・・・・・
コメント更新情報
「サンタが日本に来ない!」リラックマさん
「大変だぁ、独身男が増殖中」山奥さん
「ミシュランなんて関係ねえよ」凡人さん他
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November 30, 2007 10:23 PM | コメント (2) | トラックバック (0)
2007年11月28日
泣きの新婚生活でした。:
昨日の記事「赤裸々に激白、ザ・離婚!」から続く。
関西に住むKさん(32)
一流の上場企業に勤めるサラリーマン。
10ヶ月付き合った末に、彼は今年1月末に結婚した。
淡々とインタビューに応じてくれて、今日は「佳境」へ。
――味噌汁を作るのに興味がない妻・・・。
でもさ、味噌汁がなくたって、他にも代替があるじゃないの。
Kさん そーいうことじゃないんですよ。
僕に言わせると、愛情の一つの表現で、
誰かのために手間ヒマをかけることが大事だと思うんです。
――手間ヒマねえ。
Kさん それが証拠に、赤ちゃん、子供・・・。
こんなに手間掛かるものありませんよ。
これって、愛情があるから出来るわけでしょう?
夜中に起きて、ミルク飲ませる。
ぐずると自分の腕がだるくなっても、痛くなっても抱いていたい。
これ、全部、愛なんですよ。
――でも、オフクロの味を期待すると、マザコンって言われて立場悪いよ。
Kさん あの人はそう思ったのかも知れません。
でも、僕の母はやっぱり家族に愛情をもっているから、
色々工夫したりしますし、時間を使う家庭には愛情があると思う。
――「ホテルじゃない。だったら自分ですれば~」って叫ぶ女性が最近多いね。
Kさん 結局、そう言う女性に限って、
「アラ~、美味しそうね」などと言って、食べる方に回って話を誤魔化す。
「私よりKくんの方が料理上手だから、任せちゃえ」
なんてぬかして、ズルかますんですよね。
――やはり、結婚の基礎は愛情だと言うわけか。
Kさん そうだと思いますよ。花だって陽に当て、水やり、大事に育てると、
こちらの期待に答えて、美しく綺麗に咲いて楽しませてくれるでしょ。
愛情って、ホント奥が深いものです。
誰かのことを遠くから見守る、祈る、心配する、思いやる、
これらはこちらが思っているだけで大抵の場合相手は知らない。
この無償であることが、最高の愛情じゃないですか。
それなのに目の前の僕のために僕が喜ぶことを興味ない、
と言える感覚が、僕にはわからない・・・。
現に、○美が喜ぶことを僕、受け入れてきましたからね。
お互い様だって、そう思うの、間違ってますう?

――で、奥さん、どんな風にもっと困らせてくれたの?
Kさん クリーニング事件があります。
僕、ビジネススーツに着るシャツを結構大事にしたい奴なんですよ。
これでもー応エリートの端くれ、対外的シチュエーションでは、
シャツは目に付きます。
無地、ギンガムチェック、ペンシルストライプ、ボタンダウン、レギュラー、
セパレーテッドカラー、イタリアンカラー、ワイドスプレッド。
そして、僕、糊にカブレるタイプで、
クリーニングはいつも糊なし、ハンガー仕上げ、
出張用だけタタミ仕上げに決めています。
――確かにキミは身だしなみはキバってるよ。
クリーニング店の娘を選ぶべきだったなあ。
Kさん ありがとうございます。で、毎朝歯を磨きながら、
どれを選ぶか、考えて決めるのが日課なのに、
○美は、クリーニング屋へ汚れシャツを3日分まとめて出して、
その手で前回の分を持って帰らないのです。
――つまり、受け取らず、預けっぱなしってわけか。
Kさん その都度、持て帰らなくても、着るのが無くなる時に、
一度に持ち帰ればよい、と言うのです。
これって、イヤでしょう?
言っときますけどね、彼女、新婚専業主婦ですよ。
僕が朝出たら、夜7時過ぎまで1人でたっぷり時間あるわけです。
スーパーに行くついでに、Yシャツを持って帰る。
それがそんなに難しいことだとは思えません。
――キミの言うこと、一理も二理もあるけど。
Kさん でしょ? これもね、僕が言うと、「忘れた」とか、
「重い」とか、「帰りに本屋へ雑誌見に行った」、
やれ、「ちょっとお茶した」と言うわけね。
あのね、駅前スーパー行ったぐらいで普通お茶しますう?
彼女、ー人でですよ。
「今日のケーキセットは、おまけにチョコがーつ付いていて、
シ・ア・ワ・セ」なんて言うの。僕のシャツどうなってんのー、ですよ。
――話聞いていると、こういうリアリティのある家庭生活は大事だけど、
詳細が必要でない人にはやりすごせるのにって思う。
Kさん でも、僕はマジですよ。
マンションのドアの内側に、メモ張りましたよ。
「シャツ忘れるな。出したら持ち帰る」って。
――効果あったの?
Kさん 意固地になってました。
結婚3ヶ月目ぐらいだったかな、○美が妊娠したらしくて、
今度は、つわりのせいにして、僕が帰宅するまで、
朝食の後始末さえせず、テーブルの上そのまんま状態。
いくらつわりでも、そんな風にー日中苦しいか、って思った。
だって、僕には周囲に出産したのがいるけど、そんなことなかった。
――向こうの親は?
Kさん よく来てましたよ。親が来ているときは、つわりでも動いてました。
彼女は、1,2日実家に泊まってましたね。
うちの親も彼女を心配してました。
酸っぱい物が欲しいと言うので、母が漬けたラッキョウや
梅干を持ってきたら、「やっぱりスーパーで売ってるのと味が違う」
って、喜んでパクパクですよ。
「そら見ろよ案外いい姑だろう。○美の母親の真似できない伝統技だ」
とイヤミの一つも言いたくなってしまう。
とにかく、つわりも暫くの間。過ぎれば落ち着くって、
周りの者が言うから、出来るだけ○美に負担をかけないように協力しました。
――赤ん坊は欲しいよね。
Kさん まだ見ぬベビーなのに、愛情が沸くんですから、
神の力はスゴイ。
ところが、残念な事に流産してしまったんです。
これが、僕の気持ちを寒くさせました。たぶん彼女も・・・。
彼女、ー週間僕に会社を休んでそばにいて欲しい、と言ったんです。
――承知しなかった?
Kさん 当たり前ですよ。出産休暇じゃないんですよ。
流産でそれは無理。時間が経てば体は自然に回復すると、
医者は心配ない、よくあるケースだと言うものですから。
彼女、2週間ぐらい寝てましたか。
僕の母が、余計な事をして気分を悪くさせまいと、
気を使いながらも、たまに見に来てくれてました。
冷蔵庫をいっぱいにしたり、すぐに食べられるように
ノド越しの良い卵どうふやプリン、フルーツ、
彼女の好きなハムやチーズ。母が家で作た煮物や野菜サラダ、
冷凍庫にはご飯がー膳ずつラップにして入れてありました。
間違っても、嫁イビリなんてしてないですよ、ホントに。
――で、彼女、お母さんに対してどういう態度だったの?
Kさん 黙ってますね。体裁が悪いのかな。「お義母さん、
ありがとう」といった言葉はなかったですね。
母がいろいろ彼女を心配するのは、やはり僕が可愛いからですよ。
彼女の態度見たら、かなりむかつきますよね、普通なら。
でも顔や態度には出しません。きっと「何が気にいらんねん!」
と、思ったことでしょう。
こちらは都合が悪いので、母がやってくれる。
それなのに会社を休んで傍にいないのは、
思いやりがなく、やさしくない・・・そう言うんです。
――○美さんがか?
Kさん 彼女だけでなく、彼女の親もですよ。
こうなってくると、言っては何だけど、
独身時代のほうが余ほど楽だと思いましたよ。
これでは、ホント手のかかる宇宙人とシェアしてるみたいでしょう。
ようやく起きれるようになった途端、10日間、
実家に入り浸り。起きられない人が起きられたら、
僕たちの家に居ないで、実家。
これおかしいでしょう? 向こうの親も親ですけどね。
――心配かけたけど元気になったわ、私、家事するから安心して、
会社に出かけていいわよ・・・こんなセリフを期待したのね?
Kさん まあそうです。
「今夜の夕食何がいい?」って、普通聞きません?
そして僕が「無理するなよ」と答えません?
これが夫婦の会話だと思うんですが、僕、間違ってますう?
――間違ってないと思うけど。ただ相手がそれを正しいとは思わないところが、
問題をさらに難しくしているわけで・・・。
Kさん そこなんですよね。価値観の違いってことになるんですかねえ。
僕、真面目に働いて、月給も全部明朗にしている。
勿論、浮気なしですよ。普通の家庭生活を求めちゃダメなわけ?
結婚って、毎日続く生活でしょ。
とりあえず、実家へ僕が迎えに行って、彼女を連れて帰ったのですが。
――何かあったのか。
Kさん 以後、彼女、非常に巧妙になりました。
(明日につづく)
November 28, 2007 11:42 PM | コメント (35) | トラックバック (0)
2007年11月27日
赤裸々に激白、ザ・離婚!:
30代の男性にとって、結婚をするのは難しい時代になった。
一方、愛する人と結婚できたとしても、
思ったように行かないのが、結婚の怖いところだ。
一種のバクチ的な要素もある。
関西に住むKさん(32)もその一人だ。
一流の上場企業に勤めるサラリーマン。
10ヶ月付き合った末に、彼は今年1月末に結婚した。
――恋愛結婚だったんでしょ?
Kさん もともと友達の紹介で、僕はあまり深く考えないで、
何となく付き合うと言う感じだった。
彼女のほうがどちらかと言えば熱心だったかな。
――イケメンじゃないけど、いわゆる一流企業に勤め、スポーツやるもんね。
Kさん 月給は悪くないと思う。車のローンの負担は少ないし、
家は、オヤジのがあるから、買わないというか買う必要なし。
でも、結婚ともなると、そうはいかない。
独身時代なら1LDKでのんびりやれるけど。
人並みに2LDKを準備しました。
――で、結婚に向かったわけね。
Kさん 結婚って、手続きでしょ。ーつーつ計画を立てなくてはならない。
式場、披露宴は彼女の全面的希望でー流ホテル。
ハネームーンは、ー週間のハワイ。
この二つは彼女の強い希望があって、実現させて欲しいって、
彼女のお母さんからも言われたんです。
――お母さんね。なんだか、キー・パーソンになりそうね。
Kさん そー思いますか? で、Kちゃん、○美の願いを聞いてやってね。
――キミに「ちゃん付け」ねえ。
Kさん 慣れ慣れしい一族なんですが、妙にその軽さが気に入ったというか。
「私たちの大事なー人娘、宝物をKちゃんにあげるのだから、
絶対幸せするって約束して頂戴。○美が泣くようなことは
私たちがゆるしませんよ」なんて。
――まるで式前から、彼女一家に仕切られたようじゃないか。
Kさん ええ、確かにそれは言えます。でも、大体、結婚式なんて
男にとってあまり重大でないけど、女性にしてみれば、
ー生にー度の大イベントでしょ?
友達への見栄が爆発する瞬間でもあると、
僕は寛大に考えてあげていたんです。
――キミの両親はどう言ってたの?
Kさん 両親には、結構いろいろ不満があったみたい。
例えば、ハネムーンだって、
嫁側がどこへ行きたいなどと言うものではない。
彼女、挙式を誕生日の前に済ませたいって言ったんだけど、
――30の大台に乗る前ってことね?
Kさん 両親はこれも気に入らなかった。つまらん理屈をいうなら、
もっと早く結婚したらいいじゃないか、と言うわけです。
――他にも彼女から要望があったの?
Kさん 婚約指輪も誕生石じゃないとイヤだと言われました。
小粒のエメラルドを奮発した。
さらに結婚指輪もダイヤの一文字なんて言い出した時は、
この先、こういう風に要求されていくなあ、って思って、
ダイヤも奮発し、結納も済ませた後でも、
「いまさらどうするんだ、いわゆる世間体もあるぞ、
でも今なら考えなおせる」みたいなことはあった。
――で、なぜ止められなかったの?
Kさん 人間って勝手な者じゃないですか? 彼女の何て言うか・・・
宇宙人みたいなところと言うか、
こちらが予想しないような言動がある種可愛くもあり、魅力でもあった。
予想だにしないことを言ったりする面白さ、わかりますよね?
――わかるけど、それって、実生活に入ると、けっこう大変だよ。
Kさん はい、大変でした。挙式披露宴のために、
自分がずっと長く指名している売れっ子美容師をわざわざ
神戸から大阪まで来てもらい、貸しきりましたよ。
――そんなのホテルの美容室に担当の人がいるじゃない?
Kさん 女優じゃないもん、普通それで間にあわせるでしょう?
でも彼女は違った。写真はー生残るし、
友達にも見せなくちゃならないから、大切な日のためには、
いつもの美容師さんじゃないと駄目だと言った。
まあそんなこんなで挙式当日は大騒ぎでしたよ。
――どんな風に?
Kさん 一族郎党揃って「○美、幸せになってね」「寂しくなるわ」
「体、大事にするのよ」「いやだったら無理しちゃだめよ」
「帰る所はあるからね」「早く赤ちゃん見せてえ」
なんて言いたいことを言ってましたよ。
――対照的に、あなたのところは静かな家庭だものね。
Kさん これは先が思いやられる、なんて父親、頭抱えてました。
母の方は、もう私の息子でなくなるみたいで辛いけど、
嫁いびりなんかしないで、あの人と上手く付き合っていきたい、
と一応前向きに、無理してました。
――流れから言うと、キミはかなり楽観視していたと思うが・・・。
Kさん ええ、僕は母の言葉にちょっとジーンと来ちゃって、
新婦のワガママぶりも赤ちゃんができたら案外、
母親の自覚なんか自然に生まれて、落ち着くかなと思っていた。
確かに、楽観視してましたね。
彼女、けっこう僕に熱々でしたから、なんとかなるみたいに。

――ハネムーンはハワイだったよね。
Kさん でもハワイより、そこから帰ってきて、
早速宇宙人ぶり第―弾が始まったんですよ。
毎朝の食事、これがなんとイングリッシュ・ブレック・ファースト。
あれですよ。
そうホテルの・・・シリアル、ヨーグルト、グレープフルーツ、
カリカリベーコンとエッグ。バター・トーストにコヒー。
(写真:彼を悩ませた朝食)
――悪くないじゃない。ベーコンやバターはごめんだけど。
Kさん 毎朝、いいですか、毎朝コレですよ。
土、日はクロワッサンとか言うあの三日月型パンに
カフェオレですよ。
これじゃまるでマクドとスタバの回し者みたいでしょう。
僕が想像していた新婚の朝御飯の夢は見事に吹き飛ばされてしまいましたね。
1週間は美味しい、2週間目は我慢、3週間目はイライラ。
――4週間目は、実家へ・・・か?
Kさん 母親の作る味噌汁を食べたくなって、お椀を持って中を見たら、
賽の目に切った豆腐、油揚げ、なめこ、わかめと青ネギで5色入り。
我が家のオリジナル具が沢山の特製品が、涙で霞んで見えたのには
正直、まいっちゃったですね。
――5色か6色か知らないけど、料理1品と考えて、嫁に作ってもらえなかったの?
Kさん 興味ないって言うんです。
――その言い方、確かに宇宙人で、身もフタもないね。
(明日に続く)
November 27, 2007 11:33 PM | コメント (16) | トラックバック (0)
2007年11月26日
武藤博臣くんの快復を祈る!:
競馬の落馬、競輪とオートの落車、
レース選手は、事故・危険の背中合わせに生きている。
24日、気になる一報に触れた。
そして、25日付けの日刊スポーツ23面を開いた途端、
私の目は釘付けになった。
船橋オート12Rで、武藤博臣選手(24=船橋)が、
頭蓋骨骨折の大怪我を負い、緊急手術を受けたというのだ。
こういう記事は、日ごろ興味を覚えない人々を驚かすには十分だ。
武藤選手は今年9月、地元船橋で行われたSGオートレースで優勝。
それも、初日から5連勝でSG史上最年少完全Vの記録を作り、
年末のスーパースター王座戦出場を決めていたという矢先・・・。
24日の事故ったレースでは、武藤選手は左右から挟みこまれて、
後方へ退き、位置を取りにくくなっていた。
3週目の3、4コーナーの中間地点だったか、
ビデオで確認すると、アナウンサーの叫びの直後に
画面(日本小型自動車振興会の映像)では右から左へ向かって走路を横滑りする車と
投げ出された武藤選手の姿が映し出されている。
この映像を何度かリピートしたが、見るたびに背筋が凍る思いだった。
むろんレースはそのまま続いた。
こういう時、観客はそのままレースを見続ける。
アナウンサーも実況の中で事故に触れつつも、仕事を続ける。
しょうがないと言えばそれまでだが、
オートレースを見たことのない私から見れば、
なんとも複雑な気持ちになってしまう。
武藤選手は船橋市内の病院に運ばれ、
検査の結果、右側頭部の頭蓋骨の骨折をしていることがわかり、
出血も見られるということで、緊急手術を受けた。
血腫を取り除くなどの手術は、3時間半ほどかかり、
ICUで安静にしている、という記事を読んで、少し胸を撫で下ろした。
正直、夕べ、我が家はこの話で持ちきりだった。
オートレースを見たことがないと書いているように、
私は、武藤選手の名前も知らなかった。
しかしそれでも、気になり、心配してしまった。
そして、今朝の日刊スポーツ(写真:記事より)。
真っ先に続報を探したら、18面の下に、
武藤選手 手術成功
という見出しを見つけた。
ああ、よかった!と思わず声に出してしまった。
サブの見出しに、
血腫除去し快方へ向かう
とあった。再度、安心した。
25日の再検査でも出血の増大は見られなかった。
多少の脳挫傷が見られるものの、比較的軽度で、
輸血の必要もない。意識もすぐに戻りそうな見込みで、
今後は人工呼吸から自力呼吸への転換を促される予定。
家族との面会もできそうで、すでに危機的状況は脱したと、
記述は続いていた。
読後、不覚にも目頭が熱くなった。
オートの事故は多くなっている。
走路の改装が行われ、レースのスピードが上がっているためでもある。
昨年10月13日、川口オートで惨事が起きた。
スタートに失敗した選手を回避しようとして落車、
後方車と激突した橋本和美(はしもとかずよし)選手が、
頚椎損傷によって殉職した。享年27。
この事故は、選手たちや観客の記憶からは消えようがない。
今回の船橋オート祭りには、橋本選手と同期の
黒岩明選手(31=船橋)が出場、GI初優出を決めている。
黒岩選手は、デビュー9年目の初のGI優出だそうだ。
彼のロッカーの壁には、亡き橋本選手の遺影が飾られている。
橋本選手とは同期で、養成所時代から仲が良かったのだ。
非業の死を遂げた橋本選手への特別な思いがあるに違いない。
黒岩選手は、本日の10R準決勝(日本小型自動車振興会の映像)に出場した。
好スタートで先頭に踊り出たが、
田中茂選手にインをつかれ、惜しくも2着だった。
この田中選手は、橋本選手がなくなった昨年の11月5日、
浜松オートレース場で行われたSG第38回日本選手権に優勝。
ウイニング・ランでは、橋本選手の遺影を胸に抱いて、
走路を走り、表彰式でもそれを抱き続けたという。
今回、何度かレースビデオを見たけど、
なんだかハラハラしながら、見ている自分に気づいた。
死と背中合わせにある、厳しくも危険な職業がオートレースであることが
ひしひしと伝わってくるのだ。
オートといえば、元ジャニーズ事務所所属の森且行(もりかつゆき)選手も必死だ。
映像を見ていたら、歌っている方が楽だな、
思わなくもないほど、レースは難しそうだ。
今回船橋では、彼の成績は振るわない。
明日は最終日、少しよいところを見せてくれるだろう。
だって、スターの座を捨てて入った好きな世界だもの。
選手たちの無事故を祈りたい。
そして武藤選手が退院、リハビリを終えて走路に戻ってきたら、
私もぜひ観戦に行こうと思う。
・・・・・・・
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「レース記事は使える」
November 26, 2007 09:58 PM | コメント (2) | トラックバック (0)
2007年11月24日
イヌが描く地図:
愛犬ブームだそうだ。
私が歩く川沿いの道はいわゆる遊歩道で、
ジョギングする人やイヌを連れて散歩をする人と行き交う。
時々、顔を見かける中年のカップル。
二人とも腕を振り力強く足を運んでいる。
色違いのスウェットに足元は揃いのジョギングシューズで決めている。
ちょっと聞いてみた。
――こんにちは。時々お会いしますよね。
本格的なウォーキング姿、ステキですねえ。
夫 気持ちいいですよ。朝と夕に二人で歩くことにしてます。
1時間ずつかな。
妻 こう言ってますけど、引っ張り出すの、大変だったのよ。
歩くのが習慣になったのは、5ヶ月半ほど前から。
――いつも、このコースなんですか。
妻 だいたいそうですけど。ここちょっとイヌが多いでしょ?
夫 二日前もいきなりイヌに吠えられちゃって。だから、用心してます。
私、何年か前に、一度噛まれたことがあったんですよ。
妻 主人って自分がイヌ年のこともあって、元々イヌ好きなのに、
かなりショックだったみたい。
――噛まれたって、通りすがりにですか?
夫 前方から雑種の中型犬が飼い主とやってきて、
やり過ごしたと思った途端、右のふくらはぎにガブっときました。
妻 獣医さんや保健所に連絡したりして、大変だったんですよ。
傷口が腫れちゃって、うずくし・・・想像してくださいよ。
お風呂に入るのも一苦労、右足を大きいゴミ袋で包んで、
片足上げて、湯船に浸かるんですよ(笑)。
夫 予防注射してあるから大丈夫ですよって飼い主言ってね、それで、
治療費と菓子折もって謝りにきましたけど。
やはり、トラウマ、未だに残ってますよ。
――いきなりだと、近寄らないようにする以外、防ぎようないですね。
夫 イヌとすれ違うときは、手綱が伸びてもこちらに被害を受けない
距離を目測します。
妻 飼い主とイヌを見かけたら、こちらがイヌを怖がっているそぶりをして
飼い主がイヌの手綱を引き寄せるように仕向けるんですよ。
実際、この人、あれ以来イヌが怖いみたいで、そうしているんですけど。
――イヌって、そばを通りかかると、いきなり吠えたりしますよね。
妻 アレって気分悪いでしょう?
年いっちゃったら、なんだかイヌにまで嫌われちゃうみたいで・・・。
夫 獣医師さんに聞いたら、どうも敵のイヌの臭いがついていただろうって。
――敵のイヌ?
夫 ええ、詳しくは聞きませんでしたけど、イヌは敏感な嗅覚で、
相手のイヌが友好的なのか敵なのかを見抜くそうです。
嗅覚が人間の何万倍もすぐれてますから、私の衣服に付着した
敵の臭いに敵対反応をしたというわけです。
妻 だから、もうイヌには触らないようにするって。
もう一点、このご夫婦とテーマになったのは、
糞は処理されるが、路上への尿の排泄で臭気がひどくなってきている点だ。
これは私も感じていたので、何とかならないかと思っている。
――イヌの地図があるって聞いたことあります?
夫 え、散歩用ですか? 知らないなあ。
妻 違うわよ、私、ソレちょっとどこかで聞いたことあるわ。
電柱とかにおしっこをかけて、
イヌは自分の縄張りを作るってことでしょ?
何かの本で読んだことあります、題名、忘れたけど。
「イヌの地図」とは、イヌが電柱などにおしっこをかけて、
自分の縄張りをマークしていくことだ。
このカップルによると、やはり自宅の垣根や門柱や電柱に
イヌが排尿していくのが迷惑で、何とかしたいけど、と
いろいろ試してみたらしい。
(写真:米イリノイ州のイヌ税金のタグ(1956年))
しばしばイヌの飼い主はイヌを家族同然だというが、
そうすると飼い主の家族が放尿していくわけで、
私も、なんともおぞましく連想してしまう。
このカップルは、排尿されるのを防ぐために、
強い刺激臭がするものを噴霧しておく。
こうすると、まずまずの効果がある、言っていた。
これは、いわゆる「マスク効果」と呼ばれるもので、
本来の嫌な臭いを別の臭いで隠してしまうのだ。
とりわけイヌは刺激臭を嫌うといわれている。
尿は時間がたつと、イヌの好きなアンモニア臭を発散するが、
刺激臭を噴霧すると、これを嫌い避けて通るようになるわけだ。
(写真:英国ランカスターのイヌの鑑札タグ(1950年))
イヌも動物だから、排泄をする。
むしろ、それをさせるために野外へ連れ出すのだから、
イヌを散歩させるな、という道交法はないにしても、
他人の家の玄関前に排尿させるのは、マナー違反に違いない。
自分の家の前がいつもイヌの排泄場所として
地図に組み込まれていたら気分がいいわけがない。
人間の子供もしつけが悪いと、野放図に、したい放題に育つように、
イヌもイヌ地図の無作法をさせないためには、
やはり人間同様に、しつけだと、専門家は言う。
散歩の工夫もいるだろう。
例えば、電柱など地図の書き込みがたくさんされているところに
飼い犬を近づけて、臭いを嗅がさないようにすることが大事だ。
イヌに散歩をさせられている風ではなく、
飼い主が散歩をさせているのだから、
人間がイヌをコントロールしたいものだ。
イヌの尿は植物を枯らしたり、悪臭がたつので、
例えば、アメリカなどの広い芝生の敷地の所有者は、
イヌが芝生の上に排尿するのをひどく嫌う。
場合によっては、イヌを去勢してまで防ごうとすると聞く。
イギリスは電柱はないし、人様の玄関や芝生でもさせないようにする。
ちょっと日本の飼い主はイヌのしつけがゆるいのではないか。
子供のしつけもゆるいように・・・。
・・・・・・・
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November 24, 2007 10:48 PM | コメント (12) | トラックバック (0)
2007年11月23日
ミシュランなんて関係ねえよ:
昨日の記事で東大寺の余韻を引きずっていたら、
今日、比叡山で千日回峰の荒行を達成した僧の記事にたどり着いた。
この僧侶は「生き葬式」と呼ばれる命がけの荒行である、
断食、断水、不眠、不臥のまま、9日間お堂にこもる
「堂入り」を達成したばかりという。
満願したのは、星野圓道さん(32)。
15歳で比叡山・明王堂で出家得度し、17年にして、
生き仏、当行満阿闍梨(とうぎょうまんあじゃり)の尊称を授かった。
日常ではパソコンもするし、漫画も読む。
テレビは山暮らしに天候情報は欠かせないからそれを見る程度。
星野さんは、ごく普通を強調しつつ、他方で超人的な修行をした。
この修行なしのごく普通では、絶対にここまで到達しない。
当たり前だが、凡人と決定的に違うこの点を強調しておきたい。
精神が完全に身体をコントロールしたからこその偉業だ。
睡眠も食欲もたぶん性欲もことごとく自己のコントロール下に置ける。
比叡の厳しい峰や谷を駆け回る足腰も、ひどいカルシウム不足で
ぎりぎり耐えているのだろうけど、これらの凄さは、
神業でどこからか、生きる栄養素を湧かせていると考えられないか。
ところで・・・

山形県の湯殿山に注連寺という山寺がある。
即身仏の鉄門海上人(写真:左目に注目)が、いわゆるミイラ状態で安置されている。
ありきたりの表現になってしまうけど、
人生に迷った時に訪れるにふさわしい場所だと私は思う。
実りの秋、バス停を降り、注連寺へ到る道をたどっていると、
左前方に稲穂の海が見え、おそらく日本でもっとも美しい地だと
言っても、過言ではないだろう。
注連寺の縁起に、創設は弘法大師とある。
この大師の再来とみなされる鉄門海上人は、25歳のある雨の日、
正義感が勇み足となって、庄内藩の武士二名を殺害した。
追われて逃げ込んだのが、この注連寺であった。
彼をかくまったのが、同寺の寛能和尚。
仙人沢とよばれる修行場で厳しい行に耐えた上人は、
後、様々な寺の再建に協力し、布教活動を行った。
上人が江戸に出たのが、文政4年(1821)。
当時の江戸は、眼病が猛威を振るっていた。
そこで、上人は、自らの左目をくりぬいて、それを
隅田川に投じて川の竜神に献上、眼病退散を祈願した。
この身体犠牲の逸話をもって、恵眼院鉄門海と呼ばれるようになった。
上人が入定したのが、8年後の文政12年だった。
入定とは、生きながらミイラ仏になることだ。
これを一世行人という。
人間の感覚・知覚、つまり六根を清浄にし、
肉食・妻帯せず、麦・キビなどの5穀、そば・ヒエ・芋など10穀を断ち、
木食行を自らに課し、自らの罪やけがれを取り除くだけでなく、
他人の苦しみを代わって受けるという荒行である。
ミシュランなどクソ食らえのお祭り騒ぎでしかない。
言ってみれば、生身の成仏であり、
日本人の精神力の最高峰であると私は思っている。
このような即身仏について注連寺の大黒に教えていただいた日を
よく覚えている。
あれから何回目の秋になるだろうか。
食べ放題、飲み放題、行列の出来る店、メタボリック症候群、食品偽装で儲け主義。
精神の至宝・鉄門海上人は、これらを何と見る?
・・・・・・・
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November 23, 2007 09:46 PM | コメント (22) | トラックバック (0)
2007年11月22日
ルー風に「鹿はミーのフレンド」:
去年の6月に記事「週刊新潮VS週刊文春」で、
両週刊誌の記事比較を取り上げたことがあった。
読者の中には明日からの連休をのんびり週刊誌でも読もうか、
と思っている人がいるかも・・・と考えて、
同じやり方でエントリーしてみようと、
11月29日号の二誌を読み比べてみた。
でも残念ながら、特集や記事はイマイチ。
そんな中、一つだけ強く印象に残ったのが、週刊新潮の巻末グラビアだ。
古都を旅する とっておき私の奈良
「鹿男あをによし」の万城目学さんが、東大寺講堂跡周辺を案内していた。
小説では、主人公の「おれ」に向かって、奈良公園のシカが、
鹿せんべい、そんなにうまいか
などとしゃべり出す、コメディタッチの小説だそうだ。
でも待ってくれよ、
鹿といえば、ボクが6年間学校生活で毎日会っていた友達だ。
奈良公園の鹿は言うまでもなく、春日大社や興福寺の
神の化生として扱われる「神鹿」(しんろく)だ。
ボクらの学校では特別に鹿についての授業はなかったけれど。

自然にボクらは、このニホンシカたちの姿から
「神々しさ」を感じ取っていた。
それほど、実にゆっくり、泰然とした姿は、
ほれぼれとするものだった、と覚えている。
(映画「クイーン」を見た時も、英王室が好む鹿狩が
なんとも我慢ならなかった)
日本人はロボットにさえ、愛称なり名前をつけるように、
ボクが記憶に残る友達に名前をつけなかったわけがない。
ただその名前も愛称といったものではなく、たとえば、
鹿麻呂、彩の鹿、鹿親王、舎人鹿
といった、都らしく典雅な名称を勝手につけたものだ。
それほど、鹿たちのことが「気高く」見えたものだった。
(写真:(財)奈良の鹿愛護会からお借りしました)
彼らは定番位置を崩さないから、毎朝、毎放課後、
決まった時間に決まった居場所にいることが多かった。
だから自然と面貌や姿を覚えてしまう。
むろん昼間や夕にエサを求めて移動するのだけど、
おおむね、定位置を大切に戻ってくると決めていたようだ。
やはり神は、あまり動き回ってはいけないということか。
だから、ボク自身のプロフィールで、
特技「奈良公園の鹿の顔を見分けること」と書いてはみても、
あまりたいしたワザではなく、
一種のシャレであって、顔見分けコンクールなどと自慢できるものではない。
毎日同じ通勤電車に乗ってくるサラリーマンの
顔を覚えている、といえば分かりやすいか。
鹿の日常的様子は、一口に言って、
人間には関心がない態度をとっているように
思えた。
エサをもらいに観光客に近づいて行く鹿のグループがいる一方で、
警戒心が強いグループは近寄りもしないで、「孤高」さを維持している。
鹿は1頭、ぽつんといることがけっこうあって、
グループといっても2~4頭ぐらいが一般的。
東大寺の境内などに侵入してくる鹿は、
境内の空間が狭いので別働隊同士が観光客の目には、
大きなグループだとして認識されているだけのことが多い。
660ヘクタールもある飛火野が銀世界になった時に駆ける、
斑点模様から冬仕度に衣替えした鹿たちが、
「神々しく」、神の化生に見えたことは忘れがたい。
エサをもらう鹿たちも、
イヌなどの愛玩動物が追従的な態度をとるのとはいささか違う。
たとえば観光客から鹿せんべい(米ぬか製の無味)を与えられると、
さっさとくわえて、彼らを無視して体を移動し、
さりげなく食べてしまう態度をみせる。
なぜこんなことをクドクド書くかと言うと、
鹿が人間に話かけるなど、いくらファンタジーの世界といえども、
鹿と友達だったボクには、
ちょっと信じられない設定に思えてしまうからだ。
鹿は基本的に孤独な動物である、というのが、
6年間付き合ってきたボクの感想だから。
ボクが中学1年の時に生まれたバンビは、
1年そこそこでりっぱな鹿に育ち、
高校を卒業をする頃には、満6歳の堂々たる雄姿を示すわけで、
それを見るだけで、「あ~、キミら成長したなあ」と
こちらを敬愛させるに十分な存在に思えてくる。
鹿の角は雄の象徴だ。
夏休みの間に、鹿の角は大きくなっていることに気づく。
二学期が始まり、すっかりたくましくなった鹿を見るのは
楽しみの一つでもあった。
重要文化財指定の校門を鹿がのしのしとくぐってくることもあった。
また雌鹿数頭を引き連れて、ゆったりと歩く雄鹿も見かけるようになる。
しかし、概して雄鹿はあまり徒党を組まず、
とりわけ発情期になると、単独行動をとる。
あるいは、すでに見つけた雌鹿を守る様子で群れを仕切ることになる。
角を誇る雄鹿は、やがて10月恒例の「鹿の角切り」を終えると、
力の象徴を奪われたからだろうか、ちょっと消沈したように見えるので面白い。
鹿は鳴く。雄も雌も小鹿も鳴く。
小鹿を呼ぶ母鹿の声は、「キー」と叫ぶ人間の幼児の甲高い声に似ている。
奈良公園の鹿を見たら、よろしく伝えてほしい。
あの中にボクが少年時代に見た鹿の子孫たちがいるから。
そして、観光で奈良公園を訪れる人にくれぐれもお願いしたいことがある。
間違っても、彼らに向かって大声や奇声を発したり、
ケイタイカメラでフラッシュを向けたりしないで欲しい。
彼らの日常にお邪魔しているのは、人間の方なのだ。
November 22, 2007 11:32 PM | コメント (11) | トラックバック (0)
2007年11月20日
夫を使い捨てにした女:
異様な記者会見が東京・内幸町の帝国ホテルで行われてから、一週間。
この芸能史に残る記者会見のどんな点が、異様だったのか。
会場に報道陣200人が詰め掛けたというから、
方々の芸能ジャーナリズムで報告されているように、
1 ホテルの会場に金屏風を配置、その前で離婚カップルが記者会見
2 離婚カップルの妻側の弟二人が脇に並ぶ
3 妻がエルメスのスカーフで作ったノースリーブ姿
4 離婚に関するカップルの説明が矛盾だらけ
5 使い捨てされた夫が終始にこやか
こんなところだろうか。
この離婚カップルとは、言うまでもなく、
春風亭小朝師匠(52)と妻で元シンガー・ソングライターの泰葉さん(46)。
脇役としてサイドにいたのは、泰葉さんの弟の正蔵さんといっ平さんだった。
離婚の経緯自体は、さほど複雑ではないというか簡単だ。
(写真:14日付日刊スポーツ芸能欄から)
おさらいをしてみると、
結婚20年近くなって、落語師匠のおかみさんの泰葉さんは、
弟・正蔵さんの襲名披露のイベントで、
事業家魂が目覚め、「私だってやればできるじゃん」と、離婚を決意した。
つまり、弟二人も一人前になり、自分も独立、事業したい。
小朝師匠にかまってられない・・・というわけだ。
これが話の筋道であって、小朝師匠に落ち度はまったく見られない。
要するに泰葉さんの「手前勝手さ全開」が離婚の本質。
「皆さんには理解していただけないと思いますが、
小説になぞらえれば、離婚届がラブレター」
という小朝師匠の洒落た言い方に対して、泰葉さんは、
「女将さん業ができなくて。特に小朝師匠の女将さんをやるのは
並大抵ではない。私は江戸っ子気質。白黒つけたがる性質でして。
申し訳ないけど、仕事をやらしていただきたい、と申し上げてところ、
いいよと・・・」
なるほど、泰葉さんは「白黒つけた」かったと言っても、
「正しいか・間違っているか」「無罪か有罪か」のようには
決着できることではない。
「仕事をやらしていただきたい」という言葉は、
「女将さん業は仕事として認めてこなかった」ことを含むのがわかっていない。
「いいよ」という小朝師匠の返事を聞いたら、
「もうウザイよ」「勝手にしたら」と翻訳できると思わないで、
単純に自分に都合のよい解釈で受け取った。
小朝師匠は「分かりやすく言うと、夫婦から援助交際に変わったもんですよ」
と、男として最後の度量を見せても、泰葉さんは皆目この含みを理解していないので、
会社の役員も変わりなく、そのままとどまって、
落語会を手伝う。一所懸命サポートすることに変わりない」
と頓珍漢な答え方をした。
小朝師匠は泰葉さんの「いかがわしさ」を皮肉っているのに、
皆目通じていないわけだ。
夫を捨ててなお、この女性は「援助交際」を受けることを希望している。
あっぱれなあつかましさは、海老名家の得意技だ。
今後、どんな風に稼ぐのか、という質問に、泰葉さんは、
「早く自立してバンバン稼ぎたい。新しく立ち上げた会社で
脚本家の先生をサポートしたい。笑福亭鶴瓶師匠に「芸能界に復帰して、
音楽もやりなさい」と助言をいただいているので、音楽をどんな形でも
やりたいし、映画や舞台にも出演して三平の襲名プロデューサーとしても
頑張ります」
と、怖いものなしで、バリバリ企業家志望の泰葉さんは言ってしまったのだ。
これでは、「私の新しい恋人は脚本家の先生です」とバラしたようなものだ。
自分が「援助交際」されて、サポートしたい、でもあるまい。
つまり、脚本家を援助交際したいオヤジになりたいわけか。
小朝師匠はこの事務所のタニマチなら、実にややこしい。
鶴瓶師匠のけしかけには、小朝師匠への配慮もないし、
泰葉という人は、「躁のKYか」と冗談にも思ってしまう。
夫婦愛はあったのか、という質問に、泰葉さんは、
「そうですねえ、それがないから、こうなっちゃったのかな」
と、答えているが、この発言は小朝さんの心を痛く傷つけたようだ。
「今のも何気ないひと言だけど、どうだったのかな、と思います」
と小朝師匠はさり気なく、トガメをつかんだ。
離婚の気持ちをもう一度説明して、という質問には、
「海老名に戻り、16歳の頃、まだ父が生きていた、
夢や希望がいっぱいあったころに戻れると思うと、
わくわくする」
小朝師匠を尊敬する、小朝師匠と会えてよかった、心の財産です、
と言いつつ、その舌の根も乾かないうちに、
「小朝さんがいない世界」に戻れると思うと、わくわくする、
と言いたげに、躁状態となってしまった。
「大衆の反逆」の著者は、次のように大衆を非難している。
不まじめと「冗談」、これが大衆人の生の主調音なのである。
彼らが何かをやる場合は、「親の膝下にある子供」が
いたずらをするのと同じように、自分の行為は取り消すことが
できないのだという真剣さに欠けている。
「大衆人」を「泰葉」と置き換えれば分かりやすい。
金屏風の前での言動は単にうわべだけのことだ。
大衆批判の哲学者の言葉を借りれば、
「宙に浮いた虚構の生」を営む女性と言ってもよい。
金屏風は、伝統美。
伝統は、規律と厳しさの上になりたっている。
彼女の不まじめさとは決して両立しない世界だ。
それを背後に置いて、不まじめと矛盾を演じる姿を
茶の間に向けて生中継してしまった。
明らかに隠しているなあと感じるよ、と言ったのは、
この会見を聞いたフリーランスの記者だ。
彼は次のように言った。
「鉄のように強いローソクなんかあるものか。
ローソクはいつか火が消えるものと相場は決まっている。
あと一幕ありそうだ、笑劇か悲劇かは知らないけど・・・」
・・・・・・・
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November 20, 2007 11:28 PM | コメント (21) | トラックバック (0)
2007年11月19日
松井選手のツエ姿は偽装!:
余程うれしかったから、ついパフォーマンスが過ぎたのか。
しかし、人によっては、「彼」の言動はかなり違和感を覚えたに違いない。
うれしさの中に水を差すような言動だと思えないか。
ヤンキースの松井秀喜選手のことだ。
6月下旬から右ひざ痛に苦しんでいたが、日本時間の15日に
内視鏡手術を受けて、17日から病院でリハビリを開始した。
この初日のリハビリメニューを無事2時間こなして、
午後帰途につく前に、松井選手は路上で報道陣のインタビューに応じた。
ツエをついて姿を現した松井選手。
その姿を見た報道陣はかなり心配した。
右足をかばうように、体重をツエに預けて歩く様子は痛々しくもあった。
しかし、メニューの内容や現在の調子について取材に対応した後、
松井選手は、ツエをつかずに、すたすたと歩き出したのだ。
これには報道陣はびっくり。
えっ、ツエなしで、歩けるんだ?
というわけで、これは、松井選手による偽装ツエ演技だった。
なぜこんなことをしたのか。
彼は、次のように答えた
皆さんが来てくれたので、
サービスってつもりで、一応(ツエを)用意したんです。
彼によると、この演技が「サービス」だそうだ。
たぶん報道陣はおなじみの顔で親近感を感じて、
一種の「茶目っ気」でこの「たくらみ」を考えたのだろう。
またキズの治りが順調なため不安が消えて、心が弾んでいたのだろう。
サービスとは「話題」提供という意味だと私は解釈する。
しかし、これはやめた方がいいなあ~
だって、町を歩いてみればわかるはずじゃないか。
最近脳血栓や脳溢血の後遺症で悩む人たちが、
ツエをついて路上リハビリをしている姿を見かけることが多くなった。

そう言えば、松井選手が尊敬する長嶋茂雄さんだって、ツエを手放せない。
オシム監督も脳梗塞のため快復が危ぶまれている最中だ。
オリックスの清原和博選手も阪神の金本知憲選手も
ひざ手術を受けてリハビリ中だ。。
スポーツに故障がつきものということでも、
ちょっと共感が欲しかった路上インタビューたったと言えるかも知れない。
(写真:ゴッホの作品「Patience Escalier With Walking Stick」)
・・・・・・・
昨年の昨日「「オンブズパン」の後藤さんにマジかよ?」
昨年の今日「石原都知事のヤリスギ」
昨年の明日「世界のゲリは治せるか?」
November 19, 2007 05:58 PM | コメント (21) | トラックバック (0)
2007年11月17日
そのうち専業主婦は絶滅するか:
専業主婦がどうにも社会で肩身の狭いポジションとなりつつある。
夫は外で働き、妻は家で家事や子育てをする、というパターンは崩れ、
幼児を他人に預けても働きに出るという形が一般的になってきている。
国はその時流を見て、配偶者控除をやめようかとまで言い出す始末。
今の主婦は、家にいるのでは、普通お金を生まないし、
また外の空気を吸いたいので、子供を預けるコストや
働きに出て行くことで生まれる身の回り費等のコストも
度外視して、とにかく外で働きたいようだ。
家事や子育ては確かに動く空間や関わる人間関係が狭く、
たとえ悪い労働環境のパートでも、家庭に拘束されないで
動けるその広がりはやはり魅力的なんだろ。
また自分の自由にできるお金を主婦は収入として得ることができる。
その額は夫をもしのぐ妻もいる・・・。
専業主婦の比率は、最近のデータでは、既婚女性の20%に
近づく数字となっており、赤ちゃんを育てている女性か、
年配の女性となっているようだ。
アメリカは下げ止まり傾向にあって20%ぐらいか。
専業主婦をちょっと分類してみよう。
6タイプに分けられると思う。
1 専業主婦を快適にやっている人。
2 かつて働いていて結婚後専業主婦になった人。
3 ほとんど働いた経験はなく結婚、専業主婦になった人。
4 仕事がみつからず、嫌々ながら専業主婦をやっている人。
5 かつて働き、結婚で専業主婦、子供の手が離れて再就職した人。
6 結婚しても子育てしながら仕事を続ける人。
以上のタイプは重複するものがある。
例えば、1の人は、かつて一度は仕事をもった人だけど、
結婚して快適に専業主婦をやり続けている人や
3の人のように初めから専業主婦をやっている人を含む。
元歌手の山口百恵さんは、1と2だろう。
元歌手後専業主婦・兼業・離婚復帰歌手の森昌子さんは、
5だろうが、1や4ではなかった。
5のケースでは歌手の堀ちえみさんで、これに離婚暦がプラスされる。
歌手の松田聖子さんは、6だろう。
和田アキ子さんは、子育てないけど、6の類型だ。
このように見ると、歌手でも様々なタイプがあるようだ。
ところで、これは私の持論だけど、
専業主婦をきちんとできる人は、かなり高いレベルの仕事を
こなせる人が多いように思う。
この考えは、家事にしろビジネスにしろ、
マネジメント力の基本は同じであることが前提になっている。
アメリカのある極めて有能な女性弁護士が、
高収入である弁護士の仕事をやめ、専業主婦ママになったという。
彼女は、子育て、家事マネジメントが楽しく、
弁護士にそん色ないほどやりがいがあると言っていた。
つまり、日本で一般的に流通している、
専業主婦は、三食・昼寝付きの怠惰なポジションにいる
という認識は間違いであると彼女は証明してくれていると思う。
子育ては、ステキな母親(むろん父親も)の仕事で、
独占できるのも可能な仕事だ。
料理や洗濯もその技術に雲泥の差があるし、
自分の働き場の台所やリビングなどを自分の城にすることもでき、
夫や子供を自分の理念で変えていくこともできる。
有能なビジネスウーマンは、
家事・子育てを科学的にマネジメントするのだろうか。
いわば、主婦業は一種の「エンタプライズ」だと考えれば、
元弁護士主婦の充実感の出所がよく理解できる。
では、逆のケースはどうだろうか。
専業主婦をちゃらんぽらんにしか出来なかった人が、
外へ働きに出かけて、よい仕事をできるだろうか。
私が周囲を見た限り、この反比例は成立しているようだ。
有能な専業主婦が家事関連の仕事
(お掃除ビジネス、調理、保母・介護など)をする場合、
てきぱきと仕事をこなせるケースは多いだろう。
実際、スーパーやデパートや飲食関係は、主婦を即戦力とみなしている。
仕事を1から10まで説明する必要はないし、有能な主婦は
期待に見合った働きを見せる。
昨日スーパーで、女性客が
「シチューを作りたいのだけど、どのジャガイモがいいの?」
という質問を若いアルバイト販売員に聞いていたが、
答えは得られなかった。
ところが主婦のパートさんになると、明解に、
「今は一口サイズのメイクイーンが出ていて便利です。
煮くずれしませんからネ」
と答えていた。
質問をした女性客が、実は、キャリアウーマンっぽい主婦で、
それに答えたのがパートのおばちゃん主婦だから、
このコントラストが見事に見えるし、話がややこしい。
専業主婦にとどまるにしろ、外に働きにでるにしろ、
専業主婦業から派生する能力・資質はもっと高く評価されるべきだろう。
高く評価する社会になれば、
有能な主婦パートは一種の技能者として認めてあげられると思う。
技術も弱く経験も浅い若いアルバイトと熟練主婦が同じ時間給では、
この貴重な生活技術を無視していると言えよう。
でも・・・やっぱり外で働くのが楽しいのかな~。
・・・・・・・
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「いっぺん結婚してみよっか」
「気苦労耐えぬ母の手」
November 17, 2007 10:52 PM | コメント (16) | トラックバック (0)
2007年11月16日
私の人生はもう戻らない:
「ワインが無実を知っている」から続く。
「名張毒ブドウ酒事件」を理解する最大のポイントは、
疑わしきは被告人の利益に
という刑事裁判の大原則に対して、国の裁きが反しているということだ。
正確に言うと、一審の津地裁判決はこの大原則に従い、
控訴審の名古屋高裁および上告の最高裁がこれに反している。
その理由は、前回の記事で述べたように、
一審の津地裁が「無罪」判決を下したにもかかわらず、
二審の名古屋高裁が「有罪」判決を下したことだ。
一度は「無罪」と出た以上たとえ二度目の裁判で「有罪」となっても、
完全な「有罪」とみなすことはとても無理が残るから、
「疑わしさは被告人の利益に」の大原則を適用するべきだと思う。
それにしても名古屋高裁の判断は無茶苦茶だった。
通常は、検察側から新しい証拠が提出されて、
「無罪」から「有罪」に覆るのだけど、
死刑囚・奥西勝さん(81)の場合、新しい証拠もないまま、
判断が変わっただけというものだった。

つまり、
津地裁は、王冠のキズは奥西さんの歯形とは断定できない、としたのに対して、
名古屋高裁は、歯形と一致する、と判断。
(写真:王冠の歯形鑑定は右写真を左写真に一致するように
顕微鏡の倍率操作をされたもの。不正鑑定だったと、後に判明!)
津地裁は、毒物混入の機会は他の人にもあった、としたのに対して、
名古屋高裁は、この機会は奥西さんしかない、と判断。
そして津地裁は、奥西さんの自白は信用できず、
三角関係の動機も採用しなかったのに対して、
名古屋高裁は、まったく逆で自白を信用し、
動機を採用する判断を下した。
つまり同じ証拠であっても死刑の判決にくつがえってしまった。
1972年に上告を棄却され、死刑が確定。
その後、2002年まで7回にわたって再審請求がなされてきたが、
いずれも請求を棄却された。
言うまでもなく、再審請求の間は、少なくとも奥西勝さんに死刑執行はない、
という経験則はあるけれど、それではすまないだろう。
81歳の高齢にして、日々死刑執行におびえる彼の胸中を察するに余りある。
もうすぐ、私たち一般市民が刑事裁判で裁く裁判員制度が始ろうとしている。
まともに考えたら、夜も寝られないほどの重大な責任の伴う仕事なのに、
こんな「笑顔」でいられるはずもない。
無理だとは思うが、まず一番に手がけてほしい裁判は、
袴田事件や名張毒ブドウ酒事件などの「冤罪」事件だろう。
ここで袴田さんや奥西さんらに再審で無罪の判断を下されなければ、
とても日本の国民として安心して暮らしていけないじゃないか。
彼らの老いと精神状態は、もはや「待ったなし」のところまで来ている。
国は大変な誤りを犯してくれたお陰で、
46年前の犯人はどこかへ消えてしまった。
・・・・・・・
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「裁判員制度は成功するのか?」
「ホリエモンのイメージ戦術」
November 16, 2007 10:45 PM | コメント (5) | トラックバック (0)
2007年11月15日
ワインが無実を知っている:
今年もボジョレー・ヌーヴォーの季節が来た。
今日11月15日が解禁日、11月第3木曜日に当たる。
今年は「ボジョレー・ヴィラージュ・ヌーヴォー」かな、
などと考えている人もいるに違いない。
しかし、私はブドウ酒と聞くと、
やはり「名張毒ブドウ酒事件」を思い出す。
今もなお、「冤罪」のままだからだ。
去年の11月、次の二本の記事で、
元プロボクサー・袴田巌死刑囚(71)の「冤罪」問題を取り上げた。
死刑が確定している「冤罪」は日本にはまだいくつかあるが、
今日は「名張毒ブドウ酒事件」を取り上げてみたい。
巨人軍の川上哲治監督が就任一年目に、日本シリーズ優勝を果たした
1961年(昭和36)の3月28日の夜、
三重県名張市の葛尾地区(写真)において、事件が起きた。
ここの公民館で、地元民の生活改善クラブ「三奈の会」の総会が開かれた。
出席者は30名ほどの男女。
男は清酒で、女はブドウ酒(三線ポートワイン)で乾杯した。
そのすぐ後、ブドウ酒を飲んだ女たちが苦しみだした。
総会は大混乱、医者が呼ばれたが、結局5名が死亡、
なんとか12名が命をとりとめた。
死因は、毒物混入。
有機リン系農薬のテップ剤とみられた。
捜査本部は当初、ワイン製造過程でこの毒物が混入した可能性を考えたが、
テップ剤の特性として、短期で毒性が消えること、
また問題のブドウ酒を購入した店に残っていた
同じ商品44本に異常が見られなかったため、
人為的に毒物を混入させたものという線で、捜査を続けた。

総会関係者が連日の取調べを受けた。
で、容疑者として浮かび上がったのが、奥西勝さん(当時34歳、現在80歳)。
彼は会場まで問題のブドウ酒を運んでいたからだ。
(写真:法廷の奥西さん)
状況証拠として、奥西さんには不利なことに、
死亡した女5名の中に、妻と愛人が含まれていたからだ。
捜査本部は、
三角関係の清算
ということで、殺害動機を確定させた。
たいていの「冤罪事件」で見られるように、
被疑者は取調べの過酷さに負けて、「自白」してしまう。
奥西さんも罪を認めてしまった。
そして、起訴直前に否認、むろん公判中も奥西さんは否認し続けた。
まとめると、検察側の起訴事実は三点ある。
動機:三角関係の清算
準備:総会前夜、自宅にあった農薬・ニッカリンTを
竹筒に移し入れた
犯行:公民館に運ぶさい一人になった10分間に、
ブドウ酒の王冠を歯で噛み開け、竹筒内の農薬を混入
第一審の津地裁での判決は、無罪であった。
・王冠に残った傷は奥西さんの歯型と断定できない
・毒物混入は他の人にもできた
・奥西さんの自白は信用できず、犯行動機も納得できない
津地裁の裁判官は、「疑わしきは被告人の利益に従う」という
当然の原則に従ったわけだ。
検察はただちに控訴した。
こうした検察による控訴が私には理解できない。
どうにも不合理だと思う。
説明してみよう。
刑事裁判で、被告が一審で負けた場合、
控訴、上告という三審制を利用するのは、
非常に合理的だと思うし、民主的だ。
しかし、検察側が一審で敗れた場合、
控訴することには問題があるのではないか。
その最大の理由は、一審で被告が無罪になったにもかかわらず、
控訴してもう一度裁判をするということは、
「疑わしきは被告人の利益に」あるいは「推定無罪」の原則に反するからだ。
何より、一審で被告は「無罪」を勝ち得ているではないか。
一審で無罪を勝ち取り、二審の控訴審で「有罪」となっても、
これは「疑わしい」というレベルを超えないからで、
「無罪=白」「有罪=黒」は「疑わしい=灰色」となるからだ。
一審で「有罪」となった被告が控訴して「無罪」になった場合なら、
「疑わしきは被告の利益に」の原則は成立する。
なぜなら、「有罪=黒」「無罪=白」はやはり少なくとも「疑わしい=灰色」で
「疑わしきは被告人の利益」の原則に従えるからだ。
それゆえ、私は、一審で有罪を取れなかった検察の控訴は、
三審制の違憲性にまで発展するのでは?
とまで思っている。
話を戻そう。
結局、奥西さんが勝ち取った一審の無罪は控訴審で覆されてしまった。
しかも、判決は「死刑」であった。
一審がくつがえる場合、通常は新証拠が要る。
だが、二審の名古屋高裁は、新証拠がないにもかかわらず死刑判決を下した。
少し詳しく事件を見ていこう。
(つづく)
・・・・・・・
去年の一昨日「万年筆が泣いている」
去年の昨日「ニッポン家庭の定番?」
去年の今日「黒田ご夫婦の「結婚式」」
November 15, 2007 08:21 PM | コメント (5) | トラックバック (0)
2007年11月13日
ボクが妻にしたくなかった女は?:
ガールフレンド、恋人、さらに婚約段階で、
30代の男性が、
何か、違うよな。コレって・・・
と感じて、相手の女性の具体的な言動に触れて、
離れる決断をしてしまうことが多い。
30代という年齢から見て、人生経験を重ねており、
いろいろ話を拾ってみると、
観察が鋭いというか、ある具体的な言動を敷衍すると、
これからの人生、この調子でやられたら、
まいっちゃうなあ・・・
というケースが多いことに気づく。
【ケース1】
恋人の部屋を訪れた。
お茶を入れるのを手伝ってあげようと、ティーポットのフタを開けたら、
カビだらけの状態だった。
これは、まあ聞いたことがあるようなよくある話。
しかし、洗おうとしたら、「やだ、汚い」と言って、
ポットごと捨てると言うのにはびっくりした。
「こんなの洗えば済むだけの話じゃないか」
と彼は先行き非常に「不安」に感じた。
暗雲たちこめた気分で「第一、ここまで放っておくか!」
それにお茶はペットボトルで買うものと思っているのがイヤだった。
考えて見れば他にもこのテの話があった。
彼女を家に呼んだ時、白いハーフコートを着てきた。
妹がハンガーにかけてあげた時、
「襟の辺りがアカの首輪だったよ」と言っていたっけ。
【ケース2】
「コレクションおたく」というのだろうか。
彼女のマンションはお風呂場がトイレと一緒になっている。
初めてトイレに入ってびっくり。
棚から、窓の下から足元に至るまで、
リンス、シャンプーがずらっと並んでいた。
ところが、どれも使いさしの中途半端、
まるでドラックストア状態で、明らかなジャケ買いだ。
80本ぐらいはあったと思う。
シャンプーは1本ずつ使い切るものだと思っていたから、
この生活感覚は結婚の判断にかなり重視した。
しかし、このジャケ買い癖はいろいろなところでも出ていて、
自分の感覚とかなり隔たりがあると感じた。
ちょうどその頃、転勤の辞令があって、
しばらく遠距離デートもしたけど、このジャケ買いがたたった。
やっぱり新幹線代で財布に無理が来て、だんだん疎遠になって行ったというわけ。
【ケース3】
彼女(恋人)はレストランやカフェで注文をした後、
必ずと言っていいほど、「あなたのがいいなあ」と言って、
こちらが注文したメニューと交換してくれと言う。
ある日、遊園地でアイスクリームを買ってくる時、
「何がいい?」と聞いてあげると、「何でもいいわ」と返事。
自分用にチョコ、彼女にはストロベリーを買って戻ってきたら、
「私、チョコの方が欲しかったんだ」とぬかした!
たぶん甘えているんだろうけど、こちらの気持ちは離れてしまった。
このタイプが可愛いと思える男と付き合えよ。
【ケース4】
彼女の部屋で食事をした。
冬だったので、ホームコタツだ。
お手製のカレーだと言うので、
「なかなかやるなあ」と期待したけど、
出てきたのを見て、食欲は減退した。
イタリアの何とかのメーカーの食器で、
グリーン色やオレンジ色のガラス皿に、カレーが盛ってある。
ちょっと想像してほしいが、異様なコントラストだ。
それにトマトサラダは益子焼というのかな、土臭いやつ。
そしてスタバのマグカップでは、かなり変だった。
結婚生活って長いから、センスがあまりにも違い過ぎると耐えられない。
【ケース5】
お見合いで付き合っていた。
そろそろ決めていいかな~と思っていた時、
二人で街を歩いていたら、たまたまベビーを連れた若い夫婦とすれ違った。
「来年の今頃、私たち、あんな風になってますね」
この催促がましい一言は、かなり効いた。
また自信というか、そういうものを感じて、
反発がいきなり出てきてしまった。
「出来ちゃった婚」的になだれ込まれる可能性もあった。
それからもお見合いは続けたが、
自分勝手というか、先走る人って多い。
例えば、「転勤したら、社宅ありますか」はただの質問だけど、
気をつけた方がよいと思う。
【ケース6】
婚約者だった彼女のおうちに金曜日に電話をかけたら、
母親が出てきて、
「あら、知らなかったの? あの子、いとこの○○君とスキーに泊りがけで出かけたのよ。
独身最後、ゆっくり遊ばせてやって下さいよ。
主婦になったら、スキーに行けないでしょうから」
開いた口がふさがらないというのはこのことか。
親が親なら、彼女も彼女だ、何を考えているんだ!
というわけで、一気に婚約解消へ。
家族はみんな呆れて、解消の決断に賛成してくれた。
【ケース7】
婚約者の彼女、一流国立大出の父と兄がいる。
ぱっとしない大学を出ているのは自分でもわかっているけど、
いずれ出てくるなあ、と思っていたら、こちらにチクチク言い出した。
「あなたと結婚したら我が家の伝統が消滅するって
父が残念がっていたわ。うちは代々旧帝大出たったのにって」
「旧帝大」って言い方は、茶の間で毎日出ているみたいで怖い。
こちらを奮起させようと、いうつもりだったかもと思ったりもしたが、
ああ、やな家庭だなあ、と思うと、鬱陶しくなってしまった。
もうだめだなあ、気持ちがしぼんじゃった。
向こうの家は資格を持っていないから、
かなり悔しいので、難しい資格試験に挑戦して見返したい。
今は、結婚よりそちらに興味がある。
――7証言を拾ってみたが、総じて言えるのは、
恋人や婚約の道を歩いているにもかかわらず、
何かがあると、壊れてしまうような関係であることだ。
自分でも気づかないうちに、落ちてしまうものを双方が作ってしまって
いるのかも知れない。
そうなってくると、少し冷静になって、
上のような事例で結婚するのを中止していたら、
だんだん可能性が狭まり、結局相手が見つからないだけでなく、
相手を見つけようという意欲までそがれがちだと思う。
悪循環だ。
それとも、このぐらいで、まあいいか!
と、ある程度妥協して結婚へ踏み出すべきか。
しかし、「やっぱりあの時、やめておいたらなあ」と
後悔することもあるから、判断が難しい。
若さで突っ走れる歳でもないし、
重い責任の仕事も多くなる30代の決め時は、
結局、自分の目に頼るしかないのか。
November 13, 2007 11:21 PM | コメント (25) | トラックバック (0)
2007年11月12日
大変だぁ、独身男が増殖中:
30代の男性の約半数が独身だという。
「ほんまかいな~」と思うビックリニュースだ。
「世界―小さい新聞」でも、10月末に結婚関連トピックを立てたことがある。
この時は、女性からのアングルで結婚相手について考えてみた。
読者の皆様からも予想を上回る多くのコメントを戴いて、
結婚への関心の高さを実感できた。
そこで今日は、男性側からの結婚観について考えてみたい。
女性にはむろん、男性にも、
結婚は、人生の重要な「エンタープライズ」の一つと言える。
できれば、一回で人生を飾りたい。
人生の伴侶をいかに見つけるかには、
自分の理想を踏まえた上で、
見つける人の性格や履歴や望みが写し出されるもの。
それが一致して結婚を続けると、
やがて「似たもの夫婦」と言われるように、
周囲から見て「なるほどねえ~」と腑に落ちる夫婦が
出来上がっていくわけだ。
しかし、これはあくまで理想なのだろう。
現実は、様々な原因や理由で厳しい選択となってしまっている。
先ほども述べたように、なにしろ30代の男性の半分は独身。
女性と結婚をする気もなくなんとなくそのまま来てしまった。
独身でいられるのは、昔の状況と異なって、
独身でいてもたいして困らない環境が、
なまじ整ってしまっていると言えないか。
例えば、昔は結婚をすれば、家事は妻にしてもらえるのが定番だった。
ところが今は、別に独身であっても、掃除・洗濯・料理なども
ハイテク家電やスーパーの惣菜で、とりあえず間に合い、
家事の点であえて結婚に踏み切る必要はなくなった。
そして「孤食」にも慣れているし、余暇的なものも、
多彩な趣味志向で解決できてしまう。
性的なことも、コンビニ化しており、なんとかなっているようだ(笑)。
しかし、思うに、たいていの男性は、
一度や二度は結婚をしてみようかな、と考えたものの、
いろいろな理由でできなかった、したくはなかった、
という事情を経験しているのではないか。
私の場合、結婚は20代でそれも通常より早目だったと言えるだろう。
結婚をしようと思ったのは、簡単に言えば「二人三脚」を期待したからだ。
私という「個」と相手の「個」が共同生活をすれば、
人生に新しいものが生まれるという、ポジティブな期待だ。
私には期待があって、それを実現したかったのだけど、
この期待は、あながち条件的でなくて、
むしろ同じ方向を向いて歩けるかどうかへの期待に近い。
そして相手が受け入れたから結婚できた。
しかし、ガールフレンド、恋人、さらに婚約段階で、
何か、違うよな。コレって・・・
と、もう一度考えて、別れを選ぶ人もいる。
幾人か30代の独身男性に話を聞いてみると、
相手の女性の具体的な言動によって妨げられていることが
けっこう生きた事例として拾えた。
明日は、いくつか具体的な「証言」を書き込みたい。
(つづく)
・・・・・・・
コメント更新情報
「小沢さん、試しちゃったみたい」柳野健さん
「美恵子のシラバックレ不倫」三浦さん
「ダルビッシュには通じないオレ流」稚内さん
「舛添要一は安倍山の土になる!」ばかじゃねさん
「最期の言葉です。」sinさん他
November 12, 2007 11:06 PM | コメント (26) | トラックバック (0)
2007年11月11日
奥田瑛二的映画館の守り方:
やはり人間はパトスだ、と言ってよい。
パトスは「哀愁」でも「情念」でもどちらに訳してもかまわない。
いずれも人間が生きる方向づけをする基礎になっているようだ。
俳優・映画監督の奥田瑛二さん(57)が、
「風の外側」という山口県下関を舞台にした映画を撮った。
主演は奥田さんの二女・安藤サクラさん(21)で、
オペラ歌手を目指す高校生の彼女と、在日朝鮮人のラブストーリーだ。
奥田さんは、この映画を「海峡を吹く風の映画」と称する。
海峡とは言うまでもなく、下関と韓国釜山間の海峡。
フェリー乗り場から海を見れば、やはり「哀愁」「情念」が湧くのだろう。
奥田さんが下関ロケをしたのが8月。
そして10月末に2つのスクリーンを持つ地元下関スカラ座が
閉館することになった。
これでは、せっかく撮った「風の外側」を上映できない。
奥田さんは3ヶ月前に閉館の話を聞いていた。
おいおい、ちょっと待ってくれよ
と思ったという。
待たせてくれた分だけこれからが楽しみな監督であり、
映画をこよなく愛する奥田さんの心にどんなパトスが生まれたのかは、
想像に難くない。
東京代々木公園で、3ヶ月のホームレス生活を
送ったこともある言われる「変わり者」でもある。
またここ数年義母の看病に献身したやさしさが
俳優として幅広い役をこなす「こやし」となっており、
また様々な経験を踏まえて、海外で絶賛される作品を残したのも、
人生のパトスをつかんでいるからだろう。
海峡を吹く風の映画を撮ったわけですから、
海峡の風をまさに受けている下関の映画館がなくなるということは、
自分として考えても納得がいかなかったのです。
9月28日の記者会見で奥田さんはそう述べた。
監督が作品だけではなく、箱の映画館を守らねばならない時代が来ている。
これは俳優にも共通して言えることだと思う。
下関スカラ座は、新しい支配人として奥田さんが務め、
「下関スカラ座 シアターゼロ」として昨日11月10日に再出発した。
この日は、全国に先駆け「風の外側」でこけら落とし。
10時15分開館、奥田さんの妻でエッセイシストの安藤和津さん(59)、
主役の新人俳優・佐々木崇雄(27)が満員となる180名ほどの
観客を笑顔と暖かい拍手で迎えた。
「映画館を残してくれてありがとう」と言われ、
涙が出そうになった。
と、奥田さんは、インタビューに答えている(日刊スポーツ紙)。
同館が満席となったのは、地元出身の佐々部清監督が、
やはり下関を舞台にした「チルソクの夏」(2003年)を
上映して以来だという。
チルソクとは韓国語で「七夕」。
織姫と彦星の悲恋の連想である。
「チルソクの夏」にしろ、「風の外側」にしろ、
海峡を挟んだ、日韓のパトスを描いているわけで、
映画館はそうしたパトスを発する場所としての役割もある。
むろん日韓関連映画だけでなく、奥田さんは
今後も、上映機会が恵まれない若手や
名画をかけていきたい。
と、映画への情熱を示していた。
ほんとにそう思う。
DVDや無料でダウンロードできる映画もいいけれど、
実際に映画館へ足を運んで、大きなスクリーンで、
館内の客のため息・笑い・涙を共有しながら見るのがステキだ。
映画は、できるだけ映画館で見るものだと思う。
映画館でお金を払って映画を見ないと、映画館は潰れる。
当たり前のこの「因果の法則」に立ち戻って、考えたい。
