2007年09月30日
沖縄が激怒島と化した!:
沖縄の人たちが激怒している。
また一つの重大な歴史事実を文科省が消したからだ。
敗戦間際の沖縄戦で、日本軍が住民に
「集団自決」を強要したという明白な事実があるにもかかわらず、
文科省は、教科書検定で、この事実を削除した。
沖縄の人たちと同様に、私も猛烈に腹を立てている。
そもそも民間人は「自決」などする必要もなかった。
日本軍が勝ち目のない戦さをして、
民間人を巻き添えにしただけの話だ。
「ハーグ陸戦条約」(1907年)
この条約の条項によって、欧米諸国は、
捕虜は恥辱ではなく、名誉ある身分であることを
権利義務の法理で確定させていたはず。
(写真:沖縄戦の米国切手)
日本軍は立派だった。
日露戦争および第一次大戦では、
捕虜を優遇したので、世界中から尊敬されたからだ。
日本軍内でも、捕虜は基本的に恥ではなかった。
まだ戦力が残っている時に捕虜になるのは、恥になるが、
絶望的状況下、捕虜になるのは恥ではなかった。
一人で居るときに、ロシア軍に捕縛されて、
後に帰国して、なんの咎めを受けず、元の任務に復帰した例がある。
千島探検で有名な郡司海軍大尉のケースだ。
陸上の戦いでは、最後の一兵になっても戦えば、
大きな名誉になるのは、欧米でも日本でも同じで、
その勇気が称えられる。
しかし、絶望的状況で抵抗が無意味となった場合、
欧米でも、日本(ある時期までだが)でも「降伏」は許された。
ある時期とはどの時期か、というと、昭和7年の第一次上海事変からだ。
空閑昇という少佐がこの事変で勇敢に戦ったにもかかわらず、
負傷して意識をなくし中国軍の捕虜となった。
事変後、送還された少佐に咎めはなかったのに、
いろいろ経緯があって、結局、少佐は自決した。
この壮絶な行為は、軍靴が響く暗い時代に、絶賛を浴びた。
捕虜になることは恥である、
捕虜にはなるべきではない、
という風潮が日本を覆い始めた。
今の言葉で言えば、KY(空気を読め)である。
「捕虜にならないように」KYしなければならなかった。
すでに、日本軍は制度疲労を起こし、ドグマチックな精神主義がはびこり、
このままでは、内部崩壊の危機がいずれくるという恐れから、
いつしか、KYにもとづく「捕虜禁止」のドグマで
日本を引き締めるように動き出したのだ。
敗戦まぎわの沖縄の人たちに、日本軍はこの教義を強要した。
しかし、まともに考えてみれば、不思議なことだ。
8月15日、日本軍は無条件降伏した。
いわば、「捕虜」同然の国に成り下がったわけだ。
沖縄戦のルールで行けば、日本軍は国民に自決を求め、
みずからも自決すべきだろう。
(写真:1945年6月、米軍の医療サービスを
受けるために並ぶ沖縄の子供たち)
しかし、そうはならなかった。
「捕虜になってはいけない」という空気が、いつしか、
「みんなで捕虜になろうよ」という空気に変わってしまったからだ。
「捕虜」になったからこそ、今の日本の繁栄が生まれた。
あの沖縄戦のとき、みんなで集団自決をせず捕虜になっていれば、
犠牲者は戦後を生き、生の喜びを享受できたはず。
それを潰えさせたのが日本軍人ではないか。
日本軍が一般国民を集団自決に導いたことこそが恥だ。
その恥の上塗りとして、文科省が歴史の事実を歪曲した。
沖縄の人々の怒りは、まさにここにあると理解できる。
霞ヶ関のアスファルトの下に、
沖縄と同じく焦土が埋もれていることを文科省の役人は、
(1)知らない
(2)忘れている
(3)とぼけている
(4)なかったことにしたい
のいずれかだろう。私は(4)に一票を投じたい。
September 30, 2007 04:40 PM | コメント (167) | トラックバック (0)
2007年09月29日
年収200万円と寄付200万円:
国税庁の調査で、昨年一年間に民間企業で働く
会社員やパートさんの年収がわかった。
1年を通じて働いた給与所得者数は、4485万人。
このうち、年収200万円以下の人は、1023万人。
つまり約22.8%の人がその年収グループ。
前年と比べて42万人増加して、1000万人を超えたのは
21年ぶりだという。
一方、年収が1000万円を超えた人は、224万人、
これは前年よりも9万5千人増えている。
格差が広がっているのは、生活感覚だけでなく、
数字でもはっきり証明されていることになる。
会社員が一年汗水流して働いて、年収200万円以下の現実がある。
しかし、この200万円という額を、
いちいちチェックできない額だと言った人がいる。
50%以上の支持を集め、支持派閥をほっとさせたと言われている福田首相だ。
彼が代表をつとめる支部が、03年と05年の衆院選の公示前後に、
地元群馬県の清掃業者から、合計200万の寄付を受けた。
そして、実はこの業者、国と清掃作業の契約を結んでいた。
公職選挙法という法律がある。
第199条 衆議院議員及び参議院議員の選挙に関しては
国又は日本郵政公社と、地方公共団体の議会の議員及び
長の選挙に関しては当該地方公共団体と、請負その他
特別の利益を伴う契約の当事者である者は、当該選挙に
関し、寄附をしてはならない。
つまり、今回の清掃業者のように、
国と請負契約を結んでいる当事者から
国政選挙に関して寄付を受けることを禁じているわけだ。
中高生に社会の授業で以上のような説明をしたら、
福田首相が代表のその支部、法律に違反してま~す。
と答えるに違いない。
社会科の教師もその答えに○をつけるはずだ。
ところが、福田首相は、寄付してくれる相手をいちいち
細かくチェックするのは不可能だという。
例によって、何でも相手のせいにする話術だ。
この弁解の瞬間が、福田首相の真骨頂と言えよう。
しかし、相手をチェックすることは、そんなに難しいことか。
「国から請負の仕事してますか?」と聞く。
これで、済む話。
なにしろ200万円、人が1年働いての年収だ。
いちいちチェックするほどの細かい額だとはとても言えないはずだ。
報道によると、事務所は次のように答えている。
「通常の寄付と認識していたが
(指摘を受けて)改めて確認したところ、
誤解を招く可能性がないわけではないことを
確認した。速やかに返金の手続きをしている」
どうやら、中高生が法律違反だと認識しているのに、
事務所と福田首相は、返金すれば済む問題だと居直る。
遵法意識もかなり低いことを露呈していた。
考えてみればいい。
業者が何の見返りも期待せず、200万円を持ってくるのか!
世間の常識を考えてみろ!
受け取る側も暗黙の了解をしているから、その200万円を受け取るのだ。
なくして、その200万を受け取れない。
この暗黙の了解を無視したら、相当あつかましい。
その清掃業者は国土交通省から、03年度と05年度に、
群馬県内の国道清掃業務をそれぞれ、
1億3千万円と1億4千万円で受注した。
200万円もあれば、
その清掃業者は零細労働者の厚生福利や資本充実に使えるだろう。
腰も高いが、プライドも高い福田首相、
お金をもらうときだけ、そのメッキのプライドをどこかに隠すのか。
お気持ちだけをいただきます。私にお気遣いなく、
その200万円は従業員のためにお使いください。
プライドとは、そう言える人にふさわしい言葉だ。
清掃業の現場はキツイ。
年収200万円以下の労働者が多く働いている。
彼らが額に汗して稼いだ利益を結局、自分が「ただ取り」したことを
どうやら、「マグロ首相」は微塵も気づいていないようだ。
やはりホンモノのプライドとは無縁の人だった。
September 29, 2007 04:52 PM | コメント (12) | トラックバック (0)
2007年09月27日
リンチ親方「可愛がってやれ」:
貴乃花親方の親子・兄弟の軋轢が
ワイドショーの話題を独り占めにしていた時だったか、
テレビ画面で、貴乃花親方が剣道の竹刀を手に、
若い弟子たちに気合を入れているシーンが映し出されていた。
親方は、弟子の一人の頭を竹刀で殴った。
私は、
これを弟子の親が見たら、居たたまれないだろう
と感じた。
相撲界では、稽古の際に、親方や兄弟子が
竹刀で弟子を叩くことは日常茶飯事になっている。
貴乃花親方がテレビ画面で見せたことは、
「当たり前」のシーンだと言える。
その頃、貴乃花部屋に力士が13名いたはずだが、今は7名。
山田クンも止めちゃったね。
理由はいろいろあるんだろうけど、
若い力士がこうした日常茶飯の仕打ちに嫌気がさした
ということも理由の一つになっているだろう。
だって、現実に部屋から逃げ出す子は珍しくない。
志なかばで相撲を廃業している若者の何割かが、
モノ扱いで、殴られることへの屈辱感に耐えられず、
やめていっているに違いない。
一方で、竹刀で「気合」を入れることについて、
根強く支持する人たちは、
これぐらいのことで、弱音を吐いていては、
とても厳しい相撲の世界では生き残れない、
と精神論で、正当化しようとする。
しかし、例えば、
ある新米力士を日ごろから気に入らない兄弟子が、
「気合」を入れると称して、イジメることはありそうだ。
行為の形だけでは、真の動機は本人以外、わからない。
相撲界は明らかに、前近代的な「階級性」で成り立っている。
まるで封建時代の女中に求めるような仕事を強いている。
下位の力士は上位力士の世話をしなければならない。
上位は下位を「アゴ」で使える。
風呂場で、自分の局部まで洗わせる上位がいる。
バカにするな!
と、屈辱で歯噛みする下位がいる。
上位がそういうことを下位の力士にできる歪んだ理屈は、
ならわし、伝統ということに尽きよう。
俺たちも、下位の時はそうしてきたんだ、
くやしければ、上にあがってこい、
しかし、たいていの力士は、さまざまな理由で、
上位の位置には届かず、廃業していく。
廃業した後の就職指導もほとんど整備されていない。
使い捨て
といえる。人をポイ捨てするのがこの社会だ。
私は、牛馬のように他人を打擲(ちょうちゃく)することは、
いかなる場合でも許されないと考えている。
親方、相撲界には、人様の大切な子供を預かっているという認識がない。
自分の子も同然という視点で考えられない集団だと言える。
・・・だから、事件が起きた。
時津風部屋の序ノ口力士、時太山さん(当時17歳)が、
兄弟子たちから、暴行を受けて、今年6月26日に死亡した。
(写真:時太山さんの勇姿(日刊スポーツから))
稽古がきびしいという理由からか、6月に3度部屋から抜け出した。
(補:お父さんのお話では、2度)
25日に兄弟子たちに連れ戻されたが、
「反省のない態度」とみた時津風親方(57)が激怒。
力士たちとの夕食の席で、ビール瓶で時太山の額を殴って負傷させた。
この時、親方が「可愛がってやれ!」とヤクザ言葉を使った。
「かわいがってやれ」というのは、
しごきや暴行を加えてやれという、共同正犯を意味するせりふだ。
当然、相撲でぱっとせず、欲求不満の日常生活を送る
下位クラスの力士のウサ晴らしに弾みがついた。
これで、親方公認のいじめになってしまったからだ。
時太山を稽古場の裏手に連れて行き、4人ほどで袋叩き。
もう誰も止める者などいない。
思う存分、やっちまえ!というわけで暴走した。
私はこれに似たシーンを思い出した。
そうだった、映画「力道山」にも、ひどいイジメシーンがあった。
これでは、戦前の野蛮なしごきと何ら変わっていない。
軍隊の内務班で恒常化された陰湿ないじめと同じだ。
この状況では時太山さんはおそらく
痛みに耐えかね、一睡もできなかったに違いない。
暴行を受けたこと、人格を攻撃されたこと、
夢を壊されたこと、両親への思い、
体の痛み、くやしさ、怒り、みじめさ・・・
翌朝は、7時半から朝げいこ。
しかし、彼は起きてこなかった。
当たり前じゃないか、起きられる体ではない。
それをいじめの快感に酔う兄弟子たちは、
「さぼり」と捉え、体もまだ出来ていない新米力士に、
午前11時10分から30分のきびしいぶつかり稽古を強要した。
ぶつかり稽古は、力のある関取衆でも10分もやればクタクタ、
それを30分も続けた。
そして兄弟子の一人が、この時なんと、金属バットを持ち出し、
彼の体を数箇所殴った。
ついに意識を失った彼は、部屋に寝かされることも手当てされることもなく、
通路にぼろくずのように1時間放置された。
すでに瀕死の重傷だったのだが、
ようやく気づいて、救急車が呼ばれ、
救急隊員が到着したときには、心肺停止状態だった。
その体は、暴行跡が歴然とした、全身傷だらけの
目をおおいたくなるむごさだったいう。
耳は裂かれ、肋骨も折れていた。
小学校3年生の妹は、兄のむごたらしい遺体を見て、
ケイレンを起こしたという。
時太山さんの夢は、リンチ親方のために潰(つい)えたけど、
相撲協会は、真剣に疲労した「制度」「しきたり」改革をすべきだ。
下位力士の福利厚生、給与体制、廃業後の進路指導、人生設計の手助け、
人権や人格に配慮した生活、さらに、密室性を廃した相撲部屋経営などの
きちんとしたスキームを作って、
早急に具体策を実施していくべきだろう。
いうまでもなく、時津風親方を、
相撲界から永久追放にするのが妥当だろう。
そして最後に私の提案を一つ。
是非、稽古場に監視カメラを設置してもらいたい。

(追加)2007-9-29 17:40
「平成以降の現役力士の死亡」リスト(日刊スポーツ本紙9月29日付より)
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「ここが限界、日本代表」
「ブラックバスは日本円が好き?」
「週刊現代とガチンコ相撲をしたら?」
「サッカー横綱の診断書」
「横綱、日本のウツは日本で治せ」
「横綱は内、朝青龍は外」新着意味アリコメントも届きました!(9-28 17:00)
September 27, 2007 07:38 PM | コメント (91) | トラックバック (0)
2007年09月26日
コレはニッポン男性の趣味か?:
今日の日刊スポーツの社会面は圧巻だった。
鹿児島県霧島市の自動車学校で、
男性指導員(31)が、20代の女性教習生と
路上教習中に性的関係を持ち、
規定教習をごまかして女性を卒業させた事件。
東京都小笠原村議&写真家(58)が、
訪れた34歳の団体職員の女性にワイセツ行為をして、
心的外傷後ストレス障害(PTSD)を負わせた事件。
そして東京都八王子市立中学校の副校長(49)。
飲酒後、終電に乗り遅れ、駅で26歳の女性会社員をナンパ、
居酒屋で酔わせて、下着を脱がせ、カメラ付ケイタイで撮影した事件。
このカメラ付ケイタイが初めて発売された時、
日本人を観察してきている人なら、たいてい、
このカメラで、ロクなことはしないだろうなあ、
と思ったことだろう。
最近、在日の欧米人からよく聞かれる質問に、
なぜ日本ではワイセツ事件が頻発しているのか
というのがある。
彼らの母国でもワイセツ事件は起こる。
しかし確かに、現代日本はちょっと異常に
ワイセツ関連のニュースが多すぎる。
数年前から振り返えってくると、つぎつぎに事件が思い出され、
彼らの「不思議の国・日本」の一つの不思議に挙げられるのも仕方ない。
裁判所、警察、学校、大学、スポーツ界、芸能界、行政、企業・・・。
あらゆる社会組織の構成員の一部が犯罪的淫行事件を起こしてきた。
どこを切っても同じ顔のパターンが現れる金太郎飴のように、
もはや日本の道徳低下の明白な指標となっている、と見られている。
04年1月だったか、サッカー界で有名な41歳の監督が、
お屠蘇気分が抜けない1月中旬に
「児童買春禁止法」違反で逮捕された事件をまだ私は覚えている。
この監督にとって、児童買春は常習だった。
試合会場からクルマで帰途、16歳の高校生と2万円で「交渉」を成立させ、
駐車場にとめた自分の車の中で淫行に及んだ。
この高校生は最初の約束の14万円を監督が
支払わなかったことに腹を立て、
交番に届け出、事件が発覚した。
都会の少女たちが常套手段にした「売春」を婉曲表現する
「援助交際」の実践の典型例だった。
12歳から19歳の19人の少女にわいせつ行為をした
神奈川県警の巡査部長に、2年前懲役20年の求刑がなされたこともあった。
ある最高裁職員はゲーム機で遊ぶ女子中学生のスカートの中を、
バッグで隠したカメラで隠し撮りをして捕まった。
そうだ、植草センセイの「手鏡」事件というのもあった。
女性の研修医にわいせつ行為をした医師は、
睡眠薬を利用するという卑劣なことをやってのけた。
教育委員会も教員のふしだら行為の事件の頻発にアタマを抱えている。
教師と生徒が学校内外で淫らな行為をする例は、
ティーン雑誌の記事や投稿欄で普通に報告されている。
全国公立学校で、児童・生徒にわいせつ行為をして、
05年のデータで、懲戒処分を受けた教職員は、124名。
そのうち免職処分を受けたのは86名。
前年より9名少ないが、数字の勢いは続いている。
教職員組合が強い自治体では、数字は非公開で、
「臭いものにはフタ」をしている。
テレビ番組では、朝から夜中まで、
いつでもピンク回路を刺激し、普通のドラマすら、
ハダカありのゆるゆるコードだ。
ネットでは、小学生でさえ、
簡単にワイセツ画像・映像が手に入れられる。
日本では、子供時代から、
ほとんどこうしたワイセツ情報にさらされている。
ケイタイ電話の出会い系サイトなどに、
児童がアクセスしやすくなり、
利用者の匿名性が淫行や児童買春行為へ発展させていると考えられる。
児童買春禁止法などいくつかの法律が、
道徳崩壊を防ぐように施行されているが、実効性は薄い。
「好奇心が旺盛な思春期の子が、
興味をもった対象に向かうのは無理もないね」
と高校教師で生活指導を担当する友人が言ったことがある。
電車内の中吊り広告にふと目をやると、
ビジネスマンが読む週刊誌や若者向けの漫画誌の広告は、
グラビアに挑発的な水着や下着は当たり前、
コードぎりぎりの裸像がラッシュアワーの男性を挑発している。
公共の乗り物にこのようなものを吊って走る国はないと思う。
しかしこれを規制したら、「表現の自由」を振りかざす。
欧米人が不思議に思う理由が実はここにある。
なぜ、もっと厳しく規制をしないのか?
このワイセツ好きはひょっとしたら、
彼らの生きがい的趣味と呼べないか。
さびしく生きているニッポン男性の「趣味」なのではないか。
ペット、釣り、天体観測、山歩き、靴みがき、植物採集、ボランティア、
映画、料理、掃除、エスペラント語など、まともな趣味に没頭できず、
関心がそこにいかない人が陥る「趣味」だと思う。
自分の周囲が切手収集をしていると、その環境に感化されて、
切手収集に興味を持つはず。
映画好きの友人に囲まれたり、映画館で育つと、
映画に興味を持つように、
ワイセツの環境にいると、染まり、
それを趣味としてしまうという「環境趣味説」を私は唱えている。
だから、ワイセツを「趣味」とする男性は、
なんでその趣味があかんねん
と反発を感じていることだろう。
例の植草センセイなどの主張には、すでにその正当化が見受けられる。
つまり犯罪への認識がなく、楽しんでいる趣味だから、
本人がその趣味に飽きない限り、止められないってことか。
関連記事
「欽ちゃん、野球拳から野球へ」
「植草先生の「セーラー服病」再発」
「売春婦たちの黒いクリスマス」
「サッカー選手はベンツ禁止だって?」
September 26, 2007 10:11 PM | コメント (16) | トラックバック (0)
2007年09月25日
もう指の運動は面倒くさい:
朝、コンピュータを起動する。
そしてバカげた指の運動を始めねばならない。
メーラーに次々とダウンロードされてくる「迷惑メール」の削除だ。
「迷惑メール」は俗に「スパム」と呼ばれている。
フィルタリングをしてあるが、
それでも、かなりのスパムを処理しなければならない。
指のエクササイズは面倒くさい。
正規メールに対してスパムの割合は、80%を超えている現状だというが、
スパムは日々増えていく勢いにある。
削除に要する時間は一日わずかでも、
それが積み重なって、一年となると、時間単位の損失になり、
迷惑を受けているネット利用者の数をかけると、
莫大な時間のロスに膨れ上がる。
まったく毎日毎日うんざりする。
儲けているのはスパム発信業者。
メールアドレスを1億件以上保有し、
毎日一社当たり、2億件のスパムを発信している。
返信率が0.0001以上でも儲けが出るといわれているから、
受け取る側の反応状況を考えてみれば、儲かっているのは明らか。
年齢によっては、メーラーに入ってきたスパムへの対処が
とても甘くなり、罠にひっかかりやすくなる。
高齢者はうっかりクリックが許されず、
本当に用心が大切だ。
映像で届くメールはとりわけ子供には危ない。
興味半分でクリックしては厄介だから。
最低限、メッセージはすべてテキスト形式で読み取るように、
設定を変えておかねばいけない。
私は何度かプロバイダーに苦情メールを送ったが、
返事さえできない状態で、プロバイダ自身がスパムに対して
手に負えない現状なのだろう。
明らかにスパムとわかるメールには、ネットワーク内で
スパム処理をしないと、末端の私たちの防御には限界がある。
また法の整備も必要不可欠の手段だ。
スパム規制で、総務省は来年の通常国会に
迷惑メール防止法の改正案を提出する予定だ。
現在の法律では、「受け取りを拒否した人」への送信を禁止しているが、
これを「受け取りを事前に受諾した人だけ」に送信すると改めるという。
しかし、日本国の法律だけでは、外国から来るスパムには
効果が期待できないから、当然、国際協力も必要となる。
たまたま「削除済みアイテム」に日本語135通のスパムが
残っていたので、当たりをつけてちょっとキーワード検索をしてみた。
数は、ヒット数だ。
無料 49
人妻 37
連絡 31
返信 21
エッチ 20
援助 18
受信 13
お金 12
近所 8
数の多いキーワードを見るだけで、
今、日本で、ひろく広告すると利益を生んでいるのは、
やはりこのあたりのネタに落ち着くのだろう。
今の日本社会が「求めている」内容のスパムだとしても、
スパムを受け取る女性は、
セクハラ・スパムを受け取っていると言えるのではないか。
「迷惑」の枠組みを「犯罪」まで広げる視点が必要だと思う。
September 25, 2007 11:40 PM | コメント (4) | トラックバック (0)
2007年09月24日
キャラ立つ地下鉄3人組:
この間3連休だったのに、また3連休だ。
一体、いつ仕事するねん。
そうでなくとも、いろいろな場所で、
この「連休被害」と名づけて良いようなことが、
人々の間で起きている。
私もその被害を受けて、仕事人たちと会うために、
先週のある日、あわただしく地下鉄に乗った。
ビジネスマンの乗降客が多いある駅から、
定年すぎの男性3人組が乗ってきた。

私の目はちょっと彼らにクギづけとなった。
今の日本の定年おじさんをまるでカタログ化したような
光景だったからだ。
なにしろ、彼らの話し声はどんどん拡散し、
電車内の乗客が、3人のハッピートークを聞くために、
そこに座っているかのような雰囲気になってしまっていた。
(写真:かつてこんなトリオもいた)
だいたいから、この3人組、電車のドアが開くや、
空席をめがけて、ダッシュしてきたところからもう、
あっ、なんだおばさんと変わんない、
やっぱり3人組でイヤだねえ、
これじゃおじさんのおばさん化だ。
と思った。
それにしても、どうしてこんなにも同じ行動をするのか、
ちょっと理解しづらかった。
ここで改めて、3人のキャラをわかりやすく説明紹介しよう。
まず、真中の男性Aは、色白、7・3分けのメガネ。
白髪が上品ぽっく、まあ誰が見ても好印象。
真つ白なポロシャツ、普通のパンツに餃子靴で、
どうやらリーダー的だ。
左の男性Bは日焼けの7・3分けで、まだ白髪はない。
初老にして黒髪の人はたまにいる。
小さいチェックのボタン・ダウンシャツにコッツトンパンツ。
手に上着を持ち、人の話を聞く際は、いつも小首を傾けるクセがある。
右側の男性Cがー番キャラ的には無理な程努力をしていそう。
何しろジーンズに紐締めスニーカー、白のTシャツの上に半そでチェックシャツを、
オーバーブラウス風に羽織ってキメているからだ。
腰はチエーン付カギっ子風、
肩に下げたショルダー・バッグにはジャラジャラ携帯ストラップ、
見た目は人なっつこいニコニコ顔で、
1番話し方が楽しく、ハジケていた。
頭は将来を予測させているけど、この人ならきっと笑って乗り切れそう。
渦中の福田さんとはえれえ違いだ。
この彼だけが何か仕事をしているようだ。
仮に、男性A=色白さん、男性B=黒髪さん、男性C=カギさんとしておこう。
黒髪さん あのさー、気功行ってるって言てたよねー。
カギさん うん、行ってるよ。
黒髪さん 毎週とか行くわけ?
カギさん そうそう毎週ね、今は週2回行くよ。
色白さん じゃあ月8回・・・・・・結構かかるよね。
カギさん それは、まーね。だって1回1万円だから、ホラ、それだけで、
8万円になっちゃうからね。
黒髪さん じゃ、給料飛んじゃうじゃないよ。
色白さん あのー、手とかこんな風にゆっくり動かすやつでしょう?
(と言いながら実際自分の手を動かして見せる)
黒髪さん それで効果あるの?
カギさん ウーン良くわかんないね、ほんとにどうか、って聞かれたらさ。
何ていうか、こういう物って
目に見えて良くなるってもんじゃなくってさ、
やっぱり行かないよりは行った方が、いいというか、
そういうのってあるじゃない?
黒髪さん うちはさー、カミさんが1回誘われてさ、
ヨガに行ったことがあるんだけどさー、
何だか訳わかんなくってさー、
ホラ結局ああいうのって、友達紹介しろとか、
誰か連れて行かなきゃみたいに、なっちゃってさー、
うちのもその流れで誘われたみたい。
インストラクターて言うのもなかなか大変みたいだよー。
そいでさー、カミさん、私にはそんな事できないし、
無理みたいだからって、それで終わりよ。
なんかさー宗教に似てるとこあるじゃない?
色白さん そうだよね、それは確かにある。
黒髪さん ただ出かけててもさー、なんかこんなふうに
足折り曲げたり、手を伸ばしたり、良く意味わかんねえからさー、
続かないていうのもあるよねー、
でもさー、今んとこどこも悪いとこなけりゃいいよねー
カギさん そおなのよ。実はさ、ボクね、30年ぐらい前にね、
腰いためちゃってたのよ。
まあ、当時はね、今みたいに整体とか何とかない時代でさ、
それに仕事も忙しかったから、ほっぽいといたわけよ。
それでいつだったか、医者ん所行ったついでに、
ちょっと思い出してさ、聞いてみたのよ。
そしたらね、悪くないですよって言うじゃない、
こりゃ自然治癒しちゃってたってことだよね。
つくづく人間の体って、うまく出来てるなあって、思ったわけよ。
色白さん やっぱりそうだよね。そのままの状態がほんとに
続いていたら、たまんなく痛くって、やってられませんよ。
黒髪さん ほんとそりゃそうだね。
会話がこのあたりにさしかかって、リーダー格の色白さんが下車した。
降りるとき、満面の笑顔を見せて、
今日はたのしかったよ、良かったねー、
またね、連絡するよ、
気をつけろよ、
3人がそれぞれ言葉に残し、
まるで大事な家族に声をかけているかのように感じられた。
よくこういうシーンにありがちな、
先に降りた一人を残った二人が悪口めいたことを言うことも
なかったことが、さらに良かった。
私が最初この3人組を見かけたとき、
単に「おじさんのおばさん化」が、ついに来たのか、
ちょっとパロデイだな、
などと、面白がっていたのだけど、幾つかの駅を過ぎるうちに
明らかに「おばさん会話」とは違うことに気がついた。
どこが違っていたのか。
彼らの会話には、見栄も自慢も悪口もなかった。
誰かが1人で仕切り、大勢に聞こえよがしに、
ええカッコをするのでもなく、
ごくごく日常的な1コマの中で、友達の体をいたわり心配しながら、
今日1日久しぶりに会って楽しかった、
そんな空気が伝わってきたからだった。
定年となると、出世や財産や名誉ですでに差がついている。
いやな言葉で言えば、負け組と勝ち組。
でも、結局、人生の秋を過ごす時は、
ある程度の生活さえ確保できれば、
こういう三匹の子豚型友人関係もありえないわけではないということが、
見えただけでも、おじさんたちとの出会いは貴重だったと思う。
ありがとね、おじさんたち!
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September 24, 2007 09:55 PM | コメント (4) | トラックバック (0)
2007年09月23日
そして「マグロ首相」が誕生する:
福田新総裁のイメージは、ずばり、
マグロ
だと言っておこう。
自民党の新しい総裁に福田康夫さん(71)が選ばれた。
福田さん330票、麻生さん197票、無効1票という結果になった。
25日に安倍さんの後継として、新首相となる。
福田赳夫元首相の長男だから、めでたく親子2代の首相だ。
任期は、安倍さんの残りの2年間。
この2年は長いぞ~!
と思ってしまうのは、以下述べる理由があるからだろう。
手堅い首相とか、コンセンサスを重んじる人物という評がある一方で、
今回の総裁選挙戦では、ずいぶんと馬脚を現している。
派閥の出来レースだから、馬脚は無視されて、
福田さんに決まっちゃったのだけど、
この人が作る内閣は早晩こけるに違いない。
なにしろ、私が抱いた福田さんのイメージは、
マグロ
ドタッと、横になったまま、自分は、な~んにもしないで、
人に命じて「丸投げ」するだけのタイプに見えた。

そもそも福田さんの総裁選出馬そのものが、
周囲から担ぎ出されたのが、「マグロ」である証拠。
この人に、国をひっぱっていく主体的なものは感じられない。
昨日内閣の構想を記者から聞かれ、
福田さんは「白紙」と答えている。
もっとコマシなかわし方や
国民にアッピールできる言い方があったはず。
麻生派以外の自分を押してくれた8派閥へ
気配りを見せたつもりだろうが、
要は、自分の「マグロ」体質、依存体質を露呈してしまっている。
麻生さんとの公開討論会において、北朝鮮問題が話題になった時、
福田さんは、またもや「マグロ」姿勢を示した。
02年9月17日に小泉純一郎前首相が初めて訪朝したさい、
当時の官房長官の福田さんが拉致被害者の家族と面談したことに、
麻生さんは話を向けた。
あなた(福田さんのこと)は、拉致被害者5人が帰国した際、
北朝鮮との約束通り、被害者を北朝鮮に戻すべきだと
主張したのではないか?
この詰問に対して、福田さんは、
私は帰国した5人を北朝鮮に戻すべきだなどとは言っていない。
ただ「戻すという約束があるのだから、約束を破って大丈夫なのか」
と外務省によく訪ねた。私は十分配慮しながらこの道筋を勧めた。
と答えている。
言質をとられないように、
北朝鮮と外務省に「配慮」しながらおこなう、
臆病者の「マグロ」型レトリックである。
別の公開討論会でも、少子高齢化問題に関して、
福田さんはこんな発言をしていた。
これからは、あなたたち若い人が一生懸命考えてください。
私の将来のことじゃないんだから。
「前向き」に言っているように見せて、
結局「後ろ向き」発言にしてしまう、福田さんの言い回しであると同時に、
福田さんの世代が解決できなかったものを若い世代に
「丸投げ」してしまい、極度の依存型の「マグロ」思考に陥っている。
ちなみに、福田さんご自身の結婚も親たちから勧められたもの。
政界に進んだのも、周囲のお膳立て。
福田さんは「マグロ」型人間の典型と言えよう。
王様マグロ
と、私は命名したい。
国会の赤い絨毯の上に、
どた~~~~~~~っ
と、寝転がっているこの「マグロ」首相を
誰がどのように、解体・料理するのだろうか。
September 23, 2007 04:32 PM | コメント (31) | トラックバック (0)
2007年09月21日
そんなの、見たくもねえよ!:
「米国で腰パンに反動」というタイトルで、
インターナショナル・ヘラルド・トレビューンに、
米国で「サギン・ジーンズ」(sagging jeans)禁止の規制条例成立
の記事が載っていた。
8月31日のことだ。
反響が大きく、たちまちその記事には、たくさんのコメントが
世界中から寄せられていた。
「サギン・ジーンズ」、日本で「腰パン」と呼ばれているのは、
だぶだぶのジーンズをズリ下げ、下着さえも見せて、
町を歩く、ホラ! アノ今時ファッションだ。
ひどい下げ方になると、尻の割れ目まで見せてしまうので、
米国で、「風紀違反」「公然ワイセツ」などを理由に、
禁固刑を課す自治体が現れて、反発と賛同の入り混じった反応がでている。
先鞭をつけたのは、ルイジアナ州デルカンバー。
人口2,231人の小さな町で、今年6月11日から
反腰パン法を施行、最高刑は罰金500ドル、
あるいは禁固6ヶ月までという厳しい規制を始めた。
さらに、同じ州のマンスフィールドという5,496人の町でも
違反の場合は150ドル、加えて裁判所費用、あるいは
15日間の刑務所生活という罰則のついた条例が、
この9月15日から施行されたそうだ。
元々この地域は、宗教心が高く、保守的で、
服装コードにも厳しく、規制を求める声が強い。
スポーツブラだけで町を歩けないとか、
歩いてもとがめる目があるといったことが知られている。
ところで、もともと「サギン・ジーンズ」は、米国の刑務所で
ぶかぶかの囚人服を着せられたのが始まりだ。
なぜぶかぶかにしたかというと、ベルトをつけると
ベルトを自殺に使ったり、武器として使用するからだった。
刑務所でこのファッションが始まったということで、
ファッションとしては、反権力の象徴という取り扱いになったり、
これを非行少年がこぞって面白がったため、
いつしか世界を席捲するファッションへとつながった。
とりわけ、黒人が流行化する原動力になったため、
人種問題にもからんで、「サギン・パンツ」が目の敵にされた節もある。
このパンツの何が問題なのか。
「ファッションだろ?」で済まないのは、
「風紀」対「表現の自由」
人々が何を着るのかは、彼らの自由の領域に属することだ。
これを禁止したり、制限するのは、「表現の自由」に反する。
またモラルの問題に法律やその規制を持ち込むのも問題だ。
一方、社会には秩序が必要で、
風俗が紊乱(びんらん)すると、規制の必要が生じる。
日本でいう「公序良俗」というアレだ。
これだと、法律を作る理由ができてしまう。
今やスタレ言葉で表現すれば、社会での「落としどころ」を見つけることか。
ベッカムも履いていたと思うけど、
彼のファンではあるものの、アレだけはなあ・・・。
お尻が小さく見えるとか、脚が長く見えるというが、
そうは思えないのは、黒人が似合うという印象が強いからか。
考えてみれば、あのだぶだぶジーンズ、それに
女性の下着の見える腰パンなど見たくもない。
私は、「風紀」対「表現の自由」というよりも、
単に「美的感覚」の問題のように思えてくる。
時代が移って、どんなに美意識が変化しようとも、
「形ズレ」ファッションの「腰パン」など見たくもねえ~よ!
September 21, 2007 11:40 PM | コメント (12) | トラックバック (0)
2007年09月20日
私、サボってません。:
今朝も気持ち良く目覚め、いつものようにー日が始まる。
あるいは、少し疲れているな、と感じたら、
週末にゆっくり体を休める、これでたいていの疲れは取れる。
でも、このやり方で解消されない疲労感もある。
またおかしなことに1日10時間も12時間も眠っても、
逆に疲労が増すようなつらい状態もあるようだ。
なんらかの病気にかかって、その症状の一つが疲労であって、
疲労を病気だと思う人は少ない。
だから「慢性疲労症候群」が「病気」と認められるまでには、
かなり時間がかかってしまった。
慢性疲労症候群。
英語で表示すると、Chronic Fatigue Syndrome (CFS)である。
皮肉屋たちは、これを「ヤッピー・インフルエンザ」とか
「さぼり症候群」などと呼んで、軽く見てきた。
しかし、サボってなんかいなかった!
米国政府が予算をつけて研究センターを作り、
本格的にCFSの研究に乗り出したのは、1999年。
600万ドルをかけて、この病気のキャンペーンにも乗り出した。
そしてようやくCFSは一般にも病気であることが認識されてきている。
はじめてCFSが病気として存在することがわかったのは、
1980年代で、実際には、さらに30年ほどさかのぼって
英国では「筋痛性脳脊髄炎」(Myalgic Encephalomyelitis)と呼ばれたそうだ。
CFSは名の通り、猛烈な疲労を患者に起こさせ、
睡眠障害や他の深刻な症状をを呈し、
なぜか男性よりも女性に起こりやすい。
患者にとって、「疲労」という言葉はふさわしくなく、
むしろ「精魂尽き果てた状態」という表現がピッタリだ。

10時間以上眠っても、寝足らず、
いつも頭の中は霞(かすみ)がかかった状態。
これではまともに思考はできず、ましてや読書など不可能だ。
体を動かすのも億劫で、当然、まったく外出する気分になれず、
このまま疲労の中へ消えてしまいたいほど絶望的気分に陥るそうだ。
(写真:吾輩も疲れたニャン)
中枢神経システム、免疫システム、代謝システムの不具合。
認識機能、精神的ストレスやトラウマ、遺伝・・・など
CFSの原因はいろいろ取り沙汰されている。
たいていの研究者が考えるのは、原因は複数であるということ。
また、CFSの始まりが、ウイルスなどの感染症とのことだ。
すべてのCFSの患者が同じ原因でそうなったとは言えない。
では、どんな症状が続いたら、この病気であると疑えばよいのか。
・説明できない疲労が6ヶ月は続く。
・次の8項目のうち4項目に該当する。
1.記憶障害
2.精神集中障害
3.咽喉炎
4.敏感リンパ節
5.筋肉痛
6.関節痛
7.睡眠障害(過剰睡眠など)
8.頭痛
CFS患者はどれくらいいるのだろうか。
米国では約100万人、日本では約36万人と推定されている。
ただ、患者が増加する傾向にある中、
似た症状を呈する、精神・神経症の患者と数字的に重なりがちで、
だから患者数がインフレ傾向になることを研究者は懸念している。
最近では、スタンフォード大学の感染病専門家が、
抗ウイルスの薬物治療で75%というすばらしい成果を得たという。
医学は確実に進歩している。
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September 20, 2007 09:54 PM | コメント (4) | トラックバック (0)
2007年09月19日
家庭で効果なし、犯罪抑止力:
警察白書などを読むと、犯罪数がちょっと減ってきたようだ。
いろいろな形で、犯罪抑止効果が現れている。
犯罪抑止について個人的体験を二つ話そう。
夏のある日、公園の森を歩いていたら、
小学生低学年の男の子が二人、
仲良く手に虫取り網を持って、桜の木を仰ぎみているので、
セミ取りしてるのン?
と、思わず立ち止まって、声をかけた。
私自身の少年時代を思い出したからだ。
すると、私の思いと彼らの反応は、まったく違っていた。
彼らは返事もせず、顔をこわばらせていた。
まるでこちらと話をするのを拒絶するように、腰が引けている態度だった。
少年たちは、突然、見知らぬ誰かから声をかけられると、
対応できなくなっているのだ。
最近の子供は、見知らぬ人から声をかけられたら、
無視するように教えられているのだろう。
もし私が不審者で、何かをたくらんでいたら、
その時の彼らの拒絶態度は、完ぺきだった。
だから、犯罪の発生を抑える効果があったことは認めよう。
しかし一方で、「見知らぬ人」という呼び方ができる大人と、
子供たちとのコミュニケーションが至る所で断絶しつつある。
例えば、公立私立の学校の周囲だけではなく、
塾や遊園地など子供たちのいる場所には、
警備員の目が光っている。
(写真:抑止力になっている監視カメラ)
子供たちが知らない人は、単に知らない人であって、
たとえ子供の家の数軒先の同じ町内に住んでいても
子供たちの目は見知らぬ人への目線と同じである。
これでは町を単位とした共同体意識は絶対に育たない。
この意識が育たないことが、逆に犯罪抑止の効果を果たしているのだから、
皮肉なものだ。
コミュニティが強くなって、犯罪を抑止するという
当たり前の形でなく、コミュニティが崩れて、
犯罪抑止となっている点に注目したい。
その2。
近年、私が住む地域も少し物騒になった。
かつては都内で犯罪がほとんど起きない地域だった。
なのに、物騒なひったくりやピッキングなどの犯罪が
珍しくなくなった。
それは、ある時を境に、少しずつそうした犯罪が
発生し始めていることがわかってきた。
この地域でビジネスをする不動産屋との世間話で、
彼はこんな風に答えた。
警察署が移転したからじゃないっすか。
腑に落ちた回答であった。
この地域に大きな警察署があったのに、
それが移転してしまったことが要因だと言われている。
つまり警察署という存在が、犯罪を抑止していた。
犯罪抑止力をして働くものは何か、と考えると、
真っ先に浮かぶのは、昔からの「交番システム」かも知れないが、
先日の新聞には、無職少年の街頭犯罪について、
若い警官を多く採用すると、
かっぱらいや路上強盗事件が減少する効果があったと書いてあった。
若い警官には、体力があって、
年配の警官が一回巡回する間に、二、三回できるので、
その分、犯罪抑止に役立つというのだ。
京都府京田辺市で、京都府警の巡査部長が、
専門学校に通う16歳の二女に斧(おの)で首を切られ即死。
二女は父親の女性問題を許せなかったというが、
警察官の家庭内での犯罪抑止力が
ゼロだったことを証明してしまった。
という風に皮肉っていられないほど、悲惨な事件だった。
(写真:日刊スポーツ紙面、次女が書いたイラストと文集の一部)
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September 19, 2007 10:34 PM | コメント (6) | トラックバック (0)
2007年09月17日
福田さん、前を見てよ!:
どんな政策で行くのかを聞かれて、
これから勉強します。
71歳の福田康夫さんがそう答えた。
この「勉強」発言は、一見前向きに聞こえる。
「勉強します」と前を向いて決意を述べているからだ。
しかし、どうもこちらには後ろ向きに感じてしまう。
それは「勉強をする」という言葉は、
「それまで勉強してこなかった」という言葉の裏返しだからだ。
南郷氏のQPX理論のうち、
X=使用に耐えうる技を使う段階
福田さんは、この段階に立っていなければならないのではないか。
また福田さんは、大阪の街頭演説で拉致問題について、
まだ向こう(北朝鮮)に残っておられる方がいらっしゃる
と表現した。
正確には「拘束された方」「拉致された方」ではないのか。
これは、福田さん特有の後ろ向き発言の1バージョンであり、
発言のとり方によっては「拉致問題を風化」しているともとられてしまう。
風化とは、過去の事件にしようとすることだからだ。
誰も残りたくて残っていないことは国民は知っているし、
北朝鮮に「ご厄介をかけている」わけでもないだろう。
ここ数日、福田さんの言葉の多くが、具体性がなく
空疎なものだから、正直、この言語をこれから毎日
聞かされるかと思うと、うんざりしてしまう。
この意味で、昨日紹介した女性編集記者の感情・感覚は無視できない要素で、
秋葉原の若い世代もたぶんそれを共有しているのかも知れない。
嫁の立場だったらとしての編集記者は、前を見て生きている。
アキバの若者も前を向いて生きている。
感覚的にも、それが人間の理想ということだろう。
とはいえ、首相に必要な能力や「技」は、
言語駆使力に限ってはいないのはもちろんだ。
たとえば、日々の閣僚会議での言葉の使い方、
官僚との会話での言語駆使力は、アキバでの駆使力とは異なるからだ。
首相であれば他にどんな「能力」や「技」が必要なのだろうか。
次の能力が整えば、将来あなたも首相になれるかも知れない。
弁論、専門知識、人心掌握、調整、理解、問題解決、要点整理、
聞き取り、肝っ玉、語学、速読、構想、企画、活性、闘争、
「見た」目キャッチ、体力、記憶復元、体形威圧などか・・・・・・。
何のかんの言っても、何か「超人」的な才能をもっていないと、
霞ヶ関の(東大出が自慢の)官僚らは聞く耳をもたない。
彼らは少なくとも、受験戦争を潜り抜けてきた、
「記憶復元力」は抜群なんだから。
ケネディ米元大統領は、一分間に2000語以上を読めるように、
速読術をマスターしていたという。
ちなみに、日本の大学生は平均80語しか英語を読めない。
日本語はどうか。
官僚の複雑で膨大な文書を、
1分に1000語以上少なくとも読めないと、
仕事は手際よく進まないだろうと思う。
語学力は、ほとんどの国の元首は英語を理解する。
サミットで首脳は通訳を使っても、
英語で談笑する場になると、日本の首相は孤独だ。
福田氏は40年前に2年間英語圏に留学、
「語学堪能」だと政治記者に評価されているけど、
その語学力をキープしているのか。
専門知識については、私が本ブログで紹介した、
英首相ゴードン・ブラウン氏の場合、彼は卓抜な国家財政の知識を持つ。
財政は国の根幹だから、この知識を持つ人は国にとっての宝。
つまり、現英首相は「国民の宝」だと言えよう。
闘争力はどうか。日本は平和国家だから、兵役とは無縁。
しかし、多くの米大統領は兵役についてきた。
戦後しばらくの首相は、戦争体験者であり、
二世の首相とは雲泥の差の闘争力を有していた。
平和な社会で暮らしてきた福田さんが、
海外の自信家の元首たちと、互角の闘争力をもっていなくて、
1億2千万の日本人を守れるのか。
首相になったからと言って、
自動的に技を身につけられたわけじゃない。
技を身につけていると思っていても、磨かなくては、
実は身につけていないこともある。
福田さんに取材をしている記者を見れば、
「息子」かまるで「孫」のように若い記者らの取材力相手に、
老練なおじいちゃんは、適当にあしらっているように見える。
では、15日の記事「福田氏、日本男子柔道になるのか」で述べた
南郷氏の「QPX」理論で抽出される「超人首相」は誰なのか。
そんな人は、いないよ~
マスコミを含めた国民を「コーチ」にたとえれば、
どうやら凋落の男子柔道や相撲と同じように、
政治を弱体化させてきただけで、超人を育ててこなかったわけだ。
世界柔道の谷亮子さん、あなたは女子柔道界の「超人」でしたね。
コメント更新情報
「橋下先生の「なにわ弁護士道」」寧楽さん
「ウサギの遺言」綾木誠之進さん
「福田氏、日本男子柔道になるのか」こまったさん
「本は人間の栄養素」ロルカさん他
September 17, 2007 09:32 PM | コメント (22) | トラックバック (0)
2007年09月16日
舅(しゅうと)にはしたくない福田さん!?:
今日、日曜日でも女性編集記者さんとの打ち合わせ。
雑談になって、自民党総裁候補の福田康夫さん(71)のことが話題になった。
彼女はすかさず、
だけど、それにしても舅(しゅうと)にしたくない人ですね~。
という表現を使った。
ええ~っ!! 女性って、そういう目でも見るのか!
なるほどって、妙に納得してしまった。
――舅にしたくないって、夫の父親に飛んじゃうの?
記者 息子の意思を無視しても
自分が気にいらなければ嫁を追い出しかねない雰囲気ありますよね。
――それって、感情的過ぎない?
記者 メガネの奥に愛情が感じられず、
いつも人のあらさがしを先にする目って言えば・・・。
――今「見た目9割」ってハヤリだけど、そこまで言うのは・・・。
記者 あの含みの多いしゃべり方って、嫁としてひどく疲れるんです。
真綿で首を絞めるように、ジワ~ってくるじゃないですか。
よほど「うちの嫁としてはふさわしくない」と言ってくれる方が
スッとしますよね。
――話し方に問題があると?
記者 ええ。例えば、
「消費税をお願いしなけりゃならない時期」って
福田さんは言ってますけど、
これ、一見丁寧な物言いに見えるでしょ。
でも、主語、消えている。つまり、「はぐらかし」の話法です。
――「お願い」ってのもおかしいよね?
記者 でしょ? 「お願い」だったら、国民は断れるはず。
でもできないでしょ?
「上げさせてくれとは言えない雰囲気」などと言いつつ、
結局、3%や5%の時のように政治で決めてしまうわけだし・・・。
――「消費税を上げます」と言えば、
国民の反発が間違いなしだから、
婉曲的に言うズルサが隠れていることなんだろうか。
記者 だと思いますよ。
レトリックとしては、小泉氏を経験した後では、
あまりにも時代遅れで、「うざいやつ」って思っちゃう。
自民党政治が逆戻りって、野党は言いますけど、
政治のやり方は「退行」していて、そのやり方だけでなく、
言葉も「退行」しているってことだと思います。
――では「靖国参拝は遠慮させていただく」という表現も
同じように考えていいわけだ?
記者 何っていう言い草をするんだ!って思いますよね。
「自分が行かない」とは言わない。
「遠慮させていただく」ですよね。
「意思」を消して、国家を導けるか、と思いますね。
つまり、嫁としては、毎日、こういう会話を聞かされると、
発展性がなくて、切れちゃいそうになりますよ。
そーいう言い方もアリかって・・・。
「お義父さん、一体何がいいたいワケ?」ですよ。
――福田さんが総理になると、これから国民が消化不良を起こし、
我慢の日々が続くことになって、
いよいよ政治離れの末期症状になるのかな。
記者 あの方が、17年間、サラリーマンしてたのは、
政治に興味がなく、政界入りも想定外だってことじゃ?
父親の秘書からスタートで、政治を覚えた。
こういう人って、世間知には長けて、
世渡り術ばっか、磨いてきている。
自分の出し方が計算の上でしかできないクセがついてしまっているから、
一度、裸になってしゃべってみろ、
って、こちらをイライラさせるタイプですよね。
・・・
首相になる前にこれだけ言われちゃ、
福田さんも気の毒に思えなくもないけど、
確かに、彼が使う言葉からとても今難局にある日本の未来は見えて来ない。
女性編集記者との会話は、舅と嫁の関係という身近なところから
政界を見ているようで面白かった。
確かに彼女が言ったように、福田さんの発言はこちらを苛立たせる。
「あれだけ支援してくださるという空気を前にして、
断ることはできないな。やっぱり政治家として
逃げるわけにはいかない」
という発言を聞くと、
じゃ、引き受けたのは、空気のせい?
と突っ込まれても仕方がない。
第一、「引け受けないこと」を「逃げる」と表現することで、
実は自分の責任から逃げている。
「かつぎ出された」
「そっちが担ぎ出したから、そっちに責任あるよ」
そんな後ろ向きの典型的な姿勢だと受け取られてしまう。
04年2月10日、BSE問題で吉野家のメニューから牛丼が消えたことに触れて、
当時官房長官だった福田さんは、
「なくなっちゃうのは寂しいですよねえ。
私もかつてご厄介になったことがある」
コレも後ろ向きの発言だ。
自分の発言したものが予想通りすべてそのまま
相手に受け取られると思うな、と言いたい。
中韓が首相の靖国参拝問題でカリカリしていた頃、
福田さんが首相として中国や韓国へ出かけていたら、
おそらく、こんな風に挨拶して、通訳を困らせていただろう。
この度はご厄介をおかけしております。
自衛隊の給油問題では、米国に、
わが国のゴタゴタでご迷惑をおかけして誠に恐縮でございます。
インド洋の給油はご遠慮させていただきます。
日本の空気になにとぞご理解とご協力をしていただけますように、
よろしくお願い申し上げ、
僭越ながら、これで私のご挨拶とさせていただきます。
そう言うのだろうか。(続く)
コメント更新情報
「橋下先生の「なにわ弁護士道」」waterさん
「江原啓之の霊能後出しジャンケン」KPさん
「舛添要一は安倍山の土になる」スーパー正しい日本国民!さん
「北野武監督の「あ・うん」」目の付け所がシャープぢゃないさん
「血税52万5千円の行き先」takutakumawasuさん
「落ち着かない子が落ち着く時」zitoさん
「ウサギの遺言」山奥さん他
September 16, 2007 09:57 PM | コメント (22) | トラックバック (0)
2007年09月15日
福田氏、日本男子柔道になるのか:
毎日読者の皆様から寄せられるコメントを読むのは楽しい時間。
それぞれのコメントは私を刺激してくれている上に、
書くぞ~という気持ちを支えてくれるからだ。
今朝、次のような投稿をいただいた。
日本のお家芸の柔道での結果、大相撲の現状、
安倍総理の無責任辞任はすべて関係あると見るが如何。
投稿者 空手バカ: 2007年09月15日 09:17
リオデジャネイロで開かれている柔道の世界選手権の前半を終え、
男子はメダルゼロで無残な状態のままだ。
大相撲は、朝青龍事件に振り回されているだけでなく、
日本人力士は外国人力士に劣勢となって惨め。
安倍さんの無責任な辞任もまた無残な形を見せた。
空手バカさんが書いておられるように、
もし「関係ある」としたら、
一体、どんな共通項が考えられるのだろうか。
今日のトピックにつなげてみた。
私は、去年の10月に次の3本の記事を書いた。
(1)「封印された安倍さんの史観」
(2)「女子レスは武道勝ち」
(3)「日本柔道凋落の原因は」
(1)の記事では、
(安倍さんの)二日間の答弁に接する限り、
・・・救命ブイが投げられる日も近いかも知れない・・・
と悲観的にならざるを得ないなあ。
と、ネガティブな感想で記事を終えた。
実際、その予想通り、安倍内閣は挫折した。
(2)の記事では、最強のなでしこレスリングを取り上げ、
その強さのヒケツを「武道」から考えてみた。
使ったテキストは、武道家南郷継正氏の「武道の理論」だった。
(3)の記事では、日本柔道をメダルから遠ざけた
指導者の最大の欠点を、
「技を創る」ことをあまりにも安易に考えすぎていること
を上げた。
南郷氏は、QPX理論、つまり、
Q=技を憶える段階
P=憶えた技を使用に耐えうるように仕上げる段階
X=使用に耐えうる技を使う段階
上記の三つの段階を正しく経ることによって、
技を使える主体が完成すると主張されていた。
今回の世界選手権の男子柔道の無残さは、
南郷氏の理論の正しさをまた証明してしまったと思う。
平たく言えば、
技を身につけていることと、その技を使うことが同一だ、
と思っていること自体が、間違っているのだ。
せっかちさが、ものごとの完成を妨げる。
基礎もなく行う乱取りが多すぎて、姿勢や素質がつぶれる。
そんな風に武道の達人は言う。
相撲はどうか。
QPX理論を使って考えてみると、はっきりする。
この理論の真髄は、私が換言してみると、
体(脳みそも含め)をQPXの過程で、
超人的にしていくこと
だと思う。人間技では限界を超えられない。
技は人間的なレベルで備わったのではなく、
人間が「進化の歴史」の中で、作り上げてきたもの。
典型は、戦前の双葉山だろう。
柔道、剣道、相撲道も、技を身につけて「超人」になるということだから、
やたら体を大きくして相手に対抗しようとする愚が
わかろうと言うものだ。
小兵(こひょう)の力士が自分の倍を超える体重の怪物力士を
投げ飛ばすことも、それゆえに可能になる。
かつて豪勇・徳三宝七段が、三船久蔵十段に
なんと三千数百回、稽古をつけてもらったが、
ただの一度も小兵三船久蔵を畳に投げることもできなかった。
これは徳三宝自身の稽古帳に記載されていると言う。
世界選手権では「人間」から「超人」になって技を使う者が
頂点に立てると言ってよいのだろう。
谷が連勝している間は彼女は「超人」であったはずだ。
相撲でもかつて無敵を誇った力士は皆、「超人」であった。
技を身に着ける過程で、超人になったものだけが、
最高峰に立つことが約束されているとも言える。
首相として安倍氏が必要とされた能力を「技」だとみなしてみれば、
この「技」を身につける過程で、おそらく
彼には失敗があったことは明らかだろう。
昨日、今日の新聞報道を見ていると、
福田首相の線が色濃くなってきているようなので、
明日のトピックでは、
福田康夫氏(71)が安倍前首相から代わって、国民から見て頼りがいがあるのか、
首相力(しゅしょうりき)
はどうなのかを考えてみたい。
(写真:日刊スポーツ紙面)
September 15, 2007 10:10 PM | コメント (22) | トラックバック (0)
2007年09月14日
本は人間の栄養素:
なぜ町の小さな書店はつぶれていくのか。
9月11日の記事から続く。
第四に、出版界や流通が小さい書店への思いやりに欠いている。
ある出版社の編集者は、
小さい書店に1冊や2冊置いても、
つまんないですよね。
勝負になりません、うちははっきり言って用事ないっす。
ここまで露骨に、驕慢な口調で言うのを聞いたことがあるけど、
これはズバリ、儲け主義の観点だ。
扱う商品が、カップ麺やトイレットペーパーといった
消耗品とは違った特性を有する本であることを意識していない。
しかしある新書の老舗出版社の良心的編集者は、
全国の小さな本屋さんにも並べていただきます。
本というものはそうして売るものですから、
大事にしたいですね。
と、町の本屋さんの現状を理解している。

とはいえ、1冊1冊多様な価値を持つ本を販売するには
様々なノウハウが必要であり、
高齢化する書店主をサポートするシステムの整備が必須だ。
また配本するにも、書店の個性や地域社会の特性に対する
細かい配慮も入れる必要があるだろう。
町の本屋さんと言う以上、コミュニティあっての本屋。
資本の力で大型店が出来ると、町の本屋がつぶれる。
その後、いろいろな理由でこの大型店も左前になり、
いずれ閉店してしまう。
しかし、閉店したからといって、
すぐまた町の本屋さんが戻ってくるというわけにはいかない。
そうすると、町に本屋がない状態、
つまり、「無医村」ならぬ「無書店地域」が生まれてしまう。
その町に本屋さんがない、ということは、
その町の教養レベル、文化レベルが低いと思われがちだ。
第五に、大型店の方が本がちょっぴり安い。
本屋さんでは再販制度で同じ価格の本が売られているが、
大型店やチェーン店はポイントがもらえるカードが利用できて、
少しばかり客に還元している。
町の書店でも、簡単なポイントカードを発行しているが、
大型店とは使い手が違う。
第六として、セコハン書店やネット書店の進出が上げられる。
京都のSという大きな本屋さんの前に中古本を大量に扱う店が開店。
目の前の書店で万引きした本がすぐ中古本屋で売られているから、
とまで言われ、書店はつぶれてしまった。
アマゾンの書籍売上が右肩上がりである一方、
書店流通の売上高自体がジリ貧状態なので、
小さな書店にしわ寄せが来ているのは明らかだ。
こんな風に、町の本屋さんの不利な点を考えてくると、
流通も版元も書店も、儲け主義だけの観点でビジネスを考えるべきではないし、
消費者も意識して、町の本屋さんを残していくように協力するべきじゃないか。
もちろん、大きな書店も苦戦していないわけじゃない。
たとえば、長野県で老舗といわれた鶴林堂書店が倒産したことは
非常に残念に思われる。
最後に図書館による小さな本屋さんへの影響はないのか。
ある小説家は新刊書を出した時から半年は
図書館に置かないでほしいと願っている。
なぜなら、この半年間に新刊書をある程度捌かないと、
その本が売れないと同時に自作の出版に支障をきたすからだ。
これはせっかく新刊書を手に入れた書店の売上にも影響を与える話だ。
しかし、半年新刊書を入れなければ、
「ただ」で新刊書を存分に読める図書館利用者は不満に感じるだろう。
ましてや、セコハン書店で図書館が購入すれば、
書店はかなりの痛手をこうむってしまうに違いない。
それでも、何かすぐに出来ることと言えば、
ほしい本があれば、まず小さな書店を覗いてみる。
店主に聞けばよい。もし求める本がなければ、
その後、大型書店へ行ってみよう。
September 14, 2007 11:06 PM | コメント (24) | トラックバック (0)
2007年09月12日
安倍首相に届かなかった浮き輪:
1年前の今日9月12日、私は記事「安倍さんのコンビニの棚」を、
次のような記述で締めくくっていた。
見てみて、ココ。
国家の衰退がすすむ焦眉の急に、
なぜこのような「ぼっちゃん総理」しか
生むことができないのだろうか・・・
本当に情けないし、腹立たしいなあ。
世間知らずのぼっちゃんが、あれもある、これもある、そしてそれもある
と並べた政策が実現できるほど、政治って容易じゃない。
政治の海で、海面から顔だけ出して、アップ、アップしそうだ。
だれが「浮き輪」を投げるンだろうか。
結局、安倍首相に「浮き輪」を投げてくれる人はおらず、
本日、自分で沈んでしまったわけだ。
我ながら、ちょっと興奮状態。

私は、ここ数日安倍首相の写真を見ながら、
もう彼は限界に来ているな
と思っていた。
それほど、目が虚ろであった。
彼の辞意を決定づけたのは、
海上自衛隊の給油活動の継続について
民主党小沢代表に党首会談を申し込んだが断られた
ということが理由なようだ。
この理由を翻訳してみると、次のようにならないだろうか。
ボクちゃんは、小沢センセと国際的に極めて重要な問題を
サシで話し合おうと提案したのに、小沢センセに断られた。
これだけ誠意を見せて、国家を思い、
打開策をさぐろうとしたにもかかわらず、
小沢センセは、この問題をここぞとばかり、
ボクいじめと政局に逆利用しちゃった。
つまり、自虐的に自分を見せ、辞任の理由を相手のせいにすることで、
自分を正当化し、気分よくピリオドを打つ。
問題を解決するのではなく、自己納得するために、
相手に責任をなすりつけるやり方だ、と思う。
今こうしたピリオドの打ち方が、日常のシーンでも
けっこう流通しているようだ。
事情を知らないまったくの第三者が、こうした正当化を聞くと、
あら、小沢って悪い人ねえ。
ちょっと会ってあげればいいのに、
なんでよ~~。
あるいは・・・
首相が胸襟を開いて、
じきじき面談したいって頭を下げているのに、
なにさ、えらそーに断わっちゃって、
何様のつもりよォ!
やはりこうした陳腐な戦術しか取れなかったのだから、
この点からも凡庸な首相であり、浮き輪も投げてもらえず、
沈んでいって、当然だったかも知れない。
次は、誰が首相になるのか。
自民党の起死回生策として、
小泉純一郎氏の再登場はアリかな?
さすが、大学時代にちょい悪遊び人、家庭では離婚、子供との別離・・・
サミットの度にライオン頭で闊歩、でかい態度をして、
非難の嵐の中「それでも私は行く行く靖国へ」、
まあ、一通り経験してきた小泉氏。
もし小泉氏なら、小沢氏に会談を断られたら、
変な人だね、国家のことわかってんのかなあ?
まあ、党首もいろいろね
などと、小沢氏をイジって、ジャブかまし、
悠然とケムに巻いただろう。
ところで、安倍首相夫人のブログは、
6月26日以降ずっと「開店休業」状態だったけど、
ようやく8月29日に「マザーテレサ」のお話が載っていた。
たぶん夫婦そろって、
世の中、生きていくって、けっこう大変なのね、
と、世間知らずが心底思ったこれが現実だ。
首相夫人のブログの閉店のお知らせも難しいけど、
もう誰にはばかることなく、
韓流スターの趣味の道を歩けるという楽しいこともあるから、
元気出してね。
関連記事
「永田さんに贈る言葉」
「千葉7区はオミズ道に負けた!」
「安倍さん8月31日を守ってください」
「「さくらのパパ」という虚名」
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September 12, 2007 04:45 PM | コメント (73) | トラックバック (0)
2007年09月11日
「立ち読み地蔵」のお願い:
今冬のある日、妻がスーパーへ行くというので、
じゃ、ちょっと本屋さんへ寄って、
○○○を買ってきてほしいと、頼んだ。
1時間余り過ぎて、妻は寒い中、帰ってきた。
私 遅かったなあ~。なかったの?
妻 あったわよ。ただね~、
私、駅前じゃなくて、あの本屋さんまで行ってきたから。
私 えっ・・・・・・今日は、冷えるのに、
わざわざ、隣りの駅まで歩いたのか。
駅前の大型店で買えば楽できたのに・・・・・・。
妻 だって、一冊でも買ってあげないと、
今、町の本屋さんてけっこう厳しいから
つぶれると私たちが困るじゃない。
町の本屋さんって、こだわり本を置いてるもん。
それにエクササイズにもなったわよ。
私 確かにあの店、いろいろ努力しているから、応援はしたい。
妻 もう涙ぐましいもん。
週刊誌一冊から配達します。
毎週でなくてもかまいません。
・・・・・・なんて張り紙してあるのよ。
ポイントカードじゃなくて、
紙カードを作って、それを支払いの時に提示すると、
おまけでいろいろサービスしてくれるのよ。
私 なんだ、そりゃ。(紙カードを見て)手作りカードね。
妻 お客さんけっこう利用しているみたい。
良質な本を置いてるし、クラシック音楽が流れて、
落ち着いていて、「本屋さん」って感じね。
東京をちょっと留守して、3ヶ月ほどして帰国。
この小さな本屋さんに行ってみると、
残念なことに、ガラス戸の中は空っぽだった。
町の小さな書店が次々と消えている。
日書連という、中小零細の本屋さんが作った連合会があるけど、
その調査によると、20年前の1986年をピークとする13000軒から
なんと昨年6700軒に半減してしまっている。
一体、理由は何なのか。
とりあえず、理由は6つあるだろう。
第一に、日本の高齢化社会が本屋さんにもそっくり映し出されて、
後継者もなく、書店主の高齢化による先細りか。
年齢的には、50代の店主が80%以上を占めている。
これでは、日本の農業の衰退と軌を一にしていると言える。
後10年ほどで、日書連加盟店は4000軒を割るかも知れない。
第二に、儲からない。
書店の粗利益は約20%で、人件費は80%と言われる。
町の本屋さんにも一坪当たりの売上の採算点があって、
月15万円だと聞く。
すると、20坪の店なら月売り上げ300万円で、
粗利益60万円。
しかし、これだけ稼ぐのががなかなか難しい上に、
夫婦でやっている店が多く、サラリーマンなどに比べ、
割りに合わない仕事であることは明らかだ。
店に並べる商品も売れ線ものは大型店に配本され、
中途半端な商品が送られてきて、
ある町の本屋さんのオヤジは「残飯処理」とまで言い切った。
第三に、大型書店、チェーン店、郊外大規模店の進出。
規模の大きな書店が戦艦だとしたら、
町の本屋さんは、小船で戦っているようなもの。
同じものを置いてあっても、
客は小さい書店よりも大規模店へ出かけてしまう。
目的の本以外にも、ちょっと手にとって本は見たくなるもの。
読みたい本を手に取れる絶対数が多いのが大型書店だ。
また立ち読み問題もある。
小さな書店だと、立ち読みをしても、
客には店主の「立ち読みだけですか」ととがめる視線が気になるけど、
大きな書店だと、同じように立ち読みする人が多くて、
「立ち読み地蔵」たちをとがめる店員の視線はほとんどない。
全部の「立ち読み地蔵」たちが買わないわけじゃないけど、
買う前には、ちょっと手にとって、
前書きや序章ぐらいは読んでみたいものだ。
店のスペースの違いが圧倒的に、
本を選ぶ客をリラックスさせ、
最近では、店内にソファやイス、テーブルを置いている。
今、動いているベストセラー本を直接手にとって
見ることができるのは気分がよい。
軽く薄い本なら、あつかましい客は1冊読んで帰る。
好きな時にちょっと「立ち読み地蔵」になることができるのは、
やはり大型店舗の本屋さんの強みだろう。
この「立ち読み地蔵」問題が、町の本屋さんのネックになっている。
(次号に続く)
(写真:書店の売上に影響を与える図書館)
September 11, 2007 07:58 PM | コメント (6) | トラックバック (0)
2007年09月10日
血税52万5千円の行き先:
知的財産のトピックを書く予定でいたのに、
面白い報道があったので、こちらを取り上げますね。
この3月――。
千葉県東金市で中華料理店の女性経営者(56)が
知人の男性一家三人に劇物指定の農薬「メソミル」混入の
ヨーグルト飲料を飲ませようとして、殺人未遂で逮捕された。
彼女は台湾から帰化した日本人でもある。
この事件は公判中なのに、
予想もしない別展開の流れで、新しい事件を生んでしまった。
今の時代を表現すると、
多数の人々の中にいる少数派が、各自の勝手な主張をして、
それも非常に狭い範囲で主張し、全体が大きな影響を受けている、
と言えると思う。
つまり少数派によって主張されているフィールド内では、
とても解決できる問題ではなくなってしまっている。
抽象的な言い方になってしまっ
