2006年11月30日
イジメの標的は少年カップルに・・・:
日本の社会現象の多くは、アメリカに追随する。
日本に何か問題が起きると、その問題を解決する時、
すでに深刻化しているアメリカでの経験から智恵を得ようとする。
そういうことが日常的になっている。
今、日本の少年漫画の中で「ゲイ」の注目度が高い。
代表的な週刊少年漫画のJには、それを連想させるキャラクターが
綺羅星のように存在して、一部で議論されている。
先日中学教師と話す機会があって、
当然、話の流れはイジメへと進む。
彼は、特殊なケースかも知れないが、と前置きして、
ゲイ(らしい)の生徒がイジメられている話がないことはない
と、言った。
ゲイ少年やゲイ少年のカップルがターゲットになりつつある。
(写真:セサミストリートの噂の二人)
今までがそうであったように、
アメリカ社会伝播説が正しいならば、
アメリカではすでにそういうイジメがあることになるので、
調べてみると・・・
10年前の1996年に、
「安全学校連合」という団体から調査結果がリリースされている。
それによると、アメリカはもっと複雑な状況にあることがわかった。
ゲイいじめのターゲットとなっている75%の生徒が
実はゲイではなく「ストレート」であり、
「ゲイっぽい」と言う誤解によるイジメが多い。
もっともひどくイジメられている生徒の6人に1人は、
殴られて、治療を必要とするほどの負傷を負っている。
ゲイを原因としないイジメに比べ、ゲイを原因とする生徒は、
学校で、4倍も、武器で脅され、
自殺に追い込まれるケースが、なんと3倍から7倍にもなる。
・・・というのだ。
少年カップルの世界は、ほとんどの親がなかなか気づかない世界。
彼ラは友情と愛情が二層になっているから、教師も気の回りが遅くなる。
しかし、イジメ側は微妙に察知するのだろう。
このように見てくると、
影響の大きい少年漫画誌Jでのゲイの描かれ方が
今後どのように少年たちの世界でイジメにかかわっていくのか、
を含めて関係者は、少年カップルを生みだす素地が
できつつある状況に、注意を払っていく必要がある。
まだ気づいていないだろうけど、
日本の文部科学省の頭では、このことを議題にのせることは
まずないだろうね。
・・・・・・・
関連記事
「核実験、骨董フェアそしてゲイカップル」(10月9日)
November 30, 2006 08:16 PM | コメント (3) | トラックバック (0)
2006年11月29日
人生なめてかかる破滅型人間:
最近「生活習慣病」という言葉が注目されている。
高血圧、動脈硬化、高脂血症、糖尿病(II型)のこと
NTTデータシステム科学研究所が行った最近の意識調査では、
30~40代の男性の4人に1人は、
「生活習慣が健康的でない」と自覚している。
が!
一方で、「運動や食生活を改善したい」と考えている割合が、
30~40代の過半数を占め、
生活習慣が健康に結びつくことを理解しつつも、
なかなか実行できない実態が浮き彫りになっている。
30~40代の男性にこれだけの数字が当てはまるとすれば、
私たちの周囲に、一人や二人の
「生活習慣不健康かつ生活習慣改善希望」型の人たちが
いる勘定になる。
この人たちはまだ希望を持てるから、良い方だ。
私の知人には、「改善希望」の芽さえも持ち合わせない人もいる。
まずヘビースモーカーの小林信二さん(仮名・50歳・自営業)には
はっきり言って、私は話していて、
この人、よく生きているな~って思った。
こんな風に語る。
・・・
小林信二さん:
もう私、人生かけて、タバコやめませんよ。
だって、本当タバコを吸っている時が至福の時、
ニコチンが、血管のスミズミまで
じわ~って
行き渡る感じ。特に朝はコレ感がたまらなくイイね。
どんなグルメ番組見ていても食べたい気持にならないけど、
タバコのシーンを見たら、我を忘れそうになる。
とっくにマンションの1軒ぐらい吸っている勘定になる。
今1日に60本、もう家族もやめろと言わない。
まあ、1箱1万円ぐらいになったら、
ちょっと考えてもいいと思うけど。
タバコ悪いって言うけど、
80歳、90歳でもタバコ吸って、ぴんぴん生きているよな。
単に運、不運のちがいじゃないの?
そりゃあ、歯は「お歯黒」状態だけど、
ここまでやれば、希少価値あるんじゃない。
見たいか~、見てるよな。
家の中も見ただろ? 何しろ白い障子がベージュ色。
天然染めのオリジナルだ。
今、私がタバコをやめるって言い出してごらん、
逆にみんな心配すると思う。
どうしたのって?
だから、吸っている内は元気ってことになるかな。
やめちゃいけないってこと。
値上げ前に買いだめはしなかった。
あんなのは本当のタバコ好きがしちゃいけないんだ。
いつも新鮮なタバコを求めるべき。
いつも3日分だけの買い置き。
乾燥剤を入れた空き缶で保存する。タバコって繊細だから。
直射日光の当たる自販機はダメ、
よく売れているスーパーで買うのが一番いいよ。
・・・
次は、寺尾文哉さん(仮名・43歳・編集者)、
酒と運動不足で最近病院通いだが、医者泣かせ。
話を聞いていて、この人を今からでも
検査に連れていきたくなった。
・・・
寺尾文哉さん:
お酒? 毎日飲んでるよ。
休肝日? そんなのねーよ。
会社で検診したけど、データはほとんどが要注意、
でもまったく気にしない。
医者はいろいろ言うのが仕事だもん。
この間も胃がね、ちょっと来たかなあ~~~って思ったわけ。
編集者なんて、だいたいが胃薬飲んでいるしさ、
まあ一種の職業病みたいなもの。
だから、ここで病院行っちゃ、負けよ。
うちの奥さん、心配してさ、
胃の検査を約束してきちゃったので、
まあ顔を立ててやろうと思って、バリウム飲んだのよ。
そしたら、次に胃カメラして下さいって・・・
平然と医者が言うじゃない。
ほんと、他人事だと思って・・・。
検査、受けたかって?
ノーだね、
でもすっぽかしは失礼だし。
一応、約束の時間には出かけた。
が・・・
待っている間、ハラへっちゃってさ、
前日の夜8時から飲まず食わずだったもんな~
待合室にいた子どものポッキーを齧ったら、
何してるんですかぁ!って、見つかっちゃった。
食事はダメって言ったろって返したら、
けっこう怒ってたなあ、
奥さんあきれて、当分検査って言わないだろ。
運動?
歩いてないから、当然走っちゃいない。
どうしてわざわざ歩くのかわからん。
仕事忙しくて、会社の近くにワンルーム買って、
忙しいときは、ここと会社の往復。
ワンルームって、ほら、手を伸ばせば、
たいがいの物を手に取れて便利。
冷蔵庫も酒用ってとこだな。
せっかく飯食ってんのに、
運動で消耗するのはもったいないと思って、
週末は自宅に帰っても1日中、パジャマ姿だね。
糖は160かな
まあ、当然の結果だろうけど、いまさら生活を変えろって
そんな無理な注文はやめてほしい。
アレしちゃダメ、コレしちゃダメなんて、
それだけで、病気になっちゃうよ。
・・・
こうした話を聞くと、健康志向の人は
反面教師と見ないといけないのだろうが、
こういう非健康的な人って、たいていどうにもならなくなってから
病院へ行くのだが、ほんと、家族はどう説得したらいいのだろう?
November 29, 2006 10:36 PM | コメント (18) | トラックバック (0)
2006年11月28日
モーオゥ~、巨乳が痛い!:
この春、北海道では牛乳が過剰生産になり、
千トン単位で廃棄処分されたという残念な報道があった。
昨年の夏は猛暑で牧草の育ちがよくて、
生産過剰になってしまった。
余った牛乳を加工に回しても、とても使いきれず、
捨てるしかなかった。
乳牛は言うまでもなく生き物であり、
需要が少ないからと言って、お乳を止めるというわけにはいかない。
搾乳(さくにゅう)をしてあげないと、乳房炎という病気になる。
だから、なんとしても搾りつづけなくてはならない。
搾ってあげないと、人間のお母さんと同じように、
巨乳が痛い!
過剰生産から破棄処理に至ったまずさには、
行政側の甘い見込みもあった。
国内自給率をあげるために、せっせと生産することに。
牛乳過剰生産のしわ寄せを食うのは、乳を搾る酪農家だ。
そもそも、欧米人に比べ、
日本人はあまり牛乳や乳製品を消費しない。
日本人は人口一人当たり、年間約40キロの牛乳を消費するとされるが、
欧米では、その2~3倍を消費する。
乳製品であるバターやチーズの消費に至っては、
3~13倍も日本より多い。
他国と比較した数字ではまだまだ日本の牛乳の消費が
伸びる余地は十分にあると思う。
消費量が右肩上がりで推移すれば問題はないのだろうけど、
を見ると、近年の消費量は横ばいもしくは
弱含みであることがわかる。
なぜこんなに牛乳の消費が伸びないのか。
ある調査では、男性では、13~15歳の需要がもっとも多い。
これを過ぎると、20代から30代がもっとも少なく、
40代から50代も少ない。
女性は19~22歳がもっとも少なくて大丈夫かと、
心配になってくる。
40、50代にならないと需要が復活しない。
この調査から、主要理由として、イメージ説が考えられる。
つまり牛乳が飲料としてのイメージに理由を置く主張だ。
まず「牛乳は子どもの飲み物」というイメージがある。
少年期の子が最大の需要の歳となっていて、
一方成人になったとたんに飲まなくなることからもわかるだろう。
大人を意識すると、他の飲料、たとえばコーヒー飲料や
清涼飲料、そしてアルコール飲料へ向かう。
牛乳には「太るイメージ」も強い。
栄養価の高さが強調されると、逆に
太るという誤ったイメージを形成してしまう。
多数の飲料を選択肢にされてしまうと、
健康飲料という言い方から、
そのイメージで売られてきたお茶系飲料、スポーツドリンク、
ミネラルドリンクに軍配があがる。
実際には、栄養価=健康であるにもかかわらず、
他の「健康飲料」が善戦し、
牛乳だけが落ち込んでしまう結果となっている。
そして・・・
ここに来て、「牛乳有害説」が広がってきて、
イメージが悪くなってしまった。
米国在の医師・新谷弘実さんが、ベストセラー本の中で、
人の胃相や腸相は、牛乳を飲むことで悪くなり、
やっかいな悪性炎症性の大腸炎もできる、と主張し、
さらに牛乳が子どものアレルギーを産み、
飲みすぎが骨粗そう症の原因になる危険性があることを指摘した。
専門的にこの主張は正当なのだろうか。
牛乳ファンの立場からすると、医学的に本当なのか知りたい。
新谷さんの本は一般書。
米国在であるから、英米の医学ジャーナルで、
発表されているのかと思って検索したが、
残念ながら専門誌の文献から見つけることができなかった。
もしご存知の方がいらっしゃたら、レファレンスを教えてほしい。
逆に日本の専門家から、新谷説への批判は見つかる。
たとえば、北大名誉教授の仁木良哉さんは、
J-milkのHPで、まっこうから反論している。
・食品としての牛乳の意義について、新谷氏は混乱
・自説をサポートするために使ったデータの読み違い
・ホメオスタシス機能の問題点
・アレルギー体質を作る説明が間違っている
・牛乳の過熱・殺菌の誤解
・酪農の認識欠如と謝った情報の伝達
仁木さんの説明を読むと、私はこちらを支持したい。
また別の研究報告は、牛乳を支持する。
新谷さんが触れていた大腸の病気に対しての反論になり得るか。
ハーバード大のグループが米国立がん研究所ジャーナル
2004年7月7日号に発表した報告では、
牛乳とカルシウムで大腸がんのリスクが低下
というコホート研究の調査結果を得ている。
牛乳をここまで有害と主張するほど
(牛乳アレルギー体質の方は別としても)
主張者に正当性があるとはとても思えない。
私自身、牛乳ファンとして生きてきて、
現在健康でいるわけだから、経験的に言って、
一層牛乳を飲むことをすすめたい。
記事「少女ハイジの愛し愛され方」(7月7日)で紹介したハイジが
おじいさんと町のマーケットで売っていたのは
自家製の「チーズ」だった。
オランダにはチーズ祭りがある。
朝青龍関のモンゴルにもさまざまな乳製品がある。
牛乳や乳製品は、もはや文化としてゆるぎないものであることを
私たちは、忘れたくはない。
・・・・・・・
コメント情報更新
「石原都知事のヤリスギ」今村利男さん
「夢時間盗作の場所は裏切らない」匿名さん
「逃げられない究極のイジメ」ぽぽろんさん
「犬猫さまが教える危機管理」錠全店さん
「お医者さんを癒やす作文教室」壁際の魔術師さん他多数
November 28, 2006 08:58 PM | コメント (17) | トラックバック (0)
2006年11月26日
アキバの萌えミルク:
今年の晩夏、東京・秋葉原のJR総武線の電車から向かいのホームを見ると、
ミルクスタンド
が見えた。
所用を済ませた帰路、新宿方面行きのホームに途中下車した。
スタンドのデザインは、レトロ風タイル張り。
売っているおばさんも、ちょっぴりレトロ。
このスタンドで売っているメニューは、
多種多様でいろいろなメーカーの牛乳。
白だけじゃない。おやつ牛乳、フルーツジュース、
飲むヨーグルト、サンドイッチなどが揃っている。
なつかしいいちごミルクもあった。
しかし、なんともうれしいのは、牛乳がビンで売られていることだ。
たまたま客がいないエアポケットのような静かな時間で、
「一番人気のあるの何ですか」
と、おばさんの一人に聞くと、
白ですね。抜きますか。
私がうなずくと、栓抜きで紙ふたを上手に開けてくれ、
明治の白い牛乳が差し出された。
1日平均何本ぐらいはけますか。
と、聞いてみると、
ふふふ、企業秘密ですよ。
・・・だって。おばさんは、笑顔を返した。
冷たい「白」は、なるほど人気がありそうな、
クセなしの美味しさで、渇いたのどに流れ落ちていった。
ストローではとても味わえない感覚、
昔あったガラスのビンに唇が喜んでいるのがわかる。
家だと、どうしても紙パックの1リットル用を買ってしまう。
あの日は晩夏で、まだ蒸し暑さが残る夕方だったけど、
今は、もう「ホットミルク」が売られているだろう。
そう思い、この記事を書きながら、インスタントコーヒーに
半分ほど牛乳を入れ、レンジで温めれば簡単、
カフェ・オ・レが出来上がり、今飲んでいる。
冷えた夜、浅い眠りに目が覚めた時などに、
ちょっと空腹を感じたら、温かい牛乳を飲みなさいと
教えてくれたのは、私の主治医であった。
確かに、そのままやさしく眠りにつける。
わが家では冷蔵庫に牛乳を欠かしたことがない。
年中飲み、飲み方も工夫し、料理にも使う。
ところが・・・
私が大事にしているこの牛乳の旗色が、最近悪くなっている。
もともと牛乳嫌いの人は多かった上に、
米国在住の医師・新谷弘実さんのベストセラーに
「牛乳有害説」が書かれていて、牛乳離れが加速した。
主婦向けの人気テレビ番組に新谷先生が登場、
啓蒙活動をしたものだから、うなずいた主婦が
口コミでひろげたのだろうか、
私が行くスーパーの牛乳のコーナーも
少しずつ売り場面積が縮小してきている。
以前なら、1リットルパックを2本買う人がいたのに、
今では1本が当たり前になってしまった。
想像をたくみにすると、元々、牛乳を嫌いであった母親たちが、
自分は飲まないで子どもに飲ませていたバツの悪さを感じていたところ
「牛乳有害説」が出てきて、それに便乗、正当化できちゃった・・・
のではないか、と思えてしまう。
私は、4月22日の記事「警告、あなたは縮む!」で、
カルシウム摂取不足の解消に牛乳を勧めたのだけど、
やはり、読者のコメントでも賛否両論があった。
終戦の翌年の年末、餓える日本の子どもたちに、
米国のアジア救済連盟(LARA)から
さまざまな物資が送られてきて、その中に
脱脂粉乳が混じっていた。
高度成長を支えた日本人の血肉は、
あの評判の悪い味の脱脂粉乳が作ったとは言えないか。
そんな風に考えると、やはり牛乳は大切な食品なので応援したい。
次回、もう少し考えてみよう。
November 26, 2006 10:15 PM | コメント (8) | トラックバック (0)
2006年11月25日
お医者さんを癒やす作文教室:
日本版ニューズ・ウイーク誌の11月29日号を読んでいたら、
いつものメアリー・カーマイケル記者の記事の中に、
久しぶりにリタ・ケアロン博士の名前を見つけた。
他に米エール大のアンナ・ライス助教授も登場していた。
いずれも、
Narrative Medicine
(ナレーティヴ・メディスン 語りかける医療)
の先頭を走っている人たちだ。
「語りかける医療」の命名者はケアロン博士。
この分野を学問的に確立したパイオニアだ。
30年のベテラン内科医であると同時に、
1999年に文学部で博士号を取得した異色の履歴をもつ。
彼女は米コロンビア大学でこの名の講座を持つ一方で、
全米の大学医学部でセミナー、レクチャー活動をし、
精力的にこの学問の有用性を説いて回っている。
「語りかける医療」を簡単に説明すると・・・
文章をつづり、語ることを学ぶことで
医療を改善しようというもの
たいていの医師は医療に忙しく、
医師がかかわる難題を処理する時間がない。
そこで文章を書くことで難題と対峙し、
優秀な医師に育っていくことになる。
医療は無味乾燥な医学用語だけで成り立っているわけではなく、
医師と患者との関係、医師と同僚医師、
医師と病院経営者、医師と他の医療関係者などの
ネットワークで成り立つものと考えると、
そこで使われる言葉のやりとりがいかに大切であるかがわかる。
コロンビア大学の実験では、作文を学んだグループの方が、
通常の履修組よりも、患者との対話がうまくいき、
処置がより適切だと判定されたという。
自分がとった医療をよく考えることで、
改善に気づくことになるわけだ。
「今や全米の80%以上の大学医学部では
なんらかの形で作文の講座をもって、
効果を上げている」
と、ケアロン博士は言う。
生死にかかわる、ストレスがたまる状況に際して、
一般に医師は感情を抑えた態度を求められるが、
医学を履修するうちに自然と感情を抑える訓練をする。
しかしそれじゃダメ
ライス助教授はこれを、
医学トレーニングのHidden Curriculum(隠れた履修課程)と呼んで、
医師によるこうした感情の抑制は、
やがて医師に自分を見失なわせて、
燃え尽きさせかねないことを指摘する。
燃え尽きる・・・
さまざまな葛藤が心のうちにこもり、自己崩壊するということか。
確かにケアロン博士が言うように、
書く行為は自分を見失うことを防ぐ有効な方法かも知れない。
死に瀕した患者と向かい合って、
生身で経験したことをつづっていく過程で、少しずつ
自分自身を立ち直らせていくことが実感できるのだろう。
「語りかける医療」は、すべての医師に有益な
スキルや道具、考え方をもたらすはず。そして
患者の苦しみに耳を貸し、その声に価値を見出し、
結局医師自身がよりよい医療を達成できるようになる。
と、ケアロン博士は、確信をもって、
作文をもっと採用するように願っている。
すでに書いたものを文集にしている大学もあり、
若い医師たちが経験を共有して、
さらに患者や医師間の関係をより良くしていく
手立てにしているのだ。
じつに人間的な試みで、よいアイデアだと思うが、
日本の医学部では、ほとんどこのようなカリキュラムがあるとは聞かない。
そういえば、記事「無視された親の願い」に
医療関係者と思われるコメントが多数寄せられ、
今も続いている。
意見の対立は別として、コメンテーターは「語りかける医療」への
アプローチに少しばかり参加していると言えないか。
November 25, 2006 10:05 PM | コメント (5) | トラックバック (0)
2006年11月24日
犬猫さまが教える危機管理:
関東地方に住んでいると、震度2~3の軽・弱震が起きても、
とうとう来たか・・・!
と、つい思ってしまう。
1995年に起きた阪神・淡路大震災の時、英国の自宅に
日本から震災の模様を知らせる新聞記事が
ファックスされてきた。
排出される感熱紙は大部分が黒く焼きこまれ、
壊れた道路、建物の異様な写真が目に飛び込んできた。
地球の裏側で起きた出来事の凄さが紙面をどす黒くし、
感熱紙を送る機械の単調な音によって増幅されて
私はおびえてしまった。
で・・・
機械は5分ほどで動かなくなった。
あの黒い紙面を送るために、英国製の電話機が
受信の限界を超えてしまったのだ。
そして今、小さな地震を経験するたびに、
「とうとう来たか・・・」
の感覚から逃れられない。
先日・・・
近くの森林を歩いていると、
樹木の間の小路に、木洩れ陽に照らされて、
長さ50センチくらいの細い蛇が横たわっていた。
蛇の姿など長く見ていないので、またも地震に結び付けてしまった。
宏観(こうかん)異常現象の早とちりだ。
大きな地震が起きる前に、人間以外の生物が異常反応を起し、
地震の到来を知らせるといわれる。
むろん1匹の蛇を見かけたぐらいでは、
まったく地震とは無関係だと思うけど、
ちょっとした異変に思えて、やはり地震を連想してしまう。
その少し前には、散歩中に、やたら犬が吠えていたし、
また猫がなんども道を横切り、なんだか気になった。
でも、猫が歩いている間は安全だという話も聞いたことがある。
宏観現象の情報にもならない
主観的な胸騒ぎ情報に過ぎないけれど、
2年前の2004年12月26日朝に起きた、
インドネシア・スマトラ沖地震での動物による予知の話題が
記憶に残っている。
あの時は、象であった。
タイ南部のリゾート地カオラックで、
象使いは、地震が起きた時刻に、
観光用の象の異様な鳴き声を聞き、
その1時間後、津波が来る直前に、観光客を背に乗せて、
高台まで走りだし、人命を救ったという話だ。
近くの沿岸でも、津波到来の直前、津波を察知して、
100頭ほどの水牛が高台へ避難し、水牛を
追いかけた村人たちは人命を助けられたという。
動物たちは人間以上に異常現象に対する感覚が鋭く、
阪神・淡路大震災の時にも、動物たちが地震を予知した
ような反応を示していたことが多く報告されている。
彼らの聴覚などが、異変を起し・起した自然現象から
発するものに強く反応するといわれる。
環境地震学のある学者は、震災直後から宏観現象として
寄せられた1700余りの事例から324例の獣事例を抽出、
そのうち犬35%、猫25%を分析した。
野良猫が夜通し泣き続けた、
通常はおとなしい飼い猫が暴れ、奇声を発した、
激しく飼い犬が吠えた・・・
といった現象が見られたという。
また、動物学者による阪神淡路大震災後の調査でも、
調査した犬猫の20~30%が吠える・騒ぐ・震える・
逃げるなど、通常とは異なる「予知行動」をとっていた。
おおむね言えることは・・・
犬猫の反応は、震度6~7クラスの大きな地震では、
地震発生直前24時間以内。
小さな地震でも敏感に反応するナマズとは違い、
犬猫は大きな地震で反応する。
犬猫と人間は密接な関係を維持しているから、
人々は、異常に気づきやすいという利点もある。
犬猫にこうした予知能力があるのなら、頼りになる家族だ。
November 24, 2006 07:38 PM | コメント (9) | トラックバック (0)
2006年11月23日
逃げられない究極のイジメ:
今朝、リビングに入ると、室内が冷えていた。
暖房のスイッチを入れた時、
ふと東京拘置所にいる袴田巌さん(70)を思った。
ずいぶん寒いだろう。
もう何十回目の冬になるのか。
昨日の続きである。
警察は、袴田さんを過酷な取調により、
警察が作った、次の筋書き通りの犯行を自白させた。
1966年6月30日午前1時過ぎ、クリ刀をパジャマの
ズボンのヒモに落としざしにして、寮の自室を出た。隣家の
楓の木からA宅の倉庫の屋根に移り、雨どいを伝って中庭に
降り、侵入した。家人に発見され、Aさんを殴り倒し、以下
4人をクリ小刀で殺害、現金を強奪した。その後死体に
混合油を振りかけ、マッチで火をつけて逃げた・・・。
判決文に書かれた事実認定はムチャクチャであった。
犯人とAさんの格闘状況は不明。
他の3人を刺した順序も不明。
着用していたというパジャマに血痕がほとんどなし。
公判が始まって9ヶ月ほど経った1967年8月31日に、
検察は、工場の味噌タンクから、大量に血痕が付着した衣類5点が
発見されたということで、証拠を出してきた。
検察にとって公判が維持しにくくなった頃に重なる。
判決文では、この血塗られた衣類が味噌タンクに入れた日時、
状況が皆目わからないままだ。
この血は返り血なのだから、被害者の血液型の血痕がついているはず。
しかしAさんのはびっちりついていたが、
10箇所も刺されている二女の血液型O型の血液が付着していない。
また血痕付着の仕方の整合性があるのはAさんだけ。
犯人が着ていた衣類5点の着方の順序から、
血痕の付着の仕方がわかるが、それを検証してみると、
被害者の奥さんのB型血液は、ズボン、スポーツシャツ、
ステテコ(注:一種のズボン下)を飛び越えて、
シャツとブリーフだけについている。
長男の場合も返り血の順序が不自然であった。
再審請求の段階で、弁護側が行った実験によれば、
衣類が発見されたタンクと同規格のタンクに、
発見当時に存在したと思われる量の味噌を入れて、
衣類5点入の南京袋を隠そうとしても、味噌の量が
少なくて隠せなかったという結果さえ出た。
凶器のクリ小刀はどうか?
袴田さんは、クリ小刀の柄を握り、四人に対して、
44回も突き刺したことになっているのに、
彼の手のひらには傷がまったくなかった。
しかもクリ小刀は先端が折れただけで、刃こぼれもなく
原形をとどめていた。
そんな馬鹿なッ・・・ではないか!
検察調書に、袴田さんが犯行後逃亡した裏戸の記載がある。
裏戸のカンヌキ(写真:門・出入口の開き戸をしっかりしめるため
の横木、写真は本事件とは無関係)をはずさず、右によせ、
トビラの下にあった石や留め金をはずしただけで、
無理な姿勢で外に出たとあったが、
実際、消火にあたった消防士らは、カンヌキはびくりともせず、
体当たりでカンヌキを二つに折ったと証言している。
裏戸から脱出後、カンヌキを外からかけることは絶対「不可能」だった。
裁判所は以上のような不自然、矛盾した証拠を
採用し、さらに控訴審、上告においても、
もっとも肝心な点には触れずじまいで棄却している。
2009年までには始まるという裁判員制度。
もし裁判員が1966年12月10日の静岡地裁の公判に参加していたら、
この事件は、今とは別の判決になっていたに違いない。
では、なぜ裁判所は、ここまで頑なに、
もう一度この事件の証拠を元に、きちんと検証をやり直さないのか。
そして、袴田さんに無罪判決を下さないで、
なぜ門前払いをするのか?
吹田事件を担当した佐々木哲蔵さんという裁判官は、
裁判官は時として、無罪判決を書くことへ
心理的抵抗を感じる、という。
戦前において、裁判官は検察官と同様に司法省に属していた。
その時代、裁判官の人事の実権は検察官出身者に
握られていることが多かった。
そこで、検察官にきがねが生じ、
無罪判決を出すには勇気がいった。
しかし戦後、裁判官は法務省から独立した職務となったので
そういうきがねをする必要がなくなったかというと、
あながちそうでもない。
佐々木さんは、「一裁判官の回想」の中で、
しかし、それでもなお一般的には、
有罪の裁判の場合よりも無罪の裁判の方に
裁判官がより多く心理的抵抗を感ずるということは、
現在でも実情ではないかと思われる。
と、「裁判官の心理」を説明している。
一方、裁判官には「検察官恐怖症」があると指摘するのは、
元裁判官の喜多村治雄さんである。
実際に事件を担当してみると、圧倒的な証拠量で
整然と立証する検察官と、たどたどしいヤリ方で、
時には経験則に反するような弁解をする被告人を
比較したとき、それでもなお被告人の主張に真剣に
耳を傾けることは、相当な忍耐を必要とするものである。
しかも大多数の事件はその通りであるという統計的事実
にも支えられて、検察官の方に傾斜していくのは、職業
裁判官としてある程度はやむを得ないことかも知れない。
と、「裁判所の黄昏」で書いている。
袴田事件の場合、検察官はとても整然と立証はしておらず、
それでもなお、裁判官が検察側に恐怖症をいだいていたのだろうか。
龍谷大の村井敏邦さんは、「検察官恐怖症」を
裁判官に巣食う「業病」と言う。
意識的に被告人の主張立証に耳を傾けようとする裁判官は、
決して少なくないだろうと信じたい。
と言う一方で、
現実の裁判を見る限り、この業病に深く冒されていて、
病識すらない裁判官が多数いると思わざるを得ない。
袴田さんを無罪釈放した後、国家が謝罪をしないかぎり、
私たちだって、いつ、十分な証拠もなく嫌疑をかけられ、逮捕され、
拘束され、長い間冤罪で拘置所に閉じ込められることがないとは、
決して言い切れない。
袴田事件・・・
取り返しのつかない、
国家による究極のイジメであると考えられないか。
・・・・・・・
袴田さんは、11月20日にお姉さんと面会されたとのこと。
この記事参照
November 23, 2006 08:26 PM | コメント (11) | トラックバック (0)
2006年11月22日
ボクサー魂の再審請求:
昨日11月21日の日刊スポーツ社会欄に、
輪島功一さんら
袴田事件で再審開始要請
という見出しのカコミ記事が目にとまった。
プロボクシング元世界チャンピオンの輪島功一さん(63)、
渡嘉敷勝男さん(46)らが、20日、
元プロボクサー袴田巌死刑囚(70)の刑が確定した
「袴田事件」(はかまだじけん)の再審開始を求める要望書を
最高裁判所に提出したという記事である。
要望書は全国から寄せられた約500通。
これを提出後、輪島さん(写真左端)は、
「袴田さんは白だ。ボクサーだからという
思い込みがあったのではないか」
と、話している。
警察がボクサーへの偏見で犯人と思い込んだことを
匂わせているようだが、
証拠を検証すれば、
袴田事件は間違いなく冤罪(えんざい)であるといえよう。
事件を振り返ってみよう。
今から40年前、1966年6月30日――。
静岡県清水市の味噌製造会社専務Aさん宅が全焼した。
焼け跡からAさん一家4人、
夫(41)、妻(39)、二女(17)、長男(14)の
焼死体が発見された。
長女は別棟に寝ていて幸いにも助かった。
遺体に刃物によると見られる刺し傷が多数あったので、
警察は、殺人・放火の線で捜査を進めた。
焼け跡から出てきたクリ小刀が凶器とされた。
しかし、この小刀は先端は欠けていたが、刃こぼれはなかった。
7月4日、味噌製造会社の工場、事務所、従業員宿舎などを
捜索した警察は、宿舎内にあった血痕付着のパジャマを押収した。
このパジャマの持ち主だった従業員・袴田巌さん(当時30)が
任意出頭後に逮捕されたのは、8月18日。
袴田さんは、逮捕後20日目に自白。
なんと1日の取調時間は、平均12時間。
最大は実に17時間に及んだ。
はっきり言って、通常の神経をもつ警察官なら、
こんな過酷な取調べをしないし、
またたとえ自白をとったとしても、
まともな裁判官なら、証拠として採用しない。
警察の内部資料に次のようにあった、と報告されている。
「本件は、被告人の自白を得なければ、
真相把握が困難な事件であった」
自白以外、袴田さんの犯行を裏付ける証拠がなかったし、
凶器とされたクリ小刀も被害者の傷と一致しなかった。
「元ボクサーだからやりかねない」という先入観で、
警察の筋書きが出来上がり、自白を強要されたのは間違いない。
1966年12月10日に静岡地裁で公判が始まり、
当然ながら、法廷で袴田さんは「自白は強要されたもの」と
一貫して主張、無実を訴えた。
しかし・・・
1968年9月11日に下った判決は、「強盗殺人」
「放火」などを有罪と認定、死刑。
東京高裁への控訴、最高裁への上告も棄却、
再審請求が続けられ、1994年8月には、
静岡地裁は請求を棄却。
2004年東京高裁での即時抗告審でも門前払いの棄却、
弁護団は最高裁へ特別抗告した。
そして、今回の元世界チャンピオンたちが最高裁へ
再審請求の要望書を提出したというわけだ。
(写真:現役ボクサー時代の袴田さん)
袴田さんは現在東京拘置所内におり、
長期の拘禁状態と冤罪が晴れない強度の精神負担により、
10数年前から神経を病み、家族や支援者との
面会もほどんとできない状態にある。
支援者と弁護士の有志は、袴田さんを外部の医師に見せることを
求めて、数回にわたって人身保護請求を行ったが、
このいずれも棄却されている。
このような非人道的な対応に対して、
2年前から宗教や人権関係の国際機関、たとえば
欧州のアムネスティ・インターナショナルまでもが支援を表明している。
支援団体のHPには、袴田さんの獄中書簡が紹介されている。
1983年2月8日に書かれた文章は、ボクサー魂の悲痛な声である。
「・・・殺しても病気で死んだと報告すればそれまでだ、
といっておどし罵声をあびせ棍棒で殴った。そして連日
二人一組になり三人一組のときもあった。午前、午後、
晩から一一時、引き続いて午前二時まで交替で蹴ったり殴った。
それが取調であった。・・・息子よ、・・・必ず証明してあげよう。
お前のチャンは決して人を殺していないし、一番それをよく
知っているのが警察であって、一番申し訳なく思っているのが
裁判官であることを。チャンはこの鉄鎖を断ち切って
お前のいる所に帰っていくよ」
物証なく、自白のみ、それも拷問による自白強要、
これで有罪、死刑宣告。
決して戦前の話ではなく、平和憲法下で起こったことである。
すでに日弁連会長が、12年前の1994年8月9日に、
「袴田厳氏の再審請求事件の棄却決定に対する談話」を
発表し、その文面で明記しているが、
・ 脆弱な証拠構造
・ 1・2審判決の事実認定の矛盾
・ 凶器と被害者の傷の不一致
・ 裏木戸の侵入・脱出の物理的不可能性
・ 捜査報告書の内容の虚偽性
これらの点で、裁判所がまったく間違っていることに言及している。
もはや、間違った判決であることが明らか
にもかかわらず、裁判所は自らの誤りを認めようとしない。
どうして!?
明日考えてみたい。
November 22, 2006 03:28 PM | コメント (7) | トラックバック (0)
2006年11月20日
世界のゲリを治せるか?:
安倍首相が慢性的な下痢に悩んでいることを
記事「安倍さん8月31日を守ってください」で少し触れたことがある。
通常、下痢といえば、おなかがキューンと来て、
トイレに頻繁に行く・・・ぐらいに理解されている。
これは先進国ニッポンでの話。
子どもが下痢になっても、伝染病や食中毒でない限り、
さほど慌てふためく親は少ないだろう。
しかし国が違えば、下痢は死に至る病であると、
先日米誌がその実情を報じている。
たとえば、発展途上国のバングラディッシュ。
インドの隣国で貧しい国だ。
この国では、1日に100人の子どもたちが
慢性下痢で死亡している。
(写真:医師に下痢治療を受ける子ども。
ICDDR提供)
世界では、1日当たり、なんと約5000人の子どもが
慢性下痢で死亡。
バングラディッシュでは死亡する子どもの死因の三分の一が
下痢によるものだというから、
日本などとは違って、下痢の深刻度がケタ外れに違う。
1971年にバングラディッシュのインド国境の
難民の間に、コレラ患者が出て、
医師たちが経口的水分補給処置(Oral Rehydration Solution / ORS)を
初めて行い、良い結果を得た。
それ以後、世界中で、なんと4000万人の子どもの命が
ORSによって救われた。
ORSは実に簡単で、そのコストは、安い。
1リットル、6セント(7円)の廉価。
砂糖と塩と水が下痢を止めるのだから。
(写真:ライスベースの塩ORS)
にもかかわらず、国連機関WHOによると、
まだ十分ではなく、5歳以下の子ども190万人、
すべての年齢でみると、1年に300万人が死亡している。
「治療にかかる経費なんて微々たるものだけど、
子どもたちになかなか行き渡らないんです」
と、WHOの下痢専門官は言う。
なぜか?
・人口密度の高い都市や田舎では、近くに十分な医療施設がない。
・親たちは、簡単に命を救える経口的水分補給のやり方がわからず、
すぐあきらめてしまう。
・指導する先進国側の理解に、下痢に対する深刻さが薄い。
・・・といった理由が挙げられる。
発展途上国では、下痢が死因のベスト3に入っていることを
先進国の人々があまり知らない、ということだ。
新生児特有の死因を除き、
5歳までの子どもの死因のベスト5は:
1 肺炎
2 下痢
3 マラリア
4 麻疹(はしか)
5 HIV / AIDS
ところが、たとえばアメリカで、
子どもの命を救えというチャリティを行うと、
子どもの三大死因を、エイズ、結核、マラリアと思い込み、
チャリティに冠する名前にその三つをつけるのが40%もあるという。
実際のトップ3は、肺炎、下痢、マラリアなのに、
どうも「下痢」と頭に名称をつけたチャリティでは
人もお金も集まらないようで、
人々があまり関心をもたない病名を嘆く医師もいる。
なぜ下痢がこんな風に発展途上国で深刻な事態を引き起こすかは、
むろん衛生環境が劣悪であるのだけど、
子どもが自分の指をおしゃぶりをする特性をもっていることも、
大きく影響している。
大腸菌やサルモニア菌が付着した手で物をつかみ、
それをおしゃぶりすれば、すぐに下痢にかかることは明らかだ。
また子どもの体にも問題がある。
人体はおよそ50~75%が水分。
小腸は腸壁を通して、
水や栄養を吸い上げる重要なポンプ機能を果たす。
それら液状のものが血管を通り、体内へ運ばれる。
しかし、小腸が病原菌の侵入を防ごうとすると、
とたんにポンプの機能が停止してしまう。
で、結果として、脱水症状が起きる。
・・・と専門家はわかりやすく説明する。
バングラディッシュの下痢撲滅のキャンペーンを行う
ある研究調査機関では、ORSだけでなく、「亜鉛」を使った治療を行い、
下痢をはじめ他の症状の改善に絶大な効果を生んでいる。
というわけで・・・
ご主人の下痢を心配しているという安倍昭恵首相夫人に、
まずこの問題に興味をもってほしいと思う。
そしてバングラディッシュを訪れたり、
下痢撲滅運動に関わってくれれば、
世界の人々がこの問題に注目をして、
今悲惨な状態にある子どもたちが一人でも多く
救われることに結びつくだろう。
昨日、安倍首相のベトナム訪問に同行している昭恵さんが、
ブッシュ米大統領のローラ夫人と一緒に昼食をとったとき、
「ファーストレディーとして、何をしてきましたか」
とたずねた。
ローラ夫人は、識字率向上の活動を続けていることを
紹介した。
昭恵さんには、将来、
「子どもたちの命を救うため、下痢撲滅の活動をしてきました」
と、答えてほしいものだ。
November 20, 2006 09:15 PM | コメント (7) | トラックバック (0)
2006年11月19日
石原都知事のヤリスギ:
昨日の記事「「オンブズパン」の後藤さん」では、
東京都の税金の無駄遣いを少しでもなくするために活動する
都議・後藤雄一さんを取り上げたけれど、
まだ問題は残っている。それは・・・
なぜ後藤さんが「建造物侵入罪」で告発されたのか
・・・だ。
後藤さんが007なみに調査し、
「院内感染」ならぬ「院内飲酒」をあばいた東京都立府中病院は、
都知事の石原慎太郎さんが推奨した「東京ER」(救急病院)の一つ、
石原さんが、「かねてから公約し」
「東京エマージェンシールームとして」「安心して」
「責任をもって・・・受け入れられる体制を講じ」
「ひとつ期待していただきたい」と公言された病院の一つであった。
そんなに都知事おすすめの病院が、
よりによって院内飲酒をしていたなんて、
本来なら、石原さん自ら、カミナリを落としてしかるべきなのに、
それどころか、都の税金を使ってまで、後藤さんを
告発する病院の行為をどう見ているのだろうか。
まさか・・・
石原さんと今回の告発は何か関係があるのだろうか
後藤さんは、もうほとんどライフワークとして、
まるで歴戦の勇士のように、
税金の無駄遣いをする役人相手と戦っているわけであって、
贅沢ぐせの脇の甘い「坊ちゃん気質」が抜けきらない
石原さんにとって、天敵のような存在なのだ。
何の関係もないなんて、普通は考えられない。
しかしもし関係があったら、やばいし、
完全にむずい問題になっちゃうよね。
まったく関係ないと言い切っちゃっていいのかな。
やはり関係ないと言い切るには無理があると思えてならない。
だったから、石原さんには、あの告発は自分とは
まったく関係ないと言ってもらわないと困るんだけど・・・。
府中病院のお酒問題も、普通は想像もしないこと。
もしこういうことが許されるならば、たとえば、
タクシー運転手が助手席に、
ウイスキーボトルや焼酎ビンを置いておいて、
客乗せてもいいのかな。
「後で一息入れたいから、その時用に置いてんです」
と、ボケかましてよいのだろうか。
それと同じ言い訳だと思うが。
さて・・・
石原さんと言えば、この11月15日に、
共産党の都議員団によって、
海外出張費の大きな無駄を具体的な数字であげられて
糾弾されたばかりである。
共産党によると、石原さんの海外出張は、
99年知事就任からこれまで19回。
うち15回の経費は、総額2億4350万円にのぼる。
証拠と付き合わせて細かく検証すると、
そのほとんどが、税金の無駄遣いと言える内容となっている。
経費を節減する意思のかけらもない、言い値で通訳の謝礼を
支払ったり、本来なら知事夫人には税金が使えないケースにさえ
税金にツケを回す金銭感覚の麻痺には、空いた口がふさがらない。
そして、この点を報道陣に指摘された石原さんは、
「知らないよ、私は。そういうことは
事務局に言ってくれ。・・・直すところがあったら
直したらいいじゃないですか」
と語ったが、直すどころか、
最新の大名旅行が今年5月の欧州視察では、
18名出張し、約3573万円を浪費しているのだから、
いったいいつ直すねん
直す気ィあるの?
と言いたくなるほどの情ない弁明となっている。
あの「シナ発言」「三国人発言」「核武装発言」「いじめ発言」などに
みられるような、強気がすっかり消えて、
逃げ一手の弁明である。
追及の糸口はまだある。
これも、都議会で問題になっていることなのだが、
石原さんの肝いり(つまりトップダウン方式)で
豪華な美術ギャラリーの不可解な予算増額とその運営が
私物化されている。
「トーキョーワンダーサイト」というのがそれ。
石原家の四男で画家の石原延啓さんと、彼と仲良し夫婦が運営を仕切り、
ギャラリーは閑古鳥が鳴いて、収入は1200万円とか。
で、今年度の予算額はなんと4億7千万円という。
仲良し夫婦の夫の方は都の参事と館長、妻が副館長の三重のギャラ取り。
文化芸術に関しては、都の方針は予算削減というから、
石原さんの身びいきぶりが、もはや極まっている。
普通なら、痛くもない腹をさぐられるのを嫌って、
「身内」を遠ざけようとするものだが、彼は露骨にやりすぎた。
実際、都民の血税は、赤ワインのようにおいしいのだろう。
たとえば、この記事。
こうした流れから見て、次に当然、
猛烈な勢いで後藤さんの追及が起きるかもしれないので、
先回りして、都からの牽制という推理が
成り立つと考える人はいるだろう。
そう考える人がいても、誰にも止めることはできない。
・・・・・・・
コメント情報更新
「ボク、トーストだけでいい」
「無視された親の願い」
「信頼って賭け?」
「悲しみの愛蘭土にだぶった朝鮮」
「黒田ご夫妻の「紙婚式」」など
November 19, 2006 10:58 PM | コメント (15) | トラックバック (0)
2006年11月18日
「オンブズパン」の後藤さんにマジかよ?:
今朝の朝刊の東京版に、ちょっと不可解な記事が掲載されていた。
東京都議会に後藤雄一さん(55)という都議がいる。
こだわり手作りパン屋さん「ウッドペッカー」を経営しながら、
長く「行革110番」という名の本格的なオンブズマンとして
都政ににらみをきかせ、都行政の悪い面を
市民レベルから改革しようと活動をしている人だ。
オンブズマンというより「オンブズパン」である。
1985年にミニコミ誌「世田谷行革110番」の
第一号を発刊し、95年まで世田谷区をターゲットにして
一件一件情報を配り歩いた。
翌年96年からは都庁の不正摘発を始めた。
97年には都庁の食料費不正事件を摘発、
なんと8億円を返還させた。
01年都議選に出馬して初当選。現在2期目だ。
都の会議費による裏金づくりを見つけ、監査請求、
裁判で追求し、8億1千万円を返還させた。
監査委員自身が率先して裏金づくりをしていること暴露させた。
都庁の年間24億円のタクシー券の不正も
後藤さんが廃止させた。
タクシー券が金券ショップに持ち込まれて現金に換金、
なんと職員の裏金になっていたという。
厳しく言えば、公金横領だ。
また・・・
裏金づくりをするために、多くの都議が、
海外視察の際、ファーストクラスの旅費を受け取り、
実際はビジネスクラスを使って、その差額を私的に
流用していた事実も明らかにした。
彼の業績を見るに、都民としては、
自分が納税しているお金の見張りをしてもらい、
本当に頼もしい思いがする。
しかし当然ながら都議会や都庁の中に
後藤さんの足をひっぱろうとする人々がいる。
今朝の記事は、都立府中病院(青木信彦院長)が、
都民の星である後藤さんを、こそ泥よばわりの「建造物侵入罪」で
府中署に刑事告発したというものだった。
それも「事件」があったのが、04年4月のこと。
なんで今ごろなんよォ・・・
都立府中病院の職員が勤務中に飲酒をしているという
情報を得た後藤さんが、調査する目的で病院内に立ち入った。
すると、同病院の2階の検査科休憩室には、
ウイスキー、ブランデー、焼酎、ワイン、発泡酒、合計12本の酒が
置かれていた。これを職員が勤務中に週に2~3回飲んでいたのだ。
酒で傷口を消毒したのではあるまいし、
まともじゃないね
酒専用冷蔵庫を見た後藤さんは、
「まるでバーかスナック、都立病院とは思えず、
この病院にだけは入りたくない!!!と思ったことを
覚えている」
と、自らのホームページに書いている。
飲酒運転ではなく、これでは身の毛もよだつ飲酒医療か。
この非を棚に上げて、府中病院は後藤さんを告発した。
告発理由は、
部屋のカギはかかっていなかったが、
事前に院長の許可を受けずに、
関係者以外立入禁止の臨床検査室に入ったというものだ。
これに対して、後藤さんは、
「身分を名乗って入室し、退去も求められていないのに、
犯罪に問われるのはおかしい」と述べた。
そして、なぜ2年6か月を経ての告発なのか、である。
告発状を書くのに手間取ったということは理由にならない。
どうせ、こんな告発を警察もまともに取り上げないだろう。
さらに税金を使う愚をおかす警察ではない。
となると・・・
後藤さんの行動への牽制のための告発乱用である、
と見るのが、自然ではないか。
都立の病院が告発となれば、
当然告発状などは弁護士が作成し、
税金が支払われているのだから、
愚かな病院の判断に、また無駄な税金が使われることになる。
これでは、税金の無駄遣いの悪循環に陥っているではないか。
しかし、この告発には、隠れた狙いがありそう。
ある意味でタイミングが良すぎるからだ。
続きは明日――。
November 18, 2006 10:47 PM | コメント (4) | トラックバック (0)
2006年11月17日
悲しみの愛蘭土にだぶった朝鮮:
イギリスに抱かれたような形の島、アイルランド。
漢字で、
愛蘭土
と書くと、ほのかに麦の香りがしてくる。
その昔、アイルランドの農民はずっと麦を小作してきた。
ところが麦が領主の苛斂誅求の対象になるということで、
課税から逃れるために、荒れた大地でジャガイモを育て、
それがいつしか彼らの主食になった。
この国の人は本当にジャガイモが大好物。
毎日ジャガイモを食べても、好物は?と聞かれたら、
ジャガイモと答えるぐらい好きなのだ。
ジャガイモに強く依存してきたところ、
1845年に胴枯れ病が発生し、
大飢饉が起きた。
4年後には100万の餓死者を出し、3~4割も
住民人口が減った町や村が当たり前の状態になった。
まさにアイルランド版の天明・天保飢饉である。
(写真:イラストレイテッド・ロンドン・ニュースより
飢饉の1シーン)
餓えた人々は移民となって、イギリスや北アメリカへ向かった。
故ケネディ大統領の祖先もその一人である。
彼らのDNAに刻まれたのは、おそらくこの飢饉体験、
それにイギリスによる圧政体験だったろうから、
高い文芸センス、卓抜な政治感覚、聡明さ、辛抱強さ、
信仰の強さ、孤高、英雄性、強固な信念・・・
といった国民気質を生んできたと思う。
イギリスに併合されていたアイルランドは、
飢饉をきっかけに政治的自由を獲得する長い闘争期間に入った。
やがてそれは内乱を生み、イギリスの抵抗を呼び、
自治を求めた。
そしてついに、アイルランドを独立させ、
共和国を誕生させる民族運動の流れに変わった。
この民族運動をイギリスは軍隊や武装警官の武力で弾圧した。
義勇軍や共和国軍がゲリラと化して、イギリスを悩ませた。
そして国民の支持を得たシン・フェーン党が1919年
ダブリンで第一回アイルランド国民議会を開催して、
独立を宣言してしまった。
むろんイギリスはその宣言を認めず、
この年から1921年まで2年以上、激しい抗争が続いた。
風は麦の香りではなく血の香りを運ぶようになった。
こうした激しいイギリスに抵抗する愛蘭人の戦いを描く映画が
昨晩試写会で観た「麦の穂をゆらす風」である。
テディとダミアンは兄弟だ。
兄はすでにゲリラのリーダーとなっている。
一方ダミアンは、医者の卵、ロンドンの病院に職を見つけてある。
ダミアンは、アイルランドに帰省している間、
イギリスの軍人に若い友人が虐殺されるのを目撃する。
それでもロンドンへ戻ろうとするダミアンは、
再び駅頭でイギリス軍人の横暴さを目の当たりにし、
彼は、ついにゲリラ兵に志願する。
みどころはいくつかあるのであげておこう。
ダミアンたちゲリラの戦いと内戦とその歴史。
条件付自由か共和国か政治理想の葛藤。
ダミアンと恋人シネード、家族や仲間の触れあい。
政治に翻弄される兄弟の相克とジレンマの深い悲しみ。
宗主国イギリスの残酷さ。
観客の私たちは、アイルランド人のダミアンたち市民戦士や
その家族に感情移入して映画を観るだろう。
それらはとたんに日本人としての心に、
日朝併合により、二級市民扱いされた朝鮮の民の姿が
だぶってくる。
1919年3月1日の朝鮮独立運動。
朝鮮半島での日本人軍人、警察、その手先となった朝鮮人たちが
市井の民を弾圧する姿が、
アイルランドで横暴に振舞うイギリス人やその手先の姿に重なる。
アイルランドを舞台にしたスクリーンを見ているはずなのに、
突然、降って湧いたように、朝鮮半島の出来事につながってしまうのだ。
共和国の理想に殉じたデミアンが正しかったのか、
それとも、条件付自由で妥協した兄テディが正しかったのか。
映画を観終わったとき、考えてみるのも興味深い。
監督は、社会派ケン・ローチ。主役のデミアン役は
「プルートで朝食を」で注目された
新星の貴公子キリアン・マーフィー。
これほどのはまり役はないと見るが、どうか。
2006年カンヌ国際映画祭パルムドール賞(the Palme D’Or)を受賞。
受賞後、イギリス批判映画ということで、
30の映画館でしか公開されないと、ケン・ローチ監督は
不満をもらしていたが、
実際は、105スクリーンを越えて、これは
彼の前作以上であったそうだ。
・・・・・・・
麦の穂をゆらす風(シネカノン配給)
監督 ケン・ローチ
脚本 ポール・ラヴァティ
出演 キリアン・マーフィー、パドリック・デレーニーなど
11月18日(土)よりシネカノン有楽町、渋谷シネ・アミューズほか
全国順次公開
November 17, 2006 07:54 PM | コメント (8) | トラックバック (0)
2006年11月15日
黒田ご夫妻の「紙婚式」:
都庁職員・黒田慶樹さんと清子さんは、今日11月15日
「紙婚式」(一周年)を迎えた。
プリンセスが公務員男性に嫁いで、
普通の生活に入ったことは、
女性週刊誌の恰好の話題であり、
昨日発売の週刊女性、週刊女性自身は
おめでとうの近況記事を載せている。
どんなマンションに住んでいるのか。
どこでどんな買物をしているのか。
でかける時はどんなファッションか?
住宅ローンの中身は?
夫婦でデートや食事に行くのかどうか。
コンビニ、スーパー、百円ショップ、99円お総菜、
タイムサービスの品、普段着のファッション・・・と
清子さんの行動範囲は、とても質素で、
バブリー庶民よりはるかに庶民的だ。
二つの雑誌の記事もかつてのプリンセスが、
いかに庶民的な生活で、それを楽しんでいるかのように
地元の人たちの証言でつづっていた。
折々の記事を読む限り、清子さんは、この1年間、
庶民の生活に懸命に溶けこんでいるように写り、
またそうした生活を楽しんでいるように描かれている。
もし本当に楽しいのならば、おそらく庶民の日常を見る観察力に
すぐれているのだろうし、それを黒田さんが帰宅後、
今日あったアレコレをまるで兄に聞かせているような姿を
連想してしまう。
むろん、このひと時も楽しいものに違いない。
そうは思うのだけれど、女性雑誌のように素直に受け取っていいいのか
ちょっと無理されていないかと、少し心配になってくる。
むかし、江戸末期に和宮さんが武家(将軍家)に降嫁しているが、
かつて爵位すらもたない黒田家に皇女が降嫁するのは、
画期的なことであった。
したがって、清子さんが庶民の中に入っていこうとする姿勢は、
もう驚きであり、一種、感動的でもある。
ではこの姿勢はどこからの流れかと言うと、
詳しく述べると長くなるのでスキップするけど、
終戦直後にさかのぼると、私は考えている。
終戦後まもなく昭和天皇は、GHQのマッカーサー元帥に
会いに出かけておられる(写真)。
ガンサーの「マッカーサーの謎」にこの時の会見の一部が
書かれており、天皇が、
わたしの国民はわたしが非常に好きである
と述べている。
国民が自分を愛してくれているから、
天皇は今、国民と一緒に生きている・・・というわけだ。
これは真意だったに違いない。
なぜなら、人間宣言後、周囲の役人らはいまだ、
不可侵天皇として崇拝しているつもりだったけど、
天皇はさっさと国民の側についてしまい、
GHQが要望した通り、国民と歩調をとりつつ国家を復興させていたのだから。
また・・・
アラブの国でクーデターが起き、
王子が殺された時、皇太子だった今上天皇は敏感に反応し、
国民と皇室が歩みをともにする必要を痛いほど感じた、という。
皇太子時代から国の象徴にある今に続くまで
一貫した人格を見れば、十分に納得ができると思う。
無礼に振る舞った金大中さんを歯牙にもかけない
態度には敬愛の念が深まろうというものだ。
こんなこともあった。
昭和天皇は、むろん、人間宣言をし国民との距離を縮めつつも、
まだ戦前の「神」としての立場への揺れ戻しを
たとえば、終戦翌年の新年歌会において「松上の雪」という題で、
ふりつもる み雪にたへて色かへぬ
松ぞ雄々しき 人もかくあれ
と、天皇崇拝、忠魂愛国のスピリッツ保持をアッピールしている。
この年の2月から始まる、昭和天皇の全国旅行は、戦争の傷が癒えない
不穏な状勢を、いまだ国民が崇拝する天皇を政治的に利用して、
農民の食料供出促進、天皇制護持派の選挙サポート、社会権の抑制
などといった目的はあった。
しかし、一方で、
天皇は心の中に、国民との距離を縮め、一緒にこの苦難を
乗り越えようという、アッピールを出す旅行にしたかったのではと、
帽子を手に国民の前にプレゼンスを見せるスナップを
みるたびに、私は思ってしまう。
昭和天皇の姿を間近に見た今上天皇は、
国民あっての皇室であることをアッピールすることに
骨身を削ったのは明らかであり、
その流れは、秋篠宮夫妻や皇太子に明らかに引き継がれている。
とりわけ真子さんを懐妊していた紀子さんが
冬の国体に出席され、雪降り震える屋外の会場にもかかわらず、
じっと耐えるように公務を果した姿は、
痛々しく、国民への強いメッセージとして受け取ることができた。
きっと美智子皇后が民間へ嫁ぐ清子さんにしっかり心構えを話し、
清子さんも紀子さんを手本にされ、
あの質素な服装、控えめな振る舞いをマスコミを通してみるたびに
国民は自分たちに近づこうと努力している皇室の意思を
ひしひしと感じるのである。
しかし・・・
清子さんがコンビ二や写真のような安価な総菜を買うところまで
庶民の目線に降りて来るのを見ると、
個人的感想ではあるが、かなりつらい。
ここまで気遣いをする必要はないのでは、と思う。
一体誰にここまで気遣いをする必要があるのだろうか。
レストランへ行こうが、デパートで買物をし、
仕事帰りの黒田さんと待ち合わせ、デートをしてもよいと思う。
そして気軽に街行く人々と「こんばんは」と
言葉をかわす自然なかたち・・・。
二人とも晩婚であり、その分までこれから生活を
精一杯エンジョイすることを望みたいし、
宮内庁もそのあたり、気配りしてほしいと思う。
November 15, 2006 08:10 PM | コメント (9) | トラックバック (0)
2006年11月14日
ニッポン家庭の定番?:
これが創作であればよいのですが・・・。
ある家庭にて(1)
娘 :パパ一週間出張になったからノビノビするね、お母さん
息子:え、一週間? 一週間で戻ってくんのかよォ。
会社も一、二年どっかへ飛ばしてくんないかなあ、
あの冴えないおやじを
母親:まあねえ・・・
娘 :そりゃ、お兄ちゃん、無理よォ、家じゃ粗大ゴミ、会社じゃ
部長待遇だといっても、契約社員扱いじゃん
息子:契約って退職金、どーなんだい
母親:くわしく聞いてないけど、残れただけでもありがたいのよ。
社内で恨みだけは買ってなかったみたいね。
だからパパは残れたのよ
息子:恨み買うやつって、やっぱバリバリできたやつだよ。
オヤジもともと能力ねえんだから、恨みの買いようがない
娘 :うっとうしい話やめてよ、私絶対大学いくよ、
海外留学もしっかり人生設計に織り込みずみだからね、
人生狂わさないでよね
母親:あんた、就職考えてんでしょうね?
息子:まあまあそういうツッコミはやめようよ。
一応オヤジを見ている者としては、
あまり希望もてないわけよ、それに・・・
自分探しっつーのを一度やってみたいし・・・。
話あわねえんだよな、やっとかないと。
ママさ、もう一つパート増やしゃいいよ、
ほら駅前に新しくスーパーできたじゃん
娘 :何、言ってんの。スーパーはだめよ、友達にばれるし、近場はだめよ、
三駅向こうにしてね
息子:いいじゃん、調理補助でテンプラ上げりゃ。
それにさ、ママ、店長にナヨナヨすりゃ、
テンプラくれんじゃん、それで晩飯助かる
母親:まあ、悪くはない話とは思うけど・・・
息子:ほんとしっかりしてほしいよ、オヤジ、
ジャージ着て、定年で庭いじりなんかされたら
たまんねーよ
(写真:いまや犬の方が家族らしい雰囲気。人間も見習いたい)
同じ家庭にて(2)
夫:おばあちゃんの調子、どうなんだ?
妻:先生も風邪でしょうとおっしゃって、食欲も出てきて落ち着いているわ
夫:夜中、セキが留まらなかったあの時は、一気に逝くかと思ったよ
妻:おばあちゃんに聞えたらどーすんのよ。耳だけは丈夫なんだから
夫:テレビ見てるから大丈夫だよ。もうおばあちゃんの世話も
いい加減に解放してもらいたいよなあ、おまえにはすまないとおもうよ
妻:でもまだオシメしてないから恵まれているわ
夫:ということは、おまえずっとおばあちゃんを看る腹づもりか
妻:だったら、どーするのよ、うちが看なきゃ。
何にかいい方法あるぅ?
夫:今流行りの何とかホームってあるだろ
妻:あなた、いくらかかるって思っているのよ、
そんなのは余裕のあるおうちのすることよ
あなた、わかっているの?
うちは子ども二人いて、おばあちゃんがいて、
私たちの老後もあるのに、やっぱり子どもたちの言うとおり
あなたって、ノーテンキね
夫:まあ、おばあちゃんしっかり貯め込んでいるから、
面倒見ておくか
妻:そうね、老人ホームにお金とられることないもん
老人会にて
老婆A:この間、調子悪くなったって言ってたけど、治ったようね
老婆B:ひどい風邪だったの、心配してくれてありがとね、
私の体のことを親身になって心配してくれるのって、他人様だけ
老婆A:家族ったって、情(じょう)がなくなったもんだね
老婆B:嫁がスーパーへパートに行ってるでしょ?
店長と仲がいいのかどうだか知らないけど、
毎日テンプラもらって帰ってくるのよ
老婆A:そりゃきついわね、
この歳になって夕食にテンプラはもたれるわね
老婆B:でも、孫はパクパクおいしいっていうから。
この間なんかテンプラにトンカツがついてきちゃって、
見ただけで、ゲップしちゃったわ
老婆A:でも、テンプラぐらいのことで嫁や孫ともめたくないわね
老婆B:そうね、下手にもめて老人ホームにほうりこまれたらさみしいしね。
こないだも私、聞いちゃったのよ、
孫たちが息子のことを能無し呼ばわりしているのを
老婆A:そりゃ、ひどい・・・
老婆B:毎日家族のことを思って働きに行っている息子が不憫ね
だから私はあの嫁と結婚するときに反対したのよ
でも今でいう「できちゃった婚」だったんだけど、これは内緒よ、
誰にも内緒よ、結局、あの嫁にひっかかちゃったのよ
老婆A:もう人生って戻れないものね
・・・・・・・
会話シリーズ
「原監督とキツイの共感」(7月15日付)
November 14, 2006 08:58 PM | コメント (9) | トラックバック (0)
2006年11月13日
万年筆が泣いている:
過日、日刊スポーツメディア局の今西さんから
所用でお手紙をいただいたのだけれど、
今どき珍しく、丁寧に毛筆で書かれていた。
ほとんどがワープロ製の手紙の中で、ひときわ目立ち、
あ~、こういう方なんだ、と思った。
昨日の記事「信頼って賭け?」に登場したA医師も
やはり手紙は毛筆を心がけておられる。
手術承諾書などに書かれた毛筆体を見ると、
手術前の患者も、これから自分が受ける「手術」が
とても厳粛に思え、いよいよだなぁ~と感慨深い。
私も大学生時代に、自己流の草書体で毛筆を使って
手紙を書いていた時期もあったが、
やはり無手勝流では味が出るところまでいかず、
残念ながら諦めてしまった。
私は事務的な手紙ではワープロ、私信はできるだけ
万年筆を使うようにしている。
ワープロを使った場合でも、なるだけ
冒頭の「拝啓・謹啓・冠省」と相手のお名前だけは
万年筆で書くようにしている。トメ言葉もそうする。
これは、英国の首相のトニー・ブレアさんが、
閣僚のロビン・クックさん辞任の時に送った手紙を大衆紙で見て、
なるほど、そういう書き方があるんだな、と知って、
以来、まねをさせてもらっている。
中学の入学祝に父がモンブラン製を買ってくれたのが、
私と万年筆との最初の出会いだ。
「父親が息子に贈るもの」としては、万年筆はなかなかオシャレだった、
と、亡き父を思い出している。
男は女性のように宝飾を身につけたりできないから、
万年筆はちょっと贅沢が許されるだろう。
以後、シェーファー、パーカー、ペリカン、ウォーターマンなどを使ったが、
今、愛用しているのは、初心に帰ってやはりモンブラン製(写真:MS149)。
妻がワープロばかり可愛がっていると、万年筆が泣いているというので
できるだけ使うようにしているが、
近頃は、ひときわ、愛しい存在に思えてくる。
文具にとりわけこだわりをもっておられた作家・山口瞳さんは
理想の万年筆として、次の三つの条件をあげた。
1 ヌラヌラ、スルスルと抵抗なく、音を立てることなく滑らかに
書けること。
2 したがって指にも力が入らずに、肩が凝らないこと。
3 原稿用紙に二行の文章を書くときに最初の一行を書き終えた
ときに最初の一行のインクが乾いて、容易に二行目に移行
できること。
言葉で言うのはやさしいが、自分の指の感覚にぴたりと合った
万年筆を見つけるのは、至難の業だ。
一種、相性のようなものを感じる。
この「ヌラヌラ」や「スルスル」だけでは、皆目わからない。
わからないが、なんとかくわかるのが同好の士か。
万年筆を使い始めた当座は、幾分書きにくさがあって、
馴致(ブレーク・イン)というものが必要だそうだ。
まるで、人とであってだんだん仲がよくなっていくようだ。
私の経験から言うと、書く量にもよるが、
だいたい3万から4万字を書くと、ペンの硬さがほぐれる。
それも断続的ではなく、毎日書いてみることだ。
人と会話をするにつれて、打ち解けていくのに似ている。
またインクだけど、黒は控えた方がいい。
成分のせいかインクがつまり気味になる。
ワッシャブル・ブルーがよく、
私はたまたまよい感じだった安物のカートリッジ・インクの
中身を小瓶に集めて、利用している。
なぜかこれが一番書きやすいインクなのだから仕方がない。
決してインクの値段の問題ではないのだ。
そう言えば、万年筆は、大事な歴史的瞬間に姿を現している。
万年筆愛好家の梅田晴夫さんによると、
フォード劇場で暗殺された時、リンカーン大統領の
ポケットに万年筆が入っていたことを
日本人の万年筆蒐集家が突き止めているそうだ。
また、昭和46年、広島の江田島で旧海軍戦艦「陸奥」の
艦尾の水洗いをしていて、人骨にまじって遺品が発見され、
その中に2本の万年筆があった。
そのうち1本にY.TANAKAというネームが入っており、
秋田県能代市出身の、故田中芳郎兵曹(当時18歳)の
遺品であることが判明しているという。
国家間の条約締結の際、各代表の署名に万年筆はつきものだが、
パイロット万年筆も使われている。
こうした政治の中の万年筆を題材すれば、一冊の本になりそうだ。
文豪の永井荷風さんは原稿を毛筆で執筆されたそうで、
万年筆で書かれたものはほとんど存在しないという。
しかし、たまたま親友がスナップ写真を撮り
その写真に万年筆で記念署名をしたものが残っているそうだ。
三島由紀夫さんの遺作となった「豊饒の海」の
完結編「天人五衰」を書き上げたのは、どんな万年筆だったのだろう、
と梅田さんは書いているが、
今年も11月25日には「憂国忌」が行われる。
三島さんに詳しい方がいらっしゃったら、ぜひ聞いてみたいものである。
November 13, 2006 09:38 PM | コメント (14) | トラックバック (0)
2006年11月12日
信頼って賭け?:
信頼している先輩が、
私にこんな風にアドバイスしてくれたことがある。
「人生は長いから、信頼できる医師と弁護士を
確保しておくことをすすめるよ」
やはり長く生きてきた人は言うことが違う、と思った。
私は率直に聞き入れ、現在、
信頼できるA医師とB弁護士に恵まれている。
ある時。
「酢を飲むって、今、ブームになってますが、
どうなんでしょうか。やっぱり効くんですか」
と、ちょっと気になっていたのでA医師に尋ねた。
「だめだめ、酢は料理に使うもので、飲んじゃだめだよ」
と、一刀両断で否定されてしまった。
信頼しているから、私は従う。
身辺に法律問題が生じたとき、B弁護士の事務所へ出かける。
B弁護士にたどりつくまでには、失敗もあった。
他の弁護士が訴訟を勧めても、B弁護士は「勧めません」という。
B弁護士の話は合理的でかつ私の心理を読みぬいており、
納得した上に信頼しているから、
私は、忠告を聞き入れ、法的手段をとることをやめる。
一度、それにそむき、別の弁護士で訴訟をしたため、
結果はB弁護士の言うとおりになり、目からうろこだった。
世の中が複雑になり、私たちは自分の能力を超えた事態に
対処しなければならないことがある。
医師や弁護士は国家資格を持っているから、
一般の力の及ぶところではなく、
彼らの協力なくして、自分の願いや要求を満たすことができない。
私はA医師とB弁護士を信頼してきた。
裏切られたり、失望されられることが将来あるかどうか、
それは、今の時点でちょっと考えられない。
(写真:C君の筆墨)
ところで、「信頼」の語義を、
信頼するに値する能力
他に対する信頼
の二種にわけて説明したのは、ドイツの哲学者・ハルトマンだ。
彼は、「信頼に値する能力」で、
信頼される側の人格の道徳的力に言及している。
意思や人格が将来にわたっても同一であることを信頼の根拠におくのだ。
A医師やB弁護士で私が思い浮かべるのは、
この二人のプロフェッショナルは、
患者や顧客の間にある約束事が将来実現するまで
自分の意思や人格を変えそうにない、という点だ。
ハルトマンは、この信頼の側面を理解した上で、
「他に対する信頼」を説明する。
人は、信頼に値する能力をもつことを前提にして、
いきなり相手を信頼する。
これが「他に対する信頼」だ。
たとえば・・・
あなたは、見知らぬ土地にいる。
駅へ行く道がわからないとき、そこに人が通りかかる。
その人に尋ねると、駅の方向を教えてくれる。
あなたは、それを「疑いもなく」信じて、教えられた道をたどり始める。
そのまま道を行けば、森に入っていき、迷ってしまう・・・
などとは、決して思わないで、歩き続ける。
相手が果たして真に信頼に値するか否かを検証した後に、
信頼するのではないのだ。
この意味で、信頼は冒険であり、賭けであると言える。
こうした二つの側面を持つ信頼の上に立って、
人間関係が成り立っている、とハルトマンは言うのである。
もう一つ、こんな例はどうだろうか。
飛行機の中で、病人が出た、としよう。
よくある話だ。
「おいしゃさんは乗っておられませんか」と機内放送される。
一人の乗客が、手をあげ、「私は医者です」と答える。
この瞬間、他の乗客は、喜びの声をあげ、安堵するだろう。
ハルトマンがいう「信頼」のふたつの側面を理解するケースだ。
最近、医師や弁護士の不祥事をよく耳にする。
信頼されるというのは、本来、名誉なことである。
相手が、無条件に自分を信頼してくれていることを
誇りに感じない人は、恐らくいないだろう。
医師と弁護士はそれを無尽蔵に感じることができるはずの
実に恵まれた職業であるにもかかわらず、
不祥事に走ってしまう人が増えているのは、
自分たちの職業の持つ「信頼」を誇りに思わなくなって
きているせいだろう。
November 12, 2006 08:16 PM | コメント (18) | トラックバック (0)
2006年11月11日
玄関払いにも言い訳がある?:
昨日の朝刊は、裁判所がある事件を
「玄関払い」しようとしたことを伝えていた。
東京高裁で、「横浜事件」の再審控訴審の初公判で、
裁判長が、公判
