2006年07月31日
ハーツにメンチ切りを教えて!:
第1話からつづく・・・
馬は賢い。
人間の心を読む馬もいるという。
そう言えば、
ゲイリー・ロス監督のアメリカ映画に競馬ものがあった。
2004年に日本で封切られた「シービスケット」がそれ。
私の印象に残るのは、主人公のシービスケット(写真)という馬が、
対戦馬が真横に並んできたときにメンチを切るシーンだった。
馬がメンチを切ったあと、闘志を燃やし、
圧倒的な力を発揮していく姿は、実に面白く愉快であった。
まるで明後日に闘う亀田興毅君みたいに、
ちょっとカマシテほしい気になる
馬のこうした感情の側面をも考慮に入れれば、
やはり、ハーツクライには、彼の気持ちがわかる、
息のあった「帯同馬」を与えてほしかった。
馬の栄光にも、影の力、手助けが必要なわけで、
「帯同馬」は、かなり重要な存在にみえる。
これは馬の心理的な不利さの指摘だが、さらに、岡本記者は、
日本より馬場の質量が重く、
細かい起伏が多くある難コース。
過去55回のキングジョージの歴史の中で、
欧州調教以外の馬が勝った例はない
と、ハーツにとって馬場の土壌の不利な点を指摘する。
残り200メートルまで、トップを走ったハーツだったが、
内ラチから伸びてきたハリケーンと
ハーツの内から伸びてきたエロクトロのしぶとさに
負けて、ラスト50メートルで力を使い果たしてしまった。
ルメール騎手が落胆した気持がよくわかる。
ハーツが見せたこの弱さは、
やはり「帯同馬なし」と馬場状態への不慣れさが
原因になっているように、考えられないだろうか。
血統重視で芸術品のように作られたサラブレッドは、
ほんのちょっとしたことで、狂いが生じてしまうからだ。
ハリケーンランで優勝したスミヨン騎手は、
フレンチなまりの英語でこう答えている。
「フランキー(デットリ騎手)が並んだときは心配しなかったよ。
そんな早くは動きたくなかった。後ろに馬がいたのを知っていた。
じっとその時を待つだけだった。とにかくハリケーンは特別な馬なんだ。
凱旋門賞で10馬身離した馬だから
本物の力を持っているとわかっていた。
何回かハリケーンに乗れなかったが、これでペイしてくれた。
いつもハリケーンが最高の馬だと思ったし、再び騎乗したいものだ」
そして、彼はインタビューの最後に、
こんな風に言って、私たちを笑わせてくれた。
If I lose today I was a bad guy, today I was a good guy.
(今日負けていたら私は悪い奴、今日はいい奴だったよ)
今回健闘し、英国レース紙から高く評価されたハーツクライだが、
橋口調教師は、来年もキングジョージに挑戦させるという。
「夢」を追う人々の姿は、いつだって真剣だ。
・・・・・・・
明日の予告 「昭和天皇メモ、不快感なし?」
大胆な私見をのべてみます。
・・・・・・・
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July 31, 2006 04:40 PM | コメント (3)
2006年07月30日
アスコット競馬場に心の叫び:
昨日29日、イギリスのアスコット競馬場で、
世界的なビッグレースが開催された。
キングジョージ6世&クイーンエリザベス・
ダイアモンド・ステークス
という名前が長いだけでなく、長い歴史のある世界最高峰のGIレースで、
日本代表馬のハーツクライが、世界制覇かなわず、
3位にとどまった
3位まで食い込んだ
やっと3位だった
3位は上出来だ
どんな風に感じるかは人それぞれだけれど、
世界制覇へのハーツクライ(心の叫び)は
届かなかった
私は、3位という成績は立派に誇れるものだと思う。
レースは、イギリス時間で午後4時20分、
日本時間の30日午前零時20分発走の予定だったが、
少し遅れた。
気温は24、5度、英国特有のどんより曇り空で、
ブリーズが吹く日和。
アスコット競馬場は、2004年9月26日から
20ヶ月にわたって改修工事が進められ、
この6月20日にリ・オープンしたばかり。
新しいでっかいスタンドから6頭の精鋭にファンの声援が届いた。
久しぶりにネットでBBCラジオにかじりつく。
すでにレースの内容は、日刊スポーツ本紙に詳しく述べられているが、
500メートルの坂の真ん中あたりで、
実況アナウンサーの興奮した、ハーツクライの連呼が聞えたときは、
思わず興奮して「心の叫び」をしてしまった。
ヨシッ、イケーーーーーッ!
しかし、驚異ともいえる二枚腰のハリケーンランと
エレクトロキューショニストがハーツを追い抜く
差し足で伸びてきたときは、
コラーーッ、来るなーーーッ、邪魔するなーーーーッ!
と、北極経由1万キロの彼方へ叫びを発してしまった。
が・・・、
1着 ハリケーン
2着 エレクトロ(半馬身差)
3着 ハーツ(半馬身差)
予想通り3頭の競り合いで決まったのだが、
この3頭、いずれも弱点があった。
まずハリケーンだが、フランスからの遠征。
去年10月の凱旋門賞を獲得したファロン騎手が
イギリス出場停止状態のため、
代わりにクリストフェ・スミヨン騎手が騎乗した。
レース後、アンドレ・ファブレ調教師がBBC放送に
正直な気持を吐露していた。
「クリストフェは世界でもっとも優秀な選手の一人で、
私にとってチームの一部だけど、
今回のレースに不出場を余儀なくされた
ファロンを信用しなくちゃ。
彼はレースはどうやるかを馬に教えたもの」
一方、エレクトロは、レース前に出場できない可能性が生まれた。
前夜から不調な点が出て、出走が決まったのは、
レース発走の2時間ぐらい前。結局出場したのだが、
不出場なら、有力馬が欠けるだけでなく、
エレクトロと同じゴドルフィン馬主所有の
チェリーミックスの存在価値が軽減するからだ。
チェリーは、ペースメーカーとして、
エレクトロをひぱってくれるはずだった。
そして、ハーツクライ。
彼もまたいくつかの不利な条件を背負っていた。
まず、海外遠征であること。
前走の3月のドバイシーマCでは、2着馬を4馬身引き離し
圧倒的な強さを見せ付けたが、
レースから4ヶ月と遠ざかり過ぎていた。
ハリケーンは6月25日のレースで鞭を入れて、
足慣らし(2着)しているし、
エレクトロは、3月にドバイで優勝した後、6月21日に
イギリスで2着とりで鞭を入れている。
もしハーツが同じような条件で今回のレースに臨んでいたら、
もっと力を発揮できたのではないか、と残念に思える。
このイギリス遠征は、ハーツにとって、
初めての帯同馬なしで挑むことになった。
「ニューマーケット(地名)に入っていた時は
やはり寂しがって、馬房の中でも
落ち着きがなかったね」
という橋口弘次郎調教師のコメントを本紙岡本光男記者が
引き出している。
(つづき)
July 30, 2006 07:30 PM | コメント (10)
2006年07月29日
いっぺん結婚してみよっか:
先日、第一生命研究所から、
「結婚生活に関するアンケート調査」が発表になった。
調査対象は全国の30~60代の既婚男女800名。
調査項目は以下の14。
①結婚指輪をつけているか?
②結婚記念日に夫婦でお祝いをしているか?
③1カ月のお小遣いはいくらか?
④へそくりをしているか?
⑤貯まったへそくりはいくらか?
⑥結婚した理由は何か?
⑦結婚してよかったと思うか?
⑧生まれ変わったらまた結婚したいと思うか?
⑨結婚生活に絶対に必要なものは何だと思うか?
⑩離婚したいと思ったことはあるか?
⑪今後離婚する可能性はあると思うか?
⑫離婚したくてもできない理由は何か?
⑬子どもを産んで良かったと思うか?
⑭これからの日本社会で子どもの性別はどちらがいいと思うか?
このうち二つほど取り上げてみると・・・
①結婚指輪をつけているか?
全体の約4分の1が「常につけている」(24.5%)で、
逆に約3分の1は「最初からつけていない」(32.5%)。
「常につけている人」の割合を見ると、
やはり女性(31.9%)が男性(16.7%)よりも多い。
「最初からつけていない」男性は、50.5%と半数にものぼる。
これを男性の年代でみると、
30代の26.4%から年代があがるにつれて高くなって、
60代だと、なんと82.1%という高い割合になる。
「最初からつけていない」女性は、15.4%で、
年代でみると、30代がもっとも少なく11.0%、
40代で18.9%、50代16.5%、60代15.6%であり、
男性ほどの年代による開きがない。
これは、男性が結婚指輪をつける習慣が
近年のものであることを示すのだろうか。
結婚指輪をつける・つけない理由については、
この調査は何も教えてくれない。
「最初からつけていない」人が、
最初から指輪をもらっているのかどうかも不明だ。
私は、結婚指輪をもらっているが、
結婚数年でつけるのを辞めてしまった。
まず結婚後、あまりに妻の心のこもった家庭料理がおいしくって
少し太ってしまったため、指輪が薬指にきつくなった。
やがて、ダイエットをして体を絞ったが、
それでも、指輪をつける習慣は戻らなかった。
指輪をはめると、肩が凝る感じがしたから。
デスクワークをしていると、ちょっとした指の負担でも
肩に来るように思えた。
もう一つの理由は、石鹸で手を洗ったときに、
指輪の隙間に石鹸カスがついたりして不潔なのだ。
これは日常料理をする女性にも、衛生面での配慮で、
家の中では、指輪をはずしている人が多いはず。
だから、指輪をもっているものの、普段は外している人に、
はめる・はめていないで、夫婦間の愛情度を測ってみてもつまらない。
オシャレなミドルエイジの男性が
結婚指輪をしているのは、素敵に映る。
秋篠宮殿下のように・・・。
しかし、逆に女性から、
「結婚指輪なんかしちゃって、防備しているつもり?
誰があなたなんかを誘うもんですか」
と、チャチャを入れられるタイプにはなりたくない。
②結婚記念日に夫婦でお祝いをしているか?
結婚記念日のお祝いとは、ここでは、食事やプレゼント等。
子供たちがお祝いをしてくれることを含むかどうかは不明。
全体の4分の1以上が「毎年している」(27.1%)一方で、
6分の1に当たる15.9%が「全くしたことがない」人だ。
年代別に見ると、やはり若い年代ほど「毎年組」が多く、
30代(36.4%)、40代(33.9%)の3分の1という数字だ。
結婚年数別に見ると、年数が少ない方が「毎年組」が多く、
5年未満(51.5%)であるが、5年以上10年未満になると、
31.0%と急激に減少していることがわかる。
30年以上の結婚ベテラン組になると、なんと17.9%まで減る。
一種のマラソンみたいに、完走するのか、
あるいは年中行事・・・あ、またお正月がやってくるのか、
といったノリに、やがて近づいていくのか。
子どもの有無も「毎年組」の比率に影響を与えるようだ。
「子ども有」の人は、毎年組が24.0%に対して、
「子ども無」の人は、42.9%と倍近くの数字となっている。
子どもがいないことで、夫婦の絆が強い、
あるいは、夫婦は自分たちのことより、
生活の中で、お父さん・お母さん役に
なりきってしまったためか、と言えるだろう。
半数以上が毎年祝うといった5年未満の若い夫婦が
30年以上結婚生活を経過したとき、
再び調査をしてみて、今回調査で出た17.9%を超えられるだろうか。
たぶん、お祝いするなどと言うと、
「え? どうして?」と聞き返される時代が来て、
関係が砂漠状態のカップルが増えているかもしれない。
やはり元々他人同士の最小単位の成り立ちによる
愛情オマケつきの生活だとしたら、
できたら、年一回の記念日を忘れないでいることは、
お互いのエチケットだと思う。
・・・・・・・
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July 29, 2006 04:59 PM | コメント (13)
2006年07月28日
少年時代のお友達クワガタ君:
遠い夏、男ならたいていクワガタムシとの思い出があるに違いない。
しかし多くの男は、長い時間を経てつい、
あの虫を思い出すこともなくビジネスの世界で生きているが、
ちょっと少年心にもどってみよう。
私が少年時代を過ごした町には、
オオクワガタは棲息しておらず、
ハサミの小さいヒラタクワガタか、
ハサミが中ぐらいのミヤマクワガタだったように思う。
あの黒光りする二丁のハサミを持った姿は、
力づよく、闘争心に満ちて、
少年心にも憧れだった。
細い糸をつけて戦わせたりしたが、
クワガタはたいていひと夏の命で、果てた。
少年の虫ごころを忘れず、いまだに、
虫にとりつかれている友人の「愛虫家」がいて、
高校で教師をしながら、クワガタを育てている。
話を聞いたら、さすが声が弾んでいた。
――たとえばさ、夜店でクワガタを買うとするだろ?
夏じゅう飼うことを子供が楽しもうとすると、
どんな風に、くふうすれば、長生きさせられるの?
愛虫家 基本的にカブトムシでもクワガタムシでも飼うとすれば
♂♀、別々に1匹づつ、ケースで飼うことをおすすめる。
ブリードする場合は、別だけど、その方が長生きする。
――個室でないと、ケンカするわけね。
愛虫家 うん、闘争心が旺盛なのがいたりすると傷つけてしまう。
――飼い方のコツみたいのあるのか?
愛虫家 飼育ケースの底には、マット(木のくず)を
霧吹きでしめらせてほしい。
ケースは、できれば、こばえシャッターがおすすめ。
ミニケースで300円ほどだけど、これはすぐれもので
こばえの侵入を防ぎ、適度に加湿を保つんだ。
餌には、クワガタゼリーをやってよ。
――今、そんなの売っているんだ?
愛虫家 うん。樹液の代替品で、
黒糖ゼリーや高タンパクゼリーなどいろいろあるよ。
果物はバナナなど水分が少ないのをクワガタ君は喜ぶ。
スイカは、下痢をおこすので駄目、人間の赤ちゃんと一緒ね。
――でも、ひと夏の命だろ?
愛虫家 ミヤマクワガタ、ノコギリクワガタは、
カブトムシと同じで一夏で、天国行きだが、
越冬までもっていくなら、オオクワガタ、
ヒラタクワガタ、コクワガタあたりかな。
――オオクワガタは高いんだろ?
愛虫家 オオクワ、ヒラタは、長生きするから、
やはり値段は張るよね。それと、
大きさや種類だね、値段を決定するのは・・・。
――クワガタの動きとか生態で面白いことある?
人間社会と比べて見て、特徴的な・・・
愛虫家 特徴的なのは、ひっくり返ると起きあがるのに
一苦労する。かわいそうになっちゃう。
すごく、エネルギーを使ってそれが、
死んでしまう原因になることもあるよ。
だから、ケースには、木ぎれも入れとくこと。
転倒死は、ミヤマクワガタでは、珍しくないよ。
――珍しい種類にはどんなのがあるの?
サソリクワガタって聞いたことがあるけど・・・。
愛虫家 あれね。 世界でもっとも珍しいクワガタだな。
このクワガタについては、
スリランカに生息することが確認されているけど、
スリランカは、国全体で動植物の採集を一切禁止した珍しい国なんだ。
同時に、宝石の多産地としても有名なため、
バゲージを開かれて隅々まで調べられるため
入荷も大変少ない。
――じゃ、ほとんど流通していないわけね。
愛虫家 うん。ただ唯一、ドイツ人標本商からの少量の標本が流通している。
世界に標本が♂のみ、2体だけ確認されているんだ。
♀の採集の記録はなく、当然ながら、
生態はまったくと言ってわかっていない。
その名の通り、他のクワガタとは形状が著しく異なっていて、
強烈な印象をあたえる種だ。
――日本での珍種と言えば、何だろう。
愛虫家 先日、奄美大島にマルバネクワガタを採集にいく
番組がテレビ放映されていたよね。
オオクワガタから始まったクワガタブームで、
ほとんどいなくなったのが、このマルバネクワガタだ。
歩行型のクワガタで、採集は、もっぱら道路を車で、走り回り、
林からアスファルト道路に出てきて
散歩しているところを採集すると言うこと。
クワガタマニアの友人は、一晩中、車で走り回って採集するよ。
運悪く、何も知らない車の下敷きになり、
仏さんになっていることもよくあるそうだ。
――だんだんマニアックな話になってきちゃったね。
愛虫家 オオクワガタについて、少し話をするよ。
マニアに珍重されるのは、
ワイルドと言って、野外採集のもの。
これは、今でも1ペア、数十万円もする。
でも、最近は、放虫っと言って、
飼ってるクワガタを林に放してしまうケースがあるので、
ほんとうに天然物なのかどうかは、非常に判別が難しいよ。
――天然ものといえば、宝石だと鑑定書があるけど、
虫にはそんなのないよなあ~?
愛虫家 いや、似たのがある(笑)。
虫屋は、自分たちが採集してきたものは、
天然だと言い張り、自ら証明書を発行したりする。
まったく無意味だと思うけど。
このワイルドから取れた子ども1代目をF1と言うんだ。
F1同士をかけて生まれた子どもをF2といい、
以下F3,F4、F5ということになる。
ブリード何代目かは、わからないのはCBと呼んでいる。
また、ブリードしたオオクワガタには、
ホワイトアイ(白目)、ブルーアイ、レッドアイなどいわゆる
アルピノ種が高額で売買されている。
クワガタは、体自体が白色のものは生まれないが、
目は、劣性遺伝で生まれるようだね。
――ここまで来ると、少年のクワガタ話じゃなくて、
ビジネス化して、クワガタ君がちょっと気の毒になるね。
・・・忙しいところ、ベビー日刊の読者に時間をとってくれて、
どうもありがとう。
July 28, 2006 04:33 PM | コメント (9)
2006年07月27日
韓式タテマエ文化はメッ!:
「韓男、日本雑誌に謝罪ジュセヨ」からつづく。
タイトルの「メ」は、親が子供をしかるときなどに使う
「メッ!」というアノ言葉。「駄目ッ」に似ている。
この「メ」の語源は、韓国語の「メ」(鞭・ムチの意味)なんですよ、
と、以前、韓国の学者から聞いたことがある。
さて・・・
俳優イ・ビョンホンさんが、名分論を振りかざし、
週刊女性セブン誌に法的手続きをとると言っているが、
思考回路は昔とあまり変わっていないようだ。
今から300年ほど前の江戸期、朝鮮通信使(使節団)が来日したときに、
日朝友好に貢献する日本のサムライと朝鮮の官吏が
ちょっと口論になったことがある。
日本側は、雨森芳洲(あめもりほうしゅう:写真)といい、
朝鮮側は、申維翰(シンユハン)といった。
二人とも漢詩、詩作を愛し、作品を交換する中で、
友情をはぐくんでいたにもかかわらず、
いろいろ衝突した史実が残っている。
来日してすぐ、申さんは対馬藩主邸に招かれた。
従来どおりに藩主に拝礼するならわしを嫌って、
申さんは、藩主面会の直前に、名分論をふりかざし、
「朝鮮国王から銅印を授かった対馬藩主は
本来自分と対等である」
と、「旅の中、文書の起草・確認などに当たる職」の製述官の身で、
言っちゃったので、雨森さんがキレた。
両国が友好を結んで以来行われてきたことを破るのは、
「私をあなどるものだ」と激昂(げっこう)し、
一方、申さんも一歩も引かず、藩主非難をし、
面会は頓挫(とんざ)してしまったエピソードがある。
くだけたところでは、「男娼」(男色を売る男)の衝突がある。
当時の男社会では、元服前の容姿端麗な男児に化粧をさせて、
国主や金持ちの商人が溺愛する風潮があったが、
たまたま雨森さんの作った詩文に、「男娼」を差す言葉あり、
申さんが、反応してしまった。
「奇怪な風俗だ。本来は男女は陰陽説に従う。
陽(男)だけがあって、陰(女)がないところに、
お互いが感じ、喜ぶものなどない」
これに対して、雨森さんは、
「君は、まだその楽しみを知らないからねえ」
と、言って苦笑したという。
すると、申さんは、
「雨森さんほどの人でも、言うのがこれだもんなあ。
この国の風俗がいい加減なことは推して知るべしだよ」
と呆れたそうだ。
申さんが、名分尊重の皮相的な見方で
納得してしまっていることがよくわかる。
イ・ビョンホンさんのゴシップ記事へのケンカ腰を
300年前の一人のサムライと一人の朝鮮官吏とのエピソードへ
ワープさせてしまったが、やはり紛争の基本にあるのは、
日韓の文化に対する温度差からくる違いかも知れない。
July 27, 2006 02:55 PM | コメント (20)
2006年07月26日
韓男、日本雑誌に謝罪ジュセヨ:
はやりの韓国俳優イ・ビョンホンさんが、
週刊女性セブン(7/13号・小学館)にゴシップ記事を掲載されたと、
きびしい対決姿勢を示した。
イさんは、自分と日本女性が「熱愛」状態にあるという記事は
「事実無根」であるので、出版元に対して、
訂正報道と謝罪文を要求し、法的手続きをとる、という。
え~ッ、法的手続きだって~!
問題の記事で登場するのは30代の日本人女性。
イさんとはソウルや台湾を行き来して「密会」を楽しんでいるというもの。
二人は、数ヶ月前に東京のパーティで出会ったそうだ。
それにしても「法的手続き」とは、大げさじゃないか、
ゴシップ記事ぐらいのことで・・・。
イさんが、どんな態度をとるかは、
本人やプロダクションなどの勝手ではあるが、
今回のイさんの対応を見ていると、少し、
違和感
を覚えてしまう。
言うまでもなく、芸能メディアと芸能人はもちつもたれつの関係。
イさんにとっては、日本の市場は大きく、
明らかに韓流ブームに乗って日本に売り込んでいるのだから、
ゴシップ雑誌は売り込みのための貴重なメディアである。
すでに散々利用したはず
私など、韓流は広告戦略でむりやり作られたブームであると
理解しているから、なおさら、
こうしたメディアには、協力してもらっているということで、
もっとソフトな対応の方がよいのではないかと思ってしまう。
世界から「和」の精神や「訴訟嫌い」と評価されている日本に
「法的手続き」などという言葉を使うと、
戦争っぽく行き着くところまで行ってしまう恐れがある。
もともと、芸能人にゴシップはつきもの。
誰と誰が恋愛中とか、あの夫婦が離婚の危機にある、
といった噂話は別にめずらしくないし、
読む側も読む前からそういう雑誌であることはわかって読むわけで、
今回のイさんのように真っ向から真顔で挑んでこられたら、
相手は違和感を覚えると同時に、疲れてしまいそう。
ケンチャナヨ(仕方ないっか)
ぐらいでよいのでは? でも、あるいは・・・
別の理由があるのではないか
とも、ふと思ってしまう。
この違和感を解くキーワードは、
日本人女性
ではないかと思う。
これが例えば、韓国人女性とかであれば、
ここまでイさんも強い姿勢を打ち出さなかったのではないか。
日本に対して複雑な感情をいだくのが韓国人である。
記事「火病の国と上手に付き合う法」で書いたように、
この国の人のメンタリティを理解する必要がある。
親日であるということ自体、反日が多くいる韓国では、
ちょっとまずい。
日本の芸能界で円を稼いでくる分には、
韓国の人々はいい顔をして、文句を言わない。
しかし、日本人女性と熱愛ということになると話は別だ。
よりによって「日本人女性」なのだ
日本人に同化されてしまった人という目を
イさんに向け、一般の韓国人はイさんに反発をもつ・・・
そう彼は感じたのかも知れない。
もう一つ考えられることは、日本の芸能界への
理解が私たち日本人とは異なるのではないか、ということ。
日本人は、「芸能界、ゴシップ記事なんてあんなもの」
「噂も話題を立てられてナンボ、立てられる内が華」
「もちつもたれつの関係ジャン」「そのうち噂なんか消えるよ」
と、たいてい軽く受け流す「余裕」がある。
一方、韓国は、大義名分を立てて、
きびしく対応するところは対応すべきだ、
と、辛気臭く対応してしまうところがある。
体面優先の国民性か
ここまで書いて、あれ~?
ちょっと似たことを昔読んだ本の中に・・・
あったような気がして、調べてみた。
(つづく)
July 26, 2006 03:45 PM | コメント (25)
2006年07月25日
ベンキョ蝉がうるさい夏休み:
昨24日、中高一貫私立中学校に通う、京都の中学1年生が、
「成績のことを言われてカッとなって」
母親の頭を包丁で切りつけ、家裁に送致されてしまった。
奈良の進学校に通っていた高校生による放火殺人。
パチスロのとりこになった阪大生による母親殺し。
最近、この手の事件が多いように感じる
「賢い子」「親の期待を背負わされた子」と言えるだろうか。
やはり世間では、成績優秀者へ過度な期待度が
さらに高くなることで、驚かせてくれる。
普通の成績の子どもや落ちこぼれの子を持つ親にしてみれば、
十分過ぎると思える成績でも、過度の期待をもつ親には
どうにも承知できない、ということらしい。
盆地である京都の夏は暑い。
朝から、ベンキョ、ベンキョ・・・と親蝉(セミ)に鳴かれたら
いい加減うるさくなるのではないか、子蝉は・・・。
日刊スポーツの記事によると、
今回の京都の事件を起したのは、日弁連の元会長の孫、
また京都市東山区に住むということで、
あの人の孫か・・・
と特定できる。
ニュースを聞いたとき、
「民家」「住宅地」という曖昧な表現がならび、
何だかおかしいなあ、と思った。
通常は、○○さん方とか、○○さんが刺された、
という表現が使われるのに、それがないからだった。
他のメジャー紙は、この「日弁連の元会長の孫」という
表現を抜いて報道しており、日ごろは、
市井の民のプライバシーに土足で入ってくるが、
なんともビビッちゃっている点がマスコミらしい。
この祖父からインタビューをぜひとってもらいたかった。
それにしても、こうした「賢い子」事件は、
潜在的にどれくらいあるのだろうか。
親を殺したり、傷つけたりしないレベルでの
「賢い子」が起す日常的な事件って、
けっこう起きているのではないか、と思う。
「ハインリッヒの法則」
というのがある。
「1・29・300の法則」とも呼ばれる法則のことで、
元々は、労働災害の発生確率を分析した結果、
得られた法則のこと。
保険会社で利用されてきた。
アメリカ合衆国のハインリッヒという人が考えた、
いわば「氷山の一角」理論で、
1件の重大災害の裏には、29件のかすり傷程度の軽度な災害があり、
さらにその裏には、怪我はないが、
ひやりとするような300件の体験があるそうだ。
他の分野でも応用が効くのだろうか?
たとえば・・・
公務員の不祥事。
1件見つかれば、29の準不祥事、
そして好調がヒヤリ・ハットなる事件が300件。
財政破たんした夕張市。
ほとんど破たんしそうな29の市町村。
さらに破たんの不安を感じている300の市町村。
小売業にも応用できるだろう。
1件の大失敗、その裏には29件の深刻なクレーム、
そしてクレームにはならないが、
社員がヤバいなあ、と思う事件が300・・・という具合に。
このハインリッヒの1:29:300の法則のその比率が
数字的に正しいかどうかは別として、
かなり説得力のある法則のように思える。
「賢い子たち」の反乱を素朴に応用してみると、
1人の親殺しがあれば、29のなんらかの親への傷害事件が起きており、
300の親がヒヤリとなる子供による反乱が起きていることになる。
長い夏休み、まずは子供とのコミュニケーションを
大事にしてほしい。
この法則が応用されないことを願って・・・。
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「彼は無形文化財化する高校生」miyukiさん他多数
July 25, 2006 05:35 PM | コメント (8)
2006年07月24日
姉歯のトバッチリはゴメンだ!:
6月26日、国土交通省が、1級建築士全員を対象に、
再試験を実施する方針を打ち出したが、
1級建築士や関連組織から総スカンを食らっている。
この方針を打ち出したのは、耐震強度偽装事件の再発防止のためだ。
報道によれば、再試験にパスした1級建築士には、「特級」「新1級」などという
新しい資格を与え、あるレベル以上の建物の設計を独占させるそうだ。
一方、不合格者には「準1級」や2級への降格もあり得るとする。
現在1級建築士の資格を持つものは、猛反発をしている。
「同じ国家資格である医師や弁護士には再試験がないではないか。
なぜ自分たちだけ既得権を脅かすのだ?」
「もう年齢的にも、勉強するのは大変だ。試験を受けるのはきつい」
「専門の分業化により、仕事をしているのに、今さら専門外の
知識や総合的な知識を試験のために丸暗記するのは無意味だ」
反論を拾うと、こんなところだろうか。
今になって、もう一回試験って~?
マジかよ~!
カンベンしてくれよな~!
ホンネのところはこれじゃないか。
国土交通省に限らず、こういう事件が起きて
対応を迫られると、どうも官庁はピントをはずして
政策を発表してしまうきらいがある。
姉歯問題の本質は、姉歯さんの1級建築士としての
技術が劣っていたことではない。
技術能力の問題ではなく、偽装計算書を作成という
違法行為をしたことが問題なのである。
しかし、国土交通省は、
それを専門知識や技術の問題であると
話をすりかえている
これは、明らかに、スペシャリストの職業倫理の問題である。
弁護士や医師が不正を行い(弁護士法違反や不正保険請求など)、
その職業倫理を問われたときと、同じ対応するべきで、
再試験など、ピントはずれもいいところだ。
意識して、すりかえているのか、
すりかえていることすら気づかないのか、
北側大臣、どちらですか?
縦割り行政ではなく、法務省も厚生労働省も、国土交通省も
一緒になって、合同倫理委員会でも設定して、
スペシャリストの職業倫理を強化する施策を
打ち出してほしいし、それが大事なこと。
国土交通省の北側一雄大臣は、弁護士と税理士の有資格者。
いずれ代議士をやめたら、弁護士や税理士業務に戻るだろう。
その際には、長年業務をしていなくても、やめた翌日から
仕事をするわけで、やはり、もう一度司法試験や税理士試験を
受けなおしていただかないと、クライアントは
安心して仕事を依頼できない。
再試験受けますか?
ご自分がしたくないことは人に言うべきではない。
これも倫理の実践じゃないですか
July 24, 2006 04:39 PM | コメント (39)
2006年07月23日
彼は無形文化財化する高校生:
友人に関西の公立高校に勤める、Kという社会科教師がいる。
陸上部監督をし、さらに生活指導も担当。
「パチンコ大学生、魔坂の転落」(7月8日付)の記事を読んだと、
電話がかかってきて、こんな話になってしまった。
自分の担任クラスに誠(まこと・仮名)くんという生徒がいる。
誠くんは、家庭環境にも恵まれて、
いわゆるお坊ちゃんのカテゴリーに入る、
誰に対しても礼儀正しいし、非常に好感をもてる青年だそうだ。
私学を落ちて、Kの学校へ来てしまった。
この学校は、いわゆる偏差値ランキングではかなり低く、
つっぱり風の生徒であふれている。
となると、誠くんは、学校では場違いの存在
こういう学校だから、遅刻欠席、カンニング、喫煙、万引き、
ケンカなど数々の問題が絶えず、
生活指導のKは、なにかと忙しい生活を送っている。
「この間も父兄会があってね、
誠のお母さんと面談したんだけど、
誠くんには何も言うことはありません。
まったく手のかからない優等生です
・・・って答えておいた」
と、Kは言った。
他の生徒の指導に手一杯の状況に、
誠くんのような生徒はありがたいというわけだ。
ちょっと私は疑問をぶつけてみた:
「しかし、そういう生徒って、無視されたり、
同級生にけっこうイジメられるんじゃないの?
イジメられなくても、悪に引き入れられたりしないの?」
しかし、Kは、
「それがないんだよ。ちょっと意外だろうけど。
悪い連中は、誠を級友と認めながら、
絶対に非行に誘おうとしない。
よくこういうことはあるよね。
悪いことを一緒にやってこそ、仲間意識を確認しあえるって。
理屈として理解できるけど、
誠とその友達に関しては、それは通用しなくてね、
悪友たちは、彼を巻き込もうとはしない」
「どうしてそんな「良い子」ができるんだ?」と私は聞いてみた。
Kの意見はこうだった。
父親は有資格者で、母親は専業主婦。知的レベルは高い。
小さいころ、年老いたお手伝いさんがおり、
この人がなつく誠くんに昔の古い価値観を植え付けたようだ。
また祖父が歴史好きでよく偉人伝的な話を聞かせていた。
テレビはほとんど見せていなかったらしい。
新聞はよく読む。自分の興味のある記事はスクラップしたりしている。
学科では理数科が苦手だが、国語などはよい点数をとっている。
将来は料理の道に行きたくて、父親、母親とも、
本人の希望どおりでよい、
あえて、父のスペシャリストの職業を継がせようとは思っていない。
電話でのやりとりの後、少し考えてみた。
Kとは電話でのやりとりであったから、
細かい点については聞かなかったが、
誠くんが、単なる「純粋培養の子」ではなく、
なんというか・・・
成長過程で「しっかりと」何かを
きちんと取り込んできたのではないか、と思った。
つまり無理をせず、大人がうまく彼を導いたと言えるだろう。
通常ならば、悪い生徒の中に入れば、
「純粋培養の子」など、仲間はずれか、
少しずつ、悪に染まっていくに違いない。
Kと話ながら、私は、
仏教の有名な偈(詩のようなもの)に、
七仏通誡偈というものがあることを思い出した。
諸悪莫作 衆善奉行
自浄其意 是諸仏教
平たい文章に訳すと、
どんな悪にも手を染めず
日ごろから善をそなえて実践し
自分の心を清らかにすること
これが仏の教えというものだ
これは誰かから命令されていることではなく、
自分が自分の意思や自覚や信念から発せられた
一種の戒めと理解できよう。
おそらく誠くんの今の状態は、
両親や祖父らのしつけや子育ての成果なのであろう。
誠くんは知らず知らずのうちにこの諸悪莫作、
衆善奉行、自浄其意を実践してきたのだと思う。
悪いことはしないと願って、
自分の日常生活で悪いことをしないように注意し、
これを務めていくと、やがて、
悪いことをしようにもできなくなる。
これがさらに進んでいくと、
悪いことがされそうな環境や、悪いことをしそうな友人と接触しても、
悪いことをすることは決してなく、実際、
そうしようと思ってもできなくなる。
誠くんの周囲にいる悪友たちは、彼の信念や自覚を
察知して、いわば彼を守っているとも言えるかも知れない。
誠くんを喫煙・万引・ずる休みといった非行に誘うなど
考えもしないに違いない。
彼だけは誘ってはいけない・・・
誘って、来る・来ないのレベルの話ではなく、何と言うか、
触れてはいけない重要文化財のように
知らず知らずのうちに、大切にしておきたい存在に
なっているのかもしれない
探せば、こういう子もいるんだなあ・・・とちょっと驚き。
July 23, 2006 04:48 PM | コメント (19)
2006年07月22日
米学者が調べた千秋楽7勝7敗:
「ある危険な調査」(5月4日付)で、犯罪率と中絶の相関関係という
やばい記事を書いたけれど、そのときの参考資料が、
レヴィットとドナヒューという二人の学者の論文だった。
このレヴィットという人は、2年に1度40歳未満で
最もすぐれたアメリカの経済学者に贈られる、
「ジョン・ベイツ・クラーク・メダル」を2003年に受賞している
シカゴ大学で経済学の教鞭をとる気鋭の学者だ。
「ある危険な調査」の資料に使ったような論文を、
レヴィット博士は公開してくれているので、
いくつか興味を持って読んできた。で、その中に、
勝ちがすべてではない:大相撲の八百長
(Winning Isn’t Everything: Corruption in Sumo Wrestling)
というタイトルの論文を見つけた。
要するに、日本の大相撲に八百長があるかどうかを、
数字のデータを使い、経済分析の手法で、
明らかにしている。
キーワード:ヤバい経済学、格闘技、露鵬、
千代大海、力士、千秋楽
今、発売中の・・・
ヤバい経済学(東洋経済新報社・1890円)
スティーヴン・D・レヴィット
スティーヴン・J・ダブナー
訳・望月衛
の中でも、コンパクトに紹介されている。
この本は全米で大ベストセラーになった翻訳版だが、
レヴィット博士が、とにかく意表をつくアプローチで、
日常生活から裏社会まで、
通念をひっくり返してくれて非常に面白い。
少し目次から見出しを拾うと・・・
・新車の値段が車屋さんを出たとたんに暴落するのはなぜか
・出会い系サイトに出入りする連中がつく嘘とは
・建築家より売春婦が儲かっているのはなぜ?
・警察は本当に犯罪率を減らせるか?
・銃とプール、危ないのはどっち?
・・・などなど、けっこう興味を引く問いがある。
さて、大相撲に戻ってみよう。
大相撲は、日本の伝統的な格闘技で、世界に知られている。
天覧相撲という表現でお墨付きも得ている。
相撲での儀式は神聖であるから、
およそ「八百長」という単語はふさわしくない。
しかし一方で昔から、この部分で噂が耐えない。
週刊誌などが時々あつかう素材である。
元力士の告発記事がかつて話題になったこともあるし、
そういうことが話題になったことは否定できない。
証言などではなく、科学的データを使うと、
大相撲で八百長が行われているかどうかが
どの程度わかるのだろうか。
レヴィット博士は、7勝7敗で千秋楽を迎えた
幕内力士が勝ち越す率を調べた。
本場所ではいつも8つ目の勝ち星がとても重要で、
番付の上がり下がりがそれにかかっている。
8つ目の勝ち星は普通の勝ち星のたいだい4倍の価値がある
だから、千秋楽に7勝7敗の力士が勝って得るものは、
8勝6敗の力士が負けて失うものよりずっと大きい、という。
先日の露鵬と千代大海との「がちんこ」では、ちょっと想像できないが、
仮に8勝6敗の力士が7勝7敗の力士にわざと負けることはあるのか。
レヴィット博士は、手順を踏んで、次のように説明する。
まず、本場所千秋楽に、7勝7敗の力士が
8勝6敗の力士に当たった取組数100番の統計をとった。
7勝7敗の力士の8勝6敗力士に対する期待勝率 48.7%
7勝7敗の力士の8勝6敗力士に対する実際の勝率 79.6%
7勝7敗の力士の9勝5敗力士に対する期待勝率 47.2%
7勝7敗の力士の9勝5敗力士に対する実際の勝率 73.4%
7勝7敗の力士は、なんと8勝6敗力士に対して、
10番中ほとんど8番も勝っていることがわかる。
また7勝7敗の力士の9勝5敗力士に、驚くほどの善戦をしている。
むろん、千秋楽を五分五分の成績で臨んだ力士は、
大変大事な一番で、底力を発揮することは考えられる。
ここでレヴィット博士が着眼するのは、力士の部屋関係や
力士同士の親密さなどである。
いわゆる「星の貸し借り」のことを言っているのだろうが、
では、7勝7敗の力士と8勝6敗の力士が、
次の場所で、どちらも7勝7敗でないときに当たると、
いったいどうなるのか・・・と博士は問う。
まあ、前回の対戦ほどにインセンティブがないから、
だいたい5割くらいの勝率だろうと、普通は考える。
で、データから実際に計算すると、
前回7勝7敗の力士は、実際には、わずか40%しか勝っていない。
前回80%近い勝率の力士が同じ対戦相手に40%の勝率に落ちる。
なぜなのか? 博士は「星の貸し借り」だと言う。
さらに、二人の力士が2回目に対戦するときは、
勝率は、約50%に戻っているというのだ。
貸し借りは次の対戦までという推論が成り立つ。
レヴィット博士はさらに調査を深めていく・・・。
八百長がマスコミに取り上げられた後の機会を利用するのだ。
八百長騒ぎが起きると、力士同士や部屋同士の間で、
「自重」が生じるはずだというのである。
データによると、八百長報道のすぐ後に開かれた本場所では、
7勝7敗で千秋楽を迎えた力士の、
8勝6敗の力士に対する勝率は
いつもの80%ではなくただの50%だ。
データをどういじってみても
出てくる答えはいつも同じだ:
相撲に八百長がないとはとても言い張れない
レヴィット博士はそんな風な結論を下す。
明日は千秋楽、7勝7敗の成績で臨む力士たちが
どんな取組を私たちに見せてくれるのか、
楽しみだ
先日の露鵬が千代大海に切った「メンチ」は礼儀に反したが、
彼ほどの気迫で、8勝6敗、9勝5敗の力士が、
がちんこ相撲を見せてくれることを期待したい。
July 22, 2006 04:47 PM | コメント (25)
2006年07月21日
欽ちゃん、野球拳から野球へ:
萩本欽一さんは、「僕には責任がある」と道義的責任、
社会的責任を痛感しているようだが、
もしそうであるならば、
こんな風にちょっと過去にさかのぼらねばならない。
極楽とんぼの山本圭一は、1968年2月23日に東京で生まれている。
その翌年1969年4月27日に、日本テレビで、
すさまじい「低俗番組」がスタートした。
「コント55号の裏番組をぶっとばせ!」
という番組である。
「コント55号」とは、萩本欽一さんと坂上二郎さんのコンビ名。
二人は、この番組の進行役として、大乗り、暴走した。
もっとも人気を博したコンテンツが、「野球拳」であった。
日曜日の夜8時、ゴールデンタイムに
普通の家庭のテレビに映し出されたのは、
二郎さんが女性タレントや女性歌手とジャンケンをし、
負けた方が服を一枚一枚脱いでいき、
女性はたいていブラジャーとショーツ姿になってしまうという、
下品な遊びだった。
この脱いだ衣服を欽一さんがその場で、オークションにかけ、
その収益金を交通遺児のために全額寄付するという、
いわば、マネーロンダリングをしていたのである。
全裸になった過激なタレントもいたという。
当時「低俗番組」の筆頭にあげられたこの番組は一年間続き、
欽一さんたちは、全国に害毒を撒き散らした。
あの下品さ、人々が感じる羞恥、
下劣さのインパクトは凄かったという
番組は好調で、最高視聴率33.8%を獲得し、
当時、小学校PTAの父兄や世の中の健全な人々から
猛烈に非難されながらも、なお番組を垂れ流しつづけた。
そして、先鞭をつけたこの番組の後、
つぎからつぎに低俗番組が、
視聴率の奴隷と呼ばれるTV制作者たちによって生み出された。
コンビ解消後、一般受けを狙い、素人お笑い見習いを引き連れて、
お茶の間を席巻したり、長野冬季オリンピックで進行役を演じて、
すっかり大昔の低俗さを封印したはずだったが、
思いもよらず、一人の恥知らずなお笑いタレントによって、
あぶり出されてしまった。
(高部知子事件でも、欽一さんは事件を知って、絶句した)
当時1歳から2歳であった、山本圭一がこの「野球拳」番組を見たと
言っているのではない。
しかしその後のTV低俗番組が流行する中で
成長期を過ごすことになった、彼のこころに影響を与えたことは
容易に想像できるのではないか。
つまり、低俗番組を世に出した原点に、
欽一さんは立っていた・・・というわけだ。
山本圭一は、2002年には大学の学園祭で、
下半身を露出して、警視庁により公然わいせつの疑いで
書類送検されている。
うがった見方をすれば、時空を越えて、
低俗さが「符合」してしまったようだ
この意味では、欽一さん自身が言った「道義的責任」は
あるのかも知れない。
複雑な世の中だから、
直接の因果関係を主張できるものではないが、
欽一さんにも責任のいったんはある
と、言ってもいいだろう。
July 21, 2006 03:27 PM | コメント (43)
2006年07月20日
欽ちゃんのドーンと解散!:
社会人野球球団の一つ、通称「欽ちゃん球団」の監督萩本欽一(65)さんが、
チーム所属メンバーの極楽とんぼ・山本圭一(38)が、不祥事を起したことで、
チームを解散すると宣言してしまった。
この解散の理由が、どうもよくわからない・・・
羽田空港での取材で欽一さんがインタビューに答えた。
・事が大きいので(球団)をやめる以外考えられない
・応援してくれるより、相手(被害者)に申し訳ない
・(やめないと)野球に失礼だ
・俺がいけないんだと思った
・私が始めた野球だから
・遠征地(函館)で、選手を管理できなかった
といった理由を説明していた。
こうした理由を聞いて、
う~ん?
と、考え込んでしまう。
いずれも球団解散に直接結びつける理由にはならないと思うからだ。
理由づけ以外にも、今回の欽一さんの態度は、
いささか性急過ぎるし、一刀両断的である。
まず、球団解散というこれだけ大事な決断を、
こんな偶然的な機会で、つまり取材陣に囲まれてのインタビューで、
軽々しくしゃべってしまっていいのだろうか?
長らく芸能界で仕事をしてきた人ならば、
関係者と十分に協議をし、正式な記者会見をして、
発表すべき問題ではないか。
随分と親身になって応援や支援し続けてくれた人々の気持は、
どうなっちゃうのだろうか。
どうやら欽一さんは、自分だけで決断してもよい問題であると考えたようだ。
その証拠に、「私が始めた野球だから」という発言をしている。
果たして、そうだろうか
確かに当初はそうであっても、
これは「欽ちゃん劇団」という個人の集合的なものではなく、
かなり高いレベルでの社会性をもった活動として理解されている組織である。
その証拠に、NHKテレビやスポーツ紙などのマスコミも、
今までさほど脚光を浴びなかった社会人野球を
ことあるたびに、とりあげて、応援をしてきて、
盛り上がった経緯があるからだ。
さらに、森田健作さんや山本譲二さんといった、
俳優や歌手などのセレブリティが作った
チームとの交流や関係もあるだろうし、
いささか配慮に欠けるのではないか。
社会人野球を盛隆させて、
野球の新しい面白さを訴える企画に参加しているのなら、
つらい気持を理解できるとしても、
また欽一さんが作ったとはいえ、
独断で決定してしまうことは、
やはり、軽率さをとがめられても仕方がない。
欽一さんは、
みんな、ごめんね
を連発している。どうもこの謝罪が理解できない。
あまりにも、平たい表現で、どんな理由で繰り返し謝罪するのか、
わからないのだ。
もし、今回の山本圭一のレベルの事件で、
球団さえも、消滅する理由になるのなら、
まるで網の目のように関係が複雑になっている、
現代の組織は、消滅しなければならないという社会的コンセンサスができてしまう。
これって困るよなあ~
たとえばプロ野球のあるチームの選手が、
似たような事件を起した場合、球団は解散するのだろうか。
同じようなことが起きたら、たとえば、会社は解散するのか。
あのライブドアでさえ、あれだけのスキャンダルを起しつつも、
会社自体は存続している。
もし欽一さんが、どうにも道義的責任を感じて、
球団をひっぱっていけないならば、
自分だけやめればいいではないか
なにも球団を解散する必要はないのではないか
彼は、「僕には責任はある」と道義的責任、社会的責任を痛感しているようだが、
もしそうであるならば、こんな風に、
ちょっと過去にさかのぼらねばならない・・・。
(つづく)
July 20, 2006 09:43 PM | コメント (34)
2006年07月19日
田中長野県知事エイズは大丈夫?:
長野県知事の田中康夫(50歳)さんが、3選をめざしている。
選挙は、明日7月20日告示、8月6日投票である。
7月17日付け日刊スポーツで、
田中さんがインタビューに応じている。
このインタビューで、彼は、
・借金を減らし財政再建団体入りを防いだこと
・組織に属さない「善男善女」に支持をされていること
・木製ガードレールで地元雇用をすすめること
・「反田中」勢力は故郷を破壊すること
・・・といった話をしていた。
しかし、彼は「木製ガードレール」を設置するなどという「公約」よりも
はるかに優先順位の高い政策の話をすべきだった。
長野エイズ問題である
6月22日の長野県議会定例会で、田中さんが訴えたのは、
長野県におけるHIV(ヒト免疫不全ウイルス)と
エイズ発生の深刻な状況
であった。
「誇り高き220万県民が集う信州・長野県は今、
存亡の危機に直面しています。
・・・
エイズ患者及びHIV感染者の報告数の人口10万人に
対する割合は過去3か年平均で、
大阪府や神奈川県、愛知県をはるかに上回り、
東京都に次いで全国ワースト2位なのです」
と、田中さんは深刻な数字を出した。その正確な数字は・・・
1位 東京都 平均値 3.018人
2位 長野県 平均値 1.260人
3位 大阪府 平均値 1.221人
東京や大阪は、周辺の県から検査を受けに来ているだろうから、
必ずしも、この数字は実態にそぐわないかも知れないが、
長野県の場合、ほとんどは県民が県内の医療機関で受診したと
考えてよいだろうから、実態を反映しているといえるだろう。
長野県の場合、異性間の性交渉による感染が、
全国平均の28%(2005年調査)に比べ、
85%という圧倒的な数字を示している。
男性感染者の70~80%が日本人で、
逆に女性感染者は70~80%が県内居住の外国人である。
これは、教育県、清潔な県と呼ばれる長野県のイメージに
明らかにふさわしくないデータとなっている。
長野県は風営法と条例により、ソープランドなどが
厳しく規制されている分、
「裏風俗」といえる、外人売春婦の巣窟が
あちこちに発展してしまっているというのだ。
HIV感染者、エイズ感染者の外人売春婦が、
客にコンドームをつけさせずサービスを提供するからだ。
6月22日の定例会で、田中さんは、
悲痛な叫びをあげながら、
エイズ・HIV感染ついて県民に啓蒙する政策を提言しているが、
彼が2000年(平成12)に県知事になってからの
エイズ患者・HIV感染者報告数の推移を見ると、
それまでのうなぎのぼりのグラフと比べても、
のぼりの勢いに変化がないことがわかる。
ここをクリック
つまり、田中さんは、実際に効果的な施策をしていなかったことに
なるのではないか。
すでに知事2年目の平成13年の数字によって、
長野県が、人口10万人あたりのエイズ患者数でも、
東京についで第2位であることはわかっていたはず。
その早期の時期に、手を打たなかったのではないか。
その証拠に、2004年の資料を見ると、
新規エイズ発症者、人口比(100万)では、
1位 長野県 9.47
2位 東京都 8.43
3位 茨城県 5.02
4位 千葉県 5.01
5位 栃木県 4.98
という数字となっている。
この数字は「いきなりエイズの頻度」と呼ばれるそうだ。
HIV感染が判明したときに、すでにエイズ関連疾患を
発症しているか否かを見れば、
啓蒙がすすんでいる場合には、「いきなりエイズ」状態で
病院に来る患者は少ないはずだ・・・というわけである。
啓蒙が不十分かつ、病気が蔓延(まんえん)していれば、
エイズ発症社の比率があがることになる。
早期発見の体制が、
まったく充分にできていないことを
田中さんは認識し、長野エイズ問題解決を公約にあげて、
猛烈に取り組んでほしい。
July 19, 2006 09:21 PM | コメント (17)
2006年07月18日
わが娘に戦慄の「うとまし返し」:
代償の「激情」という言葉を使って説明してみた。
失望感や無気力感を抱く人々が、
生産的な行為を行うといった積極的な生き方によって、
「激情」というネガティブな感情を克服できることがある。
克服できるというのは、憎悪へ向かう「激情」を
よい感情へスイッチできるチャンスととらえ、
生かせるということだ。
精神分析医のフロムさんは、代償の「激情」に対して、
反動的「激情」
と呼び、生に寄与する「激情」を私たちに提示してくれる。
換言すれば、自分への信頼が残っていて、
自分を信じつつ、生きる人々がもつ「激情」である。
自分あるいは他人の命、自由、体面、財産などを守るために
用いられる「激情」だという。
迫害された宗教家・芸術家・政治家などの生き方が、
それを示してくれる。
しかし・・・
それができない人たちも多い。つまり、一層深刻な問題は、
そうしたことができる能力を有する人でない場合、
いったいどうしたらよいのだろうか
・・・ということではないだろうか。
生産的行為をしようにも、
能力がない
といった場合のことを考えてみたい。
歴史は、二つの形を見せてくれる。
(A)
力をもった人や集団に自分を組みしてしまう、という生き方だ。
他人の生き方と自分の生き方を同化することで、
激情をもつ自分を希薄化する。
一種の屈服ではあるが、とりあえず安定した生活を営むことができる。
(B)
生を破壊する方向に生きるということ。
生を創造することが、耐え難い受身の苦しみから逃れられるように、
破壊することによってそのものより逃れられるわけだ。
生を創造することには、能力が必要であったが、
破壊することは、さほど難しくない。
ただ単に、力をある対象に行使するだけでよい。
無力者は、ナイフを使って、相手を刺し、
あるいはトンカチで背後から頭を割ったり、
家に放火をすることもある。
一瞬にして、相手の生を超越できる。
実に簡単なやり方で、神から創造を受けた存在を超越できるのだ。
子どもが相手なら、なおさら簡単だ。
母親に「川を見に行こう」と誘われ、
一見母娘二人の楽しいドライブ。
2キロ走った先に起こることなど、
鈴香容疑者以外、誰も知らない。
「ちょっと見てごらん」と言われて、
身を乗り出して川を見ていた娘の脚を持ち上げて
母親が落としてくるとは、9歳の娘に想像できようか。
この容疑者の「激情」の行動は、
考えただけでも、
背筋に戦慄が走る
心を悪魔に売り渡した人間は、自分より弱い人間を
いけにえにすることで、歪んだ精神を満足させ、
負のエネルギーを得て、生きつづけるわけだ。
積極的に生活の中で、自分が人間であることを示せない人が、
その代償としてたやすくできるのが、こうした「激情」である。
鈴香容疑者が、弱い存在である自分の娘に、
同級生たちから受けたような絶対の受身を強いたのは、
いわば、必然であったかもしれない。
母親に殺される娘とは、究極の受身の存在であるからだ。
鈴香容疑者はさらに、もう一つの弱い存在(小1生の少年)に、
自分の絶対的な力を行使してしまった。
子どもを生んだ鈴香
子どもを殺した鈴香
子どもを殺すことが、自分の生産的行為の対極をなす行為である
という自覚が容疑者自身にあったかどうかわからないけれども、
少なくとも、殺害したときに、
歪んだ充足感を得たことは疑いようがない。
そして忘れてはならないのは・・・
誹謗・中傷・侮蔑の言葉をつづった同級生たちのこと。
彼らもまた、憎悪の「激情」を露骨に実践した人たちである。
彼らは、鈴香容疑者と一緒に卒業した後、
どんな風に生きてきたのだろうか・・・。
彼らが、いまだあの当時の感情を残したまま生活しているならば、
社会がどんどん悪化していることに、
知らず知らずに協力してきたことは間違いないだろう。
無力の人間が、代償の「激情」にかられないで、
憎悪から回復できる道は、決して負には向かわず
ささやかに残る生へ寄与する「激情」を大きくするしかないだろう。
それを自分一人で孤独に寄与していくか、
心ある人の力を借りて寄与していくかどうかも、
また、本人のこころや、ささやかに残る生の能力に頼らねばならない。
だから、将来を見据えて、今、私たちが一番身近にあって、
すぐ実行できることがあるならば、
イジメをするな! と教えることであろう
鬼畜と呼ばれる容疑者が、これから身をもって責任を問われることは当然だ。
しかし、容疑者の背後に、あらわに同級生の悪意が見える。
こういう感情を今さら消すわけにはいかない以上、
彼らがみずから反省するのを願うしかない。
・・・・・・・
コメント更新情報
「原監督とキツイの共感」みくりんさん
「うれしいな、明日から値上げだ!」雪駄喫煙家さん
「韓国人ヌン自己中ニダ」Beeeさん
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July 18, 2006 05:12 PM | コメント (12)
2006年07月17日
うとましがられた鈴香容疑者:
第1話からつづく。
畠山鈴香容疑者はすでに、娘と少年を殺したと自供している。
動機が解明されていない「半落ち」状態であるが、
今まで報道された寄せ鍋的な情報から、
少しずつ、彼女のこころの暗部を探検していくしかない。
第2話の今日も、手がかりになるのは、
激情(violence)
である。
信頼感の喪失という根深い経験が重なると、
人の一生を左右するようなモチーフ(動機)を形成することが多い。
自分が信頼する人に裏切られたり、
その人が無能であることがわかったりしたとき、
その反動が、破壊性の行動へと変わることがある。
第1話では、そういう、激情が日常生活に表現されることを話した。
これは、鈴香容疑者の心の一部に重なるものがあった。
具体的に見ていこう。
畠山鈴香容疑者は、コミュニティの中で孤立していた。
娘の学校の行事にもほとんど参加しなかった。
団地の人々とはめったに会話を交わさなかった。
こうした孤独な状態は、ワイドショーやマスコミから
注目されだした途端、
マスコミ注目の人として、ある意味
いきいきと行動をとり始めたことが、反動として表れている。
これも、ベビー日刊の過去記事で述べている。
今日の配信記事に、驚くべき情報が載っていた。
鈴香容疑者の母校、秋田県立二ツ井高校の卒業文集に、
次のような記載があった。
彼女が、
「すぐには仕事をやめてこないけど、二ツ井に帰ってきたときは
遊んでやってください」
と、つづったところ、同級生らの寄せ書きは、
「会ったら殺す!」
「目の前に来んな!!」
「戦争に早く行け!」
「秋田から永久追放」
などと、書かれてあった。
残酷なほど、うとましく思われていたのだろう!
鈴香容疑者の文章には、人への信頼感が保たれているが、
攻撃してくる同級生たちの罵倒には、
彼女の信頼感を粉砕していることが明らかに出てしまっている。
例えば・・・
ここまで言わせるほどのことを鈴香容疑者がしたとしても、
ここまで言うことはすでに常軌を逸している。
こうした文集がいまだ残っていて、
公開されたことよりも、当時、
文集として受け入れられたこと自体、驚きであり、
教育の現場は反省すべきだろう。
さらに同級生は、文集でアンケートの結果を載せている。
「いろいろな意見で有名になりそうな人」に
鈴香容疑者があげられ、その理由は:
「自殺、詐欺、強盗、全国指名手配、
変人大賞、女優、殺人、野生化」
こんな風に、記されている。
二ツ井高校の校長は、学校のHPで、こんな風に述べている:
「豊かな教育環境の中で、本校は、「教育の基本方針」の
ページにあるように、
『ふれあいを大切に、心豊かな人間形成』をめざして
教育活動を展開しています」
と、いかにももっともらしい教育理念が
語られているが、なんとも空疎に感じられる。
新聞記事は、「すでに同級生らが“問題提起”していたことになる」
と述べているが、
この「問題提起」と考える視点は間違っているだろう。
文集やアンケートで罵倒する生徒が、ラベルを貼ることで、
鈴香容疑者の信頼感を粉砕して、失望と裏切りの傷を
彼女のこころの中に作ってしまったのではないか。
たとえ、いくばくか非難される人格をもっていたとしても、
ラベリングの理論を使うまでもなく、
これだけ罵倒されては、信頼するという気持を愚かに思い、
人は裏切るもの、人生は憎しむべきものであると考え、
世をすねて、世間を破壊しようする人に変わることもうなずける。
この破壊性は絶望感の一種であり、
人生に対する失望感が人生を憎悪するという
結果を導いたものである。
と、精神分析医フロムは述べている。
昨日の記事と少し重なるが・・・さらに説明すると・・・
むろん、人のこころはなかなかわかりづらく、
同じような、もしくは近い仕打ちを受けつつも、
立ち直り、逆に世間の評価を得る人生を歩んだ人もいる。
たいていは、犯罪に手を染めず、
しっかりと自分の人生を歩いているのだろう。
成功例の多くは、代償の「激情」がうまくいったものである。
ここで、代償の「激情」というのは、
失望感や無力感をいだく人が、生産的行為を行うことで、
そのネガティブな感情を克服していくことだ。
誰だって、何か積極的にするよりも、
受身だけを求められる生活には耐えられず、
何をポジティブに変革したり、変えようとする意思、
能力、自由を持っているはずだ。
こうした生産的な行為が、憎悪へ向かった「激情」を
よい感情へ変えるチャンスを与えるのである。
迫害された宗教家・芸術家・政治家・・・などもそうした例だ。
しかし、そうしたことができる能力を有する人でなければ
いったいどうしたらよいのだろうか。
(つづく)
July 17, 2006 07:13 PM | コメント (21)
2006年07月16日
「激情」の中で生きた鈴香容疑者:
ベビー日刊では、2本の過去記事:
「投げ落とし男の心の闇」(4月12日付)
「15階男はなぜ落としたのか」(4月13日付)
において、精神分析医・フロムさんの考えの枠組を使って、
15階男の心の暗部をさぐってきた。
その時に使った考えの枠組は、
バイオフィリア志向とネクロフィリア志向
この2種だったが、今回は、「激情」という概念で、
秋田小1殺害容疑で逮捕された畠山鈴香容疑者のこころに触れてみたい。
すでに、ベビー日刊では、
「秋田ケータイ容疑者の「優雅な」生活」(6月6日付)で、
容疑者の生活態度から彼女の気持をはかってみた。
そして・・・逮捕から7週ほど経て新しいことがわかった。
今朝7月16日付の日刊スポーツによると、
この容疑者は、さらに、
(自分の娘を)橋の上から突き落とした
と供述した、というのである。
松本清張の表現を借りるならば、
まさに、鬼畜!
小1少年の殺害と自分の娘殺害の関連や
動機などは、今の時点ではわかっていない。
悪性の「激情」(violence)というものがある。
破壊的な結果を招いてしまう感情のことだ。
いくつかパターンがあるが、
やっかいなのは、子ども時代に「信頼感の破綻(はたん)」によって、
育ってきた激情だ。
身近なものを絶対的に頼って成り立つ信頼感が、
年齢を重ねるにつれて、おびただしい機会に
粉砕されていくことで、反動としての感情が育ってしまう。
時には可愛がっていた小鳥・犬・猫などの死という不条理、
父親が母親を恐れるあまり、父親自身がおこなった裏切り行為、
母親の信じられないほどのウソを耳にしたとき・・・
身の回りのささいなことから、大きなもめごとに至るまで、
子どもの時代に、信頼感の破綻感が、無意識的にもこころに刻まれる。
一つの事件だけで、子どものこころが形成されるのではなく、
たくさんの体験が積もって、激情が大きくなるのだ。
こうした経験でひずみを作ったこころを直すには、
懐疑的なまま、信頼を回復する機会を待ったり、
自分から信頼感を与えてくれる存在に近づいたりする。
宗教や恋愛にかかわることで救われることもある。
お金や権力や名声といったものを激しく求めることで、
人生に対する信頼を失ったことの失望や絶望を克服しようともするかも知れない。
しかし、そういったポジティブに生きることが苦手な人や
あまりにも頻繁に信頼喪失経験をした人や
失望の傷跡の深い人は、こころの中に、
癒えない傷跡を残し、やがて、
自分や他者の人生を憎みはじめる
という。失望する苦痛にだんだん耐えられなくなってくるのだ。
そして、残酷ではあるが、人生自体を
悪(つまらない、馬鹿馬鹿しい、やってらんないよ)と思い、
人間が悪で、自分も悪であると思い込み、破壊性に満ちた言動で、
こころを埋めていくことになる。
こうした洞察は、今回の秋田の容疑者の心の一部に
重なるのではないだろうか。
(つづく)
・・・・・・・
コメント情報の更新
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July 16, 2006 05:16 PM | コメント (8)
2006年07月15日
原監督とキツイの共感:
昨晩は蒸し暑い夜だった。
駅からの帰り、一息つきたくて、
誰もいない冷房の効いた銀行に入った。
ATM機の前の二人掛けのベンチにしばらく座っていると、
自動ドアが開き、40代のちょっと疲れた感じのサラリーマンが
レジ袋を持って入ってきた。
彼はドアのすぐ近くに立った。
私と同じように涼んでいる様子である。
私 座ります?
サ ・・・え?
私 どうぞ・・・
サ あ、ありがとです。
彼が私の横に腰掛ける。
私 バス待ちですか? 私、ちょっと妻を待ってるんですが・・・
サ ええ、立ってるだけでも暑くって・・・
私 今日は一番暑い日だったそうですよ・・・
サ 確かに暑かったっすね
私 ええ、本当に暑かったです
サ ええ・・・
私 人って700メートルになると、歩かないそうですよ
サ 700メートル?
私 はい、700メートルで歩かない
サ じゃ、バスで・・・
私 ほか、自転車とか・・・
サ なるほど。駅前に自転車があふれるわけですね。
私 足が衰えますよ。
サ 何分ぐらいになるのかな
私 換算したら?
サ はい
私 10から15分ぐらい・・・かな
サ そんなもんっすか
私 はい、その程度でしょ、それだけでもきついと感じる
私が彼のレジ袋からはみ出していたものを見てしまった
私 単身赴任・・・ですか?
サ わかります?
私 お弁当がちょっと見えちゃった
サ こんな時間になるんです、いつも夕食
私 ひとりで・・・?
サ はい、わびしいでしょ?
私 変なこと聞いちゃって・・・。
サ いいっすよ・・・別に・・・。
私 ・・・
サ 知ってます? この時間になると、シール弁当で安くなってる。
私 シール・・・そういう言い方知らなかった。
サ いえ、私が勝手に言ってるだけで・・・半額ですもん。
私 半額・・・すごい割引率だなあ・・・
サ 雨が降るともっとすごいことが起きる・・・半額だらけ、スーパーの人泣きですよ
私 毎日、それですか?
サ いや、バリエーションが少ないから、体のことも考えいろいろ。
私 それなりに工夫がいりますね・・・。
サ 単身赴任したことあります?
私 ないですね。
サ ない・・・そりゃいい。
私 いいですか?
サ いいですよ、単身ってわびしいから
私 自由よりも?
サ はい。
私 ・・・
サ 最近、原監督に、思い行っちゃってるんですよ
私 原・・・
サ 野球見ません?
私 あんまし。
サ 8連敗・・・きついっすね、今
私 仕事でもいろいろあるんですか
サ ありますね、やっぱ。
私 最近とおっしゃったけど・・・。
サ ええ、負け出してからですね
私 負け・・・ですか?
サ ええ・・・こういうの、変でしょうかね?
私 いえいえ、そういうのってありますね。
サ でしょ?
私 だれかに自分を投影するってことですよね
サ 投影・・・うまいことを言う
私 いいんですか?
サ あ、バス来た。
私 私も・・・
サ じゃ、どうもでした。お気をつけて・・・。
私 こちらこそ。
私たちは銀行を出た。
彼は、道を横切りバス停のある向かい側へ。
見知らぬ人とのちょっとした会話だったが、
気の張らない、楽になれた数分だった。
あの後、巨人軍はさらに負け星を重ねた。
私と話した彼にとっても、
昨夜はまたきつい夜になってしまったようだ。
July 15, 2006 12:54 PM | コメント (4)
2006年07月14日
105円で買った「日本の恩人」:
古本屋さんのBOで、一冊の本に出会った。
1987年のベストセラーだった「ライシャワー自伝」(1800円)、
まるで新品同様の本が、わずか105円。
価格がここまで下がっては、
著者には申し訳ないような気持になるが、
ライシャワー博士の自伝を読みたい者には、うれしかった。
ライシャワーさんは1990年に亡くなられたから、
忘れた人もいるかも知れないが、
大変な親日派だったあの駐日大使だ。
彼が日本の「ため」に働いてくれた功績・業績には
計り知れないものがある。
簡単に経歴を書くと・・・
1910年に牧師さんの次男として、東京に生まれている。
ハーバード大学の極東言語学部で教鞭をとった。
太平洋戦争末期には、日本語能力を活かし、
当たり前ながら、アメリカ軍に情報将校として、
特に暗号解読に協力をした。
戦後、1956年に日本人女性の松方ハルさんと再婚して、
彼女の内助の功を得ながら、日本とのかかわりを強めた。
ハーバード大燕京研究所長として活躍。
1961年には駐日大使となり、5年間に数々の功績を残した。
テロで重傷を負ったり、大病を繰り返し、
後遺症と戦いながら、日米間の文化交流を発展させた。
今、読み中ですが、終戦直後に、ライシャワーさんが
日本のためにしてくれたことを少し紹介しましょう。
「天皇と天皇制をいかにあつかうか」
これが当時の重要な課題の一つだった。
ライシャワーさんは、
天皇制廃止や天皇個人の処罰は避けよ
という考えを進言していた。
国務省で、彼は、天皇と天皇制の将来に
関する政策立案に携わった。
最もやりがいのあった仕事
と、彼は回想している。
1945年12月11日に起案し、同18日に、正式な政策を作った。
本質的な変更なしに、これがアメリカの政策となり、
後に極東委員会に採用された、という。
ポツダム宣言の中にすでに天皇制温存が承認されている点、
それを日本人自身が求めている点、
平和国家建設を妨害しなければ天皇制を認めるべき点などを
ライシャワーさんは考慮したのである。
多くの戦勝国の人々が天皇訴追の要求を引っ込めないとき、
彼は、天皇制の枠の中で平和国家を作るという政策を可能にしたのだ。
今も天皇制に反対する一部の人々はいるが、
多くの国民が支持する国のかたちの礎をきづいたライシャワーさんを
「日本の恩人」
と、呼んでもよいだろう。
July 14, 2006 07:25 PM | コメント (12)
2006年07月13日
悲しみの底にいるジダン:
ジダンがピッチで屈辱を受けたことについて、
フランスのTVに出演、断腸の思いを語ってくれた。
「試合を見た子供たちに許しを請いたい。
行為について弁解はない。
それについては、オープンにしたいし、率直でありたい」
「謝りたいが、自分のふるまいについては後悔はしていない。
後悔することは、マテラッツィ選手の言った言葉を正しいと認めることだからだ」
「私の最後の試合になることは知っていた。
わずか10分ほど試合時間が残っていたが、
ことは突然起きた」
「彼がシャツを引っ張るので、
私は「ほしいのなら、試合後に交換する」と言った。
すると彼はとても耐えられない言葉を口にし、
それを数度繰り返した。
言葉は暴力以上に激しいことがあり、
その言葉は、私を深く傷つけるものだった」
「ひどい言葉だった。非常に個人的でかつ
私の母と姉にかかわる言葉だった。
あまりに激しい言葉だったので、
私は聞かないで置こうとしたが、マテラッツィ選手は、
二、三度繰り返した」
「なによりも私は男だ。
ある種の言葉には、男は立ち向かう」
「挑発がなければ、それに反発する行為も起こらない。
責められるのは、挑発してくる人間である。
私の(暴力的)行為は許されない。
しかし、本当に責められるべき人間は罰する必要はある」
やはり彼は正確な言葉を自らの口から語らなかった。
TVでは語れないほどの言葉。
ジダンは、それを聞きながら、人生を選択していたのであろう。
W杯の舞台か家族か
・・・の選択の答えは彼にとっては明らかだった。
ジダンはマテラッツィ選手が、「テロリスト」と侮蔑しなかったことを示唆した。
うがった見方をすれば、たとえそうでも、それはいえないだろう。
宗教、移民の状況などを考えると、当然の答えだ。
彼は、彼の背後から怒りまかせに飛び出そうとする人々を抑えているのだろう。
家族愛、男であるという誇り(男気)、人生における瞬時の選択・・・
やはり彼が教えてくれたものは多い。
二本の記事で私が示唆したとおりの彼のインタビュー内容であった。
欧州在のとき、イスラム圏の人を含む人々と交流した経験が、
彼らの思考回路を理解するのに役立ったのだろう。
ジダンの語り。次は、マテラッツィの番だ。
なお・・・
11日、12日付けの記事に対して、
多数の激しい中傷・誹謗・罵倒・パターン化したコメントが寄せられましたので、
掲載はご遠慮いただきました。
「頭突き」を食らわせなかったことをここに報告しておきます。
July 13, 2006 03:36 PM | コメント (61) | トラックバック (0)
2006年07月12日
病床母へ、変わらぬジダンの愛:
イタリア代表DFマルコ・マテラッツィが
フランス代表MFジネディーヌ・ジダンに浴びせた侮辱発言と
ジダンのアクションに対して、
FIFA(国際サッカー連盟)が公式に調査に乗り出すことになった。
仏の人権組織も調べ出している。
ジダンのシャツを引っ張って、
「シャツをくれ」と、駄々っ子みたいに言って、
ジダンに「横柄に」「あとで・・・」と断れられたので、
侮蔑語を交えて言い返した、とマテラッツィ自身が喋っている。
これでは、ベビー日刊が指摘したように、
マカロニ頭(他にたとえれば「ピーマン頭」か)ではないか。
「テロリスト」と言ったのかどうかを問われて、
このトラブルメーカーは、次のように答えている。
「俺、教養ない男だよ。
イスラム圏でテロリストがどういうものか、
全然知らないもん」
欧州コミュニティが移民社会であるという、
基本的な認識さえも欠如しているこの男のおかげで、
これからどれだけの細かい紛争が起きるのか、
わかっているのだろうか。
マテラッツィは、人間の尊厳よりも、
ジダンのオーデコロンの香りがする「シャツ」が大事だったようだ。
チェルシーのウイリアム・ギャラスは、かんかんに怒っている。
「イタリア選手は、ジダンを切れさせるために
あらゆる方策を使っていた。彼らが紳士的に勝ったのなら、
私はその勝利を受け入れることができる。
しかし、彼らはずるいし、こちらはどうにもできない。
マテラッツィの顔をぶん殴ってやりたいよ」
ジダンがかつて何度も退場を受けたから、
今回も・・・という意見が、私の昨日の記事への批判で散見されるが、
外国のマスコミを見たかぎり、その観点での批判はなかった。
それは、今回の問題は今回の枠の中で考えるという
当たり前のルールに従っているからだ。
ベビー日刊が理解しているように、ジダンの問題行為は、
フットボールよりもずっと価値のある
「母親への愛」が元になっていたことが明らかになった。
病身の母マリカさんを侮辱されたことがどれほどに
ジダンの心に傷を与えたか、想像するにあまりある。
フランス人の多くは、ジダンを支持している。
シラク大統領が理解を示し、
ロンドン滞在中のアルジェリア(写真)のブーテフリカ大統領は
ジダンを支援する手紙をジダン本人に送った。
読唇術を法廷で認められている専門家が、
マテラッツィの発言を読みきっているが、
私はここにその言葉を写すつもりはない。
マテラッツィが最大のトラブルメーカーであったことは、
憶測ではなく、客観的事実である。
フットボールよりもずっと大事なものが存在するとする
ジダンの態度は、世界の多くの人々から支持されている。
今回の問題は、人種差別が深刻な移民の国々から遠く離れた島国で、
会社のため、仕事のため、上司のためなどと、
家族を犠牲にする人たちには、
ちょっと理解できない価値観であり、思考回路かも知れない。
July 12, 2006 04:55 PM | コメント (56) | トラックバック (0)
